本作の主人公は、常識を持ち世間体も気にし、他人の心を考える事の出来る良識を持ったヤンデレです。

【最終目標:お前もヤンデレになるんだよ!】






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プロローグ/沢渡美奈/リムル/七海病夢


ヤンデレちゃんが三上悟を陥落させるまで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――三上悟という人は、私の運命だ。

 

 

 

 学生時代の企業説明会で出会ったその時に、一目で惹き付けられた。後輩らしき男と共に、私達へ分かりやすく説明しようと努力していた姿が目に焼き付いた。どうしようもないくらいに胸が高鳴って、頬から熱が引かない。

 

 薬の効かないそんな病気を、愛と呼ぶのでしょう?

 

 だったら、この愛を成熟させるためなら、どんなことだってしてみせる。彼の勤めている会社を調べた。徹底的に、落選なんてことがないように。

 そして合格した。配属されたのは受付だったけれど、何の接点もない部署よりも断然良い。ほんの少しでも接点があるのなら、何でも利用してみせる。

 予め調べておいた彼、三上悟の住所。その近くのマンションの一室に引っ越す。だって隣なんて、ストーカーを疑われる可能性がある。そんなにも早く近付いて警戒されては意味がない。リスクとリターンがまるで釣り合っていない。だからこそ、近くのマンションなのだ。

 彼の出勤時間は知っている。その時間に私の出勤時間を被せれば、受付であろうと顔見知り程度にはなれる。目が合えば会釈、挨拶。出勤の時も、帰りの時も必ずやってみせた。

 そうすると、時たま彼の方から挨拶をしてくれるようになった。

 大躍進だ。ああ、彼の唇から紡がれる。私の名前が、彼の唇から紡がれていると考えると、どうにも全身に甘い痺れが走ってしまう。目が合った。その瞳に今、私だけが映っている。優越感なんて、そんな易しいものではない。どうしよう、どうしようもなく、欲しくなる。もっと、もっと、もっと、私だけを。

 愛して、愛して、愛して、愛して、愛して。

 私だけ好きでいて、私以外と話さないで、その目に映るのは私だけでいい。他の人間なんていらない。二人だけで、ずっと二人だけの世界で過ごしたい。

 そんな想いを飲み込んで、彼の好むだろう笑顔を見せる。見目は大事だ。世間体も。

 私が変な女だという噂が立てば、私を選んでくれなくなるかもしれない。それだけならまだしも、私と付き合いがあるというだけで彼にいらない噂が立って、彼が傷付いてしまったら。

 そんなこと、させるわけにはいかない。

 彼が、私以外の有象無象に心を煩わせる必要なんてないのだから。傷付くのなら、私だけが理由でなくては。彼の心を食むのは、私だけでいい。

 だからこそ、まだ私の本心を曝け出す訳にはいかない。いつか、いつか、彼の心が私だけのものになったなら。その時は。

 

 そう、心が。

 体だけを好きにさせて貰っても意味がない。体だけじゃない。私は、体だけじゃなく、彼の心も欲しい。

 だからこそ、じっくり、時間をかけて。

 ゆっくり、ほんの少しずつ、彼の心を浸食する。気付かぬうちに。気付いたところで、もう逃げる気さえしない程に、私に傾倒してくれるまで。

 誘拐も監禁もしない。それはきっと、必ず終わりがくるものだから。ならばいらない。

 私は永遠に、彼の身も心も欲しいのだ。終わりのある、一時の幸せになど価値は無い。

 未来永劫の幸せを、時間をかけて奪い取る。

 少しずつ、着実に。

 

 貴方が欲する人間は、私だけでいい。だから、そんな女に告白しないで。

 私の方が愛してる。何でも知ってる。好きな女のタイプも好きな食べ物も嫌いなものも最近の悩みもなんでも知ってるなのに何でなんで何でなんで何でなんで何でなんで何でなんで。

 許さない、貴方の心も体も私のものになるんだから。だから、だから、そんな女に、了承させるわけにはいかない。だから、ね?

