尽きぬ憧憬   作:なんでさ

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 遅らせながら、新年あけましておめでとうございます。
 
 年を跨いでようやっと、ぎりぎりですが、なんとか一月以内に投稿でき
 騎馬戦が難航し、随分と時間がかかってしまいました。その間にfgoが完結し型月いつものファンディスクじみたストーリーが始まったりなど、実に様々なことがあり流れた時間の長さを否応なしに感じます。
 これほどの間隔が開き、それでも拙作をお待ち頂いている方がいらっしゃるのなら、有難いと同時にとても申し訳なく思います。
 せめて、最新話がその時間に見合った物語である事を願います。
 
 


模倣者の戦い

 

 

 残り時間を僅かとし、第二種目も佳境へと差し掛かっていた。

 いずれの騎馬も全力を尽くして競技に臨み、白熱ぶりは観客の期待を裏切る事はない。

 見所はそこかしこにあり、どれも見逃し難いものばかりだが、その中でもやはり、一際目を惹く勝負というものは出てくる。

 

 一つは緑谷出久の騎馬をはじめとした上位三チームの三つ巴だ。

 第一種目で奇想天外な発想で一着を捥ぎ取った緑谷出久、No.2ヒーロー『エンデヴァー』の息子にして圧倒的な実力を見せつけた轟焦凍、その彼にも引けを取らぬほどのセンスを光らせる爆豪勝己。

 この注目必至の三名が率いる三つの騎馬による1000万の鉢巻を巡る攻防は、これ以上ないほどに人々を熱狂させている。

 実際、激しく騎馬同士が交差し各々の“個性”が派手に散る様は、至極のエンターテイメントだ。

 実質的な一位争いということもあり、そこに人々の視線が集中するのは自然と言える。

 

 その一方で、彼らほどの注目は集めていないが、一般の観客よりプロヒーローから向けられる視線が多い集団があった。

 峰田実と、拳藤一佳、物間寧人の三名が率いるチームの攻防だ。

 巨拳が騎手を守る二刀を携えた少年へと振るわれ、その隙にもう一方の騎馬が畳み掛ける。

 場所を変え、立ち位置を変え、まるでよく練られた舞踏の様に、クルクルと交差する三者。

 

 彼らの戦いは、一般の観客はもとより現役のプロヒーローをしても見応えのあるものだった。

 増強型に類される"個性"を有する少女が、質量と膂力による強力無比な拳を的確に振るう様は、豪快でありつつも確かな積み重ねを感じさせる。

 もう一方のB組生徒も、鋭い観察眼によって目まぐるしく変化する戦況を見極め、僅かな隙に相対する騎馬への攻撃を確実に挟んでいる。

 そして、騎手あらざる身でありながら、それら二騎を二振りの短剣で以って迎え撃つ生徒も、また同様に凄まじい。

 三者三様の戦法で、一進一退の戦いが繰り広げられている。

 観客の多くは、この拮抗が試合終了まで続くと、そう考えていた。だが――

 

「はぁああああああああああっ!!!!」

「づぅ――!」

 

 打ち込まれる拳に、呻きを上げる少年。

 当初こそ互角の打ち合いを見せていた二人だが、今や衛宮士郎は少女の猛攻を凌ぎきれず、ここに来てその守りを徐々に破られつつあった。

 少女の腕が振るわれるたびに拳圧が彼を襲い、一撃を受け流すたびに剣を通して衝撃が彼の体を走る。

 少しずつ傾く均衡は、しかし当然の帰結であった。

 いかに衛宮士郎が優れた剣技を有し見事な立ち回りを為してみせたとしても、それで彼の不利が覆るわけではない。接近戦において、"個性"を十全に扱う少女と技量でのみ打ち合う士郎とでは、そもそもの地力が違う。

 両者の戦いが削り合いの様相となった時点で、彼の劣勢は避けられぬものとなった。

 

 無論、二対一の状況で"個性"を直接攻撃に使わず、"個性"で襲いかかってくる二者を相手取り凌ぐ力量は確かに驚異的ではある。

 しかし、同時にそれが限界だ。

 武術とは、人間には降しえない人間以上の存在に抗うために人々が磨き上げた術だが、それだけで凌駕できるのなら"異能"は"異能"と呼ばれない。

 生半な技術、半端な策略では覆せぬからこその"個性"であり、“超常”なのだ。

 超人社会全盛のこの時代、時代錯誤も甚だしい剣術だけで"個性"保有者の猛攻をここまで耐え切ってきただけでも賞賛に値するだろう。

 

 だが、それもここまで。

 いずれにせよ、形勢は完全に決したと見ていい。

 圧倒され、もはやギリギリで少女の拳を受け流す少年の守りが砕かれるのは時間の問題だ。

 

 ……なのに、なんで崩しきれない……!

 

 自身の優位とは裏腹に、少女――拳藤一佳の心は不可解の一字で埋め尽くされていた。

 現状、優勢なのは確実に彼女の方だ。

 膨大な質量と膂力に物を言わせた拳撃は、一打ごとに対峙する少年の体力を削っている。

 拳への対応は既に限界を見せており、堅牢であった防壁はもはや穴だらけだ。

 

――だというのに、彼女はいまだに鉢巻を奪えていない。

 

 攻め手は常に少女。

 高速で繰り出される拳に晒される衛宮士郎は防戦を強いられ、攻勢に出る事が出来ない。

 拳を受け流す剣は辛うじて間に合っているに過ぎず、拳と剣を打ち合わせれば打ち合わせるほど、衛宮士郎から余力を奪い去っている。

 本来なら、今頃は鉢巻を奪い取っていなければおかしい。

 とうに限界、これ以上彼女との攻防に付き合えるはずなどないというのに、なおも決着がつかない。

 

――いや、それ以前に。

 

 限界、というのであれば、拳藤一佳は随分前から衛宮士郎の限界を見ている。

 未熟とはいえ、彼女もまた武術というものを身につけている。ここまで拳を交えてきた相手の変化を見極める事なぞ容易い事だ。

 当然、相手が振るう剣の冴えが翳りを見せて、それに気付かぬはずがない。

 

 二分前は、僅かながらに鈍ってきた剣閃に、少年の余力が尽きかけていると察し、

 

 一分前には、微かに隙を見せ始めた守りに、これ以上の抵抗は無いと見て、

 

 

――その想像を超えて、なおも崩れぬ衛宮士郎の防壁。

 

 

 不可解だ、不可解であろう。

 剣を握る力すら危うく、今にも得物を取り落としてしまいそうなのに、力も速度も及ばない敵に喰らい付いている、非現実的な光景。

 少女は、何度も何度も、この戦いの決着を予見している。

 相手が拳を流しきれず体勢を崩した時。相手が拳の到達に間に合わぬ位置に剣を振るってしまった時。相手が埋めきれない速度差に手数で翻弄された時。

 決着に至りうる瞬間は確かにあり、それを逃す愚を拳藤一佳という少女は犯さない。

 ならばこそ、その隙を衛宮士郎が晒してしまった時点で彼女の勝利は揺るがず――何故か、それすらも凌がれている。

 

「……っ!」

 

 無論、それらは紙一重の対応だ。

 コンマ一秒でも遅れたら、確実に少女の拳に捉えられるほど寸前での事。

 そうやって防いだところで、無理な姿勢のまま拳を受け流した衛宮士郎に体勢を整え直す暇などない。結局、また無理な姿勢のまま拳を迎え撃つことになり、新たな隙が生まれる。

 初めは小さな空白だとしても、それは様々な要因によって無視できない風穴となる。筋肉の凝固、重心のブレ、僅かな呼吸の合間すら、今の少年には看過し難い破綻であろう。

 本来なら、決して長続きするものではない。精々、一度や二度、拳の直撃を逸らすのが関の山。

 それ以上は、持ち堪えられず崩壊する。

 

 ……だから、それが一度や二度の事であったなら、彼女はなんの疑問も抱かなかっただろう。

 追い詰められてなお首の皮一枚繋げて見せた相手に賞賛の念を抱き、今度こそはと意気込むだけだっただろう。

 しかし、限界寸前の少年が防いだ拳撃は三度、四度、五度、六度と続き、拳と剣の交差は未だ際限なく繰り返されている。

 

 あるいは、もしこれが一騎打ちであったなら、まだ動じることなく戦えたかもしれない。

 もとより、技量では劣っていると理解していた相手。

 ならばこそ、そういう事もあるかもしれないと、理解はともかく納得はできたかもしれない。

 

――だが、これは決して、尋常な一騎打ちの勝負などではない。

 

 衛宮士郎とそのチームメイトが相手にするのは拳藤一佳の騎馬であり、同じ獲物を狙うもう一方のB組の騎馬であり――さらには、たまさか遭遇した他の騎馬も含まれている。

 三者が入り乱れるほど激しい争いともなれば、交戦位置の移動は当然に生じる変化で、その先々で別のチームが襲ってくるのも自然な事だ。

 必然的に、三騎の中で最も高い得点を有する騎馬に狙いが集中し――それら全てを、衛宮士郎は捌いている。

 

 ……こんなこと……っ

 

 目の前の現実を、繰り返される光景を、少女は声を出して否定したかった。

 有り得ない、と。

 少女達の相手で精一杯の敵が何故、他の騎馬まで相手にできると言うのか。

 チームメイトの協力があってこそのものではあるのだろう。周囲を警戒し、二刀を振るう少年が最適な行動を実行できる様に動く、騎馬の尽力も大きなところである事に疑いの余地はない。

 だが、それで――仲間の支えがある()()()()で、果たしてここまでやれるものなのか?

 

「……っ」

 

 相手は力尽きる寸前のはずなのに、四方八方から迫る攻撃の悉くを無意味なものにしている。

 ふざけた話だ。矛盾も甚だしい。

 いったい何処の世界に、心停止寸前で全力疾走を続けられる人間がいるというのか。

 

 ……どうなってんの……っ!

 

 何が起きているのか、何をされているのか、それすら彼女には理解できない。

 当然だ。これまで、少女の拳と真っ向から打ち合えた人間など一人もいなかった。

 過去、そして現在、彼女に伍する“個性”の保持者は確かに存在したが、その誰もが格闘戦を得意とはせず、彼女に及ぶものではなかった。

 彼女以上の技量を有し少女でありながら武芸百般を誇った“かつての友人”は、惜しい事に“個性”を持たない身であった。

 鍛錬を怠らず、研鑽を怠らなかった少女は、しかして“個性”を用いた他者との立ち合いという経験に乏しかった。

 

 だから、これが初めて。

 少女が己が“個性”と技を駆使して誰かと打ち合うのは、これが初めてだった。

 正しく、彼女にとっては未知の体験。

 故に、自身が鉢巻を奪えていない理由も、少年が今だに剣を振るえている理由も、少女には何一つとして分からず、

 

 ……いや、そんな理由<コト>どうでもいい……!

 

 自らの拳が通じない原因。少年が戦い続けられる道理。

 理解できないそれらへの疑問を、少女は忘却する。

 未だ経験浅いままではあれど、拳藤一佳という少女は聡明な人物だ。

 ここで無為な考察に集中を乱され隙を作ってしまうことの方が危険だと、理解している。

 原理も方法も二の次。

 今はただ、このままでは自身の拳が通じることはない、という認識さえ持っていればいい。

 

「いくよっ――!」

 

 呼びかけに、応答は即座の行動で以って返された。

 騎手の判断を疑わぬ、絶対の信頼。

 ならばこそ、獲物を仕留めるには全霊を懸けねばならない。

 彼女一人の力ではない。騎馬として支えてくれている友人たちの力も含めて、チームの総力で以って眼前の壁を打ち砕く。

 

「カァ―――ッ!!」

 

 踏み込みと共に放たれる正拳突き。

 向けられた騎馬は、それを後方へ飛び退く事で回避する。

 周囲の攻勢を一身に受け捌く背の友人の余力を考慮した、障子目蔵の咄嗟の判断だ。

 拳はあくまで拳。その手が届かぬ場所に移動してしまえば脅威足り得ない。

 それは確かに事実であり、彼の目論見通り拳藤一佳の打ち込みは衛宮士郎に触れることはできなかった。

 

――されど、これは騎馬戦。

 

 騎手の一撃が届かぬからといって、安全である保証など一つとてありはしない。

 

「っ――――!」

 

 刹那、衛宮士郎とそのチームメイトの目に映り込む物体。

 小さく形状もまばらな無数の"礫"が、彼らの周囲で宙を舞う。

 戦闘の余波を受けて砕けたフィールドの破片であろうそれらは、衝撃や強風によって浮かび上がったようなものではない。

 旋回し、昇降し、滞空し、様々な挙動で自在に宙を飛び交っている。

 ただの破片がなんの仕掛けも無しに動くことなど、ましてや飛行する事などあり得ず、それらに特別な機構が搭載されていない事は一見して明らかだった。

 

――故に、その現象こそは超常の発露をおいて他にない。

 

『ポルターガイスト』。

 

 拳藤一佳の騎馬を務める一人、柳レイ子が身に宿した異能の力。

 周囲に存在する物を意のままに操り、自らの得物とする"個性"である。

 あくまで物、生き物以外への作用であり、現状その許容値は平均的な高校生一人分の重量までだが、思念のみで様々な物体に物理法則を無視した機動を行わせるそれは、念動力<テレキネシス>と呼ぶに相応しい超能力の典型だ。

 ただ一人の意思によって指揮され、あらゆる角度から襲い来る無数の礫は、ただそれだけで人間を死に至らしめうる。 

 

「っ………!」

 

 障子目蔵が相手との距離を離した結果、破片は完全に彼らを囲っている。

 破片の総重量はおよそ高校生一人分――即ち、柳レイ子の許容限界。

 彼女自身に操れる最大分が生じるまで待ち、貯めに貯めた弾丸は既に狙いを定めている。

 退避などできないし、それら全てを撃ち落とすことなど、到底不可能。

 行使者はそれをこそ狙い――自滅の恐れも無くなった今、彼女が号令を下さぬ道理は無い。

 

「来るぞ――!」

 

 士郎が警告した直後、破片が放たれる。

 まるで、水中に没した動物に群がる肉食魚の様だ。

 一斉に標的に襲いかかる礫は、人体では及びもしない機動力で獲物に逃亡の余地すら残さない。

 

「……っ、おぉおおお!」

 

 喰らうわけにはいかぬと、対処に動いたのは障子目蔵。

 直前まで索敵に向けていた触腕の全てを動員、先端の形質を眼球から手掌へと変じ、周囲へ振るう。

 上下左右、あらゆる方向を薙ぐ幾本の触腕は一種の結界となり、自己を外敵から守る防壁と化す。

 長く逞しい複製腕は鞭の如くしなり、礫が近づく事を許さない。

 

「っ……!」

 

 されど、礫は微小にして無数。 

 半分以上は障子目蔵の巡らせた防御網をすり抜け、彼らの身を打ち据える。

 そもそもにして、破片に対する"個性"の作用は続いたままだ。

 どれだけ打ち落としたとしても、行使者たる少女が狙い続ける限り礫はまた襲ってくる。

 この包囲を崩したければ、行使者当人の意識を奪うか、礫そのものを無害なまでに破壊するしかない。

 前者は騎馬戦のルール上、悪質な崩し目的と捉えられかねないため実行不可だ。

 となると、後者が唯一の打開策となるが、いかに砕けて強度が下がったとはいえ、人体で打ち据えた程度で粉砕できるほどコンクリート片は脆くはない。

 当然、迎撃する目蔵の触腕ではコンクリート片を破壊することは不可能であり――ならばこそ、その役割を担うは障子目蔵にあらず。

 

「ふッ――!!」

 

 衛宮士郎が両腕を振るい、その軌跡に幾筋の銀閃が疾る。

 遠目には鈍い光にしか見えないソレらは狙い澄ました様に、飛来する礫と交差するコースをとっていた。

 不思議なのは、ソレに撃ち抜かれた礫は一つの例外もなく砕け散っていることだ。

 銀光は障子目蔵の周囲を縦横無尽に行き交い無数の破片と接触し、ただそれだけで、確かな脅威であった礫を脅威たりえぬほどに粉砕し細分化していく。

 

 その正体を、観客席から掴めた市民はいない。 

 礫に向かって宙を通り過ぎるソレらは素早く、全貌を把握するどころか、面影を捉える事すら困難だった。

 だが、銀光が閃く中心にいる衛宮士郎を正面から見据えていた少女は、自身の騎馬が放った攻撃を打ち砕くものが何なのか、その姿を確かに目にした。

 

「アレは――」

 

 虚空を斬り裂き礫を迎え撃つモノ。

 鈍い銀色の輝きを湛えたそれは、衛宮士郎の両手に握られた“剣”だった。

 特異なのはその形状か。

 刃渡りはおよそ90cmほどでありながら、柄は片手で握るのがやっとなほど短い。細美の刀身は打ち合いに到底向かぬだろう。

 十字を模ったと思しきデザインも相待って、武器というよりは儀礼用の十字架のように見える。

 衛宮士郎はそれを人差し指から小指まで、四指の間に三本を挟み込み、計六振りの短剣で襲いくる礫を斬り砕いていた。

 

「……っ」

 

 なんてやつだ、と。

 拳藤一佳のみならず彼女の騎馬達ですら目を見張った。

 あの短剣は先の双剣とあまりに違いすぎる。 

 形状のみならず重量も運用も、何一つとして類似しない別種の武器。

 あそこまで性質に差があれば、扱いに融通など利かない。求められる技術は、それこそ別次元だろう。 

 それを苦もなく操り、巧みに礫を破壊しているなど、誰が信じられよう。

 プロ野球選手が、ボウリングの達人を張っているようなものだ。

 衛宮士郎は、全く異なる二種の技術系統を同時に両立させている。

 

 ……でも、これで……!

