TS転生お姉ちゃん♂は神威くんから逃げたいようです   作:B型

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ものはたいせつに

「ハァ!? 朔夜さんもここに住むゥ!?」

 

 通勤通学ラッシュタイムも過ぎた穏やかな平日の午前中、それをおもむろに切り裂くツッコミ。

 ここは万事屋の客間であり、言わずもがな発生源はツッコミによるツッコミのためのツッコミ担当である志村新八君。出勤して二言目がこれか、とは思わなくもないが、彼の「おはようございます」への返答が「今日から朔夜もウチに住むんで」だった銀時が悪い気もする。

 

「うるせーな、朝からデケえ声出してんじゃねーよ」

「いやちょっと、」

 

 同じ部屋で茶を飲んでいる私をナチュラルに蚊帳の外へ追いやり、言い争い始める2人。ちなみに神楽はまだ寝ている。

 

「正気ですかアンタ、神楽ちゃんだけならまだしも……いやこれも良くはないですけど」

 

 ……そこでなぜかこちらに目配せしてくる。

 なるほど、私は“原作”を知っているから、神楽が万事屋で働くことに何の疑念も不安もなかったけれど。普通なら、未成年の妹が異国の成人男性に住み込みで雇われるとなれば、何はともあれ一旦は阻止しようとするものなのだろうか。

 本人が大丈夫そうなら大丈夫、で済ませるのは保護者として問題ある行動か。うーむ、もっと“筋書き通り”の色眼鏡を取っ払うことを意識して、フラットに物事を判断するべきだな。

 

「しょーがねーだろ、文句があるなら神楽のヤツに言えっての。俺は脅されてやむなくだな……」

「すみません……」

 

 今度は、小指で気怠く耳をほじる銀時が、私に横目をくれてくる。

 神楽に脅された。

 これは誇張でも何でもなく、事実である。かぶき町散策の後、遠回しに出て行けと私に催促した銀時に、神楽が駄々をこねたのだ。最終的には番傘まで持ち出して、危うくありとあらゆるインテリアが破壊されるところだった。

 結局銀時が折れて、私の残留が仮確定した訳だが。当然、銀時はその結果に納得が行っていないようで。

 

「はあ……」

 

 めちゃくちゃ面倒臭いです、が滲み出る仕草で指先の耳垢を吹き飛ばし、

 

「別に、未来永劫ここに住まわせると決まった訳じゃねーしな。今後良い場所が見つかったら、そこに改めて姉妹水入らずで住みゃあいい」

 

 おっと、想定外の未来予想図。

 そりゃそうか、私の生活が安定して独り立ちしたら、神楽がここに住み込み続ける意義はなくなるのだ。万事屋で働き続けるかはまた別にしても、その身柄は家族である私が引き取ればいい。

 当然の帰結ではあるが、まあ……色々と避けたい選択肢なのは間違いないな。神楽はここにいたほうがありとあらゆる事象に都合が良い。

 

 ──何にせよ、少なくとも今の私には万事屋に住む以外の生命線が存在しない訳だが。

 理屈はわかっても、倫理で納得行かないらしい少年がここに約一名。

 

「でも……」

「とにかく、今何のアテもないままコイツを追い出すのは神楽が許さねーってだけの話だよ」

 

 まだ食い下がってこようとするのを、あっけらかんとあしらう銀時。ひたすら『自分に言ってもムダ』をアピールしている。

 

「いやいやいやそれにしても良い歳した未婚の男女がひとつ屋根の下なんて、」

「だぁあ何キメー想像してんだ新八ィ! 俺はゴリラに育てられた女なんざボール飛び越えてデッドボールゾーンなんだよ!」

 

 カチャカチャと忙しなく眼鏡のブリッジを上下させる新八(早口)を、今度は台パンで迎え撃ってみせる。

 ……私と銀時がどうにかなる未来など逆立ちしても思い浮かばないのだが、男と女という記号でしか見ていないのだろうか。いや、もっと言えば私は女ですらないのだけど。

 

