ルーミアだけど、どうやらめっちゃ強いらしい   作:ポンデーニュ

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本当に大変すみませんでしたm(_ _)m
今回は繋ぎ回ですが、これからは更新頻度あげられると思いますのでよろしくお願いします。

P.S.
例大祭、参加しました。
ご縁があり、ある方の売り子として参加させていただいたのですが、とても楽しかったですね。また行きたいです。


第16話「せるふくりてぃしずむ」

「ゆかりん、どこ?」

 

私が村に着いて、最初に発した言葉がこれ。

 

「ゆかりん、いないの?」

 

それから村を歩き回り、二回目に発した言葉がこれ。

 

彼女の姿が見当たらなかった。

 

仕方がないのでどこかへお散歩している、直ぐに帰ってくると考え、待つことにした。

 

一日、二日。

彼女の姿はない。

 

三日、四日。

彼女の声は聞こえない。

 

……結果、五日が経った。

 

「ゆかりん……」

 

今のは三回目に発した……いや、今この場で発した言葉だ。つまり、回想の台詞じゃなくって、あれから五日後の現在の……ああ、もう面倒くさい。

 

とにかく、ゆかりんがこの村にやってきてからの二ヶ月間、こんなことは一度だってなかった。

もちろん、なにもずっとここに縛り付けられて暮らしているわけではないし、ふらっとどこかへ行きたくなることだって、そりゃあある。私にだってね。

 

しかし、ここまで長い不在はなかったのだ。彼女にはスキマという便利な能力だってあるし、遥か遠くへ出かけたとしても、すぐにここへ戻ってこれるのだ。

 

「お話したいな……」

 

口にしたって、スキマがどこからともなく現れてくれる訳ではない。

 

言葉にしないと伝わらないことがあるとは言うが、しかし、言葉にしたって伝わらないことも、もちろん同じくらいあるのだ。

 

「……はぁ」

 

倒れ込むと、地面の草が金髪の中で混ざって揺れた。少しくすぐったい。

 

村の近くのいつものお昼寝場所。今まさにそこで、私は寝っ転がっている。

 

本当に良い天気だった。

ご自慢の金髪と同じくらい眩しい太陽は、桜の花びらが降り積もっていくように、私の身体へと注がれている。

 

「……眩しいね、ゆかりん」

 

されど、返事はない。

このままではいずれ青空が嫌いになってしまう。

 

この五日間は特に何をするでもなく村にいる。

時間だけはたっぷりあったから、とにかく考えていた。

 

「……」

 

そう、ずっと……ずっと考えている。

 

ゆかりんのことと……それから、幽香のこと。

 

「……っ」

 

未だに喉を流れる、幽香の腕の肉の感触は覚えている。異物が入り込むような……いや、嘘だ。そんな''気味悪い''ものじゃなかった。

 

あの時のあの感覚は、むしろもっと天にも昇るような……決して''気味悪い''わけじゃない、私はきっと、''そう''思いたいだけなのだ。

 

 

 

「……ん」

 

ふと、ある考えが過ぎった。何も考えないようにと、雲の形を視線で一筆書きしていた時だった。

 

もしかすると、ゆかりんは例の森に''まだ''いるのではないだろうか。

私が力を披露するはずだった、あの森に。五日もの間、ずっと。

 

私はむくりと起き上がり、髪についた草を手で払った。パラパラとそれらは地面へと落ちていく。なんとなく、その様子を目で追った。

 

さて、つまりは、こういうことだ。

ゆかりんというのは案外根に持つタイプである。だから、五日間ずっと''私を待ち続けている''のではないだろうか?

