料理の腕前がそんなに万能なわけがない   作:harii0012

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おまけです


番外編 地獄と化した極星寮 

ソーマがフランスにてアベルから課題を出されている頃、極星寮では穏やかな時間が流れていた。

 

「土日で宿題もないとダラダラしちゃうわね」

 

「ほんとにそれぇ~」

 

一階の広間で(さかき) 涼子(りょうこ)吉野(よしの) 悠姫(ゆうき)はある意味では週末を満喫していた。和やかなというよりはのんびり力の抜けた雰囲気ではあるが、そこにもう一人女生徒がとぼとぼと入ってくると二人は気まずそうに顔を見合わせた。

 

(ちょっと心配じゃない?)

 

(幸平がフランスに行ってから本来の帰国予定までは元気だったのに、過ぎてからはあからさまに落ち込んでるよね)

 

(元気出して欲しいんだけど何かいい方法はあるかしら?)

 

(ふっ、私にいい考えがある)

 

(なんだか不安になる言葉ね)

 

小声で話し合う二人がいることに今更気が付いたのか声を掛ける女生徒。何を隠そう彼女が極星寮の暴走特急の名をほしいままにしている田所恵である。

 

「あ、おはよー」

 

少し前までは隈が出来ようとも自身の研鑽のために目を血走らせながら昼夜問わず料理研究に勤しんでいたのだが、寮母ふみ緒の尋常ではない雷と同級生たちの心配そうな目で我に返り落ち着きを取り戻した。

しかし、そうなると過度なスケジュールにより無理矢理目をそらしていた事実に向き合う必要が出てくる。そう、幸平創真のことである。

 

以前の吉野の発言により田所は自身の淡い恋心を自覚するに至り、それに対して何か直接的なアクションを取るつもりなどなかった*1のだが日を追うごとにその気持ちに抑えがきかないと理解する。

 

恋は少女を盲目にするには十分すぎるほどの猛毒だったのだ……。

 

とはいえそこにも半分無意識的ではあるが放置すれば不味いことになると目を背けるために無茶を重ねたところ、得られたのは周りからの心配と多少の時間。それは善良な彼女にとってはとても褒められる結果ではなかった。

 

そんなすったもんだがあった末、現在はある程度落ち着きを取り戻した田所ではあるが前述の通りそうなると彼への恋心に向き合わざるを得ない。

だからこそ傍目にはどうにも心ここにあらずといった様子にしか見えないのだ。

 

「おはよう……恵、ちゃんと寝れてる?」

 

「うん、大丈夫だよ」

 

「やっと隈もなくなったんだから、ここで気を抜いちゃだめだぞ~?」

 

「あはは、迷惑かけてごめんね2人とも」

 

言葉にすれば特に問題がないように聞こえるが、二人には多少マシになったとはいえ本調子ではないことは伝わっている。

そんな状態であるため元気にするために何か出来ることはないかと頭を悩ませている者も少なくない極星寮だが、本日いい考えがあると自信満々なのは吉野。そんな彼女を不安そうに見つめる榊ではあるが、長い付き合い故に止めても無駄だと知っているのだろう。

 

「ふっふっふっ……恵さぁ、そろそろ声聞きたいんじゃない?」

 

「えっ?」

 

「幸平がいなくなって結構たっちゃったもんねぇ」

 

その吉野の一言で顔をグラデーションの如く徐々に赤く染める田所。

 

「いや、えっと……そそそそんな創真くんがいなくなって寂しいとか思ってなななななないよ???」

 

辞書に載せられるレベルのお手本のように語るに落ちた少女。これには反応を期待していた吉野も呆れ顔である。

 

「はぁ……あのね恵。向こうは海外なんだよ?」

 

「う、うん」

 

「つまり、幸平が白人の美女に目を奪われてもてあそばれることだって考えられるんだよ?!」

 

全くの風評被害である。料理バカの創真が色恋に溺れることなど天地がひっくり返ってもないと吉野自身分かりながらも友の為だと涙をのんで嘘をついているのだ。決して楽しんでいるわけではない。ないったらない。

 

「そんな……」

 

「でもね、恵。そんな幸平の心を引き止める手段があるの」

 

「……そ、それは?」

 

田所の真剣な瞳にたじろぎながらも吉野はにやりと笑う。その横で榊はため息をついているのだが。

 

「答えはビデオ通話だよ!!」

 

