玉衡の元から逃亡したら千岩軍が追いかけて来ていた件について 作:久遠とわ
まず、アンケートの回答ありがとうございます。
アンケートの結果から、設定・考察集は“各幕事に明かされた設定や考察設定を一纏めにして最後尾に置く”方式で展開していきたいと思います。
この結果を踏まえ、まずは数日後辺りに第一幕時点でのキャラ設定を作り、それを第一幕の最後尾に置きたいと思います。
(※尚、以前の予告通りにキャラ設定を置く際には、その作業の間のみ本作品を一時的にチラシの裏に移動させますのでよろしくお願いします。)
尚、今回も少しだけ解説(“甘雨”と“とある人物達”との関係について)があります。
(※また、解説の過程で稲妻のとある事柄に関するネタバレがあります。)
そして、今回は前回の予告通り、煙緋と瞬詠の出会い編です。
「ふむ、成る程…今回の凝光殿は法典に新しい法令を一つだけ追加したが、その代わりに23条と44条、それに108条の注釈も修正してきたか…それに典型的な判例もいくつか追加してきたな…全く、凝光殿は相変わらず仕事熱心だな、暗記しなければならない私の身にもなってほしいものだ…だが、良いだろう。これを全部暗記したら、更に仕事に励んでやろう」
煙緋は手元にあった大量の書類の中から一枚の紙を手に取り、その書面の内容をじっくりと読み込む。そしてその内容を理解すると共に、その表情には満足げな笑みを浮かべていた。その書類の内容は主に立法、また軍事関連も担当している璃月七星の天権、“凝光”が新しく加えた新たな法典の条文とその解説であった。
璃月七星の天権の“凝光”と璃月港で有名な法律家として活躍している“煙緋”との関係は、良い意味でライバル関係と言えるだろう。凝光が制定した法律を、煙緋がその法律を”巧妙”に解釈することで人々に様々な助言を行い、助言を受けた人々は煙緋の助言通りに物事を進める。そして煙緋の助言を受けた人々の動きを見た凝光は、直ぐに煙緋によって見出された法律の抜け穴を見つけ出し、それを関隙を与えずに法典の改善を行い、そうして完璧な法律で埋めてしまうのだ。
それ故に凝光と煙緋の二人の関係というのは、言うなれば二人は互いに相手の思考を読み合い、時にはその思考を先回りしながら、相手を出し抜くような高度な駆け引きを何度も繰り返し合うという、互いに見えない火花を散らしあいながら、互いの実力を認め合える良き好敵手とも言えるような間柄なのだ。
「…ふぅ、流石に少し疲れたか」
(思考が鈍ってきたな……)
ふと、煙緋は意識を集中させていたことで、自分の頭が少し重くなってきたことを自覚し、それと同時に自分が思っていた以上に集中力を使い続けていたことに気が付き、軽く息を吐いた。
そして、その時であった。
「ん?おや、誰か来たようだね」
煙緋法律事務所の来客用の出入り口の扉が開く音が煙緋に聞こえてきたのだ。
「いらっしゃい、ここは煙緋法律事務所。今日は何のご用件かな__」
突然の来客に、煙緋はその来訪者を迎え入れようと声をかけながら、そちらに視線を向けた。
「___あっ、甘雨先輩じゃないですか!珍しいですね、先輩がここを訪れるなんて」
「こんにちは、煙緋さん。元気にしてましたか?」
煙緋は事務所の扉を開けて入ってきた人物を見るなり、驚きの声を上げる。
扉の前に立っていた人物の一人は、金と紫が混ざり合ったかのような独特な色の瞳に、氷のような水色の髪に2本の赤と黒入り交じる角みたいな髪飾りの少女。ぴっちりとした薄い布に黒のボディタイツ、そして鼠径部が見えるほど深いスリットの入った衣装に、首もとに身に着けた小さな金の鐘。そうして全体的にどこかふわふわしているかのような、独特で不思議な雰囲気を放ちながらも、その身に仙獣である“麒麟”の血を宿した彼女。腰に神に認められた者という証である“氷の神の目”を身に着けた彼女。“月海亭”の秘書であり“璃月七星全体”の秘書、そして同じ仙獣という意味合いで煙緋の先輩とも言える人物である“甘雨”だったからだ。