「あら、遅かったじゃない」なんて台詞を、ジト目で吐くつもりで。

 

あのスキマ妖怪さんなら、そういうことだって……きっとしてしまうに違いない。どこかそう思えるし、説得力があるし、とにかく……解釈一致ってやつだ。

 

「……行こう」

 

さきほど手で払った草を見ようと、地面にピントを合わせてみた。

当たり前のことだけど、払った草が落ちた地面には、今もなお地面と繋がっている草もある。その''繋がっている草''と''私が払い落とした草''は、もはや見分けがつかなくなっていた。

 

私はぼーっと、草を見つめて、どっちがどっちなのか考えた。

 

「……ん」

 

それから視線を草から空へと上げて、億劫になる身体に鞭を打つように立ち上がり、それから空へと飛んだ。

 

とにかく、何かをしていれば嫌なことを忘れられる。

 

##########

 

森に変わった様子はなかった。

不思議な鳴き声の鳥、狐が颯爽と駆け回り揺れる草、色とりどりの名前も知らない花。

一際大きな、まさに大樹がある。まるで空に浮かび上がっているように見えた。

 

「……ゆかりん、いる?」

 

緊張していないフリをして、だけどもちろん緊張していて、それでもそれを悟られないように、一呼吸置いて声を出した。

 

やっぱり、反応はない。

 

もしかしたら、私にいじわるしようとスキマから様子を伺っているのかもしれない。彼女にはどうもそういうところがあるのだ。そうなのだ。

 

私はもう一度、声を震わせた。

 

「ゆかりん……でてきて?」

 

どこか遠くの木が揺れて、葉が落ちた。それを見た。何も起こらない。もう一度声を出そうとしたが、上手く喉が震えてくれない。一度咳払いをして、再度試みる。

 

「いないの、ゆかりん」

 

出てくれた声は、森の一部に溶け込んだきり、すっかり行方知らずになってしまった。

 

私は為す術なく、ぺたりとその場に座り込んだ。

 

「……ごめんね、ゆかりん」

 

何に謝っているのだろう。

 

俯くと、そこには何も無かった。

いや、何の変哲もない草が生えていた。

 

どうも今日は草を眺めることが多い。

 

「……ねぇ、ゆかりん。ゆかりんは、大勢殺しているんだよね?」

 

草をむしる。

そうして、握る。

湿っけがあった。

昨日は雨だったのかもしれない。

 

「……ふふ、ふふふふ。……別に、殺したっていいよね」

 

きっと今の私の掌は、青臭い草の匂いでいっぱいだろう。

 

「だって、私、私……ルーミア、なんだからさ」

 

握っていた手を離す。

草がパラパラと落ちていく。

さっき、髪に付いた草を払ったときみたいに。

 

「ゆかりん、お話したいな」

 

落ちた草を、また握る。

掴む。

まだ地面と繋がっていた草もむしってしまった。

仕方がないのだ。

だって区別がつかない。

 

「ゆかりん……」

 

土も一緒に手に付いた。

掌が汚れる。

青臭い匂いもいくらかマシになった。

 

「……」

 

そして、また、草を手から離した。

 

「あ、見て、ゆかりん。パラパラって、ふふ」

 

スキマは現れなかった。

 

##########

 

夕方。

逢魔が時。

 

森のグラデーションが変化していく。

 

きっと、誰にも言えないことを溜め込みすぎたのだ。そのせいで、私は変になっているのだ。

 

「……ゆかりんは、今まで何人の人を殺したんだろう」

 

彼女は、どうやって人を殺すのだろう。

私と初めて会った時みたいに、スキマから枝でも投げて突き刺すのだろうか。それとも首でも絞めたり、スキマで身体を切断したり。

 

思えば、あの時だって彼女は沢山の人を殺した。

私がメグを助ける時、神社の麓で兵士に囲まれた、あの時。

私は兵士を彼女に押し付けて、神の元へと向かった。面倒くさかったから。

 

「……ふふっ」

 

そうだ。

あの時の兵士は、私が殺したようなものなのだ。

 

それに、そもそもだ。

これまで生きてきた中で、人が死ぬのは何度だって見てきた。大昔から、ずっと。何度も何度も、数え切れないくらい。人間同士の戦争で死んだり、災害で死んだりする、大勢の人を。

 

けれど、大抵は無視した。どうだって良かったからだ。

 

「はぁ……」

 

間接的に人を殺したことなんて、何度だってあるのに、いざ自分の手で直接それをしたとなると、途端に、これだ。一体何が変わったというのだろう。

 

……いや、わからない。私は今、何を考えているのだろう。

 

――殺したこと?

