やはりTS転生した僕は奉仕部の一員にはなれない。 作:だるがぬ
9話が最終話で、八幡視点の蛇足が1話2話ある予定です。
前回、ここすき多くて超嬉しかったです。
僕がみっともなく目を腫らした翌日。
賢い方はこの疑問にお気づきの事であろう。
──結局、生徒会選挙どうすんの?
落ち着け。まだ慌てるような時間じゃない。
とはいえ今日は水曜日で立候補日は来週の月曜。とっくに一週間を切っている。いやーやっぱ慌てる時間じゃないかな、これ。
だが、やるべきことは既に決まっている。
雪ノ下さんや由比ヶ浜さんを生徒会長にはしたくない。それは奉仕部の崩壊を意味してしまう。
もしかしたら、三人が生徒会に移行して、奉仕部と似た活動を続けていく可能性もあるのだろう。しかしそこには数人の不純物が混ざっていて、僕が憧れた純真な奉仕部とは違う気がする。それが一色さんだけなら、まだよかったのだが。
それよりも何よりも、比企谷君の事をどうしたものか。放課後のいま、既に彼の姿はここにない。部活を休む旨を由比ヶ浜さんに素っ気なく伝えると、すぐに教室を出ていってしまった。
教室の隅、ベストポジションにて色々と思案を巡らせる。すると僕の立ち位置とは真逆、一番目だつ教室の一角にて女子達の声が聞こえてきた。
「あ、あーし屋上使いたい」
「それだっ!」
由比ヶ浜さんが三浦さんに指を指すと、ガリガリとノートに書き込んでいく。
おそらくは、選挙の公約だろうか。
海老名さんも乗っかって喋りだす。
「図書室に同人誌置いてほしい!」
無茶言うな。海老名さんが僕の方へ視線をやる。目が合ってしまった。見つかった(逃走中風)。
僕に向けて右手を掲げ、ビシッとサムズアップしてくる。そのまま溶鉱炉に沈んでもらっていい? 次回作で別個体になって出てきそうだからやっぱいいや。
「海老名、擬態」
三浦さんに軽く頭をはたかれていた。悪・即・斬。よし、悪は滅びた……。僕もついでに滅ぼされそうなのは気のせいですかね。
「他には……私服登校、とか」
視線に気付いたのか、それとも意識されていたのか。由比ヶ浜さんは僕の方をチラチラと見て、軽く胸元で拳を握った。心なしか、スカートを履いた足を見られているような気もする。
なぜかその視線が、面映ゆくてむず痒かった。
私服かぁ。そういえば私服でスカート履いたことないな。比企谷君の家に行ったときは裾の広いズボンだったし。オシャレに疎いから名称がわからない。……ボンタン? だとしたら時代遅れすぎてむしろ最先端まであるな。僕マジ時代の寵児。
そんな妄言を繰り広げている間にも、由比ヶ浜さんはあれでもないこれでもないと呟きながらノートを埋めていく。
やはり僕も、選挙に向けて動かなければ。
一人だけ、会長候補に心当たりがあった。
× × ×
放課後のグラウンドは、暑苦しい運動部のかけ声が響く。しかし、冬ということもあってかいまいち元気がない。進学校だから部活に力が入ってないことも関係してるのだろうか。
だらだらとマーカー間のダッシュを繰り返すサッカー部の部員に指示を出す者がいた。
「もっと声出せー! あと十本!」
そんな叱咤は普通なら疎まれるものであろう。だが、本人の人望があってか部員達は先程よりもやる気が漲り大きく声を張り上げていた。
ちなみに、こういう張り切った空気になると日陰者が炙り出されたりする。小学校の体育でのドッジボールとかが顕著な例だ。偶然ボール取ったときに外野から応援してくるのほんとやめて欲しい。
これだから嫌なんだ。イケメンってやつぁ。
「……おっと。戸部、少し任せていいか」
「え、お、おう!」
彼はこちらに気付くと、戸部君にその場を任せて近付いてくる。てかあんまり気にしてなかったけど、もしかして戸部君って副部長だったりする? まあどっちでもいいか。戸部君だし。
「やぁ」
まるで親しい友人に会ったかのように右手を上げて、人懐っこい笑みを浮かべるサッカー部の部長──葉山隼人君。用があったが、わざわざ呼ぶのは躊躇していたのである意味助かった。
「……どうも」
