箒ちゃんに転生してみた。   作:王子の犬

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その後の箒ちゃん
その後の箒ちゃん


 柔らかな4月の朝。

 少し汗ばむくらいの陽気のなか、薄桃色に彩られた並木道を通り過ぎる。

 私は肩に乗った桜吹雪を払い落とし、これから通うことになる新校舎を見上げた。

 

「よよよ……箒ちゃん」カジュアルスーツ姿の女性がチーン、と鼻をかむ。

「もう……泣きすぎですよ、先生」

「でもぉ、あんなに小っちゃかった箒ちゃんがこんなに大きくなって晴れ姿を……ううう……私ぃ……」

「みんなが見てますって」

 

 同年代の少女たちの視線を集めているのは、今年25歳になった篝火ヒカルノであった。

 篠ノ之博士が個人で開発していた頃からインフィニット・ストラトスに関わっており、研究者として古参中の古参にして、バイブル【IS理論】の共著者であった。

 今は、倉持技研IS第一開発室室長と篠ノ之電池株式会社役員という2つの肩書きを持つ傍ら、IS搭乗者の育成にも携わっていた。

 

「これから入学式なので、先生、ひとりで大丈夫ですか?」

「嬉しすぎて涙腺が死んじゃうぅ……」

「……大丈夫そうですね」

 

 篝火ヒカルノは私の後見人である。

 【白く輝く騎士】改め【白騎士】事件から3年ほど経過したあと、要人保護プログラムが発動した。

 篠ノ之家は家族バラバラの生活を強いられた。私も生まれ育った町を出て、クラスメイト達との別離を強制されたのだ。

 ヒカルノは大学在学中にIS研究者として頭角を現し、第2世代IS開発プロジェクトに参画した。私はヒカルノからの招聘を受け、小学生であったにも拘わらずプロジェクトに加えてもらい、年上の研究者たちに可愛がられたのだ。

 ヒカルノは成人してすぐに後見人を申し出た。私は若き権威にずいぶん助けられていた。

 

「では、行きます」

「がんばってね……私もぉ草葉の陰から応援してる〜」

「先生生きてるじゃないですか」

 

 私はヒカルノに背を向け、歩き出した。

 私こと、篠ノ之箒は15歳になった。

 IS学園に入学し、数多の学徒と揉まれながら競技者としての道を目指して切磋琢磨を誓ったのである。

 入学式を終え、1年1組の教室に向かった。

 背筋を伸ばして颯爽と歩く私は、生徒たちにとって無視できない存在らしい。

 

「篠ノ之箒だ……」「彼女が……」

 

 ()もありなん。

 おそらく同年代で篠ノ之箒の名を知らぬものはいないであろう。

 インフィニット・ストラトスの開発者、篠ノ之束博士の妹であり、第2世代ISにて標準インターフェースを確立させた若き天才。日本国の代表候補生にして、既にワールドIS下位リーグにて好成績を収め、昇格間近と囁かれている存在だ。

 好奇と畏敬の眼差しが集まる。

 確かに私は、彼女たちと数少ない椅子を奪いあう者である。

 

「席は……」

 

 教室の正面に張り出されたB紙には生徒の座席指定であった。

 指定された通り、窓際の席に着き、荷物を置いて教室内を見渡した。

 八割方席が埋まっている。

 ワールドIS上位リーグ参加経験を持つセシリア・オルコットがいた。私の視線に気づいて優雅な微笑みを浮かべた。

 他にも最前列の教卓前の席にはベルカ公国代表候補生のクロエ・クロニクルが座っている。

 クロエも私に気づいたのだろう。

 

「ごきげんよう、箒様」

「君もいたのか」

「空ちゃんと円くんはお元気ですか?」白騎士事件の数ヶ月後に生まれた双生児のことだ。

「ああ、やんちゃ盛りで元気すぎて困っているくらいだ」

「まあ、それは頼もしいですね」

 

 クロエ・クロニクルとは、彼女がベルカ公国へ亡命した際に少しばかりの手伝いをしてから交友が続いている。来日の度に我が弟妹たる双生児とも親しくしていたのである。

 始業のベルが鳴ったが、教員が姿を現さない。

 そこに乗じて賑やかにおしゃべりしていたわけだが、5分ほど遅れて年若い女性が走り込んできた。

 