 

妖怪や動物は、数え切れないくらい殺してきた。

高い知能を持つものはダメで、持たないものは良いのか?でも、妖怪や動物だって少しくらいは頭がある。あいつらだって考えてる。そこにどんな違いがあるのだろう?

 

――私がもともと人間だから?

 

同じような姿形をしたものを殺すのが嫌な、同族意識的な、そんなもの。

似ているから、同じだから、なんとなく嫌なの?

 

――それとも、''幽香を''殺したこと?

 

他でもない、彼女を殺したから。

幻想郷の住人になるであろう少女を殺したから。

それはつまり、私は……単純に完全に知識通りの幻想郷が見られなくなったから、そこまで考え込んでいるのか?殺したことそのものではなく、ワガママみたいな理由で、落ち込んでいるの?

 

――あるいは私は、人喰い妖怪、人殺し妖怪になりたくないから?

 

あの食欲に突き動かされるような、殺して殺して、喰って喰って喰いまくる存在に、少しでも近づくのが嫌だから?それが怖いから?何よりも怖いから?そうなるのを恐れているから?いずれはそうなると分かっていて……っ!

 

「うぅっ」

 

思わず頭を抱えこんだ。

 

もう何も考えたくない。

私は考えるのが苦手なのだ。

 

思考もしたくない。

私の柄じゃない。

 

そんなの意味がない。

やってしまったので意味がない。

 

全部かもしれないし、全部違うかもしれない。

 

けれどもう、青空になりたい。

 

「……」

 

日は更に落ち始めている。

 

ゆかりんはきっと、大勢の人を殺している。

 

あの時の兵士達を、どんなふうに殺したのか、私は何故だか、その様子を想像しようとしていた。

血の匂いや叫び声を想像した。

 

その方が、もっともっと、楽だった。

 

 

 

「……博麗は、どうなったんだろう」

 

暫くして、別の考えが浮かんだ。

兵士が殺戮される様子を思い描いていた時に、ふとその上の神社を思い返したのだ。

 

ゆかりんは博麗の動向をチェックしていたはず。

 

虐殺をしたのだ。

メグだって奪い返したのだ。

そもそも、カミだって消し去ったのだ。

 

報復の可能性だってある。

動向を確認するのは当然だ。

彼女自身も、そんなことを言っていたような気がする。

 

「……そういえば」

 

あの日、私と別れる際、ゆかりんはどこかへ出かけていく様子だった。

 

あれが……博麗の様子を探りに行ったのだとしたら?

 

そして、その博麗の地で、彼女の身に何かあったのだとしたら?

五日も姿を現せないくらいの、何かが。

 

「……行こう」

 

夜へと変わる直前。木々の影が暗闇へと混じってしまって、そう、様々な絵の具を一気に混ぜてしまって、もう元の色には戻らないような切なさの時間。

 

私は再び、空へと飛んだ。

風圧で、私がちぎった草達が飛ばされた。いい気味だ。ざまあみろ。

 

##########

 

数ヶ月ぶりに訪れる国は、博麗の神様がいなくなったというのに、 さして変わらない様子だった。

 

尤も、せいぜい上空から眺めるくらいしか出来ていないから、本当に変わっていないのかどうかは分からない。

ただ、空から見下ろす景色は、あの時と変化はなかった。

 

「……ゆかりん、会いたいなぁ」

 

あのジト目が恋しかった。

時折毒を吐く言葉遣いが恋しかった。

 

「……」

 

それから、地上を見るのをやめて、今度は夜空を見上げた。

 

白と黄色の中間のような色使いをしたまあるいお月様が、楽しげに浮かんでいた。

 

「……あぁ、本当に……逢いたいなぁ」

 

逢ってどうする?

 

食べるのか?

 

……幽香みたいに?

