この暑さです。
体調管理にくれぐれも気を付けてください。
二人が満足する程度に仕合……二時間ほどやらされた……をした。
それからは料理の下準備などを行った。
また助の家から配達で調味料や酒などを運搬させて……ちなみに助には駄賃で後日俺の酒と飯をふるまう……ある程度の準備が整いつつある中で。
「五胡はそれほどまでに獣じみているのか?」
「普通じゃないことだけは確かだな。俺がすぐに殺したので狂い具合を直に見ることはできなかったが」
「それを退けている~ということは~やはり蜀の武将も~侮れない~ということですね~」
捌いたり煮つけを揚げ物を作っている調理時間に、褐色知的眼鏡とおっとり眼鏡が調理場にやってきて俺に報告を強要していた。
呉の王と宿将が駄々こねたことで本日宴になったが……本音としては策を練るための時間が欲しいのだろう。
この二人は重鎮中の重鎮で、あまり外に出ることができない。
呉の部隊を派遣している状態で、二人ないしどちらか片方でも蜀に向かうのは難しいからだ。
蜀と同盟を結んだ今、呉が注意すべきは北側の魏のみではあるが、それは逆を言えば兵が経験と研鑽を積むことができないという、デメリットにもなりえている。
個人的には血の気が多い呉の軍人たちもそれなりの実力者ではあるのだが、実戦経験が豊富な蜀の軍人も、なかなかの強者であるのはわかっていた。
魏を滅ぼした後は蜀を……とまでは考えていないかもしれないが、あちらから仕掛けてくることもありえなくはない。
まぁ素人娘を見る限り、ありえないだろうが……
そこらはあまり素人娘と触れ合ったことのない二人には、あまり考えることができないことではあるだろう。
最悪を想定しておくことが軍師の仕事ではあるため、俺は片手間にならないように注意しつつ、二人と話をしながら宴の準備を進めていた。
そしてすべての準備が終えた、夜。
とある部屋にお偉いさんが一堂に会することとなった。
褐色ポニー、呉の王、孫策。
褐色知的眼鏡、呉の頭脳にして筆頭軍師、周瑜。
褐色妖艶、歴戦の勇士にして宿将、黄蓋。
おっとり眼鏡、呉の二人目の頭脳にして優秀な軍師、陸遜。
土木怪人であり客将、刀月。
ここを襲われて、殺されようものなら、間違いなく呉は壊滅するだろうというほどに……立場がやばい存在しかいなかった。
まぁ……俺がいる時点で何が来ても絶対に大丈夫だが
ちなみに今の俺は真面目に料理人としているので、調理白衣を身にまとい、帽子もかぶっていた。
「そろったわね」
俺がずいぶん前に用意していた移動式特別調理台……俺だから運搬することが可能なカウンター兼キッチン……のカウンター席に腰かけた褐色ポニーがそう声を上げる。
本日俺はこの重鎮たちをもてなす側であり、主賓は当然、王である褐色ポニーこと孫策だ。
話す褐色ポニーは実に嬉しそうに笑みを浮かべている。
そんな親友であり主君を苦笑しながら優し気に見つめる褐色知的眼鏡。
早く飲みたいとうずうずしている褐色妖艶……の席の後ろにいくつかでかいタルがあるのが気になった。
……酒だよな
匂いで分かるのだが、なぜか酒がめっちゃあった。
まぁ自前のも飲みたいということなのだろう。
ほかにも何か乾物の匂いが漂っているのが少々気になるが、宴ということでつまみを持参するのは珍しいことではないので、俺はとりあえずスルーすることにした。
最後にもう一人、何が食べられるのか楽しみにしてワクワクしているおっとり眼鏡。
実に四者四葉の様子だが、誰もが嬉しそうにしているのは、調理人としては喜ばしいことだろう。
頑張りますかね
思うところがないといえば嘘になる……主に出費的な意味で……が、宴は楽しんで行うものだ。
俺としても料理を振舞えるのは嬉しいので、気を引き締めることとした。
「これから間違いなく……歴史的局面に相対することになるわ」
最初こそ浮ついた雰囲気だったが……褐色ポニーが話す言葉に、誰もが固唾をのんで耳を傾ける。
俺としてもまさかここまで真剣な話をするとは思わなかったので、直立して話を聞くこととした。
「相手は魏。蜀と同盟しても勝てるかどうかわからないほどの強敵よ。細作の報告では……同盟を組んだ我々よりも魏の軍はより多くの軍人がいるという報告もある。そしてそれが烏合の衆ではないことは……最近の小競り合いが減っていることが物語っているわ」
戦いは数。
だが当然だが、数が多いだけでなくその多い数の人員が屈強な存在であれば……それは強大な軍隊となる。
小競り合いが少ないということは、すなわち魏はその膨大な数の軍人を鍛え上げ組織化し……屈強なる軍隊を作り上げていることを意味している。
覇王と自らが名乗り、覇王としての十分なカリスマと実力を有した存在である骸骨ツインテこと、曹操。
細作が、正確な数を把握できないことも、魏が組織として優れていることを意味している。
細作が入り込む余地がないほどに、警備が厳しいということだ。
だがかといって民がその警備や政策に苦しめられているのかといえば、そうではない。
活気もあるということだ。
政策がうまい証拠に他ならない。
間違いなく……三国で最強なのは魏だった。
三国の中で一番バランスがいい王様なのは、骸骨ツインテで間違いないからな
仁と優しさはあれど、武はなく政策も普通な素人娘。
武人としては三人の中で断トツだが……さぼり癖もあり政策がちょっと弱い褐色ポニー。
二人からして、武も頭脳も秀でており、王としてのカリスマは褐色ポニーと同等の骸骨ツインテ。
そこで厄介なのが、天の国から遣わされたとされる北郷一刀の存在だ。
あいつ……間違いなく俺よりも歴史に詳しいな
俺が知らなさすぎるのも大いにあるのだが、それでもなかなか優秀なようだ。
しかも政策にもかかわっているのは間違いなく、細作からの報告で出てきた政策には俺がよく知るものも多々あった。
天運という意味でも……自身にとって最も必要といえる内政と徴兵方法の献策で北郷を保護し、うまく使っている骸骨ツインテは天下人に最も近しい存在だ。
「でも、私たちもそれに負けないだけの力と思いがあるわ」
その言葉に誰もが深くうなずいた。
負けるわけにはいかない。
負ければそれはすべてを失うことと同義。
さすがに虐殺などは魏もしないだろうが、少なくとも王族は全て処される可能性が高い。
