ベル・クラネルは冒険者となって日が浅い。駆け出しとも言える。
数ヶ月前までは手に握るものはナイフではなく鍬で怪物を相手に振るうのではなく、土を耕していた。
祖父の遺言に従って迷宮都市へと赴き、初めて握るナイフを我流で振るって怪物を倒していた。
我流……ベル・クラネルは戦い方は殆ど自己流である。怪物相手に自分でやりやすいように矯正していき、手探りで己にあった動き方を模索するそんな戦い方。
それが変わったのはつい最近のことだ。迷宮で出会った全身鎧を纏う尋常ならざる気配を漂わせた師匠と呼べる人物のお陰で。
あの人物との鍛錬ははっきり言って拷問すら生ぬるいと呼べるべき苛烈なものだ。
しかし、それのお陰でベルは駆け出しの頃とは比べるまでもなく戦闘技術が向上している。
───右斜め上から引っ掻き
身体を僅かに逸らして躱す。
───左斜め下からの切り上げ
足裏をウォーシャドウの手首部分に押し当て、勢いを殺させて顎下からナイフを突き刺して仕留める。
───後ろからの飛びかかり
しゃがむことで真上を通過させ、がら空きの胴体に掌を向けて───
「『ファイアボルト』!」
魔力を変換し、炎と雷の混じった球体がコボルトの魔石ごとぶち抜いた。
「シッ!」
短く呼吸し全力で地面を踏みしめる。迷宮の天井スレスレまで跳躍したベルは眼下に立ち並ぶ怪物たちへ素早く目配せを行った。
ベルトから下げていた短杖は跳躍と同時に引き抜いており、素早くそれを振るうことで複数の複雑な紋章が空中へ浮かび上がり、魔力が結晶化した礫がそれなりの速さで射出。
ロックオンされた怪物たちへ飛来し、胴体や顔面を砕く。
「ハアッ!!」
天井を蹴ることで瞬時に最高速度で到達し、弾丸のごとく打ち出してすれ違いざまに進路にいた怪物たちを切り裂く。
「…………ふぅ」
残心を解いて立ち上がり、振り返ると迷宮の通路上に散らばる魔石とドロップアイテムの数々が目に映る。
ベルは自分が強くなっている実感をヒシヒシと感じ、小さく拳を握りしめて口の中でヨシッと呟いた。
ベルが
もう1つは相手の強みを出させず、ひたすらに先手を取り続ける戦い方だ。
ベルは非力だ。得物もそうだが、体格が貧弱であり先ずまともに怪物と真正面から戦っても勝つことはできない。故に持ち前のすばしっこさとナイフの振りの速さで相手の出鼻を挫き、懐へ飛び込み攻め続ける。
未だに動きに粗は目立つが、鍛錬の甲斐もあり少し前ならば肩で息をするような激闘も多少息が乱れる程度にまで最適化ができていた。
加えて魔法という新たな力も手に入れたことでベルの手札は増えており、超短文詠唱のファイアボルトや無詠唱で発動可能な輝石の礫は貴重な遠距離攻撃である。
「うん、確かに強くなってる!」
まだまだ理想には程遠い。けれど、ゆっくりと着実に歩んでいることは確かにベル・クラネルは自身となっている。
「……リリ、どうしてるかな」
不意に胸中に過ぎるのはサポーターの少女だった。田舎育ちのベルにはあの少女のその顔の裏にどんな秘密があるのかは分からない。けれど、薄ぼんやりとだが何かがあるのだと察していた。
「はぁ、ダメダメだな僕は。強くなっても人との関わりは難しいや」
鬱屈とした溜息を零し、ベルはそれを振り払うようにして迷宮を進む。
足を動かす中で襲ってくる怪物を撃破しつついると、不意に洞窟の色が変わったことに気がついた。
「……あちゃあ、考え事しすぎたかな」
気がつけばベルは自分が迷宮の5階層どころか一段下の6階層に踏み込んでいたことを知り、やらかしたと頭を搔く。
既に魔法を得た高揚感は失せており、時間もいいところだと判断した。
「少し休憩したら帰ろう」
幸いにも開けた場所にいた為、ベルは以前にリリから教えられていち迷宮の壁に傷をつけて怪物が新しく湧かないようにすると壁に背を預けてゆっくりと座り込む。
ポーチから水筒を取りだし、体温でぬるくなった水を嚥下して乾きを潤して小腹満たしにクッキーとパンの中間のような乾いたブロック状の携帯食料を取り出して頬張った。
「…………あんまし美味しくないなぁ」
冒険者のために日持ちすることととにかく素早く栄養補給を行えることを主眼にしている為に、味は二の次三の次となっているせいかベルは眉根を寄せて手早く食べ終える。
