師匠の娘に告白されたけどロリコンじゃないからヘーキ 作:世嗣
愛はお互いを見つめ合うことではなく、ともに同じ方向を見つめることである。
―――サン=テグジュペリ。
「エルクさん! デートをしましょう!」
「えぇ~~~~~?」
「なんでちょっといやそうなんですか!」
ALO。いつものように学校から帰ってきて、いつものようにゲームにログインしたエルクを待っていたのはユイだった。
彼女はエルクの根城にしている新生アインクラッドの15層の貸し部屋の扉の前で待っていたらしく、エルクのことを見つけると嬉しそうに駆け寄って来た。
キリトの方はいいのかと聞けば、今キリトは明日までのレポートに取り掛かるのに忙しくてゲームなどしている暇はないのだとか。
「それで、何がしたいんだって?」
とりあえず自室に招いてココアを淹れてやってから、部屋に一つしかない椅子にユイを座らせる。
自分は安物のコーヒーを淹れて、仮初の喉の渇きを潤しつつ、これまた安っぽいベッドに腰かける。
「だからデートです! デート!」
「デート、ねぇ……」
「なんでそんなにいやそうなんですか」
「嫌ではないけどさ……」
「エルクさん、私が『恋』を知るのを手伝ってくれるって言ったじゃないですか」
ぬらりくらりと煮え切らない相槌を打つエルクを、ユイがじとーっと睨む。
どことなく子どもっぽさもありつつも、圧を感じる視線にエルクが言い訳がましく口を開く。
「いやそれはそうなんだけどさ、ほら、外だと人の目とかもあるしさ……勘違いされたらあれだし……」
「勘違い?」
「ほら、俺たちが付き合ってるって思われたら、こう、な?」
「勘違いって、私たち付き合ってるんだから問題ないですよね?」
「知り合いとかにあったら、やばいって言うかさ」
「今日パパはレポートがあるのでログインしてきません。エルクさんが心配するような事態にはならないと思われます」
それとも、とユイが目を伏せる。
「ごめいわく、だったでしょうか。エルクさんは私なんかがこうして会いに来るのは……」
「あー、いやいやそうじゃないよ! むしろこうしてユイちゃんが俺を信頼してくれるのは嬉しいけど」
うーん、とエルクが唸る。
頭で巡らせるのはユイと一目につく場所に行くことで起きる自分の危険性。
今年で16歳の自分と、容姿的には小学生ほどのユイと出かける自分。
エルクの髪は赤く、ユイの髪は黒い。容姿的には全く似ていないが、しかしALOのアバターはランダムで作成されることを思うと、一緒にいてもそこまで違和感を持たれることはないだろう。
おそらくユイの実態を知らない知り合いと会わなければ、エルクを師匠の娘に手を出しているロリコンであると分かる人などいないだろう。
いや、そもそもエルクはロリコンではないのだけれど。
(まあ、俺はユイちゃんに力を貸すことを決めたんだ。それを断るのは、違うか)
結局はそう結論付けて、エルクはぽりぽりと頬をかいた。
「ま、確かにせっかく付き合ってるんだしデートくらいはしなきゃね。
ユイちゃん、どこか行きたいところはある?」
エルクがそう言うとユイの表情がぱあっと明るくなった。
嬉しくて仕方ない!ということを全身で表現して、とたとたとエルクに走りよるとエルクの手を握って、ぶんぶんと振る。
「じぇ、じゃあ王都アルンがいいです! 一度お買い物をしてみたかったんです!」
「王都アルンか。それならアインクラッドの転移門じゃいけないから、空を飛ばなきゃいけないけど、ユイちゃんは……」
エルクがユイの姿を上から下までしげしげと見つめる。
彼女はいつもと同じ真っ白のワンピースの人っぽい姿。その姿ではエルクのように羽を出して飛ぶようなことはできなさそうだが。
が、エルクがその疑問を口に出す前に、ユイはその場でくるりと回る。
すると、しゃらり、と鈴のような音と共に黒髪がなびき、次の瞬間にはユイの身体はいつもの子どもサイズから、エルクの手に収まってしまうような
彼女はそのまま空中で軽く羽を動かすと、そうするのが当たり前のようにエルク胸ポケットに入ってしまう。
「さあ、いきましょうエルクさん!」
そして、目をきらきらと輝かせながらエルクを見上げた。
「ふふ、はいはい、お姫様。じゃあ、振り落とされないように気をつけてね」
その子供っぽい姿にエルクは少しだけ笑って、ユイの頭を指先で撫でると王都アルンを目指して、部屋を後にした。
ALOにある新生アインクラッドは、大地に根ざした妖精たちの国の上の空を浮かぶ鋼鉄の城である。
