アンティオキアからの、スノーフィールドという二段構え!!
まさにこれぞ成田!!といった感じのストーリー展開には見事としか言いようがありませんでした!!
事前放送時は実装鯖が少ないなどでコメントが荒れてましたが……終わってみれば申し分ないコラボイベントでしたね!!
不満点を挙げるとすれば、狂戦士ちゃんやデュマの実装がなかったことでしょうか。
特にデュマには聖杯を捧げようと思っていただけに……個人的なダメージが大きかった。
運営さん。首を長くしてお待ちしておりますので、デュマの実装……何卒よろしくお願いします!!
『——嘘つき!! 妖怪なんて、どこにもいないじゃないか!?』
『——夏目くん!! どうしてそんな嘘ばかりつくの!?』
小さい頃から人には見えないもの、妖怪と呼ばれるものの類が見えていた夏目少年はずっと嘘つき呼ばわりされていた。
誰にも見えないものが見えると言い張るその姿は、何も見えない周囲の人からはとても気味が悪いものに映っていたことだろう。
『どうして……どうしてボクだけ……ボクだって、見たくて見てるわけじゃないのに……』
叱責されるたび、嘘つきと非難されるたび、夏目は独りぼっちで泣いていた。
『妖怪なんて、あんな連中……消えてなくなっちゃえばいいのに……』
どうせなら妖怪なんて見えなければ、消えてなくなってしまえばいいのにと。子供ながらにそう思った少年を、いったい誰が責められるだろうか。
「なんだと!? あのゲゲゲの鬼太郎が、私の友人帳を狙っているというのか!? なんとふてぶてしい小僧だ!!」
夏目貴志がお世話になっている藤原家。
二階にある夏目の私室内に響き渡ったのは——でっぷりと太った狸、いや猫の怒声であった。
当然、ただの猫が人語を……努力次第では介せるようになるかもしれないが、その猫はただの猫ではない。
「ふてぶてしいのはニャンコ先生だろ……友人帳を勝手に自分のものにするなよな……」
夏目は呆れたようにため息を吐きながらも、彼はその猫のことを『先生』と呼んだ。
夏目からニャンコ先生と呼ばれたそれは、
本来の姿は別にあるのだが、普段は招き猫を依代に活動しているため、霊感のない人間にも見えるし、話をすることも出来る。
表向き藤原家ではただの猫として飼われているニャンコ先生だが、いざという時は夏目貴志の『用心棒』としての役割を果たしていた。
「ふん!! いずれは私のものになるのだ……他の誰にも渡してなるものか!!」
それというのも、ニャンコ先生は夏目の死後——彼から友人帳を貰い受けるという約束を交わしていたからだ。
何百年を生きる妖怪にとって、人の一生など瞬きの間だ。そのほんの少しの間、ニャンコ先生は夏目を他の妖怪たちの魔の手から守る代わりに、友人帳を譲り受けることになっている。
友人帳は名前の返還を求める妖怪だけではなく、その力を利用しようとする妖怪も多く惹きつける。実際夏目も、ニャンコ先生がいなければ危ういという場面に何度も遭遇し、その度に急死に一生を得ていたりもしていた。
「……ニャンコ先生は、鬼太郎と会ったことがあるのか?」
そんなニャンコ先生に、夏目は鬼太郎と知り合いかと尋ねる。顔見知りであれば話も早いと思ったのだが。
「いや、ないな。私も噂程度でしか奴のことは知らん」
ニャンコ先生は鬼太郎のことなど知らないと素っ気なく答えた。やはりこの辺り一帯の妖たちは、誰も鬼太郎と直で対面したことがないらしい。
「だが、奴の父親となら顔を合わせたことがあるぞ」
「父親って……ああ、あの目玉おやじっていう……」
一方で、ニャンコ先生は鬼太郎の父親とは面識があるとのこと。
その言葉に、夏目は目玉の小人——目玉おやじの姿を頭の中に思い浮かべる。常にゲゲゲの鬼太郎の側にいるということで、ある程度認知されている妖怪である。
「昔はあんな姿じゃない、ちゃんと幽霊族らしい見た目をしていたんだがな……」
だが、ニャンコ先生が会ったことのある目玉おやじは、本来ならあのような姿をしていなかったとのこと。
世間的にはあの姿で知られている目玉おやじも、昔は違った姿形。それこそ、鬼太郎が大人に成長したような容姿をしていたというのだ。
「へぇ〜……何か人間に悪さして、怒らせたりしてないだろうな?」
その話を聞いて夏目が頭に思い浮かべたのは——ニャンコ先生が人間にちょっかいをかけて、それを目玉おやじが止めに入る構図である。
鬼太郎の父親ともなれば、鬼太郎と同じように人間たちの依頼に応え、人助けのようなことをしていたのだろうと考えたのである。
「馬鹿モン!! 誰がそんな面倒なことをするか!! 仮にだ……私が人間に手を出したところで、首を突っ込んでくるような奴でもないわ!!」
「……そうなのか?」
しかし、夏目の安易な発想にお怒りなニャンコ先生。
自分はそんな面倒は起こさないし、そもそも鬼太郎の父親は人間を助けるような奴でもないと、その言葉に夏目が驚いたように目をしばたかせる。
「人間どもに棲家を追われた幽霊族の末裔として、奴は人間を嫌っていた……憎んでいたと言ってもいい。それなのに、その息子が人助けなどするようになるとは……分からんものだな……」
ニャンコ先生の記憶にある目玉おやじは、人から棲家を追われた妖怪ということで人間のことを忌み嫌っていたという。
