むしゃくしゃしてやった

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先祖返りの鬼狩り

「お前には、鬼狩りの使命がある」

 

――齢3歳。 初めて刀を握った。

 

 

✼ ✼ ✼

 

 

藤の香りが満ちた試験会場。

 

そこかしこに武器を持った人々の姿が見え、その全員が真剣な顔をしている。

 

それもそうだろう。

なにせ、これからは文字通り、命を懸ける必要があるのだから。

 

鞘を強く握り締め、大きく息を吐く。

 

「それでは皆様、いってらっしゃいませ」

 

少女の合図とともに、鬼が住まう山の中へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

山の中を歩き回り、視界が開けた場所を探す。

 

これから7日間も過ごすのだ。 なるべく奇襲などがされにくい場所に居たい。

 

視界が開けた場所なら、木々が視界を塞ぐことも無く、それでいて日中は日光が刺して安全だ。

 

もっと欲を言えば、そこに追加で奥の浅い洞窟が欲しい。 屋根があると安心出来る。

 

なので、早急に今いるこの森を抜ける必要がある。

あるのだが――。

 

そんな俺の思いとは裏腹に、一向に木々が無くなる気配はない。

 

 

辺りを見回しながら森の中を歩いていると、突然、首の後ろがひりつくように感じた。

 

「ア゛ア゛ァ゛!」

 

咄嗟に、身を屈めながら右側へと転がる。

今立っていた場所に鬼の腕が突立った。

 

奇襲を失敗した鬼がギロリとこちらを睨みつけてくる。

 

他の鬼がいるようには見えない。 敵は一体だけだ。

 

「肉ゥ…」

 

ボタボタとヨダレを垂らしながら、鬼が再び飛びかかる体制に入った。

 

迷わず刀を引き抜く。

 

「ウガァァ!」

 

「…ふぅっ!」

 

化け物じみた脚力で襲いかかってくる鬼を真っ直ぐに見据え、左下から切り上げるように刀を振るう。

 

決して軽くない手応えと共に、鬼の体が袈裟斬りに切り裂かれた。

 

だが、まだだ。

 

首を切れていない。

 

「クソ、腹が…減ってんだよォ!」

 

「気色が悪いな」

 

この程度の鬼では、この短時間に失われた半身の再生には至らない。

 

片手で必死に体を持ち上げようとする鬼を見下ろしながら、刀を大上段に構える。

 

月の光を受け、刃が煌めいた。

 

 

 

 

鬼を一体殺せたことで心に僅かに余裕が出来た。

 

訓練でも何度か鬼の相手はしたが、正式な試験だと緊張してしまって上手く殺せるかがとても不安だったのだ。

 

そんな心配も杞憂に終わり、再度見晴らしの良い場所を探して歩き回る。

 

ふと、男の叫び声が聞こえた。

 

しかし、見えている範囲ならともかく、どこにいるか分からない人を助けに行くのはリスクが高すぎる。

 

が、そんなことは知らない。 魔を断ち、人を救えと幼い頃から叩き込まれている。

 

声が聞こえた方へと全力で駆ける。

 

木々を避けながらなので平地よりは時間がかかるが、それでもまだ10秒と経ってはいない。

 

左手で鯉口を切り、目をこらす。

 

3間程先に、腰を抜かした男と、男へとにじり寄る鬼の姿が見えた。

 

右手で刀を握り、加速する。

 

「これで、ようやく飯にありっ

 

居合の要領で鬼の頸を飛ばす。

驚愕に見開かれた瞳が俺を捉え、そして消えていった。

 

周囲に鬼が居ないのを確認し、刀を納める。

 

「大丈夫ですか」

 

手を差し出すと、おずおずと握り返される。

 

「ああ、助かったよ…。 君は怖くないのか?」

 

「特には。 勝てるように訓練してきましたので」

 

緊張はしますけどね、と言いながら男に肩を貸す。

 

男は俺よりも背が低いため、屈むような形になって腰が痛い。

そして、嫌に艶やかな髪が顔にかかる。

 

「悪いな、手間をかけて。 いざ鬼を前にしたら足がすくんじまって」

 

