SAO RTA any% 75層決闘エンド 作:hukurou
「さて、これはチャンスよ。ついにコルロイ爺のイカサマを暴くときが来たわ」
払い戻しが終わった後、そのままロビーでチームごとのコインの集計を行っていたキリト達にニルーニルの配下の者がやって来たのはつい数分前のことだ。アスナとミト、それにアルゴを伴って、黒服のNPCに連れられて再び3階のVIPルームに足を踏み入れたキリトの前で、ソファーから立ち上がったニルーニルは上機嫌だった。
「はぁ……? イカサマならもう暴いたんじゃ?」
キリトが腑に落ちない顔をするとニルーニルはポフッとソファーに座り込んだ。
「照明の件に関してはスタッフ単独の犯行だと言い張って関与を認めなかったわ。もちろん時間をかけて責任を追及することもできるけど、今回に限ってはもっと手っ取り早い方法があるでしょう」
「ラスティーリカオンのことですか?」
アスナの言葉にニルーニルが頷く。
「毛皮を真っ赤に染めるなんて真似、調教前の凶暴なモンスター相手にできっこないわ。バーダンは必ず染色前のリカオンを調教しているはず。仮にそれすらとぼけたとしても、闘技場に出場させるモンスターの管理は全て当主の責任で行うものだから、どちらにせよ責任逃れはできないわ。だから照明の件は見逃してあげる代わりにあの男には厩舎の緊急査察権を認めさせたの」
「厩舎の査察ですか?」
アスナが復唱するとニルーニルはワイングラスを小さな掌の上でくるくると回した。
「カジノの裏手にはモンスター闘技場に出場するモンスターを飼っておくための施設が用意されているの。コルロイ家とナクトーイ家それぞれにね。普通なら他家の人間を自身の家の領域に入れる事なんてしないから、コルロイ家の厩舎には立ち入れないんだけど、今回は向こうのスタッフに落ち度があった直後だからね。他にもイカサマをしている形跡がないかどうか調べると言えば拒否はできないわ」
「流れは大体わかったヨ、ニル様。それでオイラ達を呼んだってことは……」
「そうよ。アルゴ達にはこれから行う査察に一緒に来てもらいたいの」
「いまからですか!?」
急な話にミトが驚きの声を上げる。
「ええ。証拠を隠す時間は与えない方が良いでしょう。それに私は夜の方が得意なのよ」
ということでキリト達はニルーニルと共にカジノの裏手の広場に移動していた。町の外で捕まえたモンスターをカジノの内部に運ぶ搬入口の役割を担う建物が見えてくる。
モンスターアリーナ夜の部から連続してのクエストの進行ということで、時刻は11時を回ろうとしていた。もうすっかり夜で外は薄暗かったが、カジノから漏れ出る光でこの広場も夜目が効かないほどではない。それに加えて建物の周りには煌々と明かりが照らされており、周辺には武装した警備のNPCが目を光らせていた。
馬車が悠々はいれるように大きく作られた扉を抜けるとがらんとした倉庫のような空間に出た。目に付くのは奥の壁にピッタリ寄せて停められている2台の馬車と、左右それぞれに作られている2つの扉。片方の扉の前にはこちらを待ち構えるように見知った顔のNPCが待機している。コルロイ家の当主バーダンとその手下たちだ。
「遅かったではないですか。我々は暇ではないのです。あまり待たせないでいただきたい」
不機嫌そうな執事はメンデンと言ったか。自身の主人であるバーダンと同格のはずのニルーニルに対しても彼は高圧的な態度を崩さない。
「で、彼らは?」
「私の協力者よ」
キリト達を見て怪訝な顔をするメンデンにニルーニルが答える。
「困りますな……どこの馬の骨かもわからない部外者を連れて来るなんて……」
「あら? どこの馬の骨かもわからない男に闘技場の照明係を任せていたコルロイの人間に言われると重みが違うわね」
「ぬっぬぬぬぬ……!!」
ニルーニルに皮肉を返されてメンデンはすぐに顔を赤くした。
「心配せずとも彼女たちの身元はナクトーイ家が保証するから問題ないわ。それよりもさっさと査察を始めさせてちょうだい」
「いいでしょう。ついてきなさい」
ゆったりとした口調で返事をしたのは老紳士然とした服装のバーダンだ。そんな彼に続いてメンデンが声を張る。