「大体コイツ、」

 

 その時。立ち上がってさらに何かを言いかけた銀時が、

 

「………………」

 

 私と目が合って。一瞬硬直した後。まるで巻き戻しのように、スムーズな動作で着席する。

 

「……いや、まあ……アレだな」

 

 ボリボリと誤魔化すように天然パーマを掻き乱し、天井を仰ぐ銀時。いや何なんだ。

 

「その……何だ、きみが心配しているようなことは天地がひっくり返っても起こり得ないから、安心したまえ新八君」

 

 妙に冷静な口調で紡がれた改めての反駁、さしもの新八も多少飲み込まざるを得なかったようで。ふう、とひとつ憂い気なため息をついてから、

 

「……まあ、確かに、朔夜さんもこんな何もかもクルクルパーなパー子ならぬパー男はお断りですよね」

「オイ誰の全部がパーだって?」

「何かあったら、遠慮なく相談してください」

 

 新八の優しさが身に沁みる。……もちろん、銀時のそれもだ。本当に、感謝しかない。これは間違いなく、嘘偽りない本心である。

 

「……ありがとうございます、皆さん。何もかも……神楽ちゃんのことも、」

 

 見知った漫画のキャラクターとはいえ、今この世界においては見知らぬ生身の他人でしかない。おかしな甘えを起こす余地などない。

 そのうえで存在を受け入れてもらえる。それがどれだけ得難く、尊いことか。

 嬉しく、また申し訳なかった。

 

「仕事は……また別できちんと探しますから」

「朔夜さん、」

 

 この場に居座るのが何となく気まずくて、いつの間にか空いていた湯呑みを手に、席を立った。新八が気遣わしげに呼びかけてきたが、反応する余裕もなく。

 とにかく今は一人になりたい。

 その一心で、部屋を出て台所に逃げ込もうとしたが──ちょうど、行く手を阻むように和室から出てくる人影があった。

 今日も今日とてボサボサ頭が微笑ましい、

 

「……おはよう、神楽ちゃん」

 

 出来得る限り平静を装って挨拶したが、当の神楽は無反応だった。……というか、朝だというのに随分と暗い顔をしているような気もする。

 

「……朔ねえ」

 

 ワンテンポ遅れて、ようやく私の存在に気づいたように面を上げる。その瞳の下にうっすらとクマが見えて、さすがにぎょっとした。

 しかし、大丈夫、と尋ねるより早く、無言の神楽に腕を引かれて。廊下まで連れ出される。

 

「どうしたの? いきなり」

 

 ぴしゃん、と後ろ手に襖を閉めた妹に、改めて問いかけてみる。神楽はやはりうつむいたまま、しばらく黙っていたが。

 

「わ、」

 

 ──抱きつかれた。

 その事実を理解するのに、何秒か掛かった。その間も神楽は無言で、私の胸に顔を埋めたまま。ここからではその可愛らしいつむじしか見えない。

 

「……嫌な夢見たアル」

 

 ややあって、神楽がぽつり、くぐもった声でつぶやいた。嫌な夢。──何となく、気分の悪いシンクロニシティを覚える響きだった。

 

「ねェ」

 

 慎重に呼びかけられて、我に返る。

 なに、と聞き返すより早く。

 

「朔ねえ、……アイツに会ったアルか?」

 

 一瞬、心臓が止まったかと思った。

 その硬直が解けた後は、バクバクと過剰に脈打ち始める。密着している彼女に、気づかれてはいないだろうか。焦って、妙な誤魔化しを口走る。

 

「……父さんのこと?」

「違うヨ」

 

 食い気味に否定された。

 ──神威。わかっていたことだった。神威……神楽の中でも気になってはいたのだろう。けれどなぜ、今さら。

 

「どうして……そんなこと聞くの?」

 

 言うに事欠いて、おかしなことを聞いた。……神楽は、答えなかった。

 

「……会ってないよ。どこに、いるんだろうね……神威君」

 