「ごめんなさい! 遅刻ですよねっ?」

 

 眼鏡をかけた童顔の女性。黄色いセットアップは(たわ)わに実った胸元をこれでもかと強調した。

 ワールドISリーグに出場していたよう気がするが、こんなにも緩い目つきの女性ではなかったはずだ。

 恐らくは他人の空似であろう。

 

「ではっ手短に。私は山田真耶。皆さんの副担任です。1年間よろしくねっ」

 

 教室中がざわつく。

 

「えっ、真耶様っ!?」

「目つきが違う。真耶様のピンヒールは8センチ。この人は5センチしかない。同姓同名の別人に決まってる」

「おっぱいの形が一緒だよ」

「真耶様の服装はクラロリ系。あんなに胸元が開いたワンピなんて着ないし、黄色なんて選択は以ての外よ」

 

 どうやら一昨年のワールドISリーグに出場していた山田真耶様と瓜二つのようだ。

 

「はい、先生」

「なななんでせう。ええっと」「鷹月です」

「ししし質問ですよねっ?」

「山田先生、眼鏡を外して頂けませんか? 眼鏡を外した状態で私を凝視してください」

「えっと……こ、こうかな」

「そうです。左手を腰に当てて顎を高めで、流し目気味に私を睨みつけてください」

「えええっ睨む!?」

「睨んでください、あとできれば唾を吐きかける感じで『ウザっ』と聞こえるか聞こえないかの大きさで呟いてください。あ、表情は崩さないで」

 

 山田先生が言われるまま「ウザっ」と呟いた。

 

「……聞いた?」

「聞いた、聞いた」

「聞きましたわ」

「真耶様っぽくない? 本当に真耶様かも」

「では、わたくしがひと肌脱いで見せましょう」

 

 セシリア・オルコットが立ち上がった。うろたえる山田先生の元へ一目散に進み、隣に佇んだ。

 

「お、オルコットさん……ど、どうし」

「山田先生、わたくしの頼みを聞いて頂けますか?」

「へへへ変なことじゃないですよねっ」

 

 セシリアはスカートの両端をつまんで、軽く腰を落とす。イヤーカフスがキラリと光を反射させ、その場で四つん這いになった。

 

「わたくしに座ってくださいまし!」

「ダメ、国際問題!!?」

「記録してください! わたくし、セシリア・オルコットは今から山田真耶教諭が何をされても訴訟を起こしたりいたしません!!!」

 

 布仏本音が糸目を開けて、手を振った。「録ったよ〜〜」

 

「本音さん、感謝いたしますわ!

 さあ、先生! わたくしの背中に尻を乗せてくださいなっ!!」

 

 山田先生は目を右往左往させている。

 当然である。

 オルコットと言えば、古来からある誇り高き英国騎士の家系である。近い将来オルコット財団の管理運営を相続するであろう娘が、背中に跨がれと口にしている。私はいったい何を見せられているのかと唖然となった。

 

「座って頂かないと訴訟を起こしますわよ」

「ヒィっ!!」

 

 オルコット財団と言えば、(株)篠ノ之電池以上に執拗な訴訟を仕掛けてくることで有名であった。

 山田先生はオルコット財団と事を構えたくない一心でゆっくりと行儀良く腰を下ろした。

 サイドサドル騎乗である。

 

「の、乗りましたよっ! 訴訟しないですよねっ

「尻を叩いて罵ってくださいまし!!」

「もっとダメです!!」

「…………真耶様を騙ったと訴えますわ」

「や、やらせて頂きます! どどど……どうなっても知りませんよ」

 

 山田先生が背筋を伸ばして呼吸を整える。

 眼鏡を外して胸元に引っ掛け、視線が胸に集まったと思ったら鋭い目つきに変わった。

 指先でセシリアのスカートを軽くなぞったあと、おもむろに手を振り上げた。スナップを効かせた手のひらがセシリアの尻を強かに打つ。

 

「ヒギィ!?」

 

 さらに1発、もう1発。セシリアのみっともない呻きが教室内に響いた。山田先生が少し間を置いて尻を優しく撫でると、セシリアは屈服したかのように上半身を床に着け、尻だけを高く上げた姿勢になる。

 山田先生は背を屈め、セシリアの耳元で囁いた。

 

