竜殺しだけど竜殺しじゃない竜殺しのお話   作:竜殺し

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短編の利点は、書きたい所だけをポンと書ける事だと思う今日この頃です


質問に来ていたのですが、ジークフリートやシグルドが倒した龍は“ファフニール”ですけれども、ハイスクールD×Dでは“ファーブニル”となっているので、後者を採用しています

今更ですけれども、DDの魔剣やらって大分設定変わってますよね。ダインスレイブとかバルムンクとか。後者に関してはドリルかよ、と


英雄だけど英雄じゃない英雄のお話

 英雄とは自分から進んで成る物ではない。

 周囲からの要請や期待、懇願等々。兎にも角にも個人で英雄になれるわけではないのだ。

 

「俺は英雄ではない。ただ、そう在れと創り上げられたに過ぎないんだ。期待に添えず、本当にすまない」

 

 英雄(ジークフリート)もまた、その例には漏れる事は無い。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 神の不在と魔王の不在によりその力を落としている三大勢力。

 彼らにとってテロリストである禍の団に対抗するためには、他勢力との顔つなぎが特に重要となってくる。

 

「面を上げよ、竜殺しの英雄よ」

「…………」

 

 月明かりが照らす玉砂利の敷き詰められた枯山水を望む日本家屋のとある一室。

 九つの尾をその背に揺らす金髪の女性と、彼女の座る上座より一段下がった畳に正座し深々と頭を下げていた灰色の髪をした青年のみがその部屋の主。

 

「そなたらの言い分は分かる。このところ妾の庭にも無粋な輩が出入りしている様子。手を組む必要性に関しても理解しておるつもりじゃ」

「では―――――」

「だが、妖怪としての総意を妾の口から述べることは不可能であると理解せよ」

「…………」

「そなたらが一枚岩ではないように、妾達もまた一枚岩とは到底呼べぬ。少なくとも、顔役をしておる西日本においても少なからずお主たち三大勢力への反発があるのだからな。東日本ともなればそれも増してこよう」

 

 カツリ、と煙管の雁首を煙草盆の灰吹きへと軽くたたき中身を落とした彼女、西日本妖怪の顔役であり大将でもある九尾の狐、八坂は金の目を細めて、目の前の青年を見定める。

 人間でありながら、龍の様に屈強な肉体。生命力に溢れており、生気を吸ってしまえば逆に酔ってしまいそうなほどだ。

 

 彼、ジークフリートの今回の仕事は日本妖怪への顔つなぎ。

 普通ならば一人で熟すような案件ではないのだが、三大勢力は目下内外の対応に追われておりとてもではないが重要人物をおいそれとよこすことが出来ない。

 そこで白羽の矢が立ったのが、彼だった。

 代表としての知名度も高く、現英雄としてお偉いさんへの対応も心得ており、尚且つ自衛どころか相手方の護衛も可能であるのだ。

 人間が名代としてやってくると聞いて、妖怪の一部は反発心を持ったものだが当人を見ればそのヤジも治まる。

 それだけの存在感があったらしい。

 

「時に、ジークフリートよ」

「はっ」

「そなたは、英雄であるか、否か、応えてもらおうではないか」

 

 突然の問答。ジークフリートは一瞬だけ、目を見開きそして直ぐに目を伏せてしまう。

 少しの間逡巡し、やがて意を決したのかその口を開いた。

 

「否、と答えましょう。俺は、英雄ではありません」

「ほう。それは何故じゃ?そなたは、英雄と持て囃されているのだろう?」

「…………」

 

 どこか含みのある八坂の言葉を、しかしジークフリートは言葉を返さない。

 前にアザゼルへと語ったように、彼自身はその手で救った命よりも取り零した命にばかり目が行ってしまうからだった。

 謙虚さは卑屈さの裏返し。求められるだけの英雄にとって己を評することは相当な難題であったのだ。

 沈黙の帳が部屋に下りてくる。遠くで鹿威しが響き、虫が鳴く。

 紫煙が再び天井に昇り始めた頃、そこで漸く彼は口を開いた。

 

