「一緒に走りましょう……姉さん。全力で」
そう言って真剣な目で、俺のことを見つめてくるカフェ。
全く混じりけの無い純粋な琥珀色の瞳に、俺はすぅと吸い込まれそうになる。
自分が言葉を出せずに固まってしまっていると、彼女はそっと手を離して俺から離れた。
そしてくるりと一回転して背中を見せてくると、ドアノブに手をかけながらゆっくりと話しかけてくる。
「三十分後……走りやすい格好でいつものターフで待ってます……。姉さんも準備して来てください……」
「……一応理由を聞いてもいいか?」
「姉さんもウマ娘だから……でしょうか」
そう言い残すと、カフェは静かにドアを開けて部屋の外へと出ていってしまう。
それは俺にいかないという選択肢を出させないように、わざと言葉数を少なくしたかのようだった。
元からカフェに誘われた以上いかないなんてことは無いのだが、それにしても──
「走りを見て欲しいじゃなくて、一緒に走る……か」
確かに俺はウマ娘だ。ただ単語の前に「一応」と付けるほどスペックが低いことは、自分でもよく分かっている。
そんな状態の俺と走っても結果なんて、火を見るよりも明らかだろう。
だが、それに対して深く考える時間すらも無い。
俺は椅子から立ち上がりクローゼットからトレセン学園のジャージを取り出すと、スーツから素早く着替える。
そして奥の方から、少し大きめのサイズのとある箱を取り出した。
「まさかこれを使うことになるとは……」
箱を開けると中には、トレセン学園にトレーナーとして来た時に貰った蹄鉄付きのシューズ。
それを丁寧に箱から取り出すと、駆け足で自分の部屋から出る。
寮の外に出るときに靴を履いてみると、サイズはぴったりで違和感は一切感じない。
……なんでサイズぴったりなのを送れたのかはあんまり考えないでおこう。
はぁと白い息を吐きながら「いつもの」と言われている、俺たちがよく練習で使っているターフへと駆け足で向かう。
年末のこの時期だからか、ターフには誰もおらずほぼ貸切状態。
そんながらんとした場所に、黒い長髪をたなびかせた一人のウマ娘が立っていた。
「来ましたね……。走れる格好で来てくれて嬉しいです……」
「そりゃ言われたしな……。で、本当に走るのか?」
「勿論です……。そのために呼んだのですから……」
カフェはそう言うとすぐにストレッチを始めたので、俺もそれに倣う。
デスクワークで動かして無かった体をしっかりと伸ばし、怪我しないように体を暖めるように動かした。
テイオーみたいには体を伸ばせないが、それでも自分なりに丁寧に準備体操を行う。
するとカフェがとんとんと足で地面を叩き、こちら側に視線を向けてきた。
「スタートはここから……。距離は2000mです……」
「2000mって……。走り切れるかな……」
「手は抜かないで下さいね……。それだと何の意味もないので……」
「……分かった。全力でやる」
全力で走るのなんていつぶりだろうか。
昔は走ることさえ嫌いだったのに、今はそれを支える仕事をしている。
ウマ娘でありながら、全くウマ娘らしくない自分。
それは今でも変わっていないが──
「それでは姉さん……」
大きく息を吸って、吐く。
冷たい空気が肺の中いっぱいに広がり、すぅと頭が冷えて意識がクリアになっていくさなか──合図は切られた。
「スタートです……!」
「……っつ!」
──走りに関しては、今ならば昔とは違ったことが感じられるかもしれない。
そんな思いを抱きつつ、俺はカフェと同時に地面を思いっきり蹴った。
~~~~~~~~
「……ふぅ」
「ぜぇ……ぜぇ……。むりっ……だろっ……。そりゃっ……」
芝、2000m。
突発的に始まった姉妹二人だけのレースは、言うまでも無く俺の惨敗で終わった。
バ身差で例えると大差。もはや最後の方はカフェの独走になっていたのだが、彼女が一切手を緩めることは無かった。
カフェと並んで走れたのは、ほんの最初の方だけ。最後はゴールしたカフェが、俺のことを眺めていたレベル。
走りで体温が上がって暑くなった体が、冬の寒さによってクールダウンしていく。
呼吸が落ち着いてきたころには、頭の思考もいつも通りに戻っていた。
「約2分弱かな……。二人……まぁ最後の方は一人だったかもしれないけど、かなり速くなったな……」
「ありがとうございま……待って下さい。ストップウォッチも無いのに、どうやって時間測ったんですか……?」
