そのウマ娘、星を仰ぎ見る   作:フラペチーノ

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無宴の支配者

「貴方は神様を信じますか?」

 

「……うえっ」

 

 それは確かまだマヤが、トレセン学園に入学してから半年くらい経った頃だったっけ。

 同室になって直ぐに打ち解けたテイオーちゃんと一緒にお出かけしていた時に、駅前で明らかに怪しい女性に話しかけられた。

 誰がどう見てもソッチ系の人だったからか、テイオーちゃんは凄く嫌そうな顔をしてる。

 まぁ明らかに、若いウマ娘二人のデート中に話しかける内容ではないよね! 

 都内は怖いなぁって思いながら適当にあしらって断りながら離れると、テイオーちゃんが口を開いた。

 

「そういえばさ、マヤノって神様信じてる?」

 

「神様?」

 

 さっき宗教の話をされたからかな。

 話題が丁度尽きたこともあってか、テイオーちゃんがちょっと珍しいネタを振ってきた。

 とは言っても神様の話なんて、特段変な話でも無いかな。だってここ多宗教の国、日本だし。

 

「テイオーちゃんはどうなの?」

 

「ボク? うーん、人並みには信じてるかなぁ……。なんか、神様のおかげーって言えること思いつかないけどさ」

 

「テイオーちゃんのトレーナーに会えたのは?」

 

「あれは運命だから神様関係ないもん」

 

 質問に質問に返すというあんまり会話にしてはよくないことをしてしまったけど、テイオーちゃんは普通に気にせずに返事をしてくれた。

 そしてその答えは、とてもありふれた普通なもの。まぁトレーナーに対しての想いは、大分普通よりも重めだったけど。

 

「で、マヤノはどうなのさ」

 

「マヤ? マヤはね~、神様信じてるよ?」

 

「あれ、そうなの? ちょっと、意外かも」

 

 テイオーちゃんに対して、マヤもしっかりと答えを返してあげる。

 別に宗教的に崇拝とかしているわけじゃないけど、マヤは神様がいるって信じてる。

 いや。

 

 ──知っている。

 

「神様いっぱいいるしね~。ほら、八百万の神っていうでしょ?」

 

「なんかいっぱい神様いるって奴だよね。どんなものにも、神様がいるって考えのやつ」

 

「そうそう。だから、レースの女神様だっているかもしれないよ~?」

 

 マヤは知っている。あれは、レースの神様なんてちゃちなモノじゃない。

 マヤは知っている。あれは、信仰されるほど立派な神様なんかじゃない。

 マヤは知っている。あれは、私たちが理解できるほどいい神様じゃない。

 マヤは知っている。あれは、よくお願いしてる崇拝対象なんかじゃない。

 

 ──マヤは知っている。あれは、嫌悪を抱く対象だ。

 

 見えてしまった神秘ほど、厄介なものは無い。

 

~~~~~~~~

 マヤが産まれたのは、どこにでもいる普通の家族の中だった。

 パパがパイロットしてでんじゃーぞーんなのは……んまぁ、ちょっと珍しいかもだけど。

 普通に産まれて、普通に走って、普通にトレセン学園に入学して。

 普通にG1レースに興味を持って、普通にウマ娘らしく走ろうとして。

 自分ならこう走って勝つのにな〜なんて思いながら、マヤはトレセン学園に足を踏み入れた。

 

「ふふーん♪ 走ってもっとキラめいて、憧れにテイクオフ♪」

 

 その日は、本当に心地良い春の暖かさを肌で感じられる日だった。

 なんか新しい何かが始まりそうなワクワクを胸に抱えつつ、鼻歌を歌いながら桜咲く道を歩くのはとても楽しい。

 トレセン学園の入学式も無事に終わり、がやがやと新入生含むウマ娘たちが話している中。

 マヤはとあるものを見つけてしまった。

 

「三女神様の像だ~。パンフレットとかにも乗ってたけど、実際に見るとおっきいね~」

 

 それはトレセン学園の中央にある、三女神様をモチーフにしたと言われる大きな噴水。

 三女神様が持っている水瓶から静かに水が流れているのを見ていると、なんだか心が洗われていく気がする。

 にしても、この像の周りは本当に静かだなぁ。まるで、誰もいないみたいに──

 

「──っつ!?」

 

 次の瞬間、マヤの周りには何もなかった。

 さっきまでいたヒトも、咲き誇っていた桜も、目の前にあった三女神像も、マヤが立っていた地面も、空も、時間も。何もかも。

 無の空間に意識だけあったマヤの脳内に流れ込んできたのは、巨大な大樹。

 根っこが無限に下へと広がっているそれを無理やり「理解」した後、マヤは確かにそれを見た。

 

 ──ここは、観測者が来ていい場所じゃありません。

 

 これから一生に掛けて呪われることになる、奴の顔はよく見えなかったけど。

 絶対にマヤを見てない表情だったのは、分かった。

 

「……」

 

 戻ってきたトレセン学園は確かに、先ほどまでと同じ場所だった。

 だけど、全て理解した後に見える光景は全て空虚なモノに見えて。

 なんて言えばいいかな。綺麗に見えた空の青色は、青色なのが分かっているから青色に見えるだけになったというか。

 まぁでも確かに言えるのは。

 この世界の「マヤノトップガン」は、確かに「マヤノトップガン役」になっただけだ。

 

