私が白亜の神鳥と呼ばれるまで 作:柑橘風きしめん
人間は時折手に負えぬものを欲する。
分不相応な望みを抱く。
その制御が不可能になってから、誰かのせいにする。
…分不相応を誰が判断するかという問題を考えるのならば、私も人間の事は笑えないだろう。
姉の子孫を残すと決めて、しかし何時まで残すかを限定しない時点で私も十分に強欲だ。
永遠なんてものはありえない。
どんな些細な事でさえ、永遠という言葉を加えただけで嘘か夢幻へと成り果てる。
だからこそ出来る限りの永遠において何かを望むということは、不可能に限りなく近い願いと言える。
私の願いは己の分を超えている。
その上でも、私から見て人間は、己の分を超えた望みを持っているように見える。
それは、自分の力が足りない願いを持つという意味ではない。
自分が抱え切れない力を持つという意味でだ。
器に対して力が満ちていない事は、為したい事を為せぬ理由になるだけだ。
しかし、力に対して器が足りない事は、為さざる事を為す原因となる。
人間が『魔科学』と呼ぶ力ある道具は、少なくとも通常種の人間が扱うには大き過ぎる様に思える。
何時か事故を起こすだろう。
とはいえ、湿地から遠く離れた場所でそれが起こるのなら別に構わない。
勝手に失敗して、勝手に破滅するのは構わない。
姉の子孫達には、何の影響も無いのだから。
力ある道具『魔科学』を欲した人間達は、それを狙うクジラに呑まれる。
それが遠くで起きる事ならば、勝手にやってくれれば良い。
寧ろあのクジラを湿地から引き離す行為なら、それはそれでありがたい。
あのクジラと戦って勝てる気はしないからだ。
力ある道具が暴走寸前となった人間の巣を、気まぐれに破壊してやろうとしたことがあった。
暴走して飽和崩壊したそれは、乱れた魔力で生き物の在り方を涜すものだからだ。
人間には暴走状態になったそれを制御する事は出来ないだろうが、私にならそれが出来た。
但し、その力ある道具が完全に消滅する前提でだ。
しかし、それは巣の住人である人間達により拒まれた。
「私は2級魔科学技術士の資格を持っている専門家なんだ!!
魔科学炉は人間の尊厳と平和の為に必要なのだ!!
私に任せてくれ!!」
拒まれたといえど、私を止める力の無い者の拒否に従う必要はない。
矮小で脆弱な他種族が何を言おうが、従うかどうかは強い側が決めるだけだ。
人間だって、家畜に何を拒否されたとしても、それに従い行動を止める事は無いのだろうから。
私なら、今生まれ出ようとする存在が完成する前に、消し飛ばす事は出来た。
というよりは、話を聞くつもりさえも無かった。
だが、ふと朧気に浮かんだのだ。
このインシュートゥと呼ばれる人間の巣を、敢えて見捨てればどうなるか?
力ある道具を狙うクジラの事だから、その暴走が生んだ結果にも執着してくれるのではないかと。
そうなれば、湿地へのクジラが向かう可能性も低下する。
私ではクジラには勝てない。
ならばクジラの進路の矛先を、私から離れたものにすれば良い。
全ての生き物は、己の力の及ぶ範囲でしか生存戦略を立てられない。
だから私はその場を去ることにした。
『センモンカ』と自称する存在が、暴走する魔科学の力場を収めるに値するのならば、或いは助かる道もあるかもしれない。
暴走した魔力の痕が残穢したとしても、それはそれで湿地からは離れた場所にクジラを呼び寄せる原因となる。
湿地の平穏は守られる。
故にインシュートゥを背にして、湿地へと帰る。
そう思っていたのだが、暴走した魔力の力場が遂に暴発したのを感じたので、様子だけは見ておこうと、引き返してインシュートゥに向かう事にした。
そこには膜状の翼を持ったワニ達がいて、その全身から暴走していた魔科学と同じ本質を感じた。
これが湿地まで飛んでくれば面倒なことになると思い、ワニ達にとって最速の移動手段となる翼を、超臨界状態の水で撃ち落とし続けた。
そしてクジラもやって来た。
地に落ちたワニ達を、クジラが食い荒らしていた。
ワニが湿地に来ることなく、此処でクジラを呼び寄せた事は私にとって幸いだった。
クジラは、空飛ぶワニ達だけでなく、そのワニ達を作り出した人間の巣をも食い荒らしていた。
「宝石鯨よ!! 我々人間がこの世界で堂々と生きていく為には、魔科学は必要だと何故分かってくれな────────」