甘雨は煙緋が小さいころから関わり合いがあり、また煙緋と同じ仙獣の血を持つ者同士である事もから、今でも甘雨のことをとても慕っており、それと同時に煙緋にとって甘雨とは何でも相談できる大切な友人なようなものでもあったのである。
「えぇ、私はこの通りいつも元気ですよ。それで、どうされたんですか?先輩がここに来るなんて珍しいですね。立って話をするのもなんですから、こちらに座ってください」
「それは良かったです。ありがとうございます、煙緋さん。お邪魔します」
「失礼する」
甘雨はいつも通り、穏やかで優しい雰囲気を纏いながら、ゆったりとした足取りで席に着く。そして甘雨の斜め後ろに立っていたもう一人の男、黒髪の中に少し灰色の髪が混じり、灰色を基調とした一般的な璃月の服装に身を包んだ男。全体的に目立つ事のない印象のない男、もしくは目立つことを避けようとしてきたような印象を受ける男で、目つきが少し鋭く感じる男性であり、ふわりとしている雰囲気を醸し出す鮮やかな容姿の甘雨とは、どこか対極的な雰囲気を身に纏った地味な容姿の甘雨が連れてきた同行者である男。
「…ほぉ」
しかしそれでも、どこか人を引き付ける魅力のようなものを感じさせる、不思議な雰囲気の男。煙緋はそんな彼の姿を見た瞬間、一瞬だけ目を丸くさせる。そして甘雨とその男は煙緋に促されるままに、向かい側の椅子へと座ったのであった。
「それで今日は一体どのようなご用件で?何か私に相談したいことが?」
「いえ、そういう訳ではありませんよ」
「そうなのですか?では何故、甘雨先輩がここに?珍しいですね」
「はい。実は、“凝光”さん直々の命で“彼”にこの璃月港を案内していたのですが、今後の事を考えると、彼を煙緋に会わせるべきかもしれないと思いまして。なのでこうして彼を煙緋の元に連れてきて、挨拶しに来たんですよ」
甘雨は煙緋の問いかけに、微笑みを浮かべながら答えると、彼の横顔に視線を向ける。
「なるほど、そういうことだったのですか…いや、待て。凝光の命令だと?…君、君は何者なんだい?凝光とはどういう関係なんだ?教えてくれないかな」
凝光直々の命で甘雨がこの男と共に行動していたと知った煙緋は驚いたかのような表情を見せた後、興味深そうに目の前に居る男の方に視線を向けた。
「あ、あぁ…自分の名前は“瞬詠”。つい先日、何故か“凝光”さんの直属の部下になる事になったばかりの者だ。よろしく頼む、煙緋さん」
男は煙緋の方を見ながら自己紹介をする。
「な、なんだと!?凝光の直属の部下だと!?」
煙緋は瞬詠の言葉に目を見開き、驚きの声を上げる。
「えぇっ!?そうだったのですか!?」
そして甘雨も同じく驚く。
「え?甘雨先輩は知らなかったんですか?」
「はい。全く知りませんでした」
煙緋は甘雨は知っていなかったことに驚愕すると、甘雨はこくりと首を縦に振る。
「凝光さんからは、ただその、『璃月港をじっくりと巡ってもらおうと考えているわ』と言われてただけなんです。凝光さんはそんな事を一言たりとも言ってなかったはずなんですが……。彼は数日間、“群玉閣”にいる凝光さんと一緒に過ごしていたようなので、私はてっきり、凝光さんの心許せる取引相手やビジネスパートナーであったり大事な客人、または凝光さんの気の許せるご友人か、あるいは家族のように仲が良い方なのかと思っていたのですが……」
甘雨は顎に手を当てて考え込む。
「な、成る程…。それじゃあ、彼は。瞬詠は、甘雨先輩が思っている以上に、凝光と親しい間柄ということなのか」
「そう言う事になりますね…」
「…いや、別に凝光さんと仲が良いとか、旧知の仲とかそういうわけではないからな」
煙緋と甘雨は瞬詠をじっと見つめながら、互いに頭の中で色々と想像する。その二人の様子に対して瞬詠は、否定するように小さく頭を振る。