 断ってくれるでしょう? だって、その人は私の好きな人。大好きな人。愛してる人。ああ、良かった。断ってくれて。

 大丈夫、大丈夫。

 恋人なんて作らせない。私がいればいいでしょう? ねえ、私を選んで。私だけがいれば、それでいいって、そう言ってくれるまで。

 

 

 

 ――愛してる。

 貴方が、愛してくれるまで、囁き続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 私の後輩は、男の趣味が変わっている。

 七海(ななみ)病夢(やむ)という名前の可愛らしい女の子。本人は名前に関して、両親のネーミングセンスが壊滅的で、と少し恥ずかしそうにしていた。うん、まあ……子供に付ける名前ではないなあとは思う。

 もし嫌なら、名前を変えることも出来ると教えた事もあった。しかし、今までずっと付き合ってきた名前だし、センスがアレでも両親が付けてくれたから。そんな言葉でやんわりと断られた。

 両親を気遣える優しい子、それでいて先輩相手でもしっかり拒否もできる芯の強い子だ。

 けれど、男の趣味が少し変わっている。

 普通なら、同い年に近いか、若い男に興味を示すと思うのだけど、この子はなんと年上に興味を示した。しかも十歳以上離れている。

 本人から聞いたことがないから確証はないが、恐らくこの子は私の恋人の先輩――三上悟に恋をしている。

 七海さん、貴方まだ24でしょう。あの人、今年で37なんだから。ちょっと冒険しすぎじゃない? なんて思った時もありました。

 今では可愛い後輩の恋を受付勤務一同、精一杯応援しています。

 人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られてしまうから。

 

 朝の通勤時間。

 たまたま七海さん達と同じ時間になったようで、それを目撃した。駅で電車を待っていた七海さんに声をかけようとすると、それより先に三上さんが彼女に声をかけたのだ。

 

「七海さん、おはよう」

「え…………。お、おはようございます!!」

 

 声をかけられたことに驚いたのか、呆然とした後に心底嬉しそうな顔で挨拶を返していた。幸せそうな満面の笑みに、声をかけるのは無粋だと足を止めた。

 彼女は幸せの余韻を噛み締めた後、本当に自分の隣に三上さんがいるのか何度もちらちらと確認しては嬉しそうに頬を緩めていた。

 七海さんは気付いていないが、その彼女の様子を間近で視認する事になった三上さんは、満更でもないような顔をしていた。

 まあ、三上さん本人にも七海さんが十歳以上年下だという自覚があるのか、その後に顔を引き締めていたが。

 

 そんな何でもない日常を喜ぶ七海さんに絆され、それとなく恋の手助けもした。

 例えば、休憩時間に育乳の雑誌を真剣な顔つきで読んでいる七海さんに声をかけた時。元々可愛らしい顔立ちだし、胸だって小さい訳ではない。そのままで十分三上さんに振り向いて貰えると思うのだが……。

 そのままを伝えても、七海さんは首を横に振った。

 

「好きな人が、大きいのが好きらしいんです……。あと、あと2カップほど……まだ頑張ればいけますよね?」

 

 涙目で聞いてきた七海さんの背後には、お高めのプリンを包装した包みを持った三上さん。私と目が合ってものすごく気まずそうな顔をした。私も七海さんに顔を見られた状況じゃなければ同じ顔をしただろう。

 それにしても、ようやく好きな人がいると教えてくれた。今まで直接恋愛相談をしてあげられなくて、ずっとモヤモヤしていたのだ。

 七海さんではなくその後ろを見ていた私を不思議に思ったのか、振り返ろうとした彼女の顔を慌てて両手で挟む。

 

「ま、まあまあ。ええと、胸は、まあ……頑張れば大きくなると思う。でも、どういう経緯で知ったの?」

 

 七海さんの後ろで三上さんが慌てているが、私には関係ない。胸のくだりで喜んだ七海さんは、特に何か考える事もなく教えてくれた。

 

「先日の残業の際に三上さんと一緒だったんですけど」

 

 それは勿論知っている。

 連携を取るために、たまに受付勤務がどこかの部署と共に仕事をするのだ。どうせだからと受付が結託して三上さんと七海さんを組ませた。

 の、だけど。

 

「それで、たまたま……三上さんのプライベートPCと連携している個人用ファイルが表示されて……そこにあったAVの女の人が、みんなFカップ以上で……。でも私はEよりのDなので、頑張ればFにもなれますよね!」

「大声は止めましょう」

「あっ、す、すみません」

 

