戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ   作:@sora@

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かなりギリギリの仕上がりになってしまいました。
誤字脱字があれば後日修正します。


第209話

無数のコンピューターが設置された、薄暗い部屋の中。その中央に、目を閉じて佇む小日向未来…いや、シェム・ハの姿があった。

 

「我が国に相応しき神の力…!」

 

遂に手中に納めた神を前に、風鳴訃堂は歓喜の笑みを浮かべていた。

 

(ダイレクトフィードバックシステムによる精神制御は間もなく完了する。その時こそ、次世代抑止力の誕生よ!)

 

査察のどさくさに紛れて、エルフナインが個人で扱っていたダイレクトフィードバックシステムを回収させ、それをノーブルレッド達に命じて神獣鏡のファウストローブに組み込む事で、訃堂はシェム・ハを意のままに操る事を目論んでいた。

 

(これを作ったあの者達も、今は何処ぞで果ててしまっているだろうな)

 

その事を考えて、訃堂は悔やむのではなく一層笑みを深める。訃堂にとって協力者だった彼女達も、所詮はこの国から排除すべき異物程度に過ぎないのだった。

 

「これで残るは、あの“紛い物”に良いように使われている不肖の血族共の目を覚まさせるのみ…」

 

そう言って笑みを消した訃堂は、腰に差した刀に手を掛けながら部屋の出口へと歩みを進めた。

 

「歌などでは、世界を救えぬのだ」

 

 

 

 

 

「お呼びでしょうか?」

 

マリアが指令室に入ると、弦十郎と緒川、そしてモニターに映った八紘がマリアへと視線を向けた。

 

B.E.A.T.の者達は最悪の事態に備えると言って再びS.O.N.G.を去り、アマルガムを無断使用した響には謹慎が命じられてしまった。残った仲間達で現状を整理するために話し合っていると、自分にだけ呼び出しの連絡が来たのでマリアはコッソリと席を外してきたのだ。

 

「すまないな、急に呼び出して」

 

『早速だが、君に新たな任務の通達だ』

 

「まずは、これを見てください」

 

そう言って緒川がモニターに映し出したのは、自分達の前で神獣鏡のファウストローブを纏った未来が何者かに攫われる場面だった。しかし、あの時は周囲一帯が煙に包まれてしまったため、得られる情報はほとんどないはず…

 

「えっ!!?」

 

…だがマリアは、その映像に映り込んだモノを見て驚愕の声を上げた。

 

煙の隙間に、佇む自分達のすぐ傍を、未来を抱えて駆け抜ける者達の姿がハッキリと映っていた。そう、ハッキリと…映っているはずなのに…マリアにはその人物達の情報が頭に入ってこない。男性なのか、女性なのか、年齢や衣服さえまともに認識出来ない。

 

「これって、まさか…!」

 

「“認識阻害”…査察で押収されたナナシ君の“血晶”が利用されたと見て間違いない」

 

「っ!!」

 

それを聞いた瞬間、マリアは怒りで思わず叫びそうになった。よりによって、ナナシが仲間のために残した“血晶”を悪用して未来を攫ったなど、到底許せるはずがない。しかしその怒りを弦十郎達にぶつけたところで仕方が無いと、なけなしの理性で怒りを胸の内に仕舞い込むと、視線で弦十郎達に話の続きを促した。

 

「残念ながら、この映像を証拠として扱う事は出来ません。そのためには、ナナシさんの力について情報を広く開示する必要がありますから…しかし、かねてより進めていた内偵と政治手段により、風鳴宗家への強制捜査の準備が整いました。間もなく執行となります」

 

「風鳴宗家って、あなた達や翼の…」

 

「そうだ。最早一刻の猶予もない」

 

“血晶”の不正利用が発覚すれば、その回収を命じた者が関与している事など明らかだ。にも関わらず、こうも強引に事を進めた以上、もはや隠し立てするつもりは無い…その必要が無くなる目途が立ったという事だ。

 

『風鳴訃堂自らが推し進めた護国災害派遣法違反により、日本政府からの逮捕依頼だ。状況によっては、殺害の許可も下りている』

 

「殺害って…!」

 