「そ、そうか。……でも、そうなるとますます分からない。瞬詠、君はあの凝光の直属の部下になったという訳だが、彼女は君に何をやらさせようとしているんだ?」
「それは……正直、自分も分からない。ただ、凝光さんに群玉閣に連れてこられた時に、『瞬詠、貴方は最終的に私の直属の部下になってもらい、そして貴方には“私の目”になってもらうわ』って意味不明なことを言われたんだ」
「“凝光の目”に?……は?何だ、そりゃ。一体どういうことなんだ?……うむ」
「“凝光さんの目”ですか?それは…」
煙緋は眉間にシワを寄せながら、凝光の意図が読めずに困り果てる。甘雨も同様に困惑した表情で首を傾げた。
「…」
煙緋は考察する。
凝光は商業界隈の出身、だがそうであるのにも関わらず、法律と言う自分の土俵で対等以上に戦え、時折自分を翻弄さえしてくる人物。それは即ち非常に頭の切れる人物であるという事を意味する。そんな彼女が自らの直下の部下として、その様な存在を彼を手元に置いた理由。
「…瞬詠。因みにだが、君は法曹界の者なのか?それか例えば、司法の先進国であるフォンテーヌで最先端の法律を学んで、法学を修めた者であったりするのか?」
煙緋はふと思い浮かぶ可能性を口に出す。
「いいや。自分は法曹界の者でもないし、法律家でもないぞ」
「成る程…」
煙緋は瞬詠の言葉を聞いて、何かに納得したかのように呟く。
「…」
煙緋はじっと瞬詠の顔を見据える。
少なくとも彼は自分と同じ法律に長けた者ではないということは分かった。しかし、凝光がわざわざ彼を直属の配下に加えたのには、きっと何らかの深い意味があるはずだと煙緋は思う。
「…うむ、その辺りが線か…」
そうして煙緋は独りでに納得したかのように呟くと同時に、ある一つの結論を導き出した。
商業界隈の者達というのは商品そのものの価値を正しく評価できる能力、またはその商品の潜在的価値やその商品に投資した場合の将来生み出し得る利益を予測し、それらを勘案した上で損得勘定を行うことが出来る者達である。
そして凝光は商業界隈の出身の者であり、その頂点に立つ程の実力者であるのだ。
そこから言える事として、そんな凝光が直属の部下にするに値する人材と認めて配下に加えようとしたことというのは、彼にその凝光が認めるだけの“価値”、もしくは今は発揮してないだけで、彼に投資すれば将来的に凝光が見出した彼の“真価”が顕わすという根拠があっての事だと判断した、という可能性が高いのではないか?。煙緋はそう考えたのだ。
「……」
そして、もし仮にそうだとしたならば、凝光に認められ、彼女の信頼を一身に受けるであろう彼。
「……」
煙緋は改めて彼の顔を見る。
「…瞬詠。君が私達の目に映らないところで、君がどんな活躍をしていたかは知らないが、恐らくは君にはそれなりの実力があると凝光は判断したということだ。それに、凝光は君の事をかなり買っている。…瞬詠、君は凝光に群玉閣に連れて来られる、いや凝光に璃月七星の元に引き抜かれる前は、何をやっていたんだ?」
煙緋は瞬詠を見据えながら尋ねる。
「ん?自分か?…自分はその凝光さんに引き抜かれる前は北斗の姐さんの“南十字船隊”、その旗艦の“死兆星号”の元で過ごしていたぞ」
「そ、そうだったんですか!?」
甘雨は驚きの声を上げる。
「ほぉ、あの“南十字船隊”、しかもその旗艦の“死兆星号”か…」
煙緋は瞬詠の言葉に感心した様に相槌を打つ。
北斗の“南十字船隊”、そして旗艦の“死兆星号”。今では今を生きる伝説的な存在とも言えるかもしれないし、その筋の者たちならば名を知らぬ者はいないと言っても過言ではないだろう。その北斗率いる南十字船隊は、冥界巨獣の“海山”を打ち倒した船隊だ。
