Fate/Accelerate night:間桐慎二のサーヴァント 作:倉之助
【6日目 昼】
軽く眠り目を覚ます。想像よりも低い太陽。時刻は……まだ、少し寝過ごしたくらいの時間だ。陽光がひどく目に染みる。眩しさに眩んだ瞼の裏に溶けた頭部から滴る液体が映る。
顔を洗おうと起き上がり、昨日風呂に入らなかったことを思い出す。洗面所に向かい、とりあえず顔を洗おうと鏡を見る。鏡の向こうに泥に沈む桜がいる。
「……」
辞めだ、風呂にしよう。冬とはいえベタつく体が不快だ。先に風呂に入り、考えを纏めようと服に手をかける。吐き気を催す青臭さが鼻をつく。
「……ちくしょう」
行動一つ、瞬きひとつ。何かをしようとするだけで、昨日の惨憺がフラッシュバックする。衝撃映像、なんて。そんな言葉じゃ響きが軽くて仕方ない。だが他になんと言えばいい? PTSDなんて口が裂けても言えない。あまりにも侮辱的だ。誰になんて、言うまでもないだろう。
ドアノブに手を伸ばして、動きを止めた。リビングから話し声が聞こえる。リツカとイリヤスフィール、マーリン、イアソン、それから……誰だ? 立香の声音からして敵ではない……のだろう。イアソンの声がうるさすぎて内容が聞き取れない。ドアノブを回す。
「なあ、本気か? 本気でやるのか?
二人だ、二人だぞ。この女が二人に増えるんだぞ!!!」
「決まったことをうだうだと……。みっともないですよ、イアソン様」
この短期間で何度も見た
「おはよう、慎二。よく寝れた?」
「この状況でよく寝れる
複雑な心境を隠すように振る舞う。いつも通りにするつもりが、心と行動の歯車がズレて空回ってしまう。リツカが「そうだね」と適当に相槌を打つ。微妙に開いた『間』が心地悪くて、視線を逸らす。イアソンが縛られて床を転がっていた。一瞬で何があった?
「じゃあ、やろうか」
人数も揃ったことだし、とマーリンが微笑む。自然と、その場にいた全員が彼を囲むように集まる。儀式らしさは増しているのに、召喚を行うのが室内であるが故に全員スリッパを履いているのが間抜けに映る。
とん、とマーリンが床を杖で叩く。魔力でできた花が風に揺られ舞い上がり、ひらりひらりと円形を象り床に落ちる。
花が床に触れると同時。眩い光と共になんの変哲もないフローリングに召喚陣が浮かび上がる。黄金に輝く立香の瞳がチラリとマーリンを流し見る。首肯。召喚サークルから立ち昇る風が赤毛を揺らした。手を握る。令呪がぼんやりと光っていた。
「ーーー告げる」
人類最後のマスター。魔術師としては三流、しかしマスターとしては一流。
……ああ、そうだな。わかるよ。
朗々と呪文を誦じる彼女を見れば誰だって納得するさ。みんな立香を見てる。
何故か得意そうなイリヤスフィール、納得いかない顔で召喚を見守る遠坂、表情の読めない衛宮。そして……今にも吐きそうなほど真っ青な顔をしているライダー。立っているのもやっとなライダー。今にも失神しそうなライダー。ギャラリーから外れ、召喚サークルから一番遠い入り口付近の壁に寄りかかり、腕組みをしている。お前、期待を裏切らないよな。一周回って感心する。
立香の詠唱が終盤に差し掛かったとき、いつのまにか縄抜けしていた
「……なあ、やはり喚ぶのをやめないか?
