まるでどこぞの水戸藩主だな、と思った。
犯人を捕縛した暁には、この紋所が目に入らぬか!なんて啖呵を切ってみるのも一興かもしれない。紋所はおろか、その代えとして利きそうな品すら持っていないわけだけれど。
生徒手帳じゃダメかな。
紆余曲折の末にようやく間宮家の敷地に通された私達は、庭師である田畑さんの先導の下、前庭から玄関へゆっくり歩を進めている。
途中、すれ違いざまにぎょっと目を剥く使用人の人達がちらほら目に付いた。見知らぬ者達がぞろぞろと大所帯で中を練り歩いているわけだから、当然の反応かもしれない。こんな大勢の来客があるとは聞いていないだろうし。
助さん格さん――じゃなかった、コナン君と灰原さんは私の足元にずっと張り付いている。ちょっと歩きづらいかも。
両脇をがっちり固めているから、本当に要人の身辺を警護する近衛兵みたいな感じだった。もちろん二人が勝手にそうしているだけで、こっちは侍らせるつもりも顎で使う気もさらさらないわけだけど。
私は思わず嘆息した。
この二人が助っ人キャラとして左右に控えているとは。
いいご身分だよね、アタシも。
こうしてそばに就く理由は色々あるんだろうね。
警護に補佐。それと監視、か。
ちらっとコナン君を窺うと、たまたま私を仰ぎ見ている最中だったみたいで、ちょうど目が合った。彼は首を傾げて、にっこり微笑み掛けてきた。
「瑠璃ねえちゃあーん?」
声のトーンとしては、コナン君十八番のアレに近い。
そう、純真無垢な子供を演じている時の「あれれー、おっかしいぞぉ?」だ。
普段だったら、こんな愛くるしい所作を見せ付けられた時点で即座に抱っこしている。その上、頬擦りまで敢行してしまう。
だけど、今回に限ってはその気が微塵も起きなかった。表面上は子供らしい純真な笑顔なのに、なんだか凄まじい圧を放っているような感じがして気後れしてしまったからだ。
「勝手にいなくなったりしたら、どうなるか分かってるよね? 言っとくけど、そんなことしたらマジでキレるよ」
うぐぅ――!
案の定だよ。
顔付きだけじゃなくて、声の調子まで一段と様変わりした。低く唸るように、ぴしゃりと言い放ってきた。私はたまらず怯んでしまった。
非難がましい視線から逃れるように首をぐるりと回して、今度は反対側の灰原さんを見る。
おのれ、灰原さんめ。告げ口したな。
もしもの時はスキを見て私達を撒く気だ、と。
じろりと睨め付けても、彼女はどこ吹く風とばかりにツンと顔を背けた。
「聞き分けの悪い子には当然の処置でしょ?」
猛烈に反駁したいと思いつつも、自身の振る舞いには少なからず思うところがあったので、結局黙っていることにした。
コナン君は自分のこめかみの辺りを指先でトントンと叩きながら、私に語り掛けてきた。
「瑠璃姉ちゃんのすごいところはさ。
いきなり何の話が始まったんだろうって思った。
付け加えるなら、メタ読みもそうかもしれない。
結局それらが恐ろしい精度を誇るのも、読者ならではの視点で物を考えたりするからだ。
「なぁーんか、おバカさんが行き当たりばったりの当て勘でやってるって言われてるような気がして、ちぃーっとも面白くないんですケドー?」
私がぶーぶー文句を垂れると、コナン君は意地が悪そうな笑みを浮かべた。
「実際、瑠璃姉ちゃんってバカじゃん。学校の成績が悪いって意味の話だけどさ」
「なんだとぉ? 口の悪いおこちゃまめっ! えーい」
決めた。やっぱり抱っこしちゃう。
私はコナン君を抱え上げて、胸の中にぎゅうっと押し込んだ。力いっぱい締め上げているから、子供の力ではもがくことすらままならない。モゴモゴと何かを言っているけれど、抗議の声か悲鳴なのか、それすらも判別できない。
自分で言うのもアレだけど、クッション性に富んでいるから地味に殺傷能力が高いと思う。
容易に息の根を止められそうだ。
「いいなー、コナン君」
歩美ちゃんは単純に羨ましそうで、光彦君はどういう心境か、目の前の光景に囚われたように頬を赤らめてぼうっとしている。
あとでキミ達にもやってあげるよ。お姉さんの胸は誰でもウェルカムだからね!
