常に無月な一護さん   作:さゑら

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014. 軋む軋む 無罪の月 光のごとくに 世界を貫く 揺れる揺れる 無骨の月 堕ちてゆくのは ぼくらか 空か

 014-1

 

 

 皆様ご存知、女性死神協会は、今でこそ草鹿やちるという女児を虎の威とした一大勢力となっている。しかし結成当初は頼りない葦一本、よりも頼りない泡沫組織であった。その会誌第壱號は、表紙含め四ページであり、その内2ページは井戸端の噂をまとめたに過ぎない杜撰なものだった。

 時たまに茶屋にて開かれた会合の生産性のなさと言えば、シンボルとして(一方的に)崇められていた八千流ですら冷笑に付す有様であり、女性権利獲得に専ら打ち込む彼女達は巷では醜女の逆恨みとまで評される無様であった。それもそのはず、女性死神協会の初端は、人界の影響であるわけで、現代においてもニンゲンを下に見る風潮に溢れる死神界隈において、その活動自体が犬畜生に遜るが如き所業であった。

 しかし、その勢いは奇しくも、第二次世界大戦の終結という人界の事様によって増していく事となる。かの惨事は夥しい数の死者を孕む出来事であったことは言うまでもないが、膨大な魂が平等に現世、尸魂界、虚圏へ振り分けられたかといえば、そうではなかった。恨み辛み、そして現世への執着は暫時、虚の出現数として可視化され、死神はその対処に追われた。

 三界の管理者(バランサー)として、あるいは秩序の奴隷として。近代化の中で姿を消しつつあった物の怪が都市伝説として現世に突沸した時代と重なることは霊術院の近代史として習うところである。

 ともかくして、こうした激務は、戦争の中で科学力が向上したように死神界の戦力向上と男女比の変化をもたらすことになる。

 要するに、死神の男女参画不平等を、実力主義と言うのは男の死神が逝きすぎたし、女性の主張を虚言に終わらせるには、あまりにも殺神的に忙しかった。

 気が付けば、女性死神の比率は右肩上がり。

 一通り落ち着いた頃には、収まるべき場所に、収まっていた。

 

 ──、時は流れて現代。

 女性死神協会はおおよそ、互助会としての機能を果たしている。

 女性死神間の仲を取り持つハブ的な存在である。

 ゆるっと加入して、なんとなく情報を交換して共有する。

 薄っすらと繋がる情報の線を繋げてれば尸魂界で起こっている全てを見通せるとはもっぱらの巷説である。

 が、女性死神協会の話は例え話に過ぎず。

 

 ──要するに『死神』と呼ばれるものの、その本質は『ヒト』と限りなく地続きな存在である。その断片は尸魂界の片隅を見つめても余り有る。

 

 とある隊舎の掲示板に貼られていた、女性死神協会会報誌であった頁は、今や黒い霊圧に塗り潰された。

 上を見上げれば、水平に消え去った軒先の断面から霊子のチリが焦げ上がる。

 

 黒崎一護は、振り下ろした腕の先の惨憺たる有様にようやく、自身の強大さを自覚した。

 そして、死神と呼ばれた存在が自らと何も変わらないこと。引いては尸魂界と呼ばれる彼の世が、現世と極めてフラットな存在である構造に気が付き始めていた。

 

 というわけで、前回の続き。

 剣八を相手に鬼道の変質を持って対応した一護は、指摘した。

 黒崎一護の指摘──つまり、剣八とやちるの間に感ぜらるる異様な結び付きのような綻びに沈黙が場を包み込んだ後。

 やちるは珍しく顔をひきつらし、ややあって剣八の失神下であることを確認し胸を撫で下ろした。

 

「……と、突然何を言い出すのかと思ったよ☆」

「いや、なんかスマン」

 

 尋常でない動揺を感じ取り、一護も思わずペコリと頭を下げる。

 珍しい気の抜けた彼の態度。親しい仲の有沢たつきが見ればニヤニヤと腹を突くであろう毒気の抜けた態度にやちるは腰を下ろし、剣八の側へ侍った。

 

