それぞれの初対面を書いてからの方が良いかなとも思いましたが、番外編だし書きたいことをそのまま書いていこうと思いました。
とうとう三人目の犠牲者を出してしまった。いや、もしかすれば彼らの方が幸せだったのかもしれない。
何故ならば、自分達が生き抜くにはここから後4つの試練を乗り越えなければならないのだから。
「次はランズィ殿の御息女か。その……どうなのだろうか?」
「確か、時々妻の手伝いをする程度だったはずです。私も口にしたことはありますが、このような惨状を起こすようなものではありませんでした」
アドゥルの不安そうな問いかけに、ランズィはハッキリと問題が無いことを告げた。
実際口にしたことがある手前、ある程度の自信があるのだろう。熟練者というわけでは無いが、初心者に近いからこそ、下手なアレンジはしないだろうという考えもある。
それを聞いた面々は少しだけだが安堵した表情を見せた。そうこうしている内に、アイリーが彼らの前に姿を現した。
「お待たせしました!」
その両手に禍々しいオーラを放つ何かを携えて。
「「「……」」」
おかしい。話が違う。そんな言葉が彼らの頭に浮かび上がるが、誰よりも困惑しているのは父親のランズィ本人だった。娘の料理を口にしたことは何度もあるが、こんな不気味な物体が出てきたことなど一度とてない。
「アイリー、その……これは一体?」
「しょこら、と言うお菓子らしいです。“ばれんたいん“というものがよく分からなかったので、アレーティアさんに教わって作ってみました。お口に合えばいいんですけど……」
(((あの吸血鬼、余計なことを……!!)))
アレーティアの指示に従ったというアイリーの言葉に、彼らの脳内に激しく警鐘が鳴り響く。
教えるも何も、自分もちょこれーとなるものが分からず、ハジメを実験台に使った奴が何を教えるというのか。
そもそも彼らは知る由もないが、チョコレートとショコラは言語が違うだけで同じものなのだ。
それでも彼らに選択肢は一つしか残されていなかった。全員で恐る恐るそれを口に運ぶ。
硬すぎず、柔らかすぎないサクッとした感触。口一杯に広がる甘味。
彼らは目を見開いた。「あれ、これ美味しいぞ?」と。甘味の後にじんわりとにじみ出てきた苦味のおかげで、男性でもそこまで甘味がクドく感じない仕上がりになっている。
「アイリー、凄いじゃないか! 初めてでこんな美味しく作るなんて……しかも、この後味の苦味がまた何とも……な、んと、も……?」
異変が起こったのはそこからだった。後からにじみ出てきた苦味が止まらない。それどころか口の中に広がっていた甘味を完全に呑み込む勢いで濁流のように押し寄せてくる。
「ぐふっ!?」
もれなく全員を吐き気が襲うが、ここで吐き出すわけにはいかない。何せ目の前にはドキドキとこちらの反応を伺っている少女がいるのだ。
彼女は教えられた通りに作っただけ。それも彼女なりに一生懸命作ったのだろう。それを目の前で吐き出されるなんてことになれば、酷く傷ついてしまう。
大人として、男として、彼らは口の中のものを無理矢理飲み込んだ。
「だ、男性は甘いものが苦手な者が多いが、これは甘すぎず、適度な苦味もあってとても食べやすいな。美味しいよ、アイリー」
彼女はアルディアスに憧れのような感情を抱いている。それが恋慕かどうかはまだ分からないが、もしそうなら全力でその背を推してやるのが親としての務め。こんなところで、その笑顔を曇らせるわけにはいかなかった。
ダラダラと汗を垂らしながらも、精一杯の笑顔を見せるランズィの様子に、アイリーはパァと花が咲くような笑顔を浮かべた後、スキップでもしそうな雰囲気で戻っていった。
