スリザード・クラブ (蛇寮非魔法族出身者の会)   作:非魔法族

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第5話 決闘と血統 (6)闇の帝王

 

「ある古い家に生まれた少女の話です。兄弟の誰より父の魔力を受け継いだ彼女は、幼い頃から魔法をよく扱いました。少女は両親から日々厳しい教育を受けながら、研鑽(けんさん)(つと)めておりました」

 

 ロウルが何を話すかを察したロウルの侍女(じじょ)は、眉を上げてロウルの横に進み出て首を強く横に振ったが、ロウルは片手で制する。

 

「構いません。――この頃は、闇の帝王が新たな秩序を敷きつつある時代でした。少女の家は、多くの古い家と同じように、闇の帝王の支配にありました。父は帝王のために奉仕をしておりました。父や母が心から忠誠(ちゅうせい)を誓っていたのかどうかは、そのときの少女は知りません。

 帝王に逆らう家が辿る末路は、推して知るべしです。『死の呪文』で苦痛なく素早く一家全員が葬られるというものは、間違いなく最も()()な末路です。マッキノン家がどんな悲惨な末路を遂げたか――!ともかく、闇の帝王は偉大で、絶対的な存在だということを知っていれば、少女にとってはそれで十分でした」

 

 ロウルは淡々と語った。

 

「さて、少女は八歳になりました。あるとき少女の父親は、帝王に命じられたきわめて重要な任務に、手ひどく失敗をしました。少女はもちろん任務を詳しく知りませんが、後から推測するに、マグルの重要な人物や施設を襲撃するというものだったようです。しかし情報を敵方に知られ、目的を達成できなかったばかりか、協力者や配下の手の者を何人も失いました。闇の帝王は激怒されました。少女の家の地下で、帝王直々に父を厳しく折檻(せっかん)されました」

 

 小さく身震い。

 

「闇の帝王のお怒りは凄まじく、見せしめに娘を呼びつけるほどでした。父を殺されたくなければ目と耳をふさぐなと、闇の帝王は仰いました。帝王直々の『磔の呪い(クルーシオ)』を()()()の長きにもわたって、計()()も。父は泣き叫びながら失禁しており、普段の父の恐るべき威厳は何も残っていませんでした」

 

 声も震わせ、(ささや)くように続ける。

 

「闇の帝王は――()()()()()()()()()()()です。一度でもお目にかかれば、どんな愚者でもわかる。逆らうことや意見することが可能な、人と同じ水準の存在ではないと。(ひざまず)いて、(あた)う限りに全力の奉仕をし、束の間の生をお許しくださるよう慈悲を乞うのみ。命令は絶対。逆らうことは許されない。失敗は許されない。あのお方がお怒りになったならば、ただ罰を受けて泣いて許しを願うしかない。闇の帝王は、()()()()()()()()()()のです」

 

 (かす)かに消え入るように声が(しぼ)んだ。再び元の大きさに戻し、乾いた声で続ける。

 

「ようやく闇の帝王は、杖を下げると(おっしゃ)いました。お前の娘はその歳で、もう杖を使えるそうじゃないか。お前より娘の方がまだ役に立つのではないか、と。そして帝王は他の配下に命じて、牢からヒトでなし(穢れた血)を一体出して、私の目の前に置かせました。

 それ(It)は父の任務を邪魔し失敗させた張本人でした。省の犬(闇祓い)でもダンブルドアの犬(不死鳥の騎士団)でもなく、獣と交わり(マグルと結婚し)獣の群れに混じっていた(マグルの世界で働いていた)だけのヒトでなしでしたが、たまたまそこで働いていたことで父の任務の場に居合わせ、直前にたまたま情報を入手し、マグルどもと手を結び、その場のマグルをすべて逃がした上で、帝王の配下や父の下っ端と交戦し、五人を殺しおおせたのでした。相当な手練(てだ)れだったと言えるでしょう。しかし闇祓いの応援が到着する前に、そのヒトでなしは片足を失い父に捕えられました」

 

