隻腕の狼、玄界に降り立つ   作:丸米

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怨嗟×影浦×ユズル

「おお....!エネドラ隊員、ここにきて凄まじい身のこなし!前回までとはガラリと戦い方を変えてきた!」

 

 宇井の実況は、この――あまりにも激しい変化に対してそういう表現をした。

 これは戦い方を変えたのだと。前回は、この手札を隠しながら戦っていたのだと。エネドラの変貌はあくまで伏せ札だったのだと。

 だが――。

 

「.....」

「.....」

 

 米屋陽介、そして太刀川慶。両者ともが、沈黙と共にその戦いを眺めていた。

 両者とも――前回のエネドラと、今回のエネドラの双方を比べ。その変貌のあり得なさをどう言語化するべきか迷っているのだろう。

 二人は共に、攻撃主のトップランカーであり、ボーダーでも屈指の個人戦の経験を持っている。

 その二人の本能が言っている。

 心の底から――戦ってみたい、と。

 

 アレは違う。トリガーを根幹として力を蓄えてきた人間とは別軸の強さだ。恐らくは――狼と同じ経路で手に入れた力があるはずだと。

 特に太刀川は、エネドラの来歴を知り、そして直接戦ってもいる。

 故に――そのあり得なさが、本能とは別の理屈の部分でも解ってしまう。

 

「――面白いな」

 

 ただぽつりと、太刀川慶はそう思った。

 それは心の底からの言葉。

 映像越しに見えた弓場拓磨が浮かべている感慨と、全く同質のものを抱いていた。

 

 不可解など、どうでもいい。

 ――強敵と対峙する面白みに比べれば、そんなもの本当にどうでもいいのだ。

 

 

 弓場の早撃ちが、エネドラ扮した仏師へと襲い掛かる。

 前に突き出したレイガストで弾丸を弾き飛ばすと共に、仏師はその衝撃をむしろ足がかりに背後へと飛びずさった。

 飛びずさりながら、ハウンドを展開し――弓場と帯島の双方へと放つ。

 

 双方の足止めをする目的でのハウンドだろう。しかしそうはさせない。 

 ――弓場は両手に拳銃を持ち。帯島が二人分の防御を背負う。

 

「――どんなカラクリ使ってんのかまるで解らねぇが。このまま仕留めさせてもらうぜ」

 

 瞬間火力に優れる弓場の二丁が、仏師へと向けられる。

 相対距離は十五メートルほど。

 この距離は――弓場が最も得意とする間合いだ。

 

 仏師の頭蓋の奥で、”危”の文字が宿る。

 この男の早撃ちは、必殺の居合だ。

 刀なんぞよりも遥かに長い距離を埋める、居合の銃撃ち。

 周囲は建造物で、避けられる場所はない。

 

 ならば。

 逃げ道がないのならば、作り出せばよい。

 

 飛びずさったその動きで、仏師はスラスターを発動。

 弓場はその動きを――スラスターの推進力で軌道を変えて弾道から逃れようとしているのだと判断した。

 

 ――無駄だ。どうせこの距離感なら着地するしか道はない。着地したその瞬間全弾を叩きこむ。

 

 そう判断し、機を待つ。

 

 スラスターの噴出によって、仏師は確かに飛びずさりの軌道を変えた。

 だが――変えた先にあるのは地面ではなく。横手にあるコンクリの建造物だ。

 スラスターの噴出と共に仏師は己が体幹を回旋させ、大きく拳を振るった。

 

「――成程。そうきたか....!」

 

 スラスターの噴出と共に慣性を大きく乗せた仏師の拳が、レイガストを付属させ横手の建物の壁を叩き壊すと同時に侵入。

 即座にバッグワームを着込み反応を消すと――足音を完全に消して、弓場と帯島の眼前からその姿を消した。

 

「――追うぞ!ここで逃がすわけにはいかねぇ!」

 

 間違いない。

 ()()エネドラは、狼と同じ技術を持っている。

 隠れ、殺す技術が。

 この場で取り逃がす訳にはいかない。帯島と自分が連携できるうちに、しっかり殺し切らねばならない。

 