 

 柳レイ子の"個性"はあくまで彼女の認識によって操られている。

 操る物体の量が多くなれば多くなるほど、操作は精細を欠き。彼女の認識から溢れていく。

 既に四割ほどの礫を砕かれたいま、重量が変わらずとも細分化され総量が大きくかさ増しされた破片全てを扱う事は彼女にはできない。

 包囲は、着実に破られつつある。

 

――されど、それで重畳

 

 彼女たち自身、もとよりこの攻撃を決め手とは考えていない。

 礫の包囲はあくまで牽制。

 "本命"を確実に届かせるための布石に過ぎない。

 

「……!」

 

 礫を迎撃する最中、衛宮士郎が視界の隅にその"異物"を捉える。

 数は六。

 極低空、地面スレスレを飛翔し飛び交う礫を隠れ蓑にして近づく、人の肌の様な色をした得体の知れないナニか。

 

 ……いや。

 の様な、なんてものではない。

 ソレは、色はもとよりその質感に至るまで、寸分違わず人肌そのもの。

 飛行する物体は、まさしく小さく分たれた人体の一部に相違ない。

 奇怪な飛ぶ肉の塊は、剥離したというより、くり抜かれたといった風体だ。

 人の体をスコップで掬い取りでもすれば、あんな見てくれになるのかもしれない。

 

――彼らは知らない。

  その肉片が、対峙する騎馬の一人、取蔭切奈の"個性"――『トカゲのしっぽ切り』による産物だという事を。

 

 

 ……これを待ってたんだ、わたしは。

 

 肉片の大元たる少女は、自らの思惑が今まさに実現せんとする光景にほくそ笑む。

 "トカゲのしっぽ切り"――それは分割と操作、そして再生の三つの性質からなる異能だ。

 彼女は自らの体から小さな肉片<パーツ>を分離させ、自在に操る事ができる。また、欠けた箇所は僅かな時間と共に再生し、体力の続く限りいくらでも分割・操作が可能だ。

 もっとも、乖離させたパーツに大した攻撃性はない。

 もとが人肉でしかない以上、余程の速度でもない限り、そのままぶつけてみたところで痛手にもなりはしない。精々、相手に少々の煩わしさを感じさせるだけだ。

 一見して、なんの脅威にもならない"没個性"――しかしその実、この妨害性を筆頭に様々な用途に使える応用性の高い"個性"である。

 殊更、集団戦においては最も力を発揮し、本人の立ち回りと習熟度次第であらゆる支援行動を実行できる。

 

 それは、この瞬間にも同様のことが言える。

 分離させ放ってパーツは、礫に身を隠したことで容易に敵騎馬へと接近を成功させ、二秒後には相手の足元に到達する。 

 そうして近づけた目的は敵騎馬の妨害――などではない。

 彼女の"個性"であれば、そんな回りくどい事をせずとも、もっと直截的に勝負を決することができる。

 

――詰まるところ、肉片を使った鉢巻の奪取である。

 

 礫の飽和攻撃に四苦八苦している相手の騎馬に、直下から向かってくる別の干渉に対応する余裕などない。

 触腕は礫すら捌ききれておらず、剣使いも下方から来て自らの背後にいる騎手を狙った肉片の全てを瞬時に斬り裂けはしない。

 一つか二つ、或いは彼であれば四つまでなら、一瞬で肉片を捉えることができるかもしれない。

 しかし、残る二つ。

 五つ目と六つ目までは、いくら彼でも迎撃できまい。

 

 取蔭切奈は、そう敵戦力を分析し、事実として彼女の認識は概ね的を射ている。

 二人で一人の騎馬に乗るという、極めて限定的な状況では士郎も十全に剣を振うことはできない。

 目蔵にしても、一人で騎馬役を果たしながら礫を少しでも近づけさせまいと必死だ。その上で他の事に意識を割くなど、彼の許容値を超えている。

 残る実に至っては、そもそも脅威を独力で捌けるほどの技量も能力もない。近づかれてしまえば、やたらに腕を振り回して威嚇するのが限界だ。

 足元まで接近され上昇を許した時点で、彼らに鉢巻の奪取を防ぐ手立てはない。

 

 だからこそ、取蔭切奈という少女は、この一瞬のために細心の注意を払った。

 分割及び操作可能なパーツは、何も六片が限界ではない。ただ数を増やすというだけなら、その四、五倍は扱える。

 だが、あまりに多く分割させては、相手の足元に接近させる前に気づかれてしまう。そうなっては、近づける前に迎撃されるだろう。

 騎馬役としての役割を果たせるだけの身体機能を損なわず、相手に自身の策を気づかせない最低限の数が六つだった。

 神経を尖らせた甲斐あって、事は全て彼女の想定通りに進んでいる。

 あとは、接近させた自身の肉体の一部を、鉢巻めがけて上昇させるだけ。

 それで決着。

 この、短くも長かった戦いの幕切れ。 

 熾烈な攻防は、彼女たちの勝利という形で終わる。

 

 その認識は、士郎もまた同じくしている。

 肉片が彼らの足元にある今、剣を振るっても刃を届かせる事はできず、届かせられるだけの武器に持ち替える時間もない。刀剣の射出も、今からでは間に合ないだろう。 

 今から対策を講じるのでは、絶対に間に合わない。

 取蔭切奈の狙いを封じるならば、彼女の肉体に接近される前に手を打っておかなければならない。

 

 

――故に、起死回生の策は、既にその手の内に。

 

 

「はぁ……!?」

 

 目前で起こった光景に、取蔭切奈はその笑みを消した。

 あと一歩、あと一秒で自らの策が成る、その刹那。

 衛宮士郎は自分達に迫る肉片全てに手にした剣を向け――それらを、一斉に投げ放った。

 計六振り。

 奇しくも、取蔭切奈が放ったパーツと同数の短剣は、その全てが肉片の中心を捉えて穿っていた。

 

 衛宮士郎たちが、彼女たちの能力を知らなかったように、彼女たちも知らなかった。

 衛宮士郎が握っていた六振りの短剣――『黒鍵』と呼ばれるそれは、()()こそが本来の用途であると。

 斬り合いを是とせず、重心を剣先に置き射ち貫く事を本懐とした武器。

 故に、その本質こそは”弾丸“。

 放ち穿つ事を目的として造られた短剣は、その機能を遺憾なく発揮し、少女の策を打ち砕いた。

 

「……っ!」

 

 取蔭切奈は歯噛みする。

 自らの肉体が貫かれた。それ自体は、別に構わない。

 分離させたパーツはその時点で独立した別個の存在だ。傷つけられたところで痛みはなく、形さえ保っていればいくらでも使い途はある。

 だから、問題なのは貫かれたことそのものではなく――その結果として、地面に縫い止められてしまったことだ。

 短剣は深々と突き刺さり、肉片は鍔と地面に挟まれ完全に固定されている。

 あれでは、まともに動かすこともできない。

 もし短剣の刺さりが少しでも浅いものであったなら、刃に肉片を切り裂かせて抜け出すこともできたろうに。

 

 ……あいつ、分かった上で……!

 

 衛宮士郎の対応は迅速だった。礫に体を打たれる事も気に留めず、迎撃に向けていた剣を瞬時に投擲し、少女の企みを阻止した。

 文句のつけどころの無い、完璧な対処。

 彼女らがどの様な"個性"を持ち、どう扱ってくるか、それを察知していなければあそこまで澱みなく行動できるはずがないと、取蔭切奈はそう考える。

 

 無論、勘違いだ。

 第二種目開始以降、騎手を除き彼女たちはここに至るまで"個性"を使わなかった。第一種目でも、クラスでの策として自分達の"個性"は可能な限り見せなかった。

 そうまでして手の内を秘匿していたからには、他クラスの人間が彼女たちの"個性"を知る余地はほとんど無かった。

 士郎にしても、彼女たちの手の内など予測すらしていなかった。

 意表を突いたという意味なら、取蔭切奈は間違いなく成功している。

 

――もっとも、そこから先については、その限りではない。

 

 彼女たちがどんな攻撃を行なってくるか、士郎が気づいていたかと言えば、もちろん否だ。何一つ情報の無い状況から、自身の考察のみで敵対者の戦力に予測を立てられるほど、彼の頭脳は並外れていない。

 だが同時に、彼女たちの狙いがなんであるかは、察していた。

 ここまで続いた膠着を破り、隠し続けた騎馬の”個性“を使ってきた以上、勝負を決めに来めるつもりなのだと。

 そして、礫の運用が攻撃よりも包囲――足止めに重きを置いていた事から、それが布石でしかないと、彼は読んでいた。

 でなければ、扱いに癖のある黒鍵をわざわざ迎撃に用いはしない。

 ただ礫を排除するだけなら、他にも幾つも候補がある。もっと手っ取り早く、質量の大きい武器で無理やり薙ぎ払うことだって出来た。

 投影数の制限もある中、士郎にとって黒鍵による迎撃は決して最適な手段ではない。

 

 黒鍵の真の役目は”牽制“だ。

 礫の嵐、その後に来る本命の機先を制する為、投擲による妨害が可能なものを選出し、迎撃との兼ね合いもあり黒鍵が最も都合のいい武器だった。

 話としてはそれだけの事で、取蔭切奈を驚愕させた対応も、急場凌ぎに選んだ武器がたまたま彼女の狙いを完封できるものだっただけにすぎない。

 

「……っ」

 

 偶然で自身の思惑を台無しにされた彼女にはたまったものではないだろうが、もはや結果は変えられない。

 手の内を晒してしまった以上、彼女たちの敗北は確定した。

 四人の中で最も威力の高い"個性"を持つ騎手が放つあらゆる攻撃が通じない相手を超えるため、正念場と見て仕掛けた二段構えの策は、同じ人物によってあっさりと頓挫させられた。

 先の作戦はあくまで初見だからこそ効果のあるものであり、知られてしまえば警戒され対策されてしまう。二度目はない。

 

 残る時間も僅か。

 数分間、自分達が手を尽くしてなお届かなかった相手に、それよりさらに短い時間で、どうして勝てるというのか。

 もはや打つ手は残っていないのだと、少女達は諦観を抱き――

 

「まだ――!!」

 

――なおも折れぬ騎手の闘志が、少女達を思考より先に走らせた。

 

 騎馬が前走する。

 敗北を受け入れていた弱さは、その一声で以って少女達の心から消え去る。

 自分達の力は及ばす、結末は目に見えている。ここからの足掻きは、敗退という末路をより惨めに彩るだけ。

 

――それでも、彼女たちの友人は諦めていない。 

 

 勝機など無いに等しいのは、ここまで打ち合ってきた彼女が一番分かっているというのに。

 それでも、まだやれることがあるのだと、戦意を失っていない。

 なら、進まなければ。

 彼女たちが信じた友人が、まだ諦めていないというのなら、彼女たちもまた、友人の脚となって駆けねば。

 

……そうだ、まだ終わってない!

 

 力強く敵を睨み、騎手たる少女は腕を構える。

 全力の吶喊と、全霊の拳打。

 この騎馬における、最大威力の攻撃を放つ姿勢。

 

 ――だがそれは、これまで彼女たちが幾度となく行い、ただの一度も通すことのできなかったものではなかったか?

 目の前の相手は、何度も少女の拳を受け、その全てを凌いできた。

 少女の繰り出した拳が、この敵を相手に有効打となったことなどない。

 であれば、それが今さら通じる筈がない。

 通用しなかったのには、通用しなかっただけの“理由”がある。彼女はその原因をいまだ見つけられていない。

 なら、同じことを繰り返しても結果は同じだ。

 状況は何一つとして変わらず、少女の拳が通る余地は残されていない。――ただ一つの、例外を除いて。

 

 ……今ならいける!

 

 状況は先ほどと同じ。

 僅かな間合いをあけて、相手は自然な構えのまま周囲の騎馬を迎え撃つべく待ち受けている。

 違う事があるとすれば――それは、相手が未だ剣を手にしていないという事だ。

 拳の乱打を受け流し切った双剣も、礫の弾丸を弾き砕いた短剣も、それ以外の如何なる武器も今の彼は手にしていない。

 投擲の直後、新たな武器を用意するだけの時間がないのか。それとも、少女達の動きに反応できていないのか。

 いずれにせよ、これは千載一遇の機会である。

 

 衛宮士郎が少女の拳を受けきる事ができたのは、当人の力量もあるが、何よりあの“双剣”があったからこそだ。

 本来、少女の拳はたかだか刀剣如きで防げるものではない。

 巨拳は岩塊だろうが鉄塊だろうが砕き潰すだけの威力がある。それに比べれば、1cmほどの厚みもない刃など飴細工も同然だ。

 打ち合いになれば、どれほど巧く受け流しても剣が耐えられずに折れる。

 

 そんな決まりきった結果が、あの双剣には適応されなかった。

 二刀一対。

 見惚れるほどに美しいあの白と黒の剣は、重機もかくやという彼女の膂力を受けて罅の一つも走らせずにいた。

 並の刀剣に成せるものではない。

 だからこそ、少女は理解していた。アレは間違いなく名剣――それも、宝剣と呼ばれる相応しい至高の逸品だ、と。

 それほどの剣を優れた担い手が振るうというのであれば、なるほど確かに、少女の拳と打ち合う事もできよう。

 ――だが、同時にそれは、あの双剣無くして少女の拳に抗う事はできないという事でもある。

 

 少年は無手。

 少女らの騎馬があと二歩詰めれば、騎手の腕は敵を間合いに収める。

 それまでに、相手があの双剣か、それに準ずるほどの武器を造らなければ、この戦いは少女達の勝利で幕を閉じる。

 

 ……ここしかない……!

 

 理解している。

 残り時間、自チームの手札、相手の立ち回りを考慮すれば、もう近づけさせてはくれないだろう。

 同じ手は通用しない。次は無い。二度目は無い。

 これが最後、正真正銘のラストチャンス。

 

「――――」

 

 果たして、少女の想いが通じたのか。

 衛宮士郎は動かない。彼は未だ無手で、新たな武器を造らない。

 両手をだらり、とぶら下げたまま、迫る騎馬を見据えている。

 

――それで。

  今度こそ、少女は勝利を確信した。

 

「覇ぁああああああああああっ――――!!!」

 

 咆哮をあげ、構え振るう二つの腕は少女にとって全身全霊の攻撃。

 その手は、握り拳を象ってはいない。

 掌は力の限り開かれ、五指は先端に至るまで伸ばされきっている。 

 殴打ではない、張り手でもない。

 手を開いたまま殴りつけることはできず、まっすぐに伸ばした腕は払う動作を目的としていない。

 故に、その真意は"掴み"。

 敵の鉢巻を、邪魔な障害や騎手ごと掴み奪わんとする"掌握"こそが狙いだ。

 

 決着を付けんと猛る少女の頭に、後の事などありはしない。

 不安定な足場にいながら、姿勢の維持を捨て最大まで肥大化させた両腕を全力で突き出している。企みが成功しても、その後はみっともなく騎馬を崩すだろう。

 体勢も防御も、後の一切合切を思考から弾き落とした、まさに乾坤一擲。

 この戦いに勝利すべく放つ、これが最後の攻撃である。

 

「っ……!?」

 

 自分達めがけて猛進する少女達を見て、その意図を察した障子目蔵は先の様に後方へ飛んで離脱しようとする。

 だが、それは無意味だ。

 礫にかけていた"個性"は騎手が敵を間合いに収めるまで解除されず、直前まで足止めを受けていた彼は、少女達の動きに気付くのが遅れた。

 一心不乱に前へ進む事にのみ専念した者と、直前まで静止していた者。

 どちらが速く動けるかは、論じるまでもない。

 あの巨漢が今になって後退しようと、拳藤一佳の腕はその最中に彼らを捕える。

 故に、今度こそ最後。

 悉く空を切らされた少女の手は、遂に敵へと届き――

 

「――え?」

 

 ぐん、と。

 強い勢いで、前のめりに倒れた。

 

「っ……」

 

 何が起きたのか解らない。

 何の予兆もなく、何の前触れもなく、あまりにも突拍子に、気が付けば赤褐色のコンクリートが視界一杯に広がっていて、敵を捕まえるはずだった両腕は、彼女の思考を離れて動き、両手を地面についていた。

 何一つとして現状への理解が及ばず――解る事といえば、自身が"転倒"している事だけだ。

 

「っ――――」

 

 混乱から抜け出せないまま、頭を足下へ向ける。

 そこには、先頭が転んで騎馬を崩した彼女の友人たちがいた。

 

「――――――」

 

 やはり、分からない。

 何が起きたのか、どうして自分は"落馬"する事になったのか、前騎馬を務めていた柳レイ子はどうして転けてしまったのか、彼女の足元に見える()()()()が何なのか、やはり何一つとして分からず、

 

「まだ――」

 

 それでも、ここで止まってはいけない、と。

 目的を、望みを果たしたいのなら、今すぐ立ち上がって前に進まなければならないと、彼女の身体が訴えていた。

 だから、その通りに立ちあがろうとして、

 

「――いや、ここまでだ」

 

 降り落ちた無数の剣が、少女の動きを遮った。

 

「な―――」

 

 数にして六本。

 少女達の直上、虚空より現れた刀剣は直下に放たれ、彼女たちを囲うように地面へ突き立つ。

 ちょうど、六角形の形だろうか。

 両刃の剣には鍔がなく、刃は両端をそれぞれと密着させ、内と外を完全に切り離し光すら通さない。

 刃幅は大きく、刃渡りも騎馬を組んだ少女達を優に越えていた。空を飛べるものか、よほど跳躍力に優れたものでなければ、抜け出せそうにない。

 

 誰が見ても分かる。

 六振りの剣は、ただ囲ったものを閉じ込める事のみを目的とした運用されている。

 まさしく、剣の牢獄。

 ほんの僅かな余白しかない限られた空間は、中のものに身動きする余地も、脱出する可能性も残してはいない。

 

「……っ、まだ――!」

  

 だが、少女は止まらない。

 機を逸し、唯一であったであろう勝機も失せた。

 たとえ、剣の檻から抜け出たとしても、彼女の拳が敵を捉える瞬間は、もう訪れない。

 ――それでも。それでも、少女は諦めない。

 

 閉じ込められたというのなら、剣を砕いて抜け出す。

 間に合わぬというなら、友人一人だけでも先に行ってもらうまで。

 

 それが無駄だと、意味が無いと。

 誰より本人が理解していても、止まるつもりはない――止まってはならないのだと、そう前を睨む。

 

 ……そうだ。まだ、何一つとして、終わっちゃいない……!