これまでに無い重責の伴う任務内容に、マリアは思わず動揺してしまった。しかし、血縁者であるはずの弦十郎や八紘の表情に迷いは見られない。どうやら二人の『覚悟』は固まっているようだ。

 

「服務規程違反によって謹慎中の響さん、並びに未成年スタッフに任せる訳にはいかないと判断しました。そこでマリアさんに…」

 

「まさかその程度の理由で、私を除け者にするつもりですか?」

 

緒川の発言を遮るように、部屋の中に怒りを露わにした翼が入ってきた。そんな翼の後ろに、当然のように奏も続いてくる。

 

「あなた達、どうして!?」

 

「あんたが端末見た途端に部屋を出ていったから、翼と一緒にコッソリ後を追いかけたんだよ。これまで何度か尾行に付き合わされた経験が役にたったな?」

 

奏が茶化すようにマリアの疑問に答えている間に、翼は弦十郎達の前に立って不服そうに言葉を紡いだ。

 

「此度の一件、主導したのが風鳴宗家…訃堂お爺様だと言うのならば、私も風鳴の一族として黙ってはいられません!叔父様、お父様、私も同行させてください!!」

 

『翼…』

 

「……」

 

八紘が返答に迷っていると、弦十郎が無言で翼の前に立って口を開いた。

 

「翼、先程の話を聞いた上でそう願い出るなら…お前には相応の『覚悟』はあると言うのだな?」

 

「それは…」

 

「待ちなさい!」

 

『覚悟』を問う弦十郎に、マリアが翼を庇うように前へ出て叫んだ。

 

「覚悟って何!?風鳴訃堂を、あなた達の家族を殺す覚悟って事!!?あなた達はそんな覚悟を決めていると言うの!!?ふざけないで!!翼にそんな覚悟を持たせるくらいなら、私一人で任務を全うしてみせる!!!」

 

「マリア…」

 

「どんな理由があろうと、家族が家族を殺すなんて間違ってる!」

 

「Exactly!!」

 

「「「!!?」」」

 

マリアが凄まじい剣幕で放った言葉に対する弦十郎の返答は、部屋全体を揺るがすような力強い肯定だった。その気迫にマリア達は目を見開いて思わず固まってしまう。

 

「マリア君の言葉は至極もっともだ。誰に許可されようと、そんな選択は我々の『正義』に反する。だが、風鳴訃堂の…親父の『正義』はそうではない。例え血族である俺達であっても、必要ならば親父は躊躇いなくその刀を振るうだろう」

 

弦十郎はマリアを押しのけて、再び翼へと視線を向けた。

 

「俺達がマリア君に同行を求めるのは、組織の責任者としての最低限の備えをしなければならない他に、長々続いた俺達家族の『喧嘩』の結末を第三者として見届けてもらいたいからだ。家の問題に他所様を巻き込む以上、俺はマリア君と部下達を絶対親父に『殺させない覚悟』を決めている」

 

弦十郎が翼の肩にポンと手を置くと、翼の瞳を真っ直ぐに見つめる。何かを見定めるようなその視線から、翼は目を逸らす事が出来なかった。

 

「翼、お前が風鳴の一族として同行すると言うのなら…あの親父を前に『殺さない覚悟』と、何よりも『殺されない覚悟』を持って立つ事は出来るのか?」

 

「っ!?」

 

「出来ないのなら、お前はここに残れ。俺はナナシ君に、お前達の事を『よろしくお願い』された。師として、大人としてその約束を破る訳にはいかない。故にもう一度問う…翼、お前に『覚悟』はあるか?」

 

「……」

 

弦十郎の問いに、翼は少しの間沈黙すると…やがてゆっくりと口を開き、自分の想いを言葉に紡いだ。

 

「…私達も、ナナシに『よろしくお願い』されました。『頼むから、無事でいてくれ』と…」

 

「なら…」

 

「私は、そんなナナシにこう返してみせたのです。『家の事は私達で何とかしてみせる』と…風鳴家の大掃除、どうか私にも手伝わせてください。綺麗さっぱり片付けて、ナナシを驚かせてやりましょう!」

 

「翼…!」

 