 音が響いた。

 それは――ピュイ、と風切るような音。

 

 その音ははっきり聞こえるが、――周囲の建物に反響し、音の発生源は妙に解らない。

 この極限の緊張状態の中。――両者は、その音に一瞬意識を取られてしまった。

 それは、音の発生源が間違いなく敵からのものであると解っているが故に、その音の位置や、音を鳴らした意図に思考が寄ったことも原因であるが。

 音そのものの切なさに、本当に一瞬耳を澄ましてしまったという因もある。

 

「チぃ....!」

 

 その音をもって、スラスターの噴出音に対する反応を遅らせ。

 投げナイフのような形状のレイガストが弓場に襲い掛かる。

 身を捩り、拳銃を盾にそれを弾き飛ばす弓場の横を、影が通り過ぎる。

 

 その影は――弓場が体勢を崩す一瞬の間に帯島へ肉薄し、苦無状に変化させたスコーピオンをその首に投げ込んだ。

 刃は、人体でいうところの頸動脈を斬り裂き――帯島の首から大量のトリオンが流出する。

 

 帯島ユカリ、緊急脱出。

 

 その様を見届けると――エネドラの形をした影が、その場を一瞬にして通り過ぎていった。

 

 

 現在、仏師の左指の基節部には、二つの穴が開いている。

 これは――古忍びが扱う指笛を鳴らす為に開けられた穴である。

 

 指笛を鳴らすものは、獣の類を狂わせる音を出す。

 かつて、川蝉という名の忍びが使っていた技術だ。

 それを、今仏師は扱った。

 

 獣を狂わすことはできぬが、人の意識を音に向ける事は出来る。

 トリオン体は肉体を自由に変える事が出来るという。

 体型を大きく変えてしまえば動きに支障が出る、という前例があり。基本的に元の肉体の規格で動くことが基本となったという。

 

 ――とはいえ。せっかく肉体の形を変えられるというのなら、弄れるところは弄った方が、良いだろう。

 

 指に穴をあけ、空気の通り道を作り、指笛を形成する。

 仏師は、――使い慣れぬ得物で戦わねばならぬハンデを埋めるべく、苦慮しながら戦っていた。

 その苦心が、この工夫を生み出していた。

 

『やっぱり。このタイミングで戦っておいた方がよかっただろ、爺さん』

 

 頭の中で声が聞こえる。

 

『下手にトリガーの扱いに慣れてから戦うなら、結局ボーダーの規格に無意識に合わせちまうだろ。その戦い方はオレと狼でいい』

 

『アンタに求めるのは、状況をガラリと変えて、相手の判断を迷わせるためのスパイスだ。――苦心しながら生まれたアンタの発想は、トリガーでの戦い方に慣れている奴ほどよく刺さる』

 

 簡単に言ってくれる。

 仏師は帯島を始末したのち、体勢が崩れた弓場を放置し――狼のもとへと向かっている。

 

 今回のランク戦における狼の役割は、釣り糸である。

 今、狼は影浦隊を釣っている。ここから、弓場隊の狙撃手である外岡も向かっている事だろう。

 

 釣り糸に獲物が向かっているならば。後は釣り上げるのみ。

 ここで弓場と事を構えるよりかは、狼と連携して戦う方が取れる点が多そうだ。

 

『アンタは、カゲウラの副作用に反応されずに襲撃を仕掛けられるか?』

 ――無理じゃな。アレは感情に反応するのだろう。かつての儂ならば出来たかもしれないが、怨嗟に焼かれた今はもう不可能じゃ。怨嗟の気を消すことはかなわぬ。

 

『成程な。――だが、むしろ疑似的にもこの”怨嗟”をカゲウラには伝えられるのか。だったら、奴の副作用を逆に利用できるかもしれねぇな』

 

 現在――荒れ寺で怨嗟に焼かれているエネドラが、楽し気に仏師に語り掛ける。

 随分と余裕が出てきたらしい。

 

『せっかく俺の肉体を貸してやっているんだ。精々楽しんでくれよ。――死んだ後に、あのオオカミと一緒に戦える機会が来るなんて思ってもいなかっただろう?』

 