「いいか。今回はあくまでバーダン様のご厚意により厩舎に招待されていることを忘れるなよ。備品にもモンスターにも傷一つ付けたら容赦せんからな!!」
「わかってるわよ。うるさいわね」
「メンデン」
「はっ、バーダン様」
バーダンが一声かけるとメンデンは芝居がかった動作できびきびと扉を開けた。真っ先にそこに足を踏み入れるのはニルーニルが連れてきた護衛の兵士だ。慎重に足を踏み入れた彼が振り向き頷くとキリト達も後に続く。その後をニルーニル、キオ、そしてまた護衛の兵士と並びながら地下へと続く階段を下りていく。
バーダンは厩舎の査察を許可する際に条件としてニルーニル本人が査察に同行することを求めたそうだ。厩舎は逃げ場のない地下に作られている。敵対する派閥の当主を呼び寄せるような彼らの要求にキオは最悪の事態――バーダンが実力行使に出てくる可能性を警戒していた。厩舎の査察だというのに護衛の兵士を連れて来るのはそれが理由だ。ニルーニルに会うときは武装の解除を求められていたキリト達が今はその腰に帯剣したままでいるのも、いざというときはニルーニルを守るようキオに言いつけられているからに他ならない。
これは展開次第では地下でイベント戦闘があるかもな、とキリトは心中で独り言ちた。
階段を下りきり扉を開けると石造りの大部屋にたどり着く。左右に檻が並べられた薄暗い空間は動物園やペットショップというより牢屋のような湿った空気を感じさせた。
「ひどい匂いね。まともな管理がされていないんじゃないかしら」
「それは失礼。なにせ突然の申し出だったもので。事前にご連絡いただければ掃除をさせておいたのですがね」
文句を言うニルーニルに後ろからついてきたバーダンが悪びれずにそう言った。部下と共に入り口をふさぐように陣取りこちらを伺う様子は、見ようによればニルーニル達を逃がさないようにしているふうに見えなくもない。
「事前の取り決め通り、日付が変わるまでは気のすむまで調べてくれてかまいません。ただ、モンスターに襲われてケガなどしてもこちらは一切責任を負いませんので、檻の中など調べる際には自己責任でお願いします。中には使役の術が切れかけて気が立っているモンスターもいるかもしれませんがね。……ああ、あとこれは言うまでもないことですがモンスターに危害を加えるようなことはくれぐれも慎んでいただきたい。万が一の時はしかるべき責任をとっていただくことになりますよ」
「そちらも査察中は余計な手出しをしないようにね」
ニルーニルが強気に言い返す。
そうして始まった厩舎の査察でキリト達が真っ先に集まったのはラスティーリカオンの檻の前だ。もしかしたらリカオンの毛皮を染めるのに使った道具や染料が檻の中に残されていないかとも思ったからだ。しかし、狭い檻の中には鎖につながれたリカオンとわずかな藁の山があるばかりでそれらしき道具はなかった。
「なんだか苦しそうね……」
アスナが口を押えて目をふせた。リカオンは檻の奥でぐったりと寝ころび浅い呼吸を繰り返している。キリト達のような部外者が檻の外にやって来ても、ちらりと片目を開けた後、億劫そうに瞼を閉じてしまった。とても元気があるようには見えない。
「ひどいわね……だいぶ弱っているわ」
隣に来たニルーニルも思わず顔をしかめる。リカオンのHPは7割程度に減っていた。状態異常のアイコンは出ていないが、これは軽微な毒があるという《ルブラビウムの花》で作られた染料を全身に塗りたくられているからなのかもしれない。
「……ここにいても、できることなんか何もないわよ」
ニルーニルの言葉は淡白だったが真実だった。キリトがいくら同情の念をささげてもリカオンの体調がよくなることはない。このモンスターを哀れに思うのなら一刻も早く不正の証拠を見つけ、毛皮を染めるなんていう馬鹿げた行為をやめさせるべきだった。
ニルーニルの言葉にキリト達はばらばらに分かれて厩舎の探索を開始する。
だが、10分以上探してもイカサマに使われていそうな怪しげなものは見つからなかった。
「見つからないわね……」
アスナに話しかけられてキリトは手に持っていた木箱をもとの棚に戻しながら答えた。
「おかしいな。クエストの流れからしてもここで空振りになることはないと思うんだけど……」