煙緋は詳しい事は知らないが、噂によればその“海山”は海の中に潜んでおり、魚のようで龍のような海山は、悪夢のような大きな体を持ち、その力はまるで神々の如く、たった一撃で数十メートルの波を起こせるという化け物じみた力を持っていたらしい。
しかし、それを多くの犠牲を出しながらとはいえ、北斗が率いる南十字船隊が打ち破った。それはまさしく奇跡と呼ぶに相応しい出来事であっただろう。
その海戦は数日に及び、確かに大勢の死傷者や負傷者も出たが、それでも彼らは見事勝利を掴み取った。それ故、当時のあの戦いの場にいた南十字船隊の船乗りや水夫達は、海を生きる者達の憧れの存在となっており、彼らの武勇伝が語り継がれているのだ。
「…」
煙緋の瞬詠を見る目が変わった瞬間でもあった。
「成る程な……」
とんでもない人材を凝光は手に入れたものだな、と煙緋は思う。
「ふむ」
(彼が生き残ったという“実績”、それか彼のその生き残った“実力”が凝光の見出した“価値”なのだろうか…)
煙緋は心の中でそう思った。そして更に瞬詠に興味を持った。つまり目の前の男は、その戦いの場を生き残った者であるということなのだから。しかも見た感じ、大きな怪我や深い傷を負ってるわけでもない。果たしてその戦いを生き延びた彼は、一体今までにどれほどの修羅場を潜り抜けてきたのだろうか。
「…瞬詠、君は私達が想像もつかないような危険な戦場を生き抜いてきたのかもしれないね。私は君に興味が湧いたよ。…君は南十字船隊で何をしてきたんだい?」
煙緋は興味津々といった様子で尋ねた。
「うん?自分がやってきたこと?……うーん、まぁ、色々とやってきたな。死兆星号に乗ってる時は船隊の会計関連を怖いお姉さんに手伝わされたり、死兆星号の料理人達の料理を手伝わされたり…そして後は、船隊の上空を飛んだり、船体の周辺海域を飛び回ったりしてたな。むしろこっちが本業みたいなものだったな」
瞬詠はそう答えて苦笑する。
「…船隊の上空を飛んでいた?……君にとってはそれが当たり前のことなのか?」
「…周辺の海をも飛んでいたのですか?……えっと、失礼ですが瞬詠さんは人間なんですよね?」
煙緋と甘雨は首を傾げる。正直、あまりピンと来なかったからだ。普通の人間が空を飛ぶなんて、まずあり得ないことである。
「おい、甘雨。どう言う意味だ?自分はれっきとした人間だぞ。…だがまぁ、最初に良い感じの風さえ吹いてくれればそのまま空を飛ぶなんてことは日常的であったし、後はただ少しばかり他の人間よりも『感覚』、それに『勘』に優れてるだけだよ…」
瞬詠は何でもないように言った。
「……簡単な話、吹いている風や揺れている波等を見て感じ取って、次の瞬間やその次の瞬間に吹く風を予測し把握する。そしてその都度、風の翼の角度や自分の飛行姿勢を最適な状態に変化させる。このようにして、その風を利用して風の翼で空を駆け続けてきたってだけの事だよ。このサイクルをひたすら瞬間瞬間毎に繰り返し続ければ空を思うように飛べるぞ。
実際、それで船隊上空や船隊の進路方向の海域の上空を飛び回ることで船隊の捜索、それに船隊より先に目標海域や目標の島等に到達して写真機で写真を取って情報を集めたり、先んじてその島に着地することで上陸し、そのままその島の先行調査等を行い続けてきたからな…」
そして瞬詠は少し真剣そうな表情で、そう説明した。
「…」
「…」
煙緋と甘雨は言葉を失い、互いに顔を見合わせる。そうして唖然とした表情で瞬詠を見つめた。
「……は、ははっ。君には本当に驚かされるな。そんなことが出来るのであれば、これはもう仙人と言っても差し支えないと思うのだが」
煙緋は引き攣った顔をしながら、そう呟くように言った。
「そうですね……。ちょっと、とても信じられません。瞬詠さんが人間だなんて…」
甘雨も呆気に取られたような顔をしている。