「なんとなく、俺だって分かってきたんだ。──多分、俺は強ェ。その、剣八って奴も相当強えってのも分かってる。それを庇った手前がどれだけソイツを大事にしてるのかってことも、分かってるんだ」

 

 彼の右手に燻らす黒い霊圧が散り散りと虚を焦がす。

 傷んだ尸魂界の床タイルがキシキシと揺らぐ。

 やちるはその様子をじっと見つめた。

 

「──だから、分かんねぇんだ。なんでそんなに繋がりを、心を分かってやれる手前ぇ等がルキアを拐って、詰って、殺そうとするんだ。しかも、兄弟で、仲間で……命を掛けて、行おうとしてる」

 

 一護の脳裏には脂汗を垂らし口角をヒク付かし、自分を卑屈に見て尚、こちらに剣を振りかざす数々の死神達の、その使命的な心意気を思い出した。

 

「……なんでだろーね。けどね、剣ちゃんのこと以外はどうでもいいんだよ」

 

 右に流し目をしてやちるは嘯く。

 誰を馬鹿にしているのか。剣八以外か、それとも己か。

 彼女の右手は無意識に斬魄刀の柄を撫でていた。

 

「ルキアちゃんのことも好きだけど。剣ちゃんが嬉しそうに貴方に向かっていったから、私も向かった。……死神だって、一枚岩じゃない。一護のことを唯の旅禍だと思ってる隊員は沢山いる。ルキアちゃんの顔なんて見たことなくて、稀代の大悪人だと思ってる人も沢山いるよ」

「まあ実際、俺は尸魂界を滅茶苦茶にしちまってるしな」

「だけど、だからこそその逆の人だって沢山いると思う」

「……」

 

 一護は、それすらも分かっていた。

 ただ、彼もまた、朽木ルキア以外の事を蔑ろにしていた──のかもしれない。

 まるで現実味のない、現世と異なる尸魂界をあたかもゲームか漫画のように捉え、自らの力が侵食するのを無感動に眺めていた。

 超然とした態度を取っていたわけではない。憮然としていた訳でもない。

 死神の力に目覚めたあの日から、依然として彼のスタンスは変わっていなかった。

 

「……それでも、ルキアを助ける」

 

 だからこそ、立ちはだかる現世との社会構造や文化観念の違い。それを己の力任せに壊してみせたとして朽木ルキアは助かったといえるのか。

 一生の責任を持って現世で共に暮らす程度のことならば良いが、それに対しルキアが後ろめたさにも似た気持ちを抱きはしないか。

 黒崎一護の関心は助けるという目標を超え、一連の騒動をどう収めるのかという大局的な視座に落ち着きつつあった。

 それが油断と呼ぶべきか、余裕と取るべきかは須らく結果が語る事である。

 砂利すらも生まぬ、自身の霊圧に染め上がる光景の中、一護は歩みを進める。

 空は顕正。

 その姿を止める死神は、一人もいなかった。

 

 

 

 

 014-2

 

 

 

「顕正、未だ曇りもせず──」

 

 一方、カツン──、と陰影を衝く木杖。

 嗄れ声は圧を伴って部屋を軋ませた。

 一番隊隊舎。その最奥には静謐な伽藍が配置されている。

 奥、とも呼ばれる空間は本来入口方向からの尊敬のベクトルを持って讃えられる場所であったが、怒髪天。眠れる獅子が邪魔をされ、今や、最奥からの怒りを封じ込める結界が如き様相を呈していた。

 

「暴力的な精神を携えこちらへ向かうとは迂愚極まり。身の程を知らぬ小童の囀りゆえ、歓びの掛けた赤子の泣きじゃくりと同義なり」

「……けどさぁ、山じい。実際あの子の霊力(チカラ)は凄いよ?  今でこそ、彼がいい子で助かっているけどさ。聴取によれば、何やら現世でのルキアちゃんのお仲間だって言うじゃない。なら──」

