ファクトチェックあんまりしてないです、本当なら名前を引用するべきではない。
明確に誤った解釈であれば連絡くださいね
そんな日が、数日続いた。
少年は別れるとき、いつも不安げに「明日も会えるかな」と訊く。私は曖昧に肩をすくめて、
「さあね。そもそも、誰であろうと明日会えるかはわからないものだろう?」
と言い、再会の約束をはぐらかした。
意地悪がしたかったわけではない。ああ、もちろん少年の情動は腹の足しにはなったが、そういう話ではなくて。
――入道雲が、影を帯びる。
数日のうちに、雨が降りそうだった。
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ここにきて初めての雨は、川の表情をガラリと変えた。
川の水は普段と比べ物にならないくらい濁って、一寸先の見通しも立たない。水面は白く弾けて泡を立て、岩にぶつかっては飛沫をあげていた。
私は一際大きな岩の上に立って、曇天をぼうっと見上げていた。今更濡れることを気にはしないけれど、頬を打つ水滴の感触、空の彼方を中心として点と線を描く雨粒の軌道、飽和した湿気に混じって香る苔と土の匂いは、私に夏の別側面を思い出させた。
目を閉じる。
川の音、雨の音。
目を閉じて。
世界にきっと、私一人きりのような、この雨空を想う。雨粒が刻むリズムの一つ一つに心を跳ねさせる。この瞬間、微分された時間の『今』だけは、私の安寧は揺らがないのだと信じて目を閉じる。
……少し、疲れていたことを自覚する。
連日遊びに来る兄妹の相手をするのは嫌いではなかった。けれども、どれほど社会性を有する生物であっても、いやむしろその傾向が強いほどに、精神の孤独を必要とする。今、自分がいる位置を確かめて、自分だけに視線を向けるためには、他人を排する必要がある。
ふと、ため息が漏れた。
話を聞きにいくつもりだったのに、最近は菜江に会っていない。人間関係から解放されたかったはずなのに、気づけば人付き合いの中に組み込まれそうになっている。
「手ずから少年少女の情動を栽培養殖し、それを啜るというのは、悪くない案だった。 ……私は一線を踏み越えて関わり過ぎてしまったのかな」
私は、少年に依存され始めているということも自覚していた。おそらくは娯楽に飢え、環境に飽き、倦んでいた彼にとって、私の言葉は乱麻を断つ快刀と同等ではなかったか。そんな反省が脳裏をよぎる。
「偶像は物言わぬが故に偶像か?」
考えてみれば、妖怪というのは人間に害為す存在が大多数である。程度の差こそあれ、妖怪が『恐れ』を受けて成り立つ存在であることは変わらない。
そしてそれは、神に対しても似たようなことが言える。つまりは、彼らは『畏れ』を受けて成り立つということ。思えばたった一文字の差だが、それが明暗を分けうるのだ。『河城にとりは河童でありながら、美しい少女像でもある』というキャラクター性には、相当に旧い観念が伴っているのだと、直観的に理解した。
私は。
おそらく、岐路にいる。
『零落説』というのがある。ごく簡単に言えば、『妖怪とは神が零落した存在である』というものだ。
古い時代、人々は異常現象に対して想像力を働かせ、そこに神格の姿を見た。例えば雷に、不具に、狂気に。彼らの想像世界の中で、神格は畏敬の念を受けて悠然と息づいていたのだ。
しかし時代が下り、合理的解釈が重んじられるようになると、異常現象は忌避すべき存在に成り下がった。あまりに豊かな想像力を持つ者は狂人のそしりを受け、不具のものは欠点と断ぜられ。そして、畏れられていたはずの神々は、いつしか異常現象を引き起こす不気味な妖怪として語られるようになった――。
現在では、すべての妖怪がそのような背景を持つとは言えないという認識が主流だ。
けれども、零落説によって考察されうる妖怪もまた、一定数存在する。
例えば――柳田国男が例に挙げた、零落説の筆頭たる妖怪。
それが、河童。
河童とは、零落した水神である。
「頭頂の皿、緑色の体色、背中の甲羅。水死体の風貌にも似たその姿は、本来ならば、恐れの対象でしかなかった。けれども……『河城にとり』はそうではない。手先が器用なエンジニアで、金銭にがめつくも義理堅く、そして多くの東方キャラの例に漏れず美少女だ。
少年から向けられる感情の味は、徐々に変質していた。
当初は恐れと畏れの入り混じった情動だった。それがいつの間にか、甘い味ばかりになっていた。
人付き合いを減らしたいなら、私は妖怪であるべきだ。恐れられ、遠ざけられるべきだ。もっと
しかしこのまま少年の感情ばかりを喰らっていては、私は神に寄ってしまう。もしくはもっと悪いことに、少年の理想を受けた偶像になってしまうかもしれない。妖怪だって神だって、人々の認識によって姿かたちが変わるのだから……あり得ない話じゃあない。
だから、これは岐路だ。
妖怪として悪行を重ね、たった一人の盟友とも縁を切り、『恐れ』を喰らって大きくなるか。
少年だけにとどまらず、もっと大勢の人間から信仰を受け、人間社会の中で『畏れ』を喰らって強くなるか。
私は──どちらだ?
