転生したドン・キホーテが真の騎士になるそうです 作:シデ・ハメーテ・ベネンヘーリ
「困ったな、これは想定外だ」
全能のソロモン。
神の祝福を全身に受け、自らを願望機とした魔術王は目の前の騎士……あらざるものに淡々と感想を述べる。
「バーサーカーのマスター、ロード・エルメロイの死亡。ライダーとセイバーの相討ちを達成しつつ、ゆっくりと根回しして愉悦を感じるようになったコトミネがトオサカを殺め……結果的に勝利が転がり込むようにしたかったんだ」
「……あぁ、私も想定外だよ。まさか」
妖精騎士ランスロット、本来有り得ぬような存在が"ライダーとセイバーの首"を持ってきたのだ。無論その場に首などあるはずもない。
だが、この女の雰囲気は確実に違う。
いや、それどころか……一般人であるはずだった傍らのマスターも明らかに異貌だ。普通の容貌でありながらも、その目は只者ではない。
「言峰と約束したんだ。私とマスターが最低限度勝てるように手回しをするようにと。愉悦……は知らないけど、ボクは無事に殺すことができた。ううん、勿論これが成功したのはボクに賛成してくれたマスターのおかげだけどね」
顔をわずかに赤らめながらも、殺意を隠しきれていない顔でランスロットはそう言った。
「どこから分かっていた?」
「なにを?」
マリスビリーがランスロットに問う。
分かっているはずなどなかった。ソロモンとマリスビリーの策は完璧であり、バレるはずなどないのだ。
だが今回彼らは理解していた。
この聖杯戦争で、とんでもない確率……それこそ宇宙にビックバンが起こり地球が生まれ、更に地球で生命が生まれることがもう一度起こるような天文学的確率があったのだと。
「我々が影のフィクサーだと、どこで気づいた?」
「最初から。変な匂いを感じたんだ、濃い神秘の匂い―――大昔に嗅いだことのあるけど、あまり好きじゃない匂いだったから」
マリスビリーは目を伏せ、溜め息を吐く。
本能的直感でバレたのだ。マリスビリーが最大限度の努力と血を滲むような計画が、あっさりと。
少なくとも……その名前に表じられているランスロットという名前通りの人間ではない。マリスビリーは薄らと、ソロモンははっきりと気づいていた。
「マリスビリー、私も可能な限り……すべての宝具を使ってでも勝利したいとは思っている。だけどこの目の前のサーヴァント―――いや、正確には神霊と同等のこの存在と戦って十割勝てる保証はない」
ソロモンは分析する。
相手のマスターは黙ったままだ。不気味なまでに。
「……」
マリスビリーは絶望以前に、もはや言葉すら出せない。
当然だ、あのソロモン王がここまで言うのだ。ならばマリスビリーにとって出来ることは一つだった。
「そこのマスターの要求を聞こう。何を願う?大半の願いならば叶えてみせよう……金か、権力か?私には成さなければならない大義があるんだ。些細事ならばすぐにでも叶え―――」
「自らのサーヴァントの受肉と"私"の戸籍と最低限文化的な生活を生き抜ける金銭支援。それと」
「……」
「あなたの大義とやらに付き合わせてもらいたい」
端的に目の前のマスターはそう述べた。
マリスビリーにとって、はらわたの煮えくり返る言葉の数々である。
サーヴァントの受肉、戸籍と金銭支援。
あぁ、本来ならそれらも蹴り捨ててすぐにでも殺して聖杯を手に入れてやりたい。マリスビリーが異常者でも蛮人なのでもなく、こういった手合をそのままにしておけば計画にほころびがでかねないゆえになるべくサーヴァントは皆殺しにしたいのだ。
だが、それ以前に大義に付き合いたいという言葉。
マリスビリーにとってそれは最大限の怒りでもあると同時に――――――眼の前の男を自身の駒にできる最大の利点があった。
「受肉は―――現状として不可能だ。まずキミのサーヴァントは著しく性能が高い、受肉するということはキミとの契約を破棄するということ。つまり……つまり、簡単に言えば世界のすべてを滅ぼしかねない」
マリスビリーにとって、この目の前の女はソロモン王かそれ以上に恐ろしい存在である。
いくらソロモン王とてサーヴァントの身。今は両者不完全なおかげで辛うじて取引材料にできるほどには太刀打ちできるが、本来このようなモノは聖杯戦争に降り立つべきではないのだから。
