ソードアート・オンライン ラフコフ完全勝利チャートRTA 2年8ヶ月10日11時間45分14秒(WR) 作:TE勢残党
朝焼けが終わり、日が高くなり始めたアインクラッド第74層。
主街区と迷宮区の真ん中あたり、荒れた山道の開けた所に設営された簡易拠点は、100人近い攻略組の人員を収容できるだけの規模を持つ。
周囲には商人プレイヤーも集まり、体力回復用の天幕が並ぶなど、自然と前線基地感が出ている。
しかし今でこそ軍事基地然とした効率的配置だが、何も最初からこれを作れた訳ではない。
攻略初期はそれこそ他ギルドとの対立もあって、時間をズラして各ギルドごとで迷宮区を踏破するやり方を取っていた。
当初はそれでも問題なかった(あるいは問題を解決できるほど組織だった行動が出来なかった)が、段々人数が増えると、迷宮区内でバッタリ会うことが増えてきた。
進軍途中でトラブルに遭遇して遅刻者・遭難者が出る事態が頻発したこと、25層の悲劇を防げなかったことを背景に、少人数のプレイヤーたちは大ギルドと合流したり、ソロ同士でつるんだりして、段々と纏まった人数での進軍が常識となっていった(キリトという例外は常に存在し続けたが)。
ボス戦での動きは勿論のこと、攻略に向かう道中の動きもまた、層を重ねながら少しずつ最適化されて行ったのである。
そして74層にもなると、攻略組の面々が固定化され、初参加の人員がほとんどいないのもあって一連の作戦行動にも慣れたものだ。
新たな層の転移門がアクティベートされると、まずは三大ギルドがフィールドを探索して迷宮区へのルートを見つけ出す。迷宮区に続く道を守るフィールドボスが発見され次第、ヒントに繋がりそうなクエスト情報を根こそぎ洗い出して共有、大抵の場合翌日には討伐される。
そのまた翌日には迷宮区の探索が開始され、概ね2日でどこかのギルドがボス部屋を発見。偵察隊が戻ると同時に攻略会議を行い、翌日または翌々日にはボスを討伐。合計5~7日でその層はクリアとなる。
この間、最前線組はフィールド探索→クエスト攻略→迷宮区探索→ボス戦でずっと働き通しかと言うと、必ずしもそうではない。
最前線のクエストや戦闘と言えど、その難易度にある程度の誤差があるのを利用して、一部は各ギルドの控え人員も動員されているのだ。一軍の戦力は、未知の領域の探索やボス攻略に振り向けられ、空いた時間はレベリング作業となる。
この激務が数か月間続いているせいで攻略組はかなり疲弊しているが、それでも表立ってのペースダウンにはつながっていない。多少の死者は出たし、一部のメンバーが付き合っていられないと離脱したが、それでも総じて、攻略は順調に進んでいる――
――訳がない。
無理をして結果を生み出せば、必ずどこかに歪みが生じる。
例えば、睡眠不足で判断の鈍った上層部が、MTDが突然申し出た会議への参加者変更をあっさり受け入れるだとか。
戦力に余裕がないからと、攻略会議が行われる地点までの移動を各ギルドに丸投げし、確認を怠っているだとか。
MTD内部の一軍メンバーが出払っていて、ギルドマスターであるシンカーが圏外をろくな護衛もなしに進む状況が産まれただとか。
少しの油断や、手抜きや、余裕の無さから来る工程の省略が、少しずつ積み重なって、大きなリスクとなって現出する。
果たして、そのツケはあまりにもピンポイントに訪れた。
人気のない雑木林を進むシンカーに、探知の外から何かが飛来する。
飛んできたスローイングピックを寸での所で躱すシンカー。続けざまに背後から繰り出された斬撃に対し、片手剣での防御を間に合わせた。
「ッ……! 何だ、君は!」
1秒ほどの鍔迫り合いの末、いつもの軍服――に見えるように外見が調整された革鎧のすぐそばを、弾かれたロングソードの切っ先が通り過ぎていく。
