ボーイ・イン・ザ・シンデレラ   作:しらかわP

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11th extra stage : “How to spend idol's time on a comfort trip.” #Part3

砂塚あきらはアイドルになる前、服屋でアルバイトに勤しみ、家に帰って趣味のゲームを嗜むような一般的な女子高生であった。

時には配信者として活動し、平均視聴者数四、五十人に見守られながらゆるゆると満足した日常を送っていた。

そんな日常も、ある日のバイト帰りに神保プロデューサーからスカウトされたことで、瞬く間に一変した。

それでもアイドルになった今の生活に、あきらは十二分に満足している。

 

まず、憧れていた上京ができたこと。

次に、仕事で好きな服が着られること。

何より、たくさんの親しい仲間ができたこと。

 

そんな、あったような無かったような情景を、あきらはふと走馬灯のように思い浮かべる。

だからといって、これから親しい仲間たちを陥れようとしていることに、何の躊躇いもなかった。

 

「……みんな、おはよう。#寝起きドッキリ の時間デス」

 

美城プロダクション慰安旅行二日目の朝六時頃。

早朝ということもあってスマホに向かってこそこそと話す。

整えた髪、化粧した顔にはいつものマスク、心底楽しそうなことだけは目元の表情から伝わってくる。

何も告知せず朝早くに配信を開始したこともあって、普段よりも視聴者の集まりが悪いもののあっという間に同時接続数は三千人を超えていった。

 

『おはよう』

『何だ?』

『寝起きドッキリマジか』

『朝からあきらちゃんを見られる幸せ』

『俺らへのドッキリってこと?』

 

会社管理ではあるが、あきらが自身の名前を使った個人アカウントで急遽配信を開始し、その配信タイトルが『寝起きドッキリ』であることに釣られた規則正しい生活を送る視聴者と徹夜組の視聴者はこれから何が起こるのか興味津々の様子である。

 

「キミたちへの寝起きドッキリって何だ。……本日、お手伝いしてくれるアシスタントはこのアイドル~」

 

あきらがカメラもといスマホを動かして、画角の外に待機していた人物を映す。

 

「皆さんおはようございます。あかりんごこと辻野あかりです。山形りんご食べるんご~」

 

あきらと同じくこそこそ話し、控え目な宣伝を挟んだだけだと思いきや、どこからともなく『りんごろう』ぬいぐるみを取り出した。

 

『あかりちゃん!』

『あかりちゃんおはよう!』

『早朝とは思えないくらい可愛い』

『ん?』

『何か出てきた』

『りんごろうええて』

 

「僕はりんごろう。りんごの精なんだ。山形りんごとこの僕をよろしくね。ぴにゃこら太さんは尊敬する先輩だけど、僕が彼を超える日も近いんごねぇ~」

 

『宣伝は欠かさない』

『何だこいつ』

『ぴにゃこら太「出る杭は打ち○す」』

『物騒な先輩で草』

 

視聴者にはあまり受け入れられていない反応だが、あかりは特段気にする様子もない。

 

「はい、続いて――」

 

「――オタクくん見ってるぅ~? やることがないのに朝っぱらから起きてる可哀想なニートたちのためにりあむちゃんが来てやったぞー。感謝しろよな……あー、眠っ」

 

声のボリュームを落とさないりあむが初手視聴者煽りの通常営業を披露する。

二人と同じくメイクを施してはいるものの、眠たそうである。

 

『は?』

『何こいつ?』

『あ?』

『お、やんのか?』

『感謝するわけねーだろ』

『りあむ今日も可愛いなぁ!』

 

煽られたならば喧嘩腰。

SNSではもっぱら炎上ガールのりあむが、いきなり燃料を投下したことでコメント欄が一瞬荒れる。

りあむ自身も眠いからか態度がすこぶる悪く、プロフェッショナルのプの字も感じさせない。

 

「りあむサンの自己紹介、アンチと狂信者しかコメントしてないっスよ」

 

「おー、くわばらくわばら。ふわぁ~……」

 

適当な返事をして欠伸をするりあむを横目で見るあきら。

アンチと狂信者の割合がだいたい四対一くらいなことについては触れずにいるが、当のりあむ本人はすでに興味が無さそうだった。

スルースキルを身につけたのかと思ったが、単に眠いだけらしい。

 

「……それじゃあ、ターゲットの部屋に行きましょうか」

 

気を取り直して向かった部屋は同じプロジェクトメンバーの久川姉妹の部屋である。

許可を貰い、フロントからスペアキーを預かっており、ゆっくりと扉を開ける。

 

「……お邪魔しまーす」

 

ひそひそ声で部屋に潜入したあきらを先頭に、あかりとりあむも中へと入る。

この部屋はツインベッドのようで、それぞれ窓側に姉の凪、玄関側に妹の颯が静かに寝息を立てていた。

どうやら姉妹でテリトリーを分けているようで、凪側には乱雑に放り出された服がある一方、颯側はきっちりと荷物が整理されていた。

 

「下着とか、映したらまずいもの無いよね?」

 

配信のことを考えるあきらが少し心配そうに尋ねる。

 

「そういうのは無いみたいんご」

 

「煙草とか酒も無さそう」

 

あかりとりあむが先に偵察して映しても良いだろうという判断を下す。

 

「りあむサンの『まずい』の基準がバグってて普通に勘違いされそう」

 