 ――ふん。勝手な事を言ってくれる。

 

 だがまあ、認めてはやろう。

 怨嗟に焼かれながら仏を彫り続けるよりかは――無軌道で生意気な若者に振り回される方が、幾分か刺激的である。

 

 

 弾幕が襲い掛かる。

 それは――薄井狼にとっての天敵に等しい存在である。

 

「よ~やく追いついた。援護するよ、カゲ」

「あァ?邪魔すんじゃねーよゾエ!」

「おいおい。今にも負けそうなのに強がんなって」

「うっせー!」

 

 影浦の襲撃を受けた狼は、その猛攻を凌いでいた。

 以前の個人戦から、影浦の戦い方は熟知している。

 両のスコーピオンを縦横に振るう、荒々しくも鋭い獣のごとき戦い。

 

 されど――狼の戦いは、熟知してからが強い。

 そういう戦いを、死にながら続けてきたのが狼だ。

 

 鍔競りを続け、時間が過ぎるごとに――戦いの趨勢は狼に傾いていく。

 

 しかし、ここはランク戦。

 個人戦であらば問題なく討ち取れたであろう影浦の背後に――隊が、迫る。

 

 爆撃の粉塵と共に現れた、影浦隊の銃手、北添尋。

 影浦の猛攻に合わせ――狼の側面から、機関銃による掃射が行われる。

 

 

 熟達の忍びである狼にとって、最も脅威として認識しているもの。それは、この凄まじい連射力をほこる火器であった。

 物量と連続性によって弾きが不可能かつ、凌ぎ切る戦いが本領となる狼の戦闘スタイルと嚙み合わない。

 彼にとっての天敵は、――影浦ではなく、北添の方だ。

 

「.....」

 

 影浦を追い詰めていた狼は、北添の合流と同時に影浦から距離を取る。

 レイガストを展開し、――ここから先は忍殺の戦いから、生き残りをかけた戦いへと頭を切り替える。

 

 影浦の猛攻をいなし、北添の掃射から全力で逃れる。

 その彼方で己を狙っているであろう――影浦隊狙撃手、絵馬ユズルを警戒しながら。

 

「――ダメだ。隙がない」

 

 しかし。影浦隊としても、この狼の存在は驚愕に値するものであった。

 影浦を相手にしつつ。北添の銃撃から逃れ。それでも生き残っている狼。

 それをスコープ越しに見ている絵馬ユズルは――狼に狙撃を通せるタイミングを探っていた。

 

 狙撃手の中でも幾つかの種類があるが。ユズルは”当てる”事に全力を注ぐタイプの狙撃手だ。

 敵を”動かす”。味方を”援護する”。そういう用途での狙撃を、あまり好まない。

 ただ当てる。彼が引金に指をかけるときは、当たる確信を得てからだ。外れる弾を、彼は撃たない。

 

 だが。

 影浦と北添。その二人に囲まれてなお生き残っているあの敵は――それでも、狙撃の警戒を怠っていない。

 絵馬ユズルは、感覚派の狙撃手だ。狙撃を当てる事に関して、理屈ではなく己が感覚で判断している。

 その感覚が言っている。

 撃っても、当たらない。

 

「――マジで?撃てない?」

「撃てない。撃っても当たんないと思う。――カゲさんとゾエさんの二人に囲まれてても、あの人、すごくちゃんと狙撃を意識している」

 

 強敵の相手をしていれば、意識はそちらに割かれる。狙撃の警戒も自然と落ちていく。

 影浦は言わずもがな、北添も銃手のトップランカーの一人だ。この二人に囲まれてなお、他に意識を割けるリソースを残せている。

 恐らく――自分から攻撃するという行動のリソース分を全部防御に回しているがゆえに出来ている事だろう。

 

「――ケッ。あの野郎つまんねぇ動きになってきやがったな。あっちから攻撃を仕掛けなくなりやがった」

 

 瞬間。

 弓場隊の帯島がエネドラに落とされたという報告が入る。

 弓場と合流している状態であったにもかかわらず、落とされた。

 エネドラはバッグワームで反応を消している。弓場が生き残っている状態で。

 なら――考えられるのは、狼を中心に集まっている影浦隊の背後から、エネドラが刺しに来ていると、そう皆が判断した。

 