「本当にみっともないですね……貴族だと言うのに、尻を叩かれたぐらいで屈服するなんて……それとも、もっとしてほしいですか? でも、訴訟を起こされたら打たれたくとも打つことすらできなくなりますが……それが望み?」

 

 完全に真耶様である。セシリアの瞳にハートマークが浮かんでおり、頬が桜色に上気して身体を小刻みに痙攣させている。取り返しの付かないことになってやしないかと気を揉んだ。

 クラスメイトはセシリアの様子を目にして声を上げた。

 

「真耶様で間違いないですっ。疑って申し訳ありません。『ウザっ』追加でお願いします!!」

「先生、ずっと真耶様でいてください!!」

 

 山田先生の頬がリンゴのように真っ赤に染まった。手で顔を覆って「若気の至りだったのに……」とつぶやいた。

 私は挙手しながら左右を見渡す。

 

「山田先生、担任の先生はいつ……あと、担任の先生のお名前を伺ってもよいでしょうか」

「担任の先生はもう少し遅れます。本人からシークレットだって仰ってらしたので私からは、今は言えないんです。ごめんなさい」

「そうですか。……ヒントだけでも」

 

 すぐにわかるのだろうが、やはり気になるのだ。

 この時、私は大いに期待していた。もしかしたら【ちーちゃんセンセ】なのだろうか。

 織斑千冬もまたIS学園の指導教員である。第2回モンドグロッソ大会でトーナメント決勝を欠場し、そのまま現役引退している。当時の関係者であったクロエ・クロニクルが1組にいるわけだから、これはもしかしたら……。

 私は教卓正面の椅子に視線を向ける。

 そこで、ふと、違和感に気がついた。

 もうひとりの関係者……織斑一夏(いっくん)の姿がないのである。

 IS適性を有する唯一無二の男性。

 デリケートな扱いを要する彼がこのクラスにいない。前回とずいぶん歴史が変わってしまっているような気がするのであった。

 

「キャアアア」「千冬様っ」「2組大当たりじゃーん!!!」

 

 突如隣のクラスから沸き起こった黄色い歓声に私とクラスメイトは同時に振り向いていた。

 教卓付近から、タッタッタ、と軽快な足音を耳にする。

 再び前を向こうとして、筆記用具に肘をぶつけてしまい床に落としてしまった。

 

「……しまった」

 

 あわてて拾い集め、席に着く。私は教卓に立っている人物を目にして唇を震わせていた。

 

「ふぅーん。そっかー君たちが教え子になるわけなんだねー。真耶様っ繋ぎありがとーねぇ」

「………………………………えっ」私はようやく呼吸することができた。

「箒ちゃん☆ ひっさしぶりー♪」

 

 私は過労のあまり視聴覚に異常を来してしまったようだ。

 

「さっきからパクパクしか聞こえないけど、そっかー。

 姉妹の感動の再会のあまり口が利けなくなるくらいに喜んでるんだね?

 束センセうっれっしっいっな♪」

「…………」

 

 私は信じられなかった。

 篠ノ之束博士は3年前、独自開発した導電性硬化(フェイズシフト)ダンボール製ロケットに乗って月面1周旅行に出掛けたきり行方知れずとなっていたのだ。

 私は姉が失踪したと聞いたとき、人目を憚らずガッツポーズをせずにはいられなかった。

 (あの人)の存在が昔から我慢ならなかったのだ。

 中学生までは金の亡者で近隣の鼻つまみ者だった。【インフィニット・ストラトス発明者】【天災級多重債務者*1】【伝説のクズ】といった肩書きが目立った。

 高校生になってから人が変わったように事業に没頭し、ワールドISリーグを開催してしまった。

 その後、アラスカ軍縮条約を締結に尽力してノーベル平和賞を受賞。

 篝火ヒカルノとの共同研究が認められ、博士号取得。

 IS物理学でノーベル物理賞を受賞。

 月面との双方向通信においてギガビット伝送技術を確立。

 社会への貢献度は、かつての篠ノ之束を遥かに超えていた。

 

「…………………………え、今まで」

「実は一昨年(おととし)にはもう帰って来てたんだけどねー。西さんがダンボーの中身はもう嫌だ、ダンボーダンス踊りたくないって泣いて懇願したからぁ代わってあげたんだよねぇ」

 

