そしかいする度に時間が巻き戻るようになった   作:青菜

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※秀明要素があります


第33話

 客観的に見れば自分の食事事情は結構独特なのだろうと秋は思っている。

 

 最近だと、コンビニの「ゲロまず! 絶対食べきれないこと請け合い! ヘドロ味アイス!」というキャッチコピーに目を止めて、迷うことなくヘドロ味アイスを購入した。

 この最高至高の存在である間宮秋様に不可能など存在しないはずであり、それを証明しなければならないという義憤にかけられたからだ。

 食べながらひたすら後悔していたが、ヘドロ味アイスに打ち勝った満足感はあった。

 

 同等の理由で、やけに購買者を煽るキャッチコピーが多い激辛料理にも手を出しがちだが、秋は辛いものが好きなわけではない。

 ヘドロ味アイスなどなおのことだ。

 

 自分は好き嫌いによって食べるものを決めていない。

 というより、食べ物の好き嫌いを持っていない。

 もちろんヘドロ味アイスはクソ不味かったし二度と食べるものかと決意したが、あのキャッチコピーに打ち勝った達成感を思えば嫌いとも言い切れない。

 

 では何を重視して食べるものを決めているのかと言えば効率である。

 加熱の有無が健康に関わらないのならレトルト食品を冷たいまま食べるし、行きつけの店は入って出るまでの時間が最も短くて済むチェーンの回転寿司だ。

 食べながら流れる皿を機会的に取っていけば五分くらいで食事が終わるため、外食先の候補に挙がりやすい。

 

 しかし効率第一という信条に反して、最近の秋は回転寿司に行くと必ず長居するよう心がけていた。

 ()()スコッチと店内で鉢合わせる確率を上げるためだ。

 

 現在、宮野明美救出作戦に向けて着々と準備を進めているところだが、要になるのはスコッチの籠絡。そして公安警察との連携である。

 ざっくり概要を説明すると、NOCバレして自殺しようとしていたスコッチを救い出して信頼を勝ち取り、公安の協力者ポジションに納まる。そして時が来たら明美の保護を頼む、という計画を立てている。

 

 しかしスコッチの自殺の決意は固い。

 そりゃあもう固い。びっくりするほど固い。

 隙をついて気絶させて拘束し、自殺の手段を完全に奪った状態で降谷零の情報をチラつかせて脅さなければ防げないレベルだ。

 

 だが今回は、認識上の八周目・九周目のような力技は使えない。

 仲間の元に逃げ帰る手助けをして公安警察とのパイプ役になってもらう必要があるのだから、もっと穏便な方法で事を進めるべきだ。

 NOCバレしたスコッチを説き伏せて自殺を思いとどまらせ、無事に仲間と合流できるよう手助けする。そしてその際に公安に寝返りたいと申し出る。そういう方針でいる。

 

 そして、拘束もなしに説得だけで自殺を思いとどまらせるには、相応の信頼を事前に勝ち取っておく必要がある。寝返りの申し出を信じさせるのならなおのことだ。

 

 だからこそ、秋は一年余りかけてスコッチ懐柔作戦を遂行している。

 

 作戦当日までに信頼を得る手段は大きく分けて二つ。組織に嫌気がさしてるアピールと、情報の横流しだ。

 前者は自然体でいれば勝手に漏れ出るだろうから何も意識していない。

 逆に変に演技をしようとすると、ボロが出て警戒される恐れがある。

 

 情報の横流しは、公安に寝返りたいという主張を信じさせるための布石である。

 彼が潜入捜査を行っている時期から、幹部同士の雑談という形でスコッチに情報を流しておく。

 そして、自分の正体が組織にバレたと知った直後のスコッチに、「元々彼の正体を察していた」と告げる。

 これにより、意図的に公安警察へ情報を流していた実績が完成する。

 十年近く幹部を務めていようと、情報を意図的に公安に流していたと組織に知られれば、秋は粛清対象となる。命懸けで情報を流していたという事実を元に、こちらも後戻りできない状況にあるのだと証明できる。