先日の事があっても何も変わらない微笑は、空恐ろしさすら感じさせる。浮かべる表情は違えど、その仮面は陽乃さんを想起させた。
「何か用かな?」
「選挙のことでちょっとね」
葉山君は選挙と聞くと、困ったような苦笑を浮かべた。その顔すら予め用意されていた物だと思ってしまうのは、邪推のしすぎだろうか。
「悪いね。やっぱり、部活があるから立候補は出来ないかな」
彼は早とちりしたのか、先に結論付けて断ってくる。だが、それを言いに来た訳ではない。
「いや、それとは別の……頼み事があるんだ」
頼みと口にするのが憚られて、言い淀んでしまう。葉山君は少し驚いたように目を開いたが、それから破顔して嬉しそうに頷いた。
「俺にできることなら何でもするよ。君には、借りがあるからね」
ん? 今なんでもって……とか言い出すのは海老名さんだけでいい。いま真面目な話してるから。ちょっと、脳内で暴れないで。
目の前の葉山君に怪訝な表情をされたので、咳払いをしつつ話を戻す。
「貸しを作ったつもりはないよ。でも」
「でも?」
そこで打ち切って、気合いを入れた。今までの僕ならこんなことを言わなかったと思うから。お子様の僕のままではきっと何も出来やしない。
「使えるものは、全部使う」
だから利用する。負い目があるというならそれすらも全部。彼のために。彼女らのために。その為ならいくら狡猾と蔑まれようが構わない。
葉山君はそれを聞くと、ポツリと寂しげに呟いた。
「君は少し、あの人に似てきたな」
誰と似ているのか、言及しないのはきっとわざとだろう。葉山君も比企谷君も、彼らの間ではそんな問いかけの体をなさないやり取りが常だった。
質問しても軽く流されてしまいそうで、聞くだけ無駄なのだろうと判断する。
ため息を一つ吐いた。探り合いのようなやり取りはどうにも不得手だ。僕には向いてない。
「それで、やって欲しいことなんだけど──」
感傷は無視して、話を進めることにした。
葉山君は時折頷いて話を聞いていたが、全て聞き終えると、こちらを探るように質問してきた。
「なるほど。俺に頼んだ理由もわかったけど、これは君の案なのかい?」
「うん。後で話すけど、まだみんな知らないよ。……雪ノ下さんもね」
回りくどいのはやめて、彼が聞きたいであろう答えを告げる。
まだ彼女らには話していない。少しでも急いだ結果だ。彼の言質を取れればすぐにでも話すつもりでいる。
葉山君と雪ノ下さん。どちらに先に話すかの違いでしかない。
「そうか……。それにしても、二つもあるなんてね」
葉山君は暫し瞑目して、それから困ったように笑った。
「断ってもいいよ? 強制するつもりはないし」
断られるなら仕方ない。その時は万策尽きるだけだ。我ながら他力本願にも程がある。
僕の言葉をどう受け取ったのかはわからないが、葉山君は小さく嘆息を吐いて、それから僕の目をしっかりと捉えた。
「やるよ。別にそう難しいことじゃない。……でも、いいのかい?」
その試すような物言いも、どこか既視感のあるものだった。
だが、どう確認されてもやることは変わらない。いいのかと問われればよいと答えるしかないのだが、彼が求めているのは果たしてそんな簡素な答えだろうか。
選挙に関わることか、それともその手段か。どちらの是非を問われているのかすらわからない。
悩んで、わからなくて。理由を答えることにした。感情ではなく、理由の方を。
どちらにも該当するであろう理由の方を。
「責任、取らなきゃと思って」
僕が壊した関係の責任を。
僕が暗闇へ引きずり込んだ比企谷君への責任を。
希望を取り上げた、雪ノ下さんへの責任を。
「……なるほどね」
葉山君はいつもよりも曖昧に微笑みながら片手を挙げると、練習に戻っていった。
何を理解したのかはわからない。あるいは、何も理解できないことがわかったのかもしれない。
それでもきっと同じなんだろうと思った。
彼も、僕もきっと。
果たすべき責任を果たそうとしているのだと。
× × ×
特別棟の廊下を歩く。グラウンドに寄ったのもあって陽光は既に傾いている。
彼女はまだ部室にいるだろうと思い、立ち寄ることに決めた。
