ガリアの魔王と商人聖女   作:孤藤海

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ガリアの女王

一年前にシャルロットから禅譲を受けたガリアの女王イザベラは本日はユルゲン教の総本山たる大神殿を訪れていた。大神殿は小聖杯を保管するという特殊事情から、容易には近づけない場所としてセント・マルガリタ修道院を改修して設けられた。

 

まだ新しいということもあるが、汚れ一つない清潔な大神殿の中をイザベラは護衛騎士クリステルとアリスの二人だけを連れて進んでいく。そうして奥まで進むとユルゲン教では最高神とされている水の女神の像の前で一人の若い女性が跪いていた。

 

「神殿長、ご無沙汰しております」

 

そう言って、イザベラは神殿長の前で膝をついた。

 

「陛下、ただの神殿長に対して簡単に膝をつくものではありません」

 

言いながら、若き神殿長が振り返る。神殿長の外見は黒髪にあまり高くない鼻。はっきりといって、非常に地味な見た目だ。けれど、隠し切れない気品が溢れていた。

 

「申し訳ございません。ですが、ユルゲン教の大司教として収穫高を上げ、ガリアの民の命を守ってくださっている神殿長に敬意を示したとて問題にする者はいないでしょう」

 

「その言い方からすると、ユルゲン教の布教はより進んでいるということ?」

 

「ええ、この一年ほどでも、さらにユルゲン教の布教は進んでいます。年々、大隆起が進む中でガリアが持ちこたえているのはユルゲン教の祈念式のおかげだという話は広がりを見せています」

 

小聖杯のないゲルマニアの苦境はガリアの民の耳にも入るようになってきている。その一方でガリアの民は従来と変わらない生活を続けられており、生活を維持してくれているユルゲン教の祈念式の貢献度も知られるようになっている。

 

「これもすべてシャルロット様が即位中になされたことの成果です」

 

二年前、女王シャルロットはユルゲン教に対して異端だと発言したブリミル教の司教を処刑し、その司教のいた教会を破却するという強硬策を用いた。それを機に絶対権力者である女王の不興を買ったと判断されたブリミル教は更に勢力を減じることになった。一方で、その出来事は敬虔なブリミル教徒たちの反発を強めることになった。

 

すでにユルゲン教の名声は揺るぎないものになっていた。そのまま強硬姿勢を続けても、最終的にはブリミル教徒を抑え込むことができただろう。

 

けれど、シャルロットの強硬策はブリミル教の一件だけではなかった。強力な中央集権国家を作るために、中央に対して反抗的な貴族に対して改易や爵位剥奪も多用した。強権的な手法を多用するシャルロットに密かに反発を募らせる者も多かった。それを感じ取っていたシャルロットは燻る不満を解消するための手としてイザベラへの禅譲を敢行した。

 

イザベラは禅譲を受けた後、シャルロットに破却された教会の再建を支援し、改易をされた貴族の爵位を戻し、新たに扶持を与えた。けれど、それは最初からみれば、教会は再建のための資金の一部を支援したのみで、ブリミル教は勢力を減じている中で多額の費用を支出することになった。改易をされた貴族は爵位を取り戻し、生活の扶持も得られたが、領地を取り戻したわけではない。結果としてはマイナスにしかなっていない。

 

それでもイザベラが感謝されたのは、シャルロットの強権的な手法に、ある意味では慣れてしまったからだ。だから、イザベラの手法が穏健に見える。しかし、実際はトリステインなどに比べるとよほど強い措置を取っている。

 

もっとも、トリステインが酷い混乱状態に陥っていないのは、ひとえに旧アルビオンを併合することになったことが大きい。アルビオンの再興を諦め、ゲルマニアと分割しながらでもトリステインの領地とすることを決定した瞬間から、トリステインは自由が利くようになった。なにせ、アルビオンに得た領土はトリステイン本土よりも広大なのだ。大隆起で所領を失った貴族に代替地を与えることにも苦労しない。

 

トリステインはハルケギニアで唯一、大きな変革を経ずして大隆起という存亡の危機を乗り切ろうとしている。けれど、それがトリステインにとって幸せなことなのかは、正直に言ってイザベラにはわからない。

 

ガリアだけでなくゲルマニアも大きく変わろうとしている。都市国家という成り立ちもあり、これまでは諸侯の力が強かったゲルマニアも今は皇帝の権力を強化している最中だ。アルビオンから得た土地を利用しているのはトリステインと同様だが、ゲルマニアは販売という形を取り、代わりに多額の金銭を得て、それを利用して王家の力を強めている。

 

そこにはガリアでも中枢にいるキュルケの実家のツェルプストー家も大きく関わっているという。ちなみに当初はあったキュルケの二心を疑う声は、今やすっかり消えている。

 

