回復し、出立の準備ができた。
レイリーさん達に頂いた餞別を鞄に詰め、いよいよ今日シャボンディ諸島を出る。
今後はエースと共に諸国漫遊の旅をする予定だ。
最初、エースは白髭の仲間達のもとに帰るかと思ったが………海賊王の子供であると明かされたばかりなのだ。
今戻ると白髭海賊団に余計なトラブルを招きかねないし、自身の無事は定期的に手紙か何かで伝えるとして、暫くは戻らないと言っていた。
(それで一緒に旅に出てくれるのは有難いよね)
私は旅なんてしたことないから同行者がいてくれると心強い。いずれエースは白髭のもとに帰る身だが、それまで旅のイロハを教えてくれるととても助かる。
ちなみに前に染めた金髪は白に変えた。
あまりにも母親に似ているとレイリーさんが言うものだから、それならばと違う髪色にしたのだ。
そして荷物の最終確認を部屋で行っていると、エースがやって来た。
「もう時間だぞ。みんな玄関で待ってる」
「うん、今行くよ」
彼は私と違い、髪色は変えていない。
そこでふと思う。エースはこれからも『エース』として生きていくのだろうか。それとも別人として生きていくのだろうか。
暫く旅を共にするのだ。
海賊王の子供であるとバレないよう、できたら私と同じように偽名を使って別人として生きてほしかったりもする。
けれどエースは幼い頃から自分の名を世に知らしめることを夢としていたため、そんな彼が簡単に『名前』を捨てるという選択をするとも思えなかった。
「…………旅に出るとして、私は名前や姿を変えるけどエースはどうするの?別人として生きた方が海軍から無闇に狙われないと思うけど」
「そうだな。変装くらいはするつもりだが、俺はお袋から貰ったこの名前は捨てねえ。だから『エース』のまま生きるよ」
「…………そう」
エースには、別人として生きてほしい理由がもう一つある。
いつか私との旅を終え、エースが白髭に戻り表舞台に再び出た瞬間、あの頂上戦争で海軍側が負けたことが周知されるのだ。その意味を考えた時、エースのその行動を引き留めたくなる。
(市民から海軍への信頼は地に落ちる。戦争に負けたとされる海軍を甘く見て、海賊達の活動はますます活発になるかもしれない)
私が完全にエースを討ち取れなかったから。今からエースを殺す度胸もなく、海軍に戻ることもできない。
結局市民を裏切ることとなり、自分の身の可愛さに吐き気がした。
鞄の口を閉じて肩にかける。
そしてエースとともにレイリーさん達が待つ玄関に向かおうとすれば、彼はぷはっと吹き出した。
「───なんてな!お前が俺を殺してでも守りたかったものは理解できる。親父達やルフィには生きていると伝えるが………これからは『エース』ではなく別の名前を使って生きていくよ」
「エース」
「お前にはこれまで迷惑掛けっぱなしだったからな。だから『ポートガス・D・エース』は死んだ。それで良いんだ」
その言葉に泣きそうになる。
あれだけ名を残すことに執着していた少年が、自分のためにそう言ってくれたことに胸いっぱいになる。
「ありがとう。本当に、ありがとう」
「おう」
「じゃあ、これから名前も決めないとね」
横に並びながら、どんな名前にしようかと悩む。私も自分の偽名をまだ決めていないのだ。
するとエースは「俺はもうとっくに決めてる」と言った。
「名前を変えるんなら『サボ』って名前にしてえな」
「サボ?」
「亡き親友の名だからな」
そういえばインペルダウンからマリンフォードへの護送船で言っていた。昔コルボ山でサボという親友がいたことを。
しかしそれを聞いて、私は咄嗟に首を振った。
「それは…………もしかしたら止めた方が良いと思うよ」
その言葉にエースが不思議そうにする。
そして「話しても良いのかな」と思いながら続けた。
「エースは知ってる?反政府組織の革命軍に『サボ』っていう参謀の青年がいるの」
「……………は?」