『炎上がデフォのアイドルは目の付け所が違うな』

『まずいの基準www』

『りあむ成人前からやってたのか!?』

『【速報】夢見りあむ未成年で喫煙、飲酒経験済み』

『早速勘違いされてる……』

 

いつもどおりの失言でその身から火種を撒き散らすりあむだが、いつものことだとばかりに気にも留めていない態度なので、あかりは心配そうに見つめており、一方あきらは眉間に皺を寄せて苦言を呈したがっているようだった。

 

どうせまた切り取られてネットニュースになるんだろうなと思いながらも、配信している手前、りあむの言うことは全て冗談だから真に受けないようにと視聴者に注意する。

 

あきらたちを見に来る視聴者は当然理解している各々適当に了承の旨をコメントしている。ただ理解というよりりあむが起こす炎上については、また何か言ってる、程度の認識であり心の底から関心が無いらしい。

 

周囲の安全確認を終えると、三人はひっそりと久川姉妹のベッド前へ移動した。

薄暗い部屋のため配信の映像も暗く、久川姉妹の寝顔もあまり見えない。

 

二人の寝相は対照的なようで、颯は布団を顎の下まで掛けて最初の状態を保っているようで、凪は何度も寝返りをうったであろうということが掛け布団のめくれ具合から窺えた。

 

「二人とも可愛すぎんか?」

 

同じプロジェクトのメンバーとは言え、こそこそとアイドルの寝顔を見る背徳感によって完全に覚醒し、目を燦燦と輝かせ始めたりあむ。

あきらから配信用のスマホを受け取ると、じわじわと近づいて二人の寝顔をまじまじと交互に撮影する。

 

『りあむナイス』

『可愛い』

『かわいい!』

 

久川姉妹が知ったら恥ずかしいだろうが、視聴者たちは寝ていても変わらない可愛さに釘付けの様子である。

 

りあむはさらに調子に乗って、凪の顔にカメラを寄せていく。

寝顔をドアップで映したところをあかりとあきらも交え、皆で楽しんでいるところ、不意に凪のお目目がぱちくりと開いた。

前髪から覗かせる片側の眼でカメラのレンズを捉えるとその様子を見ているであろう人間に対してねめつけるような視線を送り、寝起きとは思えないスピードでりあむの持っている配信端末を鷲掴みにした。

 

その挙動の勢いとともに、わっ!! という人を驚かせることを目的とした凪の声で一部始終を見ていた視聴者は唐突なホラー展開に怯え、カメラマンをしていたりあむは肩をビクつかせて大袈裟に後ろへとひっくり返る。

 

「ぎゃああああああああ!!」

 

「へぇぁっ!? なになにっ!?」

 

その悲鳴に釣られて素っ頓狂な叫び声をあげながら上体を勢いよく起こす颯。

 

「いぇ~い、ドッキリ大・成・功」

 

コメント欄も一様に驚いた、びっくりしたなどのコメントで溢れており、朝から心臓に悪い配信になってしまったようだ。

凪は腰の抜けているりあむにスマホのカメラを向けて配信に映し、いつも通り感情の読めない表情をしつつも、いーっと白い歯を見せた。

 

「だだだ、騙したナッ!? このボクをッ!!」

 

「いや、驚くことに完全に凪チャンのアドリブ……」

 

完全にドッキリだと思っているりあむに対して、企画の全容を知るあきらが困ったように答える。

 

凪の咄嗟の発言など、プロジェクトメンバーの中でもアドリブ力がずば抜けて高い凪にとって、ドッキリ企画との相性は最悪と言っても良かった。

彼女はそもそも大きなリアクションを取るようなタイプではない。

 

凪が仕掛け人側に回ることによって、結果的にリアクションの大きなりあむがターゲットとなったため視聴者としてはいつも通りだが、満足のいくような展開になっていた。

驚く凪を見たいという声もあるが、結局のところりあむがひっくり返っている方が笑えるのである。

 

☆ ☆ ☆

 

「さぁ、気を取り直してお次の部屋は~……?」

 

いつの間にかMCを担っている凪を特に不思議に思うこともなく、配信は進行していた。

 

久川姉妹が起きた後、身支度を整えるまでの十数分をユニクスの三人で繋ぎ、準備の整った彼女たちを仲間に加え、エレベーターでホテルの上の方の階まで辿り着く。

 

明らかにVIPしかいないだろうという絢爛な廊下には片手で数えられる程度の扉しかなく、扉どうしの間隔からしても一部屋の大きさが容易に想像できる。

 

「すんごい豪華だね……」

 

あかりが口をポカンと開けてこの階の異質さに驚いている様子だが、詩緒がこの部屋を使うことに対する妬み嫉みはあるはずもなく、むしろデビューから勢いがあり、直近でもめちゃくちゃ活躍した詩緒への待遇としては当然と納得している。

 

「す『んご』い?」

 

「いや、なしてその『んご』に反応したん?」

 

凪のセンサーに触れてしまったが、あかりでなければ見逃してしまうような小ボケである。

あかりはすかさず反応できたものの凪はそれ以上その話題を広げるつもりはないらしい。

何とも身勝手な凪の振る舞いに颯はドン引きしていたが、切り替えてコメントを読む。

 

『豪華すぎるだろ』

『何今のやり取り』

『めっちゃ羨ましい!』

『わくわくしてきた』

 

コメント欄では凪とあかりのやり取りに言及する者もいたが、ほとんどはそれを無視しており、初めて見るであろうVIPルームフロアの光景に朝っぱらからテンションが爆上がりらしい。