 

 時間はまだある。手は尽きてはいない。

 身体も動けば、心だって挫けていない。

 力も意志も残っているのなら、諦める理由は何一つとして存在せず、

 

「悪いが――」

 されど、剣の担い手はそんな少女達の決意を意に介さず、

 

「――これで終わりだ」

 

 どこまでも平静なまま、この戦いの終わりを告げた。

 

「あ――」

 

 少女達の頭上。 

 唯一、外界と繋がる剣牢の出口から、小さな無数のナニかが降り注ぐ。

 それが、先ほど前騎馬の足に取り付いていたものと同一だと気づいた時には遅かった。

 

「これ、は……っ!」

 

 落ちてきた物体は、少女達の身体をはじめ、接触したものに癒着したようにへばりついて離れない。

 引っ張ろうが地面に擦り付けようが決して外れず、むしろ、そうして新しく触れた物とまたくっつき、余計に身動きを封じていく。

 極めて粘性の高い、紫がかった黒い"球体"。

 その正体が、敵騎手の有する"個性"だと、彼女たちはようやく認識した。

 

「――切奈、抜け出せる?」

 

 騎手の少女は、もはや動かぬと理解し、唯一この場から抜け出せる"個性"を持ったチームメイトに問いかける。

 

「……いや。こっちもダメ。上を塞がれた」

 

 騎手の期待とは裏腹に、取蔭切奈は沈んだ表情で首を振る。

 彼女の言葉に釣られて上を見上げれば、自分達を拘束しているのと同じ物体が、剣牢の穴を覆っていた。

 どうも、球体同士も例外なくくっ付くらしい。

 おそらく投げ込まれた際に比較的高所で剣の刀身に触れたものへ、徐々に後から投げ込まれたものが連なり重なっていったのだろう。

 今では球体同士が樹状をなし、僅かな隙間しか残っていなかった。

 あれでは、抜け出そうにも途中で引っかかるし、すり抜けられるサイズに分割しても、そんな極小のパーツでは碌な妨害も出来ない。

 

「……レイ子は、どう? この剣、引き上げられる?」

 

 ならば、と。この状況を覆しうるもう一人の人物に声をかける。

 念力の如き"個性"のポルターガイストなら、或いは。

 

「さっきから試してる、けど……」

 

 暗がりに微かに見える、少女の表情は苦しげだった。

 その顔が、如実に伝えている。――彼女の力(ポルターガイスト)では、どうにもできないと。

 

 柳レイ子の"個性"は周囲の物体に作用し、自在に操る能力。浮かぶはずもないものを浮遊させ、鳥のように素早く飛行させることだってできる。

 しかし実のところ、"個性"の()()そのものは、さして高いものではない。

 許容値内であれば、扱う物体の重量やサイズは関係なく動かせるが、一つのものに対して出力できるエネルギーには限度がある。

 

 彼女たちを閉じ込める剣はとても人間の使用を前提としない規格外の大きさで、深々と地面に突き立っている。地上で露出している刀身も、刃渡りの半分ほどだ。

 挙げ句、剣の先端に()()でも付いているのか、引き抜こうにも異様に手応えが固く、柳レイ子が出しうる限度では引き抜けなかった。 

 そも、これほど長大で分厚い刀身を持つ剣が、果たして彼女の許容重量に収まっているものか。

 

 

「…………」

 

 友人の返答を聞き、騎手は数秒押し黙る。

 自身の淡い希望は否定された。チームメイトは、彼女の期待に応えられないと言った。

 残る一人の騎馬の個性"も、様々な要因からこの競技では使用できない。

 ならば、打つ手の無い彼女たちに代わって、この状況を打破する術を見出すのが、騎手を任された拳藤一佳の役目であり――それが出来ないからこそ、彼女は友人らに頼った。

 彼女の"個性"、拳を肥大化させ膂力を増強する"大拳"なら、剣の戒めを破壊する事は不可能ではない。

 だがそれは、拳を振るえればの話。

 降り注いだ"球体"の拘束は至る所に及んでいる。

 頬に接触したものが刀身と触れ合い繋がれ、脚と脚が絡みつき、チームの全員が組んだ騎馬ごと固定され――それらと同じように、拳藤一佳の両手も地面と結びつけられている。

 

「……っ」

 

 少女が腕に力を込めようと、黒い物体は紙一重も剥がれない。

 彼女の両腕は地面に倒れた時のまま、"個性"は維持されている――それはつまり、この"球体"の拘束力は、岩石すら砕きうる少女の膂力を上回っているということ。

 コレから抜け出そうというなら、貼り留められた地面ごと引き剥がす他ない。

 しかし、それになんの意味があるというのか。

 空間は狭く、満足な身動きもできない、そんな状態で大きな荷物まで抱えて、それで周りの剣を砕けるのか。

 ……いや、それ以前に。

 この至近距離、ほんの少し手を伸ばすだけで届いてしまうほど近くにある刀剣を破壊してしまえば、砕け散る刃の破片に斬り裂かれる事は避けられない。

 鋭い刃の欠片は散弾のように飛散し、最低でも全身に裂傷を負うだろう。散り方が悪ければ、眼球に直撃し永遠に光を失いかねない。 

 そんな可能性すらマシな方で、最悪は命に関わる。

 

 この体育祭がどれだけ重要な意義を持つ催しだとしても、こんな、単なる"祭り事"で命を賭けられるのか。

 いや、仮に自身の命を賭けることができたとしても、それでも彼女はそうしないだろう。

 

 ……そう。

 ここで失われるのが、自分の命だけだったなら、躊躇いは一瞬過ぎるだけだったかもしれない。

 だが、この第二種目は騎馬戦であり、自身のみならずチームメイトと協力して挑む競技であり、この一時、彼女は騎馬たちの全てを預かっている。

 自らが命を賭けるという事は、同時に彼女らの分まで賭け金に加える事になる。

 

――それは許容できない。

 

 彼女たちも少女と同じ考えとは限らない。

 それぞれがそれぞれに想い描く夢があり、叶えたい願いがある。それを捨ててまで、この場の勝負に拘る理由は薄い。

 ……いや。それも違う。

 たとえ、彼女たちが少女と同じ想いを懐いていたとしても。

 たとえ、彼女たちが自らの死すら恐れなかったのだとしても。

 

――こんな事で友人を傷つけ、失うような結末を、拳藤一佳は受け入れられない。

 

「……そっか」

 

 張り巡らされていた力が失われる。

 持てる全てを出し尽くした少女は、微かに入り込む陽光に目を細めながら天を見上げ、

 

「――私達の負け、か」

 

 そう、自身に言い聞かせるように、敗北を受け入れた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 落としていた双剣を障子から受け取りつつ、目の前の剣牢を見やる。

 長大で頑健な剣は四人の少女を捕らえ、その内側へと封じ込めた。

 投影した六振り全てが強度と重量に重きを置かれている。騎手の巨拳であれ、砕くには五打必要だろう。

 

 ……これ以上は無い、か。

 

 内部に動きは無い。

 峰田の"もぎもき"まで投げ込んだ以上、閉じ込められた四人は騎馬ごと拘束されているはずだ。その状態で、まともな行動などできるわけがない。 

 仮に、峰田の"個性"をどうにか避けていたとしても、脱出には相当に骨を折らねばならない。

 なにしろ、人一人がやっと満足に身体を動かせる程度の範囲だ。肥大化させた拳を振り抜けるほどの空間は残していない。念力の様な"個性"も相手を認識できなければ攻撃できないし、剣は引き抜かれないよう返しまで加えた。

 唯一、脱出しうる"分裂する個性"の生徒も、投げ込まれた"もぎもぎ"全てを躱して外に出ることはできまい。

 残る不安要素といえば、未だ"個性"を見せていない四人目だが――

 

 ……多分、使ってこない……いや、使()()()()んだろうな。

 

 緑谷みたく制御に難があるのか、上鳴の様に仲間も巻き込んでしまう類なのか、それとも単に向いていないだけなのか。

 なんにせよ、この状況でなお沈黙を保っているという事は、つまりそういう事なんだろう。 

 

 だから、彼女たちとの戦いは、先ほど剣の檻に閉じ込めた時点で決まっていて――それでも、意識の三割ほどはまだ警戒に向ける。

 戦意は萎えたように感じるが、何かの拍子に打開策を見出し、再び立ちはだかってくるかもしれない。

 

 ……随分と、時間を取られたな。

 

 あの四人は強かった。

 騎手は圧倒的な力を、決して振り回されることなく的確に振るい、騎馬はそれを汎用性の高い"個性"でさらに盤石なものとしていた。

 正攻法も搦手も備え、中距離戦にまで対応できる優れたチーム。

 その実力の高さに梃子摺り――たった一騎の騎馬を降すのに、十四振りもの剣を使わされた。

 二日前、担任から言い渡された投影の限度。

 そのうちの半数以上を、彼女たちに費やしてしまった。

 それだけ手強い相手だったし、そうしなければ勝てない相手だった。

 

 最後の最後、峰田が障子の股下から相手の騎馬の足元にうまく"もぎもぎ"投げ込んでいなければ、まだ勝負は続いていただろう。

 その点、峰田はよくやってくれたと思う。

 機会があったならなんとか拘束してほしいと、事前に示し合わせていたとはいえ、状況が整ったからといって思った通りに実行できるかは別の話。

 勝因というのなら、あの一瞬で見事に"個性"を命中させた投球<スローイング>こそが絶妙だった。

 チーム決めの段階であいつが声をかけてくれたのは、俺と障子にとっては僥倖だったと、改めて実感し、

 

「――それで。まだ続ける気か?」

 

 残ったもう一方の騎馬へ振り返り、そう告げた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 敵からの短い言葉。

 戦いを続けるのか否という問いかけに、少年――物間寧人は、冷笑で以って答えた。

 

「――何を今さら。こっちは初めから君らを墜とすつもりで来てるんだ。折角、獲物が弱ってるのにそれを逃す手はないだろう?」

 

 それが、当然の摂理だと語るかのように。

 目の前の敵を明白に嘲りながら、物間寧人は不敵に笑う。

 

「威勢の良さは変わらずか。虚勢も、そこまでいけば大したものだな」

 

 挑発に衛宮士郎はまるで動じず、眉ひとつ動かさぬまま、敵の嘲弄を斬り捨てた。

 

「……虚勢、だって?」

「違うとでも? 有効打もなく、勝ち目もない相手にさも優位に立っているように振る舞って、それが虚勢でなけりゃ何だって言うんだ」

 

 断じる声に、嘲りは感じられない。

 ただ淡々と、無機質なまでに事実を告げていた。

 

 彼ら三騎が交戦を開始してから、既に六分が経過している。

 その間、物間寧人の騎馬が士郎たちに行った攻撃は二十五度に及ぶ。しかし、彼らはそのいずれも、直撃させる事ができなかった。

 拳藤一佳や他の騎馬の対処によって生じた致命的な隙を狙っておきながら、である。

 それだけの好機があったにもかかわらず、鉢巻を奪うどころか敵に触れることすら彼らは出来なかった。

 それは、両者の実力に埋めようのない隔絶が存在する事を示していた。

 

「これ以上、俺たちに拘る必要はないだろ。決勝に進みたいなら、今からでも他の騎馬の鉢巻を集める方が確実だと思うんだが」

「それこそ非合理だろう。目の前に十分なポイントを持った騎馬がいるのに、わざわざ他のチームに狙いを変える意味がない」

 

 既に、制限時間は二分を切っている。

 物間寧人の騎馬が現段階で保有するポイントは、上位四チームに収まるには不十分だ。決勝への進出には、もう少々、相応のポイントが必要になる。

 だがそれは、過度なものである必要はない。

 二百前後あれば、それで四位以内には食い込める。

 その点で言えば、彼らにとって士郎たちは実に都合のいい獲物ではある。

 士郎たちが保有する鉢巻は二本、いずれも二百以上のポイントであり、どちらか一つでも奪い取れれば、決勝への進出はほぼ確実になるだろう。

 

 無論、それは奪えれば、という前提のもとであり、両者の間には依然として埋め難い実力差がある。

 物間寧人があくまで士郎たちにこだわるというのなら、この隔絶をなんとか覆さねばならない。

 

「二騎がかりでも奪えなかったのに、協力者を欠いて、それでもやれると思うのか?」

「残念だけど、こっちはまだ本気を出していなくてね。拳藤達を抑えたからって、それで勝ち筋を失くしたと思ってもらっちゃ困るよ」

 

 悪化した状況、劣勢に立たされているはずの物間寧人は、余裕を保っているように薄ら笑いを浮かべる、

 

 確かに彼らは、未だに全力を出していない。

 ここまでの戦いでも攻め方は消極的で、騎馬の"個性"もすべて見せていない。

 大っぴらに使ってみせたのは騎手の物間寧人一人だけで、他の三人はひたすらアシに徹している。

 ならば、未だ姿を見せていない"個性"の性質によっては、彼らにもまだ勝機はあるのかもしれない。

 もっとも、そのうちの一つ、前騎馬の"個性"がどんなものか、士郎は戦闘中に相手が時折行なっていた仕草を見て当たりをつけている為、候補からは除外される。

 残る二つ、左右の後騎馬どちらかの"個性"が彼らにとっての秘策、物間寧人の自信の源なのだろうと、士郎は彼の思惑を推察し、

 

「何か策があるみたいだが、生憎とそっちに付き合ってやる気はないぞ」

 

 その上で、物間寧人たちの全てを放置すると告げた。

 

「……この後に及んで、まだ逃げる気かい」

「ああ、逃げるとも」

 

 無情なまでの宣告。

 一切の未練なく、僅かな躊躇もなく、衛宮士郎は物間寧人たちとの交戦を打ち切ると言う。

 

「忘れてるみたいだけど、そもそも俺たちは初めからお前たちと争うつもりなんてなかったんだ」

 

 それは、決して唐突なものではない。衛宮士郎は初めからそう言っていた。

 相手の情報はほとんどなく、容易く打倒できそうな手合いでもない。挙げ句、ポイントに旨みもなければ、彼らの標的は別にいる。

 行手を遮る障害に対する選択は、迂回のみだ。

 徹底的に交戦を避け、標的の奪取のみに専念する。

 それが、彼らの作戦だった。

 

「僕たちがみすみす逃がすとでも?」

「逆に聞くが、()()()()()()()()()()()()()()

 

 問い返す言葉は、紛れもない事実を含んでいる。

 他チームとの交戦を望まず、静観に徹していた士郎たちが、望まぬままに物間寧人たちと戦わざるを得なくなった原因は、先ほど無力化された拳藤一佳の騎馬にある。

 接近してきたB組の騎馬から離れる隙を窺っていた最中、唐突に現れた少女らの乱入によって、離脱の余地を失った。

 力量も保有する"個性"も不明な二つの騎馬に迫られては、逃走は困難だ。背を見せた瞬間、その刹那に鉢巻を奪われていた可能性すらある。

 あの時の士郎たちに、迎撃以外の選択肢は無かった。

 

 だがこの瞬間、片割れの騎馬はいない。

 衛宮士郎をこの場に釘付けた少女らは、あらゆる行動を封じられ頑強な剣の檻に囚われている。

 塞がれた退路は開かれ、士郎たちを縛り付けるものはない。

 もはや、彼らがこの場に留まる理由など皆無だ。

 

「こっちも他に狙いがあるんだ。時間も無いし、もう行かせてもらう」

「いいのかい、僕たちに背を見せて」

「構わない。見せたところで、近づかなきゃ攻撃しようがないだろ」 

 

 敵前で背を見せての逃亡など、本来なら自殺行為だろう。

 だが士郎は、ここまでの戦闘から一つの結論に至っている。

 楽観的にも見える無防備さは、それ故のもの。――詰まるところ、物間寧人らに中距離以上の攻撃手段はないという結論だ。

 

 数分間に及ぶ交戦中、物間寧人の騎馬が行った攻撃は全て、騎手による殴打のみである。

 拳藤一佳が士郎たちを抑え、いくらでも攻撃する機会はあったというのに、彼らはただの一度も回転の“個性”以外での攻撃を行わなかった。

 ヒット&アウェイに終始したとはいえ、極めて慎重かつ計算高い騎手が率い、狡猾とも言える方針を是としているチームが、反撃のリスクを負う接近戦を好むなどあり得ない。

 攻撃は最小限に、絶好の機会のみを狙い、敵の手が届かない位置から一方的に仕留める事こそが、彼らにとっての理想なはずだ。

 なのに、彼らはあえて危険な間合いでの交戦を続けた。

 

