××の先祖返りだった藤丸立香の話(未完)   作:時緒

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コロナとかコロナとかコロナのせいで勤務体系が激変、おかげでゲームシナリオを見直せずまたも書き貯めていた小ネタの投稿となりましたすみません。

やっぱりきれいに一話分引き伸ばしたりまとめたりが難しかったネタの集まりですが、本編の設定準拠です。人魚っぽいネタも今回は入れられました。

各キャラの幕間やメインストーリー、真名ネタバレしておりますのでご注意ください。
※一部中の人ネタがあります。


ネタ供養②

■非人間の血

 

「濃度の問題かな」

 

 ふわ、と花の香りと花びらを撒き散らしながら部屋に現れた青年が、立香の顔を覗き込みながら呟いた。問いかけと独り言の中間のような声音を聞いた立香は、意図するところが分からず逆さになった――実際に逆さまなのは立香の方だが――青年の眼を見て首を傾げる。

 

『なんの?』

 

 すい、と体をくねらせ重力に従った姿勢をとる。ぴしゃん、と尾びれが水を叩き、くるりと水底の方に向く。逆さまでなくなった青年が、いつも通りの爽やかな、それでいて何処か薄っぺらな笑みを深めた。

 

「ほら、私はハーフだろう?」

『そうらしいね』

「で、君は先祖返りだ」

『そうだね』

 

 否定する要素もつもりもない。こくんと頷いた立香の動きに少しだけ遅れて、伸びた髪がふわん、とあがって落ちる。遠くから見れば熱帯魚の尾びれにも見えそうだと、青年は笑みの外で思った。

 

「姿かたちは寧ろ君の方が……この言い方は気を悪くするかな? すまないが気にしないでくれ。とにかく、少なくとも今、ぱっと見は君の方が人間離れしていることは間違いない。だが私達の身体に流れる『人でなし』の血は、君の方がずうっと薄い」

『それはそうだね。私は突然変異みたいなものだし』

「だが、実際問題として君は人の心を理解すること、人と同じように感じることに苦労しない。寧ろ自分を人間だと信じている。何の衒いも疑いも無くだ」

『信じてるっつーか、人間のつもりだけど』

 

 これから先は別として、という独り言を立香は呑み込んだ。

 

「私には出来なかったことだ。いや、今も猿真似がせいぜいで、出来やしないことなんだけどね」

 

 立香の仄かな感傷を余所に、青年は僅かに目を眇めた。

 

「そして、私も君のことは『人間の主人公』として見ている」

 

 不思議な色合いをした彼の瞳は此方を見ているようで、目が合わない。……何を見ているだろう。此処ではない何処かか、今ではないいつかか。或いはその両方か。

 

「君はどう思う? 僕と君とでは、一体何が違うんだろう」

『マーリン』

「人でなしの血が入っている。だが人間の血も混ざっている。育ての親は人間だった。人の社会で生きてきた。……箇条書きマジックと言うやつかな? こんなに似ているのに、それでも、僕と君はこんなにも違う」

『マーリン』

「夢魔の血が濃いからこうなのか、他に何か理由があるのか。それとも僕は何かを間違ってしまったのか、はたまた君がイレギュラーなのか」

『……』

「ねえ、何故だろう。どうしてなのか、君ならわかるのかな?」

 

 明日の天気を聞くような気軽い声だった。けれどきっと中身は気軽でも何でもない。何処か迷子の子供にも見える夢魔を、立香はじっと見つめた。

 

『わかんないよ、そんなの』

「……」

『でも、そうだなあ』

 

 立香は人魚の先祖返りだ。人間と恋をし、子を成すことも出来る人でなし、その遠い子孫だ。夢魔の気持ちは分からない。夢魔との子の気持ちも分からない。

 ただ、そう、一つ確かだと思えるのは、

 

『少なくとも、それはマーリンのせいじゃない』

 

 生まれを選べないのは人でも人魚でも夢魔でも同じだ。立香だって好んで先祖返りに生まれたわけではないし、青年だって望んで夢魔であるわけではない。

 

『それにマーリンは、自分が思うより人でなしってわけでもないよ』

 

 ハッピーエンドが好きだなんて、大概の人間がそうだ。それに、他人の身に降りかかった悲劇など、第三者から見れば面白い見世物に過ぎない。あの劇作家も言っている――人生は舞台で、人はみな役者だと。