「…………俺は、何も救えてはいません」

「理由を聞こうか」

「感謝されたことも、敬意を払われたこともあります。ですが、やはり俺の目には取り零してしまった命ばかりが映ってしまう。俺がもっと強ければ、救えたのかもしれない。賢ければ、救えたのかもしれない。素早ければ救えたのかもしれない。後悔ばかりが募ってくる。感謝を伝えてくれた者たちに誇って胸を張れない俺は、やはり英雄の器ではないのでしょう」

 

 それは、紛う事なき彼の本心だ。

 救った命には悪いとは思うが、8の命を救っても残りの2がジークフリートの目に映る。

 腕の中で泣いて感謝を述べる誰かよりも、手の届かなかった誰かを思い涙が流れる。

 

 汚れていない筈の両手は救えなかった誰かの血で汚れている。肩にはそれだけの命を背負って、今にも崩れ落ちそうなその体を歯をくいしばって耐えている。

 だって彼は、十八歳。親も無く、兄弟も無く、肉親も無い。すでに研究機関も潰れており、共に実験体として買われていた者たちもどこに居るのか分からない。

 何より、ジークフリート本人はそんな彼らの命の上に立っている。

 

 現英雄の心の一端に触れた八坂は、煙管の雁首を灰吹きへと叩き灰を落とすと目を閉じた。

 彼女もまた現英雄と称されるジークフリートが名代としてやってくると聞いてどんな傲岸不遜な男が来るのかと警戒していた面があったのだ。

 だが、蓋を開けてみれば甘さというものが服を着て歩いている様な優男がやって来た。

 功績よりも失われた命と向き合い、償い、懺悔する。

 責める者など居ないというのに、その当人が自分自身を責め続ける。深く深く、自分で自分の首を絞めて水中に潜るような悔い方だ。

 少なくとも、人となりはそれで何となく理解できる。同時に誰よりも、少なくとも八坂の主観ではあったが誰よりも英雄と呼ばれるに相応しい、そんな男であると。

 

「ふふっ…………そなたは、やはり英雄じゃ。少なくとも、妾がそう保証してやろう」

「…………」

「納得がいかぬか?それも良い。少なくとも、妾個人としてそなたが気に入った。いっその事、この手の内に収めて愛でていたいほどじゃ」

「お戯れを」

 

 蠱惑的に微笑む八坂に対して、ジークフリートは顔を伏せる事でその視線を絶った。

 凄まじく今更ながら、彼女の格好というのは実にエロチック。大きく着崩された着物からは、肩や鎖骨のみならず胸の上部まで露出しており、少しでも動けば大きな胸が零れてしまいそうなほど。

 ジークフリート自身、仕事であると割り切って顔には出ていないが、これがプライベートならば顔を真っ赤にして目を逸らしていた事だろう。彼は初心なのだ。

 

 色々とあったのだが、少なくともこの場での顔つなぎは成功であろう。二人の間に流れていた空気は若干の緩みを見せており、穏やかになりつつある。

 

「どれ、茶でも共にしようではないか」

 

 言って八坂が両手を軽く打ち合わせればどこからともなく魑魅魍魎が部屋の内側に溢れ、お盆に湯呑と急須、茶請けの菓子を幾つか載せて現れる。

 

「こちらを」

「あ、これはご丁寧に…………」

 

 小鬼から差し出された湯呑を両手で受け取るジークフリート。

 

「本当ならば茶室へと招きたい所ではあるが……すまぬな、妾が認めようともそなたが未だに外野である事には変わりが無いのじゃ」

「いえ、それは……当然かと。八坂様は、この京都の重要人物。であるならば、俺の様な外の人間と個室で対面するのは宜しくないでしょう」

 

 いつの間にやら魑魅魍魎は消え、再び二人きりとなった部屋。

 距離にして大股で歩いて数歩。戦闘ともなれば一歩掛からずに詰められる距離だが、この距離をジークフリートから詰める事は無いだろう。

 この距離が縮まるとするなら、それは相手側から。

 

「少し、寄っても?」

「……俺は、構いませんが」

 