 所詮、個は集団に勝てませんから。憐憫(れんびん)と嘲笑を口の端に乗せる。

 

「そのヒトでなしは、三十かそこらの雌のようでしたが、既に複数人の激しい拷問を受けて、体の多くが欠けて(ただ)れて内部が見え、ほとんど死体のように見えました。いや、荒療治で無理に生を繋がれている状態だったのでしょう。情報源としても凌辱の人形としても拷問の玩具としても、その辺のごろつきにも使い倒された後で、既に用済みになっていました。それでも一刻でも長く苦痛を与えるためだけに生かされていました。絶え間ない激痛に晒されながら、満足に叫ぶ声も残っていないようでした。正気を失うことも、治癒魔法とそれの強靭な精神が許していないようでした。

 ……ああ、拷問には常に『磔の呪い』のみが用いられるわけではありません。磔の呪いは、娯楽としての拷問にはあまり向いていません。苦痛が大きすぎて慎重に加減しないとすぐに精神が壊れてしまいますし、悲鳴しか聞けず視覚的に単調ですから。それでは見せしめの効果も薄い」

 

 ハハ、とロウルは笑う。

 

「さて、帝王は少女に仰いました。この憐れな『穢れた血』をお前の手で楽にしてやれと。うまくできれば、お前の父を許してやろうと。父は正気を失う寸前でほとんど意識が朦朧(もうろう)としていましたから、本来なら娘の手を血に染めまいと帝王を止めようとしたのか、それとも止めようとしなかったのか、それともむしろ積極的に賛成したのか、少女には分かりませんでした。母は地下に降りないように命じられていて、その場におりませんでした。少女は震えて立ちすくみました。帝王は緑色の光を父のそばに放って、早くしろと仰せになりました」

 

 シムは吐き気をこらえた。セラは口を真一文字に結んでいる。

 

「少女が杖を取り出すと、ヒトでなしと目が合いました。欠けた頭を回して、虚ろな目ではっきりと少女を見ました。意識がまだありました。『楽にして』とか『復讐してやる』とかうわごとを言いました。少女は杖を首に向け――当然『死の呪い』なんてこの頃はまだ使えませんでしたから――『裂けよ(ディフィンド)』と唱えました」

 

「……」

 

「しかし少女の呪いはごく弱いものでしたし、目をつぶって手も震えていたので狙いが(ひたい)や腕や胸に逸れてしまいましたから、何度も何度も何度も『裂けよ(ディフィンド)』と唱え続けなければなりませんでした。ヒトでなしはそのたびに(かす)れた悲鳴や呻き声を上げました。片手で杖を握っているので、少女は耳を片方しか抑えられません」

 

 シムは耳を塞ぎたくなったが、先に口を押さえてしまっていたので、できなかった。

 

「何度目かの後、少女が薄目を開けると、ヒトでなしはまだ私の目を見つめていました。ずたずたになった顔で笑おうとしたのか口を動かして、『私にも()()()()()()がいてね』と、その何の脈絡もないうわごとを絞り出して、そして動かなくなりました」

 

 ロウルの口元は凄絶に吊り上がっていたが、目は笑っていなかった。

 

「帝王は少女の魔法の腕に感心なされました。将来は、今のしもべの多くより役に立つかもしれないと。それまではお前が責任をもって育てろと父に仰ると、家を後にされました」

 

 それから遠くに視線を移し、多種の感情が混ざった色を声に乗せる。

 

「それからひと月もせず、闇の帝王は姿を消されました。国中を飛び交う帝王と『生き残った男の子』にまつわる噂の有象無象(うぞうむぞう)は馬鹿げたものでしたが、しかし実際に、帝王は二度と英国に姿を見せることがありませんでした。帝王の敷きつつあった秩序は一瞬で瓦解し、少女の家は魔法省の取り調べを受けることとなりました。

 ウィゼンガモットは、父が『服従』させられていたと判断して、無罪放免を言い渡しました。父が関与した事件の一割も把握していたか疑わしい法廷は当然、八歳の少女を取り調べることもありません。少女の家は、平穏が保たれました。多少の金貨を失ったほかは何事もなく、新たな秩序に(こうべ)を垂れることが許されたのです」