 

『ウタちゃんだけずるくね?』という公平を美徳とする資本主義社会においては愚かな価値観を持った視聴者が不公平を唱えていた。

 

「別にずるくないよ。プロジェクトミーティアを最初に押し上げたのはウタチャンだったし、さすがに仕事の量が自分らより頭一つ抜けてるからね」

 

まだ一年前の話ではあるものの、あきらはすでに懐かしい思い出のように振り返る。

 

「自分たちにも仕事のオファーが増えてきたけど、それまではオーディション出たり、ひっそりと営業やらミニライブやらやってたよ」

 

とは言っても最初からファンがいなかったわけではなく、美城プロダクションのアイドルというだけでそれなりの注目は浴びるものである。

あかりとりあむも深く頷いて思い出話に花を咲かせようとしていたところに、凪が自分の服の腹についているポケットにおもむろに手を突っ込んでごそごそと大袈裟に動かした。

 

「マスターキー……‼」

 

凪は声をダミらせてポケットから取り出したカードを掲げる。

手にしたそれをカードリーダーに読み込ませるとピッと解錠音が鳴る。

『何でリニューアル前を知ってるんだ?』という素朴な疑問はスルーされる。

代表してあきらがドアに手を掛け、ゆっくりと開ける。

 

「おお……はぁとさん的に言うとスウィーティー」

 

「はぁとさん的に言わなくてもスウィーティーじゃない?」

 

後から入ってきた凪の感想に颯がたまらずツッコんだ。

スイートルームなのだからスウィーティーという表現はあながち間違いではないが、本来、寝室だけでなくリビングや応接室などがある部屋のことをスイートルームと呼ぶ。

ちなみに、詩緒の泊まる部屋も例に漏れずスイートルームである。

グレードで言うとVIPルームと呼ばれる部類で、内装の豪華さやサービスの質が段違いであり、キングサイズのベッドが二つ並べられるほど広く、ふかふかなソファに大型のプロジェクタ、大理石のバスルームと、頭の悪い人が持てる資産全てをなげうって贅沢の限りを詰め込みましたと言わんばかりの部屋という話は聞いていたが、玄関だけでもそのような期待を感じられる。

 

おお~と感嘆の声をあげる面々に同調するようにコメント欄も『お~』やら『すげ~』やら驚きに満ちているようだ。

 

「あっ」

 

そんな玄関の様子にさえ感動さえ感じていたが、颯が何かまずいものを見たと言わんばかりに声が漏れてしまった。

視線の先はちょうど下方を向いており、どうやら広々とした土間に三足分の靴があり、一足は詩緒のものだが、二足はどうやらちとせと千夜のものであると颯は瞬時に理解した。

そんな彼女に釣られて他のメンバーも靴に気が付き、配信でもその靴を映してしまう。

 

「靴が三足……」

 

りあむがぼそっと呟くと、コメントも『妙だな?』と訝しむ様子で埋まる。

先ほどまでの和気藹々とした様相とは打って変わって現場に緊張の空気が漂ってくる。

一つ間違えればスキャンダル確定だが、確かめずにはいられない好奇心が彼女たちを突き動かす。

 

「まさか自分らのユニットで不純異性交遊だってぇ?」

 

配信していることもあり変なスイッチが入ったのか、あきらが突然問題を提起する。

詩緒の部屋へドッキリで入る展開に配信も段々盛り上がってきたところでさらなる燃料を投下すると、コメント欄も様々な意見や感想などが飛び交う。

 

盛り上がってきたね、とあきらが内心でほくそ笑んでいたがドア側を向いて玄関を映していたあきらの背後にスッと人影が落ちる。

 

「皆さん、何しているのですか?」

 

慌てて全員が振り返ると目の前には千夜。

カメラも合わせて向けたため、彼女がドアップで配信画面に映る。

音もせず近付いていたことに誰も気付かず、急な登場に阿鼻叫喚するリスナーに対して、悲鳴が喉元まで出かかっていたが、大声を出すとターゲットが起きてきてしまうことを考えて寸でのところで悲鳴を引っ込めることに成功したあきらたち。

 

「!! ……びっくりしたぁ。千夜サン、驚かせないでくださいよ」

 

「あなた達が驚かせに来たのでは?」

 

それはそうなんだけど……と思ったが、千夜にバレてしまったことでドッキリ失敗ということが分かり、みんなの肩の力がスーッと抜けたのも束の間、あきらは頭をフル回転させて名探偵よろしく千夜に向かって指を指した。

 

「千夜サン、お嬢サマとウタチャンはまだ寝てますね?」

 

千夜は指を指されたという事実に一瞬しかめっ面を見せたが、彼女の手で優しくあきらの指を下げさせると、渋々と言った具合で頷く。

 

「……ということなので、千夜サンは抜きだけど #ドッキリ決行!」

 

アイドル達の、たかだか寝起きドッキリにそんな過激なアクションがあるわけもないので、ここは空気を読んで道を開ける千夜。どうせ主人であるちとせもノリノリで道を開けさせるだろうシーンが鮮明に想像できる。

 

寝室へと足を進めた一行は部屋のだだっ広さに感嘆しながらも、詩緒とちとせが仲睦まじく寝ているベッドまで辿り着く。

隣にも存在するキングサイズのベッドは綺麗な状態のままなので、千夜と三人で寝ていたであろうことが窺えた。

 

「ぼくもウタちゃん、ちとちゃんと添い寝したい。ていうかみんなと添い寝したい。今日一緒に寝ようね。約束だよぅ」

 