それがどういう経緯を経てそうなったのか。今では鬼太郎のように人助けをする息子を持ち、目玉だけの姿になってまで彼を見守っているのだ。
「妖怪も……そうやって変わるもんなんだな……」
何百年という時を生きる妖怪ですらも、時間の流れと共に変わっていくこともあるのだと。
自分もあの頃——泣いてばかりいた子供の頃から、少しは変わることが出来たのだろうかと。そんなことを考えてしまう夏目であった。
「よいか、お前たち!! 卑劣な鬼太郎の手から夏目様をお守りするためにも……今日は夜通し、ここで見張りの番をするのだ!!」
「みはる!! みはる!!」
「かしこまりました!!」
「見張りましょう!! そうしましょう!!」
もうすぐ時刻が深夜を回ろうとしていた頃。八ツ原から中級たちが小物妖怪らをゾロゾロと連れて集まってきた。
夏目を慕う妖怪たちで構成されているその集いを、彼らは『夏目組・犬の会』と自称していた。夏目貴志が呼べば犬のように馳せ参じ、彼の力になってくれるという。
今回はゲゲゲの鬼太郎が友人帳を狙っているということで、その魔の手から夏目を守らんと集まったようだが。
「ささ!! 景気付けに一杯!!」
「おお、かたじけない!! おっと、とっと……」
もっとも、それは単なる口実に過ぎないかもしれない。夏目のために見張りをすると言いつつ、彼らはその場で酒を酌み交わし始めたのである。
夜通し見張る、つまりは夜通しここ——藤原家の庭先で宴会を催すつもりのようだ。
「おお、食い物だ!! 酒だ!! 私も混ぜろ!!」
すると彼らが持ち寄った食い物や酒の匂いを嗅ぎつけてか、豚猫——いや、ニャンコ先生が宴席へと飛び込んでくる。
「こ、これは斑様……こ、このような席にわざわざおいでなさらなくても……」
「こなくていいのに……」
これに及び腰になりながらも、中級たちはニャンコ先生に遠慮して欲しい感じの言葉を吐く。
ニャンコ先生は酒癖が悪く、大食いで、さらに音痴。おまけに加齢臭まですると、宴会の席などでは若干ウザがられている。
「固いことを言うでないわ!! ほれ、私にもその酒を寄越せ!!」
「ああ!?」
だが腐っても、ニャンコ先生こと斑は大物妖怪。中級たち程度では逆らうなど出来るわけもなく、この日のために用意していた秘蔵の酒まで引ったくられてしまう。
「ぐびぐび……ぷはっ!! う〜む、やはり酒の肴はイカ焼きに限るな〜、もぐもぐ……」
猫が酒瓶を煽り飲み、イカ焼きをつまみにする光景は、普通の人間が目撃すれば異様なものとして映ってしまうことだろう。
「こらっ! 先生!! 塔子さんたちに見られたらどうするんだ!!」
「ぐえっ!?」
それを危惧してか、あるいはだらしなく酒に溺れる姿に喝を入れるためか。庭先まで顔を出しに来た夏目が、ニャンコ先生の頭部目掛けて思いっきり拳骨を叩き込む。
猫への暴力、猫好きの方からすると卒倒ものかもしれないが、ニャンコ先生はただの猫ではないので心配無用です。
「お前らも!! 騒ぐんなら他所でやれ!!」
さらには他の妖怪たちに対しても、深夜の宴会など近所迷惑だと。彼らを庭先から追い出していくのであった。
「むにゃむにゃ……もう飲めない……」
「ぐが〜……」
それから数時間後、日付を跨いだ丑三つ時。
藤原家から少し離れた空き地では妖怪たちが酔い潰れ、だらしなく地べたに寝っ転がっていた。
当初の目的であった見張りの番とやらはどこへ行ったのやら、もはや完全にただの宴会でしかなかったようだ。
「おしっこ……」
そんな楽しい宴会を終えて暫く、眠りこけていた中級の片方——牛顔の妖怪が眠気眼を擦りながら起き上がり、用を足すために草むらへと千鳥足で向かう。
「ふぃ〜……」
人間であればトイレでしなければ恥ずかしいものだが、妖怪なのでそんな細かいことは気にしない。
真夜中であることもあり、どうせ誰にも見られていないだろうと、特に周囲に気を配ることもなかった。
「ねむねむ……もうひとねむり…………あい?」
「…………」
ところが、用を済まして仲間たちのところへ戻ろうとした——その際、牛顔の妖怪はその人間と遭遇した。
闇夜に溶け込むような黒い着流しで身を包んだ、どこか不機嫌そうな顔をした男だ。
「こんなじかんに、にんげん……?」
牛顔の妖怪はこんな時間に人間が外にいることに疑問を持ちながらも、どうせ自分のことなど見えていないだろうと、その男の横を素通りしようとする。
「やれやれ……彼は本当に、妖怪の知り合いが多いのだな……」
「…………えっ?」
だが牛顔の予想に反して、男は妖怪という存在を正しく認識していた。
「一息でまとめて片付けてもいいんだが……それだと彼の負担も重くなるだろうからな……」
男はここにはいない、誰かのことを配慮しながら——。
懐から白木の棒で作られたお祓い棒を振りながら——。
「一匹ずつ、順番に消していくしかなかろう」
眼前の妖怪を消し去るための『言の葉』を紡いでいく。
×
「行ってきます!!」
「はい! 行ってらっしゃいな、貴志くん!!」
いつもの朝。
夏目貴志が元気よく学校へ向かうのを、藤原塔子が優しい笑顔で見送ってくれる。
「待ちなさい、貴志……せっかくだから途中まで一緒に行こう」
「滋さん……はい!!」
さらにそこへ藤原滋も、出掛けるタイミングが一緒だからと夏目に声を掛けてくれた。
——やっぱいいな、こういう平和な感じ!