 図らずも胸のサイズを好きな人に暴露してしまった七海さんと、知ってしまった三上さん。

 恐らく、そのAVの件の謝罪と口止めも込めてのお高いプリン持参だったのだろうけれど……。まあ、私は黙っておいてあげましょう。

  恥ずかしそうに頬を赤く染めた七海さんは、しばらくしてから「でも……」と落ち込んだ様子を見せた。

 

「やっぱり男の人からすると、AVを見られるのって嫌ですよね。いつもは通勤時間が合って挨拶するのに、今日は会えなくて」

 

 避けられてるかな、嫌われたかなと、無言のまま寂しそうに視線を落とす七海さん。その様子を見て、私は七海さんを立たせた。

 落ち込む女の子を放っておくなんて紳士の名折れですよね、三上さん? ちゃーんと慰めてあげて下さいね。

 七海さんを後ろに振り向かせると、

 

「でも、のところからいたよ。話してきてごらん」

「あ、う……はい」

 

 恐る恐る三上さんに近付く七海さんに、三上さんは目を泳がせてから、意を決した顔で口を開いた。

 

「昨日は変なもの見せてすまん。これはお詫び」

「あ、はい」

「あと……朝会えなかったのは、これを買うために早めに出たからだ。避けたわけじゃない。誤解させて悪かったな」

「そ、そんな……! 私が勝手に落ち込んだだけで、三上さんは悪くありません。その、すみません、私の方こそ」

 

 お互いに謝って、まあ三上さんの方は葛藤とかあるだろうけれど、一件落着だろうか。我々受付勤務組は、七海さんが良ければ良しなので。

 そう思った直後、おずおずと七海さんが三上さんに聞いた。身長差から恐らく上目遣いで。

 

「ま、また何時もみたいに、朝お話してもいいですか?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、三上さんは周りを見た。そして私と目が合い、どうか誰にも言ってくれるなと言わんばかりのアイコンタクトを受けた。

 言ったところで七海さんの恋の障害になる可能性の方が高いから、言いませんとも。

 そんな気持ちを込めて頷くと、三上さんはほっとした様子で七海さんに了承を示した。瞬間、七海さんに安堵と喜びが混ざった笑顔が浮かんで、三上さんは一時硬直した。

 うん、青春だなあ。

 三上さんは年齢でちょっと現実逃避もしてるみたいだけど……まあ、七海さんが押したら何とかなるだろう。

 だから、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、まさか。

 

「三上さん……?」

「先輩、血、血が……」

 

 こんなことになるなんて、思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 スライムに転生して、ヴェルドラと出会い、ヤム(こちらの世界に合わせてそう呼ぶことに)を保護し、ゴブリンや牙狼族の主となり、ジュラの森大同盟の盟主となって、数日後。

 その日は、オーク達の名付けも終わり、久し振りにゆっくりと休める日だった。

 

「ふぅ……これでまあ、一段落したな」

「そうですね。お疲れ様です、みか……リムルさん」

「おっ、ありがとな」

 

 腰を落ち着けた先で、ヤムがそっとお茶を差し出してくれる。今日はシオンやシュナもベニマル達同様に駆り出されているため、近くにはいない。

 ヤムが煎れてくれるお茶は、流石に種類こそ違うが何処となく日本を思い出させてくれる味だ。それを分かっているのか、ヤムはいつもお茶を飲む時は飲み終えるまで静かに待ってくれている。

 こういう気遣いがシオンにもあればと思うが、まあ無い物ねだりはしても仕方がない。

 

「今日はもうしなければならない事はありませんか?」

「おう、今日はもうないぞ」

「それじゃあ今日はこれから、リムルさんは私が独り占めですね」

「そっ、……そうだな、うん」

 

 嬉しそうに笑う隣のヤムから目を逸らす。

 いや、本当、めちゃくちゃ分かりやすいんだよな、この子は。全身から大好きオーラ垂れ流してるとしか思えない。

 正直に言って、ものすごく照れる。そして困る。いや嬉しいんだよ、嬉しいんだけど。……年齢が、10以上離れてるんだよなあ……。

 しかも今はスライムだから息子もないわけで。いや別にヤムとどうこうなろうなんて思ってないんだけどね?