▼
雨雲が去った。
風鈴を、扇風機の送風音が掻き消していた。窓に切り取られた空には、水色と白だけが映って見えた。その、果てのない空の青を見るたびに、『彼女』の色鮮やかな風貌を思い出す。秘密をしまい込んだ幾つものポケット。川の中に溶けるような色の上着が揺らめくたびに、襟や脇腹から覗く真っ白なシャツが目に眩しい。
「なあ、この先ってスーパーキノコあったっけ?」
彼女と出会ってから、おれの世界はおかしくなった。空を見る度にあの姿が過ぎる。何か食そうとすると、必ずと言っていいほど彼女の歯を想起する。
最近、湯船がやけに熱く感じ出した。川底の冷たさに親しみを覚えた。
ひとりの夜を、彼女の思い出に抱かれて眠るようになった。
「なあ!」
「っ……ごめん、何だっけ?」
慌てて聞き直すと、友人が呆れたような顔をした。
「なんか最近変じゃね? お前。全然遊びに来ないし、来たら来たでぼーっとしてるし」
「あ、いや、ほら。自由研究なににするか決まってなくてさ。昆虫標本とか去年やっちゃったし」
そう言うと友人は分かったようなそうでないような表情で「あー、俺も。まあどうにかなんじゃね」と頷いた。誤魔化せたことに心の中でほっと息を吐きながら、友人が手に持つゲームのコントローラーをぼんやり眺める。ケーブルの繋がれたブラウン管には、のっぺりした青色の空の下で敵を踏み潰す配管工が映っていた。
「で、この先キノコあったっけ?」
「ええ? どーだっけ。まぁ進めばわかるよ」
「見ろ、残機1なんだぞ。死んだらもう後が無いんだぞ!」
「知ってるよ。そんくらいのスリルでちょうどいいだろ」
「一理ある」
「納得速っ」
コントローラーのボタンを押す友人の肩が跳ねる。画面の中のキャラクターも跳ねる。そして、あえなく、羽の生えた亀の変則的上下運動と激突して死んだ。
「あーッ!」
「はは」
「くそっ……分かってたのに!」
友人はコントローラーを放って、後ろ向きに倒れ込んだ。そしてこちらに目線を投げる。
「次お前やる?」
「いやいいよ、見てるだけで楽しいし」
「え、やりたくて来たんじゃねえの? いいけどさ」
友人が弾みをつけて起き上がり、再び最初から始めるのをぼんやりと見る。
あんなにやりたかったゲームに、何故か興味が湧いてこない。わざわざ山を越えてまで遊びに来たのに。
柵となるあれやこれやを水に流すのは、ひどく心地が良いのだった。
にとりと過ごす時間が鮮やかで、眩しくて。
それ以外の全てが、褪せて見える。
こいつと今日遊ぶのは、前々からの約束だった、けど。
……あーあ、やっぱり山に行けばよかった。
改めてお久しぶりです、鼠日です。
現実がひと段落付いたので初投稿です。一晩で書き上げたので推敲とかは後々で。とりあえず原液をどうぞ。
私事ですがどうにか就活が終わりそうなので、今後はもう少し投稿頻度を上げられるかなと思います。就職先は時間に余裕のあるところを選んだので、たぶん卒業後も創作趣味は続けられるはず。風見幽香に憧れて植物学を志し、農業系の仕事に就く。どういう推し活??