「酷い言いようだな、本当に人間だぞ?……まぁ、そんな事はともかくとして。自分はそのようにして、言うなれば北斗の姐さん率いる南十字船隊の“船隊の目”として空を飛び続けてきたし、おまけに補給の為にテイワット各国にある各地の港に船隊が停泊していた時は暇潰しで各国の空を飛び回ったり、その過程で現地の人々と交流したりもしたしな」
瞬詠はそう言って肩をすくめる。
「……」
(まさかこんな滅茶苦茶な男がいたとは…。何で凝光はこのような無茶苦茶な男を…)
瞬詠の言葉を受けた煙緋は開いた口が塞がらなずにいた。
「…」
そして甘雨も驚きのあまりに口を開けて固まってしまっていた。
「…うん?」
(いや、待てよ)
そうして煙緋は瞬詠が何気なく放ったとある言葉に気づき、ハッとした。
「…成る程、瞬詠は南十字船隊の“船隊の目”として活躍してきたわけだな」
煙緋はそう納得した。
“凝光の目”として直属の部下になった彼を凝光が見出だした価値や真価。それは瞬詠の“船隊の目”として活躍した実績だけではない。
それではなく、その実績を裏付けている本人が語った並々ならぬ『感覚』と『勘』、それにテイワットの各国の各地を飛び回った際に訪れた現地人との交流による様々な『経験』、それこそが凝光が瞬詠に見出だした価値や真価なのではないかと推察した。
「“船隊”の目”…か。言われてみれば確かにそうだな。
“船隊の目”、ひいては“北斗”の姐さんの目”として海の上を飛び回り、それらを元に北斗の姐さんに自分の考えや意見を進言したり、場合によっては逆に北斗の姐さんの方から意見を求められたりしたからな…。
それに自分は空を飛び回って来たことで、“綺麗なもの”や“美しいもの”…そして、“汚いもの”や“醜いもの”やらまで…。まぁ、色んな光景を見てきたからな。
それで極めつけは“あの数日間の悪夢で地獄のような海戦”だよ。
あの日のあんな空を必死に飛び回っては、姐さんを援護するため、あの化け物の目を潰すために、あの化け物に向かって何度も突撃を繰り返しては、化け物の目を斬り潰しては刺し潰し、色んなものを投げつけたり放っては奴の目を傷つけたり目くらましをして視界を奪ったり、仲間の船隊の船や死兆星号、そして仲間達や姐さんを守り抜くために囮になって、奴の目の前や周囲で奴を引っ搔き回しながら飛び回って奴の意識を自分の方に向けさせたり…。
まぁ、とにかく死に物狂いであの空を飛び回って抗い抜き、そうして何とか生き残ったんだ……だが、結局残ったもの、それに残されたのは…」
瞬詠は今までを振り替えるかのように、そしてもう疲れきったかのように、静かにそう呟いた。
「…そう、だったのか。なんだか、君は大変だったんだな」
「…そう、なんですね。貴方が、今まで生きてきた環境、それにその日に起きた事…それはある意味、毎日が厳しい冒険のようなもの、そして死と隣り合わせのような場所にいたようなものなのでしょうね」
煙緋と甘雨は瞬詠のこれまでの人生についてを察し、そして同情した。
今の瞬詠の何処か達観しているかのような雰囲気は、彼がこれまで辿ってきた道のりの中で培われたのかもしれないと。正直もしかしたら、もしも瞬詠が自分は人間であると強調せず黙っていたら、実は瞬詠のその正体は仙人である事を隠した男ではないかと普通に信じてしまえるくらいに彼は凄まじいことをやってのけ、そして今の彼から発している雰囲気がそれを物語っていたのであった。
「…あ、あの瞬詠さん」
「ん?…どうした、甘雨?」
甘雨は黄昏ている瞬詠を少しでも元気付けようと、話題を変えることにした。
「そ、その、私、お聞きしたいことがあるんです」
「……何だ?」
「はい。瞬詠さんってテイワット各地を飛び回ったって行ってたじゃないですか?“稲妻”は結構詳しかったりしますでしょうか?それに“八重神子”さんや“狐斎宮”さんとかはご存知だったりするんでしょうか?」
甘雨はそう質問した。