 

『ていうか、人間なら人間の気持ちがわかるって、それは普通に思い違いだと思う』

 

 人の気持ちなんてわかるはずもない。自分の気持ちだって時には分からなくなるというのに。

 

『だからまあ、マーリンが何か悪いってわけじゃないよ、きっと』

 

 それに実を言うと、一応今彼のマスターにもなっている立香は、自ら人でなしだと嘯く彼の言動は、何処か防波堤のようにも見える。人に欠点や気にしていることを指摘される前に自虐するという、とても人間臭い防衛本能のように感じるのだ。

 

「なんだか失礼なこと考えてないかい?」

『気のせいでーす』

 

 勿論、それを口に出したりはしない。きっと見当違いな見立てだし、口にしたところで彼は笑って否定するだろうとわかっているから。

 

 何より、人でなしは人でなし。それを無理に人間に当てはめるなんて如何にも馬鹿らしい。

 彼は彼のままで生きればいいのだ。立香だって彼のやることで迷惑を被ったりはするけれど、命を取られない限りは文句を言うつもりはないのだから。

 

 

 

■よくあるハプニング(第二部時空)

 

「っはー! いい汗かいたぜ!」

「おつかれー」

 

 排泄をしないサーヴァントが発汗をするのかという問題はさておき、シミュレーターから戻ってきた新入りの彼らにドリンクを渡すのは主に立香の仕事だ。シミュレーター内は基本的に飲食持ち込み自由だが、そもそも何かを食べる、飲むということが必須でないサーヴァント達は、特に召喚直後は率先して飲み食いをしない。そのせいで死んだり具合が悪くなったりしないということはよくわかっているのだが、だからと言って折角訓練をしていた彼らを労わらない、という選択肢は立香の中になかった。

 ちなみに立香としても、新入りの戦闘スタイルをきちんと把握することは必須であるため、シミュレーターのオペレーションフロアにこもることは全く苦ではない。

 

「はい、飲むとすっきりするよ」

 

 差し出されたスポーツドリンクを「いらねーよ」と突っぱねることも無く受け取ったアシュヴァッターマンが、生前には存在しなかったそれを一気飲みして目を丸くした。

 

「っぷはー! なンだこれ、メチャクチャうめーじゃねえか!」

「あ、よかった。実は好みが分かれるんだよね、これ。私も好きなんだけど」

 

 体育会系のサーヴァント達には大概好評だが、一部には「酸っぱい」とか「なんか好きじゃない」と評されるスポーツドリンクの独特の味。幸い今回口にした彼らには上々だったようで、立香はよしよしと頭の中でメモを取る。これはあとでキッチンの守護者たちとも共有する重要な情報だ。

 

 そんなわけで。

 

 ラーマにカルナ、そして国籍も違うのに訓練に混ざっていた李書文(ランサー)と燕青。一応『アジア出身』というくくりには出来そうな武闘派メンバー一人一人にタンブラーを配る立香の背後で、ふらりと群れから外れた者が一人。

 

「お代わりくれよ」

「ちょっと待って。まず全員に配ってから…‥って、まってアルジュナそれあかんやつ!」

 

 アルジュナ――異聞帯で縁を結んだアルジュナ・オルタ――が、立香がテーブルに置いたままにしていたタンブラーに口を付けていた。一応それは立香の分で、しかし口をつけていなかったので間接キスとかそういう問題ではない。そもそも間接キスごときでわーわーいうタイプでもないのだが……それ以前にそのタンブラーには大いなる問題がある。正しくは、タンブラーの中身にだが。

 

「……」

「だ、大丈夫?」

「……些事」

「いや多分些事じゃないよそれ。ほら口直し」

 

 どうやら呑み込んでしまったらしいが、どう考えても「美味かった」とは思えない。一緒に用意しておいたレモンのはちみつ漬けを口に入れてやると、凍り付いていた空気が若干和らいだ。

 

「美味しいです……」

「それは良かった。蜂蜜多めにしておいて幸いだったね」

 

 うっかり口調が再臨前に戻るほどの衝撃だったらしい。立香はアルジュナ(汎人類史)よりも癖が強い彼の黒髪をわしゃわしゃと撫でた。アルジュナ(汎人類史)相手には絶対に出来ないことだ。