 無論、片割れの騎馬が脱落するのを待ち、漁夫の利を狙ったというのでもない。

 もしそうなら、少女らを閉じ込め僅かに士郎が弛緩した瞬間にこそ、勝負を仕掛けに来ているはずだ。残り時間も少ない中、それ以上の好機が訪れる保証はないのだから。

 

 だから、事実はとても単純。

 彼らには、離れた間合いから攻撃できる様な”個性“が無かったから、最初から最後まで接近戦を繰り返すしかなかったのだ。

 

「ずいぶんと自分の推測に自信があるみたいだね。どうだい? その正誤を今ここで確かめるってのは」

「言っただろ、付き合う気はないって。これ以上、時間を無駄にするつもりはない」

 

 留めようとする者と、去ろうとする者。

 噛み合わない両者のやり取りは、遭遇当初の焼き増しだ。

 違う事があるとすれば一つ。あの時は、乱入してきた拳藤一佳の騎馬がいて、そのたった一つの違いが全てであった。

 

「追ってきてもいいけど、その時は決勝への進出は諦めろ」

 

 そう言い残し、士郎たちは今度こそ立ち去ろうとする。

 行き先は氷壁の向こう。彼らの本命が戦う場所。

 最短距離では向かえない。進行方向はちょうど、物間寧人の騎馬がいる方向だ。

 彼らを避けて進むなら、後退して迂回する必要がある。

 

「…………」

 

 騎馬の障子目蔵が後退り、少しずつ後退して慎重に離脱の機会を窺う。目の前の騎馬が隙を見せた瞬間、彼は一気に敵との距離を離すだろう。

 同時、その気配を察知した物間寧人の瞳が鋭さを増し、騎馬たちは逃すまいと疾走の構えを見せる。

 だが、間に合わない。

 間合いは三間。彼らが走り出し一間の距離を詰めている間に、障子目蔵は残る間合いをさらに広げる。

 人間二人を背に乗せ、なお衰えぬ走力と肉体の性能差を埋め、離れていく敵に追いつく術は物間寧人たちには無く、

 

 ……いや、待て。

 

 終わりを迎えようとする睨み合いの中、士郎は刹那の間にその違和感に気付いた。

 一歩を踏み込もうとする騎馬の上で、物間寧人は拳を構えている。攻撃の為、数秒後の殴打に備えて。

 だが、だとすればおかしい。

 間合いは詰められていない。依然として、両騎馬は距離を保ったまま、互いに攻撃を加えられる位置にいない。

 だというのに、彼は既に拳を前へ突き出そうとしている。あれではその場で腕を振り抜く事になる。

 

 攻撃など望むべくもない、威嚇にすらなりはしない無意味な行動。――そんな光景に、どうしようもなく見覚えがあると感じ。

 

――瞬間、悪寒が走った。

 

「――障子ぃっ!!」

 

 悲鳴じみた呼びかけ。

 脳裏を走った警鐘のままに告げた言葉は、指示も何も無く。

 ただ、避けろ、という意味の叫びを上げ――されど、障子目蔵がその意図を察するよりなお早く、物間寧人は行動を終え、

 

――巨大な物体が、衛宮士郎へと放たれた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 それは、思いもよらぬ光景だった。

 

「が、っ―――!?」

 

 視界いっぱいに、白みがかった大きなナニかが広がった。

 直後、それは一瞬の間もなく俺の頭を打ち据えていった。

 

「あ―――、づ」

 

 首を捻じ飛ばしかねない衝撃は、容赦なく俺の頭を揺さぶった。感覚<センサー>が軒並み強制停止させられ、姿勢を保つことすら難しい。

 明滅する視界、断線する思考。自分がまだ障子の背にちゃんと座れているかすら怪しい。

 それでも、意識だけはなんとか束ねる。

 

「ぐ、っ………」

 

 遅れてやってきた痛みに呻く。

 出処は右側頭部。

 頭蓋骨において最も脆弱な側頭骨の部分とはいえ、物体は擦るように通り過ぎて行っただけで、ダメージそのものは大したものではなかったというのに、それでもジンジンと鈍く痛んだ。

 蹴飛ばされたサッカーボールがぶち当たった時の痛みに似てる。

 キィン、とした耳鳴り。頭ん中は衝撃でくらついてるくせに、肌がつっぱった様な痛みと違和感だけは厭に残る、あの感覚。

 

「衛宮、無事か!?」

「俺の事はいい、から。相手から、目を逸らすな……」

「しかしっ……!」

「後で、いい! 今は、目の前の事に、集中しろ!」

 

 うまく回らない口を必死に動かして、こちらの身を案じてくれるチームメイトを一喝する。

 状況は悪い。

 このチームで騎馬の守りを主に担っているのは、他ならぬ自分自身だ。俺が動けなければ、敵の攻撃を防ぐ事もままならない。

 自身の復帰まであと数秒はかかる。

 それまで、障子には俺が開けてしまった穴を埋めてもらわねばならない。

 

「―――っ」

 

 荒れた息を、なんとか整える。

 ダメージを受けたのは頭部だけだ。なら、呼吸を落ち着かせるぐらいわけないはずだ。

 できるだけ早く、目の前にいる騎馬が再び仕掛けてくる前に、復帰しなければ。

 

「……障子、もう大丈夫だ。怒鳴りつけて悪かった」

 

 警戒に反し、追撃は無かった。

 ようやくまともに体を支えられるようになってから、チームメイトへ声をかけた。

 

「大丈夫なのか、衛宮」

「何とかな。……けど、悪い。鉢巻、一本持ってかれちまった」

 

 先ほどの攻撃の最中、ついでとばかりに外界に晒されていた峰田稔の額に巻かれていた鉢巻が掴み取られてしまった。 

 追撃が無かったのも、相手が奪った戦利品の装着を優先したからだ。

 不幸中の幸いというべきか、奪われたのは点数の低い方のもので、より得点の高いチームの持ちポイントは奪われずに済んだ。

 数字の書かれた側を内向きに巻いて隠したのが功を奏した。

 

「いや、持ち点を残してくれただけでも十分だ。……それよりも衛宮、さっきのは」

「ああ。どうやら、まんまと騙されたみたいだ」

 

 先の攻撃、自身に放たれた巨大な物体は、どこからどう見ても"手"だった。

 見間違いでもなく、幻覚の類でもない。直前に自身を襲ったものは、先ほど閉じ込めた騎馬の騎手と同質の"個性"によるものだった。

 

 それ自体は、別にいい。

 現代にはおよそ殆どの人間に"個性"が宿り、その性質・特徴は人々の数と同数の種類がある。

 だから、同じ学校の、同じ学年の、同じクラスの中に、同じタイプの"個性"を有する人間が複数いたとしても、なんら不思議じゃない。

 だから問題は、同系統の"個性"を持った人間が二人いることではなく。

 

――直前に、一方の人物が。

  全く異なる性質の"個性"を発動させていたことだ。

 

 "個性"は一人につき一つまで。

 これが、正体の解らないこの超常現象の絶対原則だ。

 一人の人間に宿る異能は一種類まで。たとえそれが複数の性質を持つものだったとしても、出力する内容物は一個の力だ。

 俺の"個性"、『投影』も解析と複製という二つの性質からなるが、それらは投影という結果に至る為の、あくまで一塊の能力だ。

 根底で密接に繋がり、決して分たれることはない。

 

 けれど、さっきのは違う。

 数分前まであの騎手が見せていた自身の腕を回転させる能力と、腕を肥大化させる能力は、全く異なるものだった。

 性質の違い、どころではない。

 あれらは、根本からして別種の、交わり合うことのない異物だ。

 

 一人の人間に、複数の"個性"が宿る事はない。

 それは、"個性"現象発生より百年以上変わらなかった常識だ。

 

――無論、"例外"は常に存在する。

 

 いつの時代、何処の国でも普遍的な十に属さない、特異な一というものは生まれるものであり、俺自身もそういった特殊な例に当たるのだろう。

 だから、目の前の騎手がその希少な"例外"という可能性は、必ずしもありえないものではない。 

 

 だが、だとしたら何故、今までただの一度も、そんな話を耳にした事がなかったのか。

 単に流れてこなかったのか。自分と同じように、その情報を秘匿していたからか。

 違う。きっと、それは違う。

 "個性"の複数所持なんていう、現行の"個性論"を覆す存在が、同じ高校の、しかも真隣のクラスにいて、その情報が噂話ですら全く入ってこないなんてありえない。 

 隠していた、というのでもない。

 あの騎手は堂々と、何の躊躇もなく、二つ目の能力を見せた。

 もしそれが、あの生徒にとって秘密にしておかなければならない事だったなら、こうもあっさりと衆目に晒す様な真似はしない筈だ。

 

 彼の振る舞いは至って普通で、どこまでもありふれている。

 大それた隠し事なんて、持っている様にはまるで見えない。――なら、それが答えで、それが全てなんだろう。

 

 目の前の騎手が宿した"個性"に特殊性は無い。

 彼が持つ能力は他の大多数の人間と同じで、数ある異能の中の凡庸な一つに過ぎない。

 "個性"の複数保持なんていう常識はずれではなく――その上で、複数の"個性"を扱える理由は、

 

「――"個性"を模倣<コピー>する"個性"とはな。……まったく、してやられた」

 

 "個性"の能力は千差万別であり、その性質は多岐にわたる。

 火を放つ、雷を放つと言ったポピュラーな異能から、触れた対象の重力に干渉するような、一風変わった"個性"もある。 

 そういった変わり種の中でも殊更に特殊なものの一つに、うちのクラスで担任を務めるイレイザーヘッドこと相澤消太の"個性"、『抹消』が挙げられる。

 それは、"個性"でありながら他者の"個性"に干渉する力を持ち、その両眼で視認した者の"個性"の発動を停止させるという、この超人社会において最大の抑止力<カウンター>ともいうべき能力だった。

 

 "個性"による"個性"への干渉。

 極めて特殊な、世界に二人といないであろう性質。――されど、彼という実例が存在する以上、他に同質の力を持った人間が存在する余地は確かにある。

 それこそが、目の前の騎手だ。

 

 あの生徒の"個性"はなんらかの条件を満たすことで、本来自身にはない他者の"個性"を再現することができる。

 それは真似事。

 他者の成果を写し取り、自らの道具とする模倣者。

 贋作者<フェイカー>たる、自身と同じ――

 

「どうだい、僕の"個性"は。良いチカラだろ?」

 

 鉢巻を巻き終えた騎手は、そう語りかけてきた。

 自信に満ちた笑みは、ポイントを奪った結果だけでなく、自らの"個性"への自負が見える。

 

「そうだな。正直に言って、驚かされた。まさか、そんな隠し球があるなんて思ってもみなかった。もう、手詰まりだと思ったんだけどな」

 

 嘘偽りなく、本心からの言葉だ。

 "個性を模倣する"個性"なんて特例中の特例、まるで想定していなかったし、遠間から攻撃できる手段は無いと踏んでいた。

 距離を詰められないようにと警戒はしていても、これ以上交戦することは無いだろうと、おおよその結論を下していた。

 結果、こうして鉢巻を奪われている。

 

 もし、ここまでに一度でも別の"個性"を見せていたなら、こうはなっていない。一人の人間が複数の"個性"を発動したなら、誰であれ必ずコピーの可能性を疑う。

 だからこそ、あの騎手はここに至るまでその本質を晒さず、接近戦に拘った。

 リスクの高い戦法を取り続け、クラスメイトの騎馬が追い詰められても動かず、ひたすらに絶対の好機を待ち続けた。

 その忍耐、必ず目的を達そうとする駆け引きの巧さを見誤った。 

 その点において、俺は確かに遅れを取ったと言えるだろう。

 

「どうやら、謝らないといけないみたいだ。さっきは、高説垂れてすまなかった」

「なに、お互い様だよ。僕も、A組に君みたいな物分かりの良い人間がいるとは思ってなかった。――けど、そんな物分かりの良い君なら、これから何が起こるのか、分かるだろう?」

「…………」

 

 無論、分かる。

 "個性"をコピーする"個性"の持ち主が、鉢巻を奪い取ってからもいまだに留まり続け、その上で攻撃の手を止めている理由など、一つしかない。

 つまりは、次の"個性"を使うつもりだ。

 それがどんなものであるかは、コピーの条件を考えれば分かる。

 

 能力も性質も多岐にたる"個性"だが、その中でも一部のものにはある共通点、一定の法則性がある。

 それが、"干渉型"とも言える自身以外のモノに直接介入する"個性"の発動条件だ。

 イレイザーヘッドの『抹消』や、クラスメイトの麗日が持つ無重力<ゼログラビティ>のような、自分以外の存在に対し干渉する"個性"は、総じてなんらかの条件を満たさねばならない。 

 その中でも、オーソドックスで多数を占める条件が、"接触"。

 自身の手指で、対象の肉体に触れる事で発動条件を満たすものが最も多い。

 あの騎手も、その例に漏れないというのであれば、次に来るモノは一つしかなく――

 

「使わせてもらうよ。――君の、"個性"」

 

 

――剣群が、顕れる。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

――唐突だが、物寧人という人物はプライドの高い人間である。

 

 

 人並み以上の自己顕示欲があり、自分よりも目立つ人間を神経質なまでに厭う。

 自らの能力に疑いを持たず、それが必ず成果につながるのだと信じて疑わない。

 一般論で言えば、面倒で不快な人物とも言えるかもしれない。

 しかし、それら全てが悪いものではない。

 

 自己顕示欲が高いという事は、それだけ高い目標を目指しているからであり、競合相手への敵意は向上心の裏返しだ。

 揺るぎない自信というのも、鍛錬と努力を重ねた証で、自己の存在を肯定しているためである。

 自らの力を信じるからこそ、それを世に広く知らしめたいと願い、誰よりも先へ進まんとするからこそ、ライバルの存在を疎み超えようとする。

  

 それが、物間寧人という少年だ。

 彼の言動や嫌味に映る性格も、正しく、自身を誇りに思うが故。

 自らの積み重ねと、これまでに成した行為を容認できる事は、至って健全な精神である。……しかし、だからこそ彼はいつも一つの問題に苛まれる。

  

――上には上がいるという、当たり前の真理だ。

 

 どんなに力を磨こうと、どれほど自らに自信を持とうと、それを踏み越えていく者達がいる。

 物間寧人が届かない場所へ、何の苦悩も葛藤もなく、ただ自らの力だけで到達していく人間。そういったものが、彼の周りには常にいる。

 それは、プライドの高い彼にとっては、受け入れがたい現実だった。

 自身より劣る労力で、自らの過程を嘲笑われるような感覚は耐えられなかった。

 

 或いは、彼がもっと才能に恵まれていれば、そんな思考に至る事はなかったのかもしれない。

 一歩で凡人の百の歩みを飛び越せる程の素質を持っていれば、他者との格差に憂う事もなかったのかもしれない。

 だが、物間寧人には雄大な才覚などなく、その肉体に宿った全ては、何処までも凡庸なものだった。

 殊更、『模倣(コピー)』という個性"は、彼に少なくない絶望感を抱かせた。

 

 プロヒーローとは、独力で全てを熟す者だ。

 "個性"犯罪者や災害など、様々な理不尽にその身一つで挑まねばならない彼らは、一人でもあらゆる状況に対処し、一切の被害を出さず事態を解決せねばならない。

 撃退、捕縛、救助、警護。

 ヒーローに求められる主な仕事は概ねこのようなものだが、単独でこれら全てを解決することが理想であり、彼らの責務だ。

 

 だが、物間寧人にはそれが出来ない。

 彼の生まれ持った能力が、他者の"個性"を複製する"個性"である以上、その行使には必ず他の"個性"保有者が必要だ。複製した"個性"も、使えるのは数分が限度。永久的に保存できるわけでもなく、一定の時間が経過すれば自然と彼の中から消失する。

 他者が傍にいなければ、物間寧人は"無個性者"同然だ。

 "個性"を武器にして暴れるヴィランに立ち向かうことなどできないし、街を飲み込む様な災害に抗う事もできない。

 

 それは、プロヒーローという職において、致命的な欠陥だ。

 如何なる事件にも独力で臨める事が、プロヒーローの基本原則と言っていい。

 どんなヒーローも、自己の活動に他者の存在を前提にしない。

 仮に、"個性"の性質柄、不得手な事態であったとしても、少なからず対処できるものだ。たとえそれが、時間稼ぎやその場凌ぎでしかないとしても、後に繋げられる。これを一人でもやってのけるのがヒーローだ。

 

 その点で言えば、物間寧人はヒーローに相応しい人間とは言えない。

 他の力に頼る彼では、個の能力が第一義のプロヒーローは最も縁遠い存在だ。

 どれほど強く憧れ、切望したとしても、彼は憧れたモノに成る事はできない。 

 

 それは、珍しい事ではなく、ありふれた現実だ。

 誰もが理想の自己像を描くが、人間にはどうしようもなく限界があり、肉体が願望に追いつく事は珍しい。理想と現実の間にある隔絶は埋めがたく、願いが大きくなれば、その溝も深まっていく。