 彼の返答を聞くやいなや、八坂は立ち上がりするりとジークフリートの側へ。

 まさかこんなにも一気に距離を詰めてくるなど思いもしなかった彼は目を見開くが、しかしかといってその場から逃げ出すわけにもいかず硬直するしかない。

 互いの静かな息遣いが聞こえる程の近さ。

 

「フッ、そなた未経験かえ?」

「…………」

「望む望まず関係なく、そなたは英雄。であるならば引く手も数多であろうに」

 

 するりと頬を撫でてくる白魚の様な指。琥珀と金の入り混じるような綺麗な瞳がジークフリートの顔を覗き込んでくる。

 

「や、八坂様……!」

「ん?なんじゃ?」

「いや、近すぎるのでは……ないでしょうか?」

「そなたと妾の仲ではないか」

「ッ…………」

 

 どんな仲だよ、とは言わない。言えない。

 相手は勢力の顔役とも言える相手だ。そんな存在を前にして注意できるはずもない。

 結果、固まったまま動けず、しなだれかかってくる彼女を受け止めるしかない。

 

「ふふっ、現英雄も可愛いものじゃ」

「ッ!や、八坂様…………!お戯れは――――――」

 

 顎の下を摩ってくる指の感触に、ジークフリートの肌が粟立つ。

 余談だが、龍の顎には通常とは逆に生えた鱗、逆鱗があり触れればその怒りに触れる事になるとされている。だが、彼の逆鱗は違うらしい。

 二人の距離がさらに近づき、互いの吐息が当たりそうな距離となり―――――

 

「母上!お話は終わったのですか!」

 

 軽快な足音と共に、部屋に通じる襖が勢いよく開かれた。

 入って来たのは、狐の尾と耳を持った金髪の少女。

 

「九重、おまえはいつも慌ただしいものじゃ。お客人の前ではもう少し淑やかな態度をじゃな―――――」

「むぅ、家鳴りめ………お客人がまだ居るではないか。九重は母上に用があったというのに」

 

 少女、九重は八坂のお説教など知らぬと言うように話を聞かない。

 流石に、この場での娘の暴走は予想外であったのか八坂は一つ息をつくとジークフリートより離れて、眉を下げた。

 

「すまぬな、ジークフリートよ。娘が粗相してしまい」

「いえ、構いません。活発なお嬢様ではありませんか」

「活発か…………ふふっ、確かに。少々走り過ぎる気はあれども、素直な良い子じゃ」

 

 綺麗に微笑む八坂。彼女の雰囲気からして、九重を愛している事は明白。むしろ、溺愛と言えるかもしれない程に彼女の雰囲気は柔らかかった。

 ついでに、娘の乱入はジークフリートにとっても渡りに船。先程までの背徳的なまでの淫靡な空気は霧散しており、漸く人心地つけるというもの。

 そんな二人の内心など知らない九重は、しかし弛緩した空気を感じ取ったのか八坂へと駆け寄り彼女の胸へと飛び込んだ。

 

「これ、九重。まだ、話し中じゃ。もう少し大人しくはしておけぬか?」

「嫌です!」

「はぁ……困った子じゃ…………では、九重。先方への挨拶ぐらいはするもの。ほら、やって見なさい」

「む…………九重。御大将、八坂の娘だ」

「俺は、ジークフリート。教会の戦士として、そして三大勢力の名代として今回は参上させてもらった」

「ジークフリート……!そ、そなたが、そうなのか?」

 

 八坂の腕の中で目を丸くする九重。

 思った反応ではないが、しかしどこかで見たことのあるようなそんな反応に、ジークフリートは首を傾げた。

 

「どうか、したか?」

「ふふっ、九重は英雄の本をよく読むんじゃ。その中に、ニーベルンゲンの歌やヴォルスンガもあったさかい」

「…………子供が読んで面白いものとは思わないのですが」

「そうでもない。そなたらの様な英雄譚は子供向けに書き直されているものも少なくはないんじゃ。読みやすく、美しい、そして優しい世界をな」

「…………」

 

