筋肉だよ、お兄ちゃん!   作:人参が嫌いな兎獣人

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なんか違くない、お兄ちゃん?

 

 

 ──あれ? お兄ちゃん、〝OFA(ワンフォーオール)〟は? 

 

 緑谷出久()が〝OFA〟をオールマイトから継承していない。わたしがその事実に気付いた、というか思い至ったのは、中学三年生の冬休みに入る直前のことだった。

 

 〝OFA〟というのは、最強無敵のヒーローにして、完全無欠の平和の象徴であるオールマイトの持つ〝個性〟のことだ。

 本来の〝個性〟というものは、その名の通り一人一人に異なる異能で、親から遺伝することはあっても全くの赤の他人に渡せるようなものではないが、〝OFA〟だけは違う。

 この〝個性〟だけは、人から人に譲渡できる。より正確に言うと、自らの身体能力を〝OFA〟という〝個性〟に記録して次の人に託し、その人がさらに自らの身体能力を〝OFA〟に蓄え次の人へと託す。そうして代を重ねるごとに力を増し続け、綿々と受け継がれる特別な〝個性〟。それが、〝OFA〟という〝個性〟だ。

 

()()なら、この〝個性〟はわたしの兄である緑谷出久に受け継がれるはずなのだが……。

 

「お兄ちゃん、オールマイトに会ったことある?」

 

「いや、僕は会ったことないよ。会えるなら、会いたいけどね。入那はどうなんだい?」

 

「う、ううん。わたしも会ったことない。……お兄ちゃん、会ったことないのかあ……、……そうかぁ……」

 

 ──どうしてこうなった? 

 

 

 ◇

 

 

 わたしは転生者だ。いわゆる、異世界転生。

 なんでわたしが転生したのか、そもそもわたしの前世は死んだのか、生きているのか、それすらもわからない。

 いつも通りの日常の中で、いつも通りに寝て、いつも通りに起きたら緑谷出久の双子の妹の緑谷入那に転生していた。

 当時三歳だったわたしは深く絶望した。何たってこの世界(僕のヒーローアカデミア)はとんでもなく過酷だからだ。街を歩けば(ヴィラン)──犯罪者に当たる、と言えるほどに犯罪者だらけの危険極まるやばい世界なのだ。

 

 精神的には男子高校生だったはずのわたしは、泣いた。それはもう泣いた。泣きすぎて脱水症状になりかけて救急車を呼ばれるほどに泣いたのだ。そんなギャグ漫画(泣きすぎて救急車)みたいなことがあり得るのか、と思うかもしれないが残念ながらここは漫画の世界である。

 転生モノの物語では精神が肉体に引っ張られて云々などというが、本当にそういったことがわたしの身に起きて、あれだけ泣いてしまったのか。詳しいことはわからないが、仮に男子高校生のメンタルでも泣いていたと思う。

 それほどまでにこの世界は過酷──否、地獄なのだ。

 

 そんな世界に、原作には登場しない緑谷入那(イレギュラーな存在)として転生したわたしは、一つの決断をした。

 

 ──緑谷出久を強くしよう。

 

 この世界の主人公である緑谷出久は、やがて凶悪な(ヴィラン)との戦いに巻き込まれていく。

 そしてこの兄は、中学三年生になるまで一切体を鍛えることなく棚ぼた的に得た超強力な〝OFA〟という〝個性〟で、やがて最高のヒーローになるのだ。

 

 わたしは別にそれについて何か思うところはない、「ヒーローを目指しているなんて口先だけで言っておきながら、何の努力もしないまま中学三年生になって、「僕はヒーローになれますか?」なんて、何言ってんのだ、コイツは」なんてことは決して思っていない。ないったらない。

 

 それに出久の境遇を考えれば幾分仕方のないところもある。〝無個性〟でヒーローなんて、そんなことはあり得ないと、社会がそう言って〝無個性〟を抑圧し、否定しているのだから。

 出久が自らを諦め、自己否定してしまうのも無理のない話である。

 

 だけど、わたしは思うのだ。「〝無個性〟はヒーローになれない──本当にそうか?」と。

『僕のヒーローアカデミア』という漫画を読んだわたしから言わせてもらえば、〝無個性〟でもヒーローになることは決して不可能ではないと言わざるを得ない。

 

『サー・ナイトアイ』というヒーローがいる。

 彼の〝個性〟は〝予知〟。対象の未来を見るという恐ろしい〝個性〟だ。主に情報収集などにおいて大いに活躍できる超有能な〝個性〟である。しかし、その観測した未来を変更することはできないという致命的な弱点のある、〝個性〟でもある。

 

 そんな彼は、物語の中で大きく成長した緑谷出久と手合わせし、全ての攻撃を避けきり完封するという恐ろしい戦闘能力を見せつけた。彼は、その戦闘で緑谷出久の未来を予知し、全ての攻撃を躱したのだという。

 

 ──お分かりいただけただろうか? 