アインクラッドは現状のALOの更新されるエリアの最前線であり、それ故に発展もしておりプレイヤーも多い。
エルクやキリトは旧SAOを生き残ったプレイヤー、俗にいうSAO
八種族の妖精たちの各種首都は言わずもがな、世界の中心にある『世界樹』のふもとにある『王都』。
種族問わず様々な妖精が集まり、交流、交易をおこなう場所。
それが、『王都アルン』である。
「わー!」
そんな王都アルンに足を踏み入れたユイは、その人の行き交いに目を輝かせた。
世界樹につながる大通りには夕方という時間もあってか、多くのプレイヤーがログインしており、ちょっとした賑わいを見せていた。
道に立ち並ぶのは、王道の鍛冶屋、道具屋をはじめとして、プレイヤーメイドらしき商品を並べる露店商、占いスキルを上げてバフをかけれるようになったらしい
その一つ一つに目を輝かせるユイが、エルクの方を振り向く。
「人がいっぱいですよエルクさん! それにお店も!」
「王都だからねえ。初めてってわけでもないんだろう?」
「この人型のサイズでは初めてです。普段はほら、さっきみたいにナビゲーションピクシーのサイズになるので」
「ああ、なるほど」
たしかに、キリトのマイホームである『森の家』以外だと、ユイはいつもあのような小さなサイズでいることが多かったように思う。
告白された時もそうだったが、エルクといるときのユイは通常の子どものサイズでいることが多かったため忘れていたが、どちらかというとユイはALOではピクシーの姿の方が本来の姿だったはずだ。
「でも、俺といるときはユイちゃんはピクシーよりもそっちの姿でいることが多いよね。何か理由があるの?」
「そうですね。普段はパパの頭やポケットにいることが多いのと、純粋に飛べるのでピクシーの姿でいることも多いですが……」
そこまで言いかけて、ユイはエルクのもとまで走ってくるとエルクの腕を抱くように自然に指を絡めて手を繋いだ。
「この姿じゃないと、こうして手が繋げませんもんね」
あまりに自然に距離を詰められて少し面食らったエルクを尻目に、ふふ、と小悪魔のようなかわいらしさで微笑んで見せる。
「えへ、恋人つなぎです」
「……したたかだね。それもママ?」
「はい!」
なるほど、どうやら随分多くのことをユイは母親のアスナから学んでいるらしかった。
その後、二人は手を繋いでぶらぶらと王都アルンを巡った。
ユイは見るものが何でも面白いようで、手を繋いだエルクの名を呼んでいろんなところに連れて行った。
プレイヤーメイドのアクセサリを見比べて、似合うかどうかを試してみたり。
NPCの大道芸人が器用に短剣をジャグリングするのを眺めたり。
本屋に寄って、エルクがどんな本を読むのかだとか、自分が好きな本を教えてくれたり。
現実の企業とのコラボ商品として売り出されていた、冷凍みかんが練りこまれた不思議なドーナツを買って食べてみたり、店の一つの商品を物欲しげに見て「どれが好きか」なんて話をしたり。
王都アルンの世界樹の向こうに沈みゆく、巨大な橙の火の玉を見て、安らいだように目を細めたり。
別段、大したことでもない、エルクとじゃなくてもできたようなことをやって、ユイは楽しそうに、笑っていた。
「どう? 『恋』がどういうものか、今日で何かわかった?」
しばらく王都を巡ったので、ベンチに座って休憩しつつ、エルクはユイへと語りかける。
ユイの頼みで、ベンチに座っても手は繋いだまま。指もまた、最初のように絡めたままだ。
「うーん、そうですねぇ」
ユイは目線を上に向けつつ少し考え込むそぶりを見せる。
「アクセサリはきれいでした。大道芸人さんの技術はNPCということ理解していても、素晴らしいものでした。本屋さんでオブジェクト化されたものを触るのも面白かったです。ドーナツはママの作るものと違って新鮮でした。
どれも私に未知の情報を与えてくれて、それ故に今の私の主観情報は『楽しい』という状態にあると思います」
ですが、とユイが父のキリトによく似た苦笑を浮かべる。
「これが『恋』に起因する楽しさなのかは、よくわかりませんでした」
「そっか。それは残念だったね」
「はい……。やはり実験するにあたっては一回だけではだめなのかもしれません。
それに条件付けを色々変えたりしなければ有用な『恋』のデータが取れたとは言えないでしょう」
ややうつむきがちに答えるユイ。
どうやらエルクの『恋人』としての役目は、今日でお役目御免、というわけにはいかなさそうだった。
「ということは、今日の『デート』はユイちゃんにとってはあんまり収穫はなしかぁ」
「ああいえ、そういうわけでもありませんよ」