人間達は人間達の正義を叫ぶが、それは当然のようにクジラには黙殺された。
殺されて黙らされた。
頂点捕食者にでもならない限り、堂々と生きていく事は出来ない。
常に己を襲う存在から、己の命を守る為に怯え続けなければ生き残れない。
堂々と生きていくとは、己に敵がいなくなった時にしか成立しないことだ。
よりにもよって、この星における頂点捕食者たる鯨に対して、自覚があってのことかは知らないが、
当然のように、真の頂点捕食者に返り討ちにされるのは、私から見て正当な結末だった。
私には私の正しさがあり、彼らには彼らの正しさがある。
正しさを測る秤は、幾ら人間が賢くなったとしても生み出せないだろう。
故に正しさは測れず、正しさに付属する力の重さを測る他はない。
しかし私は人間達とは違って、己の正しさに力の重りを重ね続けたりはしない。
何故なら、私は人間と同じ秤を共有しないからだ。
人間の正しさの秤に力の重さを乗せる事はせず、重さとなる力をそのまま振るう。
それさえも秤とするならば、暴力の秤だけは共有されている。
人間が私に対してどう思うかも気にしないし、私は人間がどうなっても構わない。
あれから、久し振りにインシュートゥを確認しに行った。
インシュートゥの人間達は、湿地の人間の巣以外からは見られない安楽を得たようだ。
生き残った元家畜のワニが、巨大な獣人となっていた。
その鰐の獣人によって、守護を得たからだ。
それまでの人間の巣に無かった防衛力を得たからだ。
今迄欲しくて欲しくてたまらないかったものを手に入れたように、人間達は競い合う様に安寧の泉に溺れようとしていた。
…魔科学の力場そのものを吸収した鰐の獣人こそが、宝石鯨を引き寄せている事に気が付かないのか目を背けているのかは知らないが、湿地から離れた処にそういった存在があることは、私にとっても悪い事では無いのだから。
世界とは則ち戦場だ。
何時も何かの命を狙い、何時も何かに命を狙われる。
人間は戦いは任意で始めるものだと勘違いしている風に感じるが、実際には世界の全ての生き物が生存競争という、終わりなき戦争を続けている。
命が奪われる事への恐怖を常に意識し続けて、己もより弱い何かの恐怖を体現する。
水中で平穏に溺れる小魚がいれば、大きな魚に食われて終わる。
陸上で平穏を貪る草食動物がいれば、肉食動物に食われて終わる。
故に生き物は巣を作る。
巣の中にいても絶対の平和が保証される事はあり得ないが、それでも巣の外よりは安全が保証される。
その為に巣が作られる。
私のような存在が護ってさえ、護れぬ水鳥はいる。
人間の力では人間の巣の中で絶対の平和が保証される訳では無い。
それでも人間は巣を作る。
それが絶対の安全を保証するものでなくても、人間は巣を作る。
人間がメアファドリスと呼ぶ巣では、安寧への堕落が他の人間の巣とは別格だ。
それは湿地の外からくるクジラ以外の危険な存在を、私が水鳥を守る為に迎撃するからだろう。
湿地の中央にある人間の巣は、私には守る意味がなくても、実質的にはその恩恵を受けている。
故に、それ以外の人間の巣とは明確に危機意識が違う。
そして巣を追い出される人間達は、死活問題としてその事実に絶望している。
この湿地の中の巣は、人間にとっては弱肉強食の正当なる生存競争の恐怖に怯えずに住める特別な場所であり、その外に出ることで正当なる淘汰圧に絶望してしまうのだろう。
そして嘗て泳いでいた、安寧の泉を渇望する。
しかし生命の危機は、生物が種として世界に試される当たり前の事であり、命を狙われる恐怖を忘れて生きる事の方が不自然なのだ。
それが洗練の停滞に繋がり、他の種が進化していく事と相対的に比べれば、進化しないことは停滞ではなく劣化に等しい。
合理性とは、誰も損させない誰も失わない事ではなく、誰かを損させても誰かを失っても、全体としてはそれ以上に利益を出すことだ。
故に私は姉の血筋そのものは守っても、それぞれの個体を護る事は無い。
メアファドリスと人間が呼ぶこの湿地の巣では、人間達自身が人間達に対する淘汰圧となるのも、
私ももう少し湿地を守る羽を休めて、外圧を高めるべきだろうか?
それがこの湿地で生きる姉の血脈を残す為に必要だろうか?