 見た目だってほら、今の俺は女児みたいなもんだからヤムにあらぬ誤解があっても迷惑だろうし。

 

「それにしても、こっちに来てから怒濤の勢いで色々起こりましたね」

「え? ああ……確かに。まあこんなこと早々ないだろうし、これからはゆっくり出来るだろ」

 

 広がる街を見下ろして、ヤムは少し遠い目をした。

 ヤムは、俺が転生したとほぼ同時期にこの世界に転移した。この世界で言ういわゆる異世界人である。

 しかも転移した場所が封印されていたヴェルドラの目の前。ヴェルドラから聞いたところ、ヤムはしばしその場で呆然とし、錯乱したらしい。

 泣いて叫んで、地面を殴ったり頭を岩壁に打ち付けたり、それはもう見ていられなかった程だ。

 あのヴェルドラが必死に宥め、数週間かけてようやく真面に話が出来るようになったらしい。

 当時ヴェルドラは自分を見て恐怖し錯乱したと思い若干傷付いたと言っていたが、実際はそうではなかった。

 

 元々頭の回転は良さそうな言動だったが、まさか自分の置かれた状況を瞬時に理解出来るほどだったとは。

 ヤムは転移しヴェルドラを視認した直後に、今までいた世界とは全く違う場所にいると理解した。まあ非現実的なドラゴンがいれば瞬時でなくとも時間があれば分かるだろう。

 だがそれをすぐさま理解し、あの閉ざされた洞窟の中ですぐに元の世界に帰る事が出来るか思考し、出来ないと悟った。そして出来たとしても、それは一体何時になるのか。

 そもそも異世界に行った人間を、元の世界の人間は覚えているのか、受け入れてくれるのか、などなど嫌な事を考えた末の錯乱だったらしい。

 

 けれどヴェルドラの声かけで何とか理性を取り戻し、恐怖を必死に押さえつけ、ヴェルドラからこの世界のことを出来る限り教えて貰うことにした。そうしてしばらく経った後に俺が現れたそうだ。

 俺が三上悟であることを伝えると、ヤムは目を見開き、そして堪えきれないように涙を零し、声を上げて泣いた。

 そこで吐露された恐怖と、本人はすっかり忘れているがぽろっと俺への好意を漏らしたのを聞いたヴェルドラが俺と一緒に行けと送り出したのだ。あいつ、完全にヤムの父親面してたな。

 まあ友達になったヴェルドラをあそこに置いていけるわけもなく、今は俺の胃袋にいる訳だが。

 

「平和なのはいいんですけど……みんな、街づくりやその警備で忙しくなりますね」

「まあ、魔物の街だからな。色々ちょっかいかけるのはいるだろうし」

「…………私も手伝いたかったな」

 

 風で掻き消えそうな小さい声。

 寂しそうにぽつりと呟かれた言葉は、どうしようもない無力感に満ちている。

 そうだ。

 魔物の中でたった一人の人間だというだけで、その孤独感は酷いものだろうに。俺という知っている元人間がいるから、彼女はここに留まっている。

 その上――スキルも魔法も、何一つ持ち合わせていない事が、更に拍車をかけているのだろう。

 異世界からやってきた人間は大なり小なりユニークスキルを身に付ける。だからこそ召喚者だって五万といるわけで……だというのに。

 本当にただの身一つで、全く知らない世界にいる。

 

 恐らくこの世界に来たその時に、スキルを持つと同時にこの世界への耐性も付与されるのだろう。

 彼女はゴブリンと牙狼族しかいない村だった頃、風邪に倒れた事がある。まだ耐性が出来ていない小さな子供にしか罹らない病気だった。

 村にも薬はあったものの、ヤムは一週間意識が戻らなかったし、まともに生活できるまで一ヶ月を要した。普通の子供でも、数日で治る病気だったのに。

 

 だからこそ、俺は勿論ゴブリンや牙狼族の皆もヤムを動き回らせる事を是としなかった。その出来事はゴブリン達を通じて新たな仲間達にも伝わっていて、ヤムは盛大に過保護にされていた。

 シオンなんかはこんなにも脆い人間がいるのかと、ヤムに触れる時は、真剣な顔で赤子を触るような手つきだ。最初はおっかなびっくり触れていた頃に比べればかなりマシになった。