間違いなく、褐色ポニーと素人娘は斬首されることになるだろう。
「それに、こちらには土木怪人がいて、それのおかげで懐は温かいしね」
まさか俺のことを言ってくるとは思わなかったので、俺は一瞬だけ目が点になってしまったが……土木怪人と言ってきたことでからかってきているのはわかったので、俺は肩をすくめることで返しておいた。
場が少し堅苦しくなったのを変えるためなのが、わかったからだ。
「決戦の日は近い。その時みんなが最善の力を尽くしてくれるって信じているわ。だから……その気持ちを変わらぬものにするために、今日は楽しみましょう」
そう言って褐色ポニーが冷酒が注がれた杯を上にあげる。
それを見て皆が同じように杯をあげて……俺もそれに倣った。
まぁ俺は料理人なので、お茶だが
「では、乾杯!」
「「「「乾杯」」」」
乾杯の音頭が響いて、皆が器を合わせる音が広間に響いた。
そして……宴が始まる。
「~~~~っ!」
「これは……」
「おぉぉぉぉ」
「わぁ~~」
酒を飲んだ四人が、感嘆の声を漏らしていた。
そしてそれを見て、内心で俺としても喜ばしいことだった。
まぁ最上の酒出したしな、当然なんだが、嬉しいものだ
「お気に召したかな? といってもだいぶ強いからな。お茶を適度に飲むように」
そう言って俺は、カウンターにキンキンに冷やしておいたウーロン茶が入った陶器をおいておく。
ただこいつら……主に二人……は言っても飲まなさそうなので、強制的に飲ませるために俺は酒を入れる杯とは別にコップもすでにおいておいた。
「おいしいわ」
「これは、確かにうまいな」
「本当に……うまいのぉ」
「ほんと~~~に、おいしいです~」
「それで、何を食べさせてくれるのかしら?」
酒を飲み、気分がよくなった褐色ポニーがそう問うてくる。
移動式特別調理台はそれなりに設備を整えたもので、大概のものを出せるのだが……俺は今回、本当に特別なもの料理を出すつもりなので、本気で頑張った。
しかしそれは天の国……現代日本……の感覚であることを重々気を付けなければならないことだ。
ゆえに……忠告だけは絶対にしなければならないことだった。
「まず最初に言っておく。俺は料理人としてここにいる」
ここまで格式ばった……調理白衣を着ている……格好の俺は初めて見せるので物珍しさもあって、俺の言葉を四人は真剣に聞いていた。
いろいろ侮辱的なことも言うことになるのだが……それでもこの場だからこそ言えることでもあった。
「それはそうでしょうね」
「はっきりって、俺はお前たちが城に閉じこもっても、一人で殺すことができる」
俺の言葉に四人は一瞬だけ驚いたが……すぐに全員が呆れたように小さく頷いていた。
……その納得もどうなのだろう?
と、思わなくもないが、話が進まないので俺は話を進めた。
「そもそもにして客将とはいえ、俺の主は孫策。あなただ」
一応客将と言っておくが……俺のわがままで客将にいさせてもらっているのでそれをはき違えてはいけない。
何せ俺は今のところ、他の陣営に移動するつもりはないのだから。
俺がいつでも抜けられるように……そんな自分勝手を許容してくれているのだ。
「ゆえに、当たり前だが毒殺するわけがない」
「……確かにそうね」
毒殺というのは、近代にいたってなお有効な暗殺方法である。
何せ飲料や食事に毒を混ぜれば、労せずに要人を殺すことができるのだ。
しかし先にも言ったが、俺は殺すことだけを考えれば、城に閉じこもられようが、大軍をもって俺と相対しようが、要人を殺すことが可能だ。
言う必要性はないが……俺のプライドにかけて、これだけは言わなければならなかった。
「だから……この場で出す料理は俺の全身全霊、魂を賭けた料理だ」
「えぇ」
「思うところはあるかもしれない。むろん無理に食べろなど命じる気は一切ない。無理なら食べなくて結構。ほかの調理をするか俺が後に残さずに食べるので。そのうえで……俺の真剣な気持ちを受け取ってほしい」
お残しは許しません。
俺はこの言葉に対して半々なのが本音だ。
当たり前だがアレルギー持ちに対して、無理に食えなどいう気はかけらもない。
そんなことを言うやつがいたら俺はそいつをぶん殴っている。
また嫌いなものなどを無理に食べて、吐くくらいなら食べるなと怒鳴るだろう。
えり好みで体にいいものを食べないなら、許さないが。
ならばかといって、自ら注文しておきながら、身勝手な理由で残すことがあれば俺はそいつを許したいとは思えない。
極端すぎるゆえに何とも言えないが……ともかく、無駄に食い物を粗末にするやつは大嫌いなのだ。
ただ、今から俺が出す料理は……この時代にはあまりにも早すぎる料理。
でもそれでも……俺の特別を出すというのであれば、これを出したいと俺は思ったのだ。
ただし、これも忠言しなければならない。
「あと、今夜の俺の料理は本当に特別だ。真似をすることも、部下にみだりに話すことも許さん。知識も技術もないのに真似したら、普通に死ぬからな」
これが怖いことではある。
何せ……生魚はきちんとした処置をしなければ命にかかわるからだ。
そう……俺が今夜出す特別料理は、この時代では絶対に食すことがない……
刺身と生鮨。
である。
鮨とは現代で普遍的にいうのであれば寿司と書く。
読み方はいっしょで「すし」である。
現代日本でいう寿司=鮨とは、回転ずしなどで生魚である刺身と酢飯を一緒に食べる安価なものから、銀座の一等地などで食べる超高級グルメ筆頭として語られる食べ物だが、源流は鮨といわれるものだ。
鮒(フナ)や鯉(コイ)などを飯と一緒に漬けて発酵させて、魚の身だけを食べる鮒鮨(ふなずし)などが源流とされる。
それが平和になった江戸時代後期に、今でいうファーストフード感覚で気軽に食べられておなかが膨れる飯……江戸時代の寿司はおにぎりよりも大きな飯の上にネタを乗せた食べ物……として流行り、それが洗練されていった料理が今でいう寿司なのである。
当然この時代……生魚を食べるという感覚がまずない。
遠洋漁業といわれる、遠い海に行って漁をすることなどできず、仮にできたとしても魚を捕った後の処理や、冷蔵保存技術がないから、魚を新鮮な状態で保存することができない。
では身近な魚である川魚の生が食べられない理由とは?