 ──言える訳がない。けれど、誤魔化したって何にもならない。

 ずっと、思っていたけれど。いざそういう状況に追い込まれて──やはり、言えなかった。

 怖かった。自分が傷つくのも、神楽を傷つけるのも。私じゃなんにも解決してやれないのに。私を守ると意気込む彼女に、余計な不安を追わせるだけじゃないのか。家族のあり方をいたずらに穢すだけじゃないのか。

 意気地なし。

 

「そう……アルな」

 

 一度、私を見て。神楽が、ゆっくりと目を逸らす。自然に離れていく体。

 

「ゴメン、朔ねえ。変なコト言って」

 

 投げやりにそう言った神楽はもう、振り返らなかった。しっかりとした足取りで、襖を開けて部屋に戻っていく。

 私は、その背中を黙って見送ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……あれから。

 何をして、どうやってここに辿り着いたのかもよくわからない。

 気づいたら、万事屋の建物を出て見覚えのない街角に佇んでいた。ぼうっと、目の前を行き来する見知らぬ人々を見るともなしに眺める。

 私、今まで何していたんだっけ。

 確か、寝起きの神楽と話して──

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛」

 

 今までのことを思い出して、つい発作が。耐えきれず、手頃な建造物に額を打ちつける。

 痛みは感じなかった。

 また。嘘を。ついてしまった。

 長期的に見れば何の益にもならない保身を。

 その場しのぎで。

 

 ──いくら神楽が傷つくと言っても、これは単なる私の言い訳に過ぎない。

 

 お前はいつもそうだ。

 この嘘はお前の人生そのものだ。お前はいつも失敗ばかりだ。お前はいろんなことに手を付けるが、ひとつだってやり遂げられない。

 誰もお前を愛さない、

 

「──はーい、そこの電柱ヘドバン娘ー、とまりなさーい」

 

 その時。拡声器越しのざらついた声が耳に入ってきて、はっと自己嫌悪のミームから意識が浮上する。

 電柱にヘドバンって──

 

「えっ!?」

「いやアンタだよアンタ」

 

 物見遊山で上げた頭をガッと掴まれて、そのまま90度捻られる。人体の構造を無視した暴挙。イダダダダ着信アリのなつみになっちゃうだろ、

 

「どォも、真選組でぇーす」

 

 ──振り向(かされ)た先、覚えのある顔に出会して、悪態が全て頭から吹き飛んだ。

 ミルクティー色のサラサラヘアー、内なる悪辣さを欠片も匂わさぬベビーフェイス。

 

「近所の住民から通報がありやしてねェ。不審な動きをしてる女がいるって」

 

 真選組一番隊隊長、サディスティック星王子こと沖田総悟が目の前に立っていた。

 私の頭からぱっと手を離した総悟は、その手で今度は私がヘディングの土台代わりにしていた(らしい)罪なき電信柱をつついてみせる。途端、柳のようにゆらゆらとしなるそれ。

 正気を失うあまり、我ながらヤバい行為をしていたようだ。ちょっとぞっとした。冷静になると普通に額が痛い。出血はしていないようだが、ずきずきする。

 

「困るよォー、ほらもう電柱のほうもグラグラして……いやただの頭突きでこれはやべーな、味噌汁にセメダインとか溶かして飲んでる?」

「すみません……考えごとしていて……」

「脇見運転のノリで電柱破壊してんの? どういう人種?」

 

 ……まずいことになったな。

 漠然と思う。相手は仮にも警察で、こちらは脛どころか全身に傷を持つ不審人物。まともに相手していたら面倒な事態になるかもしれない、とにかく適当なことを言って時間を稼がないと。

 しかし私はあれだな、人気のある主要男性キャラと最悪の関係性しか築けないのか?

