寡黙・ざ・ろっく 作:喜多ちゃんの脳を焼きたい症候群
ベーシスト株が低いのも承認欲求モンスターのせい。
ジャラーン、と私とひとりちゃんのギターを合わせて最後の和音を奏で虹夏先輩のスネアで締める。
今回やる予定の3曲を通しで行ったところだ。
「喜多ちゃん、歌いながら出来てるね!コレでまだ10日も経ってないとか驚きだよー!」
「ありがとうございます!ひとりちゃんのお陰です!」
まだ、原曲のテンポではコードチェンジが間に合わないところがあるのでテンポを落として合わせてみたが、渾身、と言えるほどの出来で弾けていた。
『まだ、手元に集中し過ぎてる点を除けばほぼ完璧。喜多さんは歌うんだから歌う時だけでもマイクから顔を離さないように』
師匠からのキツいお達しも始めたてに比べれば幾分かマシになっている。
「まぁまぁ。まだまだ初心者なんだし、むしろコレだけできれば才能アリって言っても良いくらいだよ!」
「ホントですか!?」
私のやる気は鰻登りだ。
当日までにもっと完璧にこなせるようにならなくちゃ!
「郁代、すごい良かった」
「リョウ先輩もありがとうございます!」
「…だから立っていい…?」
「ダメです」
私は笑顔で答える。
プルプル震えながら正座をしているリョウ先輩には普段の格好良さなんてどこにも無かった。
…なんだかかわいいかも…
「に、虹夏ぁ…」
「ダメ。喜多ちゃんが許すまでダメ」
「う…うぅ…ひとりぃ…」
『ごめんなさい。私には出来ない』
あの後リョウ先輩は何食わぬ顔をして戻ってきた。
…いや、何かを食ってきたのだろう。
何せ、私が渡した千円札が3枚の銅色になって返ってきたのだから…。
私と虹夏先輩の怒りを一身に受ける形で、先輩を正座ベースの刑に処した。
既に
アレは詐欺師の手法だ。
お金だけ払わせておいて、その後の対応はお門違いだなんて…。
私は世に出回らせたくなかったのに…!!
詐欺師は絶対に許さない!
「リョウ先輩、先ほどの千円は可及的速やかに回収させていただきます」
「…支払いで小遣い使い切っちゃってて…お腹空きすぎてもう限界だったんだよ…」
「おっま…っ!?また買ったのか、山田ァっ!?」
ポロッと要らぬことを言ったために虹夏先輩の怒りが延焼。
コレは私の
自業自得です!と私はリョウ先輩の視界の外で舌を見せた。
***
「よーし、それじゃあこんなところで終わりにしよー」
お疲れー!と言いながら虹夏先輩はスティックを置いて腰を上げる。
それに同調して私たちも声を上げた。
四つ足で這うリョウ先輩の足は小鹿のようで、うまく立ち上がれないらしい。
「…こ、この後バイトなのに…コレは…む、り…」
ガタガタと足を震わせる様は先輩とは言え滑稽だ。
指差して笑ったりはしないが、それでも口の端が緩んでしまう。
『リョウ先輩、バイトなんですか?』
「そーだよ。私もリョウもここでバイトしてるんだー」
いち早く店仕舞いが済んだひとりちゃんが尋ねれば、同じくスティックケースに納めるだけの虹夏先輩がそう答える。
「バンド経費やら活動費やらで結構飛ぶからバイトは必須」
「へー、そうなんですね…それなら、私もバイトしなくちゃ…」
私はバイト未経験。
まだ、自力で稼いだことがない。
どんなバイトが良いかしら、なんて思い耽っていると
「喜多ちゃんもひとりちゃんもここでバイトすれば良いよー。他のバンドを見て勉強できるしさ!」
「アットホームな和気藹々とした職場です」
虹夏先輩がそう提案してくれれば、そこへ少し回復した様子のリョウ先輩も乗っかる。
私に否やはないが…
『私、こんなですが出来ることある?』
いつも以上に細められた目が哀愁漂わせている…!
「だ、大丈夫だって!ほら、ボタン登録とかで言葉を先に入力しておいてそれを押すだけで声を出せるようにすれば、どこだって出来るよ!」
「ボタン押すだけでいらっしゃいませー、って言わせればいい…それ良いな。私もそうしよう」
「こらこら。流石にみんながそうしたら雰囲気悪いでしょーが!!」
『雰囲気悪い…』
「ああ!ひとりちゃん!そんな気にしないでー!?」
私が入り込む余地もなく会話が展開されているが、それはそれでこのコント染みたやり取りを間近で見させてもらえているようで面白い、し。
…みんな、かわいいなぁ…。
私はその言葉を口の中で噛み砕いた。
…危ない…また、変な感情が鎌首をもたげた気がする…。
私はその場にしゃがみ込み、両手で顔を押し潰す。
顔が熱い…!
