気がついたらここにいた。
サラサラした粉とか、ざらざらした粗い粒とか、カサカサポロポロのよくわからないものがたくさん積もってるところを歩いていた。
見上げると上はどんよりと濁っていて、なんとなくふわふわと綿みたいなのが浮いているし、よくみるとすごく眩しい何かが浮いていたりする。
ここはなんだろう。
ここに来る前はどこにいたんだろう。
ボクは誰なのかなぁ。何も思い出せない。
ただふわふわと漂っていたような気がする。
それにしてもなんだかとっても冷たい。寒い。
あれ? 上から白い塊が落ちてきた。冷たい、冷たい。溶けちゃう。なんだろうこれ。
寒いなぁ。寒いなぁ。
ふと見上げたら、何かがボクの上に覆いかぶさっていた。
どうしようどうしよう。
ボクの体は小さくて、なにかに抑えられて動けない。
どうしよう。どうしよう。
足がういて身動きがとれなくなっちゃった。どうしよう。
「みて! おっきなトカゲ!」
ボクはどうやら”トカゲ”っていうらしい。
++++
学生の現世演習で破面が現れたこと、それを黒崎一護や護廷十三隊の隊長たちが追い返したということ、そこに謎の死神がいたということは、ごくごく一部の者しか知らない事実だ。
しかし、学生が巨大虚に襲われたという事実は秘密ではないので、学院の教師たちは現世演習への警戒を強めていた。
このような異常事態は学院の歴史上ないことはないが、よくあることでもなく、一時期学生の学外授業を禁止すべきではという話が出た。これは話だけで実際にそうしようというところには至らなかったものの、すくなくとも二月ほどの間は現世での演習を控えるという方針を学院はとることになる。
では、その間演習をしないのかというとそういうわけにもいかない。
よって、実戦演習はすべて流魂街で行われていた。
「苦戦してんなぁ」
先日雪も降り、すっかり冬の様相に変わった尸魂界のとある場所。
葉がおちきった木に背を預けて、一護はのんびりと同級生たちが戦う姿を見ながらぼやいた。
ここは東流魂街40地区。
そこにひろがる広大な荒れ地。見渡す限り岩と砂という場所だ。
一護が藍染と戦った場所によく似ているが違う場所だ。ただ、ここもずっとずっと昔に大きな戦いがあったとかで更地になってしまったらしく、その後なかなか草木が生えてこないので、もういっそ真央霊術院や護廷十三隊の訓練場に使ったら? ということで死神が管理するようになった土地なんだとか。
本来点在して村などをつくる魂魄たちもこのあたりにはそういうものを形成しないため、誰もいない広大な土地が広がっている。ほんとうに訓練にもってこいの場所だ。
ちなみに今はこの荒れ地も放っておくと草木に侵食されてしまう。そうならないよう人工的に整えているらしく、一護がちょうど寄りかかっている木まではほとんど低木もないくせに、この木を挟んで見事な森が背後に広がっていた。つまり放っておくとこの森が侵食していくということなのだろう。
尚、この森も虚退治の訓練場になっており、やはり周辺には集落も村もない。
巻き込む人がいないので、訓練の参加者はのびのびとやれるというわけである。
一護は見学なので、まったくのびのびできないが。
今日は真央霊術院がこの場所を貸し切りにして実戦演習を行っている。内容はダミー虚との集団戦訓練。
参加しているのは一護の同級生たちで、前回の現世での演習からしっかりかっきり一ヶ月ぶりの演習。
本当は一護もそれに参加するためにこの場所を訪れているわけだが、あまりにも実力が突出している一護がいると邪魔だということで、しぶしぶ見学に徹しているのである。
実戦に関しては今後も基本的に生徒たちとの実力差が有りすぎて参加はしない。という事になりそうだ。
集団で少し大きめの虚を狩る姿を眺める生徒たちはとにかく必死そうだが、一護からすれば苦戦するような虚でもない。
本当に学生なんだなぁ。などと思う。
と思っていたら中長距離が得意な敵相手に距離を取り始めたので、一護は「うーん」と唸った。
「全員同時に距離取ると攻撃されるぜ。多分」
「ですね」
一護の独り言に返事をしたのは斬術の教師眉墨だった。
彼は今日の演習の引率教師で、今は一護と一緒に暇をしている。
あの現世演習以降、一護がいる演習は一護の正体を知る教師だけが引率するということになったらしい。ところがその教師たちがあの後何人か学院を辞めてしまい担当できる教師が減ってしまった。そこで演習に参加していないが正体を知っている眉墨が同行することになったのだ。
ちなみに、現世演習に参加していない教師で一護の正体を知っているのは、眉墨と岩田と学院長だけだ。