 

「まァ……とにかくお嬢さん、見かけねェ格好してるがアンタどこのもんだィ? 仕事は? どこ住み? ラインやってる?」

「あれこれナンパ?」

「れっきとした職務質問でさァ」

「職権乱用の間違いでは……」

 

 いやコイツも適当なことしか言ってねえな。よし、俺と戯言バトルで勝負しろ。

 

「仕事、」「そう」

 

 仕事。仕事かあ。

 本来なら「銀河を股にかける戯言マスターです」とか言うべきあたりなのかもしれないが、今の私の現状に迫りすぎていて、とてもそんな元気は出なかった。

 

「住所不定の無職です……」

「いきなり不審感上げてきたなオイ」

 

 結局、ありのままを差し出しておく。総悟はそれについては特に掘り下げてこなかったが、呆れ顔で眉根を寄せ、

 

「お嬢さんさァ、わかる? これね、犯罪なの。器物損壊罪ってヤツですぜィ」

「いやコレもともと壊れてました」

「ふぅん……おもしれー女」

 

 適当の応酬の結果、夢小説が始まりそうになった──かと思いきや、彼は幸いながら私の攻略対象ではなかったようで「俺の女になれ」とは言われなかった。一安心である。

 

「犯罪だなんて……困ります、私ただでさえ密入国者なのに」

「しかもシームレスに余罪の告白してきた」

 

 やべ、気を抜いたらつい。何とか言い訳しようとしたが、時すでに遅し。

 

「なおさら見逃せねーや、はい確保ー」

「あっ」

 

 掴まれた手首に迫る鉄の輪。いや、事情聴取とかならともかく、逮捕ってそんな個人の一存でできるものだったっけ?

 

「そんな……地元でもパクられたことないのに……」

「その語彙力がまず前科持ちだろィ」

「おい、」

 

 為す術なく連行されそうになった、まさにその瞬間。第三者が、会話に割り込んできた。

 総悟よりもやや大柄な人影と、紫煙の香り──

 

「総悟テメー……何仕事サボって女ナンパしてやがる」

 

 煙をくゆらせながら、その頭を容赦なく鷲掴みする男。彼の顔にもまた、見覚えがあった。

 同じく覚えがあるのであろう総悟が、その人相を認めて可愛らしい顔をしかめてみせる。

 

「おっと土方さん……失礼ですねェ、俺はただ住所と連絡先を聞いていただけなのに」

「それがナンパっつーんだよ!」

 

 ドスの効いた声音に、どきりとする。

 怯えた訳ではない。……昔の気持ちを、ふと思い出したのだ。銀魂は、よく読んでいた。オタク女子らしく、好きな男キャラもいた。

 今の今まで、何となく忘れていたけれど。

 あの時の感情が、新鮮に蘇ってくる。

 それは懐かしさと、色褪せないときめきだった。

 

「土方……」「あ?」

 

 思わずこぼしたその名に、加え煙草の彼がぎょんっと据わった眼を向けてきた。

 それでもやはり恐怖はなく。やっぱり格好いいな、という色惚けた感情だけが私の意識を占めていた。総悟や神威と相対していた時とはまた違う次元の感情だった。

 土方十四郎──かつての推しキャラが今、実際に形を伴って、私の前に立っている。男は黙って黒髪M字バング。

 いや……顔も良いが声も良いな、CV. 中井和哉はまだガンには効かないが、そのうち効くようになる。

 

「いやいや、このお嬢さんが電柱の破壊行為に勤しんでたもんで、治安維持のためにちょっくら職務質問してただけでさァ」

「電柱ゥ?」

 

 総悟が顎でしゃくって示した電柱の成れの果てを見て、微かにその目を瞠ってみせる。

 

「……根本からぐらついてんじゃねーか、これで桃白白の真似でもしよーとしてたか?」

「そんなワケねーだろォ、死んでくれ土方ァ」

「オメーに聞いてねーんだよ」

 

 そこで一旦言葉を区切って、瞳孔の開ききった三白眼をこちらに向けてくる。……思いの外、きちんと弁解を聞いてくれる構えらしい。

 しかし、そんな真面目に見つめられるとどきどきしてしまうんだが。顔が良い。

 

