銃手のヒーローアカデミア 作:自堕落者
昼休みになっても、生徒達の話は職場体験先一色だった。
「なぁなぁ犬飼のリスト見せてくれよ!」
「あー! あたしも見たい! 気になる!!」
好奇心に目を輝かせた上鳴と芦戸に、犬飼は「いいよ」と笑ってリストを手渡した。喜ぶ2人。他のクラスメイトも気になるのか、複数の視線が犬飼に向けられる。
「好きに見て良いよ。おれ、これから用事あるから、見終わったら机の上置いといて」
「用事?」
「パワーローダー先生に相談があってね」
「コスチューム関係か? 体育祭終わったばっかだっていうのにもう次の事考えてんのかよ……」
辟易とした顔をする上鳴に、耳郎が「あんたも見習った方がいいんじゃない?」と発破をかける。それに反論する上鳴。相も変わらず仲がいい。
(さてと……)
時計を見ると、約束の時間まで10分を切っていた。約束を持ち掛けた側として、遅刻するわけにはいかない。
犬飼は盛り上がるクラスメイト達を横目に、静かに教室を出た。
約束の5分前。
本校舎1F。パワーローダー先生がいるはずの開発工房の前に着いた犬飼は、入室の許可を得る為、扉をノックした。
瞬間、予告もなく突然工房が爆発する。
油断していた犬飼は、室内から飛んできた何かによって廊下に叩きつけられた。衝撃で息が詰まる。
「…………ッ??」
粉塵が晴れ、爆発の際に自分に向かって飛んだ来た物の正体を知ると、流石の犬飼も唖然とした。
「ゴホッ……また失敗してしまいました! って貴方はたしか体育祭の……人!」
「……とりあえず上から退いてくれるかな?」
犬飼の上に乗っかったまま普通に話し出した発目。それに慌てたのは犬飼の方である。切実な声でお願いをする。
「あぁ、巻き込んでしまってすみません! 怪我はありませんか?」
起き上がった発目は、犬飼にあっけらかんとした様子で謝罪の言葉を述べた。青春真っ盛りの高校生でありながら、異性を押し倒してその反応は如何なものか。軽快な動きで立ちあがった犬飼は、発目に手を差し伸べ立ち上がらせると同時に、羞恥心の欠片もない彼女に軽く苦言を呈した。
「うんそれは大丈夫だけど……君も女の子なんだからもう少し恥じらいを持とうね?」
「何か恥ずかしがることありましたか?」
穢れを知らない目でそう問われた犬飼は答えに詰まった。
どう答えるべきか悩んでいると、工房の中から飛んできた声が、発目を叱咤する。
「発目! 何度工房を爆破させたら気が済むんだ! つくる前に確認しなさいといってるだろう!!」
「フフフ! 確認するために作ったんですよ! 失敗でした!」
「この惨状を見ればわかるよ! ……ったく、犬飼、巻き込んで悪かったね」
パワーローダーは発目に片づけを命じると、犬飼を工房の中に通した。
工房の中は様々な発明品や工具で溢れかえり、まるで秘密基地のようだった。何度来ても少年心を擽られるような部屋である。
モニターの前に置かれた椅子を犬飼に勧め、それと向き合うようにパワーローダーも腰を下ろす。
「イレイザーヘッドから話は聞いているよ、トリガーを調べてほしいんだって?」
「はい」
頷くと同時に、犬飼は解析用に昨日作ったトリガーをパワーローダーに差し出す。
受け取ろうとしたパワーローダーは、トリガーの軽さに一瞬驚いたように手を揺らした。
「軽いね……中身を見てもいいかい?」
「はい、ホルダーの真ん中にあるネジを外していただければ簡単に分解できます。インパクトとかありますか?」
「あるよ。ちょっと待ってて」
パワーローダーは椅子から飛び降りると、中央テーブルに乱雑に置かれていたインパクトとアタッチメントの入った箱を持って戻ってきた。
インパクトのアタッチメントを変え、トリガーホルダーのネジを外す。トリガーホルダーの中には12個のチップが整然と並んでいた。
まさかトリガーの中身がこれほど機械的だと思っていなかったパワーローダーは、驚きで目を丸くした。
「これは……」
「このチップが「トリガー」です。おれのトリ……生体エネルギーをどういう形で使用するかを決めています。こっち側が利き手用の主トリガーで、こっちは利き手と反対の手用の副トリガーです」
犬飼はポケットから4つ折りにしたA4の紙を取り出す。そこにはトリガー内にセットされた12個のチップについて、詳細が記載されていた。
「これがトリガーにセットされた武器の一覧です」
「拝見するよ」
「あと各トリガーを使用した映像と、同じセットのトリガーを2つ用意しました」
「……周到だね」
パワーローダーは資料を受け取ると、丁寧な手付きでテーブルの上に置いた。
「それで……頼みたいのは解析だけじゃないだろ? 最終的な目的はなんだい?」
「流石先生!」
犬飼はトリガーの構成を変えるたびに、僅かだが性能に差が出てしまうことを話した。
話を聞き終えたパワーローダーは、納得の表情を浮かべてトリガーを見つめる。