 

 しかしこの布石を打つのは少々難しい。

 やたら頻繁にスコッチと会う機会を設けて情報を垂れ流していると、「俺がNOCではないかと疑っているから、わざと情報を流して捜査機関の動きの有無を確認しようとしているんじゃないか……?」と無駄に警戒されてしまう。

 

 だから向こうから探りを入れてもらうことで、「自分がアドニスに探りを入れて情報を引き出した」という自認で一旦いてもらう。

 そのために秋は、このチェーン店の存在を漏らした。

 

 足(しげ)く通っている店を漏らせば、スコッチは秋から情報を引き出すために偶然や気まぐれを装って同じ店に通うようになる。

 自分からアクションを起こしているのだから、裏を疑う余地がなくなる。

 

 

 そういう計画に基づいて秋は動いていた。

 ……動いていたはずだった。

 

 

(最近計画がプラッシュアップされた関係で、情報の横流しは〜ってところから全部カットになったんだよなぁ……)

 

 

 秋は心中でぼやくと、机の下で足を投げ出す。

 最近冴え渡りすぎている自分の頭脳がより適した計画を思いついたために、スコッチに元々正体を知っていたと伝えない方が良い状況となり、情報横流し要素はカットされる運びとなった。

 だから現在、秋がこうしてスコッチを待ち構えるべき理由は無くなっていると言える……かもしれない。

 

 

(頻繁に回転寿司で顔を合わせる関係に落ち着いていたのに突然態度を変えて怪しまれても困る。何よりこの素晴らしい私と突然定期的に会えなくなるなんて、スコッチが可哀想すぎる。……一応まだ必然性はある)

 

 

 なぜか頭の中に呆れ返った目つきのシェリーが現れて、「色ボケ」と一言だけ言葉を発した。

 

 このまま思考を進めると気づきたくない本心に行き着く気配を感じて、秋は慌ててボイスレコーダーを取り出す。

 水族館での任務前にスコッチから受け取った、彼とライとの会話を録音したものだ。

 三ヶ月間放置していたのをようやく思い出して、セーフハウスを出る時に持ってきた。

 

 結構な期間放置してしまったが、猪の牙の効能と記憶喪失の真相が判明したり、レインボー双六に困惑したり、認識上の八周目で萩原が死ぬ原因になった不審爆発のカラクリが判明したり、計画プラッシュアップの余地に気づいて詳細を詰めたりしていて、心情的に忙しかったのだから仕方あるまい。

 

 

 秋は心の中でつらつらと言い訳を並べていく。

 

 

 そもそもこの音声はあまり必要のないものだった。

 スコッチに「ライと明美の関係を探ってほしい」と頼んだためにこの録音データを提出されたわけだが、秋の真の目的はスコッチと定期的に接触する口実作り。

 スコッチ懐柔作戦を実行しやすい状況に持ち込むのが主目的であり、調査結果はあくまで副次的な報酬にすぎない。

 

 秋は、宮野明美との入れ替わり作戦当日に彼女に成り済ますための資料として、「諸星大と宮野明美の関係」を知ろうとした。

 しかしその点が不明瞭だったとしても、入れ替わり当日の演技は筒がなく終わるはずだった。

 秋が演じる明美の姿は本物と多少異なったものになるかもしれないが、騙す対象のジンとウォッカは明美と初対面も同然。振る舞いに本物との違いがあったところで、彼らが気づくとは思えない。

 

 スコッチとの繋がりを保つために丁度いい口実があったからついでに捜査を丸投げしただけで、所詮わからなくても問題ない要素。

 

 だからスコッチから提出されたこの音声に対しても、秋は「聞かなかったら聞かなかったで別にいいか」という意識をどこかで持っていた。

 それが長らく放置する結果に繋がった。

 

 だがまあ、せっかく入手してもらったんだし暇を潰すついでに聞いておこうと思いたち、ようやく今日確認することとなったのである。外出する時にたまたま録音データの存在を思い出したとも言う。