「“八重神子”に“狐斎宮”だって?…“八重”さんは知っているし、むしろあの人、いや“人”…なのか?まぁ、一応は顔見知りで知り合いではあるが、“狐斎宮”って誰だ?…いや、その前に何で甘雨は八重さんの事を知ってるんだ?」
瞬詠は首を傾げ、興味深そうな表情をする。黄昏ていた瞬詠は少しは興味を持ったらしく、先程の無気力な状態からは一変していた。
「えっと、それはですね。実は私と八重さんは、昔から璃月と稲妻の間の事務的なやり取りをしたり__あっ」
そして甘雨が説明しようとしたら何かに気づいたのか、甘雨は突然口籠った。
「…どうしたんだ、甘雨?」
「…甘雨先輩?」
瞬詠、そして煙緋は急な甘雨の変化に不思議そうにする。
「いえ、この話は歩きながらしましょう。もうそろそろ時間です。今からでも次の場所に行かないと、瞬詠さんをこの璃月港を案内しきることが出来ません。まだまだ見るべき場所や知るべき場所がたくさんあります。次に行く場所は七星八門の総務司という場所で、ここから少し離れていますので、そろそろここを出て向かわないと間に合わないかもしれません」
甘雨は本来の目的を思い出し、二人にそう告げた。
「それもそうだったな、甘雨」
「なるほど、確かに。甘雨先輩が私の法律事務所に訪ねてきた理由はそういう理由だったな」
瞬詠と煙緋は納得する。
「はい、なので早く行きましょう、瞬詠さん。煙緋さん、お邪魔しました」
「そうだな、甘雨。それじゃ行こう。煙緋、邪魔した。…これからの自分の立場や煙緋が有名な法律家という事が相まって、もしかしたらこれから長い付き合いになっていくかもしれないと思う。だから、その時はよろしく頼む」
瞬詠はそう言い、軽く会釈をした。
「ああ、こちらこそだ。君の活躍を期待しているぞ、瞬詠」
煙緋もそれに返すように、同じように頭を下げた。
「それでは失礼致します」
「失礼した」
甘雨、そして瞬詠は改めて丁寧に頭を下げる。そして、煙緋法律事務所を後にした。
「…」
煙緋は目を閉じる。
「…」
そして事務所に残った煙緋は去っていた瞬詠のことを思い返した。
「…あの男」
“凝光の目”となって、彼女の直属の部下になる彼。その過去は“南十字船隊の目”、ひいては船隊のリーダーである“北斗の目”として活躍した彼。そして尋常でない『感覚』と『勘』、それにテイワットの各国の各地を飛び回った際に訪れた現地人達との交流による様々な『経験』を持ち合わせているという彼。
「…ふむ」
煙緋は一つの可能性を思い浮かべ、そして一つの結論を導き出す。
璃月七星“天権”、凝光の考えを理解しきることは私には難しい。だが彼の持つそれら、それに本人と話してなんとなく彼の人となりの予想は出来た気がした。それは、もし私が考え付いた推測が正しいとするならば彼は、彼が周囲にもたらすもの。
煙緋はゆっくりと目を開けた。
「もしかしたら彼は、いや彼によって__」
__今のこの璃月港、それどころか下手してしまえば、この黄金と繁栄の国である璃月そのものに何らかの変動をもたらすかもしれない。
それは煙緋が仙獣の獬豹の血が流れているから故の『直観』か。それとも法律家として様々な案件を担当して知り得た経験が導き出した『直観』か。はたまたそれ以外のまた別の要因があるのか。
それは分からない。
だが、一つだけ言えることがあるとすれば。
「…さて、凝光が追加した新しい法令やそれに関する暗記の続きを行うか」
煙緋は確かに、瞬詠から何かを感じとっていたのだ。
次回は日常(?)編その1です。
―――
◎解説(“甘雨”と“とある人物達”との関係の件について)
・“甘雨”と“八重神子”、“狐斎宮”との関係について
→まず“甘雨”と“八重神子”との関係についてですが、甘雨と八重神子は稲妻が鎖国する前は、璃月と稲妻の間の事務を甘雨と神子が受け持っており、神子は甘雨を『甘雨の姉君』と呼んで甘雨の事を慕っており、また定期的に会いに行っていたようです。(甘雨からの日常ボイスにある各キャラへのコメントでは確認は出来ませんでしたが、八重神子からの各キャラへのコメントで彼女達との関係を確認することが出来ます。)