りあむは勝手に話しを進めて、自分の中では今夜添い寝確定したことになったもののコメントは非難の嵐で、別に一緒に寝ても何も問題ないと思っていたメンバーたちは口を噤む。

 

『絶対やめろ』

『1人で寝てろ』

『脱退しろ』

『アイドル辞めろ』

 

「おい、今日りあむちゃんのアンチ多くね?」

 

一人ぼやくりあむだったが、いつも通りですよ? というあかりの追い討ちに沈黙する。

この二人にあきらを含めたユニット「#UNICUS」の三人で配信することもあるが、大体りあむに対しては愛情ある心無いコメントが寄せられるため、あかりは大衆、特にりあむのファンが打つコメントにはとても寛容に育っていたのだ。

そのおかげか、あかり自身に寄せられる心無いコメントもりあむファン特有のノリで送られていると思っており、そういう扱いをされることもあるんだなぁと新鮮に感じているほどで……つまり強靭なメンタルなのだった。

 

閑話休題。ベッドへと近付いて詩緒とちとせの様子を見てみると、すやすやと小さく寝息を立てて朝になっても寝相が乱れていない二人は寄り添うように寝ており、まだ起きる気配は無さそうだ。

 

『可愛いが過ぎる』

『仲良しで心が洗われる』

『※1つのベッドに男女のアイドルが寝ています』

『これは炎上しない(確信)』

 

すっぴんに、スマホ画質という要素を持っていてもなお、何か彫刻のような芸術作品なのではないかと勘繰ってしまうくらいに綺麗な寝顔の詩緒とちとせ。

正しく絵になるという言葉が相応しく、メンバー全員もしばらくは無言でスマホを向けていた。

 

ほぼ全員が録画開始の音も気にせず動画を撮る中、凪のスマホからは勢いよくカシャシャシャシャシャシャッ!! とシャッター音が連続で聞こえてくる。

 

『連射www』

『起きちゃうよ!』

『何やってんのー!?』

 

「失礼いたしました。熱盛と出てしまいました」

 

『出てねーだろ』

『あのさぁ』

『草』

 

どこにも熱盛とは表示されていなかったので淡々と詫びるも時すでに遅く、詩緒がその音で覚醒し始めたのか、うーんと唸り声をあげてゆっくりと目を開く。

 

起きがけに視界へ飛び込んできたのは、鍵をかけて安全なはずのホテル最上級の部屋で、自分を囲むように立つ数人の人影だった。

一度も体験したことがない異様な光景に恐怖が一瞬で沸き上がり、ちとせにしがみつくようにその身を縮こまらせて布団を被る。

その異常をとにかく視界から排除し、ちとせに引っ付くことで恐怖を安心感で中和しようとする行動にメンバーは面白がりつつも庇護欲をそそられた。

 

『wwwwwwwww』

『大慌てで草』

『何だこの可愛い生き物は』

『お化け屋敷で彼女にしがみつく彼女(?)みたいな反応』

 

コメントも大盛り上がりで、みんなに笑顔を届けられたあきらは満足である。

そのうち詩緒は勇気を出してもう一度異様な光景に立ち向かうべく布団の端から目を覗かせて、あらためて状況を確認した。

 

「え!? びっくりしたぁ……」

 

同じプロジェクトの仲間のアイドルであることを認識した詩緒はほっと安堵の溜息を一つ吐いてすぐに笑顔を見せる。

 

「イェーイ! ウタちゃんおはよう! 寝起きドッキリ大成功!」

 

最初の趣旨通り寝起きドッキリは成功したと言えるのか微妙だが、詩緒のいいリアクションが取れたため成功と言っても差し支えないだろう。

 

そしてあと一人ターゲットがいることを忘れてはおらず、颯とあきらはそっとベッドに近付いた。

 

「ちとせちゃんはまだ寝てる?」

 

颯が、横向きに寝ているちとせの顔を覗き込んだ瞬間、息を呑んだ。

彼女がバッチリと目を覚ましていただけではなく、詩緒との朝の一時を独占できなかったことによる失望と怒りがその瞳に宿っていたからである。

 

先ほど凪が狙ってりあむを驚かせるためにやった心境とは異なり、まるで警告音が頭の中に鳴り響くような本能的な感覚に、颯の額からは冷や汗が流れて頬を伝う。

起きてる! などの言葉が一言も出てこないまま永遠にも思えた一瞬の時が過ぎて、颯はついにちとせを見たこと自体、記憶から抹消した。

 

颯が身を引いたことを不審に思った詩緒は、起きたままちとせの方へ身体を向ける。

目がパッチリと開いていたので起きていることを認識する。

 

「ちとせさん、起きちゃったじゃないですか……」

 

彼女が朝に弱いことを知っている詩緒はメンバーを軽い調子で非難すると、まだ横になっているちとせに向き合うようにもう一度自分の身体を寝かせた。

 

「おはようございます。良く眠れました?」

 

すぐ目の前には恋する人がいて、寝起きのすっぴんとは思えないほど美しい顔をこちらに向けて笑いかけてくれるシチュエーションがたまらなく、ちとせの彼に対する愛おしさが溢れそうになる。

人目があり、配信もしているため愛情表現できない環境にもどかしさを覚えつつも、表情は自然とだらしないものに変わっていた。

 

『お嬢は寝起きも美しいな』

『朝弱いって言ってたけどお肌の艶めっちゃよくない?』

『ニヤニヤしてて怖い……』

 