それは寄生虫がやばいからである。
海にも当然寄生虫などはいるのだが、川魚に寄生する寄生虫は比較にならないほど危険なのだ。
生で食べた川魚に潜んでいた寄生虫などは、人が食べると人体に生きたまま侵入して、下手をすれば目や脳に侵入し、失明やとてつもなく重い神経障害を残すことがあるのだ。
刺身で食べられると謳う川魚もあるにはあるが、それはあくまでも人が徹底的に管理……無菌の養殖のための水で育ち、エサも寄生虫の心配がない物のため……したものに限られる。
だから……これだけは絶対に釘を刺す必要性があった。
「真似して食べた場合……十中八九死ぬが、仮に生き残ったとしても、俺はその馬鹿を徹底的に無視する。料理は絶対にしない酒も出さないし、会話もしない。治療もしない。その相手がどこぞの王であったとしてもだ」
絶対的な権力者といえる王にも容赦をしない。
そう断言する。
だがこれを褐色ポニーを見ながら言うのはさすがに失礼なので、俺は腕を組んで目を瞑った状態でそう言った。
「……そこまで?」
「する。もっとひどいことになれば……俺はそいつが生の魚を食ったことで重い障害に苦しみ殺してほしいと懇願してきても、俺がそいつを殺すのを全力で阻止して、生き地獄を味合わせる」
なかなかにすごいことを言っているのだが……脅しのためにいう必要性があった。
俺が本気で言っているのが言葉で理解できたのだろう。
四人が全員固唾をのんで俺に対して、小さくうなずいた。
俺は一度全員の目をゆっくりと見て意思を確認し……全員が納得したと理解したうえで、俺自身も大きくうなずき深呼吸して長く息を吐きだした。
それは切り替えるための儀式。
それを終えて……俺は料理人として、この場に立った。
「では……これより始めさせていただきます」
軽く頭を下げて……俺は自らの前にある特大のまな板台の下にある、氷結晶を入れた冷蔵庫になっている棚の扉を開けて、肴を取り出した。
それは、生牡蠣だった。
というか、準備期間が一日もないから、熟成させる類のものはきつい
生牡蠣も熟成させる方法は複数あるのだが、今回は蜀よりも先に俺の主である孫策にふるまうのが第一前提。
ならば、熟成させる余裕がないため、貝類が多い状況になっている。
まぁ……十分だろう……
取ってきた牡蠣の殻をむいて片栗粉……じゃがいもを加工したものを使用している……をまぶして水で洗い、きれいな布で水気を切って冷蔵庫で冷やした牡蠣だ。
まさに新鮮そのもの。
それを一つずつ器に菜箸で移し形を整える。
そして最後に俺の秘蔵調味料の一つ……醤油を数滴たらして、俺は四つの器を四人の前にそれぞれ位が高い順に差し出していく。
「どうぞ、生牡蠣の造りです」
「生の牡蠣……ですって」
呉は海に面している国であるため、海魚や貝類を食べる機会はそれなりにある。
しかし先にも説明したが、保存技術があるわけがないので、沿岸部に住む人間以外は、保存食になった魚や貝類しか食べることができない。
当然この江都で生の貝類など食えるわけがない。
故に、誰もがためらうのは当然だった。
それでも特別という意味では最上級……内陸部である江都で生の貝を食べる……の贅沢でもあるし、何より日本酒に合う食い物筆頭の一つは刺身のたぐいだ。
食べ合わせという意味で、俺はこの食材を選択した。
のだが……
まぁ躊躇うよな
一応大丈夫という意味を込めて酒は冷蔵庫でよく冷やした冷酒を出した……この時代に 時期的によく冷えた飲み物などあるはずがない……のだが、さすがに怖いのは間違いない。
そもそもにして感覚として常温で食べ物を放っておけば腐るという理屈はわかっていても、腐る理由がまだ詳しくわかっていない時代だ。
躊躇うのも無理はなかった。
ので……俺は一応そばに七輪も用意しており、すぐに火を通そうと思ったその時だった。
「刀月」
皆が固まっている中、褐色ポニーが俺の名を呼んだ。
それは昼間の仕合の時と同じような重い口調であり、真剣だった。
「なんでしょう、孫策様」
その思いに応えるために、俺はあえて下の者として言葉を返した。
俺の気持ちも分かったのか、孫褐色ポニーはそのまま続けた。
「これがあなたの本気だと、言ったわね?」
「当然です」
「……なら、いただくわ」
褐色ポニーはそう呟いて、箸で牡蠣を取り口に運び咀嚼した。
その瞬間に目を見開き、しばし固まった。
「し、雪蓮?」
そのあまりにも尋常ではない様子に親友である褐色知的眼鏡が声をかけるが、それに一切反応しなかった。
が、すぐにゆっくりと咀嚼を再開し……やがて味わい尽くした後に嚥下して、酒を飲んだ。
その時再度大きく目を見開き……静かに瞼を閉じて、ゆっくりと息を吐きだした。
「お味はいかがでしょうか?」
「……おいしいわ」
小さく万感の思いを込めてこぼした言葉。
あまりにも感嘆した様子に他の三人も興味を惹かれて牡蠣を口に運んで……誰もが固まった。
「……これは」
「な、なんという……」
「ふわぁ~」
三人とも味に感動してくれているようで、俺としては内心で胸をなでおろしていた。
まぁやっぱり怖いよね
といってもそれなりに親しい四人だったので、大丈夫という自信はあったのだが、それでも不安なのは間違いなかった。
四人のうち二人は俺が命を救った存在であるため、そう意味でも毒殺のことを警戒しないとは思っていたのだ、それでも不安ではあった。
が、この様子を見るに続けて問題ないだろう。
俺は次のネタを冷蔵庫から取り出した。
「続きましては、烏賊のお造りです」
「烏賊ですって」
「こちらの生姜醤油をつけて召し上がってください。もしくは塩でもおいしいですよ」
烏賊の刺身だ。
ねっとりとした触感と深い味わいは、生姜醤油で食べるのもおいしい。
むろん塩で食うのも何も問題がないので、俺はそれも進めておく。
「お酒を注がせていただきますが、よろしいですか?」
「もちろん!」
「是非に、お願いしたい」
「もっとじゃ! と、言いたいところじゃが、まずはおぬしの仕立てを楽しむとしようかの」
「お願いします~」
烏賊をゆっくりと味わいながら、四人の器に酒を注ぐ。
複数種類の日本酒を用意するのが望ましいのだが……さすがにそこまでの余裕はなかった。
が……そこで満足する俺ではなかった。
お燗番を俺がすればそれも何とかなる……
お燗番とは、客の好みや料理に合わせて日本酒を最適な温度……それこそ冷から熱燗まで……で提供する担当者のことだ。
冷ましたり温めて飲むことのできる酒が日本酒である。