学院長はそもそも一護が学院に入学する事が決まったときから知っていたそうで、ずっと見守ってくれていたとかなんとか。気恥ずかしい。
その学院長と岩田は先日平子が引き合わせたらしく、そこから岩田によって”眉墨が知っている”いうことが学院長に伝わり、学院長が眉墨を呼び出して今後引率を担当するように指示したのだとか。
一護の正体守り隊みたいなものが結成されてるとかなんとか。
とにかくそういう経緯で引率してくれているのだが、退屈なお仕事で申し訳ない。
まぁ本人は一護と話せる時間が増えて嬉しいとのことなので、むしろ楽しそうだ。
それにしても、と一護は周囲を見渡した。
流魂街は東西南北80地区。つまり合計320地区あるわけだが、そのすべての地区がそれぞれがこんなに広い土地を保有していると考えると、尸魂界というのは本当に広い。
しかもそれは流魂街だけの話で、尸魂界は流魂街の外側にも土地が広がっている。
山もあるし丘もあるのに川もあるようなのだが、海がない。じゃあなんで雨が降るのかとか、降った雨はどこにいくのかとか、一護にはわからないことが山ほどあるのだが、ともかく尸魂界はひたすらに広いのだ。
聞いた話では西の尸魂界なるものもあるらしい。
そっちの情報は全く入ってこないので、なんだかんだ言って尸魂界の歴史や地理というのはかなり曖昧だ。そもそも西の尸魂界とやらと地続きなのかも不明だが。
まるで宇宙のように人間が調べていない土地というのがこの尸魂界には多すぎるのだ。
これだけ広いと管理も大変だなぁと思う。
流魂街は80地区に近づくにつれて治安も生活の質も悪くなる。瀞霊廷から遠い土地への管理が行き届いていないのだが、それも仕方ないのかも知れない。
例えば瀞霊廷のような場所があちこちに点在しているならば、そこを中心に治安改善も見込めるが、死神の拠点は瀞霊廷一箇所しかないのだ、中央から離れていけば当然こうなる。
いっそのこと支部でも作ってみれば? と思ったり。
今度ルキアあたりに聞いてみようかなぁなどと思っていると、隣りにいた眉墨が「あぁ……」と溜息混じりの嘆き声を上げた。
一瞬眉墨を一瞥してから眉墨が見ていたのだろう生徒たちの様子をみると、先程までなんとか包囲できていたダミー虚に完全に逃げられてしまっていた。
正確には距離を取られてしまった。そしてダミー虚は砲撃のようなものを開始する。
今回のダミー虚はでかい亀のような形をしている。四足歩行で背中には円筒の突起物がいくつか生えており、そこから小さな甲羅のようなものを発射する遠距離攻撃タイプだ。
発射される甲羅もどき。
どっかのレースゲームで走行を邪魔する甲羅を思い出す。
砲撃そのものは数もすくなく、スピードもあまりない。ダミーだからなのか攻撃力も弱そうだ。それにどうやら自分の正面にむけてしか発射できないようなので、集団ならさっさと側面なり背後なりをとって攻撃してしまえばいい。のだが、現状生徒たちは砲撃を避けるのに精一杯という感じだ。
全員で接近して攻撃を仕掛けようとしたり、全員で離れてしかも一箇所に集まってわざわざ的になるようなことをしたり。
おそらく頭ではこれでは駄目だとわかっているだろうが、うまく行っていない。
「こういうの、リーダーみたいなのがいたほうがいいんじゃないんすか?」
「おっしゃるとおりです。実際死神は基本的に班長がいたり、席官がついていたりするので指示系統がしっかりしているものですから」
「じゃあ、司令塔がいないときの戦い方の練習なんすか?」
「正確には、司令塔がいない場合戦いがうまく行かないということを体感させるための実習ですね。集団戦においての指示系統の大切さを学ぶための授業といいますか……。冷静になって臨時の司令塔をたて、班を立て直す事ができるまで続けます」
ふぅん。と一護は頷いた。
となると今日一日で立て直すのは無理かもと思う。
ここは40地区なので瀞霊廷から離れている、しっかり一日訓練してから戻るのは難儀な距離だ。そのため近くに待機所があり、今回一護たちはそこに一泊する予定になっていた。
待機所に戻ったらアドバイスをして良いものか、あえて気づかぬふりをすべきか。というかまともにアドバイスできることもないので、逆に求められたら困る。ここは眉墨からアドバイスを禁止されたことにしといたほうが気が楽かもしれない。
「一護殿は集団戦のご経験は?」
「あんまねぇっすね」
すくなくとも虚相手は殆ど無い。
ルキアと一緒に虚退治に回っていたときはそもそも一人だったし、その後石田やチャドと一緒に退治に明け暮れていたころも各々で数を減らすように動いていた。あれを集団戦といっていいのか謎だ。
空座町に駐在していた死神と協力することも、なくはないが……。いや、殆どなかった。