人間を見ていると、ふとそんな当たり前の事への塩梅について浮かんでしまう。
それでも勘違いはしない。
生き物は安寧の為に生きるのではなく、生きる手段として安寧もあるのだと。
それを理解しないものが、安寧の泉の中でしか生まれない泳ぎ方に執着してしまう。
インシュートゥと呼ばれる巣も長くは保たないだろう。
私の存在が姉の血筋の生きる手段となるのなら、私は己の力という権利の届く限り、我儘として姉の子孫に安寧を与えたい。
それは進化を留める毒水であり、甘やかせて肥えさせる甘露だと知っている。
何時か捕食者に差し出される為に肥育させる行為に近いとさえ言っても良い。
故に限度の見極めは常に必要だ。
権利と同意である力を持ち、その上で助ける為に進化を妨げておきながら、未来に続いて欲しいと愛を語る。
愚かと言われても仕方がない。
…本当に、私も不相応な欲望を抱くものだという自覚はある。
時折水鳥以外の全てを滅ぼして、
それは水鳥さえも終わらせる行為だと、今は理解出来ている。
理解出来なくなる日も来るのだろうか?
知能が高くなければ、そんな愚かな事を考えずに、愚直に世界の試験を受験し続けるというのに。
私の知能が今より高くなれば、今よりも愚かになるのだろう。
その時、私は今よりも愚かな選択肢を選ぶに違いない。
クジラ以外に天敵と呼べる程のものがいない世界は、無駄に知能を高めてしまう。
私は安寧に汚されてしまう。
私が安寧で汚してしまう。
その時も間違いなく血筋への愛情はある。
しかし、愛情と賢さから、正しい選択肢を選べるとは限らないのだ。
永遠なんてものは存在しない。
それでも私は、姉の子孫の永遠を分不相応に願うのだ。
❖人類側の視点(実質的に滅びた国の高級官僚:スカンボチヨカの手記)
聖王国暦1900年 1日/鳥の月
聖王国を追放された。
今はまだ何も考えられない。
取り敢えず、これ迄の日記は破いた。
私の新たな人生は、此処から書き始める。
聖王国暦1900年 21日/蜂の月
インシュートゥ国に辿り着いた。
ここは私のように聖王国に追放された民達の国。
救いはあるのだろうか?
聖王国暦1901年 7日/星仔獣の月
救いは期待出来なかった。
この国には、今回辿り着いた私達より能力が高い民はいない。
何時か私がリーダーとなり、私が救いとなろう。
聖王国暦1905年 14日/鯨の月
私達より後から聖王国に追放された人々は私よりも優秀だった。
しかし、立場は私が上だ。
上手く使わせて貰おう。
聖王国暦1910年 1日/鳥の月
インシュートゥ歴1年 1月1日
現在のリーダーであるナンカウォットが
ナンカウォットは聖王国の定めた暦は使いたくないとの事だが、当初は聖王国歴を使う者も多く、様々な問題も出るだろう。
それに他国は聖王国暦を使うので、貿易などに支障が出るという若手の意見は封殺された。
私も封殺する側の立場であった。
メアファドリスでは月を表すのに、数字の場合と非対称性干渉存在に絡めた呼び方の二パターンが使われるが、それを数字のみに限定することそのものは良いと思った。
しかし、それならば聖王国暦を使った上で月の呼び名は数字のみを使えば良いという若手の意見は正しいとも思った。
それでも私は新暦推進大臣であった故に、彼等を粛清指導した。
新暦は外国には布教させる事は出来なかった。
インシュートゥ歴2年 1日/水黽の月
結局、国内においてインシュートゥ暦が決定されたが、それでも月日の呼び名は多数の声を受けて元に戻された。
その結果、私は推進失敗としてナンカウォットによって出世コースから外された。
最初から成功するとは思っていなかっただけに、私を出世コースから外すために、この役職に付けたのだろうと確信している。
インシュートゥ歴12年 4日/砂蟲の月
インシュートゥが星命力吸収式魔科学立国として、人類国家全体のピラミッドを駆け上がる時が来た。
私が、私がその責任者となった!!