 実際、躓いたヤムの腕を引っ張って助けた時は腕の骨に軽くヒビが入ったので、その対応は間違いではない。

 もしかすると、普通はこの世界に来た時に耐性と同時に多少身体も強化されるのかもしれない。でなければ、ヤムはこの世界において脆すぎるのだ。

 しかし、それをヤムに伝えれば余計に彼女の重荷となり心を蝕むだろう。

 ならば、それを伝える必要はない。

 

「ヤムが手伝えなくても、こうして話したりお茶を煎れてくれるだけで、俺も皆も嬉しいよ。十分役に立ってくれてるし、気に病む必要なんかないぞ」

「そう、ですか? ……それくらいなら何時でも出来ますから、いっぱい頼んで下さいね」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 ヤムはまだ起きない。

 彼女は、魔物の国に住む人間として有名になってしまっていたらしい。シュナとシオンを護衛として共に散歩していた際にファルムスの襲撃に遭った。俺に近い者として名の上がる二人に連れられている人間ならば、と。ファルムスの兵に積極的に狙われたという。

 …………そうすれば、この国につく人間が少なくなるだろうと。

 二人はヤムを逃がそうとしたが、結界によって力を削がれた状態ではそれもままならなかった。

 ……そして。

 ヤムを守るために戦った二人は共に重傷を負い、シオンはその傷を負ったまま子供を庇って一度死んだ。シュナは死んではいないが動くことも出来ない怪我を負っていた。

 二人が守ろうとしたヤムは、心臓に近い位置を貫かれていた。

 

 ファルムスの軍勢は潰した。

 仲間も皆生き返り、元気に動き回っている。

 それでも問題は山積みで、合間合間にヤムの様子を見に行っては起きない彼女にじくじくと無い心臓が痛んだ。

 慣れない環境だと体に障るからと置いていかなければ。一緒に子供達の面倒を見て、そうすればあんな怪我を負う事も無かったのに。

 後悔ばかりが募って、それでも国を、仲間を、ヤムを守るために行動しないといけない。

 魔王クレイマンをその座から蹴り落とし、新たな魔王として、その椅子に座る。

 それでもまだ、彼女は目を覚まさない。

 

 周りで楽しく騒げば起きてくるに違いないと、沈んだ心を叱咤して、皆が祭りの準備を始める。やるからには盛大に、本当にヤムが目を覚ますような、楽しく騒がしい宴を。

 だがその前に、やるべき事がある。

 西方聖教会との衝突は避けられない。ヒナタとの戦いは近いだろう。

 それが終わって、何の憂いも無くなったのなら、

 ――お前は起きてくれるのか、ヤム。

 

 西方聖教会と、ヒナタとの、もとい魔王バレンタインと和解した。

 その生贄としてヴェルドラを差し出したが、まああれは自業自得である。笑って話がしたい。だから、もうそろそろ起きてくれ。

 俺も、皆も、ヴェルドラも、ずっとずっと待ってるんだ。もうすぐ開国祭だって始まる。

 どうしたら、目を覚ましてくれるんだ?

 

 

 

 ――分かっている。

 ヤムが重傷を負って目を覚まさないのは、俺のせいだ。俺がこの国を建て、ヤムを傍に置いたから。

 いいや、もっと言えば。

 ヤムがこの世界に来たのは、俺のせいだ。

 この世界に来て絶望し、錯乱し、恐怖したのも。この世界に対して何の耐性もなく、スキル一つすら持たないのも。

 俺が、あの時望んだから。

 前世の俺が死ぬ間際、もう少しだけでも一緒にいたいと願ったから。それは叶えられた。叶えられてしまった。

 好意を持たれて満更でもなかった。あそこまで懐いて好意を向けられればいい気にもなる。

 しかしそれ以上を望んではいけなかった。ヤムはまだ若く、人生これからだという年齢だ。俺のことはいつか思い出として終える恋のはずだった。

 それを俺が無理矢理この世界に連れてきた事で変えてしまった。たった一人の同郷者。確かに他の異世界人はいたが、それでもシズさんは亡くなり、他の者は敵対したファルムスの所属。

