存分に狩り、殺したまえよ。

タイトルから分かる通り“葬送の刃”を愛用するヤーナムの技量狩人が鬼をぶっ殺す話です。

ほぼノリで書いてるのでどうか暖かい目でご覧になってください。

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狩人

 

 

「__良い夜だなぁ」

 

今宵は満月。

 

暗黒の空の下、星々の輝きと月明かりのみが照らす森の中で、男は笑う。

 

闇夜に溶け込む漆黒のコートを身に纏い、トップハットを被ったその姿は、英国辺りの紳士を思わせる。だが、それは衣服の大部分に付着した血液と両手に持つ凶器によって台無しになってしまっていた。

 

「本当に良い夜だ。“青ざめた血”の空でもなければ、紅い月でもない……何てことのない誰もが安らかに眠れそうな、ただただ普通の夜……けれど、それこそが美しい」

 

右手には、使い古された、然れど鋭利な曲剣が。左手には、赤い火縄銃のような独特な短銃が。そして背には、二つに折れ曲がった長い棒のような物があった。

 

この大正の日本では、正しく異様な風貌だろう。

 

「なぁ、そう思うだろう? 獣の男よ」

 

そんな男の眼前には、片眼に、“下弐”という文字が刻まれている、長髪の男が居た。両腕は何か切断されたのか存在せず、足も何かで撃ち抜かれたような穴が空いており、膝を付いていた。

 

今にも失血死しそうな程の重傷だが、その男は死なない。傷も徐々にだが、治りかけている。

 

それが、彼が人ならぬ存在なのだと証明していた。

 

「ぐぅ……何者だ……否、何なのだ貴様は……!?」

 

男の名は、轆轤。

 

遥か昔から人を喰らう“鬼”の一人であり、その中でも選ばれし強者のみが所属できる“十二鬼月”において下弦の弐の階級を与えられた者だ。

 

その強さは総ての鬼の中で、八番目。六番目から上である“上弦の月”とは天と地程の実力差があるとはいえ鬼狩りを生業とする“鬼殺隊”でも最強格である“柱”ではなければ勝つことの難しい存在である。

 

しかし今、轆轤は追い詰められていた。縄張りであるこの森へ足を踏み入れた哀れな人間を喰らう予定だったというのに、その獲物に手も足も出ず、こうして見下ろされている。

 

(どういうことだ……!? 何故傷が治らない……!?)

 

鬼は、太陽の光を浴びるか、“日輪刀”という特殊な刀で首を斬らねば死なず、例え身体がバラバラになろうが、その傷を再生することが可能だ。

 

しかし、どういう訳か男に付けられた傷は治りが遅かった。いつもなら一瞬で完治するはずだというのに。自身に傷を付けた曲剣の刃も色鮮やかではないため日輪刀ではない……否、例え日輪刀でも首以外を斬られたところで再生する。

 

そんな未知なる現象の遭遇に轆轤は戸惑い、疑問に苛まれていた。

 

「悪夢は巡り、そして終わらないもの……か。あの狂人の戯れ言は真実だった訳か。獣を狩り、上位者を狩り、人を辞め、確かに夜明けをもたらした」

 

轆轤を見据える男の血走った眼には、憂い、失望、そして憤怒の感情が宿っていた。

 

「ああ。だというのに、何故こうも汚物で塗れ、溢れ返っている? 度し難い。実に度し難い……穢れた獣、気色悪いナメクジ、イカれた医療者……もうみんなうんざりじゃないか」

 

「ひっ……この、人間風情がぁ!」

 

その視線に恐怖を抱いた轆轤。けれど彼は自らが等な餌と見下している人間にそんな感情を抱くはずがないと否定し、それを証明するように男へと襲い掛かる。

 

正しく愚かな獣だった。

 

「__だからこそ、殺し尽くす」

 

次の瞬間、キィン!という甲高い音と共に、一閃が走った。

 

「へ?」

 

轆轤は間抜けな声を発する。視線の先には首の無い己の身体……痛みすら感じず、一瞬で首が胴体と泣き別れになっていた。

 