何でもない一日の始まりだが、夏目貴志にとってはこういう時間が何よりも愛おしい。
今まで、親戚中をたらい回しにされてきた。誰も彼もが夏目という少年を厄介者とし、まともな扱いをしてくれなかった。
全ては妖怪が見える自分のせいなのかと、そうやって何もかも諦めていたそのとき——藤原夫妻が『うちに来なさい』と言ってくれたのだ。
その言葉のおかげで、いったい夏目がどれだけ救われたことか。
——だからこそ、この優しい人たちを俺の事情に巻き込むわけにはいかない。
故に、夏目は妖怪が見えることを藤原夫妻には話していないし、たとえ世間がその存在を認めようとも、自分から見えることを話はしないだろう。
二人なら、正直に言っても受け入れてくれるという予感はあったが、だからといってそれに甘えるわけにはいかない。
夏目が『見える』からといって、彼らまで妖怪の存在を強く意識し始め、日常的に『見える』ようになってしまったらと、そう考えると迂闊なことも言えないのだ。
——鬼太郎くんなら……塔子さんたちを巻き込むなんてこと、しないだろうけど……。
ただ今回の件、友人帳を狙っているとされる鬼太郎が相手なら、少なくとも藤原夫妻まで被害は及ばないだろうと考えていた。
鬼太郎が噂通りの人物であれば、彼は人間の味方。勿論、その噂の全てを鵜呑みにするわけではないが、少なくとも何の理由もなく人を襲うような妖怪ではない筈だ。
——何とか話し合いで解決出来ればいいんだけどな……。
友人帳の件についても、自分が誠心誠意話せば鬼太郎も引いてくれるのではないだろうかと。そうした期待感を抱いていたため、そこまで不安を感じてはいなかった。
「……あれ? あいつ……あんなところで何をやって……」
そんなことを考えながら学校へと向かう最中、夏目は一つ目の妖怪——中級の姿を見かけた。
「おーい!! 何やってるんだ、中級!?」
既に滋とも別れ、周囲に他の人の姿もなかったため、夏目は堂々と彼に声を掛ける。
「ああ、夏目様……ええっと、それが……」
夏目の呼び掛けに中級が振り返った。
彼はその顔に明らかな困惑を浮かべながら、視線でその原因であるものを指し示す。
「モォオ〜! モォオ〜!」
彼の視線の先にいたのは、一頭の牛だった。
何の変哲もない、普通の牛。だからこそ、一つ目の困惑が夏目にも理解出来てしまう。
「なんで……こんなところに牛がいるんだ?」
夏目の暮らす町は田舎だが、牛を飼っている牧場が近くにあるわけではない。
ただの牛が道端にいるなど、ある意味妖怪と遭遇する以上の珍事かもしれない。
「ええ、この牛……どういうわけか、私めにベッタリとくっついてくるものでして……どうすればいいかと悩んでいたところです……」
一つ目はその牛につきまとわれていると、困ったように夏目に助けを求めてきた。
人間と違い、動物というやつは妖怪の姿をごく自然と認識しているものが多い。もっとも、警戒心の強い動物が自分から妖怪に近づいてくることなど、ほとんどないのだが。
どういうわけか、この牛は中級から離れようとしないのである。
「牛といえば……中級、今日は一人なのか?」
ふいに、夏目は中級が一人でいることに違和感を覚えてそんなことを尋ねる。
「今日は……と言いますと?」
「いや、いつもなら隣に……」
質問の意図が理解出来ず、一つ目は聞き返す。
それに夏目が何かを言おうとしたが、何故か言い淀んでしまう。
「おかしなことを仰いますな、夏目様は……」
夏目の言動に、一つ目は心底不思議そうに首を傾げながら答えていく。
「私の隣になど誰もいませんよ? 基本は一人でいることが多いですから」
「そうだよな……その通りなんだが……」
中級という呼称は、一つ目のことだけを指す。
その呼び方をしている夏目自身が、誰よりもそれを理解している筈なのだが、何故かそのことに妙な違和感を抱いてしまっているのだった。
「…………」
その後、特にこれといって変わったこともなく、夏目は学校へと無事登校した。
しかしどういうわけか、一つ目とのやり取りから彼は拭いきれない違和感を抱いたまま、心ここにあらずといった感じで学校生活を過ごすことになった。
「よお、夏目!! 今朝からあんま元気ないけど、どうしたよ!?」
「何かあったのなら、相談にのるぞ?」
そんな夏目を心配してか、二人の男子生徒が声を掛けてくれた。
ミーハーなムードメーカーである——
真面目で落ち着きのある——
どこにでもいる等身大の高校生といった感じの彼らは、夏目に妖怪が見えているということを知らない普通の友人たちだ。
「いや、なんでもな……」
そんな二人が相手だからこそ、夏目は妖怪である中級への違和感など話すことは出来ず、友達に心配を掛けまいと笑顔を浮かべて誤魔化そうとするが——。
「あ〜……そういえば、西村……昨日、妖怪がどうとか言ってなかったけ……?」
ふと、夏目は昨日西村が『妖怪を見た』と言っていたことを思い出し、それとなく探るように話を振った。
本来であれば、妖怪について夏目の方から積極的に触れるようなことはしないのだが、学校では既にその存在が当たり前のように話題に上がるのだ。
この程度であれば世間話の程で受け入れられるだろうと、西村がどんな妖怪を見たのか聞いてみようと思ったわけだが。
「何言ってるんだ、夏目?」
「……?」
夏目の言葉に、西村と北本の二人が揃ってキョトンとした顔になる。
「妖怪なんて、そんなのいるわけないだろ?」
「……っ!?」
何気なく放たれたその言葉に夏目の心臓がドクンと、激しく脈を打つ。
『妖怪なんているわけがない』——幼い頃から妖怪が見えていた夏目に、見えない人々が散々に言ってきた言葉だ。
責めるように言われ続けてきたその言葉に、いったいどれほど傷つけられてきたことか。
——落ち着け! 西村も……そんなつもりで言ったわけじゃない筈だ……。
しかし昔と違い、夏目はその言葉に対し冷静に思案を巡らせるだけの余裕があった。
相手が自分を傷つけるつもりで言ったわけではないだろうと、まずはそのような発言をした意図について考える。
「西村くん、昨日……妖怪を見たとか言ってなかったっけ?」
実際、昨日の言動とまるで異なる発言にクラスの女子である笹田も疑問符を浮かべる。
確かに昨日『チラッとだけど妖怪が見えた!』などと、西村は興奮気味に発言していた筈なのだ。
それが昨日とは一変、冷めたように自分が見たかもしれない存在を否定するような発言をすれば、夏目でなくても戸惑いを覚えるだろう。
「ええ〜? 俺、そんなこと言ったっけ……?」
「ああ~……言ってたような気もするけど、どうせ見間違いだって!!」
これに西村は自分自身の発言ながらも首を傾げ、北本もそのような発言があったことを思い出しつつ、やはり見間違いだろうとほぼ断言する。
「なんか、テレビとかで色々騒がれてるけど……俺たちには関係ない話だって!!」
「そうそう!! 妖怪なんて、そこら辺にいるわけでもないしな……」
西村も北本も、どうやら妖怪という存在が世間を騒がせていることは認識しているようだが、それが自分たちの周囲に出没することなどないと——本気でそう信じているようだった。
「そうよね……いたとしても、そう簡単に見えるわけないわよね……」
これに笹田も同意するよう、憂いを帯びた顔で頷いている。
妖怪というものが自分の手の届かないところにいる、それを事実として受け入れることに一抹の寂しさを抱いているような感じだ。
——何だろう? みんな……というか、クラスの雰囲気が昨日と違う感じが……?