破面相手に複数で対峙したことはあるが、実際は一対一のようなもので、包囲戦のようなものは経験がない。
「俺も学院で集団戦を経験したほうがいいって言われたんだけどな」
「どなたにですか?」
「京楽さんとか」
「……」
軽く言葉を失った眉墨に一護は苦笑する。
梅も心平も片倉も、そして眉墨や岩田、他の生徒も、みんな一護が黒崎一護だと認識しているはずなのに、いざ知人としてあのあたりの隊長の名前を出すと硬直してしまう。
それだけ彼らは異次元の存在なのだと、最近ようやく一護は認識をあらため始めているところである。
一護の存在もなかなかではあるが、クラスメイトとして素のまま生活しているうちに一護がそこまで英雄気質でないことに気づいたのか、あるいは舐められているのか。どっちでもいいが、生徒たちはなんとか受け入れ始めているようだ。多分一護に対する緊張も一ヶ月でかなりおさまってきたのだろう。最近また話しかけられるようにもなってきた。よかったよかった。
なので今回の演習ではみんなと協力して集団戦の練習ができると思ったのだが。
「ただ先生たちには参加するなって言われたし」
なので見学するしかない。
正確には参加しないようにといったのは学院長だ。できれば。と枕詞についてはいたが。
「でも、総隊長からは集団戦の経験をしたほうが良いと言われているのですよね」
「一応な」
「でしたら、さすがに学院長も参加を許したと思いますよ?」
なぜそのことを伝えていないのか? という問いに一護は困ったように笑う。
「確かに最初はそう言われたんだけど。こないだ京楽さんに会ったときにさ、やっぱり参加しなくてもいいって言われたんすよ。だから別に」
「それはまた、どうして」
一護は再び苦笑する。
京楽いわく、学院を卒業したらそれなりの地位を用意するので、集団戦に参加する機会そのものがない可能性が高い。部下の戦いを援護したり指示をだしたりなどはするだろうから、集団戦の仕方は学んだ方がいいが、必ずしも参加が必須ではない。
とのことだった。
「どっちでもいいなら参加するけど、他の生徒の練習にならんっていわれたら、参加したいってわがまま言うのもなぁって。まぁ見るのも勉強だろ。多分。それに眉墨先生が隣で解説してくれるから、ある意味贅沢だし。助かるし」
と一護が言う横で、眉墨が感極まって泣きそうになっているのは無視する。
実際、見ているだけでもかなり勉強になる。
前々から認識のズレがあることは気づいていた。
虚は一対一、あるいは一対多数で闘う事が基本だと思っていたし、かなりの死神が始解できるのだと思っていた。だが実際はそうではなかったのだ。そうしたズレが一体どれほどあるのか、一護には全くわからない。
こうして生徒たちが戦っているのを客観的に見れるのは、そういう一般的な基準を知るよい機会だと思う。
死神になったばかりのころの自分を思い出せば基準になるだろうか。とも思ったのだが、それすらちょっと違うらしいということも、こうして実際に目にすることでよく理解できた。
ちなみに何が自分と違うのかというのは、いまいちよくわからない。なんとなく違う気がする。
見ている限り、生徒たちは当然始解ができないし、鬼道の威力も弱い。歩法にも自信がないから空中戦なんてのはもってのほか。必然的に斬魄刀を持って斬りかかるという戦法を取ることになる。
それは最初の頃の一護と同じだ。同じはずだ。
ただ、なんとなく、泥臭いというか……。
現世の特に町中だと、道は狭いし、建物は多いし、電柱とか電線とかは邪魔だし。ととにかく障害物が多い。反面足場も多いから立体的に攻撃を仕掛けるようになる。
「あちこち飛び回って戦うから、それと比べると泥臭く見えるのかもな」
「はい?」
「なんでもねーっす」
もしそうだとしたら、もうすこし複雑な地形での戦い方も訓練したほうがいい気がする。
――って、俺はそれを言う立場じゃねぇな。死神の学校の教育方針に口出しするのは変だろ。……でもなぁ。
どうにか尸魂界でも現世での戦いの訓練はできないものか。
一護がうーん。と唸っていると、不意に眉墨が警戒したように視線を森に向けた。
一瞬遅れて一護もその視線を追う。
森の奥から何かがこちらへ向かってくる気配があった。速度はそれほど早くないが、段々と近づいてくる。
一護は眉をひそめた。
「虚か」
ここは森、と呼ばれているが、実際は林に近い。それなりの高さの木々が乱立しているだけで低木はすくなく、鬱蒼としているわけでもない。日差しもそれなりにはいってくるので暗がりというほどでもなく、全体的に見晴らしがいい。だからある程度の距離まで近づけそこになにがいるのか視認できる。