「ビ、ビデオ通話……」

 

「あっ今ちょっと気おくれしたでしょ? ダメだよ、恵。そんなことじゃあ幸平をどこぞのぽっと出の女に取られちゃうかもしれないでしょ」

 

「そ、そっかぁ……そうだよね」

 

遊び半分の吉野の言葉にのせられかけている田所に対して榊が一声かける。

 

「もし本当にするならメイクは私が手伝うわ」

 

「ほら、涼子もこう言ってることだしさ!」

 

「ゴリ押ししないの。提案はしたんだからあとは恵に任せた方がいいでしょ?」

 

「ぶー」

 

「ぶーたれてもだめ」

 

机に突っ伏し口を尖らせる吉野に微笑みながらも一線を引く榊。

確かにこのまま無理矢理田所にビデオ通話をかけさせることは難しい事ではないが、それでは意味がないと考えたのだろう。彼女自身が自分自身の意思でもって創真に連絡をすることが今後の為にもなるのだから。

 

「……私、やってみたい!」

 

「ほんと?!」

 

「それなら色々準備しないとね」

 

 

ここからはそんな奥手な少女の背を押す程度の話から、あんな結末に至った経緯について語ろう。

 

 

実際田所の準備は完璧に終え、時差まで確認し創真なら起きているだろうということで連絡をすると期待通りに繋がった。

 

「あ、えっと……こんばんは、創真くん」

 

『おー、久しぶりだな。急にどうしたんだ?』

 

「いやっ……そ、その元気にしてるかなって」

 

『今んとこ元気だな。田所は?』

 

「私も元気だよっ?!」

 

『そかそか。てかなんかメイクしてる?』

 

「う、うん」

 

この時点で田所はかなり限界を迎えている。吉野や榊によって飾り付けられた自身を鏡で見た際は驚くほどの変貌に驚いたものだが、カメラ越しではナチュラルメイク故気付かれないかもしれないとの話だったというのに気が付いてくれたのだ。

 

『そういうのも新鮮で似合ってるな』

 

ダメ押しに気負いもなく放たれたキラーワードによって、恵コンピューターは処理落ちした。

それでも、カメラ越しにいる吉野の必死のカンペを読み上げる程度の能力は残っていたらしい。

 

「ソウマクンハ、ソッチデハドンナコトシテルノ?」

 

『お、おう。今は四宮シェフとの再戦が決まったからレシピ研究してる』

 

「えっ」

 

処理落ちしていた彼女ですら驚きすぎて正気に戻ってしまうほどの情報だった。

正直なところ田所自身は四宮が嫌いとまではいかないまでも苦手に分類される人間である。あんな理不尽に退学を言い渡されたのにもかかわらず恨んでいないところに人の良さが滲み出ているがそんな彼女の人間性はともかくとして、プルスポール勲章を得たシェフ相手にまた食戟を挑もうとする創真が何を考えているのか分からなくなったようだ。

 

『ちょっとそれで難航してる箇所があってさぁ』

 

「創真くんは……どうして四宮シェフと食戟したいの?」

 

創真の言葉を遮って出てきてしまったその質問の裏には、勝ち目なんてあるはずもないという意味合いが含まれている。

田所はそのことに気がついていないようだが、不味い事を言ってしまったかもしれないと顔色が青白くなってしまった。

 

『あー、いやまぁ確かに現状の勝算はないわけじゃないけど、最大限上手くいっても30%もないだろうな』

 

そんな田所の様子を察してか軽い調子で語る創真。

 

『でも、負けっぱなしってのは悔しいだろ?』

 

「合宿の食戟は一応勝ったんじゃ……?」

 

『あれだけ下駄はかせてもらって、田所の力も借りた上で1票差じゃ満足できないって』

 

苦笑交じりの言葉に絶句する田所。対面の吉野と榊も今の台詞にはドン引きだ。

 

「なんでそんな……すぐに立ち向かえるの?」

 

『ん? そりゃ親父のやつにボッコボコに負け続けてるからなぁ。負けて悔しいって思う気持ちもないではないけど立ち直るために時間使ってたらもったいないじゃん』

 

「えっと……」

 

『まぁ落ち込んでる暇があるなら料理の事考えてたいって話』

 