星命力吸収式魔科学それ自体は、天使でもエルフでも魔族でもない人類が生きていく為には絶対に必要だった。
竜人の様な逞しさも、魔族の様な魔力もない。
メアファドリスから追放された人々が作り上げた国インシュートゥは、全てにおいてメアファドリスの下位互換だ。
下位互換でしかなかった。
メアファドリスには上澄みが残され、沈殿物が追放されてインシュートゥが作られた。
インシュートゥには、メアファドリス人という名のエルフや天使や優秀な真人と比べて、頭脳・魔力・身体能力・容姿の全ての分野で劣った者ばかりがいた。
それでも、元がメアファドリス人ということもあって、他の国と比べれば優秀な者は多かった。
メアファドリス人全体の能力が上昇していく中で、足切りラインを下回った者がインシュートゥに流れていく実態と、インシュートゥ人のメアファドリスへのコンプレックスから、より直近でメアファドリスから流れて来た一族程、格が高い。
逆にインシュートゥの初期に国民となった者達は、インシュートゥ国内において、早々にメアファドリスから切り捨てられた、より無能に近い人々として軽んじられる傾向はあった。
古くからの住民ほど、新しい住民に馬鹿にされていた。
私も嘗ては古きを馬鹿にし、そして今では若手に陰では老害と言われているのも知っている。
これは全世界において、メアファドリス程正確な能力テストを行う国が無い事に由来する。
インシュートゥ国内で能力テストを行い、それにより順序を作るよりも、世界一正確なメアファドリスの能力テストの結果の方が信頼性があった。
それはメアファドリスを許さない、私達インシュートゥ人から見ても、事実であり真実でもあった。
実際に、メアファドリスに何時まで残ることが出来たのかという指標は、インシュートゥに限らず、メアファドリスから追放された人々で作られた国々では、一般的な能力の指標として使われている。
新しい追放民が多い程、この国も栄える。
だから、若手の陰口も許容するしかない。
インシュートゥ歴15年 10日/海底樹の月
近年のメアファドリスでは、『セラフィウム』という物質が発見された。
本来人類には不必要な、この『セラフィウム』を必須栄養素とする新人類『大天使』が作られて、第一期生が成人となって数年が過ぎた。
セラフィウムは大天使や天使以外には、やや有害な物質であったが、天使の翼というセラフィウムを蓄積する器官がある場合においては例外となった。
蛋白質・炭水化物・ビタミン・脂質、鉄分や亜鉛などの無機質という元々の必須栄養素に加えて、セラフィウムが無ければ身体機能が発揮されず成長にも支障をきたす大天使は、特殊な力場を生むセラフィウムによって、『聖力』を使う事が可能となり、他の力と比べて強力な聖力により、それまで太刀打ち不可能であったモンスターを倒せる上に、聖力を使った仮想演算能力により、天使十人分以上の、記憶容量と計算速度を併せ持つ頭脳を持つようになった。
セラフィウムは、地下五百メートルを超える深さであれば、それなりに発見される成分らしく、メアファドリスの植民地では地下を掘り進むモンスターが通った跡地を起点として、大天使の為のセラフィウム採掘が始まった。
セラフィウム発掘は、危険な作業ではあるが、メアファドリスに喉元を抑えられた経済的隷属国においては、拒否する選択肢は無い。
やはり経済的に独立するためには、星命力吸収式魔科学炉は必要だ。
古くからそれを使った国がどうなったかは分かっているが、宝石鯨にも私達の発展の為に許して欲しいものだ。
インシュートゥ歴15年 1日/人の月
大天使の登場により、今後メアファドリスは大天使と天使とエルフが主体となる事が確約されており、真人の居場所も無くなるだろう。
それは、聖王国のピラミッドの底辺は、他国のピラミッドの頂点と同じ高さになるということだ。
そうなると聖王国とそれ以外の国家との格差は、これまで以上に広がる事が懸念される。
そもそもエルフは遺伝子プールから欠陥を弾き出す為に、淘汰圧が高まる事を悪くないと捉える節があり、弱者を集団でカバーする事そのものを見下している。
自分達と真人の関係を、山繭蛾と蚕の様に、遺伝子を磨き続けたものと、遺伝子を劣化させ続けたものの様に見ている。
その上で、真人の中でも下層の者を追い出すのだ。
野生へと帰された蚕がどうなるかを知った上で!!
そうやってエルフは国家を成長させ続けて来た。
エルフと真人は原種を共にしながら、別種となった。
真人より優れた獣人は存在するが、エルフより優れた真人は存在しない。
エルフと真人に優劣が無ければ、文明の進歩と共に、根拠のない差別は何時か克服される時も来ただろう。
もしも、エルフの中にも無能はいて、真人の中にもエルフを超える者がいる中で、無能なエルフが己がエルフというだけで真人よりも偉いと述べれば、それを差別とする可能性もあったかも知れない。
しかし現実として、エルフは真人に対して、明確な優生を持つ存在であり、それが明白な事実であるがゆえに、文明の進歩が進むほど、科学的・統計的にもその差別は肯定されてしまう。
差別するエルフによって、そして差別される真人によって。
エルフは人間の上澄みから始まった存在であり、であるがゆえにエルフは人類の上澄みだ。