「狼さん、開幕からバッグワームつけなかったのこれが目的かもね。――ウチの隊を引き付けて、エネドラさん使って点を取る作戦」

「カゲさんをあのおじさんに相手させて、背後からあの新人さんでオレとゾエさん仕留めるところまでが作戦だったのかもね。――あんまりダラダラするのもよくない」

 

 ならば。

 ――勝負を仕掛ける。

 

 北添はここで武装を切り替え、突撃銃から擲弾銃へと切り替える。

 狙撃の射線を切る建造物に向け、メテオラの榴弾が放たれる。

 

 爆撃と共に――狙撃への盾として見ていたであろう障害物が、狼の死角から消える。

 射線が切れてから撃った、では間に合わない。

 榴弾が建物に直撃するその瞬間には――ユズルはもう、撃つ。

 

 砲撃による爆音。爆炎による視界不良。聴覚と視覚を塞いだうえでの、ユズル渾身の狙撃。

 

 障害物が多少残っていようとも問題なく貫ける威力偏重のアイビスを用いているが、その分弾速は比較的遅い。視界不良なのはユズルも同じ。悪条件はユズルとて背負っている。

 その悪条件を――天才狙撃手、絵馬ユズルは超えた。

 

 爆炎を貫くアイビスの弾丸は――狼の頭部へと、ブレることなく向かっていく。

 

 しかし。

 視界に映らずとも。聴覚が利かずとも。

 狼には――忍びとして培われた本能がある。

 

 ”危”

 その感覚が全身に走るとき――自然と狼は己が頭部をレイガストで守っていた。

 紙一重。五感の全てが狙撃を感知せずとも、それとは別の得体のしれないナニカが、狼を死から遠ざけた。

 

「――なんでそれ防げるの?」

「いや。マジでカゲ並みに狙撃が通じない可能性があるな」

「....ちょっと傷つくな、これ」

 

 ちゃんと弾丸が向かってくれれば当たってくれる。そう確信しての一撃。

 しかし結果はこの通り。狼は直前でレイガストで防御を成功させていた。

 

 その瞬間。

 

「あ」

 

 榴弾の爆撃に合わせ狙撃を敢行したのは、ユズルだけではなかった。

 影浦隊の戦闘状況を確認し――ユズルの潜伏場所を探り続けていた、弓場隊狙撃手である外岡一斗の狙撃であった。

 

 狼へ意識を集中させいたが故に警戒を解いていたユズルは、頭蓋を消し飛ばされ緊急脱出となった。

 

「――ゾエ!」

「はいはい」

 

 一瞬の判断。

 影浦が狼の懐に入り抑え込んでいる間に、北添はオペレーターの仁礼から受け取った外岡の狙撃位置に榴弾を浴びせる。

 外岡も緊急脱出したことにより、この盤面から狙撃手は全員消える。

 

 北添は外岡の排除の為に榴弾を別方角に撃った。影浦が狼の懐に入り込んだ。

 この僅かな時間は――今まで防御に割いていた狼の意識を、攻へ転じる事が可能となる。

 

「――来いよ、狼!」

 

 影浦としても、願ったり叶ったり。

 あの、無心の剣と斬りあえる。己が副作用が反応しない、無情の殺意と戦える。

 その歓喜に口元を大きく歪めた瞬間。

 

 ()()()()()()()()()

 

 錯覚だ。

 実際には燃えていない。

 しかし――その温度や、苦悶が、その皮膚を通して影浦に流れ込んできたかのようだった。

 

 流れ来るのは、怨嗟の感情。

 燃える。燃える。

 息すらできぬほど重く苦しい。叫びそうになるほど、熱く痛ましい。

 

 そんな感情が、流れ込んだ。

 思わず――一瞬振り返ってしまった。

 

「クソ....!」

 

 振り返った先にある――エネドラの目線を見たその瞬間、己が判断ミスを確信した。

 目線を切った狼の斬撃が、影浦の袈裟を大きく斬り裂いていた。

 

 

 

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