 

 秋はボイスレコーダーから伸びる有線イヤホンを耳に差し込むと、再生ボタンを押した。

 

 

 

 真っ先に聞こえたのは喧騒。そして喧騒に紛れた二人分の足音。

 歩くテンポからして、二人とも同様の重さを持つ何かを背負っている。ライとスコッチの雑談を録音したものだという話だから、十中八九ライフルだろう。

 状況は任務に向かう途中か、もしくは帰り。

 音声を受け取る以前に彼らに割り振られた任務の中で、喧騒から伺える人通りの多さに該当する場所を通るものは、照合していくと一つしか残らなかった。一般任務──と言うのも変な話だが、目立ったところのないオーソドックスな狙撃を命じられた時のものだ。

 すると彼らが歩いているのは、任務先の近くにある大通りなのだと予測できる。

 

 足音を切り裂いたのは、ライの短い声だった。

 

 

『三回目だ』

 

『え?』

 

『今日お前が周囲を見渡した回数。今ので三回目だぞ。誰かを探しているのか』

 

 

 スコッチはワンテンポ遅れて「ああ」と納得をこぼした。

 僅かな沈黙の間に、宙へ視線を放って少し考える彼の動作が目に浮かぶ。

 

 

『無意識にやっちまうみたいなんだ。学生の頃からよく指摘されてたよ』

 

『ホォー』

 

『やっぱり誰かを探しているように見えた?』

 

『見えたな』

 

 

 だよなぁ、とスコッチはため息を吐いた。

 うんざりした声色で続ける。

 

 

『いやー、この癖のせいで毎回忘れられない人がいるって勘違いされるんだよ。おかげでロミトラもからっきし。それどころか本命にすら信じてもらえない。なあ、ライって彼女いただろ? どうやってアプローチしたんだ?』

 

 

 話題を自分の些細な癖から宮野明美に繋げた。上手い。

 秋が感心しているうちに、ライはフッと鼻で笑った。

 

 

『なに、女性の夢を叶えたまでさ』

 

『女性の夢?』

 

『特に少女漫画は参考になる。あれは女の読み物だからな。ターゲット層の願望が詰め込まれている』

 

『歯の浮くような台詞とか?』

 

『それもそうだが……初めに参考にしたのは運命的な出会いだな。よくあるだろう、曲がり角でぶつかって、というやつだ』

 

『へぇー、ライのことだからきっとスマートなんだろうなぁ』

 

『フッ、現実にはフィクションのような運命的な出会いなど存在しないからな。偶然は演出する必要がある』

 

 

 秋は思わず一時停止ボタンを押した。

 店内なので万が一にも声を出さないよう唇を引き結んでから頭の中で叫ぶ。

 

 

(あの当たり屋スタイルって少女漫画を参考にしてたんだ!?)

 

 

 赤井が明美に接触した方法は、明美が運転しているのを確認! 車道に飛び出す! 轢かれる! 病院に担ぎ込まれて口説く! の四段階。

 とんでもない雑さだ。

 なぜこの方法で成功したのかが分からない。

 

 しかもライの外見は人相の悪い長髪である。

 大抵の一般人女性は、あの外見の男と当たり屋式のファーストコンタクトを果たしてしまったが最後ひたすら警戒する。

 むしろあの外見と出会い方のくせに交際に至った手腕に感心するべきなのだろうか。

 それとも明美の男の趣味が相当特殊だったのか。

 

 

 この辺りで思考が不毛な方向に逸れているのを自覚し、秋は慌てて再生ボタンを押した。

 幸いライの突っ込みどころ満載な解説はまだ続いていたため、一瞬で意識を戻すことが出来た。

 

 

『出会いを演出したら後は簡単だ。じっと目を見つめて、相手が照れたところで意味ありげに自分の名前を名乗る』

 

 

 相変わらず意味不明な解説だが、ライと明美の出会いを詳しく知らないらしいスコッチは素直に受け取ったようだった。

 声色からして、おそらく肩を落としている。

 