「なんつーもん食わせんだよ。毒でも盛られたかと思ったぞ」
「彼女達に悪気がないのは分かっているのだが……」
ガハルドとフリードはぜえぜえと息を荒げながら、水をカブ飲みして少しでの口の中の苦味を消そうとする。
アドゥルも飲み干した水の入っていたコップに新たに水を注ごうとした時、ランズィが一切水を飲もうとしない様子に気付く。
「ランズィ殿? せっかくの御息女の手料理にショックな気持ちは分かるが、流石に水の一杯は飲んでおいた方が……」
「……アドゥル殿、ガハルド殿、フリード殿。息子に……ビィズに伝えて頂けますか? 父は勇敢に戦ったと……」
「……まさか!?」
アドゥル達が目を見開いたと同時に、ランズィの体が床に投げ出された。
「ランズィ殿!! 気をしっかり保て!! まだご子息と御息女には貴方が必要だ!!」
「……ああ、願うなら、二人の未来をもう少しそばで見守っていてあげたかった、な」
「ランズィ殿!? 冗談はよすんだ!? ランズィ殿ぉおおお!!」
ランズィ・フォウワード・ゼンゲン リタイア
ついに死者(死んでない)が4人になってしまった。
ここまでくればもう口を開くことすら億劫になってくるが、彼らの目はまだ死んではいなかった。
「アドゥル殿、それは確かですか?」
「うむ、ヴェンリは亡くなったティオの両親に代わり、あの子を立派に育ててくれた。食事関連で心配する必要はない」
「そういうことならとりあえずは安心か……」
次の順番のヴェンリは、幼少の頃のティオの面倒を見るだけでなく、男だけでは不安な家事などの育児全般をこなしてくれた。食事に関してもティオの成長に合わせ、こまめに栄養や種類を変えるほどの徹底ぶりだ。
「彼女なら大丈夫だろう」
ヴェンリも他の面々同様、バレンタインやチョコレートを知っているわけではないが、だからと言って、完食することすら困難な品は作らないだろうという自信がアドゥルにはあった。
確かにそこまでの料理熟練者ならば、万が一にも大きな失敗はしないだろうと、フリードとガハルドも肩の力を抜いた。
「お待たせしました。アドゥル様、フリード様、ガハルド様」
現れたヴェンリが手慣れた手付きで彼らの前に皿を並べていく。
今までの少女たちと違い、所作の一つ一つが精錬されており、机に皿を置く音すら最小限に留められている。
「これは……クッキーか?」
出された品は、一口サイズの大きさのクッキーだった。絶妙な焼き加減で調理されており、ほんのりとした焼色に香ばしいバターの香りが漂っている。
「はい。私はまだちょこれいと、というものの知見がありませんので。それに、何でも“ばれんたいん“で殿方にお渡しする品はちょこれいとじゃなくても良いとのことでしたのでこちらをご用意させて頂きました」
「懐かしいな。よくティオと一緒に作っていたな」
アドゥルの言葉にフリードとガハルドが机の下で小さくガッツポーズを決めた。
昔から作り慣れているものならば失敗するはずもない。「この勝負、もらった!!」と。
「人数分作っておいたのですが……他の方々はどうなさったのですか?」
「か、彼らは体調を崩してしまってな。少し休めば大丈夫だ。では、早速頂くとしよう」
アドゥルがつまんだクッキーを口に放り込むと同時に、フリードとガハルドもそれに続いた。
「「「ごふぅううう!?」」」
そして口内を蹂躙する刺激に体ごと跳ね上がった。
何だこれは。クッキーなのに甘くない。それどころか、口内の水分を急速に奪っていくこの辛味。
(((これ、砂糖じゃなくて塩じゃね?)))