そうした同級生たちの妖怪に対する反応、昨日までの認識の違いに夏目は内心首を傾げる。
周囲のクラスメイトたちも、それぞれ和気藹々と話し込んでいるが、彼らの口から昨日のように『妖怪』というワードが飛び交うことはない。
それはまるで、今の日本に妖怪たちが表立って出没する前の状態——妖怪など誰も信じていなかった頃の日々に戻ったような感じだ。
無論、それが本来ならあるべき在り様なのかもしれないが、今となってはその状態の方が違和感を覚えてしまうのだから不思議なものである。
——いったい……何が起きてるんだ?
今朝方、中級に対して感じた違和感。
今し方、クラスメイトたちに対して感じることになった違和感。
その二つの違和感が、夏目貴志という少年の心に拭いきれない不安を募らせていく。
「これで、外堀を少しでも埋められればいいんだが……」
生徒たち不在の高校のグラウンド内にて、黒い着流しを纏った男が不機嫌そうに眉を顰めている。
「妖怪の存在がここまで定着しているとは……まったくやりにくい世の中になったものだ……」
男は妖怪などいないという『真実』を、この学校の生徒たちに言い聞かせて回った。
ところが思いの外、妖怪という存在が強く認知されているためか、生徒たちの記憶からその存在が完全に消え去ることはなく。
辛うじて、妖怪が自分たちの周囲に出没するわけがない——それを『真実』として定着させることに留まった。
「やはり最後には……彼自身に言い聞かせる必要がありそうだが……」
このような中途半端な状態では、目的を達することは出来ない。
男はその視線を、今も教室で授業を受けている一人の男子生徒へと向ける。
「夏目貴志。彼が……あの夏目レイコの孫か……」
その口から彼の名と、彼の祖母である女性の名が微かな憂いと共に呟かれていく。
×
「この辺りで、あってる筈なんですが……」
「依頼主の姿は……見当たらんようじゃな……」
ゲゲゲの鬼太郎と目玉おやじは、指定された時間と場所——普段は来ることのない九州地方の、とある田舎町の人気のない原っぱを訪れていた。
手紙によると、夏目という人物が持つ友人帳についてここで詳しく話をしたいとあったが、いくら待てどもそこに人がやってくる気配はない。
「う〜む……これはもしかしたら、ねずみ男の言っていたことが正しかったかもしれん……」
これに目玉おやじが複雑そうな顔で呟く。
手紙に依頼主の名前が書かれていなかった時点で、ねずみ男はこの依頼を『きな臭い』と睨んでいた。ひょっとしたら、彼の予想どおり何かしら裏のある依頼だったのかもしれないと。
「ですが父さん……友人帳については調べておく必要があると思います」
もっとも、友人帳という具体的なものについて触れられている以上、どのみちここに来るしかなかったと鬼太郎は考える。
友人帳——妖怪の名を縛り、契約によって従わせるその力を放置することは鬼太郎としても避けたかった。ここまで来た以上は、依頼に関係なく友人帳の真偽については調査しておかなければならないだろう。
「……ん?」
と、鬼太郎がそのようなことを考えた直後。妖怪アンテナが何者かの気配を察知する。
緩やかな反応から決して強大なものではなかったが、確かに妖怪の気配が近くにあるのを感知したのだ。
「あれは……河童でしょうか、父さん?」
「うむ、河童じゃな……」
妖気の元を辿り、鬼太郎が川辺あたりを探してみると——そこに河童の姿があった。
鬼太郎たちにとっても馴染みのある妖怪である、河童。本来なら集団で生活するような種族だが、その河童は珍しく川辺に一人でいる。
「すみません……ちょっと聞きたいことがあるんですが……」
とりあえず初対面ということもあり、相手が警戒しないよう礼儀正しくその河童へと近づいていく鬼太郎。
「ううん? 何だお前、見ない顔だな……いったいどこから……」
河童の方も、鬼太郎を一目見て妖怪だと気付いたのだろう。見たこともない余所者という理由から一応の警戒心を抱きつつも、鬼太郎と真正面から向き合おうとしてくれる。
「…………ちゃんちゃんこに……下駄……お前、まさか……げ、ゲゲゲの鬼太郎か!?」
「えっ……? ええ、そうですけど……」
ところが、その風貌から河童は相手がゲゲゲの鬼太郎だと気付いたようで、みるみるうちにその表情が蒼白に染まっていく。
「あの……大丈夫ですか?」
その顔色の変化に鬼太郎が心配して声を掛けようとするのだが——。
「——き、鬼太郎だ!! ゲゲゲの鬼太郎がやって来たぞ!!」
次の瞬間、鬼太郎の名前を大声で叫びながら、河童は一目散に逃げ去ってしまった。
「な、なんじゃいきなり……鬼太郎が何をしたというんじゃ!!」
これに目玉おやじが何事かと目を丸くし、ぷりぷりと怒りを露わにする。
人間が妖怪である鬼太郎を見て逃げ出す、ということならまだ分からないでもないが、妖怪である河童がどうして息子の顔と名前を知った瞬間に逃げ出すのか。
あまりにも礼を欠いた行動、目玉おやじが不機嫌になるのも当然であろう。
「……!? 気を付けてください、父さん!!」
だが鬼太郎がそのことに理不尽を感じるよりも先に、彼は父親に警戒するよう鋭い声を上げた。
見れば鬼太郎の妖怪アンテナが再び逆立っている。先ほどよりも激しいその反応から、明らかに逃げ去った河童を指したものではないことが分かる。
「——鬼太郎だ!! ついに鬼太郎本人が来たぞ!!」
「——やはり現れたか……ゲゲゲの鬼太郎め!!」
「——おのれ、鬼太郎……友人帳を使って、この辺り一帯の主になろうって魂胆だな!!」