 八坂の言葉に、ジークフリートは締め口する。

 英雄譚は、美しいだけでも勇ましいだけでもない。大抵は悲劇で終わる事も少なくない。

 ジークフリートもシグルドもその最期は、悲劇だ。アーサー王やジャンヌ・ダルクなどの英雄たちもまた似たようなものかもしれない。

 それこそが英雄譚であるとも言えるのだが。つまり、超人たちの人間らしさとでも言うべきか、そんな面。

 何より、英雄たちの最期というのは、周囲が原因である場合が多い。

 英雄と持て囃すのが周囲であるならば、その引導を渡すのもまた周囲。

 

 ジークフリートは理解した。九重は英雄譚の綺麗なところだけを抜粋して読める本を読んだのだろう、と。

 確かに、その部分だけを抜き取ればジークフリートの物語は竜殺しという英雄の中でも王道にして、同時に心躍る冒険譚であっただろう。

 そんな子供の夢を壊せる程、彼は非道ではない。むしろ彼は、子供に対して甘いとさえいえる。

 

「そなたの話、九重に聞かせてくるか?」

「……機密に触れないならば」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 サラサラと夜風が吹き抜け、着物の裾を揺らす。

 

「…………」

 

 縁側に腰かけ、月を見上げたジークフリートは湯上りの浴衣姿のまま静かなものだ。

 顔つなぎの為の京都であったがズルズルと滞在日数が伸びて、今では一週間が経過しようとしている。

 

 定時連絡は入れているが、そのついでに彼には少しの暇が出されていたのだ。

 いや、ジークフリート自身は何もしていない。むしろ、直ぐにでも戻ろうとした――――――のだが、どうやら色々とごたごたしているらしい。

 なんでも、来日したオーディンを追って悪神ロキが現れ、供回りはフェンリルを連れているという始末。

 流石に戻ろうとした。それこそ、京都から走って帰ろうとした程なのだが、そこで上層部が待ったをかけた。

 曰く、一から十まで一人に頼り過ぎるのは後進の妨げになる、という事らしい。

 出来る限りのバックアップを行う事を条件に、渋々と言うべきか彼は引き下がり、そのまま京都に留まっていた。いや、正確には留まるしかなかったと言うべきか。

 彼の本来の拠点は欧州だ。そして日本での拠点は駒王町。そう、帰ってくるなと言われた混沌の坩堝である。

 ホテル暮らしが出来ない程困窮はしていない。していないのが、どこから洩れたのかあれよあれよと八坂の屋敷に宿泊する流れとなり、断ろうとすれば九重が引き留めるという多重攻撃を受け、ジークフリートは撃沈した。

 

 そしてこの一週間、彼は天狗と将棋を指し、鬼と相撲を取り、家鳴りと戯れ、ろくろ首と料理を作り、妖怪たちの宴会に巻き込まれ続けた。

 人間の身でありながら、妖怪を相手に余裕さえ見せる彼は、最早何者なのか。

 

「ここに居ったか、ジークフリートよ」

「八坂殿」

 

 明かりの消えた部屋より、月光の射し込む縁側へと出てきた八坂。彼女の手には、円形の盆とその上に徳利、猪口が二つ。

 

「随分と気が立っているように見えるが?」

「…………いや、何でも――――――」

「妾に、嘘が通ずるとは思わぬことだ」

 

 ずいっと寄ってきた金の瞳が彼を射貫く。

 

「…………」

「当ててやろう。ここ数日裏京都を嗅ぎまわっている輩に関しての事じゃな?何か思い当たる節がある、と」

「…………はぁ……恐らく、だ。俺も確証がある訳じゃない」

「それは、禍の団ではないのか?」

「その中でも、特に搦め手が得意な連中だ。一人では荷が重――――――ッ!」

 

 言い切る前に、ジークフリートは立ち上がる。

 直ぐに彼の全身を濃密な魔力が包み込み、それが晴れた時には彼の姿は浴衣から戦闘時に纏う軽装の鎧姿へと変わっていた。

 明らかな戦闘態勢。剣が無いのは、彼自身が今回は名代としてやって来たことを全面的に押し出す為に装備を外していたから。荷物の中という何とも締まらない状況だ。

 