そして、男の手には先程までは持っていなかったはずの大鎌が握られており、あの曲剣と瓜二つの刃によって首を斬り落とされたのはすぐに理解できた。

 

__その姿は、まるで死神のようだった。

 

「素晴らしいじゃあないか」

 

塵となり、消えていく轆轤の亡骸を眺めながら、先程の憤怒の表情から一変。狂った笑みを浮かべて楽しそうに笑う。

 

「存分に狩り、殺すとしよう。貴様らのような汚物が二度と現れぬまで、何度も何度も殺してやろう。獣は、汚物は等しく皆殺しだ。なぁ、ヴァルトール? なぁ、ゲールマン?」

 

そんな男を、轆轤の眼から視ていた鬼の首魁は言い知れぬ恐怖を感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男は、狩人だった。

 

“青ざめた血”を求めよ。狩りを全うするのだ。

 

総ての記憶を失い、診療所の寝台で目覚めた彼はそんな自筆の走り書きを頼りに呪われた“ヤーナム”の地を駆け巡り、立ち塞がる敵を悉く殺し尽くした。文字通り何度も死にながら……。

 

聖職者の獣を、

 

神父を、

 

血に渇いた獣を、

 

教区長を、

 

魔女を、

 

黒獣を、

 

アメンドーズを、

 

殉教者を、

 

ヤーナムの影を、

 

白痴の蜘蛛を、

 

再誕者を、

 

星の娘を、

 

悪夢の主を、

 

メルゴーの乳母を、

 

最初の狩人を、

 

そして月の魔物を__。

 

見事に狩りを全うし、“獣の病”の元凶を潰し、彼は人を辞めて上位者の赤子となった。ビルゲンワースを筆頭とした狂人が何よりも求めた境地へと至ったのだ。

 

それが何の因果か、こうして極東の日ノ本の地に降り立ち、またしても獣と遭遇した。

 

手強い獣だった。しぶとく、妙な異能を使う。知能も高く、人語を発するその姿はあの禁域の森に居たあの“身を窶した男”を思い出させる。

 

牙が生えていること以外は人間と何ら変わらない所も同じであるが、いくら痛め付けても獣化しなかったことから感染して間もなかったのだろうか。にしては強かったが……。

 

それに、“獣”の匂いもしたが、それよりも上位者……否、奴らの“眷属”の匂いがした。だが、星界からの使者や脳喰らいと同族にはとてもじゃないが、見えない。

 

しかし、一つだけ確かなことがある。この獣は、この世に存在してはならぬ汚物であり、元は人であったことだ。

 

「__憐れなものだな」

 

塵と化した亡骸を寂しげな瞳で見つめながら、狩人は呟く。

 

意外にも狩りに優れ、血に酔っているようにしか見えないこの狩人はたった今殺した獣に対して憐れみの感情を抱いていた。彼が長を務める“連盟”の狩人たちからすればそれはさぞ理解し難い光景であり、有り得ないと思うだろう。

 

狩人は、獣が嫌いだ。上位者が嫌いだ。この世から駆逐すべき汚物だと憎悪している。けれど、狩人はあの“ヤーナム”での地獄のような日々を生き抜いたとは思えない程に優しい人間であり、殺す際には如何なる時も慈悲を持っていた。豚以外には。

 

__彼が好んで振るう、最初の狩人、ゲールマンの得物。総ての仕掛け武器のマスターピースである“葬送の刃”。その名から分かる通り、彼にとって狩りは、ゲールマンと同じく“弔い”なのだ。

 

故に、狩人は獣の首をはねた。鋸歯でズタズタに切り刻むのでもなく、斧で叩き斬るのでもなく、爆砕鎚で挽肉にするのでもなく、確実に一撃で仕留めたのだ。

 

「安らかに眠るといい。貴様の同胞は一人残らず同じ地獄へ連れていく」

 

今こそ、死に祈りを__。

 

狩人はそう呟いて立ち去る。次の獲物を探す為に。



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