厩舎の査察をすると言いだしたのはイベントNPCのニルーニルである。ならばこの査察は正しいシナリオイベントであるはずで、何も見つからないというのは考えづらい。
かくなるうえは、とバーダンたちの様子をうかがうが彼らはずっと入り口付近で待機しており剣呑な様子は微塵もない。むしろ面白がるようにこちらを観察している。
仮にこの査察が論理的な推理パートではなくもっと荒っぽいもの――例えば彼らと戦闘になるというようなイベント――なのだとしても、それはおそらく決定的な証拠をつかんでしまったキリト達を亡き者にするという流れが自然であり、やはり何かしらの証拠は見つかるはずなのだ。
「もう探せるところは探しつくしたわよ」
部屋の隅に山積みにされている藁の中から壁際に備え付けられた棚と引き出し、果ては掃除用具入れの中まで目に付く物は調べつくした。
困り顔のアスナに何と返答しようかキリトが迷った時、アルゴの声が響く。
「みんな! こっちに来てみろヨ」
彼女がいたのは何の変哲もない壁際だ。床に荷物が置かれているわけでも壁に棚が作りつけられているわけでもないその場所に調べるものはなさそうに見える。
「何か見つけたのか?」
「ああ。ここの壁なんかおかしいと思わないカ?」
アルゴが指さした壁をよく観察する。一見しただけでは何の変哲もない石壁だ。しかしよくよく観察してみればこの壁だけに見られる、いや見られない特徴があるのが分かる。
「妙にきれいだな……」
コルロイ家の厩舎は掃除が行き届いているとは言えなかった。階段を下りている途中から鼻を突く異臭が感じられたし、部屋の隅の藁山や荷物を調べているときも、舞い散る埃に苦しめられた。檻の中は言わずもがな、壁にも無数の汚れエフェクトがついているのだが、アルゴが指示した部分だけは何の汚れもついていない、普通の石壁になっている。
「こういう時は……おっ! あったここダナ!!」
アルゴは皆が集まったのを確認してから壁をまさぐるとその一部を押し込んだ。等間隔に目地の入った石材の一部が不自然に奥までスライドし、ガゴンと重々しい音が響く。
「これまた古典的な……」
思わず呟くキリトの前で壁の一部が不自然に動いた。隠し扉だ。
さて、どんな反応をするかなとバーダンを振り返る。わざわざその存在を秘匿した部屋の中には、コルロイ家にとって見られたくないものがあるはずだ。イカサマの証拠もきっとこの奥に隠されているに違いない。
部屋の中に入らせないように実力行使をしてくるかも、と考えたキリトの予想は外れた。
バーダンはまったく焦っていない。むしろ口角を上げていた。
キリトの直感が警鐘を鳴らす。
「待ってくれ……! 何かおかしい……」
今にも扉をくぐろうとしていたアルゴのすぐ後ろ、隠し部屋に近づいていたキオとニルーニルが動きを止め、振り返ってキリトを見る。警告は遅かった。
彼女たちのすぐ隣置かれていた檻の中で蠢く影がある。
それは蛇だった。厩舎で檻の中にモンスターがいる。そのことに不自然はない。だが、蛇はダメだった。檻のサイズとあっていない。あの小ささだと格子の隙間から容易く外に出てしまう。
「蛇だ!!」
キリトが叫んだのと蛇がするりと檻から抜け出したのは同時だった。あるものは振り向き、あるものは飛びのく。
蛇はその進路をニルーニルに定めていた。キオがそこに割り込む。都合1秒もなかったが、素晴らしい反応速度でエストックを抜いた彼女はソードスキルで見事に蛇を一突きにし、地面に縫い付けた。
ほっと安堵の息を漏らしたもの束の間。そこから先は誰にも予想できない事態だった。体を貫く戒めに抵抗し、もがいた蛇の胴体が真っ二つにちぎれたのだ。
いったいどんな執念か。上半身だけになった蛇は地面から跳躍しキオの脇を通り抜けた。
それでもニルーニルは見た目に反する超反応で襲い掛かって来る蛇の胴体を捕まえた。しかし蛇は牙が首元に届かないとみるや、首をもたげてガブリと手首にかみついた。
そのすぐあと、蛇のHPはゼロになりパーティクルを散らして消える。
一瞬の静寂の後、ニルーニルはかすかに口角をあげた。
「……やるじゃない。バーダン」
苦しそうにかすれた声でそう言った後、ニルーニルは倒れた。地下厩舎にキオの絶叫が響いた。
◇◇◇