「──阿呆も大概にせよ、京楽春水。四十六室の決定を覆し、朽木ルキアを放免とし、黒崎一護を満足させれば良いだけのこと。熊に魚を差し出し、荒神に生贄を差し出すことが護廷だと小童が巫山戯(ほざ)くか……平時の腑抜けを何すれぞ護廷の本質へ及ばず!!」

(……あらら、怒髪天を衝いてるじゃないの)

 

 京楽は舌を巻く。

 人並み外れた太さと高さの列柱に支えられた板張りの空間の中、集められたのは僅か三名の死神。

 一番隊隊長及び護廷十三隊総隊長、山本元柳斎重國。

 京楽春水。

 

 ──そして、技術開発局局長涅マユリ。

 

 蝋燭に揺れる影を愛おしそうに撫でる春水と陰すらも整然と正してしまいそうな佇まいでじっと目を伏せる山本元柳斎重國。二人から漏れ出る霊圧は知らず知らずのうちに共鳴しあい、うねり合う。ミシリと更に空間が悲鳴を上げる中、そのやり取りを、砕けた飴を見るよりもつまらなそうに聞いていた涅マユリは、ギコギコと耳部に装着された(ように見える)ダイヤルのようなものを回し、口を開いた。

 

「時間の無駄だネ。実に陳腐なやり取りダ。耳が腐り落ちてしまわないか心配で心配で……押さえるので精一杯だったヨ」

「……つれないねぇ。いけずじゃないの、涅マユリ隊長?」

「喧しい。下らん問答に巻き込まないでくれ給え。ワタシは暇じゃないんだヨ」

 

 ピ、と手元に握られたリモコンを操作する。

 がこん、と大きな音を立てて天井の格子が歪み、割れ目が表出し、80インチほどの黒いモニターが降りる。山本元柳斎重國のこめかみが引きつく。

 知らされてない仕掛けだった。

 

「これを見給え。黒崎一護の得意技、ならぬ特異技。──呼称【無月】だ」

 

 ジジッと、悪趣味な蟲の眼から投射された映像には常闇よりも深い黒色の長髪を靡かせた青年の手先から放たれた霊圧の奔流が剣八に向かう場面が映っていた。

 涅は、映像を巻き戻し、コマ送りで再度流す。

 

「何か言うことはないのかい?」

「……キミ達相手にクドクド言う気はないが、改めて説明するなら、彼の霊圧には触れるな、ということ位だヨ」

「だよねぇ。侵食する霊圧なんて、早々お目に掛かれる物じゃあないが、お目に掛かりたい物でもない。──一体、どうするのさ? 山じいはそうやって言うけれど、ボクとしては、このままお帰り願いたい所なんだよね」

「帰らせる、だっテ? ……霊圧の出力、霊子の保有量、二者の制御力に個人差がある理由を理解って言っているのかネ?」

「──まあ、詳しくは知らないけれど。ケドさ、ある程度、何ていうのかな……まあ、遺伝性があるのは確かだよね」

「脳味噌だヨ」

 

 ぐずり、と脳髄を引っ掻くような動作を涅マユリは見せる。

 脳味噌。ここでは、特に大脳を指す。

 涅マユリは呆れたように目の玉をグルリと回し、技研とは別に秘密裏に進めている研究の一端を開示した。それ即ち、大脳皮質に刻まれたある種のしわと、それを満たす脳髄こそがその大きな要因であることを。

 

「才能やら遺伝やら努力やら。キミ達貴族様は陶酔しているようだがネ、科学の前ではチャンチャラおかしい話だヨ? 鬼道に縛道といった技術が開発されている以上、霊子関連も筋肉の如く理論に基づいて鍛え上げることができると考えるのが筋というものダ」

「それが旅禍と何の関係があるんだい?」

「霊子化した我々の身体に本来脳髄は必要ない。原子の軛から解き放たれているからだ。我々から血が出る理由は三界の構造による所が多いのは何千年も前──初代護廷十三隊が成るよりも前から分かっていたことだ。……つまり、なぜ、我々に脳髄なんて物が存在するのカ。現世の人間が血を出すから、我々も血を出すのだヨ。