「頭の中で大体。流石に細かいところは数えられないけど」
「……走りながらですか?」
「……これくらい出来ない?」
「……普通出来ませんよ。そんなの……」
カフェがとんでもないものを見るような視線を、俺に向けてくる。
全力で走っていても頭はある程度までは回ったため、時間を数えるとかの単純作業は出来てしまったのだが……。ちょっとおかしいらしい。
俺が首を傾げていると、上を見上げたカフェが空に向かってはぁと息を吐く。
立ち上がったその白い煙が消えた後、彼女は俺に対して語り掛けるようにあることを訊ねてきた。
「それで……どうでしたか? レースをしている時の気持ちは……」
「気持ち……?」
「走りの技術とかではなく、思い……。自分の心の部分です……」
「……」
「難しく考えなくていいんです……。レース中にふと思ったこと……何かありませんでした……?」
レース。
あそこまで差が付けられ勝負になっていたかは怪しいが、今のはれっきとしたレースだった。
カフェが「全力を出して」と念押ししてきたのもこのためだろう。
レース中に手を抜いて走るウマ娘なんていない。だから、俺も全力で走った。
初めて自分の全部を出しきったレース中に、俺が思ったこと。
それは──自分が想像していたのとは違う、相反する感情だった。
「なんか変な感想かもしれないけどさ……」
「はい……」
「正直……怖かった」
これが俺の走っている時に、一番最初に出た思いだった。
一人。全力で走っているのに、カフェに置いて行かれるのは想像以上に堪えた。
前に進んでいるはずなのに、後ろに引っ張られるような感覚がする。
レース中にこんな感情が出てくるなんて想像もしてなかった。
あぁ、それはきっと──
「テイオーも同じだったんだな……」
テイオーは本当に楽しそうに走る。
トレーニング中でも、レースの中でもそれは変わらない。
ウマ娘であることを全力で生きている、俺とは真反対の彼女。
だけど、それがもしも。
言って無いだけで、最初からずっと感じていたのだとしたら。
「……レース中は一人です。最初から最後まで」
「そう……だな」
「ですが、それでも私は走れます……。それは姉さん、貴方がいるからですよ……」
「俺、が?」
こくりとカフェが頷き軽く微笑んだかと思うと、そっと手のひらを俺の頬に当ててきた。
暑くなっている顔に、ひんやりとした彼女の肌の温度が伝わってくる。
そしてそのまま彼女は、俺を引き寄せるときゅっと腰に手を回して抱き着いてきた。
「レースは残酷です……。ですが、それと同時に楽しい場所でもあります……」
皐月賞にダービー、そして菊花賞。
ずっと間近で見て来たけど、彼女はずっと楽しそうだった。
それは俺がこの目で見て来たから。この目に、嘘は吐けない。
「ターフの上では一人かもしれません……。ですがそれまで歩んできた道が、私を一人にしません……」
彼女と出会ってから最初から今まで、ずっと俺がトレーニングを指導してきた。
トウカイテイオーは、決して一人じゃない。
「それに……心で深く繋がってますよ。私たちは……」
彼女のその言葉は不思議なほど、俺の中にすとんと落ち着いた。
菊花賞で見たあの景色は、一緒に走れたあの瞬間は。
──テイオーと俺は同じ想いを、未来を描いてた。
だから、有マのあの時は入れなかった。お互いに、どこか諦めてしまっていた自分がいたから。
「……姉さん、さっき私が速くなったって言いましたよね。それと比べて、テイオーさんとどちらが速いですか?」
「……ごめん、これは譲れない。テイオーの方が、速い」
「ふふ……安心しました。まだ姉さんは揺らいでなんかいません……」
俺の中で、絶対はテイオーだ。
ウマ娘の中で一番速いと思ってるし、誰にも負けないと思ってる。
これはいつまでも変わらない、俺の信頼と想い。
「ウマ娘は一人じゃ走れません……。テイオーさんの中には、姉さんがいることを忘れないであげてください……」
「カフェ……」
「なら今姉さんが出来ること、分かりますよね?」
「あぁ……よく分かった。ありがとう」
カフェとレースをして、やっと目が覚めた気がする。
何が最悪だ。
そんなことで、逃げようとしていた自分が情けない。
──俺は絶対テイオーの夢を諦めずに支える。だからテイオー、俺と一緒に走ってくれないか?