その一端でもいいから、味わってほしかった。
まぁこの面子ってこともあるが……
今晩の宴は俺が料理人としていることもあって、おまかせコース料理そのものだ。
それはいいのだが……仮にこの場にちみっこである張飛がいれば足りない遅い少ないと騒いでいるだろう。
この四人は歳もそれなりにいっている……この時代でいえばだが……のでおまかせのような運びでも行けると踏んだが、どうやら問題ないようだ。
まぁ……絶対に足りないっていうだろうから〆の料理も出すけどね……
今回は実験の意味合いもあるが、それを優先して客を満足させないのは俺の沽券にかかわる。
ゆえに……色々と準備をしていた。
「続きまして、鮑の日本酒蒸し、肝汁を添えてになります」
「肝汁?」
「あまり聞きなれないが……」
「なんじゃそれは?」
「でも~きっとおいしいんでしょうね~」
肝汁は肝ソースのことだ。
鮑の肝を丁寧に濾して塩で味を調整したソースである。
当然これもまずいわけがなく……皆がうっとりとした表情で舌鼓を打っていた。
「口を洗うために、冷水をどうぞ」
酒もそれなりに進んでいるので、俺は一度チェイサーとして水を飲ませる。
その時興味を引くために冷水というのも忘れない。
「!? 本当に冷たいわ」
「この季節に冬の水のように冷たいとは」
「火照った体にちょうどいいのぉ」
「本当ですね~とってもおいしいです」
そこからはもうなんというか……ある意味で俺にされるがままの四人だった。
反応を見るに何ら問題がないと思っていいようだ。
そしてさらなる特別感を出すために、俺はここで生魚を出す。
「こちら、鯛のお造りです」
鯛。
俺の好きな刺身の一つ。
これも熟成させてもおいしいのだが……今回は熟成時間がないため、熟成よりも新鮮さを売りとして出すことで、特別感を出した。
何せ……釣ってからまだ数時間しか経過しておらず、活〆……生きた魚の急所を突いて殺すことで血を抜いて、鮮度が落ちるのを防ぎ、うまみを長く保つための処理……までしているのだ。
まずいわけがなかった。
「「「「……」」」」
ここまでくると、誰も何も言わずに箸を進めて誰もがじっくりと味わって食事を進めていた。
さらには鯖の昆布締めや、鯛の炙りなども出して……皆が本当に言葉を発することなく、食事を進めていく。
さらにここからが、本題であった。
「では握っていきますが……本当に無理はなさらないでください」
何を言っているのかわからないので、四人とも頭に疑問符を浮かべるしかなかったのだが……俺がそばに置いたおひつから酢飯を取り出し、手でじかに握って刺身を乗せるのを見て四人とも一瞬驚いたが、それだけだった。
大丈夫かもしれないと思った俺は、最初に烏賊の握りをふるまう。
烏賊の刺身を乗せて、最後に調理筆で醤油タレを塗って擦ったしょうがを小さく乗せた。
「烏賊の握りです。無理なようならおっしゃってください」
「愚問ね」
「そうだな」
「うむ。なんら問題ない」
「おいしそうです~」
皆が満面の笑みでそう言って烏賊の寿司を食べて……再び動きを固めて味の余韻に浸る。
……信頼はうれしいが、いいのか呉の最高権力者たちよ
と、思わなくもないが、今は一応私的な宴。
この場で身分について口にするのはそれこそ野暮というもの。
俺はそのまま次のネタを握っていく。
炙りしめ鯖。
生牡蠣。
鯛。
ほかにも色々出したが、あまり量は多くない。
ので最後は準備していた鯛の釜めしも茶碗によそい、助が監督して作らせている味噌で味噌汁……具材は体のことも考えてしじみの味噌汁……もふるまい、最後に牛乳アイスと、温かいウーロン茶を出していったん締めた。
「まだまだありますが、とりあえず一区切りということで。いかがでしたか?」
結果を聞くまでもないのだが、遥か未来の食事を味わってもらったため、純粋に感想を聞きたかったので俺はそう問うた。
誰もが……恍惚とした表情を浮かべているので味として満足しているのは間違いない。
言葉にならないとはまさにこのことかという感じだったのだが……皆が言ったのはたった一言だった。
「おいしかったわ」
「本当に……おいしかった」
「うまかった」
「おいしかったです~」
四人の言葉を聞いて安心した俺は、一度手を洗ってから気持ちを切り替えて、質問をする。
「何よりだが……感覚的にどうだった? やはり生の魚ってのは、忌避感あるだろ? あと握り。宴席に出すつもりなのだが……」
今回の席は、一応建前として蜀の宴席に出すのを自らの主に先に振舞うというもの。
宴席で特別感ということで鮮度を保った生の刺身を出したのだが……これが蜀で出せるのかを、今世に生きる存在として聞いておきたかった。
「そうか……そうね。確かに私たちはあなたが毒殺なんてしないって知ってるけど、蜀で出すのはどうかしら?」
「そうだな……一部の人間は躊躇うだろう。だが、話や報告で聞く限り、劉備などは問題なく食べると思うぞ? お前が酒を出して二人きりで飲むくらいには親しいのだろ?」
なかなかとげのある感想を述べてくる褐色知的眼鏡。
普段なら切って捨てるのだが……なんかジト目でこちらを睨んでくる目が、実に生々しい感情が込められているもので、なぜか切って捨てることができず、俺はなんでか気まずくなって目を逸らすしかなかった。
あれ? 褐色知的眼鏡からの視線がなんか生々しい嫌味があって、怖いんだけど……
「確かにの。まぁそれは別にしても……出すには構わないが、代案というか代わりの食事は用意しておいたほうが良いじゃろうな。まぁ今のおぬしの様子を見るに絶対に用意しているじゃろうが」
「一応俺のお任せって感じにさせてもらったから、一段落としてはこれで終わりだが、まだまだ食うものあるから安心してくれ。実際、食うやつからしたら腹が一割も満ちてないだろ?」
「それはそうね」
「確かにの」
武人二人がそう力強くうなずく。
味としては絶対に問題はないのだが、さすがに量が圧倒的に足りてない。
まだまだネタも白米もあるのだが、いかんせん振舞うことができるのが俺一人なので、そこらも課題になるかもしれない。
かといって衛生面と毒殺面で、俺以外が調理したのを出すってのはなぁ……
細菌や目に見えない寄生虫などがまだ一般的ではないこの時代では、なかなか振舞うことができない料理なのが寿司だ。
当たり前だが回転ずしやの寿司マシーンなどがないために、俺が直接手で握るしかない。
もしくは型枠を作っておくのもありかもしれないが……せっかくの寿司なので、俺としては真髄の一つを味わってほしかった。