「仕方ないでしょう。 相手は鬼、人の命を容易く奪う怪物です」

 

少し大きめの木の根元に男性を座らせる。

 

「立てるようになるまではここに居ます。 それとも、ずっと一緒に行動しますか?」

 

「いや、いい。 大丈夫だ。 次は負けない」

 

「わかりました」

 

半時ほど他愛の無い会話を交わし、男と別れる。

 

試験が終わった後、もう一度相見えることを祈りながら。

 

 

 

 

 

 

試験が始まってかなりの時間が経つ。

 

俺は未だに森の中をさまよいながら、出会った鬼を斬り殺していた。

 

というか、何度か自分が歩いた跡を見かけた。

まさか俺は道に迷っているのか?

 

道が分からない不安感とやけに少ない鬼に違和感に苛まれながら、木に登る。

 

もう面倒になってきたので、上から見ることにしたのだ。

 

木のてっぺんから周囲を見渡し、1箇所、木が生えていない場所を見つけることが出来た。

 

地面に降り、先程見えた場所に向かって歩く。

 

…やはり、鬼の数が異様に少ない。

聞いていた話では、今の何倍もの鬼が居たようだった。

 

単純に試験の鬼の数が減らされたか、鬼の補充が忘れられていたか、はたまた…。

 

俺が考えられる1つの可能性に行き当たったと同時に、甲高い音が辺りに響いた。

 

聞こえてきたのは前方、ひらけた場所があったところだ。

 

即座に走り出す。

 

今の音は、十中八九刀が折れた音だ。 刀以外にあんな音を出せるものがあるとは考えられない。

つまり、刀を折れるだけの力を持った鬼がいる可能性が高い。

 

森を抜ける。

 

目に飛び込んできたのは、刀身が半ばで折れた刀を持つ、お面をつけた少年。

 

そして、数えきれない程の腕や手に覆われた巨体の異形だった。

 

辛うじて鬼だと判断できるくらいにしか原型を保っていない()()が、刀を失った少年へと何本もの腕を伸ばす。

 

姿勢を低く落とし、恐るべき速度の腕を掻い潜りながら少年の体をかつぎ上げる。

右肩に重みを感じながら、極力転がらないように腕を避ける。

 

「なっ!?」

 

少年の驚く声が聞こえる。

ひとまず距離を取るために鬼に背を向け、駆け出す。

 

「逃がすかぁ!」

 

後ろから憎悪に満ちた声が聞こえ、目の前の地面から生えたおびただしい数の手が襲いかかってくる。

 

右へ左へと体を捻って何とか躱しつつ、姿を隠すために森の中へ。

 

少し入り込んだところで少年を降ろした。

 

「すまない、助かった。 まさかあれ程の鬼が居るとはな」

 

「同感だ。 いったいどれだけの人を食えばああなるのか、想像もつかないな」

 

奥からは巨大な地響きと木がへし折れる音が聞こえている。

 

「予備の刀はあるか?」

 

「いや、無い。 だが、一時的に刀を借りるアテはある」

 

「そうか」

 

少年の刀は半ばでポッキリと折れていて、使い物になりそうもない。

別の刀を借りるとかしなければ戦うことは出来ないだろう。

 

「とりあえずアイツを斬らないとだな。 他の人が襲われるかもしれない」

 

鬼が暴れている方へと目を向ける。

あれだけ音を出していれば近づくものは居ないだろうが、万が一という事もある。

 

「俺も手を貸したいところだが、刀が無い以上足でまといでしかない。 せめてこいつを持っていけ」

 

少年が、頭に付けていたお面を投げ渡してきた。

 

「ヤツは、その面を付けているやつを積極的に狙ってきた。 何の役に立つかは分からんが…」

 

「いや、御守りとして貰っておこう」

 

受け取った面を付ける。

…視界が悪いな。

 

面を外し、頭の横に付け直す。

 

「お前はどうする」

 

「刀を借りるアテがあると言っただろう? うまく借りられたら助けに戻る」

 

「頼もしいな」

 

鯉口を切る。

真剣の鈍い輝きが、心を一気に沈めさせる。

 

「行ってくる」

 

「…死ぬなよ」

 

「勿論だ」

 