~~~~~~~~

 自分が知らなかった事を、知ってしまう機会なんて割と日常に溢れているもので。

 新しい知識が増えたりすることなんて、誰だって経験したことあると思う。

 本を見た時でも、テレビを見た時でも、携帯を見ていた時でもいくらでもあるはず。

 そしてマヤがあの時知ってしまったのは、この世界の狂った事実だった。

 

「……で、マヤはこれを知らされてどうすればいいんだろ」

 

 まず最初に知ったのは、三女神が存在するという事実。

 しかもこの三女神様なんか神様というより、ただ時間を持て余してしまっているただの暇人にしか見えなかった。

 ただし、倫理感は無い。

 

「この世界の観測者ね~。本当に、終わってるね~」

 

 で、この三女神様が何してるかって言うと別に大したことなんてない。

 無数に広がる並行世界の一つである、ここの世界線をたまたま観察しているだけ。

 確かに別の選択肢をしていた「IF」のパラレルワールド。

 だから今ここにいるマヤはこうやってトレセン学園に入学しているけど、別の世界線ではそもそも入学してなかったりする。

 そして、もっと遠いところまでいくと──ウマ娘が存在していなくて、馬が存在している世界があった。

 

「競馬……マヤって菊花、有馬、宝塚、春天、勝ってるんだね。どうだったの? マヤのウマソウルちゃん」

 

 ウマソウルっていうのは、マヤの元になった別世界のお馬さんの記憶を持った魂。

 別にそれがマヤの人格を形成しているわけじゃないけど、これはこれでいる意味がある。

 そもそもウマ娘っていうのは「体」と「魂」と「ウマソウル」があって、初めて形成される生物なんだよね。

 ウマ娘の走りができる、体。

 人格を形成している、魂。

 ウマ娘の力の源でありエンジンである、ウマソウル。

 これらがあってこそ、ウマ娘はウマ娘たる走りが出来る。

 特にウマソウルが空っぽだと、ウマ娘の走りは出来ないっぽい。

 

「まぁマヤのウマソウルは大人しいっぽいけどね。あんまり影響してないし……」

 

 ウマソウルは人格は形成をしてはいないけど、影響されることはある。

 例えば元のお馬さんが元気な子だったら、そのウマソウルを持ったウマ娘は元気っ娘になるとか。

 一番分かりやすいのは牡馬牝馬の耳飾りかなぁ。あれ本当に無意識につけちゃうんだよね。

 さて、ちょっと脱線しちゃったからお話を戻そうかな。

 

「この世界で『トウカイテイオー』ってウマ娘のお話が見たいから、適当に選んだウマ娘にカメラをつけて観察するって……本当にどうかしてると思うよ」

 

 観測者っていうのは、本当に文字通りの意味。

 三女神が等身大目線でその場を観察したいためだけに、この世界の多数のウマ娘に直接見れるような「目」に現世への「中継カメラ」のような機能を付けているのだ。

 これの何が質が悪いって、この役割を持っているのは自分では分からないということ。

 これ、ただの盗撮だからね? なんでマヤたちの目を使って世界を覗いているの? 自分の目で見に来なよ。

 

「……憂鬱だなぁ」

 

 せっかくトレセン学園に入学して新たな出来事が始まる予感に胸を躍らせていたのに、なんでこんなことにならないといけないのか。

 知りすぎてしまったせいか、もうマヤはレースの走り方も勝ち方も──勝った時の感情もなんとなく分かってしまっている。

 しかも、誰がどう勝つのかも分かっている。

 この世界は『トウカイテイオー』というウマ娘が、無敗でトゥインクルシリーズを走ることが決められた世界なんだって。

 結果が分かっているモノほど、つまらないものはない。

 だけど、それ以上に恐ろしいのは──

 

