御剣は、階段を使ってゆっくりと下の階へと降りる。
そこに、見覚えのある相手がいた。
「……何や、アンタか」
ガタイの良いオールバックの大男。
ドラコ・アケチの姿がそこにあった。
一応、先程会ったことは覚えていてはくれているようだが、不機嫌そうなそうな表情のままにこちらを見てくる。
「何か用かい」
「うム。自分は検事の御剣と申す。少し話をいいだろうか。時間は取らせない」
「何や? こっちは別に話すことはないで」
明らかに警戒されている様子だ。
腕を組み、壁に背をつけながら、不愉快そうに返される。
「だが、こちらにはある」
そう御剣は返しながら、ドラコとの会話を続ける。
「ドラコ探偵。アナタはニセ毛利小五郎について調べていたのか」
「せやな。あのオッサンと一緒に捜査してたんや」
「あのオッサン?」
「本物の毛利小五郎や」
「そうか。それで、その毛利小五郎は?」
この場にいない相手に対し、御剣は訊ねる。
「まだ群馬や。昨日の夜、遅くまで酒を飲んで寝取ったで。そんで、酔い潰れちまっとるんや。ホンマはワイと一緒にこっちに来る予定やったっちゅうのに」
ぶつぶつと不満混じりにぶちまけるドラコ。
「そうか」
「全く、あんな身体を悪くする毒水を美味そう飲む連中は理解できんわ」
「アナタは飲めないのか」
「何や! ワイが酒を飲めへんかったら、悪いことでもあるんか!」
怒鳴られた。
どうやら、この男は見た目とは裏腹に下戸らしい。
まあ、今は関係がない話か。
下手に突っついて機嫌を悪くされても仕方がない。
他の話を進めていくことにする。
「それで、もう少しアナタ達の捜査に関して教えて欲しいのだが」
「ニセモノのあのオッサンの話か?」
「そうだ」
「そういうてもな。大体、話した通りやで」
そう言いながらも話す気にはなってくれたようだ。
御剣は先を促す。
「そもそも、そのニセモノはどういう過程で現れたのだ?」
「何でも、被害者の弁護士センセの紹介らしいで」
「半庭弁護士の?」
確か、彼は妃弁護士と知人だったはず。
ならば毛利小五郎はともかく、妃英理のニセモノだとわからないはずがない。つまり、彼はそれが分かっていた上でニセモノ夫婦を紹介したという事になる。
「そうや。それで、事件が起きてから、話をまとめて群馬県警のあの
「それで逮捕された、と」
「そや。結局、それは間違ってたわけやけどな」
苛立った様子でドラコは吐き捨てる。
「確か、犯人は被害者と同じ弁護士だったとか」
「せやで。元恋人の確か――古逸賀安代とかいう女がとっ捕まったんやで」
「その動機もまだ不明だとか」
そういう意味では、半庭弁護士殺害事件に関しても、まだ本当の意味でも解決していないといえるだろう。
「それで、ニセモノの毛利夫婦は事件現場から立ち去ったというわけか」
少なくとも、半庭弁護士は彼らがニセモノだと分かっていたのだろう。
そして、ニセモノ夫婦がやろうとしたことは、オーキッドの身柄を拘束させたこと。
だが、犯人の古逸賀弁護士と共犯関係にあるかは不明。
まとめると大事なのは、以上の三点か。
「あ、そうや」
そんな風に考えていた御剣に対してドラコが不意に思い出した様子で言い出す。
「何だろうか」
「あのオッサンのワイフのニセモノの事なんやけど、ソイツと会っとった招待客の一人が妙なこと言っとったんや」
「妙なこと?」
「そのニセモノ、左の掌に傷があったそうや。それも、刺し傷のような痕がや」
「刺し傷? 妃弁護士のニセモノにか?」
「せやで。あのオッサンに確認したんやけど、本物の方はそんな傷はないそうやで」
「ふむ……」
これは手がかりになるかもしれない。
御剣は、ドラコの言葉を覚えておくことにした。
「それと、ドラコ探偵」