 恋は、恐らく藁にも縋る故郷への哀愁へと変わり、少しずつ依存へと形は変わっていった。

 どこか恋とは違う感情が入り混じり始めた事には気付いていた。それが何かは分からなくて、魔王として覚醒したその時に、ようやく理解した。

 同時に、ヤムをここに連れてきたのは俺だということも。

 守らないといけなかった。

 俺のせいで未来が消えて、不安しかない異世界で生きていかなければならなくなった。

 伝えて謝らなければならない相手はずっと眠り続けていて。

 考えて、時間が経って、話して嫌われる事が恐ろしくなって。どうにもできない罪悪感が何時だって心の奥底で燻っている。

 当たり前のように甘受していた好意が、反転して嫌悪に変わることが酷く恐ろしかった。

 このまま眠り続けていてくれればと一瞬でも考えた自分に反吐が出そうで、それでもその案が魅力的に思える自分が気持ち悪かった。

 眠り続けてくれれば、この醜い心と望みを伝えずにすんで、ずっと俺に好意を抱き続けてくれるのではないか。

 そうなったら良いと心から思った自分が信じられなかった。良いわけがない。あの瞳が俺を映す時、どんな風に輝くのか忘れたのか。

 ……伝えれば、もう二度とあの瞳には好意が映らないかもしれない。

 それでも、伝えるべきだ。

 自分の人生を狂わせた相手がそれを隠して何食わぬ顔で傍にいるなんて。後々知った方が、嫌だろう。

 伝えて、伝えても、それでもまだ、好意を持ったままでいてくれるだろうか。

 

「……は、馬鹿だな」

 

 年齢がなんだスライムがなんだと言い訳して、一度も彼女に好意を返したりしなかったくせに。

 嫌われたくないなんて、そんな下らない理由でずっと起きないでくれなんて願う奴があるか。

 

「……………う、」

 

 掠れた、それでも覚えている何日も聞かなかった声に伏せていた顔を上げる。

 震える睫毛が、衣擦れの音が、目元を擦る腕が。

 ヤムが目を覚ました事を、告げていた。

 口を開けば、音の出ないままパクパクと動くだけだ。緊張で震えるまま唾を飲みこんで、もう一度口を開いた。

 

「ヤム」

「……三上さん?」

「あの、な」

 

 寝起きで、悪いんだけど。

 前置きをし、乾いた唇を濡らしてから話し出す。嫌われるかもしれない、でも言わなければ。

 ただ、まだ望んではいいのなら。

 

「――知っていました」

「………………え?」

「ヴェルドラさんに推測とか色々、聞いてましたから」

 

 三上さんは気付いてないみたいだったので、わざわざ言わなくていいかなあと。

 なんて、えへへと照れ笑いしながらヤムは言った。

 何で、と口から零れる。

 言ってくれれば、や、何で責めようとしなかったんだという言葉は飲み込んで。ヤムは困ったように目を泳がせると、ぼそぼそと言い訳のように口にした。

 

「だって、ほら……なんか責任とれって言ってるクレーマーみたいな感じじゃないですか。ちょっと言うの恥ずかしいですし」

 

 きっとそれは嘘ではないんだろう。しかし本心でもない。

 俺の負担にならないように気遣って口にしたものだ。ヤムの方がよっぽど辛い状況にあるはずなのに。

 そんなに俺は頼りないか。弱いところを見せたくないか?

 ずっと俺に好意を向けてるのに、肝心な時は頼らず何も言わない。

 ……それも、俺のせいか。

 好意を向けられても有耶無耶に流してきた結果が、これだ。だから彼女は俺に頼るなんて考えず黙っていた。ヤムが言わないから、ヴェルドラだって俺には言わなかった。

 今までの行動の結果だ。わかってる、わかってるよ。それでも言って欲しかった。

 負担になんてならない。むしろ理由が分かって納得するし、なあなあの保護ではなくちゃんとした保護も出来たはずだ。

 そうすれば、怪我だってしなかった。

 

「……そうか。でも、ヤムがこの世界に来た理由が分かったなら今までのようにはいかない」

 

 青い顔をしたヤムが口を開く前に、言葉を紡ぐ。

 

「これからは、俺が責任持ってお前を守る。だからこれからはずっと俺の傍にいて貰う。いいな?」

「は、はいっ、分かりました!」

 

