偽ギル様のありふれない英雄譚   作:鼠色のネズミ

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奈落の化け物、或いは誰かの運命

―――晴れ間を結う事は叶わない

 

既に分かりきった事実を突き付けられながら、意識は覚醒する。

寝起き特有の気怠さも、微睡みの中の生温い感覚も、体の端々から襲う痛みで消えてしまう。朝と夜の分別も、概念も無い世界。その中に一つ、自分という体だけが残っている事を嫌という程実感する。

いっそのこと、寝ている間に何の痛みも苦しみも無く、消えてしまいたい。その願いを抱く度に己の弱さと無力感に襲われて苛々とする。

 

 

「行くか」

 

 

誰も、自分の声は聞いてくれない。誰も自分の事を気には掛けない。それでも自分自身に言い聞かせる、そのために小さく呟いた。

何階下がったか、何階上がったか、それすらも忘れたその中に

 

―――()が居る。

 

 

 

 

新たな階層、それから感じた事は恐怖に近い違和感だった。

既に10を越える階層をたった孤りで踏破し、多くの異物を目にして尚、その空間からは細胞の一つ一つがヒリつく様な空気がする。

魔物は上の階層から見た物ばかりで何も変わらず、違和感の正体は判らない。魔物肉をちびちび齧りながら痛みに喘ぐ何も変わらない日々。そんな日の中だった。

 

それは、もしかすると余りにも不気味だった。

 

何の変哲も無い。何も舗装されていないありふれた脇道を曲がった先、そこは、不気味と言う他無かった。

高さ三メートル程の荘厳な扉に、それ以上の大きさを誇る巨大な石像が二組。もしも地上ならば古代の建造物として、美しさを覚えたかもしれない。しかしそれらは光を持たない奈落によって、明るいイメージを一つ残らず剥奪されていた。

 

 

「……ああ、行ってやるさ」

 

 

足を踏み入れる。そうする事は見た時から決めていた。喩え不気味でも、喩えそれが苦難の道だとしても、これは数十階の中でやっと現れた”変化”なのだ。これに縋らない訳には行かない。しかし、それと同じくらいに何かしらの災厄が訪れるという確信も持ち合わせている。

 

 

「―――っ……!」

 

 

像が色彩を得る。体の中央から、円に広がる様に薄く、濃く、冷たく、熱く、細胞の一つ一つに染み込む様に色が付いていく。

その肖像は像をまるっきり色付けした物だと言える。一つだけの目に筋骨隆々とした巨体。それが連なる山の様にハジメの目の前に立ちはだかる。

 

 

「悪いな、あんまり長引かせるつもりは無いんだ」

 

 

技能『風爪』

それはハジメを大きく奮起させたあの熊の魔物の技能だった。それが熊とは似ても似つかないハジメが放つ。巨人から見ればさぞかし奇怪な光景だったに違いない。

しかし、巨人達はその光景を認識するより前に斃れてしまったので、その異常性に何を思い、何を伝える訳でも無く命を枯らした。

ハジメがその技能を得た事に気が付いたのは、彼が熊肉で体を壊した後の事だった。不思議な事に、自分が食べた相手の技能が自身に備わっていたのだが、この『風爪』はかなりの万能を誇る性能で、ハジメの生み出す錬成物にも纏わせる事が出来る。なのでハジメの戦闘の幅は言わずもがな大幅に引き上げられたのだ。

 

 

「……さて、鬼が出るか蛇が出るか、はたまた仏が出て来るか……だな」

 

 

二体の巨人像が体内に隠し持っていた鍵を片手にハジメは扉へと歩み寄る。一歩、二歩、5メートル、10メートル……

そして――扉が開く。

 

――月を見た

 

扉が開いた瞬間、ハジメはそう信じて疑わなかった。訳も分からないが今、自分は奈落の底から月を見たのだと、そう確信して疑わなかった。

奈落、何一つとして光の無い地の底。何度願ったかは判らない、何度祈ったかも数えていない。それは、(奇跡)

ハジメは泣いていた。それは圧倒的な美しさに呑まれたのか、もしくは願いを辿った希望を目にしたなのか、それは本人にすら判らなかった。

 

 

「……だれ?」

 

 