寿司でいう握りというのは、むろん優しく握ることで口に含んだ時にシャリがほろりと崩れることの感触的な味わいも非常に大きな意味があるのだが……それ以上に、職人がじかに手で握ったものを、客も自らの手で持って口に運んで食べる。
つまり、直接互いの手を介したものを口にしていることになる。
衛生面によほど気を遣わなければできないもの。
また……個人的な意見だが、だからこそ特別な料理であると、俺は思っていた。
まぁそこらは考えてやるかね
蜀で振舞う前に、まずは面倒をかけた呂蒙と尾行娘に詫びで振舞い、あとは俺の対しての信頼がそれなりある素人娘や片側ポニーにテストとして振舞ってどうなるかを考えることとしよう。
とりあえず聞きたいことは聞けたので、次に進むとしよう。
「まぁとりあえず聞きたいことは聞けたので、ここからはもっと宴っぽく盛大に――」
「待って刀月」
一区切りと彼は言った。
ならばその時に、こちらとしてもやりたいことがあるために、刀月を止めた。
「? どうした?」
「確かに私は、主たる私に宴の料理を振舞えと命令したわ」
「そうだな」
何を言うのか意味が分からないというように、刀月が首をかしげる。
それに私は苦笑するしかなかった。
それは私以外の三人も同じ気持ちだったので、私は皆を代表して、想いを口にした。
「でもね。この宴は私たちだけじゃない、あなたを含めての宴なの。わかる?」
「……俺も飲めと?」
「そうね。でもね、これは命令でもないわ。王としてではなく、一人の人として……一人の女として、あなたと飲みたいのよ」
孕ませてくれるだけでも構わない。
そんな男からしたら都合がいいことを本気で願ったにもかかわらず、この男はそれを拒否した。
わかっている。
無責任なことをしたくないというこの男の気持ちを。
だからこそ刀月であることも理解している。
自らの目的である、帰るという思いを優先しているということも。
それでも……最後には帰ってしまうとわかっていても、私はこの男に抱いてほしいという思いがあることも、否定されたくない事実だった。
そこまで直接的なことを言えば、この男を困らせてしまう。
別段困らせてもいいのだけれど、まだこの男にもそれに対する思いが定まっていない様子。
ならばあまり言うのも互いに気分がいいものではない。
でもそれでも……思いを止めることはしたくなかった。
だから……少し違う言葉で思いを伝えた。
「女としてあなたと飲みたいと思っているのは私だけではないわ。少なくともこの場にいる私含めた四人全員が……あなたと女として宴をしたいと思っているわ」
瞑琳は断言できた。
祭も己よりも強者な刀月を嫌っているわけがない。
穏は少しわからないところがあったけれど、少なくとも異性として意識していないわけがない。
ならば、閨に共に行くという意味ではなく、女として刀月と飲みたいという意味では問題ないと思い、私は勝手に三人の思いを代弁した。
そして……誰からも否定の声は上がらなかった。
私の遠回しな気の使い方は刀月もわかってくれたようで、露骨に嫌そうな顔はしなかった。
というよりも、穏が否定しないことに驚いているようだった。
「それに刀月。あなたの話を聞く限りだけど……あなたがここにいるのは奇跡的なことなのよ」
「? はい?」
これに関しては本当に意味が分からないようで、刀月が間抜けな声を上げる。
そんな刀月に苦笑するしかなかったけど……私は刀月がどれだけ奇跡的なことをしたのかを認識させるために、言葉を続けた。
「あなたの話を聞く限り、五胡の連中の襲撃は間違いなく奇襲だった」
「だな」
「そしてあなたが直接手を下すほどの存在が軍として攻めてきた」
「あぁ」
「なら……その時にあなたがいなければ、間違いなく蜀の城は落ちていたはず。そうよね?」
「そうなるな」
あっけらかんと断言するこの男に、武人として嫉妬を禁じえなかった。
この男は、一人で軍を退けるだけの力を有している。
それはこの場の皆が分かっていることだけど……そんなに歳が変わらないはずの男に完膚なきまでに負けているのが、自覚できてしまうからだ。
けど、それはまた別問題。
だから、その嫉妬は一度胸にしまった。
「命令違反をしてしまった。これに関しては昨日裁定を下した。そして今は私的な場。だから……この場限りと言った上で言うわ。あなたの功績は本当に見事なものなのよ」
「まぁ確かに、城が落ちなかったのだからな」
「違うわ」
城が落ちなかった。
それは大きなことだといえる。
しかし今回の功績で最も大きなことは……皆が無事に帰ってきたことだった。
「あなたがいたことで、誰一人として死ななかった。これに勝る功績はないわ」
「いや、確かにそうだが」
「あのね、刀月。私たちは……悔しいけどあなたほど強くないの」
これを言うのは屈辱的ともいえた。
実際に横にいる祭がひどく驚いているのが、そちらに顔を向けなくても分かった。
けれど……私だからこそ言えることだったために、私は自らの思いを、刀月にぶちまけた。
「私も強者という自負がある。おそらく私に絶対に勝てると言えるのは、あなたと呂布くらいでしょうね。けど、そんな強者といえる私も、油断していたとはいえ……いいえ、油断したからこそ、私は自分よりもはるかに弱い存在に、殺された」
私に毒矢を射かけてきた存在。
それは今になってしまえば誰なのかはわからないけど、それでも私よりも強かったとは思えない。
むろん暗殺に長けた存在として、毒矢を射かけてきたのだからその意味では一流かもしれない。
けれど……もしも正面から戦っているのならば、私が負けるとは思えなかった。
でも、それは刀月が私を生かしてくれたからこそ、思えることだ。
あの時……私は確かに死んでいたはずなのだ。
だけど、この目の前の男が私に命を与えてくれた。
あの薬を売れば一生遊んで暮らせるだけのお金を得られたことは、容易に想像できる。
しかもあの毒消しは最後の一つだったと、この男は断言した。
嘘かもしれないけれど、たとえ嘘であったとしても、貴重な薬を使われたことで私の命が救われたことに変わりはない。
だから……この想いだけは、この場の誰よりも強いと思っていた。
「あなたが強かったから、あなたはここに帰ってきてくれた。仮にその場にあなたがいなければ……きっと呉に派遣した者はほとんどが死んでしまったはずよ」
「……」