そのエルフが、信仰対象へと自ら近付いた結果が天使だ。
その際に『洗礼』と呼ばれる魔法により、遺伝子を徹底的に精査して、不要なものを顕性からも潜性からも徹底的に排除した。
加えて有益な遺伝子は、顕性にも潜性にも追加した。
天使は天使やエルフ相手には、遺伝子の洗礼を行うが、真人…特に貧困層の真人には絶対にそれを行ってはくれない。
メアファドリスで貧困層の真人には、下から順番に追い出されていくのを待つしか無かった。
メアファドリスでは、真人も競争には晒されているが、それでもエルフとは勝負にさえならず、真人全体が負け組となっていた。
それでも少しでも追放の順番を遅らせる為に、他の真人よりも優秀であることをエルフ達に証明することが必要だった。
その上で、結局追放された者達は新たな国を作らざるを得ない。
インシュートゥ歴15年 31日/砂蟲の月
シミント国のやり方は許せない。
私がやりたかった事を堂々と行っている。
聖王国から新しい追放者を次々と迎え入れては、昔追放されてきた者達を次々とインシュートゥに送ってくる。
そして、私達よりも高度に星命力吸収式魔科学に特化した国として繁栄しつつある。
インシュートゥ歴15年 5日/水黽の月
ナンカウォットと意見が合致した。
シミント国は強者の税金を最低限にする代わりに、弱者を一切救わないという方針を全面に押し出している。
聖王国と同じ方針を掲げていくことで、世界のナンバー2になろうとしているのだ。
聖王国から追放された人々によって生まれた国々は、その経験から見捨てる事を拒み、否定し、助け合うを良しとする思想が広まっていた。
だが、聖王国のお溢れ人材を使って、聖王国と同じやり方をすれば、世界のナンバー2となることが出来て、助け合うを良しとする他の国々よりも成功するという実例が出来てしまうのは不味い。
ある意味、聖王国のシステムが全肯定されて、追放行為をも全肯定することとなり、追放された者達の尊厳を否定してしまう。
再現性の高い明確な成功例が示されれば、それに追随する国々が現れるのは時間の問題だ。
共栄共助が当たり前の被追放国連盟に、競栄自助の資本主義が蔓延してしまう。
ナンカウォットはそれを防ぐ為に、ブルーパージ法案を通す予定だそうだ。
私とて分かっている。
聖王国のシステムは理にはかなっている。
感情論ではなく、理論で考えれば分かる。
千の資産を持つ者が収める百の寄付と、十の資産しか持たない者が収める五の寄付では、どちらがありがたいか?
建前としては後者となるかもしれないが、実際に役立つのは前者だ。
聖王国は前者を肯定して、追放された国々では後者を尊ぶ。
この国の政治家として、この国を存続させる為にはナンカウォットと同じ意見なのに、気持ちは競栄自助こそ美しいと感じてしまっている。
競栄自助に負けて聖王国に追放された身でありながら、第一次敗者復活戦で勝ち残り、競栄自助を肯定したいと考えてしまっている。
ああ、私は本当はシミント国で官僚になりたかったのだ。
インシュートゥ歴15年 25日/人の月
感情的な理想論で動くナンカウォットを、私は好きになれない。
強くなろうとせずに、弱いままでも生きていいと甘える者は死ぬ。
そんな甘えた者を死なせないようにするためには、別の者が死ぬハメになる。
結局それが現実だ。
聖王国に勝てないのは分かり切っている。
私はナンカウォットの言うように、助け合えば聖王国に勝てるなんて考えは持っていない。
私は聖王国に勝つことは諦めている。
しかし、聖王国には勝てる気がしないからこそ、他の国には勝ちたい。
追放を行った聖王国に挑むのは無駄だと思う。
しかし追放された国々の中では一番優秀だと、私は聖王国に認められたいのだ。
いや、聖王に認められたかったのだ。
「こんにちは平民達」と美しく笑う彼女を、自分のものに出来なかった未練を、呪いのように今も引き摺っているのだ。
インシュートゥ歴16年 6日/獄口花の月
エルフや天使を持たない国家においても、それらに並び立つ事が出来る手段こそが、星命力吸収式魔科学だ。
個人の能力差を一瞬で無意味にする暴力的な出力さえあれば、メアファドリスに搾取され続ける植民地や弱小国においても、メアファドリスと交渉出来るだけの発言権を裏打ちする工業力が持てた。
遺憾な事に、先にそれを証明したのは我が国ではなくシミント国だった。
シミント国は工業革命を成功させた。
それと同時に軍事力も高めていた。
なんと
エルフ族や聖王国で行われてきた遺伝子革命を超える発明だと、追放された国々の中では盛り上がった。
今は
何時か、非対称性干渉存在全てを人類が超える日も来るかもしれない。
その時、人類が星の支配者となるのだ。
大天使二十人以上で、ようやく倒せる目処がつく
しかし、宝石鯨だけでなく、メアファドリスを守護する白亜の神鳥も星命力吸収式魔科学を警戒して来た。
非対称性干渉存在を脅かすという事なのだろうか?
シオグン国のクロデンハーとの共同宣言により、インシュートゥ国内の敵対勢力を排除して実権を握ったナンカウオットは、星命力吸収式魔科学炉を排除しに来た神鳥に対して、人類の行く末に干渉するなと宣言した。
インシュートゥ暦19年 4日/砂蟲の月
やった!! シミント国が宝石鯨に呑まれたぞ!!