ほぼ同時に、申し訳程度についていた彼の護衛(ユリエールが別件の調査に出ているため、2軍から引き抜いて来た片手剣使いの男性プレイヤー)が倒れ込み、茂みから複数の人影が現れた。
「意外に、やるね」
油断なく、むしろ初撃より警戒を滲ませた声で語り掛けるのは、黒を基調としたピッタリした服装の上からマントを羽織るすらりとした女性。先ほどシンカーに斬りかかった人物だ。
暗く、美しい緑色の髪と整った顔立ちは、そこが死地であることを忘れさせるよう。しかしその人形のような無表情を前に、シンカーは言いようのないアンバランスさ、異様さを感じ取り気圧される。
「物取りか何かかな。生憎めぼしいものは持っていないんだ」
シンカーの受け答えは、毅然としてこそいたが、自分の立場を理解しているとは到底言い難いもの。
彼にとってMTDの管理人とは、名義が必要だったから引き受けているだけの名誉職みたいなもので、実権がない代わりに政治闘争とも無縁だった。
現に、眼前の襲撃者はつい最近まで攻略最前線にいた女性プレイヤーという、一度見れば忘れられないような属性の持ち主だというのに、シンカーは全く気付く様子がない。そもそも、自分のギルド以外の攻略組人員をほとんど知らないのだ。
そんな状態で1年以上放置されていた彼もまた、全くの無自覚ながらMTDという組織の腐敗を体現する存在となり果てていたのである。
「気にしなくていいよ。私の目的は君の命だから、ちゃんと――」
言いながら突き出される剣を、シンカーはどうにか受けようとして、
「
細剣ソードスキル、≪リニアー≫。その遅延版*1だ。本来他の武器種では発動できないソードスキルだが、一部のものは熟練度を限界まで鍛えあげ、スキルMODを獲得することで互換性を得る。
例えば、両手剣と片手剣。片手剣と武術。そして、片手剣と細剣。
「ぐっ……!?」
「……うん、正常に動作してるね」
無造作に剣を引き抜くと、元々血に染まったように深紅だった刀身がさらに赤いオーラを発し出す。
「何、を」
「こっちの話だよ」
女――シトリーが無表情のまま右腕を振るうと、シンカーの両脚が容易く斬り飛ばされた。
あまりにも躊躇の無い動きに、シンカーの認識が一瞬遅れる。
事ここに至ってようやく、シンカーは彼女の胸元に彫られた棺桶の入れ墨に気づいた。
「君は……ラフィン・コフィンのメンバーなのか!?」
「部位破壊性能も良好、中層の与太とは言え"魔剣"呼ばわりは伊達じゃないね」
這いつくばって問いかけるシンカーに、彼女は応えない。深紅の剣をしげしげと眺めるだけだ。
シトリーの手に握られているそれは、銘を≪フィンスタニス≫と言う。元来中層を拠点とするとある女性プレイヤーが持っていたものだ。
持ち主が銀髪碧眼の女性だったことと、武器が持つ「斬った相手のHPを吸収し、自分の攻撃力を上げる」という特殊な性能から『紅い魔剣の銀の魔女』等という大仰な二つ名で知られていた。
シトリーはいわゆるスカウト入団だが、一般志願者と同じ"通過儀礼"をPoHに言われた通りに熟している。
即ち「一人殺す」、またはそれと同じような目に遭わせること。彼女は後者の方法で合格を認められた。
「考え直すんだ! 何が目的か知らないが、僕を殺しても何も変わらないぞ!」
「……うるさいよ、君」
ぼんやりと紅く光る剣をいつもの無表情で、しかしどことなく感慨深げに眺めてから、彼女は鬱陶し気に地面を見やると、這いつくばってなお何事かを喚いているシンカーの頭に刃を叩き込んだ。
こうして、最初期からアインクラッドを支えてきた巨大ギルド「MMOトゥデイ」の発起人は、あまりにもあっけなく最期を迎えたのである。
「これで、ボスも少しは信用してくれるかな」
シトリーが呟くのと同時、もう一人の方の"仕事"が完了したのか、部下たちがこちらに引き上げて来る。