 

「うっ」

 

空中でバランスが崩れそうになる。

 

きっと、本当におかしくなっているのだ。

 

私はあんまり頭が良くないから、どれだけ考えたって正解なんて出やしないのに。

 

 

 

しばらくして、都までやってきた。考えることをやめようと、頭の中を空っぽにしようと格闘していたので、体感時間は一瞬だった。

空っぽなのはいい。まさに私って感じだ。

 

とりあえずはあの神社に行って、巫女の様子でも窺おう。そういう算段だ。

 

山の神社からはもう何も感じない。

博麗の神を消し去ってしまったので、あの時のような神力はもうないのだ。

 

「……どんな様子かな」

 

ゆっくりと、山へと近づく。

都の様子も、あの時と変わらないように思えた。

所々で歩いている住人が散見されるし、耳をすませば家々の中からの団欒の様子も聞こえる。

 

まるで、神様が消えてむしろほっとしているような、あるいは、神様が消えたことそのものすら知らないような……。

 

 

 

神社の上空までやってきて、暫しホバリングの体勢をとる。

 

建物の数は片手で数えられる程度。

やっぱりどれも古びている。決して汚いわけではない、掃除や手入れはされている様子だ。

ただ、材質が劣化しているように見えた。木でできた柱は、所々樹皮が剥がれている。

 

私は本当に視力が良い。こんな上空からでも、目を凝らせばこんなにも沢山のものが分かる。

これだけ視力が良いのなら、草の見分けだってついたんじゃないかと、今になってそう思った。

 

「……ん」

 

一番大きな建物。

鳥居から真っ直ぐ歩けばたどり着く建物の中から光が漏れている。何やら話し声が聞こえるし、中に誰かがいるのは間違いない。

おそらくは本殿と巫女さんが住むスペースが一体となった建物だ。

 

ゆっくりと高度を下げる。ぐんぐんぐんぐん、地面がズームされていく。

 

きっと気づかれることはない。

元々、普通の妖怪とも異なる存在であるっぽいから、私には妖力といったものはないらしい。人間や動物のような生き物ともまた違うから、生物特有の気配も少ない。

だから何かに感知されるといったことが、今までにほとんどなかった。それこそ、大昔、技術が発展していた時代に、その科学的なセンサーに引っかかったことはあったけれど。懐かしい。

 

「……」

 

降り立つ……のではなく、地面から少し浮いた状態になる。降り立った時の音で気づかれては元も子もない。

 

そのまま、ふよふよと浮遊したまま本殿の方へ近づく。

 

話し声は、どうも笑い声を多分に含んでいた。

女の人の声で、なんだか……へべれけな感じがする。

そして、これは……お酒の匂いだ。

中には恐らく二人。どうも独特の気配がする。ここが神社だからだろうか?でもこの感覚、どこかで覚えがあるような。

 

「っ」

 

笑い声や話し声がぴたりと消えた。気づかれた?

そう思った矢先、今度は喉をごくごくと鳴らす音が聞こえた。呑んでいるらしい。

 

この建物は、鳥居側に縁側があり、襖を挟んでその向こうが居間になっている。

そして今、襖は少しだけ開かれていた。ちょうど分厚い本が一冊入るくらい。

 

私は縁側の上へとあがって、中の様子を窺うことにした。

そろりそろりと、頭を少しずつ出して、本一冊分に、瞳を二つ分重ねて。

そしてそのタイミングで、喉を鳴らす音が消えた。

お酒を一通り、胃の中に押し込んだらしい。

 

中の様子が瞳へと入り込み、情景が顕になると同時に、会話が再開された。

 

「だ~か~ら~、本当に居たのよぉ、空飛ぶ亀が!

