影グルイ   作:花火師

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第10話

 

 

人の噂も七十五日。

そのことわざが真実だったとして、それが現状に(そく)していても現実がその通りに運ぶとは限らない。

河童が河で流されるだろうか。猿が木から落ちるだろうか。ありえるかもしれない。だが、確率という点で言えば1から数えたほうが早いだろう。

コトワザというものは教訓であって歴史じゃない。

 

愚痴はよそう……。

愚痴は…………よそう……っ。

 

痛い。

多方向から突き刺さる視線が痛い。風林火山っぽく言うと、刺されること針山の如し。

四方からレーザーのように向けられた好奇の目に疲れを込めた重いため息を溢す。

 

それにしても、あのサイドテール女。まさか俺のような何の特徴もない一般生徒を把握していたとは。

確かにこの学園に在席する生徒ならば、学園内の生徒たちの顔や個性、趣味趣向、得意なギャンブルを把握していても可笑しくはない……というか、正当も正当。常套手段だ。

ちなみに、俺みたいな一般ぴーぽーの場合、変に探りを入れようとすれば存在ごと抹消されかねない御家もあるから、おいそれと深入りは出来ない。こええよ、こええよ富豪学園。なんて不平等……。

とは言え、生い立ちまではいかなくとも彼等彼女等の得意なギャンブルの把握くらいなら俺だって出来る。

……しかしこんな規模の金持ち教育機関だ。生徒の数も推して知るべし、途方に暮れもする。事実、あの女を調べてたら日が暮れてた。

現状、そっちも頑張ってはいるものの全生徒にはまだまだ及ばない。目ぼしいところだけ薄っすらと、広く浅くといった感じだ。

夢子は怖いし、生志摩は厄介だし、生徒会長は邪魔ばかりしてくるし、危険な生徒たちそれぞれの対処法も考案していかなきゃだし。でも学業だって(おろそ)かに出来ないし……ジジババのボードゲーム鍛錬だって欠かしたくないし。考えることやること一杯しゅぎぃ。

俺のAPEXとCODとスプラする時間を返して。闘いたい。まともなゲームでギャンブル性なんて無く闘いたい。

そっち方面だけは別腹なんだけど、そういう機会に恵まれないんだよな。唯一学園内でゲームできそうな相手は難あり癖ありの年上ロリだけだし。

 

→体は闘争(ゲーム)を求める→アーマードコアを買う→アーマードコアシリーズの収入が伸びる→フロムが新作を作る。

はい勝ち確。

 

 

…………それは置いといて。

 

 

視線が……。

目線が痛い。特に夢子からの目線が痛い。

すんげえ見てくる。眼力に威力が伴うのなら俺はもう木っ端微塵だ。

『真の英雄は眼で殺す』を地で実行しようとしている。奥歯が震えるのも必定と言えよう。助けてカルナさァん。

 

それもこれもあの女のせいなんだ……!

(つぼみ)菜々美(ななみ)って名前だったか。

あの女、生志摩の前では子鹿のように震えてたくせに、灰汁(あく)どく遠慮なく俺の噂をバラ撒きやがった……。綺麗な名前して悪質な事しやがって……!両親が泣くぞ!

いや、本当に意図的に悪意を持ってバラ撒いてたのかどうかは知らないけどさ。

当然、あんだけ叫ばれれば不特定多数の生徒たちにはそりゃ聴こえちゃう訳で……。はぁ。

いや、むしろ悪意がなかったらそれはそれで困るんだよな。

恨めしや蕾菜々美。

 

頭を抱えて唸る俺の肩を誰かがぽんっと叩いた。

こんなホームルーム中に誰が……と物理的な位置からして考えなくてもわかる。後ろの席に座る男子生徒だ。少し話す程度の仲の男、須藤君。

そいつは屈託のない笑みを浮かべて、小声で言うのだ。

 

「聞いたぜ朝土!あの生志摩を押し倒したんだって?すげえなオトコだよ、オトコっ!」

 

「てめえぶっ飛ばすぞ」

 

「え……あ。…………ごめん」

 

思ったよりも低い声が出て自分でもビックリした。

正面に向き直ってシワの寄った眉間をほぐし少し反省。

ちょっと言い過ぎたかもしれん。

 

バゴンッ!!

真後ろから物凄い音が聞こえた。どうやら須藤君が机にデコを打ち付けたらしい。大丈夫か。何があった。

蚊の鳴くような声で「……おわった」とかなんとか聞こえるが本当どうした。

騒がしい音に何事かと表情で咎める教師。

いや、俺のせいじゃないんだが……と不満ながらも渋々謝罪の会釈を送る。

 

じーーーーーっ

 

……いや、やっぱり少し強く言い返し過ぎだな。

よし、須藤君には後で謝ろう。

にしても、どうしたものかねぇ。

噂が消えるまでにどれだけかかるんだろう。後ろの須藤君じゃないが、ゲーム中にこんな下らない煽り文句と言う名の生志摩ワードで挑発され続けられたらいつかプッツンしてしまいかねない。そんな下らない事で負けるのは恥ずかしい上に救いようがない。

 

じーーーーーーーーーーーっ!!