──勿論! トレーナーも、ボクに置いていかれないようにしてね?
テイオーと交わした約束。
一緒に走るって言ったのに、テイオーを一人にしてどうするんだよ。
いつまでも「観測者」気取りはやめろ。
──俺も「星」側だろうが。
「テイオーに会って来る」
「何をしに、ですか……?」
「夢を話しに、かな」
「……良かったです。いつも通り……いえ、前よりいい目をしてます……」
もう二度と、テイオーを置いて行かない。
先に行っても、絶対に追い付く。
すれ違いは、もう嫌だから。
~~~~~~~~
妹とレースをして吹っ切れてから、俺はぐっと背筋を伸ばして空を見上げていた。
透き通るような冬の空が、はっきりと開いた自分の目に映る。
心に風が通り清々しい気持ちになって呼吸をすると、俺はベンチに置いていた携帯を手に取った。
直ぐにテイオーの部屋に突撃したいのはやまやまだが、流石に確認は取らないといけない。
俺は画面を操作してアプリを開くと、テイオーに電話をかけた。
プルル、プルルとコール音がスピーカーから聞こえてくるが、出る様子はない。
今までの経験からすると、出れるときはもう飛びつくような勢いで出てくるのだが……
「寝てるんですかね……」
「休みって言ってももう午後の三時くらいだぞ? テイオーなら起きてそうなんだけどな……」
彼女は休みでも基本的に早寝早起きしているので、休みでもこの時間なら起きているはず。
携帯を持たずにどこか外に外出している可能性や、まだ寝ているという可能性もあるにはある。
電話の応答が無かったら、メッセージを送れば彼女は確認はするだろう。
しかし、今は状況が少し違う。
「なんか、不安だ……」
有マ記念が終わってからトレセン学園に帰るまで、お互いに一切口を利かなかった。
そのせいでテイオーの心のことは、何も把握出来ていない状態。
怪我などが無いかはその場でしっかりと確認したが、その時すらも終始無言だった。
ずっと俯いて俺と目を合わせないようにしていた彼女だが、寮で別れる際に一瞬だけ顔を覗けた記憶がある。
確か、あの時のテイオーの表情は──
「──どこか消えてしまいそうな」
本気で過去の自分をぶん殴りたくなってくる。
何であの時咄嗟に動かずに、彼女を一人にしたんだ。
一番つらいのは、テイオーだったはずなのに。
このままだと何か取り返しの付かないことが起きそうな、嫌な予感がする。
個人的に勘に頼るというのはあまり好きでは無いのだが、今だけは直感を信じたい。
なら、少し強引に持てる人脈を使ってでもテイオーの安否を確認するべきか。
「なら、テイオーの寮の同室に……確かマヤだよな。連絡先はあるから、聞けば教えてくれるはず……」
「……あの、姉さん」
俺がマヤの連絡先を携帯の画面に表示し電話をかけるボタンを押そうとした直後、カフェが小さな声を上げてとある方向を指さす。
その方向に視線を向けると、オレンジ色のロングヘアにちょこんと乗った二つ縛りが特徴のウマ娘が俺たちの方に向かってきていた。
しかもかなりの猛スピードで走っており、どこか急いでいるようにも見える。
「あれ、マヤノさんですよね……?」
「だな……。丁度良かったけど、なんでここに……?」
運動に適した服装ではなくラフな部屋着を着ており、ターフに走りに来たわけでは無さそうだ。
そんなマヤは俺の前に辿り着くと急ブレーキをかけて、航空機のようにぴたりと止まる。
そしてがばっと顔を上げると、はぁはぁと荒い息を吐きながら俺の腰をがしっと掴んできた。
突然の出来事にびっくりしていると、それ以上の速度で彼女が口を開いた。
「ねぇ、スターちゃん! テイオーちゃん知らない!?」
「テイオー……? 逆にこっちが知りたいくらいなんだけど……何かあったのか?」
「テイオーちゃんが部屋にいないの! マヤが外から帰ってきたらいなくて! 心配で!」