あんたが言った通りだったわ、捕まえてやろうと思ったけど、ほら、ここ、見てここぉ、かじられて赤くなってるでしょう?」

 

「っくく、あははははっ!馬鹿ねぇ、貴女は……まずは餌付けよ餌付けぇ……貴女だっておにぎり与えられたらぁ、すぅぐにほいほい付いてっちゃうじゃないのぉ?」

 

「るさいわねぇ!」

 

今叫んだのはあの日に見た巫女さんだった。紫色の髪と、綺麗で整った鼻筋、吸い込まれそうな瞳、いかにも健康そうで快活そうな美人さん。

 

そしてその話し相手は……。

 

 

 

「ゆかりんっ!?!?」

 

私は思わず声を上げて、訳が分からなくなり、飛び方を忘れて、途端に浮遊状態から切り離され、バランスを崩して襖へと頭から倒れ込んだ。

 

ビリビリと何かが破れたり、引き裂かれたり、倒れ込んだりする音とともに、頭に衝撃が走る。

ああ、床と頭がごっつんこしたのだ。

 

「あらぁ、ルーミア、久しぶりぃ」

 

「あ?あんたのツレ?

……って、前いたやつじゃないのぉ?」

 

蕩けた声。

 

顔を上げるとそこには、頬を赤らめてベロンベロンに完成してしまっている巫女さんと……同じくらい顔が真っ赤になっているゆかりんがいた。

 

 

「今度こそ退治してやる!」

 

巫女はお祓い棒を高々と掲げた。

先端からは霊力の集合が球体を形作っている。

 

前に会った時より顔に元気がないように思えるのは、気のせいだろうか?

 

「退治されるようなこと、何かしたかしら?」

 

言って、そういえば兵士の虐殺が十分それに値すると思い出した。

 

「何かする前に退治するの!」

 

「酷い理窟」

 

巫女は弾をお祓い棒から射出し、その弾と一緒に身体ごと突っ込んできた。

 

わけがわからない。

安全圏から攻撃できるのが遠距離攻撃の利点だと言うのに、どうしてその攻撃と一緒に自分も発射される必要があるのだ。

こいつはきっと、本当に頭が悪い。

 

「覚悟!」

 

いや、違う。

撤回する、全て戦術だった。

 

「なるほどね」

 

弾と巫女は、直線となってある程度の所まで進んだ。ここまでは、本当に頭の悪い巫女に過ぎない。

 

しかし突如として弾の軌道がぶれ、それは曲線を描いた。どの弾も不規則な動きだが、私が狙いであることは共通していた。

 

その弾はお手玉のようにはじけ、三次元的に私を包囲した。ジリジリとそれらは詰め寄ってくるが、けれど、それらは私への攻撃が目的というより、私の退路を塞ぐ役割を担っていた。鳥籠のように私を囲っているのだ。

 

唯一抜けられそうな空間、かまくらの入口のような穴も、その先には巫女。

 

巫女は最初から、私を弾幕で包囲し、逃げ場をなくし、正面から私に突っ込み、自らの手で私を殺すつもりだったのだ。

 

「結構やるじゃない」

 

私は愉しそうに微笑んで見せて、そのまま降参するように両手を掲げた。

 

巫女はそれでも突っ込んでくる。

無視だなんて。

表情一つ変えないだなんて。

 

面白くないので、今度はそのまま寝っ転がるように、後ろへ倒れ込む。

 

髪が重力に従って靡き、地面へと身体が接触するまであと数秒のところで、私は地面にスキマを展開し、自らを飲み込ませた。

それと同時に、巫女のすぐ後ろにスキマを繋ぎ、移動。

背後から首を掴んで猫のように持ち上げてみる。

 

「っ!な、なに!?はなせ!はなしなさい!どうやったのよ!」

 

巫女は驚き、持っていたお祓い棒を地面へ落とした。 少し坂になっていたので、棒はカラコロと転がる。

 

「ふふ」

 

それからじたばたと暴れ出した。

このあたりで、私を囲っていた鳥籠弾幕は、対象のいない地面へ次々と流星群のように降り注いだ。

 

「捕まえちゃった」

 

「退治する!絶対してやる!」

 

「だから、私まだ何もしてないわよ」

 

虐殺以外は。

 

「あんた妖怪じゃない!妖怪は退治されるもんなのよ!」

 