 

はぁもう……。

視線が気になって仕方ない。どうやらこれ以上無視し続けたところで折れるつもりはないようだ。やれやれ。

うつ向き気味に逸してた視線を夢子に上げてみれば、そこには目線を逸したら喰ってやるぞと言わんばかりの黒々とした赤い目玉が二つ。隣りにいる鈴井の小さな注意など知らぬ存ぜぬで刺々しくこちらへ突きつけてくる夢子がいた。

俺はサッと視線を逸してまだ真新しい机にシミがないかと挙動不審に鑑定を始めた。

特に汚れのない綺麗な机でした。富豪学園だぁ。

 

こ、こっっっっわ!!

なにあれ。ナニアレ!!

すげえメンチ切ってるよ。

メンチ!SAN値!ピンチ!

 

「蛇喰さん、よそ見は感心しませんよ」

 

い、いや。でもなにやら教師に軽く注意されてる様だぞ。流石大人、困ったとき信用できるのはやっぱ大人だよね。一生付いていきます。

 

ゴリゴリと削られるメンタル。臭いものに蓋をするどころか、それを開け放つ如く、確認も含めて怖いもの見たさでちらりと覗けば……夢子はいまだ俺を凝視していた。より強い眼光で。

 

教師を信用した俺が馬鹿でした。

ピクリとも表情筋を動かさない夢子。机のシミが本当になかったのかしっかり確認したいところだが……ここで目を逸らしたら負けな気もしてくる……。い、いや別に俺にやましい事がある訳じゃない!

堂々としてればいいんだ。

しかしこれ以上この膠着状態のままになっては教師とてお(かんむり)になるだろう、ここは停戦しようとの意味合いで、お茶濁しの微笑みと共に軽く手を振ってみた。

 

「ぁ……ッ!!!」

 

バゴンッ!!

物凄い音が聞こえた。夢子が机にデコを打ち付けていたのだ。どうした大丈夫か。

うわ、小さく何か聞こえる。いいや、やっぱ聞こえない。

「ふふ、ふふ……ソウシっ、そう、……!」とか聞こえてくるのはきっと気のせいだろう。気のせいのはずだ。それ以外あり得ない。

そんな夢子を見る皆の目線は言わずもがな、ドン引きだ。

 

教師にも『騒がしい原因はお前じゃい』とばかりに戒めるような視線を向けられた。俺のせいかよ。

文句を垂れても生産性などない。仕方無しにすいませんと二度目の会釈を返す。

 

「……はぁ」

 

疲れたため息と共に、俺も前者二人に倣うように机にデコを付けてため息を溢した。

………ったく、なんで俺がこんな目にあってるんだ。理不尽だろ。変態女にデッド・オア・アライブロシアンルーレットしようって言われたから断っただけだぞ。デスゲームなんてフィクションの中で十分だ。

 

今だけは日本一の肺活量とも言えるくらい、長いため息を吐く。

ふと、蹲った腕の内側から安全圏である後方をぼーっと眺める。

何となく目のいったそこには、首元にぶら下がったステンレスのプレートを憎々し気に睨む早乙女芽亜里が見えた。

 

家畜のプレートだ。

……まぁそりゃ、この教室でクィーンビー気取ってた早乙女が家畜に堕ちたとくりゃ、プライドもズタボロ。あたり構わず暴れ散らさないだけ冷静というものだろう。

 

 

 

…………。

……………………。

 

 

 

はぇえ!!!??

早乙女が家畜!!!!!????

ウッソだろ!?

 

あ…………あーー、そっか。

完全に失念してた。昨日俺が夢子と投票ジャンケンを持ち出してきたのは、夢子と早乙女が既にそのギャンブルをやった後だった。

誰が相手であろうと、あの夢子がなんの面白味(・・・)もない危険性皆無なギャンブルを進んでする訳がない。つまり、早乙女は見事夢子の術中に嵌まり見事家畜に堕とされたと、そういう訳だ。

 

南無三。……でも、ちょっとだけそのギャンブルを見てみたかったという自分もいたり。どうやってクラス大半という多人数を出し抜いたのだろうか。

ぐぬぬ、こういうタネが気になってしまうあたり、武内さんのマジシャン気質に毒されてるなぁ俺。

でもよく考えたら、その場にいるだけで早乙女の身が心配で気が気じゃない。俺だけ胃を痛めてリタイアしそうだ。やっぱ見たくない。

 

……どうするつもりなんだろ。夢子に家畜行きギャンブルを吹っかけられたってことは、考えるまでもなく相当な額だ。

これを巻き返すにはそれ相応のギャンブルをしなくちゃならない。

『一度家畜になったら二度と一般生徒には戻れない』そんなジンクスまであるくらいだ。それこそ、生徒会にでも挑まなければ……。

 

……あ、嘘だろ。一生懸命スマホを見つめてやがるぞあいつ。

この学園内で借金を取り返せるWEBサイトといったら、ホームページを作ってる伝統文化研究会くらいのもの(夢見弖も作ってるがあれはファンクラブ専用だ)。

 

伝統文化研究会。まさしく魔王軍幹部が一人、生徒会庶務担当、西洞院百合子が会長として在籍する勢力。

 

嫌な予感がする。まさか、西洞院先輩の所に貨幣並べて殴り込むつもりじゃないだろうな。

でも、俺がどうこう出来る話じゃない。家畜なんてこの学園には何十人といるし、一個人が口出しをしたところで何かが変わるわけでもないもん。

 

……いや、んー。でも昨日の借りがあるんだよなぁ早乙女には。

どうしたものか……。今からでも西洞院先輩に連絡して手心を加えて貰えるようお願いするか?