 

 皮肉に唇を歪め、ブロンドの魔女は呟く。

 

「その後の少女は父から魔法教育を()()()施されました。ホグワーツに入るまでの間、そして入学後は毎年夏休みの間。母が止めなければ、少女は二度は死んでいたことでしょう。少女は戦闘の訓練も、様々な闇の呪いも身に着けました。

 そんなものは帝王のいなくなった平和な時代には不要でしょう。しかし父は、闇の帝王が()()()()()()()()()可能性を念頭に置いていたのだと思います――アズカバンにいない者はすすんで考えようとしないことですが、その御名の意味(死を越える)からして、帝王が一歳の赤子によってお隠れになったと考えるのは、不合理ですから。

 仮に闇の帝王がいつか帰還されることがあったとしたら。娘を立派なしもべにするために、帝王への忠誠を誓ってアズカバンで時間を浪費するような真似は避けた――そんな言い訳があれば、父や一家は帝王のお怒りから免れるかもしれませんから」

 

 自嘲してくすくすと笑うロウル。

 

「実際にそんな言い訳が通用するかは分かりませんが。たしかに父は少女を立派な魔法使いとして育て上げたといえるでしょう。貴人の見本たる母とはまるで異なり、父はあまりに粗野で乱暴で激しやすく家名を負うにふさわしい品格は備えていませんでしたが――魔法の力と腕はたしかでした」

 

 苦々しげに吐き捨てると、前を向いた。

 

「そして少女はずっと強く賢く美しく(ずる)(たっと)(しと)やかな(したた)かなスリザリン生の模範たらんと努めてきました。()()()()()()()()()()()()()()()を侍女に迎え、二人でずっと一緒に――」

 

 ロウルは横の侍女に目線をちらりと向けてはにかんだ。

 

「――これが近ごろの私が読んだ、とある物語の筋書きですわ」

 

 

 

 

 セラは同情と憐憫と嫌悪の混じった眼つきでしばらく黙っていたが、呟く。

 

「…………その『物語』をわざわざ私達に聞かせて、あなたはどうしたかった?その物語では、『例のあの人』がいかに人智を超えた存在かというよりも、単にいかに残忍なクソ野郎かということしか伝わらない。

……もしかして、その物語の少女は、今も罪悪感に苦しんでいるんじゃないか。人を殺してしまっ――いや、脅迫されて死にかけの人を楽にしてあげたことを。それを懺悔して償いたくとも、誰にも叱って裁いてもらえない。……実際、発覚してたとしても、何か罰を受けるとも思わないけれど。非魔法界なら絶対に、少女に必要なのは罰ではなくケアのプログラムだと――」

 

「口を閉じなさい」

 

 ロウルは有無を言わさぬ調子で、セラを睨みつけた。憎悪と憤怒で、青い瞳が凍えたまま燃え上がっていた。

 

「少女がこの手で切り裂いたのはヒトなんかじゃないでしょう?夢に見るあの血まみれの顔は、ヒトの皮を被ったただの悪鬼(あっき)でしょう?闇の帝王も少女の父も、ヒトを穢すマグルどもとヒトでなしを成敗して、世界を正しく作ろうとしていたのでしょう?だってそうでなければ――いや、だって少女は()()()()()()()()()!少女は()()()()()()()()()!父も母も帝王も間違っていないもの!少女はこれまでも、その後も、ずっとずっと()()()にしていた!目上の偉い人の言うことをきちんと聞いておとなしく言うとおりにしてきた!ずっとずっと()()()()()()()()!自分自身が笑顔でいられるために、家族が笑顔でいられるために!」

 

 ロウルは叫んだ。楽しそうに満面の笑みを浮かべながら、一筋の水が頬を伝っていた。

 シムもセラも、言葉を失ったまま、悟った。フレヤ・ロウルという名の心優しい少女は、十年前に壊されてしまったのだと。何か気づいていることがあるとしても、心を守るために気づかないようにしているのだと。