「あのねぇ……。すぐにでも貴女は殺せるのだけれど、殺してしまうと悲しい顔する子を一人だけ知ってるの。だから、ちょっとだけ静かにしてて」

 

そう言って、彼女の足元に影のようにスキマを作り出した。そして、相変わらず首を掴みながら、少しずつ、巫女を埋めていくみたいに、スキマの中に沈めていく。

 

「なっ、なにこれっ!は、はなせ!退治する!」

 

「そればっかりね」

 

足から腰、腰から肩、肩から口元まで……スキマの中にすっぽりと入れて、それから、頭が切断されないように注意して、スキマを最小限に狭めていく。

 

「なっ、なにこっ、んんっんーっ!」

 

「これでよし」

 

巫女は頭だけがすっぽりと地面から生えたみたいになった。

 

さて、これ以上時間をかけるつもりはない。泉だ。泉を見るのだ。その為に私はここへきた。

 

「……うん」

 

言い聞かせるように頷いて、巫女の言葉にならない悲鳴を背景音に、私は歩を進めた。

 

泉はやはり、別に何の変哲もない様相だった。

 

藍色の色合いと、底まで見える透き通った水。

知らない水草が生えている。

 

もうすぐそこだ。顔を正面から下へ向ければ良いだけ。

 

「……すぅ……はぁ」

 

深い呼吸。

 

馬鹿みたいだと思った。これでは緊張しているみたい。見たくないみたい。

見たいに決まっている。知りたいに決まっている。当たり前じゃない。

 

「……っ」

 

けれど、身体は強ばった。骨が突然金属になったように、脳の伝達を無視するように。

 

それを認めたくないので、私は、思いっきり地面へ膝をつき、もう一度深呼吸をした。神に祈りを捧げるみたいに、集中して。

 

そして、それから、久しぶりに飯にありつく狩人のように、がばっと体を乗り出し、泉を覗き込む。

 

「……ん」

 

ゆらゆらと揺れる水面、私の顔が揺れている。

風はない。なのに揺れている。どこかで葉が落ちた衝撃が、ここまで伝わっているだけかもしれない。

 

そしてやがて、それは晴れた空が曇りの濃度を増していくみたいに、別の色合いに変化した。

 

映り込んでいた私の顔は、さらに強く揺れ、顔の輪郭が崩れ、色が滲み……そして別の何かへと変わろうと……。

 

「……え?」

 

いや、変わらなかった。

途端に水面の動きはぴたりと止み、私の顔の形を正確に取り戻していった。

 

もう揺れすらない。

 

私は仕留められた鹿のように、ぴくりとも動かない。

 

「……」

 

刮目する。

それからまた、刮目する。

 

だけど、変わらない。

止まっていた世界が動き出して、自分だけ弾き出された感覚。

 

「……なによ……なんなのよ」

 

つい先程まで身体を強張らせていたのを忘れて、蹴りあげるように立ち上がり、そのままずかずかとモグラみたいな巫女の元へ戻った。

 

口元のスキマを少し広げ、喋れるようにしてやる。

 

「んんっ、出せ!出しなさい!」

 

すぐにこれだ。堰を切ったようにまくし立て始めた。

 

「うるさいわね、殺すわよ。

いいこと?よく聞きなさい、質問に答えなかったら目玉を抉りとって食べるから」

 

殺しさえしなければ、ルーミアだって悲しまないはず。目玉の一つや二つ、それくらい構わないじゃない。

 

「ふん、私の目玉は美味しいからね」

 

「……」

 

こいつの物言いは腹が立つ。

思わず口を曲げた。

 

「ここから出してくれるなら、話してやってもいいわよ」

 

巫女は何故だか得意げだった。

 

私は鼻を鳴らして、言葉を捻り出した。

 

「いいわ、話してくれたら出してあげる。

ねぇ、あの泉、神秘の泉でしょ?」

 

「名前あるんだ」

 

「は?なによ、違うの」

 