メンタルが異次元の創真の殊更イかれた部分に触れてしまった少女たちはSANチェック……。

冗談はさておき、スレ民は創真が料理バカの中でも一際ネジの外れた料理バカだという認識を持っているが、この世界ではそこまでちゃんと理解している者は多くない。父親である城一郎とその話を聞いた仙左衛門ぐらいだろう。

 

つまりは誰よりも創真の精神性がこの遠月学園の理念に完璧に合致していることが開示されたのは初といっても過言ではないのだ。

 

こんなぶっ飛んだ発言を聞いて心が折れていないだけで見込みのある彼女たちだが、ふと疑問を覚える。

田所が言葉を遮った時に難航しているとか言っていなかったかと。

 

吉野は嫌な予感により身体中に悪寒が走るも、事ここに至れば何も出来ることはない。万事休すである。

 

「そうなんだ……すごいね、創真くんは」

 

『何いってんだ。田所だって大分頑張ってるだろ?』

 

「うん、でもまだまだだよ」

 

『そんなことはないと思うけどな』

 

「えへへ。あ、さっき言ってた難航してるって話って……」

 

『あー、その話か。いや実はさ―――――――』

 

そうして彼女らは創真からレシピについて相談を受けてしまったのだった……。

 

 

通話が終了してからというもののこれまでの田所ならば放心して後日にこのことを思い出してしまうほどに純情だったが、創真の発言に当てられた影響かすぐに行動に移った。

 

榊にはフランス料理に合う味噌の配合または試作を言い渡し、吉野には創真が思案中の中でも特にジビエを利用するものを再現するように頼んだのだ。二人ともその勢いには多少面食らいつつも、友人のためならばとひと肌脱いだのだが……。

 

「やっぱり市販のフレンチみそじゃ幸平が求める味にはならないわね」

 

「一応鹿肉のロティっぽいの出来たけど……」

 

「ありがとう、悠姫ちゃん。じゃあ次は創真くんが言ってたすまし汁と……」

 

気が付けばとっくに日は沈み、時計の針はてっぺんを指していた。

 

「あんたたちいつまでやってんだい。明日も授業があるんだからそろそろ切り上げな」

 

寮母であるふみ緒も普段ならばそこまで強く言わないが、試験などの課題ですらないにも拘わらず深夜まで試作を続けているとなるとお目こぼし出来ないようだ。

 

「はーい……ってもうこんな時間?! 早くお風呂に入らないと」

 

「それもそうね。じゃあ片付けは私がしておくから二人とも先に……」

 

そういって榊が入浴を促したのだが、田所は何も聞こえていないようだ……。

 

「味噌を使うならバランスが大事だけどそればかりに気を取られるとパンチがなくなる……かといって風味を残しすぎると料理とぶつかっちゃう」

 

「おーい、めぐみ~?」

 

吉野が声掛けと同時に目の前で手を振っても気が付かないほど没頭している。

 

「はぁ。こりゃだめだ」

 

「ちょっと恵、大丈夫?」

 

榊が肩に触れてようやく正気に戻ったのか驚いたように声を上げる。

 

「だ、大丈夫だよ。あ、涼子ちゃんこの前発酵させてた塩麴ってまだ残ってる?」

 

どうにも先ほどの話は一切聞いていなかった様子。なんならふみ緒が来たことにすら気が付いていない。

 

「恵、いいかげんにしときな。もうこんな時間なんだから、さっさと寝ないとダメだよ」

 

「ふみ緒さん……ほんとだ。もうこんな時間だったんだ」

 

「なにか難しい課題でも出たのかい?」

 

「課題というか……」

 

口ごもる田所に変わり吉野が答える。

 

「あー、ほら幸平が向こうで四宮シェフと食戟するからそれの手伝いっていうか」

 

「あの子はまったく……どこにいても変わらない問題児だね。プルスポール勲章までとった現役のシェフ相手にそんなこと出来るのかい?」

 

ふみ緒の疑問はもっともだ。今回の創真のわがままは一色と仙左衛門、そして堂島によって叶えられているのだが、あくまでスタジエールの先取りといった形。

それを伝えられていたふみ緒としてはフレンチという手を出したこともない技法を覚えることで精一杯なはずの創真がさらに無茶を言い出したのではないかと考えるのも無理はないだろう。

 

だが、これは合宿での一件を知っている者にとってはさほど不思議なことではない。創真は四宮に敗北したようなものだと思っているが、四宮は純粋に票数で負けており、それは彼にとってしこりのように残っている。

 