「なるほどね、まだ調べてないから絶対とは言えないけど、このホルダーやチップだけなら今の技術で代用可能だと思うよ」
まさか調べる前から出来る可能性を提示されると思っていなかった犬飼は驚いた。
「本当ですか!?」
「トリガーを動かしている生体エネルギーとやらが如何いうものなのかによるけどね。でも個性を伸ばすとかサポートアイテムで補助するではなく、個性で作れるトリガーを作ろうとか……変わってるね君」
「そうですか?」
「安定した戦い方を求めるのは悪くないよ。でも君はまだ高校生だ。沢山挑戦して沢山失敗しなさい。プロヒーローになれば失敗なんておいそれとは出来なくなる。……あそこのガラクタの山が見えるかい?」
パワーローダーの示す先には、山積みされたサポートアイテムがあり、そのどれもが創意工夫を凝らされ、同じものは一つとしてないように見えた。
「あれは……」
「発目が入学してから作ったサポートアイテムさ。学校が休みの日もここへきて、何かしら弄ってる。今まで多くのサポート科を見てきたけど、発目はやはり特異だ」
「……」
「君も発目も既成概念に囚われない発想は似ている。けど、発明の発想が失敗の繰り返しによるものなら、犬飼、君の個性の運用は経験に紐づいているように感じる。私見だけどね」
生体エネルギーを武器にする、という個性で様々な武器を作り出すのはわかる。だが、トリオン体という高性能の戦闘体の作成や作成した武器をチップとして管理するといった手法は、まず思いつかないだろう。犬飼が技術系に詳しかったりすればまた話は違ったのだろうが……。
犬飼は何も言えず押し黙った。下手なことを言って墓穴を掘るのを恐れたからだ。
パワーローダーはそんな犬飼に気づかず、トリガーホルダーにセットされたチップを繊細な手付きで外すと、そのうちの1つを専用の機械に入れて調べ始めた。
モニターにプログラム言語のようなものが次々に表示されていく。犬飼には全く内容が理解できなかったが、パワーローダーは頷いたりメモを取ったりと、明らかに理解しているものの動きをしていた。
「うん、時間かかりそうだねこれは」
「お手数おかけします……」
「いいよ、これが仕事だしね。データ取る為にまた来てもらうことになるだろうけど、その時は情報共有も兼ねて、イレイザー経由で連絡するよ」
「わかりました。よろしくお願いします」
時計を見ると、昼休み終了まで10分を切っていた。
犬飼は再度パワーローダーに頭を下げると、次の授業の準備の為に工房を出た。階段を上がって、ようやく緊張の糸が切れる。
「……必要なこととはいえ……やっちゃったかな~コレ」
面倒な未来を想像して、重い溜息が漏れた。
放課後、犬飼は雄英高校の敷地の地下にある全長1kmの射撃場に来ていた。イーグレットを構え、500mほど先にある的を次々と狙撃していく。
1時間も経たないうちにトリオンが切れた犬飼は、銃を消して立ち上がると、ぐっと背伸びをした。油断したその背中に、狙撃をこっそり見守っていた男が声を掛ける。
「ふむ、ほぼ全弾的の中心を射抜いている。動かない的相手なら100発100中だな」
「ッ!?」
狙撃に集中するあまり周囲への警戒がおろそかになっていた犬飼は、声も出ないほど驚いて振り返った。
「スナイプ先生……来てたなら声かけてくださいよ」
拗ねたような声が出た。スナイプは宥めるように犬飼の頭を軽く叩く。
「集中しているようだったから遠慮したんだ。それより、2ヶ月で大分上達したな。そろそろ動く的相手に練習してもいい頃だろう」
「そうですね。といっても職場体験明けになりそうですけど……」
膨大な指名リストを思い出した犬飼は、あと2日で体験先を決めないといけないという事実にため息が漏れた。
犬飼の心情を感じ取ったのか、スナイプが「俺でよければ相談に乗ろう」と言ってくれた。
落ち着いて話せる場所をと、2人は射撃場名にある休憩スペースに移動した。スナイプは指名にザっと目を通すと、2つの事務所を指し示した。
「職場体験先は、チャート順に自身の個性に見合った事務所に行くのが普通だ。犬飼の武装生成の場合、個性が近いのはクラストやヨロイムシャだろう」
流石の犬飼もチャートTOP10常連であるヒーローについては、多少知っていた。
「クラストの個性は”盾”の生成ですよね?」
「あぁ。お前のシールドと似ているが、主に防御に使用しているお前とは違い、投擲したり物を切断したりと攻撃にも使用する。攻防一体といった印象だな。ヨロイムシャはお前ほどの自由度はないにしろ、鎧や刀などの武具全般を創造できると聞いている。銃を使用しているところは見たことが無いな。クラストが中近距離戦を得意とするヒーローなら、ヨロイムシャは近接戦闘を得意とするヒーローと言っていいだろう」