 

『ライにしか許されないやり方じゃないか……』

 

 

 スコッチはそのまま、「まあいいや」と続けた。

 何も良くない。

 車で轢いてしまった人相の悪い男が目を覚ますなり、「俺の名前は諸星大。アンタは?」とか言ってくるなんてほとんどの女はビビる。

 

 しかし秋の感情を置きざりにして二人の会話は続く。

 

 

『彼女、どんな人?』

 

『…………よく笑う女だ。この前は俺が海外育ちで折り紙に縁がなかったと話したら紙飛行機の折り方を教えてくれた。様々な折り方を教わったが、中にはイカのような形の飛行機もあったな』

 

『ライが、紙飛行機、似合わないな』

 

 

 スコッチは笑いを堪えているのが丸わかりな声で、途切れ途切れに言った。

 

 秋も休日にたくさんの紙飛行機を折ったライが紙飛行機を飛ばして、飛んでいく紙飛行機を見ながら「ホォー」と興味深げに呟く光景を想像してみた。

 確かに面白い絵面だ。

 

 

 記憶の限りでは、秋はライとまともに接したことがない。『認識上の一周目』では全く接点がなかったし、二周目以降はあの方が恐れているFBI一の切れ者と関わりたくなさすぎて接触を徹底的に避けてきた。

 だから秋は赤井秀一の人となりを全然知らない。

 しかしこの会話を聞いていると、結構天然が入っているのではないかと思えてくる。

 

 

 スコッチのコメントで終わりかと思いきや、紙飛行機の話はまだ続いた。

 

 

『彼女も俺と同じミステリー好きでな。ホームズが網羅している煙草の灰の種類やロンドンの地域別の地層の違いを引き合いに出されたよ。紙飛行機の折り方も、知っていればいずれ何かに役立つかもしれないと』

 

 

 ライの声は存外楽しそうだった。

 

 それからもライは、寡黙なイメージに反してポツポツと話す。

 本当は割と多弁な人間なのか、スコッチに気を許しているからかは判断しかねたが、情報量は充分だった。

 この音声さえあれば、姉と恋人との関係を心配しているシェリーを安心させるという表向きの目的が果たせてしまう。

 

 

(それにしても……)

 

 

 脳内で呟く前に、秋が思い浮かべようとしていた感想と同じことをスコッチが口にする。

 

 

『でもまあ、仲が良さそうで安心したよ』

 

 

 彼の指摘通り、ライと明美の関係は存外良さそうだった。

 明美はともかく、あの会話を聞くとライも明美のことを少なからず大切に思っているのではないかと感じる。

 予想外の方向から勢いよく殴られた気分だ。

 

 秋は衝撃のあまり、しばらくポカンとしてしまった。

 (ほう)けているうちに、イヤホンの向こうではスコッチの言葉を最後に会話が終了した雰囲気になる。

 足音と喧騒だけが聞こえる時間が再び流れる。

 

 しばし続いた沈黙を破ったのは、またもやライだった。

 

 

『……本当に忘れられない誰かがいる、というわけじゃないのか』

 

『ん? ああ、周囲を見渡すクセの話か』

 

 

 ワンテンポ遅れてスコッチが答える。

 

 

『ないない。残念ながらそんな甘酸っぱい過去なんて持ち合わせてないよ』

 

 

 ガサリと音がして、切れた。

 話題が自然と終了した今、再び明美の話を蒸し返すのは不自然だと判断して、スコッチがポケットの中の録音機器の電源を落としたのだろう。

 

 

 秋はイヤホンを耳から外した。

 ライが明美に向けている感情が意外だったせいか、頭が衝撃で痺れていた。

 

 

 *

 

 

 スコッチが姿を現したのは、秋がようやっと正気を取り戻した頃だった。

 