故に創真から食戟の申し出があれば四宮は今度こそは正々堂々と叩き潰す所存なのだが、当の本人が思っていたよりも早くその機会は訪れてしまった。

 

いかに創真が優秀であろうと定食屋の息子であるからして店では使わなかった技法は山のようにある。だから四宮は期間を区切り創真にフレンチを学ばせることで次回への布石としようとしたのだが、想定よりも創真に適性があったのか望んでいた水準に今回だけで到達してしまった。

 

そうして行われる食戟なのだが、事情を知らなければ全くもって意味不明である。実際学園内ではえりなを筆頭に疑問の声もあるのだが、それは帰国後に提出されるレポートでえりなを除いた全員がドン引きする形で収まる。

 

「創真くんは、きっといっぱい無理をしてでも向こうで頑張ってて、時間が足りないって楽しそうに笑ってた」

 

田所の目線はふみ緒に向きつつも、誰かの事で頭がいっぱいなのかぼんやりとした表情のまま言葉を続ける。

 

「そんな創真くんから頼まれたんです。ちょっとだけ無茶させてください」

 

ふみ緒は状況を把握しきれていないとはいえこれほどまでに田所が必死になったところをみたことがないため、ため息を一つ吐く。

 

「……とりあえず、今日のところはこれまでにしときな」

 

「ふみ緒さん……」

 

「勘違いするんじゃないよ悠姫。……明日からも夜の12時までだ。約束できるかい、恵?」

 

「はいっ!」

 

かくして地獄の蓋はここに開かれた……。

 

 

彼らの血と涙の結晶があの味噌玉であることはご存じだろうが、それが開発されるまでの阿鼻叫喚の一部をご覧いただこう。

 

「配分微妙に指示と違うわよ!」「ここにあった味噌どこにやった?!」「ちょっとだけなら時間過ぎても……」「さっさと寝な!」「なんで味がブレ……塩分量」「丸井ィ計算しなおして!!」「もう勘弁してくれ……」「みんなー、差し入れだよ~」「一色先輩これ味見して!」「青木!佐藤!フランベして遊ぶな!」「これほんとに完成するのか……?」「燻製味噌は合わない」「フレンチに詳しいやつだれか連れて来よう!」「僕はイタリアンなんだが……」「兄ちゃん嬉しそう」「なんでもいいから手伝って……」

 

喧々諤々、死屍累々といった様だがふみ緒によって12時を過ぎると強制的に終了させられるため、ギリギリのところで日常生活には支障はなかった。

 

そして、空輸のデッドラインが迫る中でそれは唐突に訪れた。

 

「……これって、合ってる……よね?」

 

「そうよね……味噌玉を入れても塩味が強くなりすぎないし、味も調和してる」

 

「てことは……」

 

全員で顔を見合わせ生唾を飲むも誰も声に出さない。いや、これまでの地獄の最中に何度か似たようなところまではこれたが見落としがあり作り直しとなった記憶のせいだろう。

 

誰もが牽制しあう中で田所が口火を切った。

 

「うん……これで一旦は完成でいいと思う」

 

「よっしゃー!」「はぁ……長かった」「大変だったわねぇ」「……お疲れ」

 

「タクミくんとイサミくんも手伝ってくれてありがとう。ほんとに助かったよ」

 

「いやこちらこそいい経験になったよ、田所さん。ただ、こんな無茶ぶりをかました幸平にはそれなりのお返しをしてもらわないとね」

 

「それいーね! あたしは調理器具とか買ってもらっちゃおうかな~」

 

「ふふっ、じゃあ私は新しい酵母菌かしら」

 

和やかな雰囲気の中、田所だけが得体の知れない不安を抱えていた。当の本人にもその原因が分からず、皆が解散した後もしこりとして残り続ける。とはいえ味噌としても問題なく、味噌玉に加工した後で不具合が生じるようなこともない。

 

思考が袋小路に迷い込みそうになる中、ふみ緒が田所の自室にやって来た。

 

「おつかれさん。よくやったじゃないか恵」

 

「ふみ緒さん……」

 

創真の無茶な頼みに応えた少女に労いの言葉をかけに来たのだが、当の本人は浮かない表情でベッドに腰掛けていた。

 

「どうしたんだい? そんな不安げな顔をして」

 

「その……なんだか分からないんだけど、見落としてるような気がして」

 

「見落とし? レシピの再現までして全員で問題ないって言ってたじゃないか」

 

