一応これで連載完結扱いにします。
「新戸さん」
「……うっす」
その日、新戸は正座で説教を受けていた。
誰の手にも負えない鬼殺隊最凶を御せるのは、この世でただ一人しかいない。
煉獄家を支える、先代炎柱の正妻たる煉獄瑠火である。
「鬼といえど、あなたは立派な鬼殺隊士。お館様も期待しているのですから、相応の態度で応えねばなりません。親友として気の置けない間柄としてもです。親しき中にも礼儀あり……先人の教えを無下にしてはいけないことは、あなたが一番理解しているはずです」
「……」
「返事は?」
「…………わかりました」
公開処刑中の新戸に、耀哉は満面の笑みを浮かべている。
それを見た甘露寺は「お館様、とってもスッキリした笑顔だわ!!」とキュンキュンした。
やはり新戸の独断行動には手を焼いていたようだ。
「さすがお前の母ちゃんだな……」
「新戸は母上にだけは頭が上がらないからな!」
感嘆とする宇髄に、杏寿郎は自信満々に胸を張る。
結果的には鬼殺隊の益で無惨達の損となったが、それでも過程だけで言えばやりたい放題かつメチャクチャで、何度も肝を冷やすことがあった。あまりの破天荒さに、親交のある槇寿郎ですら「あんな奴、誰の手にも負えんわ!!」「質の悪さはおそらく鬼舞辻以上だ!!」と自棄酒になったくらいだ。
そこで瑠火が重い腰を上げ、新戸に物申したのだ。新戸はどういう訳か母親という存在には少し弱く、あまねや琴葉、葵枝には言い回しも態度も柔らかい。特に瑠火に対しては特別な感情を抱いているのか、決して病んでるわけではないが、彼女の悪口を言おうものなら誰だろうと本気で殺しにくる程に想いが強い。
つまり、新戸の弱点といえる弱点は、瑠火なのだ。
「あんの野郎、俺が瑠火さんにだけは下手に出るってことわかって……」
「新戸さん、聞いてますか?」
「はい」
愚痴る新戸に、瑠火はピシャリと容赦なく一刀両断した。
これ以上逆らうマネすると死ぬ――そう察したのだ。判断が早い。
「これ以上お館様に迷惑をかけるなら、私も相応の罰を下しますので、そのつもりで」
「……はい」
「本当ですからね?」
「わかってるって、ホントに!!」
新戸は声を荒げると、深い深い溜め息を吐いた。
一連の流れを見守っていた獪岳は、尊敬する師範に声を掛けた。
「師範、あんなにコケにされてていいんですか……!?」
「やめておけ、お前がどう頑張っても勝てる相手じゃねェ。あの人に挑むなら頸斬られても尻拭かねェからな。俺は百回挑んで百回負けてんだ、お前なら心へし折れるじゃ済まねェぞ」
「俺の母上は上弦の鬼じゃないぞ!?」
産屋敷邸に杏寿郎の大声が木霊したのだった。
その夜、煉獄家にて。
「わっはっはっは! ついに瑠火にお灸を据えられたか」
「っせーな、俺だって別に喧嘩売ったわけじゃねェんだよ」
煉獄家の食卓にお邪魔した新戸は、槇寿郎と酒を飲み交わしていた。
一度は心を折れかけた槇寿郎だが、幸いにも新戸が医学に秀でた珠世と会い、治療を受けてもらった瑠火が回復したことで立ち直れた。現在は炎柱の位を息子に譲り、若手の育成をする育手を努めている。
「……で、例の炎柱ノ書はどうなったん? 修復はどこまで進んだ?」
「ぐっ……今、千寿郎と一緒に直しているところだ」
「お前、マジであれフザケんなよな。情報は資産であり武器でもあるんだから」
新戸の言葉にぐうの音も出ないのか、槇寿郎は無言で酒を呷る。
槇寿郎は現役時代、日の呼吸について書かれた二十一代目炎柱ノ書を読んでしまい、そこに記された〝耳飾りの剣士〟の実力と才能との圧倒的な差と、そしてその彼ですら無惨を倒し損ねたという事実に、自らの才能の限界とこれまで積み重ねた努力の無為さ、己の無力さを痛感して打ち拉がれ、ビリビリに引き裂いてしまったのだ。これにブチギレたのが他でもない新戸で、情報を重んじる彼にとって槇寿郎の行動は到底許容できるものではなかった。
一つの書物――それも結構重要な代物――を一時の感情でボロボロにしたことで、劣等感とやり場のない恨み辛みが募った炎柱と、情報の重要性を熟知するズボラ鬼で大喧嘩が勃発。互いに大技や奥義を出して煉獄家の屋敷を半壊させる程に暴れ、止めに入った杏寿郎達が次々と大怪我を負う事態になった。当然これには瑠火と耀哉も激怒し、かなり重い罰を下したのは言うまでもない。
「……それにしても、随分と若い衆が育ったな」
「貴様の見る目もあるだろう」
「てめェよりあるとは自負してるからな」
酒壺に口をつけ、直接飲んでいく新戸。
鬼殺隊は今、若い隊士達が急速に力を伸ばしている。特に竈門炭治郎とその同期はすさまじく、新戸も一目置いている。まだ柱には及ばないが、同等になるのも時間の問題だろう。
「若手がドンドンしゃしゃり出てくれた方がいい。いつまでも頭の固い奴が上にのさばってたら、組織が腐っちまう」
「遠回しに喧嘩売ってるぞ貴様」
「俺を失ったら鬼殺隊は相当弱体化するから、大丈夫だって」
下手に手を出せなくなってるからな、と余裕綽々の新戸に、槇寿郎は溜め息を吐いた。
「まあ、ギャーギャー喚かずとも戦は俺達が勝つ。下準備はしてきたんだ、あとは天命を待つのみ」
「……」
「少なくとも俺は瑠火さんの味方だ。それ以上にもそれ以下にもなる気はねェ」
満月を仰ぎながら、新戸は笑う。
鬼がはびこる夜を、終わらせるために。