それも単純に間違えているだけではない。その量が尋常だ。まるで海の水を丸飲みしたかのような塩の暴虐。あの一口サイズのクッキーのどこにこれだけの塩分が含まれていたのか。
アドゥルは強烈な塩分に目を白黒させながらヴェンリに視線を向ける。
おかしい。砂糖と塩を間違えるなんて初歩的なミスを彼女がするとは思えない。億が一間違えたとしても、この分量の塩を入れるなど狂気の沙汰だ。
その肝心のヴェンリだが……
「に、二ヶ月後には私の品をアルディアス様に食べて頂くのですよね?……あ、別に楽しみなわけじゃないですよ!? ですが、私も従者として様々なサポートをしていたわけでそれが試されているというかですね!?」
何か頬を染めていやんいやんしていた。
その光景にアドゥルとフリードは戦慄した。それがとてつもなく見覚えのあるシルエットだったからだ。
いや、表情が普通に頬を赤らめているだけなので、あの変態と比べるのは流石に失礼だろう。
「その、少し手元が疎かになりかけましたけど、大丈夫です! ええ、大丈夫ですよ!!」
何か変なことを一人で叫び始めたヴェンリだったが、アドゥルは一人「まさか!?」と目を見開いた。
元々違和感はあったのだ。アルディアスと顔合わせを済ませた日以降。正確にはアドゥルが少し席を外し、アルディアスと二人っきりになった時間を堺に、だ。
口を開けば、
『この歳で女性扱いを受けるとは思いませんでした』とか。
『アルディアス様はどのような女性がタイプなのでしょうか?』とか。
『…………年の差婚ってどう思います?』とか。
他人が見れば、お前完全に惚れてるだろと言わんばかりの言動だったが、今考えれば、そういう時に限って珍しいミスやど忘れを連発していた気がする。つまり……
(誰だこれ)
ヴェンリ・コルテ。今年で●●●歳。今まで色恋とは無縁だった彼女は、今初めて恋を経験し……何かドジっ娘キャラに覚醒していた。
その後一人で妄想に浸っていたヴェンリは、アドゥルの異変に気付くことも無く、空皿と共に退出していった。
「アドゥル殿!」
「よせフリード……分かってんだろ?」
「──クッ!!」
竜人族の族長たるアドゥルは、この場に集まった者たちの中で最高齢。そもそもが良く保った方なのだ。
しかし、それも信頼する従者の予想外な一面と大量の塩分で限界を迎えた。
それでも最古の種族の長としての意地か。彼は最後までその背を床につけることはしなかった。
アドゥル・クラルス リタイア
食堂はすでに通夜のような雰囲気を醸し出していた。
生き残った二人はどちらも無言だ。その理由は次に品を出す女性にあった。
トレイシー・D・ヘルシャー。
ガハルドの娘の一人、つまり帝国の皇女だ。そして、自他ともに認めるほどの戦闘狂。
ガハルドは実の父親が故に、フリードは城での大鎌振り回し事件を直接見ているために……断言できる。
料理が出来るわけがない。
「ガハルド、何とかしろ」
「出来たらとっくにやってるわ」
「そもそもこれはアルディアス様にお出しする前の前座のようなものだろう? なぜ奴まで居る?」
「あいつがアルディアスに惚れてるからだよ」
「誰かに恋をするような性格とは思えんが……」
「元々帝都での戦いで目をつけてたらしくてな。私の運命の相手ですわーって騒いでたぜ。ちなみに色恋どうこうじゃねぇ。あいつは戦いしか興味ねぇからな」
「……なるほど、理解した。やはり貴様の娘だな」
「どういう意味だ、こら」
お互いに喧嘩腰だが、その瞳に力は無い。しまいには現実逃避をし始める二人だったが、残酷にもその時は来てしまった。
「おーほっほっほっほ! 私参上ですわ!!」
「あーあ、来ちまったよ」
ばーんっと扉を蹴り開いて、金髪縦ロールの美女が現れた。言わずもがな、トレイシーだ。
「あら? もうお父様とフリード様しかいらっしゃらないんですの? まあ、いないなら仕方ありませんわ! さあ、私の自信作ですわ!!」
自信満々にドカッと置かれた皿にガハルドとフリードは首を傾げる。
皿の上には、想像していた黒い物体も、禍々しいオーラを放つ物質も無かった。
文字通り、
「ん?」
「おい、何もねぇ──」
「貰いましたわ! エグゼスゥウウウッ!!」
「「ギャアアアアアアアアアアア!!」」
フリードとガハルドが顔を上げた瞬間、いつの間にかトレイシーの手元に現れた大鎌が一閃。
フリードはギリギリで上半身をそらして何とか避けたが、ガハルドは服の一部が大鎌に引っかかり、その勢いのまま壁に叩きつけられた。
「ガフッ! なに、しやが、る……」
「ガハルド!? 貴様一体何を!?」
「ふむふむ、やはり展開からの初撃までにタイムロスがありますわね! この程度では魔王様に私の“愛“を伝えるには足りませんわ!」
「は? いや…………は?」
実の父親を吹き飛ばしておきながら、手にした大鎌を見て一人頷いたと思ったら、愛などとほざき始めるトレイシーに困惑するフリード。
「せっかく魔王様自ら強化してくださったこの“エグゼス“! “ばれんたいん“なる戦いまでに使いこなさなければなりませんわ!!」
「すまない。今なんと言った?」
もうフリードはどこからツッコめばいいか分からなかった。
なぜ自分たちに向けて大鎌をフルスイングしたのか。なぜアルディアスは自分の首を狙った戦闘狂の武器を強化しているのか。そもそも“ばれんたいん“って戦いなのか?