「果たせぬ約束を背負う虚しさ…ナナシの傍でずっと見てきた我々が、知らぬ道理はないでしょう?これ以上、彼にそんな物を背負わせないためにも…私は死んでも生きてここに戻ってみせます!」

 

翼の『覚悟』を見届けて、弦十郎はフッと笑みを零すと、翼の頭にポンと手を置いた。

 

「それでは、共に行くとするか…あの馬鹿親父をブン殴りに!」

 

「はい!」

 

そのやり取りを見届けた奏は、ヤレヤレと苦笑しながらマリアへと近づいて声をかけた。

 

「見ての通り、翼はすっかりやる気みたいだ。相棒として付いて行きたいのは山々だけど、正直あたしは足手纏いだ…あたしの代わりに翼の事、よろしくお願いします!」

 

マリアの前に拳を差し出しながら、笑って自分の相棒の事を委ねる奏に、マリアも苦笑しながら拳を突き合わせて応える。

 

「フフッ…ええ、任せなさい。いざという時は、私が翼を引き摺ってでも連れて帰るから!」

 

 

 

 

 

それから少しして、風鳴の屋敷の前に弦十郎と八紘が部下達を引き連れて集まっていた。物々しい雰囲気に包まれ、表情を固くした翼とマリアもその中に紛れている。

 

作戦決行の時刻が迫り、八紘が屋敷のセキュリティを解除しようと門の認証システムに近づこうとして…その肩を弦十郎に捕まれ引き留められた。

 

「弦?一体何を…」

 

「ここは俺達に任せて、兄貴は下がっていてくれ」

 

困惑する八紘を弦十郎が宥めていると、弦十郎の部下達は何やらゴソゴソと準備を進めていた。

 

「風鳴ナナシ主催特別睡眠学習講座『正しい老害介護のススメ』」

 

「施設に入る事を拒否して引き籠る老害の自宅に乗り込む場合、小賢しい老害は間違いなく入口に罠を仕掛けて待ち構えています」

 

ガチャガチャガシャンガシャン!!

 

非情に手慣れた様子で車から何かを取り出した弦十郎の部下達は、屋敷の門に向けて…無数のバズーカを構えた。

 

「故に乗り込む場合には、老害に想定されていない裏道を用意するか、罠諸共全てを灰燼に帰してから堂々と乗り込みましょう!」

 

「なっ!?ちょ、ちょっと待…」

 

「ファイヤァアアアアアアア!!!」

 

ドゴォオオオオオオオオオン!!!

 

八紘の制止も虚しく、弦十郎の号令によって一斉に砲弾が放たれ、歴史を感じる威厳のある門は跡形もなく消し飛び…その向こう側から、衝撃でボロボロになったアルカノイズの群れが姿を現した。

 

「アルカノイズ!?本当に罠を張って待ち構えていたの!!?」

 

「し、しかし弦!?何の手続きもなくいきなり容疑者の潜伏先に重火器を放つなど!!?」

 

「何を言っているんだ、八紘兄貴?我々は屋敷に対して重火器を放ったのではなく、アルカノイズに放った重火器が偶々屋敷の門に当たってしまっただけだ。いつ何処に現れるか分からないアルカノイズへの速やかな武力行使はS.O.N.G.に与えられた権限の一つだろう?」

 

狼狽える八紘に弦十郎があっけらかんと答えている間にも、弦十郎の部下達がクチャクチャとガムを噛みながらアルカノイズ目掛けて重火器を放ち続ける。その攻撃の流れは非常にスムーズで、一部の流れ弾が屋敷の一角を瓦礫に変える事はあっても囲いを超えて屋敷の外に被害を出す様子は一切見られない。的確にアルカノイズと屋敷にダメージを与えるその動きは、きっと以前から夢に見る程に(・・・・・・)溜まっていた風鳴宗家への鬱憤が成せる技だろう。

 

「八紘兄貴もそう肩肘を張らず、ガムでも噛みながら気楽に家宅捜査を進めればいい。兄貴達や証拠物に誤射するような真似は絶対にしないから安心してくれ」

 

そう言って弦十郎が取り出したガムを八紘の胸ポケットに差し込むと、部下達を伴って悠々と屋敷の中へ足を踏み入れていった。

 

(事前の演習通り、お前達は八紘兄貴の部下達を援護しつつ屋敷内を捜査!ある程度経ったら屋敷から回収した“血晶”を利用したと言い訳するから堂々と“障壁”を使用して構わん!それまでは油断せず、アルカノイズの攻撃に対して密かに“障壁”を展開する事を心掛けろ!誰一人として死ぬ事は許されないからな!!)