「命のやり取りをしているのだから当然だわ。けれど……あなたがこうして帰ってきてくれたこと。それが奇跡だということを、どうかわかってほしい」
強かったから生きて帰ってこれた。
だけどそれだけではないのだ。
この男が、この男であるからこそ……蜀の劉備も斬首にしなかったのだ。
最も効果的な枷をしたとは思うけど……ある意味で罰を与えなかったともいえる。
あの場で生きていたとしても、普通の存在ならば軍規違反で斬首されていた。
殺されているはずなのだ。
だから……今こうして私たちが互いに手が届く距離で、宴を開くことができるのは、幸せなことなのだ。
一度死んだからこそ、その思いはひとしおだった。
刀月の手を取って……私は両手で強く握りしめた。
刀月の温かさを肌で感じながら。
「生きて帰ってきてくれたあなたと、こうして宴をしたい。互いに生きていることを喜びながら。だから……私たちと飲んで騒ぎましょう? それは……難しいことかしら?」
「……承知した」
私の手を握り返すことこそしてくれなかったけど、刀月は私の手を振り払うことなく、私の目をまっすぐと見つめてくれた。
その目を私もじっと見つめ返していたのだけど……横から咳払いが聞こえてきた。
「雪蓮。命を救ってもらったのは、おまえだけではないぞ」
「あら、やきもち?」
「……そうだ」
もっと渋ると思っていた瞑琳がすぐに素直になったことに少しだけ驚いたけど、でもそれも納得できるので、私は瞑琳の手を取って刀月と私の手に無理やり重ねた。
瞑琳は少しだけ照れくさそうにしていたけど……すぐに私と刀月の手を強く握ってくれた。
ちょっとだけ刀月に嫉妬してしまって刀月の顔を見てみて……そんな気持ちがすぐに消えた。
何せ……珍しく顔を赤くしている刀月の表情を見ることができたのだから。
「おや、堅物の瞑琳にここまで言わせるとは、刀月も隅におけんな」
「……まぁありがたいのだが、なんというかなぁ」
「まぁまぁ~。確かに雪蓮様の言う通り~せっかくなので、飲みましょう~」
穏がそう言いながら私たちが自前で用意した酒の樽を運んできて、樽から移すための器も用意して、酒を注いだ。
刀月の酒ほどのものではないけれど……この地域では一番の酒だ。
祭や私でもたまにしか飲むことができない……結構お高い上に生産量が少ない……酒だけど出すのにためらう理由などなかった。
なみなみと注いだ器を五つ用意して、私は乾杯の音頭を瞑琳にお願いした。
「ほら、瞑琳。あいさつして」
「まったく。まぁ素直に礼を言っておこう」
私の意図が伝わったらしく、苦笑しながら瞑琳がそう言って、刀月をまっすぐに見つめて器を掲げた。
「まぁなんというか……よく生きて帰ってきてくれた、刀月。それを喜び……飲もう」
「……あぁ」
「まったくじゃな。刀月よ。よくぞ帰ってきた。わしからも褒めてやろう」
「本当に~お疲れ様でした~」
私たち四人からまっすぐな感謝を告げられて、照れている刀月の初々しい姿を見ながら、私たちは、器を合わせた。
「乾杯」
「「「「乾杯」」」」
皆が同じ樽から注がれた酒を飲んだ。
これが奇跡なことを……皆が想い、感謝しながら。
それが嬉しくて……私たちは皆一様に笑っていた。
……気恥ずかしいというか、真正面からダイレクトアタックされると、さすがにこっぱずかしいな
まさかここまでぐいぐい来られるとは思えなかったので、さすがに動揺するしかなかった。
そしてそれは、さすがにばれているようで……四人が一斉にニヤリとほくそ笑んだのが分かった。
うわぁ~~~~腹立つ~~~~
「なんじゃ? この程度で照れるのが分かるとは。存外初心じゃな刀月」
「やかましいわ酔っ払い」
「ぬ、失礼な。おぬしも飲んでるから酔っ払いじゃろ?」
確かに、四人が持ってきたと思しき酒をすでに飲んでいる以上、酔っぱらっていないが、酔っ払いと言われても何も言い返せない。
そこでふと気づいたが……四人ともまだ平気そうなのがびっくりした。
俺の酒飲んでまだ平気なのか?
確かにそれなりに酒に強いのだろうが、それでも俺の日本酒は酒精……アルコール度数……が12はあるこの時代で見れば通常の酒よりも六倍ほど強い酒になる。
確かに俺がコース料理をして、酒すらも俺が管理していたのでそれほど飲んではいないし、チェイサーも飲ませていたのだが、それでも結構びっくりした。
「それにしてもあなたはすごいけど、ひどい男よね~。こ~んな美女が四人もあなたに対して憎からず思っているし、私と瞑琳に至っては真名を預けているのに、呼んでもくれないなんて」
あ、こいつ、本当に酔ってきてはいるみたいだけど、酔いを免罪符にし始めたな……
先ほどまで結構気を使っているのが随所に見られたので俺としても真剣に聞いていたのだが……どうやらちゃんぽんしたせいで少し酔ってきたのかもしれない。
というよりもそういうふうにしたのだろう。
そう考えると酒を用意してきたのは、実に狡猾だったといえるだろう。
ちなみにいろんな酒を飲むことをちゃんぽんといい、酔いが回りやすくなるという考えもあるが、ちゃんぽんしてもアルコールを摂取していている量に変わりはないので、酔いやすくなるとかはあまり関係ないらしい。
ちゃんぽんすることで酒の味が変わるのでついつい飲んでしまうから酔う……のがからくりらしい。
閑話休題。
酔いを免罪符にするならば……いいだろう、受けてやる
俺としても思うところはなくはないし、また今回言える状況にもなったので、俺もある程度ぶちまけることとした。
俺は一度移動式特別調理台から離れて四人の後ろにある酒樽を取ってきて戻り、一番大きな器……締めのラーメン用に作ったラーメンどんぶり現世サイズ……になみなみと注いで、それをあおった。
「あら、行くわね刀月」
「普段飲み方を注意してくるお前がそんな飲み方をするとは、珍しいな」
褐色知的眼鏡がぽかんとしながらそう言ってくるが、俺がこいつに口酸っぱく言っていたのは、病気になっていながら酒を飲んでいたからだ。
それも完治して俺が看る限りでは問題なさそうなのでそれには返さず……俺は度数が2%ほどとはいえ、どんぶりの酒を一気飲みした。
※一気飲みはやめましょう
この前友人二人との三人での飲み会で、自分の中ジョッキに半分ほど残っていたキンミヤ焼酎ロックを一気飲みして二時間ほど電車でさまよい、終電になって結局最寄り駅を超えててっぺんを超えてタクシーで帰った上に、いまだ記憶が戻らない馬鹿な作者より
その日は遊戯王を三人で五時間ほど、酒を飲みながらプレイしていたから昼から夜まで丸一日酒飲んでました