混乱するフリードを置いて、トレイシーは「まだまだ鍛錬が足りませんわ!」と調理室とは違う出口の扉を蹴破る勢いで飛び出していった。
「馬鹿だ馬鹿だとは思ってたが、育て方間違えたかなぁ……ガクッ」
「……自業自得だろうが」
ガハルド・D・ヘルシャー リタイア
「次が最後か……」
娘からの一撃でのびたガハルドを捨て置き、フリードは一人ゲンドウポーズで待機していた。
長かった地獄も次でようやく最後。これを乗り切ればようやく解放される。
「しかし、カトレアか……」
最後の品を提供するのは、自身の部下の一人、カトレアだ
正直、それなりの付き合いだが、仕事以外の面ではそこまで親交は無いため、彼女の料理の腕前は分からない。
「彼女は城に勤める女性達からの信頼も厚い。相談をされることも多いと聞く。それならばきっと……いやしかし──」
「何百面相してるんですか、フリード様?」
「ッ!?」
突然そばから聞こえた女性の声に、ビクッと肩を揺らしたフリードが慌てて顔をあげると、そこには呆れた表情を浮かべるカトレアが居た。
そんなフリードを他所に、周囲を見回したカトレアは、部屋の端に並んだ犠牲者たちの姿を捉え、小さく溜息をついた。
「やっぱりこうなりましたか」
「む? お前はこうなることを気付いていたのか?」
「そりゃ、調理風景をそばで見てたわけですし……あ、一応止めようとはしたんですよ」
止まらなかったですけど。と、続けるカトレアに恨み言の一つでもこぼそうとしたフリードだったが、自分も拒絶出来なかったため何となく気持ちが分かってしまった。
「それでも帝国の皇女だけでも止めて欲しかったが……」
「アタシに死ねって言うんですか?」
「そもそもあれは何だったんだ?」
「何を思ったのか、“ばれんたいん“を女が男に戦いを挑む日と勘違いしてるみたいです」
「馬鹿なのか?」
「馬鹿なんじゃないですか?」
思わず「はぁ」とフリードが溜息をつくと、コトリとティーカップが目の前に置かれた。
「とりあえず、簡単ですが紅茶です。少し落ち着きますよ?」
ティーカップに注ががれている紅茶の水色は、透明感のある、澄んだ明るい色をしており、カップの内側には、コロナと呼ばれる黄金の環が見える。
フリードも紅茶は良く愛飲しているが、城のメイドが作るものと比べても、見た目と香りは中々の出来と言えるだろう。しかし……
「……毒とか入っていないか?」
「張っ倒しますよ。良いから飲んで下さい」
「う、うむ」
これまでの経験から一瞬躊躇したフリードだったが、カトレアにジト目で睨まれ、恐る恐るティーカップに口をつけた。
「……美味い」
しかし、嫌な予感に反して、口に広がるのは柑橘系を主体としたフルーティな味わい。口から鼻に抜ける爽やかな香りは、これまでの嫌な風味を浄化するように消し去ってくれる。
「まあ、年下の子達の相談にのるときに良く紅茶を入れてあげてたんですけど、いつの間にか色々とこだわるようになってたんですよね」
「驚いたな。これなら城のメイドの入れる物と比べても遜色ないんじゃないか?」
「褒めても何も出ませんよ?」
「事実を言っただけだ。アルディアス様もこれは気に入ると思うぞ?」
「そ、そうですかね……」
僅かに頬を赤く染めて、視線を外すカトレアを尻目に、二口目を口にするフリードはホッと小さく息を吐いた。
中々激動の戦いだったが、何とか生き残ることが出来た。犠牲になった者たちも自分たちの娘らの笑顔を守ることが出来たならば本望だろう。(ハジメを除く)
これで……
「……しまった」
しかし、フリードは思い出す。
そもそも、このような催しが開かれた経緯は何だったのか。自分たちが地獄を見たのは何のためだったのか。
──
「カトレア! 今すぐ手を貸してもらいたいことが──」
「分かってますよ。あいつらを止めるんですよね? そこは私に任せて下さい」
自分では彼女たちを止めることが出来ないと判断したフリードが、すぐにカトレアに助力を求めるも、言われずとも分かっていると言わんばかりに即答するカトレアに目を丸くする。