なに、他にいい案がきっとある。私は思いつかないけれど。だがなにもあの女を喚ばずとも……」
「今更何言ってんだお前」
「いつまで言ってるんですか。情けないですよ、イアソン様」
つい漏れてしまった本音。しかしメディアリリィに一喝されたのが効いたのか、イアソンは「うぬぬ」だか「うぐぅ」だかわからぬ呻き声を洩らして黙りこんだ。汚れなき瞳に見つめられる居心地の悪さに根をあげたのか、それとも別の理由からか。体ごと逸らして「勝手にしろ!」と拗ねてしまった。
「っち、どうなっても知らないぞ。あいつは性格が悪いんだ。呼んだところで快く協力してくれるとは思えんがな」
「誰が性格が悪いですって?」
「ゲェ!?」
召喚早々に眼光鋭くイアソンを睨みつけるメディア。不意打ちをくらい反射で飛び上がるイアソンを横目に、幼少期の己を見る。一体何を考えているのか、ニコニコ笑うリリィ。傍には葛木が寄り添っていた。
「ちっ」
舌打ち。その姿はさながらチンピラのごとく。幼い自分には最大の不快感を、寄り添う彼には切なさを視線に込めて。目を逸らした先にいた己のマスターに向かい一歩詰め寄った。苛立ちを隠さずに腕を組み、高い位置から見下ろす姿はさながら女王様(現代的な意味で)
「それで、マスター? “こ ん な と こ ろ”にわざわざ私を呼び出すだなんて、それ相応の理由があるんでしょうね?」
「ある、んだけど。えへ」
完全に腰が引けているイアソン。立香に詰め寄るメディア。己の背中に隠れるイアソンにちらちらと視線を送る立香。それを遠巻きに眺めるメディアリリィと少女に寄り添う隣のクラスの担任。一枚の絵画のように完成された構図から思わず目を逸らす。
「ねえ」
鈴のなるような声。幼児の声帯を震わせて、されど僕より年上の少女が腕を組んで立っている。
「少し外の空気を吸ってくるわ。あなた達は適当に作戦会議でもしてて」
「適当にって……お前はどうするんだよ」
「忘れたの? 私は小聖杯。
私の目が、耳が、思考が、全て筒抜けになってる可能性がある。だから大魔女を喚んだんでしょ?」
赤い瞳に影が落ちる。
「ついでに少し買い物してくるわ。
荷物持ちは……シンジでいいわよ」
「僕でいいってなんだよ。まあいいけど」
イリヤスフィールの後を追い廊下に出る。僕らを追いかけてきたリツカが、「アイスブレイク用にペットボトルのお茶とか買ってきて」とこっそり耳打ちした。それ、こそこそ話す内容か?
にっこりと笑う彼女に「仕方ないな」と言い捨て、玄関を出る。ぼうっと突っ立っている少女の背中に「ねえ」と一声。
「いつまで外の空気吸ってんだよ」
「……シンジ」
いつもなら続く嫌味がない。これは重症らしい。イリヤスフィールの隣に並び、彼女が眺める風景を共に見下ろす。いつも通り、何も変わらない新都の風景が今は少し恨めしい。
「衛宮切嗣のこと、受け止めきれてないんだろう?」
「……そうかもね。そんなことだろうと思ってたのに、変なの」
「そう簡単に割り切れるものでもないさ」
「わかるの?」
「昨日、思い知ったばかりだけど」
「ふぅん。奇遇ね、私もよ」
少女の横顔を盗み見る。ため息の底にある感情を僕なりに推測し、かける言葉を考える。
「なあイリヤスフィール、人は変わるよ。良くも悪くもね」
実際に、僕は変わった。自分で自覚するほど。
あの日、太った三日月の輝く薄暗い夜を堺に停滞していた僕の運命は加速的に動き出した。人生を諦観と孤独で彩って、一歩踏み出す勇気を持たなかった。
蠱毒から連れ出されて、世界を知った。
シェイクスピア風にいうと、『翠の瞳の怪物』だった。醜い本性を隠そうと、別の色で飾っても、結局は緑の炎に燃やし尽くされる。
彼女の黄金の瞳に魅了された。決して逸らさない輝く瞳に射抜かれた。そして、そのまま染められた。
彼女も、僕に出会って多少は変わったと思う。『変わってくれていたら、いいのに』と思う。それがいい変化なのか悪い変化なのかは、ちょっとわからないけれど。
僕らは、互いに影響しあって日々を過ごした。怪物は、気付かぬうちに死んでいた。