彼女に対するコメントがいくつも書かれるが統一感はなく、寝起きで綺麗、笑顔が可愛いなどの好印象な意見もあれば、詩緒を見る目が普通じゃないという鋭い意見もある。

 

本人が詩緒に対する好意を隠そうとしていないのは確かだが、一般的にはアイドル同士のとても仲が良いマーケティングだと思われており、昨今、恋愛禁止をベースとしているアイドル業界において詩緒は女性アイドルに紛れた男性であるにもかかわらず、女性関係でのスキャンダルは皆無といっていい。

メンバーや他事務所のアイドルと遊んでいるところを写真に収められたり、怪しい記者に突撃されたことも数える程度あるようだが、品行方正な彼には何のダメージも無い。

そういった世間のイメージも手伝ったおかげか、異性のアイドルが同じベッドで寝ていたことについてもファンは何とも思わない。

もし何かあったとしてもちとせが詩緒を結婚相手に選ぶのであればファンの大半は祝福するような話であって、彼らの清廉潔白な評価は揺るぎないままだ。

 

「ところでドッキリ終わったところで何するの?」

 

詩緒が起きながら尋ねる。

明らかに喜色を含んだ声音で、これから皆で出かけることに期待を寄せているのは間違いなさそうであった。

 

「うーん、許可もらったし、適当に遊んでるところ配信しようかなと思ってたけど、何したい? 正直、自分は配信止めて、ウタチャンの部屋で映画観るのありかなー。#休日インドア みたいな?」

 

『やめないで』

『配信しろください』

 

詩緒がコメントを見にあきらの隣に近寄り、ひょいとスマホの画面を覗き込む。

あきらは自分自身と詩緒を映すようスマホの内カメラに切り替えた。

 

「わ、こんな朝から何万人も見てるの? すごいねぇ」

 

割とあなたの人気のおかげで注目されてるんだよね、とその場の全員が思ったが、言ったところでどうせ彼自身が謙虚な姿勢を示してくるだけなので口に出さないでおいた。とは言え、アイドルの寝起きドッキリなんて見てる人からしたらプライベートな部分もチェックできるし、通常よりも視聴者が増えるのは明白である。

 

「せっかくだからドキュメンタリー風にしてみたり?」

 

んー、と短く唸った後、詩緒が思い付いたことを口にした。ファンのことを第一に考えている詩緒のことなので、どうやら配信を止める選択肢は無さそうだ。

 

「動画で編集できるならまだしも、配信でドキュメンタリーは難しくない?」

 

颯からもっともらしい意見が飛んでくる。

 

「まあ、ぼくたちが遊んでるだけでもオタクたちは嬉しいっしょ! 普段家でネットやってるだけでこんな美少女のプライベートなんか見たことないだろうし、一緒に出掛ける恋人も友達もいないだろうし、たまには仕事以外の一面を見せてやってもいいけど?」

 

「また炎上しそうなこと言ってるんご!」

 

『は?』

『は?』

『〇すぞ』

 

「こっわこいつら、せっかく楽しい提案してやってんのに」

 

「いいですね、夢見りあむの炎上を生み出す過程を収録した炎上ドキュメンタリー」

 

りあむの発言にキレるファン。

言わんこっちゃないといった表情のあかりと上から目線で被害者面するりあむ、話を広げる凪もいて収拾がつかなくなりそうなのはいつものことである。

 

「ごめん、なんか適当言っちゃって……」

 

脱線しかけた話を戻して、とりあえずみんなで朝食を食べに行こうということになり、配信をしたまま朝の準備を進めることにした。

ちとせと千夜は洗面所で支度を整えている最中で、すでに着替えも済んでいた。いつの間にか起きていたちとせは千夜に身をゆだねて、ヘアセットとメイクまで済まそうとしている。

 

#UNICUSはすでに配信することも事前に伝えられていたのですでに準備完了しているが、颯と凪は急いでこの部屋に来たため改めてメイクをし直すところである。

 

詩緒はちょうどパジャマから着替えている最中で、みんなには構わず下着姿になっていた。衣擦れの音はあきらがコメントを拾っていたことで視聴者には気付かれていなかったようだが、りあむが咄嗟に叫んだことで流れが変わる。

 

「ちょっとウタちゃん生着替え大胆過ぎるって!」

 

『!?』

『着替え中ってマジ?』

『後生だから俺らにも見せてくれ!』

『ウタちゃんを映せ!』

 

「ちょっとりあむさん!? みんな空気読んで言わなかったのに、何で大きな声で言っちゃうんご!?」

 

不出来な年上を叱咤するあかりを横目に自身の荷物の近くで服を選びながら苦笑している詩緒を、あきらはじーっとガン見している。

 

「ウタチャン、映していい?」

 

「え、ダメだよ。着替えなんか映したらアカウント停止されちゃうでしょ?」

 

「まあ、そりゃそうデスね。ということでみんな残念でした」

 

あきらが詩緒に質問した時はコメントも一瞬歓喜していたが、詩緒から即答でお断りされて意気消沈し、諦めもついたようだ。

 

「ていうか、男が着替えてるところ見たいの?」

 

『うん』

『見たい』

『見せてください』

 

詩緒が尋ねた瞬間に怒涛の勢いで流れ行くコメントにあきらは吹き出しながらも、詩緒に伝える。

それを聞いた彼は、変なの……と困惑気味だったが、せめて求められる声に応えようとして旅行に持ってきていた服を数着取り出した。

 