 秋が座っているのは、店の奥まった場所に位置していて横の窓には巨大なポスターが貼られている、店内で最も死角になる席。

 それでいて窓ガラスの反射を利用すれば店の出入り口が見えるため、入店した人物を把握できる。

 

 だからスコッチの入店にもすぐに気づいた。

 

 彼は道中の空き席には目もくれず、まっすぐ秋が座っている席に向かって歩いてくる。

 ひょっこりと席を覗き込んで秋の姿を認めると、少々驚いたように目を丸くした。

 

 

「やあ、本当によく来るんだな」

 

 

 意外そうな声だった。表情の作り方もそれらしい。

 しかしこれらが全て演技であることを秋は見抜いている。

 

 

「偶然だね、座りなよ」

 

 

 これはスコッチが足しげく回転寿司に通った末に作り出した『偶然』だと知っているからこそ、含みのある言い方にならないよう気をつける必要があった。

 

 対面のソファー席にスコッチが腰を下ろすのを見ながら、秋は初めてここで出会った時のことを思い出す。

 

 初めてこの店で顔を合わせた日、彼は真っ先にこの席を覗きに来た。

 裏の世界で生きる人間は、基本的に店内の中で最も死角となる席を選ぶ。

 ここは“スコッチ”が選んで当然の席であり、秋が店内にいるとしたら座っているはずの場所だった。

 だから来店するたびにこの席を覗き込んで秋と出くわすのを待てば、自然な形で接触することが出来る。

 親しい同僚が同じ席を狙っていたら、アドニスは相席を申し出るかもしれない。何も言われなければ、自分から相席を願う。アドニスとの関係は良好だから、どちらにせよ相席が叶う。

 そう読んだ上での行動だったのだろう。

 

 そして何度か同じことを繰り返し、毎回相席するうちに、暗黙の了解が出来上がっていった。

 後から来た方が立ったままの状態で交わされる会話の長さは回を重ねるごとに短くなり、今では一言か二言で終わる。

 

 

 それもこれも、スコッチが人の懐に入り込むのに長けているせいだろう。

 彼は組織の人間にしては物腰が柔らかく、愛想が良くて穏やかな性格をしている。

 しかしその一方で、要所ではしっかりと踏み込む強さがある。たとえこの頻繁な遭遇について指摘したとしても、「アドニスに会いたくてさ」と真正面から言ってのけるかもしれないと思えるほどだ。堂々とした振る舞いは疑念の芽を摘む。

 

 人間関係における一種の図太さと、相手を油断させる妙な魅力を持っているスコッチにかかれば、偶然の裏に潜む意図に秋が気づく余地は生まれなかったはずだ。

 偶然にしては頻度が多すぎることには気づいたとしても、せいぜい「まだコードネームを得て間もないから、所属歴の長い幹部に取り入りたいのだろう」と受け取るのが関の山だ。「潜入捜査官であるスコッチが情報を探っている」という真相は思いつきすらしない。

 

 しかし、秋はスコッチの意図を正確に把握している。

 水族館でこの店について漏らしたところから、自分の仕込みだからだ。

 

 

(そう、スコッチがこうやって接触してくるように仕組んだのは私だった。私が水族館での任務の際にこの店によく来ると漏らしたから、スコッチはここに頻繁に通い、私との偶然の出会いを演出した。そうやって毎回相席する関係に落ち着くことで、組織の幹部から情報を引き出そうとしているわけだ。

だけどこれは疑われずに、スコッチ懐柔作戦の一環である“情報の横流し”をするための私の策。「自分が探りを入れて情報を引き出した」という自認でいてもらうことで、妙な勘ぐりをされないようにしようという天才的な発想の結果!! ……まあ情報横流しはボツになったけど)

 

 

 秋はいつもの如く自分の世界に浸っていた。

 脳内で自分を褒め称える過程でどんどんと眉が得意げに上がり、口元の弧が深くなる。

 

 スコッチは「またやってるな」と思っていそうな顔をして、秋の脳内自画自賛が一通り終わるまでの間黙ってタブレットで注文を済ませたり、粉末を入れた湯呑みにお湯を注いで緑茶を作ったりしていた。