へえ、とエルクが片眉を上げると、ユイはエルクの方へと微笑みを向けた。
「エルクさんのあったかさを、知れました」
ユイとつないだ手に、きゅっと力がこもるのを感じた。
「……まぁ、所詮ゲームの中の疑似的な体温だよ」
「そういうことだけじゃないですよ。手もあったかいですけど、エルクさんはそれ以外だってあったかいんです」
夕日が沈みかける。最後の太陽の名残に濃く浮かび上がった影と光が、夕焼けの中の真白の少女を彩った。
「大道芸人さんを見るときに人に呑まれないように前の方に連れて行ってくれました。
本屋さんでは私の身長では届かないところにある本を取るために、こっそり踏み台を用意してくれていました。
ドーナツを買うときは自分のものよりも、私が食べたいものを先に聞いてくれました」
「……それ、バレてたら結構カッコ悪いやつなんだけど」
「いいえ、いいえ。どれも、エルクさんのやさしい『心』が、私の『心』をあったかくしてくれたんです。
繋いだ手だけじゃない、あなたの『心』が私を温めてくれたんです」
こっそりやっているつもりだった手助けが全部バレていたのは、さすがに少し気恥ずかしい。
ややバツが悪そうに頬をかくエルクと、口元を抑えてくすくす笑うユイ。
「それに、エルクさんにとってこの世界でのことは疑似的なことかもしれませんが、私にとっては本物なんです」
「―――ゴメン、デリカシーなかったな」
「いいえ、いいえ。私が本物のエルクさんに触れられないのは事実ですから」
ふるふる、とユイが首を振った。
ユイは、人工知能である。
システムに定められたようにデータを集積し、集積したデータをもとに判断を繰り返すだけで無限に成長していく。
人のような「実体」ともいえる肉の体を持たないデータの集合体、それがユイだ。
ユイのようなトップダウン型AIは質問と回答をもとに自己判断を重ねるAIである。
それは極論、携帯の持ち主の変換履歴を記憶して、適宜推奨してくれる辞書機能と変わらないともいえる。
故に、ユイは表情のバリエーションとして、「キリトがそうするような苦笑」も、「アスナがそうするような笑顔」も低くない頻度で選択する。
何故なら、それがユイが最も情報を集積してきた二人だから。
ユイは両親と似ているところがあるとキリトの友人たちは言うだろう。キリトも、アスナも『俺たちの娘だから似ているんだ』と思うだろう。
しかし、当のユイだけは「私はAIだから、そう判断している」という答えを持っている。
血のつながりがなくても似ているからこそユイはAIなのだという、残酷な事実から、目を逸らすすべをユイは知らない。
現実での自分の不自由さを知るたびにユイは、人間とは同じものにはなれないんだと、そう思い知らされる。
でもユイは唯一、このVRMMOの世界でだけは「実体」ともいえる体を持つことができる。
人間と同じように、愛する両親と触れ合って、人と同じように目で見て、耳で聞き、鼻で感じ、舌で味わい、こうしてエルクと手を繋ぐことも、できる。
エルクにとってはVRMMOは「もうひとつの世界」でしかないが、ユイにとってはVRMMOが唯一自由でいられる「自分の世界」なのだ。
この世界にいるからこそ、自分が『心あるAI』であると思える。
そしてそんな自分が『恋』についてどういう答えが出せるのか。
それを、ユイは知りたいのだ。
「やっぱり、『恋』のことは、まだわかりません。
でも、エルクさんのことがわかれば、『心』に触れられれば、このあったかさも本物だって思えるんでしょうか」
「……どうだろうね」
ユイの質問にエルクは答えなかった。ただ曖昧な笑顔ではぐらかして、ちらっと視界の端にある時計で時間を確認した。
「ユイちゃん、そろそろ帰ろうか。もういい時間だ。いくら師匠がレポートと格闘してるって言ったって、あんまりいないと不思議に思うんじゃない?」
「もうそんな時間ですか……」
しゅん、とユイが肩を落とした。その仕草がやけに子どもっぽくて、ちょっと面白かった。
ぽん、とエルクはユイの背中を叩いて薄く笑んだ。
「また来ればいいさ。王都アルンはいつでもここにあるんだから」
「そうですね。ふふ、そうですね」
自然と「次も付き合うよ」と言っているエルクに気づいて、ユイは少しだけ頬を緩めた。
気づいているのだろうか。いや、どことなく抜けているエルクのことだから無意識かもしれない。
「じゃあもうお別れの時間ですし、手、出してください、エルクさん」
「手?」
「はい。こう、ぱーで出してくれると嬉しいです」