 西さんとは西秋のことである。

 先代の更識楯無が心筋梗塞で急死したあと、【暗部】での居場所がなくなった。

 伝手を頼って篠ノ之電池のスタッフとして就職したのだ。

 IS操縦技量が高く、武術を心得でいたがために篠ノ之電池のISチームに配属。花形選手になる期待もあったのだが、残念ながら篠ノ之電池の企業代表機は【ダンボール戦士・ダンボー】である。

 新型を開発したくとも篠ノ之博士が月に失踪(当時)し、篝火ヒカルノは倉持技研の新型IS開発にかかりきりになってしまい手が空かなかったのだ。

 一昨年と言えば、ワールドIS下位リーグで二日酔いダンボーとして醜態を晒した年だ。

 

「………………………………二日酔いのって」

「…………ゴメンねー。束博士はんせーしてるんだ★」

 

 中の人複数人疑惑は真実だった。

 ダンボーには、【永遠の紙装甲】【まさかのダンボール製】【夏休みの自由工作】【下位リーグ最多出場・最多敗北IS】などと様々な二つ名がある。

 お茶の間で大人気、知名度だけなら1番というインフィニット・ストラトスであった。

 ISとして唯一、単体で家庭用ゲームソフトやボードゲームが販売されている。他のISはIS/VSでまとめて1本だった。

 姉は美しい面立ちに満面の笑みを浮かべた。

 

「みんな☆ 束せんせーより箒ちゃんの方がインフィニット・ストラトスのこと詳しいからっ何でも箒ちゃんに聞いてあげてね♪」

 

 いきなりの問題発言であった。

 当然、疑問の声があがった。

 

「篠ノ之せんせーがIS理論を書いたんじゃ?」

「アッハッハ! 良い質問だね、真耶様っ彼女に座布団1枚あげて!」

 

 真耶様が教卓の下から座布団を取り出す。

 

「箒ちゃんがゴーストライターしたんだよーん!

 私が書いたのはサインだけだよんっテヘペロ!

 君たち騙されちゃったねー束センセにそんなアタマがあるわけないじゃーん!!!

 アッハッハ!!!」

 

 ザワッ……ザワッ……

「えっ偽物……?」

「こっちが同姓同名の別人……?」

「出版9年前だよっ? 幼児に……冗談よね……?」

 

 私は白眼を剥き、壊れたゼンマイ人形のように口をパクパク開閉していた。

 クリスマス豪遊ツアー後、姉は両親に勘当され、独り暮らしを始めた。

 姉に幻滅した私は、口を利かなくなった。姉のすることに口を挟まなくなり、善かれと思っていた助言は一切やめて姉の好きにさせた。

 要人保護プログラムが発動して縁が切れたと思った。私もかつて、プログラムが発動したあとは妹や両親の存在を忘れかけたのだ。私は同じことをした。

 【白く輝く騎士】のときもそうだったように、姉は通常なら何年もかかる話を異常な熱意と愛情と良心によって短期間でまとめてしまう。ワールドISリーグは、脅迫と言う名の砲艦外交を行うことなく口先1つでわずか1年で形にしてしまった。

 だが、姉は、私が理想とした革命家たる篠ノ之束ではない。いつまでも子どものような言動をする、おおよそ人前に出すのが恥ずかしい姉である。それにも拘わらず、社会に認められてしまっているのだ。

 

「どうして………………」

 

 私は身体の震えが止まらなくなった。

 (あの人)を遠ざけても勝手に戻ってくっついてくる……。10年前、篠ノ之箒が篠ノ之束にくっついたのと同じことが起きている。

 姉と縁が切れたと思って警戒を怠っていたのである。

 私は奇声を発し、泡を吹いて倒れながらこう呟いた。

 

「篠ノ之束はクズである。クズに付ける薬なし。クズは一生治らない」

 

 だが、私の呪詛をそのままの意味では受け取らなかったらしい。

 

「箒ちゃん、ゴメンねー。10年前にちょろまかしたお年玉、すぐ返すから許してねっ!!!」

「せんせー。篠ノ之さんが倒れましたー」

 

 

/(^o^)\オワタ

 

 

*1
返済済み




最後までお読みいただきありがとうございました。
最終話は大部分をスマホで執筆しましたが、うまいこと書けたと思います。
ブラックコメディはやりすぎましたね。評価1を連続して叩き込まれたときは焦りました。

それでは皆様よいお年を。
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