 

(((((ウィーッス!!)))))

 

『ガム』を使って脳内でそんな会話を繰り広げながら、弦十郎に続いて屋敷の敷地内へと進む部下達。ガムを噛んだり膨らませながら重火器を肩に担いで歩むその様子は、もはや裏組織のボスに仕えるチンピラのようにも見えてしまった。

 

少しの間ポカンとその様子を眺めていた八紘と翼達だが、動き出したアルカノイズを前に翼達は慌ててシンフォギアを纏い、家宅捜査を進める者達を守るようにアルカノイズの殲滅を開始した。

 

「こ、ここは私達に!」

 

「あ、ああ…つ、翼、マリア君!アマルガムは…」

 

「分かっています!」

 

「私だって謹慎は御免よ!」

 

「頼むぞ。これ以上の横紙破りは、S.O.N.G.の国外退去に繋がりかねない…はずなんだがな…」

 

横紙どころか常識と建物を易々とブチ破る弟とその仲間達の姿に、八紘は自分と同じように混乱する部下達を引き連れてようやく家宅捜査へと踏み込んでいった。

 

 

 

 

 

先行した弦十郎の部下達が一足早く屋敷の奥へと辿り着くと、襖を開けて部屋の奥に座して待ち構える風鳴訃堂を発見した。訃堂は座したまま視線のみで圧を放ち部下達を威嚇する。その圧に一瞬ビクリと震える部下達だったが、決して訃堂から視線を外す事無く銃を構え続けた。

 

「ほう?末端までもが儂の視線に耐えるか」

 

「日頃、俺とナナシ君の組み手を傍で見ている部下達だ。鍛え方が違う」

 

部下達の間を通り抜け、遂に弦十郎が訃堂と対峙する。

 

「国連の狗…いや、得体の知れぬ“紛い物”の傀儡となり果てた親不孝者め。何のつもりでまろび出た?」

 

「無論、あんたを止めるためだ」

 

訃堂が立ち上がりながら腰の刀に手を掛け、弦十郎がゆっくりと構えを取る。次第に緊張が高まる中、衝突の前に弦十郎が口を開いた。

 

「“血晶”を悪用していると知って最も警戒していたのが、親父が“認識阻害”を使って奇襲を仕掛けてくる事だった。だから八紘兄貴の隙を突いて俺達が先行したんだが…この期に及んで堂々と待ち構えているなんて、何か意図でもあったのか?」

 

「果敢無き哉。何故家主がコソコソ隠れる必要がある?逆賊を真っ向から切り伏せてこそ、この国の真の防人よ」

 

「フッ…」

 

訃堂の矜持を聞き、弦十郎はまるで失笑のような笑みを零した。

 

 

 

「何やら御大層な事を口にしているが、やっている事は所詮部下に盗品を配って人攫いを命じる盗賊が如き木っ端の所業…能書きは、その馬鹿面を鏡で見てから垂れろ、クソ親父」

 

 

 

 

 

 

 

 

「はああ!!」

 

翼の一閃がアルカノイズを切り裂き、赤い粒子へと変える。翼が息を整えるのもそこそこに、次の獲物に飛び掛からんと視線を彷徨わせていると、そんな翼を落ち着かせるようにマリアが声をかけた。

 

「翼、落ち着いて!周りをよく見てみなさい!」

 

マリアの呼び掛けに、ようやく翼がアルカノイズ以外に視線を向けると、仲間達が取り戻した“血晶”を使ってアルカノイズの動きを封じ込めていた。これならば、自分達が急がずともゆっくりと各個撃破出来る。それを理解した翼は、やっと動きを止めて荒くなった息を整え始めた。

 

「フゥ…」

 

「落ち着いた?」

 

「ああ…済まない、マリア」

 