「ちょっと落ち着いて。詳しく聞くから」
焦って喋りたいことだけを伝えようとしてきているマヤを落ち着かせようと、彼女の手に触ってきゅっと握った。
カフェも彼女の背中に手を当てると、なだめるように優しく撫でている。
それで少し安心したのか、マヤがぽつぽつと説明を始めてくれた。
「朝から様子が変だったの……。いつものテイオーちゃんじゃないって思ってはいたんだけど……」
「で、部屋から少し離れたらテイオーがいなくなっていたと」
「うん……。携帯もお財布も部屋に置きっぱなしで……」
「道理で繋がらないわけですね……。そうなるとどこに行ったかですが……」
こんな状態のテイオーが、一人でどこかへ?
嫌な予感が直ぐに的中してしまって震えそうになるが、そんなことをしている暇はない。
俺は更に詳しい状況を聞こうと、マヤに対して質問をした。
「テイオーがいなくなったのはどれくらい前だ?」
「えっと……三十分前くらいだと思う……」
「ならそんな遠くにまでは行ってないはずだ……。今なら、まだ間に合うっ……!」
俺はトレセン学園周辺の地図を頭の中で思い描き、彼女が辿りそうなルートをシミュレートする。
時間と走る速度、そしてテイオーが行きそうな場所を計算に入れて頭をフル回転させた。
いくつか候補は出てきたが、俺の勘が当たっていれば多分「あそこ」にいるはず。
「ごめん、カフェにマヤ。頼みたいことがある」
「テイオーさんの捜索ですよね……? 私に出来ることなら……なんでも」
「うん! マヤも協力するよ! テイオーちゃんを一人になんかできないもん!」
「ありがとう……。なら、カフェはたづなさんに話してきて欲しい。マヤは学園の中を探してくれると助かる」
「アイコピー! スターちゃんは……?」
「一つ……テイオーが行きそうな場所に心当たりがある。俺はそっちに向かうよ」
「了解です……! こっちは任せて、姉さんは行ってください……!」
「あぁ、行ってくる」
カフェとマヤにやって欲しいことを話し終えると、俺は足を地面に踏みつけて思いっきり蹴る。
あぁ、偶然だが走りやすい格好で良かった。これなら、自分の全力でテイオーの元へ行ける。
ターフを駆け抜けて、トレセン学園の外へ。
ウマ娘用に区切られた道を走り、前を向いてとある場所へと向かう。
そこまで走っていないはずなのに、慣れないことをしているせいか心臓が苦しい。
風を切る音が耳に裂き、コンクリートを蹄鉄で叩く音が鳴り響く。
そこにぽつぽつと、空の上から大粒の水滴が叩き落とされてきた。
「雨だけどっ……関係ないっ……」
あっという間に頭どころか全身がずぶ濡れになってしまうほど、雨の勢いが強まっていく。
ざぁざぁと浴びる冬の冷水に体が凍えそうになるか、それを無視して走る。
走って。走って。
雨を切り分けて目的地へと辿り着いたころには、俺のスタミナは熔けてしまっていた。
今から別の場所に、このまま行くのは無理かもしれない。
だから、頼む。ここに、いてくれ──
「とれーなぁ……?」
雨の音に消えてしまうくらい、弱弱しい声が聞こえてきた。
こんな声を聞きたくはなかったが、俺の耳がこれは彼女の声だと訴えかけてくる。
トレードマークのポニーテールをほどき、髪の先から水が滴り落ちているウマ娘。
いつもの彼女の雰囲気では無いが、直ぐに分かる。
「テイオー……」
担当ウマ娘──トウカイテイオーが目に光が無い状態で、首だけを曲げて俺の方を見てきた。
体を動かす気力もないのか、さび付いた金属のようにゆっくりと顔だけを向けてくる。
そして、小さな声で俺に問いかけてきた。
「なんでここが分かったの……?」
「なんとなく、テイオーならここに来るだろうなって」
「ははっ……。ボクのことはなんでも分かっちゃうんだね。凄いや」
テイオーが感情が籠ってなさそうなセリフをぽつりと呟くと、俺から視線を離すとまた動かなくなってしまった。