「偶然かもしれないけどね?エースの親友の子がどういった経緯で亡くなったかは知らないけど………そのサボって人は私達と同い年で───幼い頃、革命軍総大将ドラゴンによって東の海で拾われたそうよ」
エースからその名前を聞いて処刑の日まで、念の為調べていたのだ。
サボという名前は南の海ならともかく東の海では珍しい名だ。おまけに私達と同じ年齢だとすれば、可能性を疑いたくもなる。
「エースもこれは知っているよね?ルフィの実父がドラゴンで、彼の故郷がドーン島であることを。故郷への里帰りの途中、何らかのきっかけで彼を拾ったとか………って、ごめん。そんなの都合が良すぎるよね」
「いや…………」
エースが茫然とした様子で呟く。
そして続けて、私に聞いてきた。
「…………なあ、アン。その革命軍のサボって奴の顔は知ってるか?」
「海軍に保管されている映像記録で見たことがあるよ。金髪で左目の辺りに火傷がある。それからシルクハットを被っていて、鉄パイプみたいな武器で戦っていた」
だからサボって名前は止めた方が良いかもしれない。
親友の子でないとしても、革命軍の参謀と同じ名前にしたら色々とややこしいことが起きるだろう。
そう思って答えれば、エースはいよいよ動かなくなった。
え、ど、どうした?
立ち尽くすエースに困惑し、自分が余計なことを言ってしまったかもしれないと今更後悔する。流石に亡くなった親友について土足で踏み込むのはやり過ぎた。
すると待っていても来ない私達に不思議に思ったのか、レイリーさんやシャッキーさん、ハチさんがやって来てしまった。
「どうしたんだい?喧嘩か?」
「あ、レイリーさん。私がエースに余計なことを言ったかもしれなくて………ご、ごめん!エース!私すごくデリカシーがなかった!本当にごめん!」
慌てて謝るが、エースは俯いたまま動かない。
しかし次の瞬間、彼は私の首に抱き付いた。耳元でぐすりと鼻をすする音が聞こえる。
な、泣いてる………。
「ご、ごめんねエース!わー!ごめん!お姉ちゃん本当にデリカシーなかった!お願いだから泣かないで!」
「泣いてねえよ………」
「うん!分かった!泣いてないよね!ごめん!」
申し訳なくてエースの背中をトントンと叩いてやる。
これなら一発殴られた方がマシだ!
しかし彼は「ありがとう」と繰り返し何度も呟く。
こっそりと見たエースの顔は涙に濡れて笑っていた。
そしてそれを見たレイリーさんが「戯れているだけか」と微笑ましそうにこぼした。
◇
それから一ヶ月後。
私達は今、民間の輸送船に乗っていた。
そしてその甲板の上で、私は髪を白髪に染めたエースにこんこんと説教していた。
「あのね、いくら海賊達から奴隷を逃がそうと思っても、いきなり奴隷の人達に鍵を渡すのは良くないと思うよ?パニックになって皆散り散りに逃げちゃったじゃない」
「じゃあどうやって助けりゃ良かったんだよ」
「まず海賊船の通信手段を絶った後、頭である船長を昏倒。その後犯罪奴隷ではない奴隷の人達から順に解放し近くに待機する船に乗船させる。その間エースには他の船員を制圧してもらって……って、聞いてる?」
「おう、聞いてる」
返事だけは良いな………。
あれから私とエースは、彼の親友らしい革命軍のサボとコンタクトを取るため様々な島を行き来していた。
勿論そう簡単に革命軍の参謀と会えるわけもなく、潜伏しているらしい島に立ち寄っては探してみるのだけれど………大抵革命軍がいると噂される島は治安が悪く海賊が蔓延っているため、エースとともに問題解決したりしなかったりしているのだ。
前の島も革命軍がいるかもと行ってみれば、島全体が海賊達の縄張りになっており島民が人間屋に売買されているという治安が終わった島だった。