そう言うと、スナイプは2人の戦闘シーンの映像をいくつか見せてくれた。
「……あいつがいれば、迷わずお前を行かせたんだがな」
「あいつ?」
映像に魅入っていた犬飼は、スナイプの溢した声に反応して顔を上げた。スナイプは犬飼の反応で自分の失言に気づき誤魔化そうとしたが、犬飼相手に通じないと判断したのか諦めたようにその名を口にした。
「レディ・ナガン……俺が唯一敵わないと思った相手だ」
銃手ヒーローを目指す者ならば誰でも一度は聞いた事がある名前だった。だが、悲しくも彼女を名を有名にしたのはその個性でも狙撃の技術でもない。
「確かヒーローと言い争いになって相手を殺害したっていう……」
「そうだ……。だが、その腕は本物だった。個性ではなく純粋な技術による精密な射撃。弾丸を好きに形成できる点もお前の個性と似ている。……もし、アイツが未だヒーローだったなら、お前の良き手本となっただろう」
スナイプの声は少し寂し気で、犬飼はただ肯定することしかできなかった。
「凄い人だったんですね」
「あぁ、本当に凄い奴だった……だから犬飼、お前はアイツのようになるなよ」
「え……」
「お前も一人で悩むのが上手そうだからな」
「うわっ」
呆れた声と共に、髪をかき混ぜるような手つきで撫でられる。
「先生は……」
おれのこと疑っていないんですか? そう問いかけそうになったのを、寸前で堪える。だが、言葉に出さずとも意味は伝わってしまったらしい。
スナイプは先程より強く、犬飼の頭を撫でた。
「確かに疑問に思う点がないわけじゃないが、それがお前の全てじゃない」
——スナイプは知っている。
入学試験で、0P敵に立ち向かい他の受験生を助けたこと。
USJの襲撃で、片腕を失いながらも体を張って戦ったこと。
体育祭で、度重なる理不尽な状況のなか正々堂々と戦い抜いたこと。
放課後、入学した後からずっと狙撃の練習をしていること。
夜、体力づくりの走り込みをしていること。
(……お前は優しい奴だよ)
個性の使い方一つとってもそうだ。
犬飼の放つ弾丸は、生身の人間を傷つけない。痛みと衝撃で気絶するだけだと聞いたときは驚いたものだ。もしスナイプが犬飼の個性を持っていても、そんな使い方はしない。考えにすら出てこないだろう。
だからこそスナイプは、教師として犬飼の力になってやりたいと思った。
「大丈夫だ、犬飼。お前はいいヒーローになれる」
犬飼は俯いた。
自分が情けない顔をしているのがわかって、とてもじゃないけれど顔をあげられなかった。
スナイプは犬飼の過去を知らない。前世を知らない。
それでも、犬飼の個性ではなく、これまでの言動からヒーローになれると言ってくれたことが、泣きそうなほどに嬉しかった。
ポンポンと子供をあやすような手つきで、スナイプが犬飼を頭を撫でる。
「まずは職場体験だな。飯田をはじめ何人かは決めたみたいだが、3年には今になって後悔している生徒もいる。これだけ指名を貰えたんだ。後悔しないように、よく考えるといい」
犬飼はスナイプの言葉にピクリと眉を動かした。
「……飯田くんが事務所を即決した?」
犬飼の知る飯田は、真面目で慎重を期す人物だ。体験先の選択によって、得られる経験が大きく変わる。そんな重大な選択を飯田が即決するとは到底信じられなかった。
そんな犬飼の疑問に気づかず、スナイプは射撃場に来る前に職員室であった出来事を世間話として口にした。
「あぁ、他も数名即決した生徒がいたとイレイザーが言っていた。俺が希望先を見たのは飯田だけだが」
「へぇ。あの飯田くんが即決なんて、よっぽどいいところから指名が来たんですね」
「いや、チャートに上がるようにな事務所じゃなかったな。確か……マニュアル事務所だったか?」
緑谷ほどではないにしろ、犬飼もそこそこヒーローには詳しい。だが、マニュアル事務所と言うのは初めて聞く名前だった。忘れないよう、頭の中でその名前を復唱する。
いつもと様子が違った飯田。兄が敵に襲撃されたのだから思い詰めるのも無理はないと思っていたが……嫌な予感がする。
(おれの気のせいならいいけど……)
少し調べてみる必要がありそうだ。
犬飼は端末をスナイプに返すと、机の上に広げていたリストを回収した。
「今日はありがとうございました。言われた通り、よく考えてみることにします」
「犬飼は指名先も多いから大変だろうが、日曜日にでもゆっくり調べてみるといい」
スナイプの言葉に、犬飼は張り付いた笑みを浮かべた。
「提出金曜までなんです」
「……金曜?」
スナイプは犬飼の手元にある資料を見た。3000件以上あるリスト。その中から体験先を2日で選べと言うのはなかなか酷な話である。だがあの「合理的」が口癖のイレイザーヘッドなら無茶を平気で言うだろう。
「……何かわからないことがあれば聞きに来い」
「ありがとうございます」
同情のこもった声に、犬飼は力なく礼を言った。