「着替えは見せられないけど、代わりに僕のコーディネートでもしてみるのはどう?」

 

コーディネートが覗きの代わりになるのか不明だが、持っている服であれば視聴者アンケートで好きにコーディネートしてもいいという提案に、コメントの流れはまた一段と速くなった。

 

「おー、さすがウタチャン。ナイス提案。#着せ替えウタチャン だね」

 

あきらたちも乗り気になってきたようで、詩緒から服を受け取ると視聴者に見せてアンケートを取る。

 

☆ ☆ ☆

 

「ふっふっふ~、視聴者の性癖コーデ!」

 

着替え終えた詩緒はゆるふわガーリー系のファッションで画面に現れて、見せ付けるようにくるくる回りポーズを取ると『かわいい』などのコメントが大量に流れ賑わっていた。

 

「可愛い系ファッションになった。結構イケてるメンズ一式もあったのになんで?」

 

姿見で自分の姿を確認しながら疑問を口にする。

クールでカッコいい一面も見せられるかもしれないと淡い期待もあったのだが、九割の視聴者に却下されて普段よりも女の子らしい格好をさせられてしまったことに少なからず不満があるらしい。

 

『男の娘に男装させるわけないでしょ』

『着替えの中にスカートあるのも大概だろ』

『可愛ければ何でもいいです』

 

納得いかない部分もあるが、あらためて彼自身の需要を再確認する結果となったものの、たまにはスカートをはためかせるのもファンとしては嬉しいことなのかもしれないと前向きに捉えることにした。

 

「自分だったら、これと組み合わせてたかな~」

 

ファッションリーダーのあきらはファンの気持ちなどお構いなしに組み合わせの議論を行っている。

 

視聴者の性癖が開示されたことは置いておき、しばらくアイドル同士で議論した後、良い感じの時間になってきたので、一行は朝食を摂るために一度配信を切って一階のレストランへと向かうことにした。

 

「お化粧待っててくれてありがとう」

 

「全然大丈夫だよ! ウタちゃんがお化粧するところもたくさん撮れたし、ファン的にも嬉しい写真になるよね」

 

結局、あきらと同じ熱量で配信に付き合っていた詩緒が最後に身なりを整え始めて、準備までに三十分くらいかかっていたが、颯は身支度の写真でお釣りが来るくらいだと気にしていない。

 

「天使のようなすっぴんから小悪魔への堕天に、凪も水上詩緒という悪魔と契約せざるを得ませんでした」

 

「何か人聞き悪い!」

 

詩緒は堕天と聞いて食いつきそうなアイドルを思い浮かべたが、頭の中から振り払う。

 

「ところで小悪魔ウタさん、凪は朝からペコペコです。もちろんお腹が。ぐぅ……」

 

ホテルの廊下を歩きながら自分のお腹をくるくると擦り、凪は口でお腹が鳴る音を表現する。

 

「ふふふ……悪魔の僕と契約する?」

 

凪が何を言いたいのかよく分からなかったが、小悪魔と言われた詩緒は便乗して悪魔との契約をしないかと凪に持ちかけた。まったく条件も願いも分からずにノリで即興劇みたいなことを始めてしまうところは詩緒と凪らしくある。

 

「しゅ、しゅる~」

 

気が抜けるような二つ返事での契約完了に詩緒は苦笑するのも束の間、まさかの契約内容を告げられて絶句する。

 

「さて今しがた契約したことは、ふむ……『凪はお腹を空かせています。食べたいだけ食べますが、多分食べきれないので残ったものは全て小悪魔詩緒が食べることとします。』……契約完了ですね」

 

「待って、聞いてない聞いてない」

 

「聞かれていないので」

 

「なーちゃんが小悪魔どころか大悪魔だった!?」

 

二人のおふざけ契約が本契約として結ばれそうになっているのを呆れて見ていた颯は、彼らのやり取りを無視しつつエレベーターのボタンを押す。

途中で止まることなく上昇してきたエレベーターが扉を開けて彼らを迎え入れる。

 

「料理全種類いっときますか」

 

乗り込んだエレベーターの中で凪が宣言する。

 

「二人でも食べきれない量だ。絶対」

 

「朝はオムレツが焼きたてですよ」

 

「そのオムレツ意外と重いよ。ちゃんと食べ切れる量にしてね?」

 

「料理が残ったら唯一男の娘の悪魔であるウタちゃんが食べるんですよ? ほぼ女子ですけど」

 

「もー、分かったよ……。絶対食べ切れる量にしてよね」

 

結局、詩緒が押し切られる形で理不尽な内容の契約が完了しており、凪は彼に見えないようガッツポーズをしていた。

詩緒は少し肩を落としながら、それにしても男の娘の悪魔って弱そうだなと思った。

 

二人の会話を黙って聞いていたメンバーだったが、ここでりあむが先手を打つ。

 

「ぼくは手伝わないからね」

 

こういう時のりあむは薄情である。

彼女自身も少食ゆえ、できないことはできないと言うに越したことはない。

 

「自分も朝はあんまり入らないんだよね」

 

あきらもやんわりとお手伝いをお断り。

 

「ウタちゃんごめんね? いざとなったら僕ちゃんがなんとかするから大丈夫だよ」

 

ちとせは病弱なため言わずもがなであるが、任された千夜にはしっかりと流れ弾が当たり、いつものように瞑目した。ちなみに千夜はちとせお嬢さまが残した分も食べているので、見た目よりもかなり食べることができる。