右から回り込むように鬼の元へ向かう。

音で自分が何処にいるか知らせてくれるとは、親切な奴だ。

 

俺達の居た場所から10間ほど。 再び鬼の姿を捉えた。

 

すぐさま突撃はせず、更に回り込んで、完全に背後を取る。

 

木々がちょうど邪魔をしない、鬼との直線上に立つ。

鬼はこちらに気づいておらず、森を破壊しながら進んでいた。

 

腰の刀を引き寄せるように持ちつつ、腰を落とす。

 

「ふっ!」

 

そして、加速。

 

残り3間という距離で、走る勢いのまま飛び上がった。

 

狙うは頸、ただ1箇所。

 

「シィッ!」

 

短く吐き出された息とともに刀を振り抜く。

 

速度を乗せた一閃は、的確に狙った位置を切り裂き――

 

「甘いなぁ」

 

叩きつけられた巨大な腕が、俺の体をいとも容易く吹き飛ばした。

 

 

 

 

明滅する意識の中、鬼が歩み寄ってくるのが見える。

 

「馬鹿だなぁ。 俺が後ろからの奇襲に対応していないわけがないだろう?」

 

なるほど、確かにその通りだ。

あれだけ変異した肉体、それだけの人間を喰っているのだろう。

 

そんな鬼が、1度も奇襲されなかったはずも無い。

 

「お前の刀じゃ、俺の頸は切れない。 俺の腕の方が太いからな」

 

何が面白いのか、ニタニタと笑いながら鬼が言う。

 

あの腕は頸を守るためのものか。

見えづらいが、頸周りの腕はより強いらしい。

 

「大体わかった。 お前は頭が悪いな」

 

「…何?」

 

幸い、怪我はそこまで無いようだ。 奴が手のひらで打ったからだろうか。

 

左手の指が2本、肋がおそらく1本。 それと全身打撲。

まだまだ戦える範囲内だ。

 

「お喋りが好きだな。 おかげで意識もハッキリしてきた」

 

頭を軽く降り、ぼやける視界を元に戻す。

 

「一撃が重い。 それでいて、数も速さもあるが…」

 

肩幅に足を開き、刀を突きつける。

 

「お前には、頭が足りないな」

 

「黙れ黙れぇ!」

 

迫り来る無数の腕を前転で躱し、刀で切り落とす。

 

態々切り落とす必要は無いが、威圧の為と、少しでもそちらに意識を持って行って欲しいという期待からだ。

 

「鱗滝の弟子が! 殺してやる!」

 

地面から表れた腕が次々と繰り出される。

 

…ふむ、鱗滝。 聞き覚えはないが、恐らくはこの面と関係があるのだろう。

 

木々を盾にしながら、腕を避ける。

 

単純に物量で押してきている。 面倒だ。

 

「っはぁ!」

 

1番近くにあった腕を切り飛ばし、近い木の影に体を隠す。

次の瞬間、別の腕が木の幹を叩き折った。

 

影から飛び出す。

予想以上に力技で責められているな。

 

腕を登って頸を狙うが、狭い足場の上では思うように攻撃を捌ききれない。

 

受身をとりながら地面に降りて森の中を駆ける。

 

極力森で使うのは避けたかったが、こうなっては仕方がない。

 

 

✼ ✼ ✼

 

 

冨岡から借り受けた刀を下げて、森を駆ける。

 

先程の男。 背の高い、同い年くらいであろう彼が、あの化け物じみた鬼と戦っている。

 

あの膨大な手は厄介だ。

攻撃にも防御にも使えて、それでいて斬っても斬っても再生する。

 

今までの鱗滝さんの弟子たちが死んだのは、殆どがあの鬼によるものだった。

 

ここで斬らなければ、ヤツはこれからも鱗滝さんの弟子を殺していくだろう。

 

それだけは止めなければいけない!