「焦り過ぎよ。逸る気持ちは分かるけど、もっと仲間を頼りなさい。あなたは一人じゃないんだから」

 

「ああ…だが、ナナシがいない今、皆を守れるのは我々だけなのだ…ナナシの代わりに、力のある我々が皆を守らないと…」

 

疲労でぼんやりとしているのか、譫言のようにそう呟く翼の言葉を聞いて、マリアは呆れたように言葉を紡いだ。

 

「力があるから守るだなんて、傲慢ね?」

 

「何だと…?」

 

「あなたは、ナナシは力があるから皆を守っているとでも思っているの?」

 

「っ!?」

 

ドゴオオオオオン!!!

 

マリアの指摘に翼が目を見開いていると、屋敷の上から突如爆発が起こったかのような轟音が響き渡った。

 

「ぐおおおお!!?」

 

屋敷の屋根の一部を突き破り、人影が一つ飛び出してきた。人影は二度、三度と屋根の上を転がり、ようやく動きを止める。

 

「果敢無き哉…大仰な戯言を垂れ流しておきながら、所詮この程度とは…」

 

その後を追うように、屋根を穿った事で舞い上がる粉塵の中からもう一つの人影が姿を現した。二つの人影…訃堂と弦十郎の戦いは一方的であった。そう、誰がどう見ても、両者の戦況は…

 

「本当に、これで終わりなのか?…親父」

 

弦十郎が訃堂を(・・・・・・・)、圧倒していた。

 

「ハァ…ハァ…!」

 

屋根に刀を突き立て、荒くなった息を整えながら立ち上がった訃堂がゆっくりと迫る弦十郎を睨む。その瞳には、今尚現状を理解しきれぬ驚愕の感情が宿っていた。

 

「弦十郎…!!貴様、一体何をした!?何故貴様がこれ程の力を!!?あの“紛い物”が、貴様に埒外の力を授けでもしたのか!!?!?」

 

「当たらずしも遠からず、と言ったところだ」

 

訃堂の問いに、弦十郎はそう答える。訃堂を圧倒する力を弦十郎が得た原因は、紛れもないナナシである。しかしそれは、ナナシが持つ埒外の力を弦十郎に授けた訳では無い。

 

「別に何をしたと言う訳では無い。強いて言うのなら…俺の弟子が日々積み重ねたように、俺も師として日々を積み重ねた…ただ、それだけだ」

 

勝率三割。

 

ナナシが諦める事無く高みに挑み続けた事で至った、師である弦十郎との模擬戦の戦績…しかしそれは、弦十郎に手も足も出なかった頃から積み重ねた膨大な黒星を計算に入れた割合であり、ここ最近の戦績だけを抜き取って見れば、その割合は凡そ五割にまで跳ね上がる。つまり、あくまでも数字の上ではあるが、ナナシは既に弦十郎と拮抗するだけの実力を身に着けたと言う事だ。

 

それが意味するのは、ナナシが弦十郎に師事を受け技術を学び、幾つもの異能を身に着け、更には神の力をその身に取り込んだ事で、何年も前に目指した師の頂にようやくナナシが辿り着いたという事だろうか?…否だ。かつて目指した頂など、ナナシはとうの昔に通り過ぎている。ナナシがその頂に手をかけた頃には、師は既に更なる高みへと至っていた。

 

ナナシが弦十郎の技を身に着ける頃には、教えを授けるために繰り返した弦十郎の技は練度を増しており、ナナシが弦十郎に追いつくために新たな技を編み出せば、弦十郎はより高い次元でその技を修めてみせ、ナナシの奇策に敗れた時には、弟子の成長に喜びながら弦十郎は敗北を糧に徹底して己を磨き上げ、類似する手法を繰り出すナナシを完封してみせた。

 

どれだけ苦労して近づこうとしても高みへ登り続ける師の背中にナナシは腐る事無く、寧ろ誇らしさを感じながらあの手この手でその背を追いかけ続けた。そして弦十郎も、自分が数十年かけて辿り着いた高みを僅か数年で駆け上がった弟子を疎む真似はせず、師としてそう簡単に乗り越えさせてなるものかと足掻き続けた。