「久しぶりだな、ジークフリート」

 

 警戒する彼と相対するように現れるのは四つの影。

 中華風の衣服に身を包んだ青年。その隣の学者風の青年。二人を挟むようにしてそれぞれ巨漢と、金髪の美女がその場には表れていた。

 

「……何の用だ、曹操。貴様の誘いは既に断ったはずだが?」

「ああ、そうだな。であるならば、俺達がここに来た理由も分かるんじゃないか?」

「俺を消す―――――だけじゃないな。狙いは、八坂殿か」

「良い発想だ。それだけではないがな」

 

 青年、曹操はその手に一本の槍を出現させる。

 人外の身にすれば、恐ろしいと思えるほどの膨大な聖なるオーラを湛えた槍だ。

 これこそ、神滅具の中でも最上位に位置し、神滅具(ロンギヌス)の呼び名の始まりともされる槍、【黄昏の聖槍】。

 赤龍帝の籠手や白龍皇の光翼よりも序列的に上であり、聖遺物としての側面も持ち合わせた神殺しの結晶の様な代物。

 残りの三人もそれぞれ神器を発動しており、敵対は必至。

 

 だからこそ、ジークフリートはソレに反応するのが遅れてしまう。

 

「ッ、八坂殿ッ!」

 

 叫んで振り返った時には、遅すぎた。

 護衛対象となる筈の彼女の姿は忽然と消えており、残るのは生温いような霧の感触だけ。

 

「あの狐は、俺達の目的に必要なんだ。ゲオルクの絶霧の結界の中に隔離させてもらったよ」

「…………」

 

 ミシリ、とジークフリートの拳が軋みを上げて握りしめられる。

 その苛立ちに、しかし曹操の余裕は崩れない。

 彼は、念入りに準備してきた。それこそ、目の前の竜殺しの英雄を仕留める為に。

 

「剣が手元にない。それは随分な、油断だ。お前の敗因はジークフリート。英雄でありながら人外に与する事にある」

「…………」

「だが、それでもその力を人間の為に使う事を誓うのならば命は―――――」

「断る。貴様らに与する気など、毛頭ない」

 

 曹操の言葉を遮り、ジークフリートはそう言い切った。

 だがしかし、彼の返答は予想の範疇であったらしく曹操は目だけを一瞬隣の学者風の青年、ゲオルクへと向ける。

 彼はそれだけで理解したのか頷くとその場から消えた。

 残るは、三人。生粋の武闘派であり、その実力は曹操が抜きんでているとはいえ相当な物。

 対して、ジークフリートは生身。扱い慣れた剣は、どちらも手元には無い。しかし、そんな事は関係ない。

 

「貴様ら、八坂殿をどうするつもりだ?」

「ん?あの狐が気になるのか?どうなろうとも、お前には関係ないだろう」

「いいや、ある。彼女は、九重の母だ。子から親を奪うな」

 

 ジークフリートの発言は、曹操の眉間にしわを寄せるには十分な物。というか、その返答は予想外であったらしい。

 彼の予想では、八坂を誘拐して何をするつもりなのか聞かれると考えていた。だが、蓋を開ければ子から親を奪うなという温いもの。

 

「…………話にならないな」

 

 人外を救うなど己の矜持に反するとばかりに、曹操は会話を打ち切った。ついでに、戦闘狂の嫌いがある巨漢がうずうずしており、交戦欲求が限界寸前に至っていたことも理由の一つか。

 

「はっはァーーーッ!殺ろうぜ、竜殺しの英雄ゥッ!」

 

 己の武器である拳を握り巨漢、ヘラクレスはジークフリートへと襲い掛かった。

 世界最大級とも言える英雄の子孫である彼の怪力は、最早人のソレではない。

 握りこぶしは岩のようで。それは真っ直ぐに振り切られ、ジークフリートの顔面へと突き刺さった。

 瞬間、爆発。まるで炸薬を破裂させたかのような、爆発がジークフリートの上半身を飲み込み彼の背後にあった屋敷の縁側の一部を消し飛ばしていた。

 【巨人の悪戯】。効果は、触れた個所を爆発させるという単純なものだが、単純ゆえにその破壊力はすさまじく、更にヘラクレス自身のパワーを上乗せすることで街路樹すらも木っ端みじんに消し飛ばす。