 

 

 

 秋の意識が現実に戻ってきた頃合いで、スコッチに話を振られる。

 

 

「ところで、アドニスは何かの帰り?」

 

 

 質問されたことで脳の回路が切り替わった。

 これまで頭を埋め尽くしていた自身を褒め称えるあらゆる語彙は綺麗にかき消え、スコッチとの会話だけに意識が向いている状態となる。

 

 計画の仔細が変わる前なら、雑談に見せかけて情報を流している局面だ。

 秋は少し迷って、結局いつも通り答えることにした。急に口が重くなったことを怪しまれても困る。

 

 

「任務。海外から仕入れた乳製品の卸売をしているベンチャー企業が、一緒に()()を仕入れていてね。取引しても問題なさそうか確認してきた」

 

 

 秋は「これ」と言いながら、テーブルの上で自身の右側の腰を指差した。

 自分はいつもこの位置に拳銃をしまっているから、これだけでスコッチに通じるはずだ。

 

 

「へえ。結果はどうだったんだ?」

 

「上手くカモフラージュしてたよ。取引先候補に加えて良さそう。優良企業の皮をかぶってるから、貨物をコンテナに詰めたまま輸出通関する許可も降りている。いわゆるコンテナ扱いだね」

 

 

 海上輸送物全てを開封して立ち合い検査をするなど金銭的にも時間的にも不可能なため、日本では効率化のために「コンテナ扱い」という制度が設けられている。

 様々な条件を満たして公的認定機関に申請すれば、ごく簡単な検査を受けるだけで国内にコンテナを入れれるようになる。

 つまり違法なものを持ち込む余裕が生まれる。

 

 

「そして税関の職員は事なかれ主義だ。業者との癒着を防ぐ目的で数年おきの異動が義務付けられてる税関職員からしたら、極力規定内の仕事だけをしていたい。だから体制はほとんど見直されないし、業者は固定されたままになる。同業他社との競争をしなくていい倉庫業者は、仕事の手を抜き始める。

例のベンチャー企業はそれに目をつけた。特に雑な仕事をする倉庫業者が担当になるよう根回しすることで、密輸を可能にしている」

 

 

 普段なら話の流れでふと口にしたといった様子で問題の企業名を挙げていたところだが、それは控えておいた。

 公安が知りたがるようなら、スコッチNOCバレをきっかけに協力者になった後で教えればいい。

 

 

「いくら業者のチェックが雑だとしても、そのまま剥き出しで箱に詰めとくわけにはいかないだろ。それにどうやって商品を取り出している?」

 

「こんな仕事をしてるんだしスコッチも知ってるだろうけど、国内に運び込まれたコンテナは倉庫業者によるチェックを受けた後に積荷を倉庫に運び込まれ、空になったら埠頭内のコンテナ置き場に戻される。そしてまた外海に繰り出して海外から商品を搬入する。例のベンチャー企業は空の状態でコンテナが安置されてる時期に、コンテナの壁に隠して持ち込んだ物品を回収してるんだよ」

 

「……ああ、商品が食品だから、二重壁の内部に断熱材が入れられてるリーファーコンテナを使用しているのか。あれなら隙間に荷物を隠せる」

 

「そう」

 

 

 返事をしてから、食べ終えた皿を投入口に入れた。皿を回収ポケットに入れると自動で枚数がカウントされるため、投入口に入る皿だけ注文しておけば店員を介することなくセルフレジで会計を済ませることが出来る。

 スコッチ側のテーブルを見ても、自分と同じくほとんど皿が置かれていない。自動カウントされる皿だけ注文して、その都度投入口に入れているからだ。

 犯罪者や潜入捜査官は、他者に自分の存在を覚えられる機会を極力避けたがる。わざわざ示し合わさずとも、二人ともセルフレジを利用するために動く。

 

 

