事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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八十二話 錬金術師と天使憑き

ガレリア要塞、跡地。

話には聞いていたが、ずいぶんとボロボロになったものだ。風の強いその場所で、あたりを見渡したミルクティー色の髪がふわふわと揺れた。

 

共にいるのは、メルキオルとヨルダの二人。イクスは何か吹っ切れたのか、ここ数日はいつもセドリックの隣にいる。艦に残ったアルフィンや、降りたオリヴァルトの代わりと言わんばかりに、その皇族としての威厳をリィン達に貸すため、今も彼らへ同行しているのだ。

 

そのリィン達は、先ほど正規軍の要請で保護したリベール人────アントンを仮設テントまで送り届けている。なんだかんだ行く先々で彼とは会っている気がするが、気のせいだろうか。

 

 

「……なるほど、アレが今のクロスベル」

 

青白い結界に包まれたソレを眺めて、メルキオルが呟いた。

消え失せたガレリア要塞の先に見えるのは、文字通り奇妙なことになっている魔都クロスベルだ。

なんでも結界に近づいても決して入ることができない上に、街に近づこうとすると、神機とかいう騎神に似た超大型人形兵器が殲滅しに来るらしい。

ラフィならば、また枷を外せば神機にも対応できるだろうけれど……

 

(ま、行くかどうかは今から決めるか)

 

腰に付けたペンダントを取り外し、法術の構えを取る。

 

我が深淵に宿りし天の御使よ

 

力を開放し、背中に半透明の翼が現れる。

それをばさりと確かめるように動かすと、ふとヨルダがぴとりとラフィの腰にくっついた。

 

「お姉ちゃん、本当に大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫。この程度なら慣れてきたし」

「なら、いいけど……」

 

それでも離れる気はないらしく、ヨルダはそのままパーカーの内側に顔を埋めた。

まぁ、今から暴れるわけでもないしいいか。そう考えて、ラフィは剣を引き抜き、天へと掲げた。

 

「おし、いっくぞ~」

「気が抜ける掛け声だなぁ」

「そこ、やかましい。ファイヤーッ!」

 

剣に力を込め、一気に放出する。

青白い光がまるで柱のように空へと昇り、上空の曇り空を晴らす。青空の隙間ができた空から太陽の光がガレリア要塞跡地にだけ降り注ぎ、まるでスポットライトのように周囲を照らす。

ある程度、5秒ほど力を出し続けたラフィは、終わった後にふぅと息を整え、剣を背中の鞘へ操って収める。

 

「ねぇ、本当に来るの」

「さぁ? 気づいたら来るだろ」

「テキトーすぎ」

 

文句を言うヨルダをやかましい、と抱き上げ、ラフィはその場にでんと座った。

後ろでメルキオルもすとんと座る。ここからは"来る"まで待機だ。

リィン達が戻ってくるのが先か、待ち人が来るのが先か。

 

「……ン。ヨルダ、お前ちょっとデカくなったか」

「うん。1リジュ伸びた」

「9歳の成長速ェな」

「イクスは2リジュ伸びたって言ってなかったっけ?」

 

ラフィに撫でられて上々だったヨルダの機嫌が、メルキオルの一言で一気に降下する。どうやらずっと同じ視線にあったイクスの顔がちょっと上にあることが気に食わないらしい。

まあ、男女の成長速度の差なんてわからないものだ。ラフィだって家を出る前はユーシスより大きかった。双子もまだまだヨルダが伸びる可能性もあるし、このままイクスが引き離す可能性もある。

 

「だから、まァ、気にするなよ。いくら双子だからってそっくり一緒に成長するわけじゃねェんだから」

「ウフフ、わたくしとしてもそちらのお嬢さんは小さくて愛らしいままいてほしいと思いますわ」

「……それはちょっとわかる」

「ちょっと、お姉ちゃん」

 

ヨルダはぷく、と頬を膨らませた。

そりゃあ妹はいくつになっても可愛いだろうけれど、今の幼いヨルダもずっと可愛いのだ。姉としてはこのまま成長してしまうのもちょっと寂しい。

 

「……ん?」

「あら?」

 

ふと、違和感を覚える。

()()()()()()()()()()()()()

正面に座るメルキオルは先ほどからナイフの手入れに夢中になって黙り込んでいる。

ヨルダはラフィを咎める以外に喋っていない。

冷や汗とともにバっと振り向けば、金色のツイン縦ロールが視界に入る。

 

前衛的な鎧を身にまとい、長い杖を握った、美しい女性。

おかしいな、ここに来るのはアルテリア時代の悪友のはずだったのだけれど。

女性は揶揄いに気づかれたと悟ったのか、ニッコリとほほ笑んだ。

 