焼酎ボトルにして四本に梅酒ボトル少々。
何回か大丈夫だったんだが、ちょっと一気飲みがよくなかったですね
反省
「おぉ。さすがじゃな刀月」
「だ、大丈夫~ですか?」
「大丈夫だ、問題ない。一番いいのを頼む」
そう言ってから、俺はすかさず自分の酒を注いでいた器に、俺の酒を注いで……それも一気飲みした。
しかしどちらも味わって飲むのを忘れなかった。
「「おぉ~~~~」」
飲兵衛二人が感嘆しながら小さく俺に拍手をしてきた。
それに対して俺は少々酔った……実際、今は気力と魔力で体力回復をしていないので酔い気分ではある……気分で言い放った。
「あのなぁ……そんなに俺を誘惑しないでくれる?」
「あら?」
「おや?」
「ほう?」
「あら~?」
この場限りと先ほど褐色ポニーが言った。
ならば俺も……ある意味で言いやすいこの状況で、少し発散することとした。
「一応秘密にしてた、天の国から来たってこともばれたから言うけどな? 俺の年齢は天の国で見たら若造以外の何物でもないんだぞ?」
この時代……四十まで生きれば最長老レベルだ。
というか普通三十半ばで死ぬのがこの時代の寿命であり、死生観だ。
そのため、二十台前半でジジババ扱いされるのが普通で、二十代後半になれば完全にジジババだ。
この場には二十代後半の褐色妖艶は婆。
俺と一、二歳しか変わらない褐色ポニーと褐色知的眼鏡は行き遅れの婆一歩手前。
俺よりも一、二歳下のおっとり眼鏡も十分行き遅れだろう。
だがそれはこの世界の基準からすればで、現世の基準で考えれば一番年上の褐色妖艶も普通に若いのだ。
「そうなの?」
天の国の話は聞きたいが、俺があまり話したがってないことをわかってくれていたのであまり聞いてこなかった四人だが、それでも俺から言い出したら聞いても問題ないと判断して、褐色ポニーが食い気味に聞いてくる。
俺は後ろの円形テーブルにいくつかの器を持っていって、自らの器に酒を注ぐ。
さらにカウンターの冷蔵庫から取り出した刺身も盛り合わせにして、円形テーブルの中央に置いた。
俺のコース料理が終えた後大皿料理も出す予定だったので、円形テーブルなども用意しておいたのだ。
そしてそちらに人数分の椅子が用意されていたので、俺は自身も飲むと決めて準備をし始めた。
俺が飲む気になった上に、いろいろとぶちまけると分かった四人も、嬉しそうにしながらカウンター席から移動して円形テーブルの椅子に座って、俺のほうへと顔を向けてくる。
「天の国の俺の生国では、男の平均年齢は81。女の平均寿命は87だ」
「はい?」
「それはまた……」
「ずいぶんと長生きというか、すごいの?」
「ほんとう~なんですか~?」
この時代からしたらもはや仙人レベルの年齢だ。
信じられないのも無理はないだろう。
だが、これで未来人ということを言ってしまえば、歴史的事実について勘ぐられて面倒なことになるので、そこは言うわけにはいかなかった。
俺は北郷と違って、歴史史実知識を有効活用しなければならない理由がないからだ。
「だから……あまり言いたくはないが、以前俺に自分で年増といっていた黄蓋。あんたも十分若いんだよ」
「ほう? それはうれしいことじゃな? おぬしから見ればわしは十分若い……つまり、魅力を感じていると?」
挑発するように両手を胸の下で組んで、俺に両乳を突き付けてくる褐色妖艶。
普段ならばなるべく見ないようにして会話するのだが……今回はあえてその挑発に乗ってやることにした。
「当たり前だろ」
真っ直ぐに……あえて俺に押し出してきた両乳をガン見しながらそう断言した。
さすがの俺のぶっちゃけ具合に、四人全員が驚いていたが……今は俺も一人の男。
それこそ……部下がいない状況だ。
はっちゃけるに最適な状況と言えた。
「おぉ……そこまでおぬしが下卑た目で見てくるのは、珍しいの」
「酒飲んでるからな」
今までももちろん飲んできたが、今日は飲む日と決めたのだ。
ならば……はっちゃけるのもいいだろう。
「おまえだけじゃなく孫策!」
「はいっ!?」
「周瑜!」
「はい?」
「陸遜!」
「はい~?」
「どいつもこいつも美人な上に、くそでっかい乳ぶら下げて揺らして俺に近寄ってくるな! さっきも言ったが俺は若いんだよ! やりたくないわけないだろうが!!」
これが……ある意味での俺の本音だった。
本当に規格外な上に美人で、全員漫画にでも出てきそうにないほど巨大な乳房だ。
何を食ったら栄養がそれほど取れない三国志時代の食事事情で、これほど発育よく育つのか、声を大にして言いたかった。
まぁそれはこいつらだけじゃないけど!
蜀の連中や、魏の連中にも実にふくよかな乳房をしている連中が大勢いた。
しかし……呉の連中はでかい以外にも大きな問題があった。
「しかもおまえら……肌を出しすぎなんだよ! 特に頭脳組二人!」
「……そうか?」
「そうで~しょうか~?」
「そうだよ! 下腹部どころか、下手するとお前ら……秘部見えるだろう!」
というか、武人二人組も十分肌を出しているのだが、個人的な意見として、下腹部……それこそ変態的な見かただが、もう少しで秘部が見えるほど下腹の素肌が見えている頭脳二人組が一番問題に思えた。
もうなんというか……そのまままさぐれそうで少々心配になるほどに。
「だいぶ変態的なことを言っていて申し訳ないが」
「いや、確かに少しそうかもしれないけど」
「少し安心した」
「うむ。確かにな」
「ですね~」
ここまであけすけな俺は初めてなので、引かれると思ったが……そこは俺を「男」とみている女四人組。
しかも孕ませてくれと言ってきている連中だ。
どうやら逆に好感度が上がってしまったようだ。
まぁ別にどっちでもいいけど……
「まぁつまり俺が何を言いたいのかといえばだな?」
「あら、もう終わり? もう少し……ぶちまけてもいいのよ?」
円形テーブルで俺の隣に腰かけた褐色ポニーが、妖しげな笑みを浮かべて椅子事俺にすり寄ってきて……テーブルの下で俺の太ももに手を乗せてきた。
こいつもどうして、なかなか攻めてくる。
それを払うことこそしないが、俺は乗ることもせずに言葉を続ける。
「一応この世界で俺は多少行き遅れているかもしれないが、若い男であるという自覚があるし、俺からしたらお前たちは十分若い上に美人で魅力的で……いい女なんだ。だから必死になって抑えているんだから、あまり誘惑してくれるな。ということだ」
孕ませるだけでもよい。
これほど男にとって都合のいい女がいるだろうか?