そして二人しかいない公園の中を、雨が地面に叩きつけれらる音だけが包み込む。
今俺たちがいる場所は、テイオーとよく来ていた公園。
はちみーを一緒に飲んだり、遊んだり、最初の夢を誓った場所でもある。
「早く帰ろう……テイオー。こんな場所にいると風邪引くぞ」
俺が話しかけても、テイオーはそこにいないかのように全く返事をすることは無い。
こうなったら更に近づくしかないと思った俺は、彼女の方へと一歩踏み出そうと──
「──来ないでっ!」
その瞬間、他の音に負けないくらいに大きなテイオーの声が響き渡る。
震えるように絞り出されたそれは、まるで有マの後の叫びに似ていた。
あの時は止まってしまった。逃げてしまった。考えないようにしてしまった。
だけど──今は違う。
俺はそのまま確かに前に進むと、テイオーの元に向かっていった。
一歩一歩と濡れた地面を踏みしめていくと、彼女が俺の方を見ずに前へと進んで逃げようとする。
だが俺はそれを逃がさないように、テイオーに一気に近づくとがしっと肩を掴んだ。
「俺の目を見ろっ! テイオー!」
「──っつ!」
そう言うと、テイオーはぴたりとその場で止まってくれた。
そしてしばらく静止したかと思うと、小刻みに震えながら地面を見ながら話し始めた。
「ボク、もう無敗じゃないよ?」
「知ってる」
「ボク、もう走れないかも──」
「それは、違う」
テイオーとはずっと一緒にいた。
トレセン学園に来た時から、デビュー戦を重ねてG1レースを走る時もずっと最前線で見てきた。関わってきた。
だからこそ分かる。
その言葉は。その言葉だけは、絶対に違う。
「トウカイテイオーは何て言ってる!?」
「うあっ……」
「走れないかもじゃない! トウカイテイオーが、本当に走りたいかどうかだ!」
俺がそう強く訴えかけると、テイオーは勢いよくくるりと振り向いてくる。
やっと正面から見せてくれた彼女の顔は、ぐしゃぐしゃになっていてもう限界寸前だった。
雨に隠れているが、間違いなく泣いている。彼女からしたら隠したいだろうに、自分の目がいいせいで直ぐに分かってしまう。
瞳に涙を溜めながら、彼女は大きな声で吐き出した。
「走りた゛い! 負けて、嫌な気持ちになっても゛! ボクがボクを許せなくても! まだ、走りたい゛!!!」
「分かってる……。テイオーは走るのが好きで楽しいんだもんな」
「まだ、ボク走っていいの……? レースに出てもいいの……?」
「当たり前だ。テイオーが走りたいなら、それでいいんだよ」
「また負けちゃうかもしれないよ……? ボクが折れちゃうかもしれないんだよ……?」
「それでも絶対に俺はテイオーを離さない。だから──これからも一緒に走ってくれないか?」
Eclipse first, the rest nowhere. 唯一抜きん出て並ぶ者なし。
トレセン学園の校訓としても有名なこの言葉だが、俺は少し違うと思っている。
並ぶ者なんていない? 絶対にそんなことは無い。
だって、テイオーの隣には俺がいるんだから。一人になんか、させない。
「うあっ……。あっう……あっ、あああああああ!!!」
俺の告白に、テイオーはその場で立ち尽くしたまま大号泣し始めてしまった。
彼女なら他の人に見せないであろう泣き姿を、俺には見せてくれている。
俺はテイオーの背中に手を回してぎゅっと強く抱きしめると、頭を優しく撫でた。
冬の雨の中で本当は凍えるほど寒いはずなのに、ここだけ少し暖かいような気がする。
俺は強くテイオーを抱いたまま、聞こえるような声量で話そうとゆっくりと口を開いた。
「なぁ……最強ってなんだろうな……」
「……」
「どこまで行ったら、ルドルフを超えたってことになるんだろうな」
「……正直、ボクも分かんない」
「いいんだよ、それで」
G1レースで一着取れたから最強なのか? ルドルフの戦績を超えたら最強なのか?