事実、周囲を見渡せば大小様々な妖怪たちが、いつの間にか鬼太郎を取り囲んでいた。彼らの言葉の端々には隠しようもない鬼太郎への敵意が垣間見える。
「待ってくれ、こちらに戦意はない!! まずは話を……」
あからさまな敵意に晒されながらも、鬼太郎はまずは話し合いで解決できないかと声を張り上げる。
無意味な争いは鬼太郎としても本意ではない。自分に敵意がないと分かれば、相手も矛を収めてくれるのではないかという期待がそこにあった。
「戦意がないだと? よくもまあ……そんなことをほざけたものだな!!」
しかし、鬼太郎の言葉に何故か相手方は逆上。
妖怪たちは鬼太郎の言葉になどまるで耳を貸す様子もなく、怒りに身を任せるままに声を荒げた。
「先に手下なんぞ、けしかけておいて……今更そんな言葉、信じられるものか!!」
「…………えっ? 手下? けしかけるって……いったい、何を言って……?」
相手側の主張に鬼太郎はキョトンとなる。
勿論、鬼太郎は手下などまるで心当たりもないし、猫娘といった仲間たちも、今回の件に関してはノータッチの筈だ。
全く身に覚えのないことで責められ、鬼太郎は呆気に取られて何も言えずにいる。
「皆の者!! この妖怪の裏切りものに……目にも見せてやるのだ!!」
「おおっ!!」
しかし鬼太郎の戸惑いなど知ったことかとばかりに、妖怪たちは一斉に襲いかかってくる。
人間に味方する鬼太郎を『敵』と断ずる彼らの矛先には一切の迷いがなかった。
「いかん!! ここは一時退却じゃ、鬼太郎!!」
「っ……そうするしかなさそうですね……!!」
その苛烈なほどの敵意を前にここは退くべきだと、目玉おやじが撤退することを提案。
鬼太郎は妖怪たちから『裏切りもの』呼ばわりされたことに顔を顰めるが、だからといって応戦するわけにもいかず、急いでその場から離脱するしかなかった。
「親分!! 夏目の親分!!」
「……河童? どうしたんだ……そんなに慌てて……?」
放課後。言葉にしようのない不安感を抱えながらも、学校での一日を終えて帰宅の途についていた夏目の元に河童が大慌てで駆けつけて来た。
この河童も夏目を慕う妖怪の一人だ。以前、暑さで倒れていたので頭の皿に水をかけてやったところ、夏目を親分と呼び慕うようになった。
「はぁはぁ……鬼太郎ですよ!! ゲゲゲの鬼太郎が、ついにやって来たんですよ!!」
そんな河童が血相を変えて報せに来てくれたのは——ゲゲゲの鬼太郎が来たということであった。河童も他の妖怪たち同様、鬼太郎のことを快く思っていないのだろう、その表情は鬼気迫るものであった。
「鬼太郎が来たのか!! 今どこにいるんだ?」
だが夏目は鬼太郎が来たという報せを受けても冷静さを保ったまま、まずは本人に会ってみようと彼の居場所を尋ねる。
「おおっ!! やってくれますか、夏目親分!! 親分の手にかかれば、鬼太郎など瞬殺ですよ!! 瞬殺!!」
これに河童は、夏目が鬼太郎をやっつけてくれることを期待して声を弾ませる。
夏目貴志は、自身の自己評価は低いが秘めている力は相当なものであり、その気になれば拳一つで名のある大物妖怪を退けることも可能であった。
「いやいや、そんな物騒なことするわけないだろ……ますは話し合いをだな……」
もっとも、夏目に鬼太郎と戦うなどという意思はない。
あくまで話し合うため、噂の人物である鬼太郎が本当に友人帳を狙っているのか、本人の口から直接聞かなければと考えたのだが。
「鬼太郎と話し合う余地なんてありませんよ!! あいつは、昨日も手下をけしかけてきたんですから!!」
「手下……? それって……どういうことだ……?」
しかし河童は話し合いになど応じるような相手ではないと、鬼太郎が手下を使って自分たちを襲うような卑劣な輩であると大声で捲し立ててくる。
その話に夏目は疑問を覚え、いったい何があったのかを河童から詳しく尋ねていく。
「昨夜のことです!! 寝静まっている我らの棲家に……突如として襲い掛かってくるものがいたのです!!」
昨日の夜のことだ。
夏目の友人帳を直接狙って来るかもと妖怪たちが見張りの番をしていた、その一方で。鬼太郎の手下と名乗るものが、他の妖怪たちの棲家を直接強襲してきたというのだ。
『——お、俺様は鬼太郎の手下だ!! 人間に仇なす妖怪など……根こそぎ滅ぼしてやる!!』
そのような口上を述べながら襲い掛かってきたそいつに、突然のことで碌に抵抗も出来なかった妖怪たちが、ばったばったと薙ぎ倒されてしまったというのだ。
ちなみにその妖怪——何やら、お面らしきもので顔を隠していたとのこと。
「…………何だそれ、めちゃくちゃ怪しくないか?」
その話を聞いた上で、夏目が真っ先に思ったのは『怪しい』という感想だ。
お面で素性を隠しながらも、そいつは鬼太郎の手下を自称したという。明らかに矛盾したその行為にどこか作為的なものを感じる。
その翌日、鬼太郎本人が何食わぬ顔でやってきたところから見ても、彼を陥れるための『罠』と、そのように考えるのが自然ではなかろうか。
「そうなのですか? 鬼太郎の手下を名乗っていた以上……そやつも鬼太郎の仲間ではないのですか?」
しかし、河童は夏目が何を怪しいと感じたかも分かっていないのか、不思議そうに首を傾げるばかりだ。
こういった細かいところを気にしないのは実に妖怪らしい。相手方も、妖怪たちが深く考え込まずに『鬼太郎の手下に襲われた』という事実から、彼に敵意を向けることを狙っているのかもしれない。
「考えるのは後だ……とりあえず、鬼太郎のところに案内してくれ!!」