しかも仮に身ごもって俺がいなくなったとしても……呉の重鎮の子供だ。
大事に育てられるのが確約されている。
本当に都合がよすぎる。
むろん、俺が接している武将やらは全員が外見だけじゃなく内面もまともな人間が多い。
つまり女としてだけでなく「人」として見ても魅力的なのだ。
だから……本当に結構必死になって我慢しているのもあった。
「あら? そんなに見てくれているのなら、我慢しなくてもいいのよ? それこそ……今すぐする?」
置いていただけの手が、俺の太ももをいやらしくまさぐってくる。
しかも結構本気のようで……太もも内側を触ってきやがる。
本当の本音を言えば……正直襲いたいのが本音だが俺は「人間」だ。
サルではない。
ゆえに……言うことは決まっていた。
「だから、俺は帰るからやれないの」
「いいじゃない別に? 前にも言ったけど、本当に孕ませてくれるだけでいいのよ? 面倒は私たちがみるし」
「しかしだな?」
「刀月。雪蓮がなかなかきわどいことを言っているが……この場限りということであるのならば、私も言わせてもらおう。私もその……抱いてほしいと思っているし、お主なら雪蓮同様、孕ませてくれるだけでも構わないぞ?」
だから~それをやめてと言っているんだけどね~
褐色ポニーとは反対側の席に腰かけた褐色知的眼鏡すらも……俺に近寄ってきて褐色ポニーと同じように、俺の太ももに手を乗せてそう上目遣いに言ってくる。
こんな両手に花な状況は陥ったことがない俺は……かなり内心で焦っていた。
それは当然……表にも出ていたようで、褐色ポニーの隣に腰かけている褐色妖艶が、満面の笑みを浮かべて席を立った。
嫌な予感……
それは的中して俺の席の後ろに回り……露骨にそのでかい乳房を俺の右肩に当ててきた。
「ふふ。そこまで必死になって御していたのは、なかなかに愛いやつじゃの。その褒美として……わしのこともしてくれてもよいのじゃぞ?」
こいつは以前の話もあったので、よりからかってきているのはわかった。
しかし言っているのも嘘ではない様子。
自分でぶちまけておいてなんだが……包囲されてしまった己の迂闊さを、少々呪った。
「む~~~。皆さんずるいですよ~」
そう言いながら残りの一人、おっとり眼鏡も立って背後に回り込まれそうだったので……俺は席を立って横に跳んで逃げた。
「あ、逃げたわね」
「逃げるわ。サルではないが、欲情はするんだよ」
「まったく、刀月もなかなか素直にならないな。別におぬしになら構わないというのに」
「俺がかまうわ」
褐色ポニーと褐色知的眼鏡が恨めしく睨んでくるが、俺はそれを普通に流した。
「ここまで自分で言っておいて、ここまで女に……それも複数の女にされて逃げるとは少々情けなくないか刀月?」
「大きなお世話だ」
褐色知的眼鏡も割と本気のようだ。
結構鋭く睨みつけてくるその眼には……若干の憤りが感じられた。
「それともなにか? おぬし……わしらよりも好いている女がいるのか?」
なかなか鋭いことを言ってくるなこの酔っ払い
この中で男女のあけすけな会話をしたことのある褐色妖艶がぐいぐいと攻めてくる。
が、それでも俺としては別段焦ることはない。
最悪は本当に逃げればいいのだ。
その身体能力的な事実があるので、まだ余裕があった。
「女として好いているのはいないわ」
「ならばわしらの何が不満なんじゃ? 前に瞑琳の体を治療したとき、こいつを丸裸にしたこともあると聞いたが、その時も我慢したんじゃろ? わしらの肌の色が気に食わんのか?」
うわぁ、自分から差別発言するなよ
実にセンシティブな発言をしてくる。
まぁ時代が時代なので、そこまで大きな問題にはならないだろうが、それは今は問題ではない。
「別段そうではないが……お前たちは誰もがみんな絶世の美女って言っていいレベ――美女だと断言できる。しかし俺はどちらかというと美人のなかでも、美しいよりもかわいい系の顔立ちの女が好みだよ」
身体的特徴の差別発言を続けさせるのが嫌だったので、俺はあえて自分の好みの情報を提供する。
「ほう? かわいい系の? となると……穏か?」
「わたし~ですか~?」
この中で唯一、俺に性的接触ができなかったため悔しそうにしていたおっとり眼鏡が嬉しそうに微笑んで確認してくる。
そしてそれは……当たっていた。
「まぁ……外見的特徴だけでいえば、この中では陸遜が一番好みではあるな」
「やった~!」
普段では想像すらできないほど声を張り上げて喜ぶおっとり眼鏡。
他三人……特に褐色ポニーと褐色知的眼鏡が少々悔しそうにおっとり眼鏡を見ていた。
「といっても、あくまでも好みってだけで、四人とも全員魅力的だよ」
「ならば抱けばよいではないか?」
「だから、それについての答えはまだ出てないんだよ」
この世界から消える。
確かにこの時代、種を残すというのは非常に重要な意味を持つ。
それこそこの中で最も血を残さなければいけない褐色ポニーこと孫策は、俺の子が欲しいのは血を繋ぐという意味でもかなり大きな比重になっている。
それはわかるのだが……あえてここは天の国である、俺の常識を言うこととした。
「天の国ではそんなヤリ捨てみたいなことをしたらダメだっていう常識があるんだよ。俺はそんな常識はずれなことをしたくない」
「確かに天の国ではそうかもしれないけど、今あなたがいるここは、呉の国よ。それはあまり気にしなくてもいいんじゃない?」
郷に入っては郷に従え。
これは大事な考えだ。
ゆえに……本当にそれになるのであれば、俺はサルになってもいいのだ。
それこそ……本当にヤリ捨てていったとしても、こいつらは文句を言わないだろう。
それどころか、大事に自らの胎に宿した命を大事に育てるという、確信があった。
だが……それだけは、どうしてもできなかった。
まだわからないからな……
俺としてもどうしてここまで忌避しているのかわからない。
だがそのわからないまま、こいつらを抱くのは……あまりにも仁義に反する。
「確かにそうかもしれないが、それでやってしまえば……それこそ、ヤリ捨てどころか、本当におまえらのことを性処理道具としてしか見てないように思えてしまう」
「むっ」
さすがに性処理道具扱いされていると言われてしまえば、褐色妖艶としても思うところがあるのか、追撃をやめてきた。
それを見て、他の三人もこれ以上言うのはよくないと思ったのか……一度止まった。
それを確認してから俺はカウンターから新たな冷酒を取ってきて席に戻って……皆の器に俺の酒を注いだ。
「道具扱いは言い方があれだったな。申し訳ない」
「構わないわ。あなたがそんな考えを持ってないのは、わかっているから」
なかなかぶっ飛んだ話をしてしまったが、腹を割ったことで分かり合えることもある。
これで一応話が終わる雰囲気になったので、俺は少し酔いながらも真面目な話をすることとした。
「この世界の常識として、何よりお前たちに女として恥をかかせているという自覚はある。だがそれでも……俺はお前たちを抱きたくないんだ。むろん、それらがなければ迷わず襲うのだが……それをすると俺ではなくなるからな。容赦願いたい」
そう言って俺は座りながら深々と頭を下げた。
さすがにここまで俺がしてはこれ以上この話を続けようとは思わなかったのか、誰もが一度嘆息して呆れたが……それで終わった。
「まぁ確かに……このまま抱かれても負ける気がするわね」
「確かに。まぁ私は刀月に勝つのはかなり難しいが」
「こやつの場合、武力で勝つのが重要ではないから、そこは問題ではないぞ瞑琳」
「確かに~。ならいっそ、帰りたくないと~思わせるのが~いいのかもしれないですね~」
なかなかいやな感じに考えてくるな、おっとり眼鏡
さすがは軍師というか……相手の嫌がることを考えるのが戦争なのだが、実に狡猾ともいえる考えに思考を巡らせやがる。
しかしそれは何とか表に出さないように努めて、俺は締めくくった。
「俺のわがままだが……まぁ俺の答えが出るまでは、この話はこれで終わりにしてくれ」
最低なことを言っている自覚はあるが……それでもこれが俺の本心だった。