元太君は規格外な上に体重オーバーだからご遠慮願いたいところだけど。
そろそろしきりに後ろを振り返る田畑さんの視線が痛くなってきたので、私はコナン君を解放した。
面白かったのが、灰原さんの反応だ。
学業が振るわないと聞いて、今まで見たこともないくらい目を丸くして驚いている。
「へえぇ、意外ね。てっきり学校でもトップクラスの秀才で通ってると思ってたのに」
「幻滅した?」
「いいえ。なんでもかんでも完璧にこなすなんて面白みがないし、可愛くないもの」
灰原さんは肩を揺らして静かに笑った。
具体的には中の下くらいだった。
英語なんか蘭や工藤君に比べれば雲泥の差で、リスニングとスピーキング両方危なっかしい。できるのにあえて手を抜いているとか、そういう無双系主人公のようなスカした設定もなくて、毎回全力で挑んでいるのにこのザマだった。単純に学力が低い。
「し、死ぬかと思ったぜ……」
ゼェゼェと息を切らしていたコナン君が、ようやく言葉を発した。
満足に口が利けるくらいには回復したようだ。
「話を戻すけどさ、褒めてるんだよ。事件の調査においては論理的思考や分析力が基本中の基本だけど、感覚の類も間違いなく大事な要素の一つさ。もっと誇っていいよ」
加えて、コナン君は対人洞察力もなかなか優れている、と私を評価する。
たしかに、そういうのは前々から得意だった。
目の動きや表情、声のトーン、間の取り方。そういった非言語の情報から相手の感情を読み取ったり、推し量ったりする。
これはコナン君もわりと多用する手法だよね。
犯人と思しき人物の反応を見るために、カマをかけたり、突拍子もないことを言って動揺を誘ったり。
「感覚派の探偵、大いに結構なことじゃない。オレにはちょっと真似できないけど」
コナン君は私を励ますように腿の辺りを軽く叩いた。
私はハハ、と笑った。
だろうね。
コナン君は論理的な思考プロセスを経て、丁寧に『不可能な可能性』を一つずつ潰していく
このスタイルの一番の利点は、最初のカラオケボックスの事件なんかがそうだったけど、見立てが的中していた場合『早い』ということだ。
その代わり、
こうしてみると、当て勘というのは言い得て妙だった。
物語の法則性を理解している転生者でもなければ、とてもこんな危ない橋は渡っていられない。
そんな私のやり方は、コナン君にとってはいささか承服しがたいものであるかもしれない。
だからこそ、彼がそういった手法に一定の理解を示すのは、ちょっと意外でもあった。
アタシのような存在は新鮮だし、楽しみでもあるんだろう。
「今の段階なら、瑠璃姉ちゃんの方がずっと頼りになる。考え方も立ち回り方も、全部心得てる気がすっからな。オレにはそのノウハウがないから、
本当にそんな私を頼もしく思っているみたいで、だいぶ口が弾んでいる。
どことなく語調が変わっていて、いつの間にか工藤新一の方が強く出ているようだった。
「けどさ。それでも、もっとオレ達をあてにしてほしいんだ。瑠璃姉ちゃんに足りないところがあればしっかり補うし、アドバイスもする。もしもの時は、
私はフッと笑った。
知ってるよ――
二人の頭に手を置いて、軽く撫でてみた。
「はいはい。じゃあ、しっかり頼んだよ? お二人さん」
コナン君と灰原さんは静かに、けれど力強く頷いた。
★
どこからどう見ても怪しい連中でしかない私達を先方が受け入れた理由が、ようやく分かった。どうやら、
かつての家の主人である大旦那様が、亡くなる直前にこう言い遺したという。
「この城の謎を解き明かした者に、
元太君の言ったこと、当たってるじゃん。まさか本当に財宝が眠っているとは。
私はひそかに眉根を寄せた。
また争いのタネになりそうなことを。コナンらしい展開といえば、そうなんだけど。
「ねえ、あの人がそう?」
「うむ」
道中、使用人と親しげに話している男性が目に留まって、私は博士に確認を取った。
言い争う博士と田畑さんの間を取り持った御仁だ。
泊まりの許可を与えてくれたのも彼だという。博士を頭のキレる科学者と見込んで、二つ返事で招き入れたらしい。
年代は博士と同じか、やや下くらいか。
婿養子で、間宮家長女の
仕立ての良い服に身を包んでいて、話し方や立ち振る舞いが老成した感じだ。貫禄に満ち溢れている。けれど、現当主はこの人ではない。別の方が務めているそうだ。
他に気になることといえば、やはり
ゾッとする眺めだった。ところどころ黒く煤けていて、一部が無残に崩落している。
かつて、あそこで大規模な火災があったのだと一目で分かった。
詳細を尋ねてみると、田畑さんの顔は暗かった。
火災という不幸な出来事に見舞われたわけだから当然かもしれないけど、おそらく
「満様の
田畑さんは沈痛な面持ちで、絞り出すようにしてそう言った。
「元々ご夫妻が四年前に帰国なさったのは、大奥様――つまり、奥様のお母様で、今の間宮家当主だな。あの方の誕生日を祝うためだったんだ」
真夜中に到着して、あの塔の寝室で休んでいると、どこからか火の手が上がったという。
亡くなったのは彼女のみならず、長年この家に仕えたベテランの執事、メイド。そして、招待された古くからの友人。大勢が火の海に飲まれて帰らぬ人になった。
難を逃れたのは、まだ雇われて日の浅かった田畑さんを始めとする新米の使用人達、旦那の満さん、当代。それと、最初の旦那様との間に設けた一人息子、間宮
「あの日以来、この家もどこか活気が無くなっちまってなぁ……」
この時点ですでにかなりの情報が集まったわけだけど、私は早くも胸焼けがし始めていた。
かつての主人が財宝を隠匿したこの城で、十数人が犠牲となった大規模火災――
むせ返りそうになるくらいプンプン臭う。
田畑さんの口振りからして本件は失火として処理されているみたいだけど、本当にそうかな。
読者目線では、まずそこを疑うところから始まっている。
何者かの手によって意図的に引き起こされたものだとしたら、
しばらくはこの家に関わりなく遠い彼の地で生活を送っていたはずなのに、なぜ久しぶりの帰宅を果たした、そのタイミングで――?