「は、はい……!!」
諸々の真偽をともかく、やはり鬼太郎とは自分が直接話をしなければならないだろうと、河童が鬼太郎と遭遇したという川辺まで急ぎ駆けつけていく。
「いないな……」
「きっと、夏目親分に恐れをなして逃げたのでしょう!! 鬼太郎、恐るるに足らず!!」
出来るだけ急いで来たはいいものの、既に川辺には誰もおらず。河童は鬼太郎が恐れをなして逃げたのだろうと、調子の良いことを言っている。
しかし、ここで鬼太郎とすれ違ってしまったの非常に不味い。
鬼太郎の手下を名乗る『何者か』が暗躍している以上、早いとこ鬼太郎本人と会って話をし、妖怪たちが抱いているであろう誤解を解き、無意味な争いを止めなくてはという責任感が夏目の中に芽生えていた。
これも常日頃から、妖怪たちと親しくしている影響だろう。
鬼太郎という少年に迷惑を掛けたくないという気持ちもあるが、やはり馴染みの面々に傷付いて欲しくないという思いの方が大きかったかもしれない。
「そういえば……その鬼太郎の手下って奴に襲われた奴らは無事なのか?」
ふと、夏目は先ほどの話に出てきた『鬼太郎の手下を名乗る妖怪』から襲われたであろうものたちの安否を尋ねる。
「ニャンコ先生は……まあ、大丈夫だろうけど……ちょびとか……」
ニャンコ先生はあの晩は夏目の部屋にいたし、彼なら大丈夫だろうという安心感もあった。
あとはここにはいない、夏目が『ちょび』と呼んでいる妖怪など。顔馴染みの心配をする夏目であったが——そこで言葉が出てこなくなってしまう。
「…………あれ? あと他に……誰かいたっけ……?」
夏目の身に再度、あのなんとも言えない『違和感』が襲いかかった。
他に親しくしているものたちがいたと思った夏目であったが、何故かそのものたちの名前が出てこない。
いや、そもそもそのような相手が河童やちょび以外にいただろうかという、そんな疑問すら浮かび上がってしまう。
「他のものですか? ええっと……夏目組・犬の会のものたちなら……私とちょび様と……あとは……あれ? 他に誰かおりましたっけ?」
それは河童も同じらしく、夏目を慕う集まりである『夏目組・犬の会』のメンバーが他にいただろうかと、ただただ疑問符を浮かべるばかりであった。
『——まったく、どうしてそこで私の名前が出てこないのか……』
そのとき、頭を悩ませている夏目たちの下に、シャランシャランという音と共に何者かの声が響き渡る。
次の瞬間、一陣の風と共に巨大な妖怪が空から舞い降りてきた。
『この三篠を忘れてもらっては困りますよ、夏目殿』
「三篠!?」
その妖怪——
三篠は人の体と馬の顔。人間の手をした左手に腕輪を付け、右手は馬の蹄となっている。見上げるほどの巨体から聞こえてくるのは、耳に付けられた大きな鈴の音だ。
彼は八ツ原にある鈴鳴き沼の主として君臨する大妖だ。沼に住まう普通の蛙から大小様々な妖怪まで、多数の生き物たちを従えている。
ニャンコ先生こと斑にも引けを取らない大物であり、夏目が知る妖怪たちの中でも抜きん出た実力を秘めていた。
『夏目殿。貴方が命じるのであれば鬼太郎だろうが、その手下だろうが……この三篠が全て片付けてご覧に入れましょう』
そんな大妖である三篠だが、彼は夏目が命じれば自分が動くと進言してきた。
三篠は友人帳にその名が記されている妖怪だ。本来であれば、すぐにでも名を返すべきなのだろうが、どういうわけか名前を預けたままで三篠は夏目を主として仰いでいる。
基本、夏目は友人帳を使って妖怪を従えるようなことはしないのだが、三篠に対してだけは一度だけ命令なるものをしたこともあった。
「よしてくれ、三篠!! 鬼太郎とは俺が話をするから……」
しかし夏目に三篠を使役して問題を解決しようとする意思はなく、あくまで自分自身が鬼太郎と話をしようという考えであった。
『やれやれ……斑などよりよっぽど良い働きをするというのに、これでは友人帳も宝の持ち腐れですな……』
そうした夏目の考え方に、三篠は口元に笑みを浮かべながらも呆れたように首を振る。
せっかく友人帳という便利な道具があるというのに、どうしてそれで自分たち妖怪を利用しようとしないのかと、夏目の考えを根本からは理解出来ない様子だ。
『まあ、良いでしょう……ですが、鬼太郎はともかく鬼太郎の手下を名乗る輩には、私の配下も被害を被っている。このまま放置するわけにはいきませんので……ではっ!!』
それでも、三篠は夏目の意思を一応は尊重するようだ。
だが、三篠の配下の妖怪たちが鬼太郎の手下を名乗るものから直接的な被害を受けているらしく。
縄張りを護るものとしての面子もあってか、そいつだけは放置できないと言い残し、そのまま大空へと飛び去っていく。
「ん? おう、帰ったか夏目……どうした? 随分と浮かない顔をしているようだが?」
「ああ、ただいま……ニャンコ先生。いや……ちょっと、色々あってさ……」
その後、藤原家へ帰宅した夏目をニャンコ先生が庭先で出迎えてくれた。
ニャンコ先生は夏目の表情の曇りを見て、何かあったのかと尋ねてくる。夏目は色々あったと、とりあえず『鬼太郎が来たこと』や『その手下を名乗る誰かが暗躍している』ことを伝えた。
「ふ〜ん……何やらややこしいことになっとるようだが……まっ、三篠が動いているようなら私の出番はなさそうだな」
「それでも用心棒か……まったく……」
だがその話を聞いてもニャンコ先生は我関せずで、自分から動いて解決しようという気はない。
ニャンコ先生の怠惰な態度に、夏目は呆れたようにため息を吐くばかりであるが。