 

「ウタちゃん! 私もペコペコだから、いざとなったら任せるんご!」

 

農家出身で早寝早起きのあかりは毎度頼りになる。

 

「あかりちゃん、千夜さん、ありがとう!」

 

お礼を言うとニコニコと嬉しそうにするあかりと、やれやれといった態度を取りつつも詩緒に頼られることは満更でもない様子の千夜。その反応だけで心強い。

 

「本当にいざとなればはーも手伝うけど、そんなに警戒しなくてもいーよ。なーも適当に言ってるだけだし」

 

颯も詩緒の重荷を解く。

凪への理解度が段違いな彼女だからこそ説得力があり、詩緒はその話を聞いて安堵した。

 

チンと音を立てて目的階へ到着したエレベーターの扉が開く。

彼女たちはそこから降りて少し歩くとすぐに目的地へと到着した。

 

広々とした空間で、団体客も想定された大きめのテーブル席がいくつか置いてあり、向かい合うような形で全員が座る。

 

「さぁ、悪魔のウタちゃん行きますよ」

 

着席もそこそこに、凪の誘いで詩緒が席を立つ。

お手柔らかに、と言いつつも豪華な朝の食卓が約束された美味しそうな料理たちを前にして、ワクワクを隠し切れずにいる。

 

先に動いた二人に付いて行く形で、他のメンバーも移動を始めた。

いつの間にかあきらは配信をしているようで、彼らの様子を後ろから捉えている。

 

『お、また始まった』

 

あっという間に視聴者が一万人を超えて、コメントもどんどん流れていく。

 

「今は朝ご飯食べに来たところデス」

 

『おいしそう』

『いいなぁ!』

 

朝からビュッフェで、豪華な朝食を羨むコメントが多い。

 

「さぁ、詩緒よ。お皿を前に……」

 

「はいっ!」

 

勇者を導くような声音で、凪が厳かに指示を出す。

詩緒は元気に返事をするが、これでは勇者ではなく見習い神官のようである。

良い返事です、と感想を述べた後、ササッ、ササッとわざわざ口に出しながら機敏な動きで詩緒の皿にもりもりと料理を盛っていく。

 

『盛りすぎだろw』

『残しちゃダメだよ~』

 

配信にもバッチリ映っており、これを残しでもしたら炎上確定だと言わんばかりに視聴者もハラハラとした様子だ。

 

「凪様! もう無理です! 二人じゃ食べきれません! 絶対残しちゃいます! 凪様!」

 

詩緒は多少の演技も入ってはいるのだろうが、凪の遠慮ない料理の盛り方に割と本気で焦っていた。

皿を引きたいが、あんまり動かしすぎると盛り付けられた料理が落ちてしまうかもしれないと考えが過って避けるような動きはできない。

 

「信じるのです……」

 

対照的に落ち着いている様子の凪は、ビュッフェで皿に料理を盛りつけるという行為を媒介することで、全て食べるのだから問題ないという謎の全能感すら覚えていた。

 

『何を信じるんだよ』

 

「自分の胃袋を……」

 

『神じゃないんかい』

『それを信じられないウタちゃんが必死こいて懇願してますけど』

『ここまでパニくってる詩緒くん珍しいな』

 

「なーちゃん、もう盛らないで! はーちゃん! 本当に無理! 助けて!」

 

詩緒が終に音を上げているものの、凪は跳ねるようにして彼を先導する。

 

「焼きたてのパンとオムレツも行きましょう」

 

と言い出す始末でいよいよ止まらなそうに見えた凪だったが、詩緒の頼みとあらば颯が必死に説得、もとい説教をして凪の昂りもそっと凪いだ。

 

『颯の説教始まった』

『じつは説教してる側が妹なんだぜ』

『ついでにウタちゃんも怒られてて草』

 

眉間に皺を寄せて口をへの字にした凪と、今朝の服選びとはうってかわって肩を落とした詩緒がテーブルに戻ると、テーブル番をしていたちとせが皿いっぱいに乗った料理を見て怪訝そうに口を開いた。

 

「ちょっとウタちゃん、成長期だからって盛りすぎじゃない?」

 

お皿は詩緒が持ってきたが、凪に勝手に料理を盛られたため、ちとせにやんわりと注意されることに納得できない。しかしながら、断れなかった自分に大いに反省していることもあり、反論ができない彼は目尻に涙を浮かべながらいつになくぼそぼそと言い訳する。

 

「なーちゃんがいっぱい盛ってしまいまして……」

 

「あれって冗談じゃなかったんだ?」

 

常識の範疇でビュッフェに挑むだろうと思っていたちとせの想定を裏切って、朝食にしては育ち盛りのスポーツマンさながらの量が盛られた皿を改めて確認すると、両手の平を上に向けて軽く肩を竦めて、すぐにスマホへ視線を落とす。

 

「さあ、ウタちゃんどうぞ召し上がってください。凪からのレクイエムです」

 

勝手に天国へと召されたらしい詩緒へ鎮魂歌を捧げるかのごとく、彼女はお箸をスッと彼の前に置いた。

 

彼が捨てられた小動物みたいな顔を凪に向けると変顔が返ってきたので、口角が上がるのを抑えて箸を取った。

 

「……いただきます」

 

適当に盛られた料理をお箸で摘まみ、小さな口に入れて咀嚼する。

瞬間、どんよりとした空気が嘘のように、パッと詩緒にスポットライトが当たったような明るさを取り戻した。

 