「何意外そうにしてるんですか。アルディアス様にあんなものをお出しするわけにはいきませんよ」
「……私のは止めてくれなかったがな」
「そ、それは間に合わなかったというか何というか……とにかく! あいつらには何とか私が言いくるめておきますよ。フリード様はアルディアス様に情報がいかないように南雲ハジメ達の方をよろしくお願いします」
「……出来るのか?」
「とりあえず、今日の内にガス抜きさせておけば出来ると思います。そもそも誰も“ばれんたいん“のことをまだ詳しく知らないんですから、何とか誤魔化しますよ」
「そうか……」
ハッキリと断言するカトレアの姿に、フリードは安堵の息を吐いた。彼女は出来ないことを出来ると見栄を張るような性格ではない。そこまで言い切るのならきっと大丈夫だろう。
「ならば、ここは任せよう」
事は緊急を要する。食堂で未だに意識を失っている者たちへの口止めはもちろん、元凶のシアや話を聞いているであろうティオ達。さらに異世界転移組から漏れることも想定して動かなくてはならない。
そのためにも席から立ち上がろうとしたフリードだったが、カトレアにガシッと上から肩を押さえつけられたことでそれは叶わなかった。
「どこに行かれるのですか?」
「? いや、私のやるべきことをするためだが……」
「フリード様がまずやることはここにありますよ」
カトレアの言葉に疑問符を浮かべたフリードが、どういう意味か訪ねようとした瞬間。
「カトレア、
「…………え?」
フリードは目の前に広がる光景に、思わず己の目を疑った。
アレーティアが居る。アルテナが、リリアーナが、アイリーが、ヴェンリが……居る。
──
「…………カトレア?」
ギギギッと油の切れたロボットのような動きでフリードがカトレアに視線を向けると、そこには全力でこちらから目をそらしたカトレアの姿が。
「言ったじゃないですか、
とりあえず、満足のいくまで試食に付き合ってあげて下さい。そう小さな声で告げてきたカトレアに、フリードはブワッと汗が吹き出るのを感じた。
そう、これは試食会だ。誰も一人一品などとは言っていない。
流石のカトレアも、既に開かれてしまった試食会を中断する言い訳は思いつかなかった。
「カトレア!! お前も一緒に──」
「すみませんアタシこれからどうしても外せない仕事があるので残念ですがお先に失礼させてもらいますこれが終わった後のことはお任せくださいアルディアス様にもフリード様が少し席を外すことになることをお伝えしておきますねそれでは」
「早っ!?」
何とかギリギリ聞き取れるレベルの早口で言葉を捲し立てたカトレアは、そのままバヒュンと食堂から出て行ってしまった。
そのことに手を伸ばした状態で呆然としていたフリードだったが、残酷にもその背に声が掛けられる。
「せっかく沢山作ったのにフリードしか居ない……」
「カトレアさんは紅茶だけでよかったのですか?」
「あの方も多忙そうでしたので仕方がありませんね」
「沢山の人の意見を聞きたかったのですが……」
「しかし、フリード様なら魔人族の男性としての意見を聞けるのでは?」
フリードが何か言葉を発する間もなく、目の前に広げられる菓子と言う名の殺戮兵器の数々。
彼女らによって四方を囲まれたフリードに逃げ場は無い。
「…………」
その日、城の食堂から絶えず一人の男の奇声が響き渡ったが、室内に用意周到な彼の部下によって仕掛けられていた防音のアーティファクトによって、それが外部に漏れることはなかった。
◇ ◇ ◇
「うぷっ……!」
「おい、大丈夫か? 顔色が優れないが……」
「い、いえ、何でもありません」
あの日、カトレアが去った後のことをフリードは覚えていない。
後でアレーティアに話を聞いたカトレア曰く、号泣しながらも、菓子を完食したという。量も量だったからすぐに寝てしまったらしいが、絶対に量の問題ではないと断言できる。