 ──その結果がずれてしまった時に、どうなってしまうのか。

 

 例えばマヤが菊花賞に出て勝利して『トウカイテイオー』ってウマ娘から、一冠を奪ったとする。

 なんか感覚的に出来そうではあるんだけど、それをやったらこの世界がどうなるか分からない。

 一番怖いのは、何も無かったことになること。

 いくら世界が分岐しているとは言っても、全部知っているマヤが介入したせいで世界が文字通り「終わって」しまうかもしれない。

 

「……うん、下手に関わらないのが正解だね。世代をずらすよりも、逆に同じ世代で走って全く別のレースに出るとかの方がいいのかも」

 

 本当にいいの? レースで自分の知らないワクワクを探すために、このトレセン学園に来たんじゃないの? 

 事情が違う。さっき見たでしょ。

 分かんないじゃん。別にたくさんG1レース出て、走っていいじゃん! 

 だから下手に勝って目立ったら、そもそもこの世界が無くなったりするんだよ。

 そんな簡単に捨てていいの!? そんな簡単に世界が消えるわけないじゃん! 

 それが、分からないから出来ないの! 

 知っている事が多くなっちゃって、知らないことに対して恐怖を覚えるならもうマヤ知らないからね! 

 いいよ! マヤも知らない! 

 

「……あはっ☆」

 

 ずきりと胸が痛む。

 魂が軋む。

 声が聞こえなくなる。

 沈む沈む。自分が沈んで、自分が知らない自分になる。

 

「とーちゃく! さぁ、寮の同室の子はどんな子かなぁ~」

 

 確か、前までのマヤノトップガンはこんなだった。

 マヤノトップガンを演じられる、マヤノトップガンになれ。

 何も知らなかったころの、マヤノトップガンになれ。

 

「今日から同室になるマヤノトップガンだよ! よろしくね!」

 

「あれっ、いつの間に後ろにいたの? 全然気付かなかったや。えっと……ボクの名前はトウカイテイオー!」

 

 あぁ、本当に。

 

「夢は無敗の三冠ウマ娘! よろしくね!」

 

 呪いとは、神様から授かるモノだ。

 

~~~~~~~~

 テイオーちゃんは凄くいい子だった。

 純粋無垢で、元気で、素直で。

 だから凄い仲良くなってしまった。友達以上の、親友だと思えるくらい。

 テイオーちゃんのトレーナーである、スターちゃんも凄くいい子だった。

 聡明で、瞳焉で、素直で。

 あの三女神が生み出したなんて、考えられないくらい。だから、要らないお節介まで焼いてしまった。

 そして、マヤが目を疑ったのはとあるレースの後。

 

「……ウソ」

 

 テイオーちゃんが有馬記念で負けた。

 あっちの世界じゃ確かに有馬記念に負けてた時期はあったけど、こっちは世界線が違う。

 いくら世代が違かろうが、環境が違かろうが、結果が決まっているのであれば過程なんて関係無いと思っていた。

 だけど、テイオーちゃんは負けた。マヤの知っている答えと結果が変わった。

 

「……なんで?」

 

 分からない。なんも、分からない。

 世界は消えてないし、壊れていない。

 マヤノトップガンはまだ、この世界に存在している。

 

「ほら、簡単に世界なんて壊れなかったじゃん」

 

「……」

 

「いい加減に素直になろうよ。走りたいんでしょ? マヤは」

 

 何も目標なく、走っていた。

 ワクワクなんて一切ないレースを、適当にこなして。

 トゥインクルシリーズを勝って、負けて、そこそこの戦績にわざと収めていた。

 

「……認めたくないの?」

 

「……だって、じゃあ。今まで、マヤがやってきたことは無駄だって……」

 

「無駄じゃない。テイオーちゃんは、確かにマヤがいたことで『最強』になった」

 

 誘導もした。

 ちょっとヒントも与えた。

 テイオーちゃんと、同室で一緒に長い時間過ごしてきた。

 

「じゃあ、それに勝ちたいよね?」

 

「もう、栞なんて過ぎ去ったよ。もう世界は壊れないことは証明された」

 

「ここまで来たら、もう自分に素直になっていいんじゃない?」

 

 ──次の大阪杯、マヤも出る。

 

「それで、いいんだよ。だって」

 

 ──「マヤは、ウマ娘なんだから」

 

 オーバードライブも、ウマソウルも、タネもシカケも全部知っている。

 何も知らないヒトと走っても退屈で、ワクワクしないでしょ? 

 だからさ、マヤと一緒に走ろうよ。

 ね? テイオーちゃんにスターちゃん? 

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