 大抵の人間は、その穴を埋めることができない。埋められぬまま、諦観と妥協を重ねて生きていく。

 社会は、そういった数多の凡人でできている。

 そこに加わる事は恥ではない。むしろ、その中で生きるものとしては普遍的な在り方だ。

 誰もが一度は通る道で、避ける必要はない。

 

――けれど、物間寧人はその現実に折れなかった。

 

 届かないと、成れはしないと、幼い頃から多くの人に言われ続け、何より己自身が、その通りだと認めている。

 誰かの手を借りなければ戦う事すらできない凡人に、その夢は過ぎたものだろう。

 

 ――それでも、諦めなかった。

 結果は目に見えていて、自分自身、叶わないユメだと思っていながら、それでも追ってきた。

 己の無力を受け入れ、足りないモノを他の何かで補い、才ある者たちへの妬みすら糧にして進んできた。

 

 だが、その過程は物間寧人を歪ませた。

 現実を目の当たりにする度に劣等感は膨れ上がり、競争相手への妬みが際限なく深まっていく。分不相応な夢を追った彼は、それを諦められぬが故に執着を強め、時に悪辣な行為にすら及んだ。

 そんな生き方を続けていれば、心に歪みが生まれるのに時間はかからない。

 自身より優れたものへの対抗心は異常なほどに強く、敵対したものへは遠慮も容赦もない。

 弱みを探り、言葉を弄し、策を張り巡らせ。勝利する為なら、選び得る選択肢の限りどんなことでも容認する。

 

 それが、かつての理想とは程遠い生き方だと、彼自身わかっている。

 少しでも憧れに近づこうと足掻き、出来もしない事を他のもので補おうとすれば否が応でも差異は生まれ、残ったのは見てくれの悪いツギハギだらけの劣化品だ。

 努力すればするほど、成長すればするほど、目指したモノとの乖離は激しくなり立ち戻る事はできなくなっていく。

 王道を望んだ彼は、ソレと致命的に相性が悪く、気がつけば路は逸れるに逸れ、いつしか邪道しか歩めなくなっていた。

 

 はたして、彼をそこまでさせたものは、何だったのか。

 ただ憧れるだけなら、幼い夢を夢のままにできたのに、穢すと理解してなお、今日まで道を曲げなかったのは何故か。

 現実に負けたくなかったのか。自分にも夢を叶えられると証明したかったのか。それとも、単に意地を張っているだけなのか。

 本当のところがどうなのか、余人の知るところではない――或いは、彼自身もよく分かっていないのかもしれない。

 

 雄英(ここ)に至るまで、ひどく捻れた道を歩んできた。

 道程は複雑で、もう始まりの地点すらまともに見えない。

 同じように、彼自身の心も入り組んでしまっている。他人はもとより、当人すらその全容を把握できぬほどに。 

 だから、彼が叶いもしない夢に未だ固執している理由も、その正確なところは分からない。

 それでも、確かなことがあるとすれば、一つだけ。

 

――物間寧人は、自分を信じている。

 

 どんなに無力だろうと、どんなに捩じ曲がろうと、必ず願いを果たせると、自らの存在を信じている。

 みっともなく、不格好でも、理想を叶えるのだと手を伸ばす。

 これまで、そうやって生きてきた。

 誰に否定されようと、不可能ではないと思ったから目指し続けた。

 心が歪み、卑劣な手段をも許容して、かつての夢すら薄汚れていったとしても、それだけは変わらず。

 卑怯者と後ろ指を指されようと構わない。不誠実だと罵られようと知ったことではない。

 人々の声に揺るがず、幼い頃の憧れに負い目を感じて。

 それでも、勝利できるのなら――己の価値を示せるのなら、それでいい。

 

 それが、物間寧人の根源だ。

 王道を征く者の輝きに隠れる歪んだ人間だとしても、燻んだ光で太陽すら喰らってやるのだと。

 

――故に、気に入らない。

 

 自らより目立つ者が、自身より注目される者が、己より優れている者が。

 そんな彼にとって、A組の存在は正に怨敵にも等しい障害だった。

 同じ日に入学し、大差の無いカリキュラムをこなし、登校日数にも変わりはない。

 スタート地点もスタート時間も同じであり、今日に至るまでの過程すらほぼ同一だった。 

 双方の力量、価値に違いは無い。ならば、人々から向けられる評価も等しく同等の筈だ。

 

――同等の筈、だったのだ。

 

 同じ時期、同じ学科に編入し、A組とB組、二つのクラスに分かれた彼らは。

 たった一度、ただ一つの出来事によって、世間から全く異なる評価を受けることになった。

 

――USJ襲撃事件。

 

 一ヶ月ほど前に起こったそれは、オールマイトの台頭以降、そのほとんどが撲滅された組織的犯行による、雄英保有施設への急襲だった。

 生徒たちの実習直前、突如として起きたそれは現代における最大の英雄、オールマイトの抹殺を目的としていた。

 犯行は極めて計画的で、学園のスケジュールを把握した上でオールマイトが多くのプロヒーローから離れるタイミングを狙い、警備システムはワープという察知も阻止も不可能な方法によって無為とされ、応援も電波妨害によって阻害され、現地にいた人間は独力での対応と解決が求められた。

 

 襲撃に動員されたヴィランの総数は六十超。

 当時、現場にいた教員は予定の変更により遅参したオールマイトを除けば、たったの二名。いずれも直接戦闘に秀でていたわけではなく、さらにはヴィランによる策も相まって、彼らが生徒達を庇い切ることはできなかった。

 結果として、生徒達はヴィランとの対峙を避けられなかった。たとえ、そのほとんどが"個性"を持て余しているだけのチンピラやゴロツキであったとしても、ヒーロー科へ入学したばかりの生徒達には荷が勝ちすぎている苦難だ。

 

 その先の結末は、常識的な思考であれば誰であれ、生徒達が惨殺されるという想像で一致するだろう。

 だが、現実にはそうはならなかった。

 散らされた生徒達はヴィランの思惑を裏切り、各自で事態を切り抜け全員が生還した。

 まだヒーロー科に編入して間もない、碌な訓練も経験も積んでいない齢十五の子供達が、"個性"を凶器に襲ってくる幾人ものヴィランを打倒し、生き延びたのだ。

 なんたる健闘、なんたる偉業か。

 ヴィランとの戦いは、正しく訓練を終えたプロでさえ時に命を落としうるほど過酷だというのに、未熟な子供でしかない生徒達が曲がりなりにもそれを成し得たというのだ。

 戦い抜いた者達は皆、素晴らしい才覚と不撓の精神を待った金の卵であるに違いない。やがては次代の社会を護り支える、大きな柱となるだろう。

 この一件を知った多くの人々は彼らをそう讃え、強く逞しい新星<ニューエイジ>の更なる躍進を期待した。

 

 ――その影で、B組(かれら)は劣等とされた。

 同じ始まり、同じ道程を経てきたというのに、もう一方より明確に劣るものとして扱われた。

 無論、市民がそう言ったのではない。誰も、双方を比較して評価してはいない。 

 

――初めから、B組の存在など人々の目には写っていないのだから。

 

 不思議な事ではない。 

 A組が世間から注目されたのはたまたま事件に巻き込まれたからで、なんのトラブルもなく安穏と学業と訓練に励めたB組に人々の興味が向く道理は無い。

 だからこそ、物間寧人は思う。

 

――巫山戯るな、と。

 

 誰も、明確に言葉にしたわけではない。誰も、二つのクラスを比べたりはしていない。

 けれど、危機を乗り越えたA組の方が優れていると、誰もが無意識に思っている。

 双方に変わるところなど殆ど無いというのに。

 B組がA組に劣るところなど一つとして無いというのに。

 ()()()事件に見舞われただけのA組ばかりが評価される。

 

 ヴィランの襲撃を生き延びたから、それがなんだというのか。

 単に、"個性"を悪用した連中を何人か制圧した、たかがそれだけのことだ。

 その連中も、殆どがヴィランと名乗るのも烏滸がましいゴロツキでしかない。

 そんな小物の制圧程度、B組でも十全にやれる。

 あの一件がA組とB組の優劣を明確に決めた、なんて事は絶対に無い。両クラスは、いまだに互角のままだ。

 

 だが、世間はそう思わない。

 人々が認識するのはいつだって結果だ。彼らの多くは、現実に起きた事実だけを見る。 

 逆境を生き延びたものと、そうでないもの。

 両者の評価に差が出るのは、ごく自然な事だ。

 やれたはず、なんて。

 ありもしない空想の過程を、社会は評価しない。

 

――だったら、見せつけてやればいい。

 

 人々が誤った評価を下しているのなら、己の手で正せばいい。

 雄英体育祭。

 全国の市民が注目するこの大舞台で、言い訳のしようもないほど完勝する。A組を持ち上げる人々の目の前で、そのA組を圧倒すれば、彼らの目も醒めるだろう。

  

 その想いでこの体育祭に臨んだ彼は、徹底してA組の打破に専心した。

 彼一人の勝利ではない。B組全体でA組を超える、盤面上での勝利を目指した。

 その為の準備に抜かりは無く。

 体育祭開催前、クラスメイトのほとんどを巻き込んで、A組を引き摺り下ろす策を練った。

 それに従い、第一種目・障害物走では威力偵察に終始し、A組を主に他クラスの能力を探った。

 第二種目・騎馬戦で得られた情報をもとに各々が仕留める目標を定めて行動している。

 最もスマートなのは、全員が優位を保てる相性のA組を狙うことだが、そこまでは強制できない。

 

 かくいう彼自身も、明確な標的を定めていながらそのチームは決して有利な相性というわけではなく、もっと言えば、そういった計算や打算によるものではない。

 むしろそれとは程遠い、ほとんど私情による選定で、さらに相手は一個人だった。

 

――その生徒の名を、爆豪勝己。

 

 競技開始前からターゲットとしたチームの騎手であり、体育祭が開催されるずっと以前から打ちのめすと決めていた相手。

 両者の間に、因縁や確執があるわけではない。それどころか、面識すら無い。

 物間寧人は、クラスメイトが見聞きしたほんの僅かな爆豪勝己の言動を伝え聞いたに過ぎず。

 爆豪勝己に至っては、そもそも物間寧人という人間そのものを認識していない。

 お互いにお互いを知らずに、彼ら二人はどこまでも無関係な赤の他人でしかない。

 

 ――それでも。

 それでも、物間寧人は理解した。

 この男は敵だと。この男こそ、物間寧人が全霊で否定せねばならない人間だと。

 その直感は当たっていた。

 粗野で横柄な振る舞いには他者を見下す驕りが見え、天才と言う他ない才覚がそれを助長している。

 常人では及びもしない雄大な才能、己にしか価値を認めない傲岸不遜な在り様、一人でどんな事もできる優秀な"個性"。

 見れば見るほど、試合が進めば進むほど自らの想像通りの人間性を晒し。

 その全てが、爆豪勝己の何もかもが――癇に障った。

 

 一秒ごとに敵愾心はより強まり、彼は早々にケリをつけると心に決めた。 

 二種目は騎馬戦、爆豪勝己はおあつらえ向きに高得点を保有していて、獲物としても上物。これを狙わぬ手はない。

 第一種目を勝ち抜いた者の多くは最大得点(1000万)の奪取に躍起になっていて横槍の心配はなく、肝心の爆豪勝己もそちらにご執心で、笑ってしまうくらい隙を晒している。

 これ以上ないほど、場は整っていた。あとは、仕損じることのないよう、最適なタイミングを見計らうだけ。

 物間寧人は、得点を稼ぎながら冷静にその瞬間を待っていた。

 

――そんな時だ、とある騎馬が目に留まったのは。

 

 三人一組で、大柄な男子生徒が一人で騎馬役を担っている姿が目を引く、A組のチームだった。

 騎馬の背には二人の男子生徒が跨り、どちらが騎手かは判然としなかったが、そのうちの一方は選手代表も勤めた人物だ。

 

 彼らは舞台の中央には決して向かわず、フィールド際を緩やかに走っていた。

 まるで、誰かの注意を引かないように、誰かに見咎められることのないように、気配を殺しているようだった。

 その振る舞いは、物間寧人達が行うそれと似ていた。

 彼らの方針は、派手な動きをせず静かに他チームに忍び寄り、気付かれないうちに鉢巻を盗み取るというものだった。

 ならば、そういう事なのだろう。

 彼らがそうしている様に、あの三人もまた隠密と最小限の労力で、獲物を狩るつもりなのだ。

 気にする必要はない。ああいった手合いは隙が少なく、獲物にするには不向きだ。

 あの騎馬は、物間寧人が相手にするものではない。

 彼はそう考え、忘れようとした。

 

 ――けれど、そうできなかった。

 無視し、放置すべきだと判断しながら、彼の意識はその騎馬を捉え続けた。

 散漫な注意では、他の騎馬への警戒も疎かになる。不意を突かれて後手に回れば、応戦も難しい。

 チーム全体の地力が低い彼らは、決して隙を晒してはならない。

 だというのに、放置すべき難物から意識を外す事が彼にはできなかった。

 何故、無視できないのか。

 どうして、他のどの騎馬より警戒しているのか。

 

――直後、その答えは形になった。

 

 騎馬の背で、件の生徒が弓を構える。

 一切の淀みを感じさせない動作は、その瞬間を視認していたはずの彼でさえ、いつ弓を構えたのか気付かなかったほどに自然な動作だった。

 そこにどの様な技術があり、射手が如何なる境地にあるか、射手ならざる物間寧人には理解できない。

 彼に分かるのは、結果だけ。

 その生徒が放った矢が、あらゆる障害をすり抜けて遠方の標的を捉えた事。

 狙われた人物が物間寧人のクラスメイトの少女であり、彼女の鉢巻が放たれた矢に掠め取られていった事。

 彼に分かったのは、それだけであった。

 

――だが、同時に。

 

 この瞬間、物間寧人は理解した。

 何故、自身があの騎馬を無視できなかったのか。

 答えは"コレ"だ。

 あの男に狙われ、鉢巻を奪われる。  

 ソレをこそ、彼は恐れていた。

 

 繰り返すが、一連の出来事において物間寧人が理解できた事象は少ない。

 少女を襲った一射が果たして高等なものなのか、そうでないのか。そんなことすら、彼には分からない。

 彼が分かるのは、狙われた少女が抵抗どころか、何の反応も出来なかったという事実。

 されど、彼が恐怖を感じるには、十分すぎるほどの事実だった。

 

 物間寧人は知っている。

 拳藤一佳という少女の実力が如何程のものか。

 単純ながら強力な"個性"を持ち、本人の技量も合わさって正面戦闘ではクラスでも随一。増強型の"個性"持ちに見られがちな膂力に頼りきった杜撰さもなく、むしろその頭脳は聡明と言っていい。

 口に出して言う事はないが、一年B組において拳藤一佳こそが最強の生徒だと、彼自身も認めている。

 

――その彼女が、何も出来ずに鉢巻を奪われた。

 

 戦闘において、拳藤一佳という少女に油断や慢心などというものは無い。常に全霊、敵を侮らず警戒を保ち、一切の加減なく勝負に臨む。

 下手な奇襲なぞ通じぬし、不意打ちを許すような隙もありはしない。

 ――故に、そんな彼女でさえ防げない一撃があるのだとすれば、それは事実上、一年B組の誰もが防げない事を意味する。

 もし、あの弓がB組の騎馬に向けられたなら、狙われた騎手に逃れる余地は無い。ほとんどの騎手は、奪われたという実感すら湧かずに鉢巻を失う。

 あのA組生がその気であれば、B組の全チームからポイントを巻き上げる事も不可能ではないだろう。

 

 物間寧人にとっては、それが何よりも不都合で恐ろしい可能性だった。

 この体育祭において、彼が最優先とするのはB組がA組に優っているという事実を世間に、社会に証明する事。

 個人の勝利では意味が無い。あくまで総体、クラスとしての勝利が肝要なのだ。

 その為には、より多くのクラスメイトに決勝へ進出してもらう必要がある。

 理想は三組以上、最低でもA組と同数のチームに勝ち残ってもらわねばならない。

 だが、あのA組生を野放しにしていては、それも難しい。

 これまでこそ大きな動きを見せなかったが、終盤に差し掛かれば彼らも本格的に()()にくるだろう。

 その時、B組の騎馬を狙わない保証などない。いや、むしろ同クラスのものと争うより、他クラスへ矛先を向ける方が人の心理としては自然だ。

 

 物間寧人の目標が自身のみならずクラスの勝利であるなら、あの生徒の動きは封じておかなければならない。

 だが、クラスメイトに頼ることはできない。第二種目のルール上、一つの騎馬を足止めし続けるには、制限時間まで相手の前に立ち塞がる必要がある。

 その上で勝ち上がろうというのなら、あの騎馬から鉢巻を根こそぎ奪い取らねばならない。あの、見るからに厄介そうな騎馬から。

 

 そんな難題を、他のクラスメイトに頼むことはできない。

 やるというのなら、自分達で。

 敗退の可能性を受け入れ、ただ一つの目的を達成する為にこの競技を()()する。

 物間寧人は、その覚悟を抱いて自らの騎馬に指示を下し、衛宮士郎達の前に立ち塞がった。

 

 そこから先の事は、ほとんどが彼の予想を上回っていた。

 一騎対一騎のつもりが、先んじて鉢巻を奪われた拳藤一佳が奪還に現れ、僥倖にも協働を取り付けられた事。

 圧倒的不利にありながら、彼女達と物間寧人の二騎に加え周囲からの横槍さえも凌ぐほどの力量を標的が有していた事。

 共に戦っていた少女達が、完全に無力化されてしまった事。

 