(カトレアが上手いこと誘導してくれたのか、奴らの口から“ばれんたいん“という単語が出ることはなかった。ハジメ達には私からキツく言い含めておいた)
ちなみにその時ハジメが自分を生贄にしたことに噛み付いてきたが、自分の惨状を説明すると、すぐに大人しくなった。
情報規制は完璧だ。しかし、アルディアスが興味を持ってしまっては元も子もない。
(いや、様子を見る限り、興味を持ったというよりも単純に知らない言葉を聞いただけというような感じだ。これならまだ誤魔化せる)
「“ばれんたい“というのは──……」
アルディアスが万が一にも興味を持つことのないように、フリードは言葉を選びながら説明していく。
曰く、“バレンタイン“とは地球で開催される行事の一つで、女性が主体となるイベントである。
曰く、男性から関わることは基本的に禁止である。
曰く、女性からその話を持ちかけられた場合のみ関わることが出来る。
「──というわけですので、アルディアス様がお気になさることは何もないかと」
「なるほど、それなら俺から何か言うわけにもいかんか」
「ええ、私たちは手を出すべきではないでしょう。我が国に取り入れるにしても、アレーティアやカトレアなどに任せるのが最善かと」
「……分かった。このことについての追求は止めておこう」
「それがよろしいかと」
淡々とした態度で接しながらも、フリードは内申でガッツポーズを決めていた。
万が一に備えて設定を作っておいてよかった。後はアレーティア達が再び“ばれんたいん“の話題に興味を抱き、それがアルディアスの耳に入らない限りは大丈夫だろう。
ホッと安堵の息を吐きながら、アルディアスと別れたフリード。
しかし、彼は最後まで気付けなかった。
自分がとんでもないミスを犯していることに。
そもそも、何故アルディアスは
アレーティアたち女性陣にはカトレアがうまく言いくるめ、ハジメたち男性陣にはフリードが口止めしておいた。
シアもアレーティアたち以外に“バレンタイン“のことは話しておらず、魔国には他に“バレンタイン“なる存在を知っている者はいない。
それを、アルディアスは知っていた。
そのことに気付いていれば、まだ間に合ったかもしれないというのに……
フリードを見送った後、アルディアスは懐から一枚の紙切れを取り出した。
「ふむ……女性から話を持ちかけられた場合のみ関わることが出来る、か。それならば俺からフリードに話すわけにもいかんな」
それはアルディアスに直接届けられた一枚のチラシだった。
そこにはこう書かれている。
◇集まれ乙女たち!!◇
|
| 気になるあの人に料理を振る舞いたい。でも勇気が出ずにいつまでもズルズル……そんな経験ございませんか?
そんな貴方に朗報です! 一人がダメなら集団で! 皆で行けば怖くないよね!
集まれ恋する乙女達よ!! 今こそ君達の愛の力で気になるあの人の胃袋を掴むんだ!!
|
【簡単な詳細説明】と【開催場所の簡易地図】 などが書かれている。
|
| 開催日:2月14日 会場:魔国ガーランド バレンタイン広報委員長:ミレディ・ライセン |
どこかで元ゴーレムの少女がニタリと笑みを浮かべた。
>本日のお品書き
・ショコラの苦味は大人の証
・初恋はしょっぱかったクッキー
・エグゼスゥウウウッ!!
・美味しい紅茶
>ミレディ・ライセン
住居ごとガーランドに引っ越した元ゴーレム系美少女。
現在はそのままガーランドで暮らしているが、彼女がこんな面白いイベントを見逃すわけもなく(倒れた男性陣を見て)ニタリと笑った。
>アルディアス版嫁〜ズ(仮)
カトレアが何やかんやしてとりあえずバレンタインにお菓子を贈ることは見送ったが、フリードとカトレアに隠れて接触してきたミレディによって、再び闘志を燃やしだす。同時に調理室も少し燃えた。
オチとしてミレディの策略をちらっと見せて、バレンタイン当日に投稿できたら完璧だったのですが、絶対出来ません。書きたい欲はありますが、他に書きたいこともあるのでどうなるかは気分次第になります。