部室の扉に手をかけようとして、扉に触れる前に足音に気付く。パタパタとした慌ただしいその音は後ろから聞こえてきた。
「よかった! ちよちよいた!」
由比ヶ浜さんだった。頭のお団子を左右に揺らしながら小走りで近付いてくる。ちなみに肩の下かつお腹の上の部位もしっかり揺れていたのだが、僕は紳士なのでちゃんと目を逸らした。女の体で紳士とはこれいかに。でも金田一君のとこの怪盗紳士は女性だったし……。
「気付いたら教室からいなくなってたから探しちゃったー。ってあれ? 聞いてる?」
「え、あ、ごめん。よく聞いてなかった」
僕の生返事に、由比ヶ浜さんは頬を膨らませてむくれた。その姿は一色さんのようで、しかしそこまでのあざとさは感じられない。自然体でこれだというのだから恐ろしい男性キラーだ。
由比ヶ浜さんはぷりぷりとかわいらしく怒りながら、これまたかわいらしく抗議してくる。
「ちよちよそういうとこあるよね。ヒッキーもだけど」
その台詞に、微かな疼痛を覚えた。
由比ヶ浜さんは僕の様子に気付いているのかいないのか、部室の扉を開けて入っていく。
後から続いて、その扉を未練がましく、躊躇いながら静かに閉めた。
「やっはろ~!」
「ええ、こんにちは」
雪ノ下さんは昨日と同じように窓側の席に佇んでいて、昨日と同じく僕らの影を虚ろに見つめた。
その視線を察知したのか、由比ヶ浜さんが何でもないことのように声音を保ったまま告げる。
「ヒッキー、なんか今日も休むって」
「……そう。では三人分、淹れましょうか」
雪ノ下さんが立ち上がり、普段通りに紅茶の準備を始める。胸の疼きはまだ消えず、それどころか更に大きくなり、ジクジクと体を蝕み続けている。
由比ヶ浜さんが僕に向かって楽しそうに話し掛けてきた。
「なんか優美子がさー、最近ちょー寒そうにしてるんだよね」
唐突なので少し驚いたが、何のことはない。教室内での軽い話題だった。
「三浦さん……タイツ履かないからね」
目のやり場に困るのでどうにかしてほしい。という気持ちは多分本人には伝わらないだろう。
「そうなんだよねー。絶対寒いのに寒くないって言ってるし……」
「あはは。強情だね」
乾いた笑いが溢れ出る。
「あ、でもね。最近ブーツ買ったみたいで遊びには行きたがるんだよね」
あのブーツ、結局買ったんだ……。
曖昧に笑いながら、他愛ない会話をこなす。それをやっておけばきっと痛みに鈍くなれる。
「外、出たくないなぁ。なんなら朝学校行くのもやだ」
「八千代さん。あまり怠けてばかりだとロクな人間にならないわよ」
雪ノ下さんは誰かの席に視線を向ける。だが視線も言葉も、そこから返ってくることはない。
やがて紅茶が注がれ、その良い香りが皮膜のように部屋を覆っていく。その匂いを嗅いでなお、気分が晴れることはなかった。
その違和感から逃れるように、紅茶の入った紙コップを手に持って息を吹き込む。少し経って、まだ湯気の消えないそれに口をつけた。
「それ、まだ熱いでしょう?」
雪ノ下さんが僕に柔らかく微笑みかける。確かにまだ熱いが、飲めないほどではない。舌の先が触れないように、丁寧に喉まで運んでいく。
「大丈夫だよ。僕は猫舌じゃないし」
僕は猫舌じゃない。
その自分の言葉に胃の腑が落ちて、それから焼かれるような錯覚を覚えた。
そうだ。猫舌の彼はここにいない。
部室に入るときも、入ってからも。
ここにいるべき三人目は僕ではないのだと、そう知っていてなお平然と室内に居座る自分に吐き気を催した。
こんなものは結局、おためごかしに過ぎないのだ。
醜悪な自分の首を真綿で絞めるように、ゆっくりと言葉を口にする。
「選挙のことで、相談があるんだけど」
雪ノ下さんも由比ヶ浜さんも、僕の言葉に困ったような笑みを浮かべるばかりだった。
何を言われるかと思うと途端に恐ろしくなって、矢継ぎ早に続きを口にする。
「会長やってくれそうな人に心当たりがあって。そしたら由比ヶ浜さんも雪ノ下さんも、立候補せずに済む、から……」
文末がどんどん萎んでいく。葉山君にあんな啖呵を切っておいて、何と情けないことか。