「えっ、あ……ちょっと生に対する耐え難い苦痛を発散してましてですね、」

「は?」

 

 テンパって意味不明なことを口にした。案の定というべきか、土方はそんな異常者の供述などは意に介する素振りも見せず。

 

「つーかただの女が電柱なんざ壊せる訳、」

 

 短い煙草を革靴でにじり潰すその動きが──不自然に止まった。中途半端な姿勢のまましばらく佇んでいたかと思えば、

 

「……夜兎……」

 

 その2文字が、煙の名残とともに唇から溢れる。

 

「ヤト?」

「天人だよ天人……お前も聞いたことぐれーはあるだろ」

 

 きょとんと無邪気に小首を傾げる総悟に、呆れた表情を浮かべる土方。

 

「生っ白い肌にその傘。見た目は俺たちと変わらねーが、戦闘能力だけずば抜けてやがる。……かの星海坊主もその夜兎族らしいな」

 

 急に身内の名前が出てきて、先ほどとはまた別の方向性でどきりとする。ごめんなさい、あなた方が事情聴取しているこの不審な夜兎はその“かの星海坊主”の娘なんです。

 

「天人なら下手に手ェ出すんじゃねー、国際問題だ」

「おー」

 

 言いながら、取り上げられる手錠。

 下手に手を出すな。遠回しな黙認の宣言というか、触らぬ神に何とやら? これはつまり、

 

「えっ……上級国民だから犯罪やっても許されるってことですか?」

「言い方ァ!」

 

 思わずオブラート無しの本音が出て、土方に青筋を立てさせてしまった。

 

「……おら、行くぞ総悟」

 

 先ほど消したばかりなのに、また懐から新たな1本を取り出しつつ、私に背を向けてくる。ヘビースモーカーだった前世の父も、同じようにもったいない吸い方をしていたな、とふと思い出した。

 ……で、呼びかけられた総悟のほうは、土方の広い背中と、立ち尽くす私を見比べて。

 

「ま、俺は別に構わねーですけど……」

 

 同じように私に背を向け、土方の少し後ろを歩き出す。しっかし、と後頭部で手を組みながら。

 

「息苦しい世の中になりやしたねェ」

 

 ──息苦しい世の中になった。

 この地球で生まれ、この地球で生きてきた人間の本音だった。“今の私”では、一生持ち得ない目線。……意識だけなら同じ人間のつもりでも、既に私たちは対等な存在ではないのだ。

 彼らにとって、私は侵略者。

 わかり合えない、余所者。

 

「これに懲りてよそ見には気をつけてくだせェ、お嬢さん」

 

 総悟の粋な別れの一言にも、もう、何も返せなかった。

 

 

 

 

 ──そしてようやく静かになった、見知らぬ街角にて。

 

「……えらい目に遭ってしまった……」

 

 いや、9割は自業自得なのだけれども。

 江戸の治安の良さを改めて噛みしめる。

 洛陽では何を壊そうが誰を壊そうが基本的にはお咎め無し、というか、そもそもあそこは警察組織が機能していなかったのだろう。

 

「土方さんに会えたのは……良かったけど」

 

 色々な意味で仲良くなれそうにはない。何たって犯罪を咎められた現場だったし。

 天人は地球人にとって害悪。

 いくら身近な人が良くしてくれようとも、決して揺らぐことのないその事実に、虚脱感のようなものを覚える。……私という存在は、本当に、どこまでも異物なのだ。

 番傘越しに、晴れ渡った青空を仰ぐ。美しい晴天であり──死の光だ。曇天ばかりだった洛陽とは違い、江戸は基本的に天候に恵まれている。

 色々な意味で夜兎には生きにくい場所である。特に、私のような半端者には。

 

「はあ……」

 

 それでも神楽はこの街で幸せを掴んだ。

 私も……頑張らなければ。色々を。

 とにかく、私の目下の課題は『物を壊さない』ことだなと思いました。あれ、作文?