「美味しい! なーちゃんも食べてみて!」

 

「ほう、ウタちゃんのアイドルとしての尊厳が回復しましたか。凪もぜひいただきましょう。あーん」

 

詩緒の変わりように凪も普通にお腹が空いてきたのだが、面倒くさいのか、彼女なりのスキンシップなのか、食べさせてもらう構えだ。

 

「えー、自分で食べたら?」

 

詩緒はしばらく半目で彼女と睨み合ったが、凪がやっぱり変顔を返してくるので、ふすっ! と口から思わず空気の塊が漏れてしまって、観念したように凪に料理を食べさせる。

 

小さな一口を食べさせると彼女は口に手を当てて咀嚼し、敵対的な表情から仲間になりたそうな雰囲気へと変わった。

ごくりと喉が鳴ると、先程よりも大きく口が開く。

 

「美味しいよね」

 

「早よ」

 

感想を聞いたのに、たった二文字で急かされた詩緒は「兄妹じゃないんだけど……」と困ったように笑って、せっせと彼女の口に料理を運んだ。

 

「兄妹じゃなくて姉妹ですから」

 

「いやいや、僕は男子ですから」

 

「いやいや、あなたは妹です」

 

「え、僕が妹なの?」

 

詩緒は腑に落ちない様子だったが、自由に振る舞う姉と思えば少しばかりからかってやろうという気持ちも沸いてくる。

凪ほどではないが同じように自由な姉がいるため扱いには長けていた。

 

「凪お姉ちゃん、美味しい?」

 

「よきにはからえ」

 

お姫様気分で咀嚼する。

 

「はい次。口開けてー」

 

まだ前の一口を飲み込んでいないのに、詩緒が次から次へと口元へ押し付けてくる。

 

「おぁ……ふぁぃ……」

 

口いっぱいに料理を詰められた凪は、まずいことになったと思った。別に食事の感想ではない。目の前の妹相手に抗えないほどの圧を感じることだ。

 

一方でちとせは、その様子を微笑ましく窺っていたが、生温かい眼差しで微笑みを浮かべる彼を瞳に映した時、脳が揺さぶられるような魅惑を感じていた。

 

「うわぁ……」

 

無意識に漏れ出た感嘆の溜息。

明確に攻撃的な意思を持つタイミングが極々稀にあるが、その切り替わりの瞬間が見れたことにちとせは感動していた。

ちとせ自身にはあまり向けてくれないそのギャップを、目の前で観測できた凪に少し妬いてしまうほどだ。

 

「何これ、どういう状況?」

 

丁度戻ってきたあきらたちが困惑気味に尋ねたが、詩緒の表情を見て得心がいったようだ。

我々は無関係とばかりにそれぞれの席に戻る。

 

『ウタちゃん、悪い顔してるねぇ……』

『悪い顔というか、恍惚な表情というか』

『マジでどういう状況だよ』

 

「本邦初公開、#攻撃的なウタチャン これはSSR。みんなリアルタイムで見れてラッキーだね」

 

「ラッキーかはともかく、確かに滅多に見れないんご」

 

ファンの中でも一握りしか見たことがない詩緒の姿に、配信がざわつく。

 

「前はりあむちゃんがやられてなかったっけ? ほら、だいぶ前にストレッチで全体重乗せられてたじゃん」

 

「まあ、そんなこともあったね。キツいのに気持ちよかった思い出。ていうか、ぼくも食べさせてほしいんだけど」

 

朝食時から変な性癖やら、己の欲に忠実な願いを聞かされて、あきらとあかりはうんざりした様子だ。

颯は何も聞かなかったかのようにスルーして千夜に尋ねる。

 

「ところで、どうしたらウタちゃんのこのモード終わるんだっけ?」

 

「力づく……は論外なので、詩緒くんが満足するまで待てばいいと思います」

 

誰もさらさら助ける気はない模様。

凪は皆からの支援を期待できないと感じ、詩緒に頭を下げて謝ることにした。

 

「凪お姉ちゃん、また残すの? しょうがないなぁ、あとは食べてあげるからそんな悲しい顔しないで」

 

満足したのか詩緒の手が止まり、ようやく解放されたと安堵する。

彼には傍若無人な姉属性を徹底的にいじめる素質がある。

まるで最強に対する特効みたいだと凪は思ったが、一気にご飯を詰め込まれ過ぎて話す気力がなくなったので、思うだけにしておいた。

 

『お姉ちゃん……?』

『本当に何してたのこの子たちは』

 

攻撃的な詩緒やその前後の文脈が全く分からないリスナーは困惑しつつも、この場の雰囲気を楽しめていることに気が付いたあきらも安堵した。変な炎上をさせられないかヒヤヒヤしていたが、どうやら杞憂に終わったらしい。

 

当の詩緒は満足したものの、未だにスイッチをオフにしていないようで、凪の食事の手伝いを虎視眈々と狙っている。

 

「まだいっぱいあるからね?」

 

「あ、はい。いただきます」

 

圧力に屈して凪は素直に詩緒とは敵対しない道を選ぶ。

目尻に涙を浮かべていたことを本当の妹である颯だけは気付いていた。

 




相当お久しぶりです。
最近、創作熱を取り戻したので仕事終わってからたまーに書いてます。
文字数少なくなるかもですが、更新頻度上げていけるよう頑張りますので、次回もよろしくお願いします。
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