「私の計画の成果を応用していけば限定的な受肉と……いずれ永続的な受肉も行えるようになる」
もっとも、マリスビリーにとっては冗談にしか思えない。
その気になれば単独顕現でもしそうなのだ。わざと人の身に窶しているのか?このマスターもそれを知らないのか、はたまた知った上なのか。
「聖杯は全マスターかサーヴァントを倒さなければ願いを果たすことができない。現状……残っているのは私と君だけだ。かといってキミのサーヴァントを殺さなければ聖杯戦争は終わらない―――最低でも一騎のサーヴァントを超える魔力を入れなければ」
そういってマリスビリーは頭にある限りの魔術理論を構築していく。不可能に近いやり方だ。聖杯戦争は今回が初めてだが、ある程度の理論は確立されている。今やろうとしていることは規定されたシステムを改造する行為……つまりチートにほかならない。
「うん、たしかにボクは今のままだとサーヴァント。マスターとボクの魔力九割だとちょっと足りないね」
「君と私の魔力を死に消える寸前まで注いだとしても五分五分だ。ともあれど大聖杯を騙すなんで前代未聞だよ、マリスビリー」
二人のサーヴァントがそう口にした。
やはり殺し合うしかないのか、マリスビリーがそうよぎった刹那。声が響く。
「聖杯へは私が行こう」
キハノはこの数日間、ある程度混迷する記憶を整理して自分のことがわかっていた。
まず、自らは百年戦争期の騎士であったこと。
何らかの原因で死に絶え、謎のマッドサイエンティストに無理やり蘇生させられて現代に生きているということ。
自らがまだ何者なのかうまく分かりきってはいない。
だが、キハノの心根にはあるものがあった。
それは嘘を真実として見る能力。
妄想、虚飾、虚像、仮初、嘘言。
そういったたぐいのものは人であれば誰しも持つ。
だが、キハノは……その体の■■■■■■の虚実は、虚実を真実にまでしてしまえた。
誰もが虚実だとあざ笑っても、その中で虚実を信じ続けた先に、それを真実にした。あぁ、本来の人にはありえぬ……だが、それでも。
大聖杯。
既に五騎のサーヴァントが集まっているおかげなのか、魔力の奔流が激しくうずまき、そこに触れさえすれば飲み込まれてしまうだろう。
「……ここで君が死ねば私が優勝するだけのことだ。止めはしない」
マリスビリーは冷たくそう言い放つ。
当然だ。どの魔術理論でも……奇跡に近い不確定事項がなければ聖杯を騙し、願望機とすることなど不可能なのだ。
「だが、最後に聞いていいか。名もなきマスターよ、なぜ君はそこまでして願いを叶えようとする」
キハノは、立ち止まり振り返る。
その顔は微笑んでいた。
「自らのために手を穢させてしまった友人を見捨てるくらいなら死んだほうがマシだ。 それに―――キミの大義にも興味があるんだ」
「マスター、ボクも一緒に行くよ。騎士として、友人として当然だからね」
キハノが一歩を踏み出す。
魔力の奔流が肌を焼く。だが、右手を確かにランスロットが暖かく繋いでいた。
「マスター、瞼を閉じて。君の成したいことだけ考えて?」
「……」
キハノは目を……瞼を閉じる。
あぁ、そうだ。この感覚は、懐かしい。脳髄からそそり上がる髄液が体中へ巡り通り、世界自体が組み替えられる。長らく忘れていた感覚。
キハノは………否、この名前は今でこそ無粋というべきであろう。
これよりは喜劇の開演。
巨人風車と獅子に無謀にも立ち向かい、偉大なる騎士として名を残した男の物語。
此度の演目は聖杯を自らの力で満たすこと。
矮小な人はおろか、大英雄でさえも成し遂げられないそれを、男は――――ドン・キホーテ卿はこれより成し遂げんとする!
さぁ、進むのだ、ドン・キホーテ卿。
長き眠りは終わり、貴殿の騎士道は再び伸びんとするであろう。狂気ではなく―――自らの意思に於いて!
にかりと笑う。
それでこそ騎士である、それでこそ勝利の騎士である!
「名もなき憂いの騎士ドン・キホーテ。これより聖杯へ向かわせていただこう!!」
「妖精騎士ランスロット、ささやかながらドン・キホーテ卿のエスクワイアを務めさせていただくね」
そして、二人は聖杯の奔流へと消えていく。
嘘か真か……再び、物語は始まることであろう。
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