掠れた、音が空を揺らす。

声は高い。喉に何度も掠れて擦り切れた女性、女子の声。

その時にして漸く、ハジメは己が見ていた物が月では無いと理解した。

 

 

「人……?」

 

 

ハジメは思わず呟く。月だと信じ込んでいたそれ、下半身は巨大な人口岩に埋め込まれ、上半身と両手、そして顔のみが見える。顔には髪が垂れ下がっており、顔を見る事は出来ない。しかしその月と錯覚するまでの金髪が、美しいという確信を持たせる。

 

 

「人……だよな?」

「……お願い……!助けて……!」

 

 

ハジメの問いは無視された。ハジメの問いを掻き消したのは必死な願いだった。

髪が持ち上がり、彼女の素顔が晒される。その顔は確信の中にある美しさと全く同じ、ビスクドールに良く似た比類ない美しさ。目に見える幼さは、それらに圧倒され、塗り潰されている。

 

 

「助けるって……」

「お願い……本当に……私……」

 

 

ポロポロと彼女の岩から水滴が落ちる。涙だ。

両腕を岩に拘束されている為、その涙は拭う事が出来ない。ただ重力の働くがままに水は球形となって垂れ落ちるのみ。

ハジメの中にあるのは疑心、そして同情だった。

誰も立ち入らない様にこの様な場所に幽閉され、門番までも用意される。そんな存在への疑い、そして同情。

助けるか助けないか。その二択はハジメに一任され、それは正しく心境に宿る2つのハジメの戦いだった。

 

奈落に封じられる程の力に、恐怖を覚えた。

奈落に封じ込められたその年月に、哀れみを覚えた。

あっさりと助けられない自分に、少し嫌悪した。

 

 

「違うの…私、裏切られただけで……」

 

 

その一言は、ハジメの同情を優勢にする程の威力があった。

信じていた物、それに裏切られる。きっと、その心は表せる程簡単な物では無いだろう。現にハジメがそうなのだから。

 

 

「……ちょっとだけ待っててくれ」

 

 

もし、彼女が迷宮の罠の一部だったら?

もし、彼女が助けた所で自分に牙を剥く化け物だったら?

もし、彼女を助けた先に――何も残らないとしたら?

 

そんな考えは無かった。そうとは言い切れない。確かに疑惑は完全には拭えない、一日も過ぎていない相手に全てを預ける気にはなれない。

ただ、可哀想だと思ったのだ。光も彩もないその瞳が、余りにも哀れで、余りにも心が痛くて。

 

助けたいと、心からそう思ったのだ。

 

 

「――錬成」

 

 

瞬間、両掌から離れていく魔力の感覚。止まないその循環は、まるで吸い取られているのかと錯覚する程に激しく、多い。ハジメもここまで多量の魔力を流し込んで尚、形一つ変えないのは初めての経験だった。鉄や鉱石では無い。何十という異物を混ぜ合わせた人工的な混合物。

 

――ここが正念場だ、堪えるぞ。

 

声には出さない。それは自分に言い聞かせるのみ。形一つ変えない石塊に意識を一滴残らず敷き詰める。

錬成の感覚と言うのは、高熱の粘土を練るのと良く似ている。しかし今回は硬すぎて、ガラスを割る様に力を込める。

罅が一つ。たった一つだけ刻まれる。だがその罅はハジメにとっての突破口、割れるという確信を強め、ハジメは両手の魔力を一層強めた。

 

 

「……!」

 

 

岩に閉じ込められた少女の表情が明るくなる。内部からの拘束も弱まっている事を示している様だ。しかし、ハジメの関心はその方に全く傾く事は無い。世の多くの男は魅了されるその僅かな笑みも、ハジメの脳内には一片たりとも入り込む余地は無い。

 

 

「痛つっ……!」

 

 

ハジメの意識がやっと引き戻される、そのトリガーは両掌の痛み。もしもこの痛みが無ければ。ハジメは永遠に戻って来る事は無かったのではないか、そう錯覚するまでの深い集中だった。両手からは赤黒い血がどくどくと溢れ出ている。魔力を長時間、大量に流した事で内側から皮膚が溢れ出てしまったのだろう。

 

 

「んっ……」

 

 

剥き出しになった皮膚に、靭やかな筋の塊が這う。数百と備わった味蕾が皮膚を刺激し、微妙な痛覚が起こる。その筋は彼女の舌だった。

 