 直撃だった。並みいる人外ならば、これでゲームセット。上半身が消し飛んだのだ、不死身であっても普通は、

 

「――――――あ?」

「…………」

 

 普通は機能停止に陥る――――――はずなのだが、ヘラクレスの手首が確りと煙の中で握られていた。

 軋むほどの力。夜風によって粉塵が晴れれば、拳を顔面で受け止めながらも、煤汚れが頬に付いた程度のジークフリートがそこに居た。

 彼の左手が、ヘラクレスの右手首を万力の様な力で握りしめ、いや最早握り潰さんと言った勢いで拘束しているのだ。

 

「テメ――――――ッ!」

「嘗めるなよ、偽者(フェイカー)

 

 更なる追撃を行おうとしたヘラクレスであったが、その前にジークフリートの拳がその大きな胴体へと突き刺さる。

 巨体がくの字に折れ曲がり、突き刺さった拳がそのまま体を貫かんと言わんばかりにめり込み、その直後にその体を後方へと大きく吹き飛ばしていた。

 山なりの軌道ではない。まるで弾丸のように、その体は後方へと跳び、白壁の塀を突き破ってその向こう側に広がる闇へと消えていく。

 

 唖然と、その光景を見送るしかなかった曹操とジャンヌ・ダルクの二人。

 そんな二人へと視線を向けたジークフリートは、頬を手の甲で拭い口を開く。

 

「貴様らの八つ当たりの自己満足に付き合うほど、俺も暇ではない。八坂殿を解放し、ここへ連れてこい」

 

 ゾッとするほど低い声だ。

 端的に言って、ジークフリートはキレていた。主に自分の不甲斐無さと、目の前の子供の様な事をする自称英雄たちに。

 

「自己満足だと……?」

「ああ、そうだ。貴様らのやっているテロなど、自己満足以外の何物でもないだろう?」

「ッ、俺達は俺達を虐げた異形に、そして受け継いだ血筋と魂を証明するために戦ってきた。それがなぜ、自己満足と言われなければ――――」

「貴様らが、自称英雄だからだろう?」

 

 怒りを必死に飲み込んでいた曹操は、しかし次のジークフリートの言葉で目を見開いた。

 

「英雄は、自分で自分を英雄など呼ばない。他者になしえない偉業を成して、それを周囲が認めた時、英雄は初めて英雄足り得る。そう名乗れる。そうでなければ、英雄など単なる殺戮者に過ぎないからな」

 

 “一人殺せば殺人者、百万人殺せば英雄になる”

 とある映画のセリフだが、これこそ英雄の本質だろう。

 だからこそ、

 

「俺は殺戮者だ。殺す事しかできない。目の前で消える命に手を伸ばしても救えない、そんな弱い人間でしかない。貴様らはどうだ。自身を英雄と呼ぶだけだ。何を成した。テロ行為だ――――ふざけるなよ?」

 

 ジークフリートは、右手を空へと掲げる。

 

「――――――――来い」

 

 一言そう呟けば、屋敷より勢いよく何かが空へと打ちあがり回転しながら飛んでくるではないか。

 それも、二つも。

 

「貴様らが、あの子から親を奪うというのなら、俺は貴様らから全てを奪おう」

 

 庭に突き立つのは、この世に二つとないとされる黄昏の大剣、そして魔帝剣の二振り。

 どちらも、既に鞘より解き放たれておりその刀身からは主の心情に呼応するようにして凄まじい威圧感を竜殺しのオーラと共に吐き出しているではないか。

 龍に関連した神器を持つジークフリートにとっても、本来ならばそのオーラは毒になりうる筈なのだが魔剣も大剣も彼自身を担い手として認め、心酔しているような状態である為侵される事は無い。

 右手に黄昏の大剣を、左手に魔剣を。

 