 

戦闘音が近付いてくる。 あの男はまだ戦っているようだ。

 

刀を抜き放つ。

 

まもなく、鬼の姿を捉えた。

俺からは見えないが、鬼の視線の先には男も居るのだろう。

 

『水の呼吸 肆ノ型――!』

 

鬼へ向け、死角からの不意打ちで型を放とうとした時。

 

炎が、迸った。

 

 

 

✼ ✼ ✼

 

 

 

目を見開く鬼の姿。 それもそうだろう。

 

刀が燃えているところなど、どれだけ生きていても見たことが無いはずだ。

 

…少なくとも、平安から生きていなければ。

 

「な、なんだそれは…。 なぜ傷口が再生しない…!?」

 

焼かれた腕の切断面。 そこからは、再生するはずの腕が生えてきていない。

 

「実の所、俺にもよく分からない。 魔力というものを使って炎を出しているらしいが、これを使えたのは、一人を除いて俺だけらしいからな」

 

距離を詰め、鬼の身体にまとわりつく腕を次々と切り捨てる。

 

もしも炎が森に引火したら大惨事になるので使いたくはなかったのだが。

 

「貴様、何者だッ!!」

 

四方八方から腕が迫る。

 

さすがにこれを全てを切り落とすのは無理だろう。

1人だったならば。

 

「はあっ!」

 

炎を纏った刃が、半分の腕を切り落とし、燃やし尽くす。

 

『水の呼吸 肆ノ型 打ち潮』

 

「はあぁぁっ!」

 

そして、鬼の死角から飛び出した少年が、華麗な剣さばきで残り半分を切り落とした。

 

1度鬼から距離を取り、少年と肩を並べる。

 

「ありがとう。 助かった」

 

「気にするな。 それより、それは何だ?」

 

少年が、俺の刀を視線で示す。

 

「後で教えよう。 今やるべき事は別にある――!」

 

「だな」

 

俺が右側から、少年が左側から、鬼に斬り掛かる。

 

刀を下から振り上げ、炎の斬撃を飛ばして鬼の体の腕を纏めて焼き尽くす。

即座に刀を返し、襲い来る腕を一刀のもとに斬り捨てる。

 

『水の呼吸 参ノ型 流流舞い』

 

少年が迫り来る腕を躱し、切り落としながら鬼へと迫る。

 

「死ね、死ね、死ね死ね死ねぇぇ!」

 

鬼の体から、地面から。 視界を埋め尽くすほどの腕が伸ばされる。

が、もう遅い。

 

刀を1度鞘に戻し、勢いをつけて抜刀。

 

放たれた炎の刃は、的確に邪魔な腕を切り捨て――

 

『水の呼吸 壱ノ型 水面斬り』

 

「うおおおぉっ!」

 

少年の刃が、鬼の頸を切り飛ばした。

 

 

 

 

「これは返す。 帰ってきてくれて助かった」

 

付けていた面を返す。

奇跡的に重症を負わなかったのは、この面のおかげかもしれないな。

 

「助けられたのはお互い様だろう」

 

「そうかもな」

 

面を付けた少年と共に、地面に座り込んで談笑をする。

 

左手の指と肋が痛みを訴えるが、まだしばらく我慢だ。

 

「お前だろう? 鬼を殺し回っていたのは。 やけに鬼が少なかった」

 

「よくわかったな。 刀か?」

 

「ああ」

 

少年の折れた刀は、ひと目でわかる程に消耗していた。

それだけ多くの鬼を斬ったのだろう。

 

見えない誰かの為に命を賭けることは、誰にでもできることでは無い。

 

「お前のおかげで交戦も少なく済んでいる。 有難い」

 

「そのせいで刀は折れたがな」

 

声を上げて笑う少年。

 

「少しばかりお節介が過ぎたみたいだ。 それより、お前のアレはなんだ?」

 

少年が、俺の腰の刀を指し示す。

 

「俺は先祖返りらしくてな。 魔力というものを使って炎を生み出している」

 

「先祖返り、魔力…? お前の先祖は本当に人間か?」

 

「どうだろうな」

 

炎を纏うなど、明らかに何かと戦う為の力だ。

俺の先祖は本当に鬼や魑魅魍魎と戦っていたのだろうか。

 

「俺は錆兎だ。 お前の名前は?」

 

「渡辺 刹那。 よろしく頼む」

 

鬼狩りの逸話を持つ先祖、渡辺 綱。

その力、同じ鬼狩りのために有難く使わせてもらうとしよう。


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