査察はすぐに中止になった。あるいはあのまま続行して隠し部屋の中に入れば何かしらの不正の証拠は得られたかもしれないが、それを望むものはいなかった。それに、もしそうしようとしてもバーダンがそれを許さなかっただろう。
最初にモンスターへ危害を加えるなと念押ししていた以上、それを破ったキリト達には落ち度があった。そこを根拠に中止を要請されればキリト達は従うしかない。明らかにコルロイ家側が原因で起きた事態だが、彼と対等に交渉できるニルーニルがいない以上、話し合いで権利を主張するのは難しいからだ。
倒れたニルーニルが運び込まれたカジノ3階の彼女の部屋。キオが治療を施している間廊下で待機しているキリトたちの間には重苦しい空気が立ち込めていた。
「やられた……。情報はあったのに……!」
よく考えれば、モンスターへの攻撃を予防するような言葉も、使役の術が切れたモンスターがいるという言葉も、この事態を示唆する言葉だ。彼らが査察中に見せていた余裕もそう。しかしキリトはそれに気づかずまんまと罠にはめられたのだ。
「あんまり自分を責めるなヨ、キー坊。真っ二つになった蛇が動くなんて普通じゃなイ。きっとあれはそういうイベントなんだっテ」
「そうよ。私だってなにもできなかったし……」
アルゴとアスナが慰めの言葉を発する。
腕を組みながら壁に背中を預けていたミトもキリトに視線を向けた。
「過ぎたことを悔やんでもしょうがないわ。確かに私たちは最善の行動はとれなかったかもしれない。でも、まだクエストフラグは折れてないわ」
SAOでは、護衛依頼の対象が死亡したり運搬予定のアイテムがこわれたりした場合クエストログがグレーアウトし失敗扱いになる。しかしニルーニルが倒れイカサマの決定的証拠をつかめなかったにも関わらず、コルロイ家のクエストログは続行状態で維持されていた。
「私たちは私たちにできることをやりましょう」
ミトの言葉にキリトは顔を上げた。
「やれることって……?」
「ニルーニル様はまだ死んでなかったでしょ」
ミトの言葉に反応したアルゴが何かを思案するように宙を見上げる。
「となるト、次のクエストは蛇の解毒薬の材料でも頼まれるのかもナ」
「ああ……そうか、そうだな」
アルゴの言葉にキリトは気持ちを切り替えた。
キオは倒れたニルーニルを彼女の部屋に運び込んでからはもう20分が経つ。
クエストが進行するにはもう十分な時間だ。そう思っているとこれまで閉じられていた扉が開いた。中からは沈んだ様子のキオが出て来る。
「キオさん。ニルーニルさんは?」
アスナが詰め寄ると、キオは首を横に振った。
「とりあえず部屋の中へ。そこで話そう」
部屋の中は相変わらず薄暗かった。唯一の光源である光るキノコの入った不思議なランプでは大きすぎる部屋のすべてを照らし切れていない。しかし彼女がどこにいるかを目を凝らして探す必要はなかった。
部屋の中でもひときわ目立つ大きな天蓋付きのベッド、そこにニルーニルは寝ていた。もとより人形のように白い肌をした彼女であったが、今は薄暗い部屋の明かりも相まって死人のように青白い。
視線が彼女に固定されると名前と残り3割ほどにまで減少したHPバーが現れる。その下には見慣れぬ二つのアイコン。黒背景に蛇のマークはおそらく蛇の毒を示すアイコンだろうがもう一つの青い花のマークは全く見覚えがなかった。
「治療は終わったのカ?」
「できる限りのことはした……」
アルゴの問いかけに答えるキオは意気消沈していた。無理もない。自分の目の前で主人が倒れ、今もこうして意識不明とあれば元気なほうがおかしいだろう。キリトもパーティーメンバーが同じような状況になれば冷静でいられる自信はない。
「その割にはHPが回復してないようダナ……ポーションが足りないのカ?」
キオは首を横に振った。
「ポーションは効かないんだ」
アルゴが怪訝そうに首をかしげる。キリトも同感だ。
解毒薬が効かないということならわかる。SAOのダメージ毒には麻痺毒と同様にレベル1から5までの等級があるからだ。6層店売りの解毒薬はレベル1の状態異常は治せるがレベル2以上の状態異常には効果がない。