今日ばかりは、ナンカウォットと飲むのも良いだろう。
インシュートゥ暦20年 11日/水黽の月
我が国の魔科学炉は襲い掛かってきたモンスター『
魔科学炉は作るのに膨大な時間と資金が必要になる。
それに、最初の始動に比較的浅い層から星命を吸い取り、それ以降は魔科学炉自体の魔力で深層から星命を汲み上げる仕組み上、浅層の星命が汲み取られた場所では、再度同じ施設を作って起動させても始動しない。
故に、メアファドリスと対等になるための魔科学炉を惜しんだナンカウオットは、その申し出を拒んだ。
ナンカウォットは自らが専門家として事態解決を図り、英雄になろうとした。
その為に地下迷宮に入る勇者の様な心境で魔科学炉施設に入ったが、最早どうにもならなかったので、逃げ帰って来た。
その頃には既に神鳥はメアファドリスに帰っており、魔科学炉は完全に制御不能となった。
インシュートゥ暦20年 14日/水黽の月
インシュートゥの半分を吹き飛ばす大爆発が起きたが、それは悲劇の序章でしか無かった。
膨大なエネルギーにより、生命情報が
何処にも救いは無かった。
インシュートゥ暦20年 1日/海底樹の月
私が実質的な指導者となった。
英雄になろうとして、魔科学炉に挑み逃げ帰ったナンカウォットは、国から逃げ出して旅をする準備を始めたところで、民衆に見付かって捕縛された。
処刑の印は私が捺した。
インシュートゥ暦50年 1日/鳥の月
キョウジント国の様にメアファドリスに戦争を挑み、戦場に投入された大天使に滅ぼされたくは無かった。
フォシックス国の様にジリ貧となり、緩やかに滅亡したくはなかった。
人間というのは、この世界における弱者である。
弱き種族である人間が生き抜く為には、人類間の中で持ち得る側であることは最低限度の条件だ。
人類間の中で奪われる側では、自己を守る事さえ出来なくなる。
この世界で生き抜く為には、遺伝子を洗練しつくして優秀さの極地を目指す事が必要だが、その理由は二つある。
一つはモンスターを超えられる強い人間になるため。
もう一つは、他の国や民族を超えられる強い人間になるためだ。
モンスター達と戦わなければならない状況で、人類同士で争う余裕があるかという疑問は見当違いでしかない。
他の国や民族から奪い尽くす事で、漸くモンスターに対抗出来る余裕が生まれる。
元が優秀な天使やエルフなら何とかなるかもしれない。
しかし、真人がモンスターに対抗しようとするのならば、他の真人や獣人、外殻人等から奪って、奪って、奪い尽くして、漸く命を維持する力を付けられるのだ。
弱い真人には、誰かから奪わずに、何かから身を守る力は維持出来ない。
傍流が主流になるには、無理と無茶と無謀と無恥と無法を永続的に支払い続けなければならない。
故事にもあった。税金の無い国を作る為に反乱軍を行軍させていたサンブリー達を泊めてくれる宿があったが、宿屋を営む家族から情報が漏れる事を恐れて、宿屋の家族を皆殺しにした上で、「ザイノム王を斃して税金を無くすという大義の為にはこれくらいやらなければならない。強者に勝つためにはルールを守っていられない!!こちらだけルール違反をして対等だ。犯罪は弱者の権利だ!!」と宣言した話と同じだ。
サンブリーはザイノム一族を皆殺しにした後、税金を無くして全ての財源を通貨と債券の発行だけで行うと宣言して、更に所得十倍計画を発表したが、国外との取引においては国から無限に配られ続ける通貨で無限に購入しようとするサンブリーの国の人々に対して、外国人はサンブリーの国の通貨を信用出来ずに商売をしなくなり、国内においても周囲の所得が十倍になる中で自分だけ十分の一の値段で売る阿呆は尽く廃業するしかなくなり、結果として物価も二十倍以上になったという失敗はあったものの、その信念は間違ってない。例え実際に民を救えなくとも、救う能力も手段もなくても、救おうという気持ちだけがあるのなら、救う気も無いのに救えてしまう能力が高いだけの者より立派なのだと思う。
インシュートゥはメアファドリスと比べれば天と泥の差がある。
しかし、搾取されるだけでは自分達さえ守れなくなる。
故に綺麗事の一切を行う余裕はない。
魔科学炉にも手を出したし、今も獣人『ゴブリン』に幸福を与えて作れる家畜『ニンゲンモドキ』を繁殖させ、甘味兎貝の貝殻内に入れて、動き始めを確認したら煮出し、乾燥させることで得られる白糖作りも行っている。