 

「……っ!?」

「あ……」

 

 

理解が及ぶと同時に、手を勢い良く引っ込める。手に走った異質な違和感が消えない。思わず舌の触れた手を片方で抑え、その舌を這わせた持ち主に視線を向ける。

 

 

「んむぅ……」

 

 

金髪の彼女、彼女はハジメが手を引っ込めた事を名残惜しそうに頬を膨らませた。冷たさを覚えるその顔が、なんともまあ抜けた、温かい表情を浮かべる。ハジメはそれを見て、まるで顔の内側の水分を沸騰させられた様な気分になる。

頬を膨らませる美少女と真顔に徹する少年。その間から会話は無く、ただ目を合わせる時間が延々と続く。

 

 

「……名前、なに?」

「何って、そういや何も言って無かったな」

 

 

思わずハジメは苦笑する。思えばなんと浅はかだった。名前すらも知らない彼女を、何の意味も、何の義務でも無く助けてしまったのだ。

結果的な話をすれば、彼女に敵意は無い様に見える。言ってしまえば自分は彼女の封印を放った途端、殺される危険すら有ったのだ。

 

 

「ハジメ、南雲ハジメって言うんだ。君は?」

 

 

それでも、助けて良かったと思ってしまうのは、きっと甘えなのだろう。同じクラスの彼女、園部さんに白崎さん。その二人への贖罪の意思は生への執着へと変わっている。だと言うのに、結局他人は他人と割り切る事が出来ていない。

 

――ああ、これを甘さと言わずに何と言うのだろうか。

 

 

「……名前、付けて」

「え?」

「……もう前の名前はいらない。ハジメが付けて、ハジメのがいい」

 

 

予想外だった。十と数年、生きてきたが名前を聞いて「付けて」と言われるのは初めてだ。突然の事に思わず口籠るが、少し考えれば彼女の思考も理解出来た。きっと、それは自分と良く似た理由なのだろう。

前の封印されていた“自分”を捨て、新しい“自分”になりたい。だからその変化を求めているのだ。形が違うとは言え、変化を願っていたのは自分も同じ、ハジメは拒む事をしない。

 

 

「って言ってもなあ……俺、ネーミングセンス無いし……」

 

 

頭を傾け、頬をカリカリと掻く。ハジメの脳内では様々な外国系の名前が浮かんでは却下を繰り返している。瞳を強く閉じ、前頭葉から何か良い物はないかと記憶へのアクセスを試みる。しかし出て来る物は挙って採用へと辿り着かない。目を軽く開ければ女の子の期待が刺さる。

 

 

「そうだ、ユエなんてどうだ?」

「ユエ?」

「そうそう、ここじゃない国だとな、月をそんな風に言うんだ。……なんか安直だけどさ、その髪が月みたいで」

 

 

月をユエと発音するのは確か中国だった様な気がする。父か母かは判らないが、何方かの仕事を手伝った時に調べでもしたのだろう。自分の中ではかなり納得出来る物だと思うのだが、女の子の方は……

 

 

「ユエ……ユエ……うん、私は今日からユエ。ありがとう」

 

 

彼女はどうやら気に召した様だ。数回復唱すると、受け入れた様に強く一回頷いた。その行動は変に見た目相応で可笑しな気持ちになる。それと同じくして、自分は彼女が何者なのかが酷く気になった。そしてその疑問が口をついて出そうになった時、ハジメの視界にはユエの姿が映る。

 

 

「……ハジメ?何、これ」

 

 

ハジメは無言で自分の羽織っていた毛皮をユエに巻いた。

彼女は全裸であった。

 

 

「……ハジメのエッチ」

 

 

無音の薄闇に声が小さく反響する。

ハジメは結局、掛ける言葉を見つける事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




原作とは違う様にしたいなーって考えてて、結局何の成果も上げられず待たせる羽目に……

前回の感想で「優香さんの言及無くね?」的なのが多かったんですけど、ちょっとそれをすると今後の展開のネタバレになる可能性があるので、ゴリ押させて下さい。

エレちゃん、イシュタル様を出す方法が有るのですが…弱体化します。それでも良いですか?

  • 私は一向に構わんッ!
  • 判らぬか下郎、出さなくて良いと言ったのだ
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