激怒したエースと共に奴隷を解放したり、海賊を討伐したり、事後処理をしたり、民間の奴隷保護組織に連絡したり、近くの島から船をチャーターしたり………とあまり海兵時代と変わらない、むしろそれ以上に過酷な日々を送っていたりするが、双子の弟の処刑を乗り越えた身としては「まあ、こんなこともあるか」と構えられる。
(本当はもっと静かにのんびり旅をしたかったんだけど………)
特に旅の目的はないし、それならばエースにとことん付き合おうと思ったのだ。
「ていうか、もうそろそろ島に着くんじゃねえか?今の内に葉書用意しとかねえと。船の売店で買ってくるぞ?」
「あ、お願いするね」
なんか良い感じに逃げられた気もしなくはないが、手元の葉書がもう無いのも事実だった。
実はニュース・クーのカモメ(ジョナサン君)を勝手に買収してエースは白髭に、私はレイリーさんやコルボ山のダダンさんに時折葉書を送っている。
勿論差出人名は書かないが、返信の手紙が返ってくるあたり皆誰からの葉書か分かってくれているだろう。
エースのいなくなった輸送船の甲板でぼんやりと海を眺める。
そしてふと手元にある世経を取り出した。
紙面の一面には白髭エドワード・ニューゲートの引退と白髭海賊団の解散について。また解散した海賊達からなる新たな組織の誕生が書かれていた。
するとその時、つんつんと服の袖を引っ張られた。
下を見れば幼い女の子が不思議そうに私を見ている。
「どうしたの?」
この船は民間人も乗っているのだ。
その内の一人だろうなと思って、片膝をついて女の子に目線を合わせれば、その子は「ん!」と新聞を指差した。
「おねえちゃんもアン大佐が好きなの?」
指差す方に視線をやれば、紙面の隅に一つの記事が載っている。
『モンキー・D・アンの墓地建設の募金活動について』
海賊王の子供であるため政府からお墓は作られなかったが、一部の市井の人達が動いてくれてお墓を作ってくれるらしい。
「わたしもね、ちょっとだけだけど募金したよ!わたしね、前にこわい海賊からアン大佐に助けてもらったことがあって、アン大佐が大好きなんだ!」
「…………そうなんだね。でもね、アン大佐は海賊王の子供だから、あんまり好きとか言わない方が良いんじゃないかな?」
その言葉に嬉しくなるものの、余計なトラブルを生むかもしれないし、海賊王を憎んでいる人からすれば面白くないだろう。
すると彼女は一瞬ぽかんとした後、口をムッと結んだ。
そして怒ったように顔を赤くして、そのまま立ち去っていく。
(怒らせちゃった………)
苦笑しながら女の子の後ろ姿を眺める。
しかし彼女はくるりと振り返り、私に向かって大声で叫んだ。
「関係ないもん!アン大佐が悪い人の子どもでも関係ないもん!───だってアン大佐は、世界で一番かっこいい海兵さんなんだから!」
女の子が、そのまま走って船の中へ逃げていく。
その言葉がどれほど神聖で、私を救うのかも知らずに。
するとその子と入れ違うようにエースが戻ってきた。
葉書を数枚掲げながら笑みを浮かべてやって来る。その様子を見るに、先程の女の子の言葉を聞いていたのだろう。
「…………何かな?」
「いや、何でも。世界一かっこいい海兵さん?」
エースの腕をばしりと叩く。
その腕にはもう親友の信念が表されたタトゥーは除去されていた。
そこでふと水平線の彼方から島が見えたのに気付く。
今回立ち寄るのは、数年前に赤髪海賊団によって滅亡させられた島で、次の島に行くための中継地点として立ち寄るのだ。
あのシャンクスさんがそんなことをするとは思えなかったけれど、やはり海賊なのだから知らないだけでそういう一面があるのかもしれない。
輸送船が波を悠々と掻き分けて進んでいく。
ニュース・クーのカモメが手紙を持って、船にやって来るのに気付いた。
完結となります。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
エースとアンのサボを探す旅はまだまだ続いていきます。