「ごきげんよう、当代の天使様(お得意様)。クロイス家の錬金術師、マリアベルと申します」

「……ア……ども……ラフィ・ウィステルっス……」

 

差し出された手を握り、女は謎の状況にクエスチョンマークを浮かべた。

 

 


 

 

マリアベルはこう語った。

たまたまオルキスタワーの頂上で今後の仕込みを行っていたところ、ガレリア要塞から青い光が放たれるのを観測。

その力の源がラマールの天使(お得意様)の力であることに気づき、慌てて飛んできたそうだ。

 

「一言、謝りたいと思っていましたの。わたくしは取り返しのつかない過ちを犯してしまいましたから」

 

結局マリアベルは杖を傍らに置き、前衛的な鎧はそのままに開いていた一角へと座った。

どうやら周囲に軽く結界を張ったようで、しばらくは悪友も近づけないそうだ。マリアベルがそう言ったんだから間違いはないだろう。

 

「取り返しのつかない過ち?」

「アリエルさん……貴女のお母様のことです」

 

母。

その名が出た瞬間、ラフィの体が緊張で固まる。

父を置いて死んでしまった母。父がこんなどうしようもない内戦を開いてまで、蘇らせようと執着している、母。

あの夢の中で、優しくラフィを守ってくれた、母親。

その母に、目の前の女性が関わっているというのか。

 

「まず、わたくしたちクロイス家とウィステル家の関係からお話いたしましょうか」

 

今は遠い、暗黒時代のことだ。

クロイス家(錬金術師)にとって、ウィステル家(天使憑き)は所謂お得意様だ。

彼女らに取り憑く天使は幼い子供にとっては言わば激毒で、暴走することが常だった。

そんな中、クロイス家は()()()()()()()()()()()()()()を持つ天使憑きの検体と引き換えに、制御薬を創り、引き渡すという取引を持ちかけた。

 

「それから、七耀教会による弾圧があり、わたくし達の交流は絶たれました」

 

今はただ、星見の塔に残る記録だけがその名残を残している。

────だが、ウィステル家には口伝として、末代(アリエル)まで伝わっていた。

 

何かあればクロイスを頼れ、と。

 

「あの時、わたくしは12歳でしたわ……それを言い訳にするつもりはありません。既にD∴G教団の管理には手を出していましたもの」

 

教団の話に気を取られたのか、メルキオルとヨルダが顔を上げる。

 

「アリエルさんは教団を通じて、わたくしにコンタクトを取ろうとされていました」

 

クロイス家の錬金術師なら、天使を己に縛り付ける薬を作れるだろう。

そんな根拠もない信頼に縋り、彼女は地獄の門を開いた。

 

「錬金術師を呼んでくれ、と、帝国にあったロッジに訪れたそうです」

 

だが、当然下っ端である信者達はマリアベル達錬金術師のことなど知らず。

向こうから実験素材によさそうな女がのこのこやってきた以上、帰してやる道理もなく。

結局、彼女は1年間ものあいだ、マリアベルの耳に入ることもなく、実験に使いつぶされた。

漸く上がってきた報告書を見て、血相を変えて彼女が最終的に送られた共和国のロッジに駆け込めば、すでに彼女は亡くなっていた。

 

「遺されたのは、ある男の血筋を残すために彼女が産まされた双子の赤子のみ。……わたくしがもっと、教団を気にかけていれば……」

 

その言葉は、責任感から来たものだろう。

クロイス家の錬金術師として、仕事を受ける前に依頼人を殺してしまった、責任感。

 

────間違っても、アリエル・ウィステル(にんげん)が死んだという罪悪感ではない。

 

「……マリアベルさん。それって何年前?」

 

ふと、ヨルダが声を上げた。

尋ねられたマリアベルは、しばらく思い出すために宙を見つめ、そうね、と呟いた。

 

「確か、9()()()だったはず」

 

 

朝焼け色の瞳に、姉によく似たミルクティーの髪───── 自分たち(双子)にどことなく似た、吊り気味の目。

その女性が写った資料を、今度はリオンの白手袋がスッと抜き取って行く。

 

 

「……あぁ、貴女……ウフフ、そう、そうなのね! なんて偶然かしら!!」

「ま、マリアベルさん……?」

 

マリアベルは楽しそうに笑い、着いて行けていないラフィの肩にそっと触れた。

 

「ラフィさん、お喜びになって。アリエルさんが遺した双子────ヨルダさんとそのお兄様は、正真正銘、貴女と血のつながった妹弟ですわ」

 

