キッテル回想記『空の王冠』   作:c.m.

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※2020/3/30誤字修正。
 水上 風月さま、ご報告ありがとうございます!


邦訳あとがき

 一九六八年の夏、キッテル夫妻が秋津島に来朝したことは、読者の中にも知る人は多いだろう。

 当時の二人はあくまで私的な観光での来朝であったのに加え、秋津島では軍事関係の記者や、或いは軍人以外では知る人は少なかったから、それが露見して国賓待遇で出迎えられるまでは、秋津島語が堪能な有り触れた外国人観光客であったと、観光名所の店や街で見かけた多くが語った。

 特にキッテル夫人の秋津島語は非常に見事で、今の私達が当時の放送を耳にしても驚くであろうし、キッテル元帥大将もまた、カタコトでこそあったが堪能なものであった。

 私は当時、この夫妻のインタビューをニュースで観ていたが、未だに二人の秋津島に対する理解や知識量には驚かされたことを覚えている。

 

 キッテル夫人は秋津島の食事で何が好みであったかを問われれば「納豆や味噌汁、味付き海苔を巻いた白米が美味しかった」と仰られた時などは、この人は秋津島のハーフだろうか? と首を傾げたものであるし、「和食が美味しく、この国に居着きたくなった」と嬉々として仰られた時などは、大変誇らしくなったものである。

 キッテル元帥大将も秋津島には並々ならぬ興味があったようだが「妻が店員に勧められるまま白米に生卵を乗せたときは、涙ながらに止めたよ」と実に外国人らしい反応を見せたりと、本当に二人のインタビューは記憶に残るものが多かったと、今にして思う限りである。

 

 本書の中で、キッテル元帥大将の秋津島への警戒心や、或いは疑問視する意見が散見されたが、それが本意でなかったことは、後の彼の発言や対応を知る者にとっては疑問の余地のないことと思う。

 当時の帝国においては、時の皇帝(カイザー)、ウィルヘルム二世が黄禍思想に染まっていたこともあって、おいそれと反駁出来る立場にはなかったであろうし、ましてや帝国の騎士にしてプロシャ軍人として皇帝(カイザー)に忠誠を誓う身の上である以上、キッテル元帥大将にすれば、このように書き記す意外になかったと思う。

 現に、皇帝(カイザー)の崩御後はその死を悼みつつも、ベルトゥス皇太子が即位するや否や秋津島との軍事同盟を強く提言し、東方同盟の一員に加えるよう便宜を図ったことからも、それは疑いないものであろう。

 

 当時のインタビューにおいても『秋津島に対してどのような感情をお持ちですか?』と記者が訪ねた際には「勤勉かつ模範的な国民だと思う」「外国人に対して視線を感じるが、慣れていないのだろう」「きちんと列を並んで順番を待っている姿や、ゴミが路端に見られない点から言っても、国民性が窺える」などと、好意的な意見が多かった。

 反面、軍事に関しては「杓子定規に過ぎる嫌いが多く見られる」「参謀の権限が強すぎるのではないだろうか?」などと、かなり手厳しい発言をしたものだが、この辺りはやはり夫妻とも高次元の戦略眼を有しているだけあったのか、後年に皇軍が改革に乗り出す上で必要な全てを押さえていたのは、軍事コラムを綴る私をしても舌を巻かざるを得ないものだった。

 

 さて。本書では斯様に感情豊かで、そして多くの体験談を赤裸々に綴ってきたキッテル夫妻であるが、ここでは些か趣向を変え、語られていないキッテル元帥大将の側面を語ることとしたい。

 たとえば、幼少期の頃は非常にやんちゃなガキ大将で、常に一番である事にこだわり、それが為にあらゆる分野で努力を惜しまなかったそうであるが、これらは後に両親に危惧され、性格を矯正されたそうである。

 また、上級学校時代にベルンの街角で子女から声をかけられた時などは、女性に慣れていなかったのか目に見えて狼狽し、微笑まれれば赤面してしまい、足早に去ってしまったという非常に初心な少年だったそうである。

 

 そうした微笑ましく見える部分も、魅力といえばそうであるのだが、一方で、パイロット時代のキッテル元帥大将には影のある一面も見られた。

 敵国にとっての撃墜王キッテルに対して、相対した多くの空軍パイロットが語るのは、「彼と出会ったならば、死を覚悟せねばならない」というその恐怖であったそうである。

 

 他のエースたちが敬意を集め、戦場で殺し合いながらも再会を望んだのに対して、撃墜王キッテルに関しては、唯々恐怖の対象だったという。

 それは、常にエンジンや主翼でなく、正確無比にコクピットを射抜く鷹の目や、逃げる相手さえ容赦なく追い立て撃墜する無慈悲さからきた恐怖なのだろう。

 ライン戦線での連合軍(アライド・フォース)が、撃墜王キッテルに対して莫大な懸賞金をかけ討伐隊まで組織したのは、当時人の恐怖感を如実に伝える好例でもある。

 