「覚悟は良いな、自称英雄。その身をもって、対価を払え」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 禍の団英雄派にとって、ジークフリートという存在は目の上のたん瘤どころか、怨敵とさえいえる程のヘイトを集める対象にして、同時に潜在的な羨望を抱かせるような存在であった。

 世界で唯一、現英雄の肩書を背負いその名に恥じない働きと実力を有した存在。世界最強の人間、その一角に数えられる存在。

 

 世界に認められた(・・・・・)存在。

 

 英雄派に所属する者たちは、彼を妬むと同時に憧れてもいたのだ。

 だって、心のどこかで自分たちの行いがおかしい事に気づいていたから。

 英雄とは、名乗らない。自然と周りから認められて、初めて英雄と呼ばれるのだから。

 

「――――――――“幻想大剣・天魔失墜”」

「――――――――“珠宝”!」

 

 目の前を覆いつくす黄昏の剣気を見ながら、曹操は懸命に槍を、そして禁手化した際に現れる珠を用いて抗っていた。

 そう、抗って(・・・)いた。それも抗戦ではなく抵抗。戦いにすらなっていない。

 原因は、ジークフリートの持つ剣。全開にしたオーラは、聖槍の聖なるオーラとすら拮抗するほどの出力を発揮したのだ。

 更に、黄昏の大剣。この二つを合わせて振るう事により、曹操の禁手化である【極夜なる天輪聖王の輝廻槍】によって出現する珠も一撃で破壊されてしまうのだから。

 珠宝は、相手の攻撃を渦で吸い込み、新たな渦で相手へと返すカウンターの効果であるにも拘わらずまさかの許容限界。膨大な黄昏の剣気に飲み込まれて盾としての役割しか果たしてはいなかった。

 

「本当に、出鱈目だな…………!」

 

 想定以上の出力に、曹操は舌打ちを零しながら悪態をつく。

 既に、残りのメンツはゲオルクを除いて敗退済み。むしろ、神滅具と正面からかち合って勝るような化物相手に一介の神器保有者が勝てというのが土台無理な話。

 

 二人の戦闘は京都の上空で行われている。

 曹操は禁手化である象宝に乗り、ジークフリートはその背より龍の翼を出現させてそれぞれ飛んでいるのだ。

 【悪龍の心臓】。使い過ぎれば肉体を龍へと変えてしまうが、魔剣を用いて出力を削げばこんな芸当も可能となる。

 

「人としての矜持は、お前には無いのか?」

「そんなもの、必要ではない」

「お前は英雄と呼ばれているじゃないか!なぜ、それだけの力があるにもかかわらず異形に味方する!?」

「…………」

 

 吠える曹操に、ジークフリートは目を細めた。

 その様子は、まるで何を言っているのか、と問いかけているようで曹操の苛立ちを加速させる。

 

「俺達は、英雄の子孫だ!血を受け継ぎ!力を得た!ならば――――」

「継いだだけだ」

 

 曹操の演説を静かな声が断ち切る。

 

「俺は、名と剣を受け継いだだけに過ぎん。貴様らとてそれは同じことではないか?英雄の子孫が皆等しく英雄であると?笑わせるなよ、偽者(フェイカー)。俺も貴様も先祖ではない。俺は俺であるし、貴様は貴様でしかない。その事から目を逸らすな!」

 

 黄昏の大剣、その切っ先が曹操へと突き付けられる。

 二人の違いは単純に、自分を自分として認めたか否かにある。

 ジークフリートは、己を認めた。自己を認識し、その上で全てを背負って生きてきた。

 曹操は、潜在的に理解していたとしても目を逸らしていた。自分を弱っちい人間だと評しながらも英雄の子孫であるというある種のフィルターがその目を逸らさせてきた。

 ある意味では、そのフィルターが無ければ自己を保てなかったとも言えるか。

 

「…………俺は、俺、か……」

 

 曹操は、一度放しそうになった槍を再び握り直して、前を見る。

 目の前に相対するのは、紛う事なき英雄だ。

 

「ならばこの一刺しをこれまでの俺への手向けとしよう」

 