そんな中、トリステインだけが時代の流れに取り残されている。ガリアはエルフの技術を導入することにより、平民が扱える技術が向上している。ゲルマニアは魔法力もだが、それよりも金銭を人より多く稼ぐ力を持つ者が評価されるようになり、結果として平民の地位は更に向上することになった。

 

それに対して、トリステインだけは伝統的な魔法こそが至上という考えから脱却ができていない。平民出身のサイトやアニエスといった者たちも登用されてはいるが、肝心の政治の中枢にある者たちの意識がついていっていない。それも、これまで通りの方法でなんとかなったという悪い意味での成功体験ができてしまったからだ。

 

「クリステルとアリスも変わりはない?」

 

「はい、あまりに何事もなさすぎて少し護衛の腕が鈍ってはいないかと心配しているほどでございます」

 

イザベラが変革に苦しんでいるアンリエッタとルイズの姿を思い出している間に、神殿長はイザベラの背後の騎士たちに声をかけていた。シャルロットが退位を決めたとき、引き続きシャルロットに仕え続けることを希望する側近は多かった。けれど、シャルロットは側近のほとんどを、イザベラに引き継がせた。

 

シャルロットが連れていったのは、側仕えのミシェルと、何かしらの問題を抱えていて、やや使いづらい護衛騎士たちのみ。例えば戦闘力は申し分ないのだが、政治的な考えは苦手で宮中では使いづらい騎士とか、逆に戦闘力に若干の不安があり、衛兵よりはましだけど、自分の側に置くのがこの一人では不安、という騎士とかだ。

 

むしろ何か問題がある方が忠誠心が強いようで、それらの騎士は今もシャルロットの近くで働いている。彼女たちには政権中枢から離れることなど何でもないことのようだ。

 

「これはイザベラ様、ようこそお越しくださいました」

 

そこに奥から一人の女性が現れる。穏やかな笑みを浮かべた神殿長と同じ黒髪の初老の女性にイザベラは神殿長にしたのと同じように跪く。

 

「お久しぶりです、神官長」

 

「あら、ガリアの女王がただの神官長に簡単に跪くものではありませんよ」

 

「そのお言葉、神殿長からもいただいてしまいました」

 

「まあ、では、そろそろ改めないといけませんわね」

 

そう言って神官長はクスクスと笑う。

 

「それより今晩の夕食は共にできるお時間はあるのかしら?」

 

「ええ、問題ないよう、ちゃんと時間は空けております」

 

「では、夕食の時間を楽しみにさせていただきますね」

 

そう言って神官長は夕飯の支度を確認するためだろう、厨房のある方に向かう。

 

「神殿長は本日のお勤めは終わりですか?」

 

「いや、もう少し残っている」

 

「それでしたら、わたしにも手伝わせてください。わたしとてガリアの女王。少しは国民のために汗をかかねば」

 

そう言って神殿長の隣に並んで跪く。

 

「我は世界を創り給いし神々に祈りと感謝を捧げる者なり」

 

いつかローゼマインという異国の女王から教わった祝詞を神殿長とともに唱える。

 

「高く亭亭たる大空を司る、最高神は闇と光の夫婦神。広く浩浩たる大地を司る、五柱の大神。水の女神フリュートレーネ。火の神ライデンシャフト。風の女神シュツェーリア。土の女神ゲドゥルリーヒ。命の神エーヴィリーベ。息づく全ての生命に恩恵を与えし神々に敬意を表し、その尊い神力の恩恵に報い奉らんことを」

 

祝詞を唱え終えると、小聖杯に向かって精神力が流れていく。

 

「陛下のおかげで早く終わった。強力に感謝する」

 

「いいえ、先にも言ったように、わたしはガリアの女王なのですから、民のために汗をかくのは当然のことです」

 

神殿長は就任してから、ずっとこのような辺鄙な、多くの民からは知られていない場所で、ひたすら国のために精神力を使い続けている。

 

「神殿長も陛下も、こちらで休憩になさってください」

 

厨房から戻ってきた神官長に言われたイザベラは軽い声で、はい、と答えて、お揃いの聖具を身につけた二人とともに歩き始めた。




何はともあれ完結です。
長いことお付き合いいただきありがとうございました。

完結しても、達成感などがないのが大量ストックを抱えて投稿している弊害ですね。
一定ペースで投稿という点では優れていると思うのですが、今後はどうするか。

豊家も恩顧も全て葬っておかなければ主人公たちは安康を得られまいと、終盤に大量殺戮を開始するのは私の悪い癖。
間違った親心で葬られたキャラ達のファンの方には申し訳ない。
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