ニンゲンモドキの幸福値を維持するためには、甘味兎貝の貝肉となったニンゲンモドキから作られる白糖を与え続け、自慰行為を学習させれば良い。
メアファドリスなら守る気があれば守られる綺麗事も、人種として脆弱な真人国家インシュートゥがメアファドリスに追い付くためには、守っている余裕はない。
当然、メアファドリスでさえ守られていない綺麗事は、守られるはずもない。
メアファドリス内の協力者に資金を支払い、その年の追放者は歴代追放者の平均よりも優秀かどうかを調べ上げ、優秀であれば他の連中に取られる前に確保しに行き、無能で不要ならお断りの御祈りを行う。
メアファドリスからのお溢れを目論むのはインシュートゥだけではないのだから、他の追放集団に先んじる必要はあった。
────そんな苦労も過去の話だ。
あの時、
そこを救ったが、神々しき白亜の鳥だった。
瞬く間にとはいえなかったが、それでも人間では到底討伐不可能な
一匹の空飛ぶ鰐の生き残りを残して、宝石鯨は一度だけ帰って行った。
少なくともそう人々は信じていた。
たった一匹残された
その時、再び戻って来たのだ。
人類の発展を妨げようとする魔物が。
弱き真人が、エルフに追い付くための手段を許さない宝石鯨が。
僅かに残されたインシュートゥの端に残された、人々の居住区を狙うかの様な進路だった。
しかし、生き延びた鰐が変化した巨大な獣人は、宝石鯨から我々を護ろうと立ち塞がった。
宝石鯨も神鳥も星命力吸収式魔科学を否定する。
世界の意志がその存在を否定しているのかもしれない。
もしかすると、星命力吸収式魔科学そのものが良くないものなのかもしれない。
だがそれでは私達はどうなる?
今後も正しい在り方に従って、ひもじく安価な人生を送らねばならないのか?
世界の意志が優勝劣敗を肯定するのなら、私達がそれに従う理由はどこにあるのだとは言わない。
従わなければいけないのなら、優勝劣敗を認めた上でそのルールの中で成功したい。
巨大な獣人『超人ギャビウォック』は、宝石鯨を退けた。
大怪我を負っていたし、宝石鯨は傷を負ったようには確認出来なかった。
しかし、人間の言葉を話せずともギャビウォックは、人間を護る為に宝石鯨に挑み、そしてその進路を変えさせた。
魔科学炉を否定する神鳥よりも、遥かに弱き人々に寄り添う姿勢に私達は感動した。
倒れたギャビウォックに必死で手当てを行い、その傷を癒やした。
そこに神鳥が攻撃を行った。
傷が癒えたとは言えないギャビウォックを、啄み熱湯を吐き掛けた。
直ぐにギャビウォックを殺さないあたりが、何かを試しているようでもあり、嘲っているようにも見えた。
我々は決断した。
ギャビウォックの前に立ち、神鳥と決別した。
「私達の未来は、貴方ではなく彼と共にある」
神鳥はそれを見るや直ぐに飛び立った。
もしかしなくても、試されているのはギャビウォックではなく私達であったのかもしれない。
正しき理の側にある神鳥にとっては、それが精一杯の譲歩だったのだろう。
それ以後現在に至るまで、この国に神鳥が訪れる事は無かったが、この国にはギャビウォックがいる。
インシュートゥ暦77年 7日/鰐の月(旧鳥の月)
ギャビウォックの肉体が崩壊を始めた。
ギャビウォックの肉体が崩壊しても、回復魔法を掛け続けたが、遂に回復速度を崩壊速度が上回った。
言葉を知らなかったギャビウォックが、最後に「さよなら」と告げた。
肉体は灰になった。
傷付きながらも、勝てずとも宝石鯨に挑み我々を護っていたギャビウォックが、…灰となった。
国中が悲しみに沈む事は無かった。
悲しむ暇さえ与えられなかった。
大天使の軍団が攻めて来た。
メアファドリス聖王国が攻めて来たのだ。
此方は永世中立を誓ったのに、メアファドリス聖王国はそれでも攻めて来たのだ。
新たな星命力吸収式魔科学炉を作ろうとした事を理由として。
何ということだ。
何ということだ。
私達はメアファドリス聖王国に攻め入る気など無かった。
星命力吸収式魔科学は経済発展にしか使うつもりは無かったのに!!
外交と経済で聖王国と対等になろうとしていただけだったのに!!
私達は聖王国を攻め入る気は無かった。
だというのに!! だというのに!!
聖王国は攻めて来た!!
相手が攻めて来たのだ!!
ギャビウォックの肉体が崩壊したタイミングを見計らって、聖王国が攻めて来たのだ!!
此方からは聖王国を攻め入らないと言ったのに!!