手に着いたカスを払い、少しの間ベルは天井を見上げると目を閉じた。
数分そうしていたが、不意にベルは姿勢を変えて自分が下ってきた方向を睨みつける。
その手は鞘に収まっているナイフを何時でも抜けるように配置しており、1秒2秒とベルは静かに息を殺して時を待った。
───そして、暗がりの中から複数の影が現れる。
それは3頭の白い狼だった。しかし、その体毛は淡く光を放っており怪物というには余りにも浮世離れした雰囲気を纏っていたのだ。
加えて、その瞳には敵意はなく寧ろベルを見つけたことで喜ばしい感情が宿っており、流石のベルもこれには面を食らう。
迷宮にいる怪物というのはどれもこれも人間を見たらどれだけ愛くるしい見た目でも、即座に目を血走らせてヨダレを垂れ流しに殺意を滾らせぶっ殺しにかかってくるのが常識だ。
だのに、目の前の狼たちはその逆でその尻尾を揺らしてスキップを踏むようにしてベルに近づいてくるのだ。
「えーと…………」
『わふっ』
戦うか迷っていると、3頭いる中でリーダー格らしき狼がベルの前でお座りを行うと咥えていた包みを地面へおろす。
それを見てベルは首を傾げるが、その狼は鼻先でその包みを押し込んだ。
「受け取れってこと?」
『わう』
ベルの問いかけに狼は肯定のひと鳴き。ベルは躊躇いがちにナイフから手を離すとその包みの封を解く。
解かれた中には箱があり、それを手に取って蓋を開けると中には夜食のサンドイッチ等が入っていた。
「……ひょっとして君たちって師匠の使い?」
『わぉ』
『くぅん』
『うぉふ』
問いかけに3頭は鳴き、ベルは呆気にとられたが僅かに頬を緩ませるとサンドイッチのひとつを手に取って1口頬張る。
「うん、美味しい。君たちもありがとう。多分、僕のお守りを頼まれたんだよね?」
『わう』
「師匠ってなんでもありだなぁ」
サンドイッチを頬張りながらベルは近くに寝そべっていた狼を撫でてみた。
「ふわっふわだ」
さらさらとしな手触りながらも柔らかく、ふわふわで顔を埋めたら最高ではなかろうか? とベルは思う。
「…………あー、最高」
『(まぁ、許したるという顔)』
サンドイッチを食べ終えたベルは誘惑に駆られて狼の腹へと顔を埋めると、まるで探索終わりにキンキンに冷えたエールを一気飲みした冒険者のようなダミ声でベルは呟いた。
この奇行に狼は主人の弟子だからこれくらいなら許すかのようにして自由にさせることにする。
そうしていると────
「リヴェリア、ふわふわだよ」
「はぁ、何をしているんだアイズ……」
「へぁ?」
いつの間にか少女が狼をもふっており、それを後ろから呆れたように見つめているエルフの保護者らしき女性がいたのだ。
流石に予想外すぎる事態にベルから間の抜けた声が漏れ、顔をあげるとそこにはわしゃわしゃと狼のお腹を撫でる
「「…………」」
そして互いに目が合う。
「わ……」
「……わ?」
「わっっっしょぉぉおおい!!!?」
「!?」
叫ぶベル、仰天するアイズ。なんだなんだと顔をあげる狼たち。
即座にクラウチングスタートの体勢を取ったベルはその場から走り去るのだった。
『『『…………』』』
「「…………」」
置いてけぼりにされた3頭と2人は暫しの間顔を見合せ、徐に立ち上がる。
『わう』
「あ、ごめん」
アイズがもふっていた狼が鳴くと手を離し、立ち上がった狼たちはそれぞれ2人に頭を下げると逃げ去っていったベルを追いかけるのだった。
「…………ふっ」
「笑わないで」
残された2人のうち、リヴェリアが堪らず吹き出すと憤慨した様子のアイズが抗議するがその背中は僅かに哀愁が漂っているようにも見えるのだった。
じゃ、失踪するから・・・・
ラニ様を出す?
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出す
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出さない
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イマジナリーラニ様なら居るだろバカ