 足元の象宝のみを残して、曹操は全ての力を槍へと集約させていく。

 応えるようにして、ジークフリートは右手で黄昏の大剣を空へと掲げた。

 放出される剣気とその剣気へと纏わりつくように広がる竜殺しのオーラ。

 

「――――――――セェァアアアアアアッ!!」

「――――――――“幻想大剣・天魔失墜”!!」

 

 聖なる槍と竜殺しの一撃。

 夜空が、昼と見まがうほどの輝きに照らされ、空を流れていた雲が大きく弾け千切れ飛んで消えていった。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「答えを得たのか、曹操」

 

 今までの中でも一番晴れやかな表情をしていた自分たちのリーダーの様子を確認し、ゲオルクは目を細めた。

 彼の前では、魔法陣で囲まれた八坂がぐったりと項垂れている。

 気質的には研究者に近い彼。魔術師としての技量も人間の中では間違いなくトップクラスであり、人外が相手でも余程でなければ劣る事は無いだろう。

 

 そんなゲオルクであるが、魔術師として手段を選ばない節がある。あるのだが、流石に今回は退く事を選択していた。

 リーダーも敗北。構成員も軒並み全滅。サンプルとして、八坂は魅力的ではあるのだが、連れ去れば最強のストーカーを爆誕させることは明白。

 とはいえ、

 

「リーダーの仇を討つのも構成員の仕事でね」

 

 何もしないわけではない。

 丁度手元には八坂が居る。洗脳こそ中途半端だが、そのお陰で精神的にガタガタだ。であるならば、そこから崩す事など魔術師には造作もない。

 

「さあ、行け」

 

 魔法陣が輝き、八坂の姿が消える。

 魔術師は手段を問わないのだ。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 曹操が逃げ、夜がそろそろ終わりを迎えそうな時間帯。

 

「…………」

 

 庭に降り立ったジークフリートは、翼を収めてソレと対峙していた。

 

「う……あ………………」

 

 項垂れた金の髪、ユラユラと揺れる九つの尾。

 不穏な気配を放つ八坂は、ただただその場に立つのみでありながら重苦しい空気を放っている。

 

「…………」

 

 ジークフリートは何も言わない。その手に携えた剣は地面に突き立てて空手となっているし、雰囲気からも戦闘しようとする気迫が欠片も無い。

 ただ黙って、その両手を広げた。

 

「アアアアァァァアアアアアアアァッッッ!!!」

 

 両手に青白い炎、狐火を灯し、牙を光らせて八坂はジークフリートへと襲い掛かっていく。

 狐火は、単純な魔術の火と違い妖怪特有の妖力が元となっている。これを防ぐとなれば、妖術の使い手として上を行くしかない。魔術の場合は、物量で押し潰すぐらいか。

 だが、ジークフリートの選択は違う。

 

「ぐっ…………!」

 

 肩口に食い込む牙と体を焼く狐火を全身に受けながら、彼は八坂を受け止める形で後方へと倒れていた。

 焼ける肉の音と、牙が突き立ちほんのりと血が流れる。如何に頑強と言えども、受け入れる(・・・・・)前提で攻撃を受ければ血も流れる。

 ヘラクレスの一撃で血が流れなかったのは、彼が受け止めて、尚且つ膨大とも言える魔力も防御に回したからだ。

 今は違う。八坂の体が傷つかないようにほぼ生身でその攻撃を受け止めていた。

 

「八坂殿………」

「フーーーッ!フーーーッ!」

 

 体が焼けることも厭わずに、ジークフリートは八坂を抱きしめる。

 彼は決めていた。何があっても、九重を親無しにはしない、と。その為ならば手傷も厭わない、と。

 

 どれほどの時間が過ぎただろうか。少なくとも、東の空が白み始めたそんな時間。

 

「じーく、ふりーと…………」

 

 狐火も治まり、揺らいでいた瞳に正気が戻った八坂は小さく呟くとそのまま、寝息を立て始めてしまう。

 

「はぁ…………」

 

 竜殺しの英雄の長い夜はこうして終わりを告げた。

 後の波紋を大きく残しながら。

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