どういう意味かわからなかったものの、言われるがまま手を出す。
するとユイはどこからか出したのか、エルクの手の上に銀細工のブレスレットを乗せた。
「これ……」
「さっき一緒に回ったお店の一つでこっそり買ったんです。今日の思い出に、あげちゃいます」
ちゃんとつけてくださいね、とユイは子どもに言い聞かせるように指を立てた。
ブレスレットはプレイヤーメイドのものらしく、特筆して高価には見えなかったが、いくつかの効果が付与されており、何より細い銀をねじるようにして作られたブレスレットは美しかった。
まるでユイが今日の『デート』への思いが詰まっているような、そんなプレゼントだった。
「俺が、もらっていいのかな」
「エルクさんがもらってくれなかったらあげる人がいなくなっちゃいます」
「それなら、うん。もらうよ、ありがとうユイちゃん」
「いえいえ! 私のお小遣いで買ったんですから大切にしてくれなきゃだめですよ!」
「ふふ、それは大切にしないとなあ」
エルクは二、三操作して、今貰ったブレスレットを装備品の一枠に取り付ける。
そして、いつの間にか夕日が姿を消した代わりの光源となった、周囲の街頭に照らしながら、すがめてみる。
きらり、と光に反射して光る銀が、今日の思いでの代わりとなってくれそうだった。
その様子を見て、ユイが満足そうにくすくすと微笑んだ。
その笑みに、少し気恥ずかしくなったエルクは、ぽりぽりと頬をかく。
「……貰いっぱなしってのも、気持ちよくないから。じゃあこれ」
「え?」
エルクが一歩ユイに近づくと、自分より身長の低いユイの頭に手が届くようにしゃがんで、軽く髪を整えながら花を模した髪留めをつけてあげた。
「うん、君も、似合ってるよ」
「これ、エルクさん……」
「うん、さっき見まわってた時欲しそうに見てたでしょ。なんで買わないのかなと思ってたけど、俺へのプレゼントを買ってお小遣いがなくなってたからだとは思いつかなかったなぁ」
「―――!」
エルクがさら、とユイの髪と髪留めを撫でて、小さく頷いた。
きっと似合うだろうと思っていたが、思った以上に似合っている。
白いバラとそのつぼみが混ざったような髪留め。花言葉を考えても、ぴったりかもしれない。
「え、エルクさん! か、鏡! 鏡お持ちですか!?」
「ん? ああ、あるよ」
エルクがストレージから鏡をオブジェクト化して渡すと、ユイはそれで髪留めをつけた自分を見て、ほわぁ、と声を漏らした。
目は自分の黒髪と対照的な白い花の髪留めにくぎ付けになり、今日エルクが見たどんな時よりもきらきらと輝いていた。
「私、パパとママ以外の人から贈り物をもらったの初めてです……」
「そっか、それはよかった」
エルクが「子どもの頃はこういうのもらえたら嬉しいよなあ」、なんて思って少し昔を懐かしむ。
「えへ、ほんとになっちゃいました」
「ほんと?」
自分の髪を見て頬を緩めるユイの呟きをエルクが拾い上げると、ユイは元気よく答えてくれた。
「デートの最後には小さな贈り物をすると、相手もプレゼントをくれるって聞いてたんです!」
「おっと、こいつは手練れのアドバイスだな。それもアスナさんの入れ知恵?」
「いえ、これはシノンさんです。そうすると相手の日常に少しだけ自分を思い出してもらう時間を作れるよ、って」
「したたかでこえ~」
そういえばエクスキャリバーを取りに行ったときそんなことしてたな、などと思い出すエルク。
やっぱりまだ師匠のことを狙っているのだろうか、などとよからぬ心配もしてしまう。
(いや、うん。師匠の女事情については触れないに限るな。俺は自分のことで手一杯です。
師匠が刺されないことを祈ろう。もしもの時は俺も念仏くらいは唱えるので)
師匠が死ぬこと前提で考えるな。
「さて、ユイちゃん、そろそろ―――」
「あれ、ユイちゃんとエルクくん?」
不意に名前が呼ばれて、エルクがドッと汗をかいた。
何故ならエルクはその声に聞き覚えがありすぎる程に、聞き覚えがあった。
だって、この声の主はエルクが
エルクは玉のような汗をかきながら、ぎこちない笑みを浮かべた。
「あはは、お久しぶりです。こんなところで奇遇ですね、『アスナ』さん」
「ええ、こんばんは、エルクくん。ユイちゃんとはどうしてここにいるの?」
そうして、エルクは初デートの終わりに、
キリトに負けず劣らず娘を大切にしている
(え? これってもしかしてデッドエンド?)
残念ながら……。
『エルク』
しにたくない……。
『ユイ』
まだ『恋』はわからない。
『アスナ』
キリトくんに隠れて何してるの?