 秋はタブレットの端に映し出されている、これまで投入口に入れた皿の枚数を確認した。

 スコッチが食べたであろう分を引くと、自分の一食分に相当している。もう食事は終えることにしよう。

 

 割り箸やお手拭きなどを軽く整えてから茶を引き寄せる。スコッチはまだ食事を終えていない。

 何気なしに彼を眺めていると、彼が見ているのはテーブル周辺だけだと気づいた。これまで視線を寄越したのは、話し相手である秋の顔、レーンを流れている皿、タブレット、テーブルだけ。誰かを探すように周囲を見渡す癖とやらは一度も出ていない。

 自分たち以外に客が全くいないのならまだ納得できるが、今は昼時を少し過ぎた時期。客足はまばらになってきているものの、店内にはそれなりに人がいる。

 

 合流する直前にライと彼との会話録音を聞いていたせいか、妙に気に掛かって秋は尋ねた。

 

 

「ところでさ、ライに指摘されてた周囲を見渡す癖っていつからあるの?」

 

 

 スコッチは不思議そうな顔をして数秒考えた後、随分前に提出した音声への言及だと思い当たったようだった。

 

 

「高校に入学した直後からだけど……それが?」

 

「私は見たことないなって。それなりに賑わってるこの店でもそうだし、もっと人でごった返していた水族館でも、全くそんな動きは見られなかった。にしては結構昔からの癖なんだね」

 

「あ、ああ」

 

 

 思わずと言った様子でスコッチが口元に手を持っていく。

 見ているだけで戸惑いが感じられる。

 

 

(回転寿司や水族館だけじゃない。これまで宮野明美と諸星大に関する調査報告のために何度も顔を合わせてるのに、私は一度だってそんな癖、目撃したことがない。いや、それどころか前の周でも……)

 

 

 どれだけ記憶を辿っても、該当する一幕は思い出せなかった。

 ここまでライとの会話内容と自分が経験した出来事に隔たりがあると、本当にスコッチにそのような癖があるのか疑わしく思えてくる。

 

 

(まあどうでもいいか)

 

 

 しかし秋はすぐに疑問を投げ捨てた。

 ちょっと変わった癖の一つや二つ誰にでもあるし、何気なくやっている癖の仕組みを解説しろと迫るのは酷だ。

 秋にだってひたすら自分を褒め称えるという妙な癖があるが、平均よりもかなり低い自己肯定感を誤魔化すために行っているのだと自覚したのはつい最近。自覚前に自画自賛の理由を根掘り葉掘り聞かれていたら答えに窮しただろう。

 

 それにしても、スコッチは思いのほか困惑を見せている。

 なんとなく疑問に思って尋ねただけで追及したいわけではないので、秋は会話に終止符を打つために冗談めかして口にした。

 

 

「もしかして私から溢れ出るオーラに釘付けになってた? まあそれも仕方ないよね。なにせ」

 

 

 こういう時自分のキャラは役に立つ。

 秋はわざとらしく口角を上げて、長ったらしい自賛の言葉を一息で言い切るために短く息継ぎをした。

 

 しかし秋の言葉はそれ以上続かなかった。

 息継ぎをした一瞬の間で、スコッチが肯定の言葉を発したからだ。

 

 

「そうかもな」

 

(スコッチってちゃんとお世辞言えたんだな……)

 

 

 妙な感動に包まれる。

 なにせ彼は巨大水槽の前で滑った秋の自画自賛を完全にスルーし、フグが可愛いとほざき、一つ前の周では曲がりなりにもロミトラ対象に味がある発言をした男だ。

 先ほど録音で聞いていたライとの会話内容も相まって、まさか彼からそのような言葉が出てくるとは思っていなかった。

 

 それこそ彼女が冬に手袋を忘れたふりをして「寒いなー、寒いなー」と呟きながら手をブンブン振る分かりやすいパスを出してくれたとしても、何にも気づかず完全な善意で自分の手袋を渡してきそうな鈍さが彼にはある。