 

 彼の予知の能力を具体的にわかりやすく説明すると、()()()()()()()()()()()能力だ。

 この〝個性〟を戦闘で利用した結果、サー・ナイトアイは自らが緑谷出久に勝った未来を予知したために勝ったわけである。

 しかし、サー・ナイトアイの予知は確定した未来を見る能力でしかないのだ。つまり、サー・ナイトアイは予知せずとも〝OFA〟で身体能力を強化した緑谷出久に勝てたのだ。

 このことから導き出される事実は、〝予知〟による戦闘でのアドバンテージは心構えや安心感などの戦闘の結果に影響を及ぼさない程度の微々たる心理的な効果でしかなく、サー・ナイトアイは〝予知〟などなくても緑谷出久を一蹴できるほどに強いという身もふたもない事実である。

 

 サー・ナイトアイは戦闘において事実上〝無個性〟と変わらないのに恐ろしく強いのだ。

 彼は物語の中で緑谷出久を一蹴しただけでなく、(ヴィラン)をバッタバッタと薙ぎ倒し、五キロの印鑑をジャラジャラと複数持ち運び、それを投げればまるでビームのように放たれて壁にクレーターを作る。

 もう一度言う、彼は戦闘において〝無個性〟と変わらないのだ。

 

 話を戻そう、サー・ナイトアイがヒーローとして活躍している以上、〝無個性〟でも間違いなくヒーローになることはできるはずなのだ。

 おそらく、鍛えれば鉄の塊を握力で握り潰し、百メートルを五秒ほどで駆け抜け、五キロの重量物でビームを放つことができてもおかしくない、なぜなら漫画の世界なのだから。

 

 わたしはそれを根拠に、「戦闘向きでない〝個性〟のヒーローもたくさんいるし、それでも強い人は強い」と緑谷出久を焚き付けて体を鍛えてもらうことにした。

 もちろんわたしも協力したし、幸いにもわたしの〝個性〟はトレーニングに利用することができたので、効率的に鍛えることもできた。

 

 まぁ、わたしは緑谷出久が〝OFA〟を継承することを知っていたので、「〝無個性〟でも〜」は完全に出久を励ましモチベーションを維持させるための方便だったのだけど。

 わたしが緑谷出久を鍛えようと思った動機の一つは、彼の中学三年生までの空白の期間にしっかり体を鍛えさせ、その上で〝OFA〟を継承すれば、最初から〝OFA〟の全力を引き出せるし、オールマイト並みに強くなるかもしれないと思ったからだ。

 

 そしてもう一つの動機は、緑谷出久を強化して世に蔓延る(ヴィラン)から守ってもらいたいというなんとも情けないものだ。

 だって、仕方がないでしょう。平和の世に生きていたわたしが、突然にこんな世紀末な世界に放り出されて、どうしろというのだ。

 いくら強力な〝個性〟を授かったからといって、(ヴィラン)は怖い。わたしは未来の平和の象徴に大切に守ってもらいながら、ぬくぬくとした安心と安全の中で幸せに生きていきたいのだ。

 

 そうしてわたしは、緑谷出久を鍛えると決意して実行した。

 

 ──それから、およそ十年。

 

 

 ◇

 

 

「なんで、こうなったのかなぁ……」

 

「ん? どうしたんだい?」

 

 大きなため息を吐いたわたしに、入試対策の勉強中のお兄ちゃんが気遣うように視線を向けてくる。

 

「……んーん、なんでもない」

 

「そうか、入那にはずっと勉強に付き合ってもらってるからな、何かあったら構わず言ってくれ」

 

「うん」

 

 首肯すると、お兄ちゃんは安心したように机に向き直った。

 

 ──ていうか、お兄ちゃん原作となんか違くない? 

 

 改めてお兄ちゃんの姿を見やる。

 緑色の少しもさっとした髪と緑色の眼、そばかす。これはいい。

 問題はそれ以外の全てだ。

 シャツの下から盛大に自己主張するはちきれそうな大胸筋。半袖がピチピチになるほどに肥大化した肩と上腕筋。山のように盛り上がった僧帽筋と太い首。

 広くなりすぎて冗談みたいに見える背筋。太くなりすぎて片方の脚でわたしの胴体くらいありそうな大腿筋。服の下に隠れているが、腹筋ももちろんバキバキに六つに割れている。

 上背も一九〇センチほどあり、体重は百キロを超えているらしい。

 声もまるでターミネーターのように渋く、その巌のような顔付きからは元コマンドー部隊のような貫禄すら感じる。

 

 わたしも転生してからかなり経っているから、『僕のヒーローアカデミア』の内容は大事なこと以外はほとんど忘れてしまったのだけど……。

 

「やっぱ違う気がするなぁ……」

 

 少なくとも、本来の緑谷出久はこんな筋肉モリモリマッチョマンの紳士ではなかったと思うのだ。

 それどころか、双子として一緒に育ってきたわたしからしても、同じ十五歳にはとうてい見えない。

 いろいろと、おかしい気がするのだ。

 

「それに、オールマイトとも会ってないみたいだし……」

 

 薄っすらと残る記憶では、この時期の緑谷出久はすでにオールマイトと出会っていたはず。〝OFA〟をもらうタイミングがいつだったかは覚えていないが、そろそろオールマイトと出会っておかないとまずいのでは? 

 

「……ほんと、どうしてこうなったの……」

 

 勉強にせいを出しているお兄ちゃんを後目に、わたしは一人頭を抱えるのだった。

 

 

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