だがHP回復ポーションはその回復量にこそ差はあれど、6層水準のものでも十分に体力を回復させるはずだ。一本で全回復するかどうかはともかく、効かないなんてことはないはずだ。
「どういうことダ……?」
アルゴが聞くとキオは逡巡したように視線をさまよわせた。ふらふらと動く視線は最終的にベッドで横たわるニルーニルのもとで止まる。
「……ニルーニル様は我々人族とは違う……。《
「ルミナス、ノクト?」
聞き覚えのない言葉だ。ベータテスト時代にはここよりさらに上の層まで進んだことのあるキリトでも心当たりがない。おそらくは正式版で追加された要素だろう。
「《夜の主》は根本からして我々とは違う。病にかかることもなければ、老いることもない。生まれながらにしてあらゆる薬物に強い耐性も持ち合わせている。だがその反面、人族が用いるような薬の類はそのことごとくが効果をなさない」
「そうなのか……。いや、でも、それだけ強い耐性があるんなら、蛇の毒も……?」
キオはキリトの言葉に顔を伏せた。
「確かに《夜の主》はたいていの毒物を無効化する。ただ、夜の世界の住人としての宿命からは逃れられない」
「夜の世界の住人……?」
その言葉はアインクラッドではアンデッドモンスターを指すものだ。キリトはベータ時代のクエストの経験からそう判断した。そしてアンデッドモンスターの宿命と聞いて真っ先に思いつくのは彼らの弱点だろう。5層の主街区《カルルイン》の地下ダンジョンでも、巨大ミイラに光を浴びせて弱体化させたのは記憶に新しい。
「日光とか聖水が弱点なのか?」
「聖水は問題ない。《夜の主》は墓場をさまよう低級なアンデッドとは違うからな。しかし日の光と……とりわけ銀は命に係わる猛毒になる」
その言葉にキリトの中でカチリと過去の記憶がはまる。最初にニルーニルと会った時、キオはキリトの武器の刀身を念入りに確認していた。あの時は多少不可解ながらも見逃していた動作は、キリトの武器が銀でできたものかどうかを確認していたのであろう。
「だから、アージェントなのね」
納得するように頷くアスナにキリトは説明を求める。
「どういうことだ?」
「厩舎でニル様を噛んだ蛇の名前。《Argent serpent》だったじゃない。直訳すれば銀の蛇」
「……その通りだ。アージェントサーペントは洞窟の深くに住み銀の鉱石を食べながら育つと言われているモンスター。鱗は全て上質な銀で構成され、牙からは液状の銀がしたたり落ちると言われている。まさに《夜の主》にとっては天敵のような生き物だ。……檻の隙間から抜け出してしまうためバトルアリーナに出場することなど不可能なあのモンスターを厩舎に飼う理由などたった一つしかないっ……! コルロイは初めからニルーニル様のお命を……!」
キオがキツく握りこんだ拳にアスナが手を重ねた。
「……キオさん。ニルーニル様はきっと蛇の毒なんかには負けないわ。一緒に治療法を探しましょう」
「……治療法なら、もうわかっている」
そこで言葉をつぐみ、顔を下に向けたキオの頭上に!マークが出現する。次のクエストフラグだ。キリトは視線で皆の了承をとり一歩彼女に近づいた。
「キオさん。教えてくれ、その治療法を。俺たちもニルーニル様には死んでほしくない」
キリトの言葉にキオは弱々しく返答した。
「……竜の血だ」
「竜……」
言わずと知れたファンタジーゲーム定番のモンスターだ。しかしその知名度に反してアインクラッドではこれまでの階層でその姿が目撃されたことはない。
「《夜の主》は血を力に変えて生きている。ニルーニル様も普段は酒精に薄めた竜の血を週に一度飲む事でその力を維持しておられるが、魔力に富むといわれる新鮮な竜の血を希釈せずに飲むことができれば《夜の主》の力も強まり銀毒と言えど克服できるだろう」
治療法が分かっているというのにキオの顔色はすぐれない。キリトはその原因に心当たりがあった。この階層で出現する竜が何者であるかを知っているからだ。
「だが、ザリエガなき今、この周辺に残された竜は一体しかいない……」
顔をあげたキオの瞳には悲壮な覚悟と僅かな諦念が滲んでいた。
「火竜アギエラ。最も高き塔の頂上に巣くう古の怪物……! ニルーニル様を助けるにはヤツの血液が必要だ」
キオが口にしたのはこの階層最強のモンスター、フロアボスの名前だった。