「うん、確かに味噌玉は大丈夫だと思うんだけど……それでも不安なの」

 

「……だとしたら、幸平の方かね」

 

想い人の名前が出たことで肩をピクリと揺らす少女。

 

「……創真くんの?」

 

「ああ、幸平があの料理で四宮シェフに勝てるか不安なんじゃないのかい?」

 

ふみ緒によって言葉にされたそれを聞いて、初めて彼女の不安が形を得た。そうか、私はあの料理で創真くんが本当に勝てるかどうか分からないんだと。

 

「そう……かも」

 

「相手にとって不足はないどころか、普通にやったら百戦百敗がいいところだろうからね」

 

「それでも創真くんなら、勝ってくれるって信じてるはずなのに……」

 

「まぁ今回の件はあの子一人でやってるもんじゃなくなったから、あんたが不安になるのも分かるけどね」

 

ふみ緒はそういいながら伸びをする。

 

「帰ってきたら年寄りをあんまり無茶させるんじゃないって説教しないとね」

 

「ふふっ……ありがとう、ふみ緒さん」

 

「早いとこ寝るんだよ」

 

ふみ緒が部屋を出て行ったあと、田所はベッドに寝転がり先ほどの話を思い返す。

 

(そっか、創真くんの足を引っ張らないか不安だったんだ。)

 

これまでの事を思えば無理もない話だろう。宿泊研修では田所の退学を撤回させるために創真自身も負ければ退学という一蓮托生にさせたのだし、彼女自身創真に救われてばかりで何も返せていないと感じてしまっているのだ。

 

とはいえ料理キチとでもいうべき存在である転生者からすれば、最初こそ掲示板連中にのせられていたがとっくの昔に一人の料理人として認めているのだが。

 

(創真くんが無事に勝てますように)

 

あとは何もできることがないとはいえこれぐらいはと田所が心の中で祈ったところで、創真ならそんなもの必要ないといいそうだなと少女は笑みを浮かべるのだった。

 

 

☆ ★ ☆

 

 

後日、創真が帰国した後はというと……。

 

「おー、みんな久しぶり」

 

「久しぶりだな幸平……じゃないだろうが!」

 

「うわっ、どしたタクミ」

 

あまりにも普段と変わらないテンションで接してくる創真に我慢できなかったタクミが声を荒げる。

 

「どうしたもこうしたもあるか。君はどれだけ無茶をすれば気が済むんだか……」

 

「あー、確か味噌玉作りはタクミも手伝ってくれたんだったか。助かったわ」

 

「はぁ……君というやつは」

 

まともに取り合ったところで創真が反省する由もなく、仕方ないかとタクミは諦める。その後ろでは恋する乙女をけしかける吉野がいるのだが野郎二人がそれを察することもなく。

 

「あ、土産あるわ」

 

「土産?」

 

創真が持参したかなりのサイズのキャリーケースにはこれでもかと言わんばかりに土産物が詰め込まれているようだ。

 

「タクミとイサミにはこれだな」

 

そう言って創真が取り出したのは帯に四宮シェフ監修と書かれたフレンチのレシピ本だった。

 

「……わざわざフランスで日本語版を購入してきたのかい?」

 

「ああ、探すのに苦労したぜ」

 

ちなみにこのレシピ本は日本の書店で簡単に購入できるものである。

 

「……そうか……一応、感謝するよ」

 

苦虫を噛み潰したような表情をしたタクミの台詞から察するべきなのだろうが、創真にそんな機微が理解できるはずもなく。

 

「んで、榊と吉野にはこれな」

 

「これって『LADUREE(ラデュレ)』のマカロン?」

 

「おお、よく分かったな。そうそう、帰国直前に買ったんだわ」

 

創真が用意したものは本家本元、マカロン発祥の地であるLADUREE(ラデュレ)本店で購入した物である。

純粋に喜ぶ吉野の傍ら、先ほどのタクミの土産が日本で簡単に購入できることを知っている榊は素直に喜べないようだ。

 

「そんで、他の野郎どもにはこれな」

 

「おお、サンキューな」

 

「ん? これって、チョコレートか?」

 

「そうそう、向こうで安かったから買ってきた」

 

「幸平……そういうのは本当でも言わないでおくのが礼儀だろ」

 

「まぁ美味いからいいじゃん」

 

なお創真が用意したチョコレートはフランスのスーパーで安売りされていたものである。

 