「知らないわよ、名前なんて」

 

「……じゃあ、全部嘘なのね、噂は」

 

「噂って、自分の真実がわかる、みたいなやつ?」

 

「え、じゃ、じゃあ!」

 

言って、口をすぐに閉じた。

なんだか舞い上がってるように思われると、嫌だ。

咳をひとつして、少し低い声に調整する。

 

「……本当なの?あの泉を覗き込めば、自分のことが分かるっていうのは」

 

「そうらしいわね」

 

平然と言ってのけた。

早く出してくれ、といった瞳で。

 

「……でも、何も映らなかったわよ、水面に。最初揺れたけど、それからすぐに戻ったの」

 

「あー、確か……毎日見ないとダメなのよ」

 

「毎日……見ないと、駄目?」

 

巫女の言葉を反芻する。心の中で一回、口に出して一回。しかし、飲み込めない。

 

「何よ毎日って」

 

もう一度、発言を促すように問う。

 

「毎日見ると、少しずつ変化するのよ。水面に映る姿が」

 

「私もあんまりよくわかってない」と続く。それから「早く出せ」とも続く。

 

こいつの言うことが正しいかどうかは分からない。しかし、嘘をついているようには見えない。

 

「貴女は毎日覗き込んだの?」

 

「三回くらい覗いて、飽きてやめたわ」

 

「……そう」

 

「ほら、早く出しなさい、なんかひんやりしてて気持ち悪いのよ」

 

「出したら私を殺そうと、また面倒じゃない」

 

「当たり前でしょ、妖怪なんだから」

 

「妖怪だから殺す?本当に?……私が虐殺した兵士の仕返しじゃなくって?」

 

巫女の顔がどう変化するか、注意深く見守った。

 

「あーやっぱりアレもあんたよね」

 

怒り。憎しみ。

そうした感情に顔を歪めて、すまし顔がなくなってくれれば、このもやもやした気持ちもせいせいするはずだ。

 

「あんたかあの小さいのか、どっちがやったのかで悩んでたのよ、スッキリしたわ」

 

「え?」

 

しかし……表情は変わらなかった。

目の前の少女の顔は、眉を曲げることもなければ、頬の辺りをひくつかせたりもしない。

 

「……知り合いとか、親しい人とかいたんじゃないの?」

 

「何人かいたわね」

 

「……怒らないの?」

 

「べつに」

 

「……怒りなさいよ、憎悪で顔を歪ませなさいよ、私が殺したのよ」

 

「さっき聞いたわよ」

 

「だ、だったら……なによ貴女、気持ち悪いわね。ほんとに気持ち悪い、人間じゃないみたい……どうして怒らないの?」

 

「人間は妖怪を退治するものでしょ」

 

「……ええ」

 

「それと同じくらい、妖怪は人間を殺すものでしょ?」

 

「……」

 

「そんな当たり前のことに腹立てて、なんになるのよ」

 

大層なことを言った様子でもないし、虚勢を張っている様子でもなかった。

 

気持ち悪いが、しかし、それ以上に……。

 

「……決めたわ、しばらくここに住む」

 

「はぁ!?何言ってるの!?」

 

巫女の顔がやっと大きく変化したので、少ししてやったりな気持ちだった。

 

「あの泉、毎日見ないといけないんでしょ?毎回毎回忍び込んで、貴女に見つかるのは面倒だし、住んだ方が楽じゃない」

 

「妖怪を神社に住ませるなんて、そんなの月が落ちたってありえないわ!一体どこに、自分の神社に妖怪を住まわせる巫女がいるってのよ!」

 

「それにね、個人的に貴女にも興味が湧いたの。面白い人だと思って」

 

「何勝手に話進めてるのよ!私は認めないわよ!そもそも退治するんだからっ、早く出しなさい!ここから!」

 

「何よ、私一人くらいいいじゃない」

 

「嫌!絶対嫌!退治する!」

 

そういえばこいつ、神に食事を作らせていたわね。

ルーミアと戦っている時に、そんなことを言っていた。

 