→次に“八重神子”と“狐斎宮”との関係についてですが、まずは前提として“狐斎宮”についてですが、この人物は大雑把に言えば過去の稲妻にいた白い仙狐の方であり、少し前の稲妻のイベントの“秋津ノ夜森肝試し大会”でさらっと出てきたりしました。(具体的にイベントでは神子が少しだけ語り、そして本人もその姿を現しましたが、後ろ姿くらいしか出てないという…)そうして彼女達との関係は端的に言えば、それぞれ“現代の鳴神大社の宮司”と“先代の鳴神大社の宮司”であり、かつての頃は“狐斎宮の弟子”と“弟子の一人”と言った関係になっています。(余談ですが当時の“雷電眞”と“狐斎宮”の関係は、今の“雷電影”と“八重神子”のような関係かと思われます)
→そして“甘雨”と“狐斎宮”との関係についてですが、オリジナル設定となってしまいますが、本作品では“甘雨”と“狐斎宮”も互いに面識がある設定で進行させようと思います。なぜ、“甘雨”と“狐斎宮”が面識があるかという事に関してですが、まず過去の稲妻について触れる事になりますが(ストーリーのネタバレになるため詳細は書きませんが)、500年前のカーンルイアのテイワット全土への攻撃・侵攻を開始し、稲妻も戦火に巻き込まれようとした頃、“雷電眞”は稲妻を守るためにカーンルイアに出向く直前、眞や影の盟友の一人である“狐斎宮”を含む彼女達に稲妻を託しました。その後にカーンルイアの“漆黒の厄災”が稲妻を、そして狐斎宮達や狐斎宮本人に襲い、最終的には何とか狐斎宮は眞との約束を果たしきりましたが(但し、完全には防ぎきれてはおらず、それが稲妻のとある世界任務に繋がります)、その代償として彼女は死亡したとなっています。
そこからテイワットの歴史やそれを元に考察するに、カーンルイアの侵攻が起きたのが500年前である事は、500年前以前であれば狐斎宮は存命であった事。2000年前に魔神戦争が終結し七神が璃月に集って勝利の盃を交わしたという事は、それ以降はテイワットは少なくとも魔神戦争の頃と比較したら平和になり、七神の七国は各国との貿易や交流を開始したと思われること。そうして甘雨が3000年前に、岩神のモラクスと契約を結び、璃月のために魔神戦争で戦ったという事は、少なくとも3000年以上は甘雨は生きているという事。これらを総括すると、魔神戦争が終結し勝利の盃を交わした2000年前辺りに璃月と稲妻は国交を結んだ事により、稲妻が鎖国する前の璃月と稲妻の間の事務を現在の甘雨と八重神子が受け持っているように、カーンルイアがテイワット全土への攻撃・侵攻を開始する前のかつての頃は甘雨と狐斎宮が受け持っていたと思われるからです。
その為、以上のような設定となっていますのでよろしくお願いします。
追記1
・アンケート設定が誤っており、前回のアンケートがそのまま出ていましたので、設定の修正を行いました。
追記2
・“列記”と“れっき”の部分の修正を行いました。“円周率で猫好き”さん、誤字報告ありがとうございます。
追記3
・文字間隔の調整を行いました。
追記4
・瞬詠の台詞の一部を加筆修正しました。
追記5
・甘雨の台詞の一部の修正を行いました。
追記6
・一部の文章の修正を行いました。
詳しくは以下の後書きをご確認ください。
→https://syosetu.org/novel/333745/6.html
追記7
・瞬詠視点(「名前を無くした、天権の懐刀」)のリンクを追加します。
:【_“煙緋法律事務所”?】
→https://syosetu.org/novel/333745/5.html
:【_向き合わないといけないんじゃないのか?】
→https://syosetu.org/novel/333745/7.html