 いずれの出来事も物間寧人の想定を大きく超えており、その最中にできた事など、ほとんどなかった。

 攻撃は悉く躱され、数的有利も逆手に取られ、己以上の戦上手さを立ち回りで見せつけられ。

 戦いの流れは、完全に相手が握っていた。

 多くの観客には、B組の二騎が優勢に思えただろう。だが、それは見せかけだけ。人一倍の周到さと疑り深さを持つ物間寧人は、自分たちが()()()()()()()()()事に気づいていた。

 だが、気づいていても、どうする事もできなかった。

 攻め続けなければ鉢巻は奪えず、攻め手を緩めれば相手に離脱する隙を与える。踊らされていると理解しながら、相手の掌の上で踊り続ける以外の選択肢が彼には無かった。

 

 そうして、拳藤一佳子らは拘束された。あらゆる力と策を覆され、この競技が終わるその時まで、身じろぎ一つに至るまで禁じられた。

 もはや、この体育祭において彼女達が勝利する未来は無い。

 

 それは好まざる結果であり、本来なら物間寧人が阻止すべき事態だ。

 だが、追い詰められていると自覚しながら、打開策の一つも思い浮かばなかった彼に、この結末を覆せた道理はない。

 それがために彼は、この場において何よりも心強い味方を失った。

 この時点で、勝敗はどうしようもなく決定している。

 物間寧人が衛宮士郎達を相手に曲がりなりにも戦えたのは、拳藤一佳の騎馬が在ったからだ。強力な"個性"で前衛を担ってくれていた彼女達がいたからこそ、見てくれだけでも優位を保てていた。 

 彼女達が動けない今、彼らが戦い続けられる余地は無い。

 

――それでも、物間寧人は衛宮士郎の騎馬から鉢巻を奪い取った。

 

 本人達以外、誰も予期しなかった方法で、相手に対処すらさせず攻撃を通した。

 拳藤一佳も、それ以外の誰も成し得なかった事を確かに成功させた。

 物間寧人の"個性"、彼の誇りであると同時に劣等感の象徴たる異能がそれを成したというのは些か皮肉な話だが。

 

 とかく、事実は事実だ。

 拳藤一佳らの敗退という代償を対価に、物間寧人は衛宮士郎達から鉢巻の一本を奪い取った。

 元は剣牢に閉じ込められた少女らのものであったそれは、決して得点の高いものではない。しかし、物間寧人らが保有するポイントに加えれば上位四位に迫れるだけの点数はあり、同時に衛宮士郎らが決勝へ進出する可能性を大きく下げる重要な鉢巻だ。

 

 この時点で、物間寧人らは十二分な戦果を上げていると言っていい。

 厄介極まるチームを釘付けにし、彼らがクラスメイトから鉢巻を奪う事を阻止し、さらには確実に難敵である衛宮士郎という生徒をここで敗退させられるかもしれない。

 クラスメイトの戦績も全体的には振るわないが、一騎は上位四位に近い。暫定上位三チームが潰しあっている今、上位陣の大きな変動はまず起きない。この隙にうまく得点を重ねれば、十分に決勝進出の芽がある。その騎馬が、彼の提案に乗らず愚直に第一種目に臨んだメンバーによるチームだというのは、物間寧人には面白くない話ではあるが。

 

 どうあれ物間寧人の最優先事項、A組をクラス全体で打倒する、という目標には近づきつつある。

 残るは最後の詰め。目の前の騎馬から最後の鉢巻を奪う。足止めも相手の敗退も、それで確実に適う。

 仕込みは万全、丁度いい"武器"も手に入れた。後は、相手を"ソコ"に誘導すれば策は成る。

 

 問題は、そこまで漕ぎ着けられるかどうか。

 不可能ではないとは思う。数分間にわたる攻防、主観的にも、客観的にも相手の戦い方を測ってきた。第一種目で得られた情報も加味すれば、通せるはずだ。

 しかし、油断は出来ない。 

 物間寧人が自身の能力を隠していたのと同じように、相手の能力も底が知れない。

 万全と仕込んだ策は、目の前の敵に対し果たして十全なのか。相手の対応力はこちらの想定通りなのか。あの生徒に対する"仮定"は、本当に正しいのか。

 自身の想定通りなら、相手は次の一手に対応することはできない。動き出せば最後、逃げ回るしかないはずだ。逆に言えば、自身の想定以上であるのなら、この策は根本から崩れる。本当なら、その是非を見極めてから行動に移るべきだ。

 だが、それを分析している時間はない。確信に足る情報も無い。

 仮に、何もかも間違っていて、この策でも届かないのであれば、その時は――

 

 ……いいや、やれるさ。

 

 あらゆる不確定を、自身への鼓舞とともに切り捨てる。

 彼我の戦力差、敵の未知数さ、どちらも承知済み。その上で、勝てると判断する。――否、信じている。

 下し難い敵。抗い難い逆境。そんなものは、物間寧人にとってはありふれている。生まれた瞬間から弱者であることが決定づけられていた彼にとって、他者とはその殆どが彼より遥かに強大な生き物で、彼らが一歩で踏破していく道も、凡人には千里にも等しい難行であった。

 

 本来なら挑むべきでないそれらに――物間寧人は、唯の一度も逃げなかった。

 ライバルは誰もが自分よりずっと強く、不可能とも思える難題はいくつもあった。彼は、それを投げ出してもよかった。誰も、彼に強制などしていない。手放して、諦めてしまえば、もっと楽に生きられただろう。

 

 ――それでも、彼は負けたくなかった。

 認めないと、自分にもあそこに行けるのだと、己を信じ続けた。その生き方だけを貫き通し、彼はここまでやってきた。

 道は半ばで、これから先も現実は彼を打ちのめし続けるのだろう。だが、だとしても彼は、やはり諦める事なく挑み続ける。

 全ての逆境に嗤い、全ての強敵達を嘲り、最後まで自らを信じ続ける。

 

――結局のところ、物間寧人にできるのは、ただそれだけなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鈍い銀色を湛えた無数の剣が、砲弾の如く敵を狙い定める。

 刀剣の複製。視認した物を原典と寸分違わず再現し、自らの武器とする能力。

 それは一人の男が十年近い年数をかけて磨き上げてきた、この世に二つとないであろう唯一無二の力の発露であり――その切先は、今や担い手たる衛宮士郎へと向けられている。

 

「自分の"個性"なんだ。威力は君が誰よりもよく知っているだろう?」

 

 二十を超える刀剣を侍らせるのは、一年B組 物間寧人。

 触れた人物の"個性"を模倣する"個性"を持つ彼は、その力で以って衛宮士郎の異能を我が物とし、逆転した形勢にニヒルな笑みを浮かべる

 

「僕も、晴れ舞台を凄惨な殺人現場みたいにはしたくないからさ。できれば、怪我をする前にもう一つも渡してくれないか?」

 

 戦いはここで終わりにしようと、残った鉢巻を渡せと、対峙する騎馬へ物間寧人はそう告げる。

 それは、明確な降伏勧告だった。

 無数の刃の群れ、この地上にあるどんな砲弾よりも頑強で鋭い弾頭は、あらゆる防壁を斬り裂いて標的を打ち貫く。 

 これを前に抗う術など、ただの人間には持ち得ない。"個性"保有者すら、拮抗できるものは僅かだろう。

 まさしく必殺の一手、この能力を得た今、物間寧人は確かに勝者たりえる。だが、

 

「馬鹿言え、それは俺の"個性"<チカラ>だぞ。――自分の技から逃げる人間が、どこにいるってんだ」

 

 敵対者の殲滅という点において、"剣製"は一見して強力な能力かもしれない。

 だが、その力はあくまで衛宮士郎のものだ。長い年月をかけて鍛え上げてきた、彼が最もよく知る"個性"なのだ。

 どのように行使すべきか、いかに扱うのが効果的なのか、何をされれば防がれるのか。それを、彼は誰よりも熟知している。

 己の技が敵に奪われたところで、それに競り勝つ事も、覆す手段を構築する事も、彼には容易い。

 この状況も、彼が眼前の剣群と同等以上の剣群で相殺ないし凌駕すればそれで済む話だ。

 "投影"を初めて使ったばかりの人間に、刀剣の模倣で衛宮士郎が負ける道理は無い。

  

「そうだね。これが君の"個性"である以上、対処法くらい理解してるだろうし、競り合いになれば持ち主である君の方が有利なのは明白だ」

 

 "個性"を摸倣する"個性"。その能力を持つ物間寧人は、およそあらゆる"個性"を再現可能だ。それは、間違いなく稀有な"個性"ではある。

 彼に模倣できない"個性"は無く、彼に実現出来ない現象はこの世に存在しない。模倣できる対象さえ近くにいれば、物間寧人の"個性"は限りなく万能に近い。

 ――だが、しかし、だからこそ、物間寧人にはどうあっても越えられない壁がある。

極めて単純な事実だ。彼の"個性"があくまで対象の"個性"が持つ性質を模倣する能力であるのなら、その強度や練度はどうあっても持ち主を上回らないという事だ。彼がどんなに工夫しようと、どれほど優れた策を用意しようと同じ事。相手が生まれて間もない赤子でもない限り、それだけは絶対に覆らない。

 だから、敵対者から模倣した"個性"でその者と戦うとなれば、勝負は完全な技量勝負となり、そこに物間寧人の勝ち筋はない。

 牽制程度ならともかく、模倣した敵の"個性"をそのまま使用する事は本来、あまり意味のない行為なのだ。

 

――仮令、そこに意味が生まれるとすれば、それは――

 

「……けど。それは、君の"個性"が万全の状態であれは、の話だろう?」

「――なに?」

 

 言葉に反応したのは、衛宮士郎ではなくその下、彼らの騎馬を担う障子目蔵だった。

 物間寧人からまろびでた台詞、その内容は無視できぬと目を見張らせ、

 

「言ったろ。B組(僕ら)は競技ひとつ費やして情報収集に励んだ、て。どのクラスの、どんなやつが、どういう戦い方をしてるか、それをじっくりと観察させてもらった。――ああ。もちろん、そこの選手代表サマの事も見てたさ」

 

 もっと言えば、この第二種目においても。 

 物間寧人は、眼前の敵がどう戦ってきたか覗いてきた。

 だから、

 

「だから、分かった事があるんだ。――君、"個性"を十全に使えないんだろ?」

「な――」

 

 二つの競技を経て、物間寧人が辿り着いた一つの結論。

 この体育祭で、誰よりも注意深くその少年を観察した彼だからこそ導き出せた仮定。

 

――衛宮士郎の"個性"には、欠陥がある。

 

「それが限界なのか、それとも何かしらの制限なのかまでは知らないけどさ。君は"個性"を全力では扱えない。行使できる回数には限りがある。……そうだな、今までの様子からして、二十前後、てところかな。それ以上は使えない」

 

 だろう? と厭らしい笑みで、問いかける。

 止める間もない、止める事もできない言葉の羅列は、峰田実の騎馬が決して知られたくはない事実を、次々と言い当てていた。

 

「この短時間で、そこまで見抜くか……!」

「やっぱりオイラの言った通りじゃんか!? コイツら、めちゃくちゃめんどくさいって!」

 

 彼らの騎馬にとって最大の弱点とも言える衛宮士郎の制限を口にされ、チームメイトの二人は揃って動揺を見せる。

 その様が面白かったのか、物間寧人はより一層笑みを深め、

 

「――いやしかし。君も大変だね、衛宮士郎くん。チームメイトがこうも馬鹿正直じゃ、君の努力も報われない」

 

 障子目蔵と峰田実の二人を見やりながら、そう告げた。

 

「なんだと?」

「あれ、まだ分からない? 自分たちが仲間の足を引っ張ってるって」

「何を、言って――」

「確かに、僕はそこの彼が何らかの事情で全力を出し切れない状態だって、これまでの様子から()()してたさ。――けどそれは、あくまで予想でしかなかったんだよ」

 

 第一種目を全て費やしクラス一丸となって偵察に腐心し、さらには第二競技においても他チームの観察を怠らなかった物間寧人は、様々な騎馬に対し精度の高い予測を弾き出せるのかもしれない。

 敵となる者の"個性"、戦法、性格や思考に至るまで。様々な観点から計算される彼の予測は、概ね的中している事だろう。

 

 だが、一方で。

 予測はどこまでいっても予測でしかなく、そうかもしれない、という物間寧人の想像でしかない。

 他者の心や思考を盗み見れない以上、いかに精度が高かろうと予測とは曖昧なものだ。

 現実に対象と対峙し、その実情が曝されるまでは、彼の予測が空想の域を出ることはない。

 

「たとえ、九割方自分の推測に確信を持てたとしても、残りの一割は予測が外れてる可能性を考慮しておく。その空白がある間は、僕も思い切った行動は取れない」

 

 もし、予想した何もかもが間違っていたのなら。もし、その誤った仮定の下に行動を起こしてしまったら。

 その時点で、物間寧人は敗北を喫する。

 敵の全てを詳らかにし、あらゆる危険要素を排除し、完璧な道筋を描いて勝負を仕掛ける彼が、根幹となる分析と予測に誤差や変数を残してしまえば、その戦術も戦闘理論も土台から崩壊する。

 故に、物間寧人は誰よりも慎重でなければならず、行動を起こすのは全ての推測に確信を持てた時だけだ。

 その観点で言えば、彼は未だ完全な確信には至っていなかった。

 敵となる騎馬との交戦時間も短く、最大の障害である衛宮士郎の全力も晒されてはいない。 

 物間寧人が分析を終えるには情報が足りず、行動に移るにはまだ時期尚早だった。

 

「けど――その空白を、君たちが埋めてくれた」

 

――つい、さきほどまでは。

 

「俺たちが、埋めた?」

「そうだとも。想像でしかなかった、空想でしかなかった僕の考えを、君たちが肯定してくれた。――あんな鎌掛けにあっさり狼狽するくらい、僕の推測は的を得ている、てね」

「……ッ!」

 

 その言葉の意味を、障子目蔵も峰田実も、瞬時に理解した。

 自分達は、見え透いた罠に自ら掛かってしまったのだと。

 

「いやぁ、僕も驚いたよ。口を滑らせるのも苦労するかと思ってたし、時間的にも結構ギリギリかなって。それが、こうも簡単に答えを教えてくれるなんてね。ほんと、ここまで単純だとは思ってなかった」

 

 本当に助かったよ、と。

 心の底から愉快そうに、嬉しそうに、自ずから弱みを晒した間抜けを嘲笑う。

 

「彼らさえもう少し利口なら、僕ももう少し躊躇っただろうし、君たちがこうして追い詰めれることもなかった。そうは思わないかい?」

 

 詰っていた二人から視線を切り、物間寧人は再び、衛宮士郎へと語りかける。

 二人に対するものとは違い、衛宮士郎の実力を認めた上での言葉。ともすればそれは、労り、憐れんでいるようにも聞こえた。

 だが、違う。

 物間寧人に、敵対者の眼前で同情を抱く様な余分や驕りなど無い。そんなくだらない感傷で自らの勝率を下げる愚を彼は犯さない。

 同情とも取れるその言葉もまた、勝利を得るための策謀だ。 

 必勝の武器を奪い、裏取りも済み、絶大的な優位を得てなお、物間寧人には油断も慢心もない。 

 動揺を誘うためか、あるいは仲間割れを狙ってか。王手一手前の盤面をさらに盤石なものとすべく、物間寧人は言葉を弄している。

 

 無論、気にする必要などない。

 障子目蔵にしろ、峰田実にしろ、単なる挑発だと分かりきった言葉を、まともに取り合う意味などない。聞き流し、競技に集中すればいい。

 

――しかし、できない。

 

 ただの戯れ言、敵が自身を惑わせるための戯言でしかなくとも、それら全て何一つとして間違っていない。

 自分達が迂闊だったという事も、自分達の反応が敵のを後押しした事も、それが為に仲間のここまでの奮迅を無為にしてしまったことも、紛れもない事実だ。

 取り繕う余地も無ければ、嘲笑う騎手にいいかえせる言葉もない。

 もはや、結果は確定した。

 あの剣群に争う術はなく、彼ら三名はここで敗退する。

 いまさら後悔しても遅く、その敗北、この状況を招いたのは他ならぬ彼ら二人であり、

 

「――ああ。これっぽっちも、そうは思わないな。」

 

――それを承知で、衛宮士郎はその一切を否定した。

 

「――へぇ。この状況で、まだチームメイトを庇うんだ」

「庇っちゃいない。こんな不利(コト)になってるのは元々、俺が持ち込んだ不都合のせいだし、見誤った俺のミスだ。二人に落ち度なんかない」

 

 言葉に偽りはない。

 虚飾も虚勢も、仲間に対する慰めすら、含まれてはいなかった。僅かたりとも動揺を見せない彼は、ただ事実のみを語っている。

 窮地に追いやられたのは自らの失態であり、チームメイトに咎は無いと。

 現に、"個性"使用制限などというハンデを抱えているのは士郎の不調が原因だ。峰田実も障子目蔵も関わりがない。この劣勢も、敵戦力を見誤った彼の失態によるもの。

 士郎にとって、責を負うべきは自分一人。それを、さも二人に責任があるかのように嗤われるのは、我慢ならなかった。

 

「それに、この残り時間だ。言質を取れようが取れまいが動かざるを得ない。二人が何を言ってようと、お前達は勝負に出ただろ」

 