「……なあ、ニャンコ先生……先生は、今日一日過ごしてて……変な違和感とかなかったか?」
ニャンコ先生を見つめながら、夏目は自身にまとわりつく違和感について、彼にも尋ねてみる。
この妙な感覚、自分だけが感じているものなのか。それともニャンコ先生とも共有出来るものなのか、それを確かめようとする。
「いきなりどうした? 違和感と言われてもな……いつも通りの一日だったぞ?」
しかしニャンコ先生は何も違和感などなかったと、特に思い当たる節もなさそうだ。
「そうか……いや、何もなかったのなら良いんだ!! 俺の気のせいかもしれないし……」
ニャンコ先生の返答に内心少しがっかりしつつ、もしかしたら自分の勘違いだったかもしれないとなんとか笑みを浮かべる。
原因が分からない以上、深刻に悩んでも仕方がない。明日になればこのような違和感、綺麗さっぱりなくなっているかもしれない。
とりあえず今日は早めに休んで明日に備えようと、ニャンコ先生と共に藤原家の敷居を跨ごうとする。
「——夏目殿」
そこでふいに、夏目を呼び止める声がする。
「ああ、ちょびか……お前は大丈夫だったのか? 鬼太郎……というか、鬼太郎の手下とかいう奴に、襲われたりしなかったか?」
夏目が振り返ると、そこには彼がちょびと呼んでいる妖怪の姿があった。
姿形は人間のそれに近いが、顔が異様にデカい。ちょび髭がそれとなく威厳を出しているように見えなくもなく、どこか高貴さを気取った喋り方をする。
実際、かなり高位の妖であるらしく、ニャンコ先生こと斑のような大物妖怪ですらも『チンケ』と呼び捨てるほどだ。
「鬼太郎やその手下など大した問題ではないのであります。それよりも面倒な奴が彷徨いているであります」
「えっ……?」
そんな隠れた実力者と呼べなくもない彼が、いつになく真剣の表情——と言っても、いつも通り何を考えているか分からないような顔だが、静かに夏目へと語り掛けてくる。
ちょびは鬼太郎や、その手下を名乗る輩などではなく。もっと別の『何か』が、自分たちの周囲を嗅ぎ回っていると警告しに来たようだ。
「夏目殿も感じているでしょう。本来あるべきものがそこにないような違和感。それがなんであるか、はっきりと思い出せない……そんな感覚を……」
「——っ!?」
ちょびの言葉は、夏目の抱いている不安を見事に言い表したものだった。
気のせいかと思いかけていた不安が、より一層大きなものとなって押し寄せてくる。
「なんだなんだ? どういうことだ?」
一方で、ニャンコ先生はちょびが何を言っているか分かっていない様子だ。
「チンケで無神経な豚猫には分からないでことでありますよ」
「誰がチンケで無神経な豚猫だ!!」
事態を把握出来ないニャンコ先生に、ちょびは毒舌を吐く。これに怒って反論するニャンコ先生だが、そんな彼の相手をすることなくちょびは続ける。
「夏目殿、妖怪は見えていなくてもそこにいるものであります。貴方は見え過ぎるせいで本質を見誤るでしょうが……たとえ見えなくなっても、我々が常に人間の側にいるということをお忘れなきように……」
「それって、どういう……?」
意味深なことを語るちょびに、夏目はその意味を詳しく尋ねようとする。
「柄にもないことを喋り過ぎたであります。今日はもう帰るであります」
しかしそれ以上、ちょびが何かを語ってくれることはなく。
「…………」
ちょびの後ろ姿を、黙って見送る夏目。
その表情にはこれから訪れるかもしれない、さらなる『違和感』に対する不安がありありと浮かんでいるようであった。
「……さま……ぬしさま……主様!!」
「…………あ、ああ…………柊か……」
ソファーの上に横たわって体を休める名取周一に、彼の式神である柊が必死な形相で呼び掛けていた。横になってだらんと下がっている名取の手には、柊のお面が握られている。
「済まなかった……まさか、お前の……お前たちのことを忘れてしまうなんて……」
名取はそのお面を柊に着けてやりながら、柊たちのことを一時でも『忘れてしまった』自分自身の不甲斐なさを謝罪する。
「いえ、我々こそ……やすやすと敵の術中に嵌まるなど……主様を護る式神としてあるまじき失態です」
一方で柊の方も、式神としての役割も果たせずに敵の術中に嵌ってしまった自分たちの無力さに項垂れるばかりだ。
「……瓜姫と……笹後の二人は……無事か?」
互いに自分自身を責め合う中、名取は柊以外の式神——瓜姫と笹後の二人がどうしているかを尋ねていく。
「はい。主様に名前を思い出していただけたおかげで、なんとか……」
柊が言うに、名取が式神たちの名前を『思い出せた』ことで彼女たちの無事も確認されたとのこと。
「ほんと……なんで忘れてしまったんだろうな……自分で付けた名前だってのに……」
その報告にホッと安堵の息を吐きつつ、名取は自分が彼女たちの名前を忘れてしまったという事実にひたすら自己嫌悪へと陥っていく。
瓜姫、笹後、柊。
この三人の名前は、名取が妖である彼女たちと式神の主従契約を交わした際、彼自身が彼女たちに与えた仮の呼び名である。
祓い人と妖が契約を交わす際はその妖怪の本来の名前ではなく、仮初の名前を与えて契約を結ぶものである。
真名で妖を縛ることは祓い業界では御法度。そう、あの友人帳のような形で妖怪たちを縛ることは業界でも禁忌とされていることなのだ。
故に、名取は彼女たちに式神としての名前を与えていた——なのに、その名前を忘れてしまっていたのである。
「それが言霊使い、斑鳩流陰陽道……一刻堂の力、というやつでしょうね」
「的場……」