 侍女は相変わらずじっとロウルを見つめていた。セラはやがて口を開く。

 

「…………あなたは三年前、私の組分けのときに、どの寮で迷ったかを聞き、私はレイブンクローと答えた。…………ロウル、もしかしたらあなたも組分けはひどく時間がかかったんじゃないですか?あなたはスリザリンではなく、忠実と勤勉と慈愛(じあい)の寮を勧められたんじゃないですか?本来のあなたはそっちの空気が合っていた。現にあなたのやり方はときにスリザリン生からそう揶揄(やゆ)される」

 

 怒りと嫌悪の表情でロウルは首を振った。黄金色の髪と黒の首席バッジが揺れる。

 

「なんたる世迷言(よまいごと)を。あの帽子は所詮、お前ですらスリザリンに入れるような耄碌(もうろく)した帽子です。私はスリザリン生たることを心から誇っています。侮辱は許しません」

 

「スリザリン生なら」

 

 セラは息を吸った。滔々(とうとう)とまくしたてる。

 

「野心というものが無いのか。家やスリザリン社会や『上』に従って、『あの人』がいれば『あの人』に忠誠を誓う?あなたには自分が本当に成りたい姿、本当にやりたいことが無いのか。これからもずっと、『良い子』でい続ければ満足なのか。心の底のどこかで本当は違うと思ってることを、自分自身で変えようとも思わないのか。従順を装いながら狡猾に牙を研ぐのが蛇じゃないのか。

 あなたはどこにでもいる凡人じゃない。スリザリンや社会を変えられるだけの力だってあるかもしれないのに。現にあなたはこの七年間、自分の手でスリザリン寮から暴力と不正を減らしつづけてきた。余計な枠組やしがらみに(とら)われることなく、()()()()()が上に立って先導して、本当にあなたのしたいことだってできる!わざわざ上に立たなくとも、誰のいいなりでもない()()()()()の人生を生きられる!」

 

 セラはいったん息を継ぎ、声を落とす。

 

「……いや、あなたが心に深い傷を負ったのはわかる。傷を癒やす前に、癒しはじめられる前に、こんなことを言うなんて、酷だった。……でも、『例のあの人』だってもういないんだ、あなたを縛れるほどの力がある存在なんてそういないだろう」

 

 ロウルは心底理解できないという風に首をかしげ、呆れた視線を送る。

 

「何を言ってるのやら。私はこれまで通り、ロウル家のフレヤとして邁進してゆくのみです。それが私の喜びです。それともまさか、私が家名を捨て()()()()()()()()()()()()()とでも?」

 

 セラは寂しげに呟く。

 

「……それならあなたはスリザリンにもハッフルパフにもなれずじまいだった。これまでもこれからも」

 

「ヒトでなしの戯言(ざれごと)は、相も変わらず英語であっても理解不能です」

 

 ロウルは肩をすくめた。

 

「…………ではミス・ソウル、あなたの方はいったいどうしてロウルに仕える立場に甘――」

 

 セラは初めて隣の侍女に――しばしば「意志も感情も無いロウルの操り人形」と陰で揶揄される彼女に話しかけた。侍女はセラの言葉に初めて反応し、無表情を保ったまま、まっすぐセラの緑の瞳を見つめた。常日頃と同じように、濁りのない真っ暗な瞳で。

 

「………………いや。何でもない」

 

 セラは目を逸らすと、口にしかけた言葉を呑みこんだ。

「開心術」を侍女にかけられると警戒するより前のわずかな一瞬でセラは、幾重に厳重に閉ざした自らの内奥をむしろあえてわずかに緩めた侍女の瞳の、波一つ立たない静かで真っ暗な水面の遥か彼方の深みに、何らかの感情が、何かはわからないがそれが過去より絶え間なく激しく渦巻いて泡立ちつづけているということを垣間見ていた。