「オラー、虹夏ー。リョウー。仕事の時間だ。」
ガチャリ、と開けられた防音扉から星歌さんが顔を覗かせ…
「何だコレ」
現状を見て困惑していた。
茶化すリョウ先輩、落ち込むひとりちゃん、それをフォローする虹夏先輩と1人しゃがみ込む私。
そりゃあ、困惑も当然と言えた。
***
「とりあえず、今日からよろしく。分からないことは全て虹夏に聞きな」
「『はい』!」
私たちは今日唐突だけれど、アルバイトさせていただける運びとなった。
一応、ひとりちゃんの対策については渋々ながら許可を得られたので、音声アプリにボタン設定機能が付いたものをダウンロードして、設定したことで、大枠の問題は解消されたようだ。
『いらっしゃいませ』
『ご注文は』
『はい、少々お待ちください』
『お待たせしました』
『ありがとうございます』
『申し訳ございません』
「まぁ、コレで大丈夫かな?イレギュラーが無い限りはコレで問題ないと思う。あとは…」
キュ、キューっとホワイトボードへ何かを書き込んでいく虹夏先輩。
【話せませんが、耳は聞こえてます。お気軽にどうぞ!】
と一文書いたものをドリンクカウンターの脇に立て掛けた。
「先に言っておけば、文句言う
『ありがとうございます』
すぐさまひとりちゃんは登録したボタンを押して、虹夏先輩へと即応した。
一仕事を終えた先輩は、意味なく手をはたき合わせる。
なるほど、確かにこれなら文句は言いにくいかも。
「仕事にはコレで支障ないだろうし、あとは手順とか説明するね」
ビールがこっちでー、氷がここー、と小さい小部屋ながらあちらこちらに置かれたビン類へ目移りしてしまい、覚えられそうにない…。
「とりあえず、ソフトドリンクがこっちの無地のカップ。アルコールはこっちの文字が入ったやつね!コレだけは絶対に間違えないでね!」
「は、はい!」
私は初めての、しかも急なアルバイトのためか知らずのうちにテンパってしまっているようだ。
「カクテルは上に表があるからそれ見て作るの。まぁ、最初だし横から教えるから安心してね!」
「はい」『ありがとうございます』
私とほぼ同時に答える音声に私たち3人は顔を見合わせて笑った。
「あ、いらっしゃいませー!それじゃ、ひとりちゃん注文取ってくれる?」
既に開場していたため、お客さん第一号がやってきた。
『いらっしゃいませ』
『ご注文は』
そばに置かれたスマートフォンから流れる音声に一瞬面食らった様子のお客さんは目の前のホワイトボードに書かれた一文を見てあからさまに表情が軟化した。
「コーラください」
『はい、少々お待ちください』
ボタンを押しながら、澱みなくカップを取り、氷を入れ、コーラのボタンを押して注ぐ。
『お待たせしました』
蓋をつけた商品とストローを一緒にして渡すひとりちゃん。
…様になりすぎでは…?
『ありがとうございました』
「ありがとうございましたー!…ね?そんなに難しくないでしょ?」
「は、はい。今のくらいなら問題なさそうですが…」
『問題はカクテル』
「ええ、私たち未成年だし、今まで馴染みがないので…」
「まー、慣れればそんなに難しくないよ!分量通りに入れて混ぜるだけだから!」
不安を滲ませる私たちに虹夏先輩は快活に答える。
「今日はお客さんそんなに多くないらしいから、ひとりちゃんが接客をして、喜多ちゃんが全部作ってみよっか?」
「『はい』!」
そこから1時間ほど、怒涛の勢いで来るお客さんを捌くのに忙殺された私たち。
虹夏先輩は和やかな笑みを絶やさず、対応し続けていたけれど、私とひとりちゃんは正直言って疲労困憊だった。
「スクリュードライバーでーす。こっちはジントニックでーす。お待たせしましたー!」
私が作る横から指差し指示してくれる虹夏先輩は頼りにしかならない。
アルバイトも早く慣れなくちゃ…!
「お疲れ様ー、次の時はひとりちゃんが作る側に回って覚えよーね!」
『はい、ありがとう虹夏ちゃん』
良いってことよー、なんて軽く受け取る虹夏先輩はカッコいい…。
ひとりちゃんも同じ新人なのにサマになっててカッコいい…。
…可愛いのにカッコいいって2人とも反則じゃない?
どこかからかキュン、と高い音が聞こえた気がしたけれど、ライブ中のギターの音だったのかしら…?
図1 アルバイト姿にやられる喜多ちゃんの図。
表1 結束バンド内の喜多ちゃん好感度指数の表。
…そんなものはありませんが、脳内補完をお願いします。
既に香ばしい喜多ちゃんの焼ける匂いがしてきている気がしますが、みなさんいかがですか?
…ウェルダンで?
かしこまりましたー!!(言ってない)