「けれど、脳髄の働きも現世と異なるといえるのもまた事実だネ。霊子のパターンを捉え、組換え、共振させる機能を持つのは死神だけだ。しかし、だ──そも、霊子の作用する相手は魂魄に限る。滅却師──人と死神の醜悪な間の子のような、あの、特異的な忌み子共でさえ、霊子の隷属に際し、一度限りなく純粋に霊子構造を分解する必要があった。個人の脳髄の処理できる霊子の振動パターンには各々一定の領域に限るというのは技研の仮説だヨ

「……だというのに、あの黒い霊圧は一切合切を黒に染め上げている。一体どんな脳味噌があれば可能なのカ、そもそも黒崎一護は人間なのカ。全く興味が尽きない──そうダロウ?」

 

 一息にドロドロと持論を垂れ流すように語るマユリ。

 そのギラついた目つきには隠す気の無い知的好奇心が満ちていた。

 

「つまり、黒崎一護を暴くべきだと?」

「……全ては、護廷のために」

 

 渋い顔をする京楽春水を侮蔑と言える程の呆れ顔で見やる涅マユリの頭にあったのは、約十年前に行った壮齢の滅却師の解剖と同様の景色だった。目の玉こそ薄暗い灯りに照らされた2人を映しているが、その心は取り出した脳味噌や髪の毛の保存場所をシュミレートしている。

 まさに、外道。

 京楽春水は一度山本元柳斎重國を見て、

 

「……どうする、だって? 決まってるじゃないか。彼はあくまでニンゲン。しかも17歳の子供らしいじゃないカ。……実に簡単なことダヨ」

 

 ジジジッ。ジジ、ジ───。

 涅マユリの操作により映像が黒崎より120度程東に旋回し、景色を2倍、3倍に拡大する。

 一護と剣八の砂埃を払うように拡大したその先には、漆喰の塗り壁。その角にて両手を突き、恐る恐るその先を覗き誰もいないとホッとする井上織姫と、それを静かに見守る石田雨竜がいた。

 

「──なるほどねぇ……ハァ」

 

 映像を見つめる京楽春水は何か納得したように呟くと一度目を瞑る。瞼の裏でぐるりと、目を回し、一息つき、目を開ける。そこには優しそうな眼差しは消え、何も見ていないような、空洞の瞳孔が静かにたたえられていた。

 慈愛の念にも関わらず頭に乗せた笠を一切揺るがさず、その言葉はただ単に、その人の良さで居ようとする彼の反射が生み出したただの音声に過ぎなかった。まるで来る風が過ぎ去るのを待つ家のような意志のなさ。

 全く、神というのは実家薬籠中で在ろうとし過ぎるものである。所詮は在れと造られた只神であるとも知らずに。

 

「──では、その旅禍共は涅マユリ、お主に任せる」

「じゃあ、なんだい? ボクはもう一人の人間君でも相手にすればいいのかな?」

 

 京楽春水は霊圧感知に引っかかった一人、茶渡泰虎を暗に示す。彼としては半ば冗談であり、なんだかんだ黒崎一護を相手にすることになる未来を想像して嫌な気持ちになっていたが、山本元柳斎重國は、「──うむ」と一言頷いた。

 

「……儂が、あの小僧を灰燼に還そう──護廷のために」

「それはそれは……アツいねぇ。そうかい。もう、そういう話になっちゃってるのねという……可哀想に」

 

 コツン、と山本元柳斎重國が床についた杖の音を皮切りに殿内の蝋燭郡は三人の手元から外の順に吹き消えた。

 辺り一帯は伽藍堂。

 ジージジジジ、ジジジ──ジッ。ジ──────。

 隙間風に吹かれていた映像を投影していた蟲が聞くに耐えないグロテスクな音と共に潰れ、その場には差す月明かりのみ。

 

 

 






面白い感想が多く来ていて返したいのに、時間が過ぎすぎて返せないジレンマ……。いつも読んでくださりありがとうございます。
繋ぎみたいな話でがっかりさせたら申し訳ないです……。
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