後は手筈通り、"生贄役"の鉄砲玉を一人残して撤収すれば仕事完了だ。
元々、シンカーはレベル60台で、戦闘の腕前は1軍の面々に遠く及ばない。一応抱えている耐毒スキルは熟練度500台で(ラフコフの用いる毒武器相手では)大した防御効果を発揮せず、対人戦は彼の優しすぎる気質が災いしてさらに不得手。総じて「贔屓目に見て2軍レベルの下の方」というのが彼の戦力評価であった。
それと、あとは似たような強さの護衛が1人。このくらい、今の「ラフコフ」内には簡単に殺せる面子がゴロゴロいる。シトリーは聖龍連合出身のため他の幹部ほど搦め手に精通している訳ではないが、その分ラフコフ全体でも最高峰、85というレベルを誇る。
装備している"魔剣もどき"の性能と合わせて、3振りでシンカーのHPを全損させる程度には実力差があった。はっきり言って戦力過剰である。
それでもシトリーがこの役割を任されたのは、新幹部としての実力や忠誠心を試されているという側面がひとつ、新たな装備の使い心地を確かめるため、また殺人ギルドでやっていく心構えを確認するために、シトリー自身が手ごろな相手を望んだのがひとつ。
「カラード……ふふ、自分の上司を何のために? やっぱり面白い人だな」
だが一番大きかったのは、彼女がカラードに持つ興味から。
大柄で無口で厳格。神経質そうな顔でいつもせかせかしているので周りには畏怖されているが、それにふさわしい極めて有能な人間だ。MMOトゥデイをシンカーと共に旗揚げした所から彼の伝説は始まる。
自らはナンバーツーの座を固持し、恐らくアインクラッド最高峰の戦闘能力を持ち、初期に行っていた下層支援の繋がりで三大ギルド全てに強固なパイプを維持する政治力もある。シトリー自身腕には自信がある方だが、戦いぶりを見るに自分では軽く一蹴されるだろうし、一匹狼の自分と比べると組織力は天と地の差だ。
序盤からつるんでいた情報屋と結婚しており夫婦仲は(妻側がべったりなので)良好、懐刀のアレックスや(事実上)専属鍛冶師のリズベットなど、何かと女性の影が絶えない色男でもある。まあ、あれだけ色々な意味で強くてそれなり以上に顔もいいとなれば、自然とそうもなるだろう。
といった具合で、"表"から見たカラードは何の変哲もない……と言うには功績が大きすぎるが、とにかくそういう、完璧すぎて面白みのない偉人だった。実力は尊敬に値するが、それだけだ。そう思っていた。
PoHの誘いで"裏"の世界に足を踏み入れたシトリーは、そんな完璧超人が持つ裏の顔の一端を知る。
少なくとも、「あの」PoHが"
そしてPoHの口から語られる"合作"の数々、世界のうねりの裏側に、確かに存在している偉丈夫の影。
彼には何が見えているのか。何をしようとしているのか。
PoHは察しがついているようだったが、シトリーにはまだ分からない。だが少なくとも。
「ボスはアインクラッドを楽しむと言うけど。今"楽しんでる人"が居るとしたら……」
それは、彼に違いない。少なくともシトリーはそう結論付けた。
元より感受性・共感性に劣り退屈を持て余していたシトリーという人間にとって、カラードという特大の未知は、人生で初めての執着を彼女に芽生えさせるのに十分だった。
元々、退屈しのぎにモンスターを倒して、ほどほどに貢献して、そうすればその内クリアできるだろう……という程度の感覚で前線に立っていた彼女は、そのまま放置されていればクリアまでそれなりの戦力で居続けたに違いない。
その退屈を、空虚を見抜き、彼女に"カラード"という
「次は何をしようかな。……何をすれば、近づけるかな」
いつも通り無表情なはずの彼女だが……悩まし気に、しかし心から楽しそうに呟くシトリーは、傍目には恋煩いをする乙女にしか見えないのだった。
久しぶりの三分割。後編もすぐ投稿しますからお兄さん許して!