姿が見えたら速攻斬る。
そう決めて、一護は背中に背負った斬月に手をのばしゆるりと構えた。そのまま眉墨の前に出る。
眉墨も腰に斬魄刀をもっているが、あえて彼に戦わせる理由もない。
ちなみに元護廷隊士である眉墨は、教師になる前に斬魄刀を返還している。よって現在所持しているのはこうした訓練の際に持ち出す教師用の浅打だ。個人のものではない斬魄刀がどういうものかはわからないし、始解をできる者が持った時始解ができるのかもよく知らないので、ここは一護が対応するのが良いだろう。
待機の姿勢をとる一護だったが、すぐにその判断をすてて地を蹴り走り出した。
近づいてくる気配は3つ。そのうち2つは虚のものだが、もう一つは弱々しい魂魄のもの。つまり追われている。
であるならばあちらが姿を見せるのを待つなどと悠長な事は言っていられない。
タッと軽い足音をさせて最初に現れたのは小さな男の子だった。古びた着物を着ただけの冬にみるにはすこし寒すぎる格好で一心不乱にこちらに向かって走ってくる。
「あっ!」
少年と目があう。
「助け――」
その言葉を少年が言い切る前に、少年の背後に虚を視認した。
一護は走りながら子どもを左手ですくい上げるように抱きかかえると、勢いをころさないまま地を蹴り空中に躍り出る。
虚の頭上で倒立前転するように回転すると、勢いのまま背後に周り、虚の背中から頭部にむかって斬月を振り抜いた。
更に一回転して地面に着地し振り返る。
すでにザラザラと虚は姿を消し始めており、その向こうからあわてて走ってくる眉墨の姿が見えた。
「お見事!」
一瞬で虚を葬り去った一護に、眉墨が興奮した様子で声をかける。
「おう」
と一言返事をして腕の中に視線を落とすと、抱えられた子どもは完全に硬直していた。
「あー」
両足を小さく折り曲げ、腕は胸の前でぎゅっとクロスさせて縮こまり、表情は完全に青ざめて若干目を見開いたままうごかない。
年齢は小学校2年生くらいだろうか。このサイズの子どもを抱えて闘うのは経験がある。一勇が小さい頃もこうして抱っこしていたし、時にはそのまま闘うこともあった。たしかそのときは織姫にものすごい怒られたが。
それ以降もたびたびネルを抱きかかえて移動したり戦ったりした。
ただ一勇はなんだかものすごく度胸があったし、ネルは元々虚だからかこういう戦闘中の激しい動きに怯えるということもなかった。が、普通の子どもはそうではないだろう。
ちょっと悪いことしたなぁと思いながら、一護は子どもを地面に下ろす。
足に力が入らないのか、へなへなと子どもは尻もちをついた。
「おお、大丈夫か」
しゃがみこんで少年の顔を覗き込むと、コクコクとちいさく何度も頷いた。どうやら目を開けたまま失神しているわけではないらしい。
それから周囲を見渡す。
はて。
虚の気配は二つあったはずだ。もう一体が見当たらない。透明化の能力でもあるのだろうか。
一護はきょろきょろと周りを見渡してみるが、やはり見当たらない。軽く気配を探れば思ったよりだいぶ側に気配を感じる。
小さなものだ。さきほどの虚より。
もしかしたらこの子どもより――。
なんとなく見下ろして子どもの様子をみた一護は、ぎょっとして目を剥いた。
ひょこひょこ。と動くそれ。
「尻尾?」
胸の前でぎゅっとまとめられた腕。そのすきまから細い尻尾のようなものが垂れて、せわしなく動いていた。
眉墨もそれにきづいたのだろう。驚きの表情で少年の腕の中を凝視する。
「なぁ、お前さ、その手の中の何?」
未だ困惑と恐怖に引き摺られている少年は、目を白黒させる。まぁ今の今まで命の危機にあったのだから当然だが、何を聞かれているのかわからないと言う様子だ。
一護は今度は子どもの腕の中を指さした。
「なに、持ってんの?」
もう一度尋ねる。
少年は何度かまばたきを繰り返すと、そっと腕を広げて両腕の中に閉じ込めていたものを見せてくれた。
「トカゲ……」
少年がつぶやく。
小さな手足が四本。つまり四足歩行の平べったいなにか。長い尻尾、鱗のような体表。ちらちらと口元から覗くのは蛇のような舌。
見た目はトカゲにちかい。
ちかいがしかし、頭部はリスの頭蓋骨のような骨を被っていて――。
「……マジか」
小さな虚がキョトンとした顔でこちらを見上げていた。
お久しぶりです。
年末ちかくて忙しすぎて全然更新できませんでしたね。すみません。すみません。ほんとすみません!
できる限りコンスタントに上げたいんですが、筆が進まなかったりするとなかなか……。
後普通にスランプ気味....。
今回の中編は派手さがない話になりそうです!
次回はもっと早く書きたい。頑張る