 セラの方が開いて、閉じる。ロウルに拾われる前の彼女がどうしていたか、彼女の家が何代遡れる「純血」を自称していたのか、そもそも彼女に「ヒト(魔法族)の血」がどれだけ流れているのかを反射的に問いそうになり、それを理性と本能が押しとどめた。

 

 しかしロウルはもはや、セラやシムがまだそこにいることなど一切気にせず、立ち上がると嬉しそうに侍女に語りかけた。

 

「――ところでサリー、先ほどの私の杖さばきを見ていまして?そろそろ私があなたに初めて勝てる日が来るかもしれないと、そう思いませんこと?」

 

 侍女はロウルを見つめると、心なしか哀しげに目を伏せて、首をゆっくり、しかし大きく横に振った。

 

「…………あなたのその、決してお世辞を用いない性格は、美点でも欠点でもありますわ」

 

 ロウルは溜息をついた。

 

「ですが、時にはあなたの見識が曇ることもあるでしょう」

 

 ロウルはごく自然に黄金色(こがねいろ)の杖を抜き、そこから何が起こったのか、速すぎてシムは理解できなかったが、視界にうつった情報を後から検討するに、まず、莫大な魔力を体から解放するとともに、侍女に向けて「武装解除」と「全身金縛り」の閃光を、それも机四つ分ほどには広がるそれを射出し、同時に、天井の高さほどある大蛇が侍女の背後に現れて牙を剥いた。しかし、蛇の背後の床からさらに巨大な蛇がその上半身を現わし――蛇と一見錯覚したそれは甲羅(こうら)と脚を備えた陸亀(りくがめ)であった――その陸亀は首を長く伸ばして蛇の頭を噛みちぎると床に沈み込んだ。同時に巨大な海亀が侍女の前に垂直に飛び出し、閃光をすべて甲羅で受け止めると霧となって消失した。侍女の杖から「武装解除」光線が二本射出され、その一本はロウルにまっすぐ迫り、もう一本は天井で反射したのちにロウルの頭上へ迫り、侍女の姿が掻き消える。そしてロウルが一歩下がって「盾の呪文」を張ったとき、侍女はロウルの真横から脇腹に杖を突きつけていた。

 

「……いえ。やはり目にも杖の腕にも常に一辺の曇りもありませんことね」

 

 ロウルが黄金色の(なし)の杖を下ろすと、侍女も杖を下ろして、一歩引き下がって黙礼する。

 

「いい加減、最後のN.E.W.T(イモリ)試験こそは手を抜くのを辞めなさい。存分に力を見せつけなさい。私を立てようとすることは、私への侮辱です。私はむしろあなたが華々しく活躍することこそを望むのです。私の陰に甘んじるのでなく」

 

 侍女は黒いニワトコ材の杖をローブに仕舞い込み、再び首をゆっくり横に振った。ロウルも再び溜息をついて、目を伏せる。

 

「強情ですこと。そんな風に、他者の意志より己の意志と感情に最も忠実なところも含めて、私はあなたを信頼しておりますが。

 ……まったく、私がどれだけ努力しても、どうして私よりわずかに低い成績を狙って取れるのか、未だに分かりませんわ。それに、そんなにどこまでも強く賢く高みに登って、いったい何を目指そうとしてるのやら……」

 

 顔を上げるとロウルは、侍女以外の誰にも決して見せない、天真爛漫(てんしんらんまん)の少女の顔で、侍女に笑いかけた。侍女以外の誰にも決して聞かせない、敬愛と友愛と親愛に満ちた、心から弾んだ声で、自らの生きがいを自らの生きがいに向けて語り掛ける。

 

「もちろん、サリー、あなたに釣り合う(あるじ)でありたいからこそ、いつかあなたの背中に追い付きたいからこそ、私はいつでもいつまでも、どこでもどこまでも何だって頑張れるのですが――」

 

 そしてロウルは侍女とともに教室の扉を開けて去っていった。ロウルが声で語り掛け、侍女が目で応対する、いつもの二人のやり方の会話を続けながら。

 

 

 ★

 

 

 二人はその後もじっと立ち尽くしていたが、やがてセラが口を開いた。

 

