あの日の出来事。
気持ちはいつも、すれ違う。
それでもやっぱり、伝えたい。
裏側の、その想いを。

1 / 1
アオのハコ#18 sideB

「人騒がせ。……いてっ」

 独り言のつもりが聞かれていたのか、氷嚢を持った雛にドつかれてしまった。まあ、何事もなくて何よりだけど。

 部活の合間に、雛が尻餅ついているのが目に入って。深刻そうな顔で痛みを堪えている風だったから、万が一がありそうで心配で仕方なかった。とは言え人をドつく元気はあるみたいだし、養護教諭の診断でも異常は無いっぽい。

 あれこれと喧嘩したり一方的にドつかれたりはするけど、雛は大事な友達だからな。

 さっきは千夏先輩がどうしたとか錯乱してた感じだったけど、今はもうそっちも落ち着いたらしい。

 ……いや、そうでもないかな。なんだかソワソワしているような。

「……人騒がせってなにさ。仕方ないじゃん。プレッシャーとかでいっぱいいっぱいで、夜も眠れなかったりしたんだからね」

 ポツリポツリと、雛が溢し始める。こいつが弱音を吐くなんて、相当に追い込まれてるのかもしれない。雛はいつだって自信の塊で、負けず嫌いで、戦って負ける姿なんて想像も出来ない。いやまあ負ける事だってあるだろうけど、そのイメージが無い。

 やれやれ、気晴らしでもさせてやるか。

「ほうほう、それで症状はいつから?」

「……バカの癖に人をバカにする気? 蹴るよ」

「あー……、痛みが引くまで話聞いてやるから、話してみろよ」

 電柱かカカシだと思ってくれればいい、とりあえず話をすれば気も落ち着くだろう。あと足を傷めた癖に蹴ろうとすんなバカ。

 

 ――で。始まったのは、「蝶野弘彦の娘」という扱いについての、……物凄い勢いの愚痴だった。日本代表選手の娘ってことで常に過剰な期待をされるし、寄付金の為にもコーチたちは誉めるばかりでなにもしてくれない。マトモに指導もされず必死に独力で結果を出しているのに、雛は毎回こう言われてしまう。

 「さすが蝶野弘彦の娘だ」と。

 その気持ちは、俺にはきっと完全には分からない。どんなに俺がもがこうと、うちの親が日本代表選手になる事はない。俺が栄明を背負うようなビッグネームになる事もない。それでも、雛が苦しんでいるのは分かる。分かるから、黙って聞いてやる。雛は意見や解答がほしいんじゃない、胸に詰まったモノを出してしまいたいだけだろうから。

 ……詰まるようなモノがあるほど、立派なお胸ではない気も致しますが。

「あんた今、すごい失礼なこと考えなかった?」

「滅相もない」

 足を冷やしていた氷嚢でペチペチしながら、雛は俺を睨み付けている。何でバレるんだ、俺。

 まあ、それは些細な事だと思ったんだろう。再び始まった雛の愚痴は、どうしても勝てないという誰かの話になっていった。すべての面で雛を上回り、しかも審査員にも好かれているとかで、勝ち目はどこにも無い――らしい。憧れさえ抱きそうなんだとか。コイツがそこまで言うなんて、どんな猛者なんだろう。全国トップクラスの中でも更に上位ってことなのか。

「それでも負けたくない、だろ。お前の事だから」

 黙って聞いているつもりだったけど、ついつい言ってしまった。雛は根っからの戦闘民族だから、いつだって燃えている。壁なんか叩き壊して、どこまでも突き進んでいく。きっとそいつにも、いつか勝ってしまうんだろうな。

「……っ、何知ったようなこと言ってんのよ、バカの癖に」

 今度は氷嚢を顔にグリグリしてきやがった雛の顔は、いつものようなバカ面に戻っている。どうやら、言葉のサンドバッグとしての任は果たせたらしい。

 なんか顔が赤く見えるけど、多分気のせいだな。

 

 騒いでないで早く戻りなさい、と養護教諭に言われて保健室を出る俺たち。

 雛の足取りに、負傷の影は全く見えない。やっぱり気が落ちてて、痛みに過剰反応してしまったんだろう。俺もたまにあるから、気持ちはわかる。

「負けても言い訳にすんなよ」

「勝つに決まってるでしょ、私を誰だと思ってんのよ」

 知ってますとも、不死身の身体と不屈の闘志でお馴染み蝶野雛。俺の大事な友達で、そしてある意味ではライバルだ。雛がこうまで気合い入れて戦おうとしてるんだ、俺も負けられない。競技は違えど、コイツに負けるのは癪だから。雛は確実にインターハイに出るだろうから、俺も絶対出てやるさ。自分が通って俺だけダメだったりしたら、どこまでバカにされるか分かったもんじゃない。それに千夏先輩とも約束したしな、ミサンガの誓いは大事だ。

 決意を新たにしていると、不意に雛が立ち止まった。

「ね、大喜。――がんばれ、って言ってよ」

 ……急に何を言うんだ、このバカは。背中を押してほしい、なんて柄じゃないだろうに。

 でも、良いか。俺の応援なんか、意味無いだろうけど。言う分には只だから。

「がんばれ」

 どういう風に言えば良いか分からないから、それだけ。それだけを、真っ直ぐに。

 たった四文字だけど、どうやら効いてくれたようだ。雛は朗らかに、最高の笑顔を返してくれた。

 ……まあそのあと「言われなくてもがんばるもん」とか言ってきたけど。言わせておいてコレだもん、な。

 

 世話の焼ける友達を持つと、大変だな。今日は特に、そう思う日だった。

 にしても、あの笑顔。雛にしては、そう――

「可愛かった、な」

 友達相手にそういう事言うのは、よくない気もするけど。でも、そう思った。

 俺が千夏先輩を好きになったように、いつか雛も誰かを好きになるんだろうか。あんな笑顔を、そういう相手に向けるんだろうか。そんなことを思うと、なんだか心がザワザワするような。

 ……? あれ、おかしいな。何で俺は、そんなことを。

「なんか変だな……? あれー……?」

 まぁいいや、とりあえず寝よう。そうすればまた、新しい朝が来る。

 明日がどうなるかは分からないけど、きっと良い日になるさ。

 


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。