そんな落ち込む名取を励ましているつもりなのか、的場一門の若き頭首である的場静司がそのような言葉を投げ掛けながら歩み寄ってくる。
「調子の方はどうです、名取?」
「ああ……だいぶ、良くなってきた……随分と面倒を掛けたな……」
的場の気遣いに名取は礼を言う。
名取としては、あまり的場に借りのようなものを作りたくなかっただろうが、今回ばかりは助かったと素直に感謝を述べた。
というのも、名取が体を休めているこの場所——それは先日も祓い屋同士の会合があった、例の洋館の一室であり、ここは的場が管理する別荘でもある。
名取が本調子に戻るまでここで休むよう手配してくれたのだから、礼を言うのは当然だろう。
「いえいえ、私としても勉強になりましたよ。一刻堂さんの術に掛かると、ああいう感じになるんですね……」
加えて、一刻堂が放った言霊の力——それによりもたらされる『違和感』に最初に気付いてくれたのが的場だった。
的場は良い体験が出来たと、一刻堂の術に掛かっていた時間を無邪気に喜ぶよう笑みさえ浮かべている。
「言霊……あれが言霊の力だと?」
しかし名取は、一刻堂が放った言霊の力にただただ戦慄するばかりであった。
言霊使い——古今東西、そう呼ばれる術者や妖怪は数多く存在した。
古来より言葉には力が宿るとされており、言葉を綴ってその力を現実へと引き出すのが言霊使いである。
一口に言霊使いと言っても、言葉を用いる術には様々な手法がある。
言葉を使って他者を誘導したり、煽動したりして意のままに操ったり。
言葉による暗示が、受けてもいない怪我を現実のものにしてしまったり。
また言葉にした物体を、実際に物質化するなんてものまでいる。
「一刻堂さんの用いる言霊は、言霊使いの中でも間違いなく最上位のものでしょうね」
そんな数いる言霊使いの中でも、一刻堂の力は上澄みの上澄み。
最上位に位置するものだと、的場はその力がどのようなものなのか、自分なりに推察していく。
「彼は言葉にしたことを現実にしてしまう。彼の言葉を聞いてもいない私にまで影響を及ぼした点から考えても、それがちゃちな催眠の類でないことは明白です」
的場が考えるに、一刻堂には『言葉にしたことを現実のものにする』といった力があるとのこと。
言葉を聞かせた当人にだけ作用するような催眠の類であれば、直接対峙していない的場や七瀬といった面々までもが、柊たちの存在を忘れるなどといった影響を受ける訳がないのだ。
「勿論、限界はあるのでしょう。言葉のまま何もかも思い通りに出来るのであれば……今頃はその式神たちも、綺麗さっぱり消えていた筈でしょうからね……」
「……っ!!」
当然のことながら、言葉で実現出来る範囲にも必ず限界が存在する。
そうでなければ、式神の存在などとっくに『消失』していた筈だという的場の言葉に、柊はお面越しにも分かるほどの動揺を浮かべる。
「心に隙など見せず、気をしっかり持てば……あるいは防ぐことも出来るでしょう」
それを防ぐ手段として、的場は心に隙を見せないことだと告げる。
相手の言葉に耳を貸さないほどの強い意志を保つことが出来れば、言霊に惑わされることもないだろうとのことだ。
事実、そうした強い意志を保っているからこそ、的場は本来そこにあるべきものがなくなってしまった『違和感』に気づけたのかもしれない。
「まっ、一刻堂さんもそれは承知の上……より強い意志で上書きされればそれまででしょうが……」
とはいえ、それも付け焼き刃。
歴戦の祓い人である一刻堂が本気で言霊の力を用いれば、並大抵のものでは到底太刀打ち出来まいと。
彼の言葉に抗えるものがどれだけいるだろうかと、的場は窓の外に目をやりながら——とある少年のことを考える。
——夏目くん。果たしてキミが、一刻堂さんの言霊にどれだけ抗うことが出来るのか……。
会合の場に顔を出した一刻堂が夏目貴志のことを聞いてきた以上、目的は彼で間違いないだろう。
いったい、どのような理由で夏目にちょっかいをかけるのかは的場も預かり知らぬこと。
しかし的場は夏目の身を心配するよりも、彼が如何にして言霊の力に抗ってみせるのか。
夏目貴志という少年の底力がどれほどのものか。
それを期待するかのよう、口元に笑みを浮かべていくのであった。
人物紹介
ニャンコ先生
いなかっぺ大将ではない方の、ニャンコ先生です。
正体は斑という妖怪。本来の姿は美しい狼のような姿だが、招き猫に封じられたことでその姿が基準になった。
結構可愛い見た目なのに、作中だと狸だとか、豚猫だとか散々な言われよう。
夏目の用心棒であるのだが、仕事をサボっていることが多い。
三篠
馬の顔と人の体を併せ持った、巨大な妖怪。
沼護りとして、蛙や妖怪などの子分を多数従えている。
大物妖怪でありながらも、夏目に名前を預けたままで彼を主と呼んでいる。
河童
見ての通り、ただの河童。夏目を親分と慕っている。
一話限りのゲスト妖怪が多い本編において、ちょくちょく出番がある。
ちょびひげ
ちょび髭がトレードマークの妖怪。
毒舌で口だけかと思いきや、実はかなり高位な妖。
それとなく強者感を出したくて、裏で動き回っているものに気づいているような感じを出してみました。
西村悟
妖怪のことを知らない、夏目の男友達。
常に明るいムードメーカー。ボケ担当。
北本篤史
西村同様、妖怪のことを知らない普通の友人。
真面目で落ち着きがある。ツッコミ担当。
次回で『夏目友人帳』のクロスオーバーは完結予定です。
中国妖怪編まで、あと一作品。日本復興編最後のクロスオーバーは『◯◯◯の◯◯◯り』となっております。