「何や?」
「もう一つ質問がある」
そう言って御剣はドラコに向き合って訊ねる。
「アナタもCI-6号事件の関係者なのだろうか」
「……」
案の定、黙り込む。
御剣としても、追求するだけの証拠品はない。
だが、彼の反応だけでも見ておきたかったのだ。
「それを知ってアンタはどうするんや?」
「別にどうもしない。だが、この数日で明らかにCI-6号事件を起点にしての事件がいくつも発生している。このビルで起きた事件もその一つだ」
「……だったら、アンタはどうしろと言うんや」
「私にアナタに証言を強制する権利はない。だが、協力する気があるのならば、是非して欲しいと思っている。そして、それこそが次の事件を防ぐ何よりの方法だと思っている」
御剣はドラコの視線を見据え、それにドラコは正面から受けていたが――やがて、目を逸らした。
「悪いが、協力はできんで。こっちにもこっちの事情がある。話したらあかん事になっとるんや」
(話したらいけないことになってる、か)
ドラコの言葉を頭の中で咀嚼する。
つまり、彼自身だけの問題ではなく、もっと多くの人間を巻き込んだ事情があるという事か。
「話はそれだけかいな。せやったら、もう行かせてもらうで」
それだけを言い残すと、ドラコは立ち去っていく。
御剣も追おうとはしない。この時点では、これ以上の追求は難しいだろうと考えたからだ。
そんな時、見覚えのある顔が近づいてくる。
「あ、これは御剣検事!」
ひょうたん湖公園で別れた高木だった。
「ム。高木刑事。戻ってきていたのか」
それに気づいて、御剣も話しかける。
「だが、思ったよりも時間がかかっているようだが……」
米花刑務所からこのビルまでの距離を頭に浮かべながら、高木に問う。
「あ、いえ。その後に目暮警部の指示で少し周辺の聞き込みもしていまして」
「聞き込み?」
「ええ。被害者の目撃情報に関してです」
「それでその結果は?」
御剣の問いに高木は答える。
「どうも、被害者らしき人物が朝の5時くらいにこのビルの近くにある24時間営業のラーメン屋のチェーン店にいたようです。どうも、早く来すぎたせいで時間を潰していたようですね。ですが、そこでちょっとしたトラブルがあったようでして」
「トラブル?」
「ええ。そこで店員が転んでしまったらしく、その時に派手にラーメンのスープをぶちまけられたそうです。幸い、被害者に火傷などはなかったようですが、椅子に掛けてあった白いコートにスープがかかってしまったそうで」
「白いコート、か」
その言葉は無視するわけにはいかない。
何せ、「白いコート」は脅迫状にも出てきたものだ。
「それで? その被害者はどうしたのだ」
「苛立った様子を見せながら、店員の謝罪とクリーニング代を払うという言葉も無視するようにして店を出たようです」
まあ、少し時間を潰すつもりだったのだろうがとんだサプライズだ。脅迫状の時間もあるし、必要以上に居座りたくなかったのだろう。
「それでその問題の白いコートは?」
「店員の話によると被害者は、そのまま片手に抱えて出て行ったそうです」
捨てたわけではないのならば、そのままビルに持ってきた可能性が高い――が、少なくとも現状では現場からは発見されていない。
「では、引き続きその白いコートも探すように頼む」
そう指示を出しながらも、御剣はふと思いついたように言う。
「そうだ。もう一つ頼まれてくれ」
「何でしょうか?」
「鑑識に一つ確認して欲しいことがある」
御剣は高木に一つ、頼み事をする。
それに対し、「了解しました」と頷いて高木は去って行く。
「……さて」
御剣は、その背中を見送りながら考え混む。
「もう少し、捜査を続けるか」
そう呟いてから、捜査を続けることにしたのだった。