スカートの上で強張る僕の拳に由比ヶ浜さんがそっと手を被せた。少し気が和らいだような、さらに緊張したような。わからなくなってそちらを見る。
「うん。あたしはそれいいと思う」
由比ヶ浜さんは、僕から手を離して、少し照れたようにはにかんだ。
やっぱりむず痒くなって、目を逸らした。
「その人なら、一色さんに勝てるの?」
雪ノ下さんは、伺うようにこちらを見てくる。そこに、存在していたはずの隠れた辛辣さはもうない。ただ純粋に、その案の可否を問うていた。
「うん。まあ一色さんに勝つってのは微妙な表現だけど……」
まあ勝つというか打ち勝つというか。ぶっちゃけ勝つより克つというか。そんな感じだ。
雪ノ下さんは寂しそうに微笑んで、それから口を開いた。
「話を聞くわ」
「……ほんとに、いいの?」
その疑問には、精一杯の含みを入れたつもりだった。これが雪ノ下さんへの、僕からの最後通牒だというように。
雪ノ下さんにまだ、立候補の意思があるのか。これが最後の確認になってしまうのだろう。
もう、残された時間は少ない。
「ええ。だって……ちょっとやそっとで変わるものではないのでしょう? なら、それを探すことにするわ」
雪ノ下さんは、そう言って彼女らしい微笑みを見せた。僕の借り物の言葉が、どう届いたのかはわからない。幾重にもベールに包まれたその言葉の真意は図りかねる。
ただそれでも、停滞ではないのだろうと思うとほんの少しだけ楽になった。
「じゃあ、聞いてくれる?」
彼女の決意を反故にしてしまったのならば、僕がその責めを負うべきだろう。
彼ではなく、僕が。その責を果たすべきだろう。
「ええ」
「うん!」
僕の言葉に、一人は静かに、一人は勢いよく頷いた。
やがてその姿を見れなくなってしまうのだろうと思うと、胸のうちに寂寥が芽生え、それから希望が生まれた。
僕がいなくとも。きっと君達なら大丈夫だろうと。
少し感慨に浸った後、鞄から用紙を取り出す。
それを見た彼女らの体に緊張が走ったのがわかった。でも安心して欲しい。今回はあんな手法じゃない。
回りくどい手練手管は僕の得意とする所ではない。
僕に出来ることは率直に言葉を紡ぐことだけだ。
だから、それで勝負することにした。
「応援演説の原稿を書いてみたんだ。で、これを葉山君に頼んだ。ちょっと読んでみて」
言葉しか取り柄がないから、言葉で挑む。
僕の言葉を皮切りに、彼女達がパラパラと原稿を捲る。なんだか緊張するな……。材木座君もこんな気持ちだったのだろうか。いやでもジャンル違うし……。
雪ノ下さんがいち早く目を通して、それから難しそうな顔でこめかみに手を当てた。
「悪くない……というより思ったより出来は良いのだけど。少し、公約以外の記述が多くないかしら」
対する由比ヶ浜さんはまだ全部は読みきれず、一文ずつ拾い上げて読んでいるようだった。
ほえーっと感心したように息を漏らすと、頬を染め、目を輝かせながら感想を述べる。
「でも、なんかめっちゃ良いこと書いてあるよ? ほらここなんか『俺が信じたこの人を信じてください』だって!」
そうだ。随所にそのような、イケメンにしか許されないクサイ台詞を入れ込んである。
公約4:台詞6ぐらいの比率。
ぶっちゃけ、耳障りのいい言葉の大半は本やアニメのパクリである。
カミナさん聞こえますか? 僕達から貴方への鎮魂歌です。
「さすがにそれは選挙とは関係ないのでは……」
雪ノ下さんが視線で僕に疑問をぶつけた。
いやいや、これが大有りなのだ。
これを葉山君に言わせるとどうなるか、想像してみて欲しい。
先程のサッカー部内でさえあの影響力なのだ。あれが全校生徒に波紋する訳で。
大衆は、強い者に従って右に倣う生き物だ。
それを動かすのに、彼ほどの適任はいないだろう。
全く、イケメンってのは本当に憎らしい。
「高校の生徒会選挙なんて結局は人気投票でしょ? だから一番人気の高い人から、演説でその人気を丸々借りる!」
いっそ清々しいほどの借りパク宣言である。昔、僕が誰かに貸したファイヤーエンブレムのソフトが中古ゲームショップに並んでいたのを思い出した。
まずい! ファイアーエムブレム警察がSWATバリに突入してくるぞ!