 さらに重ねられる言葉は、物間寧人の欺瞞を暴く。

 現在、制限時間は残り一分を切っている。周囲の争奪戦も苛烈さを増している。奪うにせよ守るにせよ、様子見の段階はとうに過ぎている。

 物間寧人達には初めから、敵の反応を待つ時間など無かったのだ。

 

「……ま、そういう考え方もできるだろうね。けど、君がどう思おうと、状況は変わらないよ?」

 

 自身の内情を見透かされても、物間寧人に焦りはない。

 動揺を誘い、仲間割れをさせ、確実に鉢巻を奪い取ろうという思惑は失敗に終わったが、状況は変わらぬままだ。

 未だ優位は物間寧人らの側にある。

 

「いい加減、僕も焦れてきた。こっちの我慢が続いてるうちに、潔く鉢巻を渡してくれないと――本当に血を見ることになるよ」

 

 わざとらしく腕を広げ、物間寧人は剣の群れを見せつける。

 一度触れれば皮膚を裂き、肉を斬り、骨を断つ鋭い刃。紛う事なき凶器の塊が、砲弾と化して衛宮士郎達に標準を合わせている。

 放たれる剣群を完全に防ぎ切る術は、今の士郎達には無い。

 質量にせよ速度にせよ、人体に耐えられるものではなく、正面から受けるなど以ての外。唯一、対抗できる士郎も不慣れな体勢に限られた手札では、数合凌ぐのが限度だろう。

 

 あの時、"個性"を模倣された時点でこの結果は確定していた。

 残された道は、この競技が終わるまで逃げ惑うことのみ。

 この場の誰もが理解している。

 数秒後、物間寧人は剣群を解き放ち、士郎達に残された最後の鉢巻を奪い取っていくだろう。

 それがこの戦いの終わり、彼らの決着となり――

 

 ……ま、そんなわけないけど。

 

――ただ一人、物間寧人だけが、異なる思考を抱いていた。

 

 衛宮士郎の"個性"を模倣し、この盤面を整えたその当人が、自らの勝利を絶対のものと信じていない。

 敵の騎馬ですら同様の結末を予感している中、彼自身はそれを否定している。

 常人には理解できない矛盾。

 だが、彼にとってそれは、極めて当然の結論なのだ。

 

 ……ここ一番で想定外に狂わされちゃたまらないからね。

 

 物間寧人という人間は用心深く、また疑り深い。

 勝負所となれば執拗なまでの周到さで事に当たり、敵はおろか己の分析ですら疑い抜く。

 自らの無力さを知り、あらゆる手段を容認する彼は自身の策に瑕疵など許さない。必要な情報を揃え、考えうる限りを考え尽くす。

 であればこそ、物間寧人が出会って数分足らずの敵から模倣した”個性(武器)“を信用するはずがない。

 何が出来るか、どう扱うするのが効果的か。出会ってたった数分しかたたない敵から模倣した"個性"では、その運用法も真価も完全に測る事はできず、検証には時間が足りない。

 不完全な理解のまま鹵獲した武器に頼りきり、不具合でも起きてしまえば待っているのは自滅だけだ。

 その様な愚行は犯せない。

 

 故に、物間寧人は初めから、衛宮士郎の"個性"を決定打にするつもりはなかった。

 彼が真に信を置くのは己自身であり、同じクラスの仲間であり、自分達が持つ"個性"こそが勝敗を決する切り札なのだ。

 勝利への布石は既に打たれている。

 物間寧人のチームにおいて前騎馬を担う生徒、円場硬成の有する"個性"『空気凝固』。自らの吐息を硬化させる異能によって作られた空気の壁が、衛宮士郎の騎馬の周囲至る所に設置されている。

 それら"バリケード"は様々な形状と配置がなされ、単純な壁としてだけでなく、袋小路や転倒を狙って足元に配置されたものなど、全てが敵の動きを止める事を目的として作られている。

 

 模倣した"個性"は、敵をその罠へと追いやるブラフとしての役割さえ果たせればよかった。それができるのなら、模倣する"個性"は誰のものでも構わなかった。

 たまたま、衛宮士郎のそれが最適だっただけのこと。

 飽和攻撃すら可能な物量と、刃の砲弾という見た者を竦ませる威圧感。どちらも、ハッタリとしてこれ以上ないほど有用だった。

 

 ……そういう意味じゃ、僥倖だったかな。

 

 物間寧人の目論見は、敵の騎馬が周囲に配置した空気の壁に動きを止められた瞬間に鉢巻を奪い取る事だった。

 だが、この策は決して完璧なものとは言えない。

 円場硬成の"個性"では、敵の移動を防ぐのがやっとであり、行動能力を完全に阻害することは不可能だった。当然、鉢巻を奪いに近づけば敵も応戦する。たとえ、それが苦し紛れのものだったとしても、地力で大きく劣る物間寧人のチームには厄介過ぎる抵抗だ。

 悠長に構えていては敵に体勢を整える時間を与え、かといって無闇矢鱈な攻めではあしらわれる。

 彼らにとって、網にかかった獲物をいかに素早く仕留めるかが、一番の悩みの種だった。

 

 だが、その課題は衛宮士郎の"個性"を模倣した事で解決された。――即ち、剣の牢獄。

 無数の刀剣を創造し射出するその能力は、ただ敵を追い立てるのみならず、拘束にも流用できる。それは、本来の保有者である衛宮士郎本人によって証明されている。

 先刻、拳藤一佳たちがそうされたように、敵騎馬が動きを止めた瞬間、頭上から囲うように剣を投下する事で即席の檻とし、一切の身動きも抵抗も許さず自由を奪う。

 いかに衛宮士郎の技量が並外れていようと、碌に"個性"を扱えず剣も振るえないのであれば、"無個性"の常人と大差ない。

 そこまで漕ぎ着けられたなら、もはや彼らの勝利は確定だ。

 

 ……頃合いかな。

 

 制限時間は残り僅か。分析はおおよそ完了し、都合の良い武器もある。

 状況は整った。

 

「――さあ。どうするんだい、衛宮士郎!」

 

 叫び、敵の動きを待つ。

 逃走はない。降伏もない。

 あの敵に限って、事ここに至り諦めるなどありえない。 

 眼光は鋭く、諦観など認めぬと、強くこちらを見据える姿は闘志に満ちている。

 

――故に、奴らは必ず獲りにくる。

 

 今更、他所の騎馬から奪い取る時間などない。

 物間寧人らに鉢巻を奪われている以上、衛宮士郎たちが決勝へと進むにはここで敵の鉢巻ごと自分たちの得点を奪い返すしかない。

 

 ……速度を生かしての旋回か、或いは一度後退して距離を取るか。

 

 騎馬の耳元で、衛宮士郎が何事かを呟き、それを驚いた顔で異形型の生徒は聞いている。

 おそらくは、どう動くかの指示だろうが、それがなんであろうと構わない。

 敵騎馬の機動力はここまでの観察と交戦で十分に把握している。

 あの異形型の生徒がどう動こうと、その行先を予測して頭を抑えられる自信が彼にはある。

 油断も慢心もなく、今度こそ戦いを終わらせるべく如何なる予兆も見逃すまいと物間寧人は目を光らせ――

 

「なっ―――!?」

 

――だからこそ。目の前の光景に、驚愕の声を抑えることができなかった。

 

 敵騎馬の一挙手一投足を全て視ていた。

 どんな動きも見落とさぬように、敵がどんな行動を取ったとしても瞬時に対処できるよう、瞬きすら挟まずその姿を収めていた。

 そうまで"見"に注力した以上、彼が敵の動きを見落とすことなどない。ましてや見間違えることなど、あり得るはずもない。

 故に、眼前で起きた出来事は現実そのもの。

 全霊の疾走も、前へと踏み出す脚も、正しく物間寧人の見た通り。――即ち、直進。

 前へ。ひたすら前へ。

 力強く地面を踏み締め、敵騎馬は事もあろうに物間寧人たちへ向かって前進してきているのだ。

 

「なにを――」

 

 異様な行動に、物間寧人は困惑の声を漏らす。

 敵の行動はいくつかのパターンを予想していたが、これは予想外という他ない。なにせ、正面からの吶喊だけは絶対にないと踏んでいた。

 遠距離攻撃に対し、その射程圏外であり弱点でもある接近戦に持ち込もうというのは理解できる。

 だが、だからといって何十という砲弾に真っ向から向かっていく人間がどこにいるというのか。言うまでもなく、そこは砲火の中心であり、砲撃が最も苛烈で分厚い場所だ。

 ここでは、鉄の盾を掲げようとなんの守りにもならない。弾丸の如き速度の剣弾による集中砲火は、敵対者の接近など許しはしない。

 ましてやそれが、"個性"を十全に扱えもしない者であればなおのことだ。

 

 だというのに、迫り来る騎馬はそんな判りきった不可能に挑もうとしている。

 鋒を向ける無数の凶器、それらが一斉に放たれれば彼らに防ぐ術はない。幼い子供にだって分かる。このまま進めば、彼らに待っているのは凄惨な死のみ。

 四肢は千切れ飛び、首と胴は泣き別れ。全身の血液という血液を撒き散らし、柔らかなピンク色の臓物を地面にこびりつかせる。

 そんな、今時見ないようなB級のスプラッタ映画の小道具じみた、不恰好なバラバラ死体が彼らの末路だ。

 

「本気か――?」

 

 理解できず、そんな疑問が溢れる。

 どう考えても無謀、どう見ても自殺志願者のそれにしか見えない行動だ。

 熱気に充てられて考えなしになったか。追い詰められて自棄になったのか。少なくとも、正気の沙汰ではない。――否。

 

 ……なら、それが解決策<コタエ>か……!

 

 間違いきった選択、取るべきではない行動。

 そこにどのような意図があるか、物間寧人はおろかこの会場にいる誰であろうと理解できない。

 しかし、だからこそ、これは確実だ。

 

――奴は、勝機を見出している。

 

 無数の刀剣を砲弾とする一斉掃射。確かにそれは、この上なく致命的な技なのだろう。

 だが、忘れてはならない。

 その技も、この“個性”も、一人の男が生まれ持ち、磨き上げてきた能力だ。扱いも防ぎ方も、奴が最も熟知している。

 狂っていると。正気ではないと。

 そんな思考は、この“個性”を持たない他人だからこそ行き着く結論でしかない。真の担い手であるあの生徒には、他者には見えないモノが見えているのだ。

 

「ソレを、見せてみろよ! 衛宮士郎――!!」

 

 決断は早かった。

 この程度の予想外は、初めから想定内。もとより底の知れぬ相手、何をしてきたとしても不思議ではない。

 動揺は瞬時に鳴りを潜め、一瞬後剣群が解き放たれる。展開させた剣弾の総数は三十発。うち、迎撃に投じられたのは五発。

 互いに奔りあう敵と凶器は、瞬きの内にその距離を縮める。

 コンマ数秒後、激突の瞬間に起こるであろうナニかに備え、物間寧人はそれを見極めんと全神経を注ぎ込み、

 

 

 

「――――――は?」

 

 

 

――その先で。

  物間寧人は、今度こそありえないモノを視た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 観客も、対戦者も、誰も彼もがその行動に驚愕する中、誰よりもその結論に困惑していたのは当事者である障子目蔵自身だった。

 

――突っ込め。

 

 告げられた言葉はたったそれだけ。

 絶対的窮地から、それ以上の死地へと飛び込め。それが、背に乗る友人から下された、たった一つの指示だった。

 

 無数の砲弾に真正面から立ち向かう。

 言葉にすれば単純な、されど実際はこれ以上ないほどに困難な要求だ。

 なにせ、一撃受ければそれで終わる。

 高速で射出される刀剣は、肉も骨も容易に断ち斬る鋭さを持つ。たったの一振りでも直撃してしまえば、障子目蔵も、峰田実も、衛宮士郎も、生きてはいられない。

 

 ――そんな、死のカタチが、何十と並んでいる。 

 一本でさえ脅威だというのに、自分達に狙いをつけるそれらは遥かに膨大な物量でこちらを待ち構えていた。

 そこに、真っ向から突撃しろなどというのは、常軌を逸している。

 剣弾の射出速度を考えれば、十分な距離を取っていても回避は容易ではないというのに、自ら近づいていっては絶対に避けられる筈がない。

 

――死んでこい、と言われているようなものだ。

 

 手足の指全て使っても数えきれない無数の刀剣を突破して、およそ5mの距離を詰め敵騎馬に肉薄、さらに鉢巻まで奪い返すような離れ業はもはや不可能に等しい。

 ひとたび攻撃が始まれば、障子目蔵に戦況をひっくり返す術はない。彼は剣の波濤を前に、膝を屈するだろう。

 そんなことは、分かりきった事実だ。確認するまでもなく、絶大に覆せない逆境だ。

 だから、進めない。

 自身も、チームメイトも、誰も彼も死なせてしまうそんな指示には従えない。

 

――けれど。

 

 仮に、もし仮に、衛宮士郎が自暴自棄になったのではないとしたら。なんらかの打開策を持っているとしたら。

 無駄で無謀な指示にも、意味があるのかもしれない。あの、絶対的な死地こそが、唯一の活路なのかもしれない。

 あの能力は、もともと衛宮士郎のものだ。対処法は、本人が最も理解しているはず。

 それなら、無茶な言葉に従う意義もあるだろう。

 

――それに、そもそもの話。

 

 障子目蔵は、衛宮士郎の力を見込んでチームを組んだ。あの男となら、必ず勝ち抜けるのだと、そう信じて選んだ。

 その期待に、友人は応え続けている。容易く敵の騎馬から鉢巻きを奪い、二騎の猛攻を全て凌ぎきり、今も勝利を手にするべく前を敵を見据えている。

 ならば、障子目蔵がすべきは何だ?

 

――決まっている。

 

 託すと。信じると、そう決めたのなら。

 その決断を、最後まで貫き通す。

 初めからそう決めていた。障子目蔵には、勝ち筋は生み出せない。勝利には、誰かの力に頼り切ることになる。

 だから、せめて力の限りその人物を支えようと誓っていた。

 今更、それを覆すことなどできない。

 心に決めた事があるのなら、今は、ただその通りに走り抜け――!

 

「信じるぞ、衛宮――!」

 

 信頼を告げると共に、地を蹴る。

 死への恐れと、僅かばかりの躊躇を振り切った障子目蔵。

 一つの決意のもと、剣の群れへと力強く疾走する様は、猛る象を思わせる。

 外敵を薙ぎ払わんと猛進する巨躯。

 その進撃を阻もうとするのは無謀だろう。

 相手が象であるのなら、生身の人間にそれを阻止する術はない。

 

 だが、敵もまた尋常ではななかった。

 切っ先を向け待ち受けるは無数の刀剣。

 十字に似たシルエットは西洋のロングソードそのものであり、剣というカテゴリーにおいて万人が想起する最も普遍的<ポピュラー>な形状だ。

 多連装ロケット砲の如く居並ぶ剣群にどれ一つとして異なるものはなく、銀色の刃に凍えるほど冷たい光を湛えている。

 

 ……来るか……っ!

 

 三歩の距離を詰めたその瞬間、敵も動いた。

 待機させていた剣群から、全く同時に投じた剣は五振り。何の工夫も技巧も込められていない単純な投擲だが、それらがこちらの命を容易く奪える凶器である事に変わりはない。

 

 ……どうする、衛宮!

 

 互いに互いへと突き進む騎馬と剣。

 接触には、二秒とかからない。

 それまでに何らかの策を――生存への道筋を手繰り寄せられるのか。

 衛宮士郎に与えられた制約、一競技につき二十度のみという"個性"使用制限に従うのなら、残る投影は三度のみ。手元に残った双剣と弓に加えても、剣群への対抗策としては心許ないが……

 

 ……まだなのか……!?

 

 このままでは、直撃は避けられない。

 迎撃にせよ回避にせよ、対処しなければ三人揃って真っ二つになる。

 なのに、背の上の友人は未だ動きを見せないまま。

 何か策があるにしても、あまりに悠長すぎる。

 だが、そこに疑問を挟む余地は無い。――そもそも、そんな余白は残っていなかった。

 

 ……衛宮っ……!