 なんならその後不満そうにした彼女を見て「何か対応を間違えたかもしれない」と察するはいいものの、「手袋よりもカイロの方が良かったんだ!」という斜め上の結論を出していそうな感じさえする。

 

 

(……なんでこうも具体的な想像が出てくるんだ)

 

 

 秋は頭を抱えたくなった。

 これではレインボー双六に登場した自分の自称恋人をとやかく言えない。

 

 

 秋は一方的に感じているいたたまれなさを、仕事の話をすることで誤魔化すことに決めた。

 真剣な顔を作って、スコッチが何か言う前に先んじて口を開く。

 

 

「そう言えばさっき話したベンチャー企業と取引する時、話し合いが決裂した場合に備えてスナイパーを配置しておきたい。頼める?」

 

 

 スコッチが了承する前提での問いかけだった。

 公安の潜入捜査官にとって、『アドニス』との任務は絶対に逃したくないチャンスだ。

 

 

「ああ、もちろん」

 

「それなら取引場所の候補地をいくつか出しとくから、近々下見に付き合ってほしい。スナイパー本人が見る方が、最も狙撃に適した場所を割り出せるだろうから。詳細は追ってメールするよ」

 

「分かった」

 

 

 今は九月中旬。候補地を選出する手間を考えると、下見は十月初旬になるだろう。

 ベンチャー企業との取引はまだ明確な話としてまとまっていないため、本来ならここまで前倒しして下見を行う必要はないのだが、後日()()()()手間を考えると今動いておいた方がいい。

 スナイパーの癖や得意とするシチュエーションは人によって違うから、狙撃手が変われば時間が許す限りもう一度確認するべきだ。より万全を期すことができる。

 

 

(何より、十月初旬はちょうど私が認識上の八周目・九周目でスコッチ軟禁を開始した時期だ。『スコッチ懐柔作戦 NOCバレ編』の決行に最も適している)

 

 

 秋は心中で呟いた。

 作戦名が簡素なのは許してほしい。分かりやすさが一番だろう。組織の連中みたいに、よく分からないものからよく分からない引用をしてもややこしくなるだけだ。

 

 元々NOCバレしたスコッチを華麗に救い出す工程は、本当にNOCバレが起きる十二月に決行する予定だったが、計画のプラッシュアップに伴って時期が前倒しされた。

 

 

(元々作戦決行日を十二月に定めていたのは、実際にNOCバレしてない時期にスコッチがNOCバレしたと主張しても公安を納得させきれないと判断したからだ。しかしそうすると、十月初旬にスコッチを拉致軟禁していた認識上の八周目・九周目の行動と大きなズレが生じてしまう。あの方を欺きたいなら、軟禁開始時期と合わせて作戦を決行するべきでもあった。

この二点を両立するのは不可能だと思われていたため、仕方なく十二月を選んでいたけど、最近私がこの二つの問題を同時に解決する方法を思いついた事で状況は一変した)

 

 

 何度も回想で計画のプラッシュアップについて触れると、これを思いついた自身の発想力をついつい褒め称えたくなってくる。

 秋は脳内で計画の振り返りを始めようとした。

 

 しかし、立ちあがろうと腰を浮かせるスコッチの姿が目に入る。

 彼の動きを見咎めてすぐ、壁に取り付けられたタブレットを確認した。「精算済み」の画面に変わっている。

 となると、右手に握られている細長い紙はレシートで間違いない。彼は秋が思考に耽っているうちに支払いを済ませようとしていた、ということになる。

 

 まずい。

 前回会計をしたのはスコッチだ。

 互いにトイレに立つふりをして先に会計を済まそうとする戦いを繰り返すうちに、交互に奢る暗黙の了解が出来上がったというのに、今日奢られると均衡が崩れてしまう。

 

 秋は慌ててスコッチを追いかけた。

 計画の振り返りは強制終了された。

 作戦決行前にもう一度シェリーと計画の最終確認をするだろうから、その時彼女に向けて、自分への賛辞を交えつつ話すとしよう。

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