 

 

「──明るく生きられそうかい、お嬢さん」

 

 呼びかけられてふと、顔を上げた。

 いつの間にか、銀時が道を挟んで佇んでいた。

 いつからいたのか、どこにいたのか、もしかしてさっきのやり取りを見ていたのか。疑問は色々とあったけれど、どれも口に出して聞きたいとは思えなかった。

 少し考えて、ただ、名前を呼ぶ。

 

「……銀時さん」

「おう」

 

 軽く右手を挙げて応えながら、のんびりと近づいてくる銀時。……私が半壊させた電柱にちらっと目をやって、怪訝な顔をしていた。

 

 ──もっと明るく生きたら?

 

 そういえば、そんなことを言われたのだっけ。返答も、神楽のせいで有耶無耶になっていた。

 

「……頑張ってみます」

「オイオイ、明るく楽しくって頑張って得るもんじゃねーだろ」

 

 茶化されたが、それもそうですね、などと苦笑で濁す気にはなれなかった。

 

「いえ」

 

 断言で、否定する。決して肩肘を張っている訳ではないのだ。

 落ち込むこともあったけれど。ひとつ、わかったことがあった。

 

「拗ねたままでは何も変わりませんから。心が塞がっていたら、何を見たって、やったって、無駄。明るく、楽しく受け止める心をつくる努力をする。そういうことなんだと思います」

 

 土方と会えて、素直に嬉しかった。

 俗っぽい不純な感情だとしても、忘れかかっていた裏表のない喜びだった。楽しさだった。私、まだそういう気持ちになれたんだ。きっとそれは、喜ぶべきこと……なのだと思う。

 私は夜兎で、危険な存在だから、土方や総悟と親しくなることは難しいかもしれない。大体、私は性別を偽っている訳だし。

 けれど、だからといってそういう感情さえ抑え込んでしまう必要はないのだろう。私は私で勝手に楽しめばいい。もともと、家族とは関係ないそういう“何か”を見つけたいと思っていたのだから。

 

「今の私は……そんなことさえできていなかった」

 

 趣味のようなものの取っ掛かりをひとつ、見つけられた。それだけで今日はじゅうぶんだ。

 ……いや、それを見つける過程で逮捕されそうになった訳で、あまりにもハイリスクローリターンな発見だったけれど。

 

「だから、頑張ります」

 

 頑張る。後ろ向きな感情ではなく、前向きな決意として、この言葉を使いたい。

 好きな言葉ではないけれど、今の私には間違いなく必要な言葉だった。

 

「……アンタ、やっぱりアイツの“姉貴”だな」

「え?」

 

 予想外のコメントに、思わず顔を上げて銀時を窺ったが。彼は、柔らかく微笑んでいるだけだった。

 さっきの話で、どうしてそういう流れになるのだろうか。

 

「………………」

 

 ……銀時の考えていることは、やっぱりよくわからない。私が隠そうとしていることも、彼には全て見透かされているような気さえした。

 少しでも真意を探りたくて、その死んだ魚の目をじっと見つめ返してみたが。自然に、逸らされてしまう。

 

「帰ろーぜ。その前に昼メシでも奢ってやるよ」

 

 うーん……よくわからない。他のメンツがいる時より、2人きりの時のほうが友好的な気もする。

 

「いいんですか」

「おうよ、臨時収入があったからな。何でも食いたいもん言え。……寿司と肉以外で」

 

 虚空を掴むような形の手を、左右に傾けてみせる銀時。いやそれパチンコじゃねーか。まず新八と神楽に給料を払ってやってください。

 まあ──今はとりあえず、いいか。

 

「じゃあ……」

 

 食べたいもの。

 何があるかなと考えて、

 

「……さっき真選組に逮捕されそうになって何となく食べたくなったカツ丼とか……」

「逮捕!?!?」

 

 

 ──神楽、神威。お姉ちゃん、この星で楽しいことたくさん見つけられるように、頑張るよ。




1巻と2巻の間で既に2か月以上経っているという公式情報から、話の間にある時間の流れを結構都合よく解釈しています(言い訳)
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