 

「なんだァ? ゲテモノでも間違ってたか?」

「ある意味そうかも? 吐いても良かったんだよ、アルジュナ?」

「食物を粗末にするのは……悪ですので……」

「これ食べ物っていうかなあ? 寧ろ毒に近いんじゃない?」

 

 何せ『こんなもの』を好んで飲むのは、古今東西の英傑が揃ったカルデアでも(凡人の)立香くらいだ。

 

「ああ、塩水か」

「ラーマ君せいかーい」

「塩水? 何だってそんなモン……あーそうか、お前半分魚だっけか」

「そうそう。両生類ないし魚類」

「いや自分で言うなよ」

「事実だもん。ていうか今更、今更」

 

 とりあえずうっかり第二の被害者が出ないよう、タンブラーの中身を一気飲みする。以前「好き嫌いを断ってこそ」と言っていたアルジュナ・オルタがとても微妙な眼差しを投げかけてきたのが、何だか妙に印象的だった。

 

 

 

■新宿クリア後の召喚

 

 金色の光が回転して、青い稲妻が迸る。

 強い英霊だ、とスタッフの誰かが呟いて、けれど何処か高揚を孕んでいた空気は次の瞬間一変する。

 

 殺意。

 肌を刺す悪意。

 混じりけのない憎しみ。

 

「■■■■■■■■■■――――……」

 

 獣がいた。

 映画にもそうそう出て来ないような巨躯。その上にまたがる首無しの男。毛並みは自然にある風合いとは言い難く、青のような銀のような奇妙な色。眼光は固い石を乱暴に研いだ刃に似ていて、すっぱり断つ、というよりは食い千切ってきそうだ。

 実際、『彼』はきっとそちらの方が得意なのだろう。

 

「り、立香ちゃん! 強制送還を――っ」

 

 余計なことを言うな、とばかりに獣は吼えた。今にも一足飛びにそのスタッフの方へとびかかりそうだったので、立香はほぼ反射的に『彼』の前へと体を躍らせる。せんぱい、とマシュの悲鳴が聞こえた。

 

「……」

 

 この姿を知っている。

 この憎悪を覚えている。

 纏っていた血の臭いこそ今は感じられないが、骨まで食い破ってくるような存在感は忘れようもない。

 

 強制送還――確かに最善の手なのかも知れない。何せ『彼』はこれまで出逢ってきた英霊とはまるで違う。その成り立ちも、武器も、言葉も、姿も、何もかも。

 

 でも。

 

「……びっくりしたあ」

 

 ぴくり、と巨体がほんの少しだけ身じろいだ。殆ど吐息ばかりの独り言だったが、獣の耳は的確に拾ったらしい。とびかかりもせず、唸りもせず、獣は立香を見下ろしている。大きな口だ。立香などきっと一呑みに出来るだろう。或いは、首無し騎士が持つ鎌が、脆弱なこの身体を千々に引き裂くか。

 

 でも。

 

「来てくれて、ありがとう」

 

 契約は成った。

 言葉も通じない英霊。

 溺れてしまう様な憎しみを周囲に撒き散らしながら、それでも彼らは立香を喰わなかった。

 

 立香にとっては、それで十分だったのだ。

 

 

 

■アガルタクリア後の召喚(?)

 

「お祓いをしましょう、先輩」

 

 いつも通り、特異点帰還後の召喚に臨もうとした立香を呼び止めたマシュが、据わった眼でそれだけ言った。

 

「お祓い?」

「はい。マルタさん、ゲオルギウスさん、天草さん、そして三蔵さんと宝蔵院さんに既にお声かけしています。和洋折衷になってしまいますが、今回の召喚を行う前に念入りに祓ってもらいましょう」

「なにを?」

「厄をです」

 

 急にどうした。

 困惑する立香だったが、しかし状況を呑み込めていないのはどうやら彼女だけらしい。ずらりと並んだ西洋・東洋それぞれの聖人・聖女・高僧が真面目な顔で立香を取り囲んでいる。中にはロザリオやら錫杖やらを持ち出している者もいて、何がとは言わないが準備万端の様相だ。

 