「シム」

 

「はい」

 

「……純血思想の連中が皆、彼女みたいな凄絶な過去を持っているわけではない」

 

「そうです」

 

「そういう過去を持っていたとしても、私達への態度を水に流せはしない」

 

「そう思います」

 

「だとしても――彼女もまた『あの人』の被害者だ。…………そんなこと知りたくなかったし――知れて良かったかもしれないし――もう分からない」

 

 セラは弱々しく長々と息を吐く。

 

「…………『例のあの人』がすべての元凶なんですか?千年前から純血主義があるように、『例のあの人』も突然生えてきたわけじゃないんですよね?もしホグワーツ生なら、『例のあの人』はスリザリンで育ってきたんですよね?なんで『例のあの人』は『例のあの人』に()()()んですか?それとも生まれたときから、ああだったんですか?」

 

「…………私達には、推し量りようがないことだ」

 

 しばらくの沈黙の後、廊下の窓の方を見やる。

 

「でも。一つだけはロウルの言う通りだ。私はもっと強くならなきゃいけない。あんな奴らに負けているようじゃ、駄目なんだ……。『あの人』のいない時代であっても……。自由に堂々と生きるには……」

 

 セラは唇を噛む。

 しかしセラはやがて、ふと肩の力を落として首を振る。

 

「……いや。あいつらの言う通り、私がどれだけ強くなろうとしても、限界がある。一人では限界が。…………私はもっと、仲間を増やさないといけない。団結できるようにしないといけない。『決闘クラブ』だけじゃなくて、私の『同類』と。私は少々、独りきりで引きこもりすぎた。シーナとソフィアは二人だけで二人だけの世界を完結できたけど――私はそうはできない」

 

 シムの胸に痛みが走る。自分では不足という、無力感。

 

「……そのためのスリザード・クラブだと思っていましたけど」

 

 セラはにべもなく返す。

 

「この城には君と私だけ。あとは六年上に二人。そのさらに五年上に一人。その何年か上に――ともかく、二十代までに限っても、これだけだ。いくらなんでも、数が少なすぎる」

 

「……」

 

 シムの表情を見て、セラは微笑む。

 

「もちろん、スリザリンの非魔法族出身者(わたしたち)のクラブは、私にとって家族のようなものだ。……けれど、家族の中で助け合っているだけでは、周りは変わらない。私達が生きやすくするように環境を変えてゆきたい。私達は、『スリザリンの非魔法族出身者』であるより先に、『非魔法族の出身者』というマイノリティだ。この属性も魔法界では立場が弱いし、そして数も二人よりはずっと多い」

 

 セラは拳を握り締める。

 

「……そうだ、非魔法族出身者は少なすぎるわけではない。団結して声を上げれば、決して無視できない程度には多いのに。けれど、他の寮の非魔法族出身者達は、仲間同士で固まろうとすることなく、魔法族出身の魔法族の間に積極的に埋没している。だからといって純血主義者に平等に扱われるわけでもないのに」

 

 決意を固めたセラの表情を見て、シムは何か言うのを諦めた。もうシムが何を言おうと、意志は変わらないだろう。

 もっとも、セラの決断に口を挟む意志は最初からない。そのさっぱりした表情で真っ直ぐ突き進むからこそのセラだ。

 

「非魔法族出身者の、非魔法族出身者による、非魔法族出身者のための、寮を越えたグループを、ホグワーツで組織する」

 

 セラは静かに宣言した。

 

 





従者にのみ心を許して依存しきった主人と、完璧超人の従者の、捻じ切れた関係性。
多少特殊であれ、この二人の物語は魔法戦争で無数に発生した悲劇のごく一例です。二人の過去や未来についてこれ以上本編を割いて示すのは野暮ですので、想像していただければ。


隔日でなくてすみません。今話が第五話クライマックスですが残り一回を今月中に投稿します。(→来月以降に投稿します)
感想等ありがとうございます。面白いと思って読んでいただける方が筆者以外にも確かにいらっしゃると知れることはとても励みになっております。
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