だからギャビウォックが死んだ後も、交流を続けましょうと言ったのに!!
聖王国からは攻めて来た!!
神鳥はいない。
しかし、私達を助けてくれないのであれば、それは聖王国による虐殺に加担しているのと何一つ変わらない。
いや、聖王国の絶対守護を神鳥が行うからこそ、聖王国は全ての軍を攻撃に振る事も出来る。
その意味では神鳥は、明確に虐殺に加担している!!
お溢れを得ようと獣人達も攻めて来た。
聖王国が攻めて来なければこんな事にはならなかった!!
ギャビウォックが死ななければ、こんな事にはならなかった。
獣人達にインシュートゥ通貨を材料に和平を持ちかけても無視された。
無価値になるものに価値はないと、獣人如きに言われた!!
正義の為に連帯し聖王国と戦おうと言っても、獣人の繁栄が獣人の正義だと抜かしおった。
インシュートゥ暦77年 10日/鰐の月(旧鳥の月)
今日がインシュートゥ最後の日だ。
インシュートゥは聖王国に降伏した。
嬲る様に試す様に攻撃してくる大天使の恐怖に、国民が耐えられなくなって降伏を求め出す衆愚によって、この国は終わった。
明日には、インシュートゥの自由は無くなる。
聖王国はインシュートゥを併合したりはしなかった。
併合して己の一部として責任を取ろうともしなかった。
インシュートゥの名前は残る。
インシュートゥの国民は生きている。
それでも、インシュートゥはこれまでの全てと、これからの全てを完全に奪われる。
それはインシュートゥが終わることと何も変わらない。
侵略してきた彼等は言った。
「私達が負けていれば、後の世に侵略戦争はいけないという論説が一般化したかもしれません。
ですが、その本質は侵略戦争をした事ではなく、敗戦した事なんですよ。
敗戦した事がいけないんです。
…あの鰐を自由に動かせる間に、次の力の備えをしなかったから侵略されたのは自業自得です。
私達なら、強力な戦力を持っている間に、更に強力な戦力を準備して未来に備えますよ。
……ああ、すみません。
それが出来ないから、追放されたのでしたね」
奴等はそう言った。
勝った側が正解ならば、その通りなのだろう。
明日には私が処刑されて、インシュートゥは終わる。
私が死んだと同時にインシュートゥは終わる。
それは、インシュートゥの終わりを見なくて済むということだ。
この後も終わったインシュートゥを記し続けるのは御免だったから、それはそれで良い。
…悪くない人生だった。
聖王暦2000年の教科書より
❖ 大天使
世界全ての人類を収めるべく人為的に生まれた、最高性能の新人類だが、その生存と成長と繁殖にはセラフィウムが必要となる。
能力は据え置きで、セラフィウム受容体だけを遺伝子に付与したニンゲンモドキで観察したところ、セラフィウムが足りずに全滅した。
セラフィウムというよりは、セラフィウム受容体が必要なセラフィウムの不足により自死を招くとも言える。
共栄思想に染まり、他の人類を支配する責任から逃げた大天使の一家がいたが、セラフィウム不足により共喰いを始めて、その場にいなかった長女のみが生き残り保護された事件があった。
❖ 上級人類(エルフ・天使・大天使)
優性(顕性)にも、劣性(潜性)にも、どちらにも問題のある遺伝子や先天的に破損した遺伝子を持たない。
理論上同一の受精卵から誕生した性別の違う双子から生まれた子供に、先天的な暇疵があることは無い。
運動能力・免疫力・知能・魔力が高くなる遺伝子が、標準的に組み込まれている。
❖ 中級人類(魔族・竜人)
種族値が低く個体値が高い、又は種族値が高く個体値が低い者が一般となる人類種。
❖ 下級人類(真人・外殻人・獣人)
優性(顕性)にも、劣性(潜性)のいずれか、又は両方に問題のある遺伝子や先天的に破損した遺伝子を持つ事があるため、血を濃くする事は危険に繋がる。
❖ニンゲンモドキ
遺伝子組み換えの試験に良く使われる。
失敗例が逃走することもあるが、人間との混雑種が作られる前に捕まえられて処分される。
罪はなくても害はある。
❖
罪はなくても害はあるのは全てのモンスターに言える事であり、よって全てのモンスターは生きる事が罪と言えるが、その中でも特に害があるの言えるのは、
人間を直接攻撃することは少ないが、壁を壊す、水を汚染する、家畜を襲う、農作物を荒らすなど文明の尽くを妨害する、正しく害獣と呼べる存在。
非対称性干渉存在とは違い、こまめに駆除する事で脅威を大幅に下げられる為に、このモンスターによって被害を受ける事は、その国の対策不足と見られる事が多い。