僕の言葉に雪ノ下さんは呆れたのか、目眩を抑えるように頭に手を当てて目を瞑った。
「無駄に有用性があるから否定しきれないのよね……そういう意味ではこの案もたちが悪いわ……」
比企谷君に影響されたことは否定できない。きっとそれは数年にも渡って染み付いていて、簡単に変えられるものじゃない。しかし、今回はそれが全てではない。僕の矜持も混ぜ混んである。
言うなれば彼と僕のブレンドSだ。ちなみにSは作戦のS。英語にしてもSだから間違いないな。
由比ヶ浜さんはやっと原稿との格闘を終えたようで、うんうんと唸りながら口を開く。
「あたし、何か出来るかな……」
「いやいや、由比ヶ浜さんはかなり重要だよ。もちろん雪ノ下さんもね」
不安そうな由比ヶ浜さんに僕は太鼓判を押すように答える。その言葉で何をして欲しいのか察したようで、雪ノ下さんはこくんと頷いた。呆れ顔は変わらなかったが。
「私達で推敲して校了まで持っていく、ということでいいかしら」
少し大袈裟な気もするが、要点は抑えている。
「うん。雪ノ下さんには公約なんかの実務面の方を。由比ヶ浜さんには台詞の方を担当して欲しい」
「うーんなるほど~」
由比ヶ浜さんはわかってますよと言うように、大きく首肯した。
……本当に分かってくれてるかな? ちょっと不安になってきたけど……たぶん大丈夫だよね?
「それで、締め切りはいつ?」
「締め切りは……明後日!」
ブラック企業も真っ青な納品日である。
いやでもしょうがないって……もう水曜日だし。万が一断られても他の人の立候補が間に合うように金曜日には話をつけなければならない。
恨むならとっとと動かなかった僕を恨んでほしい。ん? やっぱ僕のせいじゃん。
雪ノ下さんは大きく嘆息を吐いて、それから凛とした瞳を僕に向けた。
「やるわ。私なら出来る、いえ、私がやるべきだもの」
「……ありがとう」
彼女の決意を踏みにじったのは僕だし、その責任を追うのも僕だ。だかしかし、その想いに引導を渡すのは僕でなく彼女自身の方が良いのだろう。彼女を見て、そんなことを考えた。
由比ヶ浜さんはどうかと思って視線を向けると、彼女は嬉しそうに手を上げて、それから大きく宣言した。
「あたしもやる! だって……この部活、無くしたくないから」
後半の言葉は、果たして雪ノ下さんにも聞こえていただろうか。
これがうまくいけば、この部活はきっと無くならないだろう。
だがしかし、入れ物の箱だけでは意味はない。
何せ構成する要素が一つ欠けている。
チラリと二人に気付かれないように、廊下側の椅子を見た。当たり前だがそこには誰もいない。
今ごろは二人を生徒会長にしないために奔走しているのだろう。
その条件はクリアできる。
だけれども、そこに彼がいなければ意味はない。
僕なんかがいても意味がない。
僕の責任は、まだそこに残っている。
× × ×
二人に別れと今後の予定を告げて、学校を後にする。
そうして一人で家までの道のりを歩いていく。
きっとこれからは、一人での帰宅がデフォルトになるのだろう。
彼にも彼女にも言っていない、もう一つの葉山君への頼み事。それが果たされてしまえば、三人と帰ることもなくなるのだろう。そんな頼み事をしていた。
彼らの空間を守りつつ、僕が手を引くために。
手を引きつつも、最低限の責任が取れる位置にいるために。完全に関わりを失ってしまわないために。
なんて矛盾した願いなのだろう。なんて露悪的で自己中心的で、最低の願いなのだろう。
道々にある街路樹は既に枯れていて、冬を全身で表現していた。
僕の灰をばらまいて枯れ木に花を咲かせよう。
もう一つの原稿を片手に、そう心に誓った。
感想、ここすきなどをめちゃくちゃ待ってます。