え、と口が勝手に漏らす。

ヨルダを見下ろせば、自慢げにふふんと微笑んでいる。

この事実を察していたのか、動揺は少なく、まるで当然と言わんばかりだ。

 

「ブリオニア島で()()()()の資料を見た時に何となくそうじゃないかなって思ってたの」

 

ラフィと自分達を足して割ったような見た目。

いや、本来は逆なのだろう、彼女を割って、それぞれ別の要素(父親)を足したのが、自分達姉弟だ。

 

同じ色の瞳が交差する。

 

「別に血が繋がってなくても、お姉ちゃんはお姉ちゃんだけどね」

 

微笑む妹を、姉はしばらくぼうっと見つめる。

ようやく脳が処理を終えて、ちいさく、あ、と声を漏らした。

そして妹を抱きしめ、もっと抱きしめ、その存在を感じ取る。

 

「……そうだな。ふふ、何にも変わりゃしない。ひとつ繋がりが増えただけだ」

「そういうこと。クロワールおじさんは、ちょっと可哀想だけど」

「そこは……まァ、あたしもちょっと複雑かも」

 

結果として愛おしい弟妹が産まれたとはいえ、母が見知らぬ誰かに無体を強いられたわけだ。

これを今の可笑しくなってしまった父が知ればどうなるか、なんて日を見るよりも明らかだった。

 

「ちなみに、二人とも実の父親に思い入れって」

「無いよ。わたしも、イクスも」

 

ヨルダは食い気味に答えた。

勘違いされたくなかったからだ。

生物学上の父があの地獄を見に来たのなんて、ほんの数回。

父親ぶることもなく、ただただ、己の血筋が途絶えていないか確認しに来ただけ。顔だってあまり似ていない。

どうかしている大人たちに囲まれて、実の父は関心を向けてこなくて。母親は、自分たちを産んだと同時に死んでしまった。

 

────そりゃ、雨の中子供が血まみれで倒れてたら助けるでしょ。

 

だからこそ。

姉の、無償の愛に触れたとき。どうしようもなく、その手を放したくなくなってしまったのだ。

 

「んじゃ、遠慮なく殴りに行けるな。そいつ名前なんて言うの?」

 

ふと、姉がそんなことを言った。

ぱちくり、と瞬きをして、ヨルダと、あとメルキオルもびっくりとしている。

 

「……なんだよその顔。あたしの大好きな母さんに何してくれてんだって殴りに行くのが筋ってモンでしょ」

「いや、その。一応僕のお客さんでもあるから……」

「うるさい。《庭園》の事情、あたし、知らない。内戦終わらせたら殴りに行く!」

 

後頭部で括った豚のしっぽのような結び髪が、意気込む彼女の動きに合わせてピョコピョコと揺れる。

客────本業(暗殺)のほうでも、趣味(身売り)のほうでも────であるあの男を、大切な女の子である彼女が殴り飛ばす姿は……案外想像できる。彼女の血の気が思ったより多いせいだろうか。

 

これ、趣味(身売り)のほうを言ったら手が付けられなくなりそうだな。

自分なりにラフィがどれだけ想ってくれているかを感じ取っていたメルキオルは口を噤んだ。

 

「ウフフ、当代様はやんちゃな方ですのね」

「そういうアンタも、結構やんちゃと見たけど。コイツらと同じ方面で」

「あら」

 

恥もなくそんな女王様みたいな恰好をしておいてドSじゃないは無理がある。

ラフィの知り合いの中でSといえばシェラザードだが、D∴Gの管理者である以上比べ物にならないくらいに業が深そうだ。

 

「……さて、それではわたくしはこれで」

 

マリアベルは、そう言って立ち上がった。

彼女が張ったであろう結界にヒビが入ったからだ。

 

「ラフィさん、何かあればいつでも連絡を。貴女の軌跡、鐘の交差する地より見守らせていただきますわ」

「ご丁寧にドーモ。頑張れよ、黒幕さん

「あら、バレてましたの?」

 

名刺を手渡してきたマリアベルは、足元に転移陣を展開し、あっという間に消えてしまう。

それと同時に、ガラスが割れるような音とともに、遥か遠くからものすごい速度で、白い飛空艇が飛んでくる。

それが上空に差し掛かったと同時に、青い流星────否。()()()()()()()

 

「ラフィ!! 無事かい!?」

「必死かよ」

 

聖痕解放の臨戦状態で降ってきた旧友に思わず笑みをこぼしつつ、女は当の目的を果たそうと立ち上がった。

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