 

似た者同士の師弟が積み重ねてきた日々は、弟子だけでなく師をも遥か高みへと至らせていたのだ。

 

「ぬおおおおおおおおお!!!」

 

突き、払い、切り上げ、振り下ろす…次々と繰り出される訃堂の神速の刃を、弦十郎は全て躱し、いなして、捌き切る。その速度はナナシの攻撃よりもずっと速いはずなのに、弦十郎には明らかな余裕が見て取れた。

 

(親父の攻撃は確かに速く、油断ならないが…これがナナシ君なら刀身に何らかの薬品を塗っていて当然だから刀身に触れる事すら出来ない。唐突に刀の長さや形状が変わる事も無い。次の瞬間、刀身が四散して散弾銃のように降りかかる事も無ければ、刀に意識を集中している隙に下半身だけを切り離して近づき金的を狙って蹴りを放つ事も無い。足底から伸ばした血液が地中から奇襲を仕掛けたり、ズボンと下着を“収納”して強制フリチン状態にさせられる事も無い…ただ速いだけの刀なら、落ち着いて対処すれば問題ない)

 

…ナナシと日々模擬戦を繰り広げた弦十郎は、その視野が異様に広くなっていた。もはや相手が目の前で爆発四散したところで対処も可能である。それはあらゆる苦難を乗り越える事で至った悟りの境地に近い対応力で、流石のナナシもやり過ぎたかと思わなくもないが、何だかんだで初見以外の方法は全て完封されるので仕方ないと開き直っている。

 

「ハァ…ハァ…!」

 

訃堂の息が上がっているのに対して、弦十郎は汗一つ流れていない。そう、弦十郎がナナシを相手する中で鍛えざるを得なかったのがスタミナだ。体力無限のナナシを相手に勝利を掴むには、膨大な体力が必須だった。途中から露骨にナナシが耐久勝負に持ち込む時期があったため、弦十郎は今や数日程度なら余裕で戦い続ける事も可能である。老いを感じさせぬ強靭な肉体を持つ訃堂だが、このままでは先に力尽きるのが明白であった。

 

「スゥ…」

 

しかしそこは百戦錬磨の訃堂。戦法が悪いと察した直後、刀を鞘に納めてその場に留まった。居合の構え…近づいたが最後、回避不可能な神速の一太刀を放つ剣の結界を展開する事で、体力の回復と起死回生の一手を打ってきた。

 

寄らば切る。そんな禍々しい闘気を放つ訃堂に対して、弦十郎は…

 

「ヒャッ()ァアアアアアアアア!!!」

 

ボオオオオオン!!!

 

「ぬぅ!!?」

 

…寄らずに衝撃波を放つと言う、文字通りの離れ業で応戦した。

 

「ぬぅん!!」

 

ズバン!!

 

瓦を派手に吹き飛ばしながら迫る衝撃波と、突如弦十郎の口から飛び出した奇声に心乱された訃堂であったが、それでも咄嗟に『衝撃を切り飛ばす』という離れ業を返した事で難を逃れる。しかし…

 

「はぁああああああ!!!」

 

パァアアアアアン!

 

鞘から刀を抜き放った直後の隙を突いて急接近した弦十郎が、刀の柄を殴って訃堂の手から刀を弾き飛ばす事に成功した。

 

「ごぉおおおおおお!!!」

 

武器を奪われ、弦十郎に拳の届く間合いまで近づかれた訃堂は、瞬時に弦十郎を屠るために抜き手を放つ。弦十郎はその動きを捉えながら、回避ではなく自らも拳を構えて訃堂に攻撃を仕掛けた。

 

弦十郎はナナシから貰ったガム型“血晶”を持っている。防がずとも訃堂の一撃は阻止が可能。戦いの最中、弦十郎は訃堂が懐に“血晶”を隠し持っている事に気付いていた。

 

故に弦十郎が放とうとしているのは、かつて“血晶”対策で編み出した二連突きだ。訃堂を殺さず無力化するために敢えて訃堂に渾身の一撃を放たせ、自分は“血晶”の守りを突破する事で訃堂の意識を確実に刈り取るつもりだった。

 

(これで決める!)