でもあの先輩怖いんだよなぁ。

 

『私の可愛い後輩に害虫が付いてはいけませんから』

 

とか言ってクロスさせた両手にゴキジェット構えて(にじ)り寄って来るんだもの。

いい人ではあるんだが、何故ああなのか。

やっぱ生徒会って怖い。

 

長めの葛藤と小競り合いをする俺のヤダヤダ精神。

そして固唾を呑む俺を映す黒い液晶画面へ、震える指をスライドさせた。

 

ええい、仕方あるまい。やらぬ後悔よりやって後悔だ。

LINEだ。LINEするぞ……。

 

ど、どう切り出そうか。こちらから連絡するのは初めてだからな。

庶務担当なだけあって文章には手厳しそうだ。それに結構な良家のお嬢様。かっちりキッチリした人だし、しっかりした文章を綴らねば。

 

朝[謹啓 春眠暁を覚えず、処々に啼鳥(ていちょう)を聞く。夜来風雨の声、花落つること知る多少。そんな詩を思い起こさせる季節になったこと、大変胸が高鳴る想いでございます。]

朝[さて、この度は西洞院様に不躾ながらお願いが御座いまして筆を取らせて頂きました。]

 

どうだ……!

 

西[イヤです]

 

くっそ!!

だめだった!しかも俺なりの丁寧に対して返信ざつう!

ごめん早乙女、俺じゃ無理っぽい!

 

西[筆じゃなく電子文字ですし。LINEですし。そもそも目上の人間に対するお願いの仕方がLINEってどうなんでしょう?]

西[貴方に少しでも良識があるのであれば面と向かって頭を下げるべきじゃないでしょうか]

西[それと春暁(しゅんぎょう)の引用は構いませんが多様や長文にするとテンポが悪い上に知識をひけらかしている様でかえって下品になります。気を付けなさい]

西[しかしこれでは将来が危ぶまれますね。私の知ったことではありませんが]

西[ブロックします]

 

鬼かッ!

鬼かあんた!!!

途中まで、確かにその通りだなー勉強になるなーなんて反省した俺の気持ちを返して!それとなんで最後ぶった斬った!?

 

相変わらず俺にだけは辛辣だ。俺、何かした?全く持って記憶にないんだが。

つか返信はえー。あんなに老け……大人びて見えてもやはり現役JKだということか。親指族ってやつ?

 

ウーンウーンと、どう返したら良いものかと悩んでは見る。しかしどうも俺の動揺が無言ながらも挙動に現れていたらしい、教師からは訝しむような視線を送られている。

あまりスマホを弄って心象を悪くする訳にもいかないか。

 

どうするべきか悩んでいると新たなLINEが飛んできた。

 

西〔誠意を見せなさい〕

 

更にもう一通。

 

夢[かげくん、みせてください(✧ω✧)]

 

夢子からだった。

え、なにを?誠意を?

 

西[誠意が見られなければ認められません。そもそも、私達がやっているのはギャンブルです。何か要求があるのなら、運命を傾けられる程の何かを、誰かにお願いするしか無いのではないでしょうか]

 

次からか次へと控えめのバイブレーションと共にメッセージが送られてくる。

あんたらどっちもホームルーム中でしょうに何やってんの。

 

夢[かげくんのお顔をみたいです♡こちらを見て頂けないでしょうか。何もやましい気持ちはありません。なんでしたら、私なりの誠意だってお見せします♡♡]

 

西[全ては貴方の誠意次第です。そうすれば私も私なりの誠意をお見せしましょう]

 

夢[わかりますか、誠意(セ·イ·イ)ですよ?♡]

 

西[分かりますか、誠意(せいい)ですよ]

 

 

 

もうお前ら二人で誠意展覧会でもやってろよ。

 

 

こっそり顔を上げると、前の席である夢子からチラリと色気の含んだ流し目を向けられた。

 

くっ。悔しいが可愛い。

 

敗北感の賛辞を送りながらも『後で相手するから、今は先生の話を聞こうね』と返信する。

なんか『ドキドキ♪』したリアクションのちーかわスタンプが送られてきた。

……まぁ可愛いんだけど、そこにトランプのスートを添えられると意味が変わってきちゃうのよ、ドキドキの意味が。

 

 

……さて、どうしたものか。

 

 




誠意って何かね
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