使用人や友人の死をどう考える?
彼らの落命も犯人の計画の内か。
それともその場に居合わせただけの有象無象に過ぎず、不幸にもただ巻き込まれただけか。
やはり、推理物である以上は前者の可能性が高い。
それに、殺人の手段に放火を用いたのがその証左であると思う。一箇所に集まった人間を一度に、短い間に始末できるという大きな利点がある。彼女だけが目的なら、他にやり方はいくらでもあったはずだ。
全員に殺される理由があったのなら、
それが一番の近道のような気がする。
火はどうやって付けた?
勢いが増す前に脱出すればいいだけの話かもしれないけど、逃げる途中で巡回中の守衛に見つかったりしたら――
なんにせよ、誰かの目に触れてしまう可能性が高い。
ただ馬鹿正直にその場に向かって火を付けてきた、というだけではあまりにも芸がない。リスクが高すぎる。
私は田畑さんに尋ねた。
「あの塔のことなんですけど、正規の入口以外にも
田畑さんは妙なことを聞く子だな、とでも言うように眉を片方だけ吊り上げた。
「うんにゃ。本館から伸びる一本の通路を通って、正面の入口から入るしか手はねぇよ」
彼は気の良さそうな笑みを浮かべた。
「あそこに入りたいなんて言い出さないでくれよ。火事の後も
そちらについても詳しい話を伺いたいところだけど、今は避けるべきだろう。
ただでさえ身内の不幸を掘り返すような真似をしているわけだから、これ以上は向こうの心証を悪くする恐れがある。頃合いを見て、また別の機会に訊いてみるとしよう。
とにかく裏口の類はない、か。
ならば、自動か遠隔操作か。
そういう仕掛けを事前に用意して、離れた場所から着火した、とか?
なんにせよ、
「ふう」
私は一息ついた。
あぁ、また胃がキリキリと痛み出してきた――
相当厄介な案件にぶち当たってしまったのかもしれない。
間違いなく、この家にはとんでもない悪意が渦巻いている。まさか四年の時を経て、また同種の悲劇が繰り返されるというのか。だとしたら、アタシなんかに上手く対処できるだろうか。一抹の不安を抱かずにはいられない。
また険しい顔付きで黙々と考え込んでいると、不意に片方の手が柔らかな感触と温もりに包まれた。
灰原さんだった。私の手を繋いでいる。
彼女は首を横に振って、こう言った。
「ダメよ、雨谷さん」
彼女は一言ずつ噛み締めるように先を続けた。
「そんな風に一人で何もかも抱え込もうとしちゃダメ。私達が付いてるんだから」
私は門の前で交わした灰原さんとの会話を想起していた。
そういえば、あの時も怖い顔で様々な考えを巡らせていたら、こんな風に手を触れていたっけ。
まるで、前のめりになったり力んだりするアタシを「落ち着きなさい」と宥めるように。
了承した暁に、私は灰原さんの小さな手を優しく仕舞い込むように握り返した。
ただ言葉で返すよりも、こっちの方が効果的だと思った。
「そう気負うなって。オレも今、色々考えてっからさ。オレ達三人がいれば、なんとかなるさ」
コナン君が活を入れるように、また私の脚を強く張った。
いつもの、片側の口角を吊り上げた自信満々の笑みだった。
不思議なもんだよね。まるで魔法みたいだった。
この表情を目にしただけで、ああ、なんとかなるんだっていう気になる。心がスッと軽くなる。
常々思うけど、技術面だけじゃなくて精神的な部分でも彼を見習うべきところは多い。
「それに、言ったろ? 何があってもオレが絶対に護ってやるって。だから――」
最後の一言を放つ前に、コナン君は笑みを引っ込めた。
代わりに何か強い決意を秘めた精悍な顔付きで、鋭くこう言った。
「オレのそばを離れるなよ、
私はほんの一瞬だけ、呆気に取られた。
だがそれも束の間、すぐに口元を綻ばせてはっきり点頭した。
「りょーかい」
あえてツッコまないことにした。
果たして今のはどっちかねぇ。
無意識なのか、それとも――