「それから、田所にはこれな」

 

最後の最後に回されたプレゼントはこれまでのものとは異なり、きちんとラッピングされたものだった。

 

「あ、ありがとう」

 

困惑しながらも受け取ったもののラッピングを剥ぐ田所。そうして中から出てきたものはというと……。

 

「ネックレス?」

 

「うん、メダイ*2とかいうやつらしい」

 

創真自身は知らないが、メダイは夫婦や婚約したカップルのお守りとして二人で持つことが多く、奇しくも四宮から送られたものと田所のメダイは同じデザインなため、傍から見ればそのように見えてしまうのである。ここが本場フランスではなく日本であることは良いのか悪いのか。

 

(からかいたいっ……いまとても茶化したいっ)

 

(我慢しなさい。恵がかわいそうでしょ)

 

困惑しつつも片思い中の相手からもらえた初めてのプレゼントという事実に気が付き処理落ち中の田所を尻目に、一色が創真に尋ねる。

 

「そういえば、アルベール君はどうしたんだい?」

 

「あー、それがですね……」

 

「ひぃ~、やっと着いたぁ~」

 

創真の帰国と同時に留学しに来たアルベールだが、遠月学園で同じように学ぼうとするにはいくつかのハードルが存在する。

言語的な部分ではほとんど問題がないものの、留学生用の一般常識を確認するテストでそれはギリギリな点をはじき出してしまい、料理の実技にも差し支える可能性があるとして補習のスケジュールを調整することになったのだ。

 

「災難でしたね、アルベールさん」

 

「まさか料理学校なのにあんなに試験が難しいなんて聞いてないよ! ソーマ」

 

「いや、自分の時は……あれ、受けたっけ?」

 

創真はえりなとのゴタゴタでペーパー試験を受けてすらいない。実際のところ見込みのある生徒は料理のみの一芸入試となるので問題はないのだが。

 

「幸平は薙切さんの編入試験を受けたんだろう? なら実技のみの一芸入試のはずだが」

 

「へぇ、そうなんだ」

 

「ってなんで受けた君が知らないんだ!」

 

「いや親父からここに行けって言われただけだし……」

 

アルベールは今回の留学に際してあれやこれやと準備をしたのだが、創真はそんなことなどせずに自力で入学している。入学を勧めた城一郎も特に心配しておらず、落ちることなど微塵も想定していなかった。

他の生徒が聞けば遠月学園を舐めているのかと怒り出すかもしれないが、当然そうではない。創真自身のこの世界に来てからの鍛錬と前世での経験があるが故の当たり前の結果である。

 

「はぁ……まぁいい。それで秋の選抜の話はもう聞いたのか?」

 

タクミがここに来たのは創真に秋の選抜への熱量を知りたかったからである。

宿泊研修ではひなこの試験で敗北し、その後リベンジに燃えたタクミはわき目も振らずに研鑽の道を歩み続けるも、当のライバル視している相手が自身の手の及びもしないところに行ったという。

まさか眼中にないのかとタクミの脳裏をよぎってしまったのも無理はないだろう。

 

「あー、さっき先生からちょろっと聞いた」

 

「で、どうするんだ?」

 

「どうするって?」

 

「……開始までの期間も残り少ない。そんな状況で参加するのかと聞いているんだ」

 

「もちろんやるに決まってんじゃん」

 

「ふんっ。ならいい」

 

タクミの態度を不思議に思う創真。悲しいことに男のツンデレを男にしたところで喜ぶのは腐女子に限られる。

 

「ま、今度は制限なしでやりあえるんだろ?」

 

「幸平、君は……」

 

創真の態度から分からなくても仕方ないのだが、彼自身タクミのことは十分に認めている。実際創真に前世の記憶がなければ実力伯仲のよきライバルになれただろうと思うほどに。

 

「今度も俺が勝つけどな!」

 

「いーや、次は負けないさ」

 

そんな青春を謳歌しているところで、玄関口からふみ緒さんの驚いた声が響いてきた。どうやら来客のようだ。

そうして一同の前に顔を出したのは……。

 

「よっ、創真。久しぶりだな」

 

「親父?!」

 

皆さんご存じ創真の父親にして世界有数のシェフである幸平城一郎である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
本当はできないが正しい

*2
『これを身につける人々を照らし、導き、希望のメッセンジャーとするための光』という思いが込められたお守り

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