レコードを塗り替えたら? 芝もダートも走れたら? 短距離も長距離も走れたら?
そんなの分かんない。分かるわけがない。
だけど、これだけははっきりしている。
「最後まで諦めなかったウマ娘は最強なんじゃないかって、俺は思う」
「……うん」
「それに……まだテイオーは負けてないだろ?」
「へっ……? でもボクは、有マで」
「俺たちの心は負けてない。まだ走るなら、いくらでもチャンスはある」
──三冠ウマ娘だけじゃなくて、たくさんG1で勝って、カイチョーを超えて、一番速くて強いウマ娘になりたい!
テイオーの夢の中にある、一番速くて強いウマ娘。
ある意味、これは既に叶っているのかもしれない。だって、俺が彼女のことをそう思っているのだから。
だけど、まだテイオーがその先に行くというのなら。
まだ、走りたいと言うのならば。
「無敵のテイオー伝説は、まだ終わってない。そうだろ?」
俺は、彼女の夢を諦めずに支え続けるだけだ。
その伝説を終わらせないためにも、語り継ぐためにも。
ずっとテイオーの隣で、走り続ける。
それが彼女のトレーナーになる時に、俺がした約束だから。
「それに、止まっても一緒に背負っていけるからさ」
「分かち合えるってこと……?」
「あぁ。テイオーが失敗したら俺も背負うし、俺がもし失敗したら──」
「──ボクも背負う」
あの時俺たちに足りなかったのは、失敗を認めて次に進むこと。
敗北は次の勝利へのステップなんて、俺が一番分かっていたはずなのに当事者になったら考えられなくなってしまっていた。
だから、二度は間違えない。
「そっか……。そうだよね」
下を向いていたテイオーの顔が、ゆっくりとだが空へと上がっていく。
ぽつりぽつりと踏みしめた歩きは、きっともう止まる事はない。
「ボクは一人じゃないんだ。ずっとボクたちだったから」
その声はもう弱気なテイオーじゃなくて、いつものテイオーに戻っていた。
「いつの間にかボクの夢は、ボクだけの夢じゃなくなっていたんだね」
ととんとその場で飛ぶようにステップを踏んだ彼女は、くるりと一回転して俺の瞳を見つめてくる。
「トレーナーの夢も、ファンの夢も、全部背負って──みんなに夢を見せてあげる」
その顔にはもう、すっかり笑顔が咲き誇っていた。
「最強ってきっと誰もが夢を託したくなるから。そんなウマ娘に、ボクはなる!」
「なれるさ。絶対に、テイオーは最強に」
「ボクだけじゃないよ? トレーナーもみんなの夢を背負うんだからね!」
「勿論。一緒に行けるさ」
じゃあ、行こうか。まだ終わらない、伝説のその先へ。
「無敵のテイオー伝説は、まだ終わらないぞー!」
雨は止んで、澄み渡った蒼空は光り輝いていた。
キミと夢をかけるよ。何回だって、その先へ。
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