「先輩、不肖マシュ・キリエライト。これまで特異点で縁を結んできた英霊の方々を厭ってきたことは一度もありませんでした。とはいえ今回ばかりは些か勝手が違います」

「へ?」

「何事にも許容できないことはあるんです。まかり間違っても此処に呼んではならない英霊と出逢ってしまいました。縁を断ち切ることは出来なくとも遠ざけることは出来ると信じてます」

「は?」

「どうしてピンと来ないんですか先輩!」

 

 いつにない剣幕で(いや、主に黒髭のウ=ス異本関連でこういう顔をしているのは見たことがある)立香の両肩を掴むと、マシュはものすごい顔で言い放った。

 

「私マシュ・キリエライトとほかカルデア在中の英霊全員、先輩を売り飛ばす算段を平気で立てるような英霊は仲間とは呼べません!!」

「…………あー」

 

 なるほど、そういうことか。立香はようやく合点した。

 マシュが言っているのはアガルタで一番世話になったものの、最後の最後でとんだやらかしを披露してくれたレジスタンスのライダー、もといクリストファー・コロンブスのことである。

 一見(正しくは一聞だが)して何だか物凄くいいことを言いつつ、実際はあくまで自分の利、自分の得だけのために他人を奮起させ、レジスタンスを組織し、カルデアとも手を組んであれこれ立ち回っていた……しかし今回の特異点修復においてはまごうことなきMVP。立香としてはあまりにも気持ちの良いアレな人っぷりは寧ろ尊敬に値するくらいなのだが、真面目なマシュからすれば言語道断だったらしい。

 

 まあ確かにあの男、立香を「実在した人魚」として裏社会で見世物にするとか、鱗や血をちょっとずつ採取してオークションにかけるだとか、そういう抜け目のない計画もつらつら語っていたけれど。

 

「もう本性わかってるんだし別に良くない?」

「駄目です!!」

 

 残念ながら人類最後のマスター、藤丸立香の肝っ玉は電信柱より太かった。モリアーティとは別ベクトルで恐ろしいことを言われたにもかかわらず、彼女は見ての通り意に介していない。

 駄目だこりゃ、と同時に頭を抱えた聖人・聖女・高僧の方々によりすぐさま和洋折衷なんでもありのお祓いが行われたが――人類最後のマスターが持つ運命力にそれが勝てたのかは不明である。

 

 

 

■人違い

 

 藤丸立香には兄がいる。

 

 大学生で、ややクセのある黒髪と碧い瞳をしている。その色彩は母親から譲り受けたもので、彼は顔立ちだけなら立香よりも更に母に似ている。立香も似ていないわけではないが、髪や瞳の色は父親のそれと同じだった。

 

 釣りが得意で趣味とする兄は時折意地の悪いことも言うが、それでも妹を友達と一緒になって虐めるようなタイプではなく、寧ろ率先して守ろうとしてくれるような良い兄だった。……過去形にするのは申し訳ないけれど、カルデアに来たその日から一度も会えていないせいで、少しばかり記憶も薄れかけているのが正直なところだ。

 

 人間の記憶は、まず聴覚から喪われるという。人の声、立てた物音、そう言ったものがまず頭から削り取られていく。こんな声だったはずと思っていた人のそれが、久しぶりに聞いて思っていたそれと違っていた、という経験はそこそこにあり得るのではないだろうか。それが自分の記憶違いだったのか、それとも相手の変化だったのかは往々にして分からないことも少なくない。記憶の中の声や音は、あまり信用のならないものだということだ。

 

 つまり何が言いたいかというと。

 

「間違えましたごめんなさい」

 

 小学校の頃、先生を「お母さん」と呼んでしまってクラス中に笑われた、或いはクラスメートがそういう失敗をした、という人は少なくないのではないだろうか。

 立香は幸いにして失敗をした当人になったことは一度も無かったのだが……今日まさにこの瞬間、多分似たような失敗をやらかした。

 

「わ……っ」

 

 緑がかった黒い紳士帽子と同じ色のコート、それにスーツ。何処かの貴族かはたまたマフィアの幹部か、という出で立ちと迫力のある美貌が、今はきょとんとしている。金色の瞳が驚いた猫さながらに見開かれ、そこに泣きそうな顔をした立香が映っている。

 

「笑うなら笑ってくれ巌ちゃん……!!」

 