 俺の仲間が、ではない。

 俺が、だ。

 勢いで返事をした後に首を傾げ、そして嬉しそうに頬を染めたヤムは理解が早い。

 それでもまだ真意には気付いていないだろう。

 俺が人生が狂わせた。俺のせいでその身に傷を負わせた。俺が原因でその恋を捻じ曲げさせた。

 責任なら、喜んで取ろう。

 恋に浮かれたその瞳には、好意と共にしっかり俺が映っている。

 俺のせいでここまで狂わされたのに、いつまでも盲目的に恋い慕ってくれる。それはどこまでも甘美な毒で、どうにも体から抜けない。

 もう誤魔化す事は出来ない。

 渡され続けた好意に、心が溶けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ずっと、な」

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 ようやくだ。この時をずっと待っていたんだ。

 愛してる、愛してる。

 私を見るその瞳の奥に仄暗い欲望が渦巻いているのを確認して、歓喜のあまり涙が零れそうになった。

 

 この世界に来た時は、彼から物理的に離された事に絶望して死んでしまおうとしたが、死ななくて良かった。

 あの時、彼が生まれ変わった姿で現れた時は驚いた。それでも胸を高鳴り腹の奥はきゅうきゅうと熱くなったので、すぐにそのスライムは彼だと分かった。

 どんな手を使っても元の世界に戻って彼と添い遂げてやると覚悟した後に、この世界で生まれ変わったと知ったのだから泣いてしまった。

 これは私と彼が二人だけの世界を作り上げるために異世界に来たのだとさえ思った。彼を殺したゴミクズには必ず報復するとはいえ。

 

 こちらの世界に来てから彼は随分と強くなった。男らしくて素敵だ。ますます惚れ込んでしまう。他の奴には、絶対に渡さない。

 ゴブリンやらオークやらを配下とし、盟主となった彼はとっても格好良かった。オークを見捨てずに仲間にするなんて、とても優しい。……その優しさは私だけに向いていればいいのに。ああ、駄目だ、そんな事になったら彼が悪く言われてしまう。それで彼が傷付いたらどうする。彼の傷は、私以外がつける必要はない。

 

 口で好きとは言わないが、態度と行動で貴方が好きだと伝えていく。稀に見せる、彼が照れた顔が一等好きだ。

 赤く染まる頬とじとりと半目で私を見る顔も、耳まで赤く染めて口元を隠す姿も、照れてしゃがみ込む貴方も、好きで好きで、どうしようもなくて。

 ああ、はやく、私だけのものになって欲しい。

 

 心臓の近くを貫かれた時、未来を思って少し笑った。

 彼はこの傷を自分のせいだと責めるだろう。私は何も持っていない。スキルも魔法も何もかも。

 だからこそ、その負い目を利用する。

 許しましょう、貴方がなす事その全て。負い目を境に依存へと。心に落ちた影を少しずつ誘導していけばいい。

 そうすれば、貴方は私に依存していってくれるでしょう。愛は、どこからでも始まるもの。依存から、歪んだ愛を育めばいい。

 愛して。貴方が私だけを望むように。

 姿が見えないと落ち着かなくなるように。

 この世界では、貴方が王だもの。配下は貴方の望みを聞く良い子ばかり。

 ――貴方が望めば、私を縛り付けられる。

 私が貴方を閉じ込める事は、きっと貴方の配下や友人が阻止するでしょう。だから、貴方が私を閉じ込めて。

 首輪を嵌めて、足枷をして頂戴。

 

 目を覚まして、聞かされた事に微笑んだ。

 知っている。それはとっくに。でも黙っていた。だって自分で気付いた方が、私のことを愛してくれるでしょう?

 自分のせいだと責めて、くれるでしょう?

 貴方は優しい人。だから、自分を責める。それを私は知っている。

 ああ、予想通り、期待通り。

 熱の籠もった、それでいて仄暗い瞳が私を見つめている。歓喜と共に甘い痺れが走る。口寂しいと蠢く腹の奥を鎮めるように足をこすり合わせる。

 小さな小さな声で呟かれた声を捉え、私は歓喜した。ようやく、ようやくだ。 

 これでようやく、私と貴方は。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 愛してる。

 愛してる。愛してる。

 愛してる。愛してる。愛してる。

 愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。

 愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。

 愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。

 愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。

 愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。

 愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。

 愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。

 愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。

 愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。

 愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。

 

 愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛し

 

 

 

「――愛してる」


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