 

 剣弾が迫る。死が近づく。

 ほんの少し先、すぐそこに終わりがある。

 回避は不能。全力で走る肉体は、既に停止も進路変更もできなくなっていた。

 あと、ほんの少しで剣は到達する。

 その事実を前に、文句の言葉など一語たりとも口にできない。

 

「っっ………!」

 

 残り、80cm。

 

 声にならない悲鳴が、音もなく消えていく。

 

 残り、60cm。

 

 思考がとめどなく溢れて弾ける。世界が、ひどく遅送り<スロー>に感じる。

 

 残り、40cm

 

 走馬灯じみた感覚は、極限状態における集中によるものか。それとも、死を前に生存方を模索する本能によるものか。

 

 残り、20cm

 

 恐怖に喉が干上がる。

 

 残り――

 

 引き伸ばされた時間の中、とうとう鼻先まで到達した剣は、ついぞ軌道を逸れる事も防がれることもなく。

 障子目蔵は身体を強張らせたまま、恐れに目を閉じることもできぬまま、ただ自らを斬り裂く凶器を眺める事しかできなかった。そうして――

 

 

 

 

「――――あ?」

 

――そうして。 

  障子目蔵は、五体満足な姿で、その命を長らえていた。

 

 放たれた五振りの刀剣、その全ては過たず彼らに命中した。

 障子目蔵が危惧した通り、迫る脅威に対し回避も防御も迎撃も、何一つ対処は出来なかった。

 ならば、彼らは死んでいるべきだ。少なくとも、致命傷かそれに近しい重傷を負っていなければおかしい。

 

――なのに、生きている。

 

 心臓は変わらず鼓動し、四肢のいずれも斬り落とされてはいない。

 それどころか、出血はおろか傷の一つすら負っていなかった。

 

 ……なに、が……

 

 起きたのか、と。

 少年の心中は、困惑の極みにあった。混乱している、と言ってもいい。

 彼は、剣が直撃する瞬間を見ていた。

 急所を狙って放たれた五振りの刀剣は、背後に庇われた峰田実ごと串刺しにする軌道で間違いなく命中し、

 

――彼らの身に触れた瞬間、跡形もなく()()した。

 

 それは、にわかには信じ難い光景だった。

 硬く鋭い剣と、屈強なだけで何の変哲もない人肉。それらのぶつかり合いの結果は、火を見るより明らかだ。生物の皮膚や筋肉で金属の塊を破壊することなど出来ない。それが、極めて当然な常識だ。

 

 だが、障子目蔵の身に起きた出来事は、それとは真反対のもの。破れたのは剣の方で、生き残ったのは生身でしかない彼らだった。

 それだけでも目を疑う光景だが、破れた剣の末路はより現実離れしている。

 

 ()()

 折れたのでもなく、砕けたのでもない。放たれた五振りは着弾と同時に、この世から消え去った。何の予兆も前触れもなく、激突による衝撃も生じず、触れたという感覚さえ感じさせず、そんなもの初めから存在しなかったかのように綺麗さっぱり消え失せた。

 

 あまりに異常、あまりに奇っ怪すぎる。

 単に壊れるだけならまだしも、霧のように消える剣とはどういう事だ。

 実体のある物だと思っていたあれらは、実のところただの虚像だったのか。それとも幻覚の類でも見せられていたのか。或いは、これもあの騎手の企みで、自分たちは何らかの策に嵌められているのか。

 何もかも不可解なその現象、自身の理解を遥かに超えた状況に、障子目蔵は思わず足を止め、

 

「緩めるな、障子――!!」

「ッ―――!」

 

――その叫びに、停止しかけた肉体を再び稼働させる。

 

 減速からの再加速。

 心臓<エンジン>に火を入れ、速度を一気にトップギアへ引き上げる。

 踏み込む一歩に、もはや迷いはない。

 何が起きたのかも、何をされたのかも、目蔵は解らないままだ。

 だが、それでも、背の友人は行けと言った。

 誰もが呆然とする中、異様な光景に戸惑わず、躊躇いもなく先刻と同じ意を告げた。

 

 ならば、これは()()()()()()()()()()()。決して覆らない、確定した帰結だったのだ。

 障子目蔵には解らずとも、他の誰にも解らずとも、衛宮士郎だけは知っていた。――造られた剣の全てが、何一つ脅威にならないという事を。

 

 ……行ける……!

 

 走る。  

 僅か数メートル、僅か数歩の距離を全力で走り抜ける。

 それを許さぬと、一斉に向かってくる剣弾の数は先の比ではない。視界を埋め尽くし、一個の巨大な塊にさえ錯覚させる量と密度だ。標的を呑み込まんばかりに殺到する様は、剣の大波と形容せざるをえないほど。

 敵対者を粉微塵に斬り散らす、剣の波濤。

 

――だが、今この瞬間において、あれらを恐れる必要はない。

 

 剣群は次々と獲物に喰らいつき、しかしてそのどれもが傷を残すこと能わず。

 例外はない。

 命中したものは標的に触れたそばから消えていく。他の物質との衝突に耐えられぬというかのように崩壊を迎える。

 こうしている間にも剣は放たれ、その穴を埋めるように新たな剣が装填されては射出される。その全てが、同じ末路を辿っていく。

 

――その光景を見て、障子目蔵もようやく理解する。

 

 襲いくるアレらは、文字通り幻だ。

 そう象られただけで、形に見合った機能など持ち合わせていない。

 それどころか中身がまるでない。だから、ああもあっさり崩れ去る。

 飴細工よりなお脆く。蜃気楼よりなお儚い。

 まさしく、虚像そのものだ。

 

「っ――――、なんで……っ!」

 

 驚愕と疑問がない混ぜになった声で、敵の騎手が叫ぶ。

 それは、真っ当な反応だろう。彼が振るっている"個性"の本来の保有者であり、級友でもある衛宮士郎を知っている目蔵でさえ、こんな状況は想像もしていなかった。

 なら、ただ力を模倣しただけの彼の驚嘆は、こちらのそれとは次元違いだろう。

 

――無論、敵の動揺に構ってやるほど、彼らは甘くはない。

 

「…………っ!」

 

 敵騎馬の目前。

 剣の波を超えて、障子目蔵はついにそこまで辿り着いた。

 両者の間にあった5mの間合いもはやなく、煩わしい剣群はとうに意義を失くしている。

 たとえ、今から後退しようと、目蔵の脚力からは逃げられない。

 あと一歩の踏み込みで、敵の懐に入る。――その、刹那。

 

「円場――っ!!」

 

 敵の騎手が、騎馬の一人を呼ぶ。

 即座に動きを見せたのは、前騎馬を務めている生徒。名を呼ばれると同時に、彼は口を尖らせ強く息を吹き出した。

 その行為にどんな意味があったのか目蔵には分からないが、ただ漠然と、自分たちと相手の間にナニカが出来た事だけは察せられた。

 

 そう感じた理由に、確たる理屈はない。ほとんど直感のようなものだ。

 向こうの行動から何をしたか推察したわけでもないく、そもそも敵への接近に全精力を傾ける目蔵にそんな余裕はない。

 分かる事があるとすれば、最後の一歩を踏み込んだとて、そのナニカに阻まれるという事だけ。

 目に見えないそれの対処など彼にはできないし、する必要もない。彼の役割は、ただひたすらに騎馬として在る事。

 

――故にこそ、それを為すのは、ただ一人。

 

 

「疾――ッ!!」

 

 鋭い気勢と共に繰り出されるは二振りの剣。

 黒と白。

 太極を描くが如き陰陽の双剣が、交差する様に目の前の空間を斬り裂く。

 パリン、という空耳を聞いた気がした。

 そこにあった目に見えない壁は、黒白の刃と拮抗することすら叶わず、まさに"空気"そのものと散る。

 

「――――っ!」

 

 失われた最後の障害。

 道は開け放たれ、もはや互いを隔てるものは何も無く。

 今度こそ、敵の騎手は息を呑んだ。

 

「おぉおおおおおおーーーっ!!!」

 

 裂帛の声を上げて、一歩を踏み込む。

 もはや最後となるその疾走を止める術は敵にない。

 障子目蔵は抜き去るように敵騎馬とすれ違い、その刹那――

 

 

――無数の触腕が、残る鉢巻の悉くを奪い取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝敗は決した。

 二騎と一騎。長くも短かった双方の戦いは、あらゆる策と攻勢を凌ぎ、後者の勝利で幕を閉じた。

 勝者である騎馬は、勝利の余韻に浸る事もない。

 ただ、まだ終わってはいないと、本来の目的を果たすべく立ち去ろうとしている。

 

「なんで――」

 

 その歩みを止めたのは、鉢巻を奪われ呆然と佇む物間寧人が漏らした、そんな呟きだった。

 

「……………」

 

 衛宮士郎は騎馬を留め、敗者へと向き直る。

 

「―――なんでだ、衛宮士郎」

 

 振り返った先に見えた騎手の顔には、表情らしき表情はなかった。

 能面の様に、ぼんやりと自分たちから鉢巻を巻き取っていった者たちを見ている。敗北を受けての失望か。そうなるに至った過ちへの自失か。

 固定されたような顔からは何の意図も読み取れず……ただ、その無表情が、感情が抜け落ちたが為のものだとは、士郎には思えなかった。

 むしろ、その逆で――

 

「なんで――――なんで、僕の剣だけが消えるんだよ――っ!!」

 

 その想像を裏打ちするように、物間寧人は溜め込んだモノを噴出させた。

 彼は、敗北に衝撃を受けているわけではなかった。自らが信頼するチームメイトの守りがいとも容易く破られた事に、驚きを感じているわけでもなかった。

 怒りにも似た激情は、ただ一つの疑念に満ちている。

 

――つまり、どうして此方(じぶん)の"個性"は、其方(おまえ)の"個性"の様に機能しないのか、と。

 

「失敗は無かった、"スカ"じゃなかった、間違いなく模倣<コピー>に成功したっ! なのに、どうして――っ!」

 

 理解できないと、物間寧人は叫ぶ。

 あらゆる"個性"、あらゆる異能を模倣する彼がコピーに成功したのなら、コピー元と完全に同一の能力を扱えるのが正しい道理だ。

 衛宮士郎が造り出す刀剣も同様に脆弱であるのなら、何も問題はなかった。

 だが実際のところ、衛宮士郎の"個性"による剣は、増強型に類する拳藤一佳の"個性"を真っ向から受け止められる強度を有していた。

 ならば、その"個性"をコピーした物間寧人にも、それに劣らぬ剣を造れなければおかしい。

 

 ……例外はある。

 物間寧人は確かに、どんな"個性"でも模倣できる。だが中には、模倣できてもその能力を十全に引き出せないものもある。

 衛宮士郎の"個性"がそうした類のものであるのなら、この状況にも納得はできた。

 もっとも、そういった"個性"を模倣した時は、まずまともに行使できない。それがどのような性質であろうと、能力としての現象を引き起こせないのだ。

 剣を造りだすという"結果"が伴っている時点で、衛宮士郎の"個性"はそれらに該当しない。

 

 だから、物間寧人は問う。

 何故、と。どうして、と。

 自らの常識と認識からかけ離れたソレが如何なるものか、馬鹿正直に問いかけるしかない。

 

 無論、その問いに士郎が答える義理はない。

 勝敗が決したとはいえ、自身の不利に繋がりうる情報を与えるべきでない上に、わざわざ敵の疑問を解消してやる事に何の意味があるというのか。

 ましてや、既に下した相手にこれ以上、かかずらう必要も、その余裕も彼らにはないのだから。

 

「どうもこうも――」

 

 だが、士郎は留まった。

 停止は僅かな間だけのこと。数秒のうちに、また走り去る。

 長居することはない。足を止めたのは、一つの問いに答えるため。

 そうする義理も必要もなく、ここで立ち止まる事はむしろ不利益しか生まない。

 それでも残ったのは、その力を持つ者として、彼の間違いを正しておこうと思ったからだ。

 

「お前の剣には、何もかも足りてなかった。だから消えた。――ただ、それだけの事だ」

「足りていない……?」

 

 物間寧人が抱いた疑問を、士郎はただの一言で片付けてしまった。

 あまりにも簡潔なその答え。

 それは、今日まで投影という異能に向き合ってきた衛宮士郎だからこそ視えた誤りだった。

 

「材質も、構造も、記憶も、年月も。剣に在るべきモノを何一つ空想<イメージ>していない。それが出来てたなら、たとえ空っぽだったとしてもあそこまで脆くならないし、障子の足を鈍らせる事ぐらいはできた。けど、お前は外見だけでイメージを固めて剣を造った。そんな希薄な剣が、現実に打ち勝てるわけがない」

 

 不足。

 それが、士郎の読み取った物間寧人の間違いだった。

 士郎には、模倣の"個性"がどれほどの精度で、どこまで作用するのかはわからない。彼の投影が精神の顕れとされるなら、その在り様までコピーするのか、そうでないのか。

 この短い交戦では、その是非を判断できるほどの材料は得られなかった。

 だが、たとえどちらであったとしても、結果は変わらなかっただろう。

 

「言っただろ。外見だけ繕ったところで、出来損ないのハリボテにしかならないって」

 

 その言葉が、全てを物語っている。

 自らのイメージをもとに剣を複製する以上、行使者は剣の全てを仮想しなければならない。

 劣った空想は、現実の前に掻き消える。形だけの見てくれを整えたところで、そこに実体が宿ることはない。

 それを理解していなかったが故に、物間寧人は致命的な勘違いをした。

 

「――生憎と、"猿真似"で扱えるほど優秀でも便利でもないんだ、俺の"個性"は」

 

 衛宮士郎が自らの"個性"を使い熟すまで、およそ十年の月日をかけている。一日たりとも鍛錬を欠かさず、何度も死にかけながら、ようやく武器として仕上げるに至った。

 他者の過程、成果を完全に模倣する事など、あまつさえそれを一瞬で成し得ることなど出来はしない。

 物間寧人の"個性"にできるのは、ただ他人が持つ"個性"の性質を一時的に自身へ適用させる事だけ。培われた技術や強度まで模倣できるわけではない。

 なら、彼が士郎の"個性"を模倣したところで、それを完璧に扱えるはずもない。

 

 分かっている。

 そんな事は、誰よりも物間寧人自身が理解している。

 だから、その事実を指摘されたところで、否定する気などかけらもなく、

 

「――猿真似、だって?」

 

――そんな事は、その一言を聞いた瞬間に、吹き飛んでいた。

 

 模倣した自身の剣が消えた理由も、自身の失態も、何もかも抜け落ちた。

 猿真似と、衛宮士郎は言った。

 ああ、確かに、物間寧人の模倣は完璧ではなかっただろう。コピーした"個性"の性質を見誤り、間違った認識のまま行使した事に否定の余地はない。

 

――だが、されど。

 

 模倣という"個性"を持つ物間寧人は、だからこそ他者の"個性"の再現に手を抜いた事はない。コピーする対象をつぶさに観察し、運用法の把握に一切の妥協も許さない。

 それが、物間寧人の信条であり、矜持だ。

 誰かの力を掠め取る事しかできない能力だからこそ、その在り様を突き詰めてきた。

 

――故に、認められない。

 

 その"個性"が自身の心を歪めたきっかけで、一生付きまとう劣等感の象徴だったとしても、その力は物間寧人だけが持つ、彼だけの誇りだ。

 それを蔑まれる事など――ましてや、猿真似などと称されることを、許せるはずがない――!

 

「衛宮ぁあああああああ――――――ッ!!!!!」

 

 怒号を上げ、物間寧人は模倣した"個性"を振るう。

 それが通じなかった事、それを十全に扱いきれなかった事なぞとうに意識にない。勝敗すらどうでもいい。

 衛宮士郎が口にした言葉を否定する、ただその為に残る力の全てを注ぎ込む。

 それだけは絶対に譲れぬ一線だと、この一瞬に全てを賭し、

 

「――投影、開始<トレース・オン>」

 

 その言葉と共に、巨剣が降り落ちた。

 

「――――――っ!?」

 

 轟音を響かせ、人間より遥かに巨大な剣が地面に突き立つ。

 その衝撃、生じた風圧はただそれだけで物間寧人の展開した剣を消し飛ばし、彼らの骨身を軋ませた。

 

「――――――」

 

 言葉を失う。

 突き立った剣は、あまりに圧倒的だった。

 コンクリートでできた硬い地面をバターのように容易く穿ち、折れる事も刃毀れする事もない。

 物間寧人の造りあげたそれとは比べるべくもない、確かな現実味を帯びている。

 その威容に、直前までの怒りすら呑み込まれた。

 

「――――」

「――――あ」

 

 瞬間、剣越しに怒りを向けていた相手と視線が交わる。

 濁りのない静かな眼差しは、いかなる激情も見せることなく、僅かな停滞の後に遠ざかっていく。

 何処を目指しているのか、何をするのか。

 物間寧人には何一つ分からず、ただ走り去っていく姿を眺める事しかできなかった。

 

 

 

 

 




 こうして後書きを打つのも随分久しぶりです。
 最新話は、更新速度が過去ぶっちぎりで最低となってしまいました。
 なんでこんなにも時間が空いているのかというと、まあいつも通り色んなゲームで遊んでたりもあるのですが、やはり士郎の対戦相手となった二チーム、特にその騎手を務める二人をどう動かすかに手こずったのが大きいのだと思います。 
 ヒロアカという物語の序盤ということもあり、それぞれのキャラクターの深いところまで描写したくないと思うと同時に、あっさりと敗退させるような粗雑な扱いはしたくない、そんな正反対な感情の鬩ぎ合いの結果、ここまで投稿を引き延ばしてしまいました。

 察しの良いsn好き読者の方にはモロバレだと思いますが、拳藤一佳も物間寧人もこれからの物語にもちょくちょく登場させる予定なので、描写に力を入れたつもりです。
 特に物間の方は様々な意味で士郎との噛み合いがいいので、ここで因縁作りをした形になります。
 まだ先のことになるでしょうが、その辺りのあれそれも、そのうちやりたいと思います。

 そんなこんなで作者が遅筆かましてるうちに、色々と大きな事がいっぱいありました。ごく短期間に総理大臣が二人も変わったり、気候が大荒れで災害レベルにまで達したり、冬季五輪が開催間近だったり。

 それに劣らず型月界隈もfgo が怒涛の結末を迎え、新春新規サーヴァントとして、セイバーさんが無銘やってる時のエミヤみたいな状態で実装されたり、fakeのアニメも始まりました。
 士剣に心底入れ込んでる作者としましては、当然ながらログレスピックアップは逃す手はなく、無事宝具2を達成できました。
 おまけに、別の星5サーヴァントが二騎すり抜け、うち一騎はログレスとの二枚引きだったり、福袋は狙い通りにファンタズムーンを重ねられた上に、同じく狙いであったテュフォンが同時に喚べてこちらも二枚引きできたりと、新年から幸先の良いスタートでございました。
 読者の皆様方も、怪我なく良い年を過ごせればと存じます。
 

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