 藤丸立香、カルデア所属、人類最後のマスター。

 巌窟王ことエドモン・ダンテスをうっかり「兄さん」と呼ぶという、他人からすれば微笑ましい、本人からすれば憤死してしまいたいような失敗をかました彼女は、耳まで真っ赤にして机に突っ伏してしまったのだった。

 

――後日。

 

「巌ちゃーん、悪いけど今日も種火周回頼んでいい?」

「構わんが……待て、それより」

「ん?」

「――兄さん、と呼んでくれても構わんのだぞ、マスタァ?」

「こんにゃろうめ」

 

 なおこの数ヶ月語、彼女はアルジュナ・オルタに対しても同じミスをやらかすのだが、そんなことはまだ誰も知らない。

 

 

 

■『 』の匂い(『新宿クリア後』の別視点)

 

 生まれ育った故郷とは何もかもが違うその場所で、あの人間は一際異彩を放っていた。

 人間とは押し並べて憎悪の対象である。己から全てを奪った生き物であり、己が全てを奪うべきものである。恨み、怒り、憎み、殺す相手である。

 それ以上でも、それ以下でも無い。そのはずだった。……けれど。

 

「来てくれてありがとう」

 

 目に痛い光の晴れた後、うっすらと微笑んだ小娘は相変わらず脆弱そうで、たったの一噛み、一掻きで容易く殺せることは考えずとも分かった。隠すつもりも無い憎悪を当てられて、それに気付いていないわけでもないだろう。だのに、その人間は恐れた様子も無く、挨拶のつもりか片手を上げた。

 

 触れては、来なかった。

 

「一番静かなところに案内するよ。少しだけ我慢してくれる?」

 

 なるべく人間が近づかない場所を用意すると言った人間に、不本意ながらついていく。周囲の者達がああだこうだと騒いでいるが、人間は意に介した様子も無い。マスター、という立場に収まった小娘は、獰猛な獣相手に堂々と背中を見せていた。

 

 一息に殺せる距離で、ひと思いに蹂躙できる無防備さで。

 

「■■■■■■……」

 

 す、と人間くさい空気を吸って、気付く。

 同じ匂いがすることに。

 新宿でこの人間と相まみえたとき、ほんの一瞬香ってきた匂い。殆どが紛れもない人間の悪臭で、それなのに本当に時々、決定的に人間と違う匂いを漂わせた。

 気のせいだと思っていたが、違っていたらしい。

 あれは、どうやらこの人間から漂ってきていたようだ。

 殆どが悪臭ばかりの人間、それが纏うほんの僅かな『人間でない部分』。

 

 樹ではない。それにしては鋭すぎる。

 土ではない。それにしては強すぎる。

 雨ではない。それにしては辛すぎる。

 獣ではない。それにしては甘すぎる。

 

「此処だよ」

 

 考えているうちに人間の脚は止まっていて、自分達は薄暗い物置らしい場所に通された。やや埃っぽいが、人間の足跡が目立つよりよほど良い。あとは此処に自分達の縄張りの印をつければ良いのだから。

 

「それじゃあ、もう行くね。もし用があったら……そうだなあ、ヘシアンだけ出てこられる?」

『……』

「うん、じゃあ用があったら来てね」

 

 人間は最後まで柔らかく笑っていて、そのくせ気軽さに任せて此方に触れてくることもなかった。最低限の礼儀や線引きはわきまえているらしい。マスターと呼ぶつもりは無いが、契約するにはまだマシな人間だ。

 

「これからよろしく」

 

 ゆっくりと立ち上がった人間の身体からまたあの匂いがした。

 故郷の何処からも香ったことの無いそれが『潮』の香りだと知ったのは――人間でないのに人間に似た、『土』と『紙』、そしてあの人間と一緒に再び新宿を訪れた、その後のことだ。




緊急事態宣言もいよいよ東京で出るようですし、大人しく家でリモート作業していたい書き手です。
おうちの外に出ないのは得意なので。多分ジナコちゃんと刑部姫の次くらいに。

マーリンは幣カルデア一番の古株ですがまさか小ネタで最初に出すとは思わなんだ。
あとレジライはいいキャラだけどキャラ同士の関係を考えると本当に扱いが難しいですね……ケツァルコアトル姐さんがアヴェンジャーになったらどうしよう。

しかしレジライの宝具は敵に回るととっても厄介ですよね。こういう癖の強いキャラほど強いのほんと困る。
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