 また、捕虜に対しては一切の暴行や粗略な扱いを許さず、紳士的な対応に務めた反面、脱走者に対しては決して許さず、捕らえられる間際、命乞いをした兵士さえ射殺したという冷淡な部分も見られたが、当人はこれを次のように肯定している。

 

「私は降伏する者には慈悲をもって礼に則り、厚く遇する。しかし、逃げる以上は再び帝国と相対することをその時点で決している者であるから、私は彼らを敵と見做さねばならない。騎士道に慈悲はあれど、甘さはないのだ」

 

 これを残酷と取るか否かは判断の分かれるところであるが、少なくとも当人の中のルールにも、当時の捕虜法(ヴォルムス陸戦条約)にも問題のないものであった以上、公的に咎めることは不可能であるし、それを弁えての発言だったのだろう。

 或いは敢えてこうした発言を残すことで、捕虜の脱走を防ぐことも視野に入れていたのかもしれないが、当人は必要以上に多くを語ることはなかったので、真意は闇の中である。

 

 尤も、本書が発刊されるまでキッテル元帥大将は軍の広告塔としてでしか多くを語らず、常にプロパガンダ放送や新聞、軍事公報でしか知る機会のない偶像的な人物であったから、そうなったのも致し方ないことだったのかもしれない。

 本書が帝国において多くの反響を呼んだのは、キッテル元帥大将や夫人が、ありのままの感情を綴ったことに起因する。

 誰もが銀幕の登場人物を見るようにキッテル夫妻を見ており、思い思いに理想像を当てはめていたというのは、インタビューを受けたアルトゥール氏の言であり、彼は次のように語った。

 

「私にとっての両親は、帝国のどの家庭にも見られる良き父、良き母でした。父は子供の頃の私を叱責しましたが、愛していたことは子供ながらに分かっていました」

 

 アルトゥール氏は音楽大学で指揮者を志す段になって、宛名のない相手から指揮棒を郵送されていたという。また、親の脛など齧るものかと息巻いてこそいたが、生活が困窮すると、何処からともなく足長おじさんが日雇い仕事を斡旋してくれたというから、父親としてはやはり可愛い我が子を陰ながら見守っていたということだろう。

 

「ですが、世の多くは、私の両親を決してそのようには見ませんでした。父は伝説の撃墜王で、母は帝国の守護天使。その息子である私が音楽家になろうというのですから、周囲の目は冷ややかなものでしたよ」

 

 キッテル元帥大将が特別扱いを許さなかったのも、徴兵忌避者への嫌がらせを憂慮してのものだったのだと、後になって親心を深く理解したという。

 そして、そんな親としてのキッテル夫妻は決して軍人としての自分は語らなかったそうだ。

 

「私も含め、妹も弟も有名人の両親から話をせがんだものですが、どちらも答えてはくれませんでした。ですが、こうして本を手に取った今は、その意味が分かります」

 

 余人が想像する英雄は、子供たちの前では、ただの親で居たかったのだと。夫妻が世を去ったあとで、そうアルトゥール氏はしみじみと語られた。

 

 キッテル夫妻が世を去ったのは、一九八八年の末である。

 生誕祭の日、曾孫達を微笑み抱き上げ、家族皆と笑いながら一日を楽しんだ後、夜更けに二人でベッドに入り、そのまま眠るように息を引き取った。

 穏やかな表情で、手を繋いで微笑みながら永遠の安息を迎えた二人の写真は、インターネットの普及した今となっては、誰もが目にできる。

 幸福で、満足げで、仲睦まじい老夫婦は、かねてからの遺言通り故郷の墓地に葬られたが、一つだけ遺言に反したことがあった。

 

『隣り合うように、葬って欲しい』

 

 夫婦どちらもが、そう日頃から漏らしていたが、アルトゥール氏をはじめ、家族の誰もがそれを実行できなかったそうだ。

 

「あの手を、離す事など出来ませんよ」

 

 夫婦は手を繋いだまま、特注の一つの棺に納められた。死でさえも、二人を分かつ事は出来なかったのだ。

 帝国北東部では、今も多くの帝国人が、二人の墓に花を捧げている。私もまた本書の訳を手がけることとなったとき、帝国に赴き献花したが、その墓碑銘を記すことで、あとがきを終えたい。

 

『訪れてくれた方に感謝を。貴方達の人生が、多くの幸せで満ちますように』

『願わくば、訪れた方の時代が、平和なものでありますように』

 

 私は今、平和な時代を謳歌している。後年、本書を手に取られた読者もまた、平和な時代を歩んでいることを望む。

 

 

 統一歴二〇〇一年 八月一日

岩本三郎

 

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