「なあ、
境遇も経緯も正反対なのに、ほんの少しだけ僕に似てる女の子。なあ、僕は泣いたよ。だから君も泣けばいい。
同じ少女に魅入られて、変わった同士。こんなこと、だった日々をこんなにも、に変えてくれる人に出会えた同志。
彼女にとって僕は立香のおまけ程度。数日間、共に過ごしただけの僕が言うのは間違っているのかもしれない。けれど___
「君って、本当は寂しがりやの泣き虫なんじゃないか?」
狂気に呑まれ、怒りに蝕まれ、暴走を自覚しながら抗う術を持たず。卑屈で、臆病で、自分の身に降りかかった不幸を、誰かのせいにしなくちゃ生きていけない。認められたくて、認められたくて、でも認めてもらえないんだって諦めてる。欲しいものに手を伸ばしてもその手を取ってもらえない。
伸ばし疲れて落ちた手を掬い上げる人が現れるなど思いもしなかった。君も、そうなんじゃないの? だから
僕も、桜も、叔父さんも、父さんも……お爺様だって、そうなのかもしれない。手に入らないものにばかり焦がれてしまう。
「僕は、魔術師になりたかった。魔術師にならなければ生きている意味がないと思っていた。
だってしょうがないじゃないか。僕はこんなにも才能に溢れているのに、魔術師になる才能だけ持っていなかった。それが一番欲しいものなのに、スタートラインにすら立たない。だから余計に固執した。
リツカに出会ってはじめて、
今でも懊悩を捨てられていない。完全に割り切れてはいない。それでも僕は変われた。変わったんだよ。
「魔術師じゃない夢もできた。
僕は、未来の果てに行きたいんだ。
いつか遠い未来にできる、カルデアの職員になりたい。」
しゃがみこんで、「無理だと思うか?」と問うた。 「知らないわよ、勝手にしなさい」と呆れ顔のイリヤスフィールが告げる。
「この戦争で生き残れたとしても、私に残された
「でも、
なら、それを自分のためだけに使えばいいじゃないか。そういう意図を込めて少女を見据える。彼女が一歩、後ずさる。一歩半、間を詰める。
「イリヤスフィール、間桐の呪縛から逃れた先輩としてアドバイスしてやる。」
「偉そうに。逃がしてもらっただけじゃない」
「ああ、そうだよ。僕は立香に逃がしてもらった。だけど、しがらみを断ち切って、逃げ切ったのは僕の心だ。」
「……。」
じっと、僕の瞳を覗き込む赤。リツカと違う真紅色。それが、裁定するように僕を見つめる。
「顔を上げろ。前だけ見てろ。
しってたか? しがらみとか煩わしいもの全部、捨てれば楽になれた」
「……どうして、そんなことができたの?」
「諦めたら、そこで試合終了なんだってさ。」
「それもリツカの言葉?」
「いや、なんか漫画のセリフらしいよ。有名で、もうとっくに完結してるんだと。
僕達、そんなことも知らないんだよ。」
僕らは知らないことが多すぎる。過去ばかり追い求めて、現代を生きていない。それが悪いこととは言わないけれど、楽しくはない。
《それ》を知ってしまったら、知らなかった頃には戻れない。
「私、生きていいの?」
「いいんだよ、僕が保証する」
「……何それ、全然保証になってない」
唇を軽く噛む。ぐ、と握りしめた拳。逃げそうになる爪先に力を込めて一心に僕を睨みつける。僕もそれに対抗して彼女を見下ろす。
「知っているか、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。生きる権利は誰にでもあるんだ。僕にも、君にも」
イリヤスフィールは何も言わない。何も、言えない。沈黙に痺れを切らしてさらに追求しようと口を開きかけた、その時。
「イリヤスフィール?」
通りがかりの女が目を丸くする。自転車に乗ったまま呆然と、しかしだんだんと喜色で塗られた表情で「少女」の名前を呼ぶ。
「ねえ、あなたが『イリヤスフィール』ちゃんなの!?」
「……アナタ、誰?」
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