 

弟子との約束を守り、自らの正義を貫くため…弦十郎は迷う事無く、連なる拳を訃堂へと打ち放った。

 

ドゴオオオオオオオン!!!

 

拳の着弾と同時に、両者の周囲に凄まじい衝撃が広がる。瓦は全て吹き飛び、その衝撃は遠く離れた山肌さえも深く抉ってみせた。

 

弦十郎の狙い通り、訃堂の一撃は“障壁”によって防がれていた。そして、弦十郎の初撃も同様に訃堂に届く前に止められている。そして、連なるように放たれた弦十郎の二撃目の拳は…

 

「果敢無き哉」

 

…訃堂に届く寸前で、初撃と同じように“障壁”で止められてしまい…訃堂の放っていた二撃目の抜き手が、弦十郎の腹部に突き刺さっていた。

 

「ゴフッ!?な、何故…!!」

 

「あの“紛い物”が貴様らに力を隠し持たせる事など、容易に想像がつく。貴様らの動きを封じている間、対策を練る暇は充分にあったわ」

 

それは分かる。理解出来ないのはそこではない。弦十郎は初撃で確実に“血晶”を破壊するため、充分以上に力を籠めた。万が一にも訃堂を殺さぬために加減したのは確かだが、“血晶”を追加で一つ二つ隠し持っていたところで耐えられる攻撃ではなかったはずだ。そんなに大量に“血晶”を隠し持っていたのなら、弦十郎が見逃すはずはない。どうやって訃堂は弦十郎の二撃目の拳を防いでみせたのか…

 

「どちらの拳も儂を殺すつもりで突いていれば、或いは…とことんまで不肖の息子よ。共に積み重ねるなど生温い。血を啜り肉を喰らい、己の糧にしてこそ力は身に付くモノよ」

 

「っ!!?」

 

その発言で、弦十郎は訃堂の取った方法を察した。元々自分達がガムという形で“血晶”を隠し持っていたのも、いざという時飲み込んでしまえば見つからないと考えていたからだ。

 

つまり訃堂は、自分達から奪ったナナシの力を最大限利用するために…その血肉を取り込み、腹の中に溜め込んでいたのだ。

 

「そこまで堕ちたか、親父…!」

 

「この国のためならば、儂は護国の鬼とならん!!」

 

弦十郎の両手を押さえながら、訃堂は弦十郎を抱えて上空へと舞い上がる。真下にある大岩に弦十郎の頭を叩きつけ、確実に息の根を止めようと凄まじい勢いで落下して…

 

「くっ…ヒャッ()ォオオオオオオオ!!!」

 

ドゴオオオオオオオン!!!

 

…訃堂によって強かに地面へと叩きつけられた弦十郎は、衝撃で出来たクレーターの中心で頭を地面にめり込ませた状態で気を失ってしまった。

 

「ぐうっ…!」

 

そしてそのすぐ傍で、ボロボロの訃堂が堪らず地面に膝をつく。弦十郎の二連撃によって訃堂が体内に収めていたナナシの血肉は既に消滅していた。故に弦十郎が最後に全身から放った衝撃は、密着状態だった訃堂に少なくないダメージを与えていた。

 

「最後まで面妖な真似を…何処までもあの“紛い物”に毒されおって…!」

 

弦十郎の体から放たれた衝撃がダメージを和らげ、弦十郎が生きているのを訃堂は察していた。トドメを刺したいのは山々だが、ここまで来ると近づけばその体から何が飛び出すか分かったものではない。

 

故に訃堂は、確実に組み伏せる事が出来る対象へと狙いを定めて…刀を拾い上げると、弦十郎を残して最も年若い一族の元へと歩みを進めるのだった。

 




これがギャグなのかシリアスなのか、書いている私自身分かりませんw
この流れで弦十郎さんが負けるのもどうかと思ったのですが、勝利演出からの敗北は寧ろシンフォギアっぽさがあるかと思ってそのまま採用しましたw

本当は合間に響と洸のやり取りを挟みたかったのですが、ちょっと厳しかったので来週の何処かで入れようかと考えています。タイミングがおかしいかもしれませんがスルーして頂けるとありがたいです。
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