「そうねぇ、料理だって、少しくらい作れるわよ。最近ツテがあってね、勉強してるの」

 

「りょ、料理……」

 

「美味しい魚料理を知っているの。川魚なんだけどね、皮がパリパリして、中の身がふんわりする極上の焼き方を知っているの」

 

「そ、そんな手にのらないんだから!」

 

「ああ、それと……」

 

身をかがめて、瞳を覗き込んで、耳元で囁くように言う。

 

「また、飛べるようにだってしてあげる」

 

「……え?」

 

「飛びたいでしょ、空。ほら、この前私が貴女を飛べない身体にさせちゃったけど、でも、もし私を少しの間滞在させてくれるなら、能力を戻してあげたっていいわよ」

 

「そ、そんなこと、言ったって……っ!」

 

「私を退治しちゃったら、もう飛べないわねぇ、戻せる人がいないものねぇ、飛べる術がないものねぇ、残念」

 

「……う、うるさい!」

 

「ああ、そうそう。住んでいる間も、そしてこれからも、この国の人には一切手を出さないと誓うわよ」

 

「だ、誰が妖怪の言うことなんて……っ」

 

「そういえばちゃんと話してくれたわね、泉のこと。ほら、約束通り出してあげる」

 

スキマを身体が出られるくらい広げ、先程と同じように首根っこを掴み、巫女を引っ張り出した。

 

「いだっ」

 

そのまま地面へ放り投げる。

 

「っく、覚悟しなさい!」

 

どこから取り出したか、霊力のこもった御札を掲げ、私へと投げつけてきた。

 

「めんどうね」

 

避けるのも億劫なので、そのまま御札の浮遊力を弄ってやる。パラパラと、紙切れのように御札は落下していく。

 

「無駄なの、私には勝てないの」

 

「っく、このっ!」

 

今度は落ちていたお祓い棒を手に取り、私の身体へ振りかざした。

 

「もう、しつこいわね」

 

右手でお祓い棒を受け止め、握りしめる。

 

「ちょっと!」

 

そして棒を起点として巫女を持ち上げ、そのまま振り払う。

 

「ああっ」

 

少女は棒から手を離し、地面へ転がった。

 

「いたた……」

 

「じゃ、新しいお家の見学でも行こうかしら」

 

放っておいて、お祓い棒を持ったまま神社へと向かう。

 

「っあ、ま、待ちなさいっ!返しなさいっ!」

 

いい気味だ。

 

##########

 

神社はやはり、酷く寂れている。

 

落ち葉が風によってころころと転がる様子だけが、風景だった。

 

「ちょっと、返してよ、お祓い棒!」

 

「お邪魔するわね」

 

縁側の上をずかずかと歩く。

入口から内部に入る。

 

「ちょっと、靴脱ぎなさい!」

 

「あら、ごめんなさい」

 

それから廊下を進む。

巫女は私からお祓い棒を取り返そうと、周りでぴょんぴょん跳ねている。

私の方が背が高いので、腕をのばして掲げると、巫女には取れないのだ。

 

「ちょっと、騒がしいわね。ほら、これでもあげるから少し落ち着きなさい」

 

天井にスキマを展開し、そこから酒瓶を巫女の前に落下させる。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

巫女は慌ててそれを地面へ落ちないようにと、素早く抱えた。

 

「割れたらどうすんのよ!何よこれ!」

 

「お酒よ。すごく上等のね。北の小国で嗜まれてる、高級なやつ」

 

「お、お酒……」

 

大事そうに抱え直して、それから跳ねなくなった。

 

ふとあるものが目に入る。

 

「ん?これはなに?」

 

それは廊下の隅、台座の上に鎮座していた。

赤い布が蝶々結びになっていて、縁は白く彩られている。

 

「え?ああ、それはなんか、ある人が持ってきたのよ。何やら強大な力を封印できる御札みたい、''りぼん''って言うらしいわね……って、なんであんたにこんなこと言わなきゃならないのよ!早く出ていきなさいっ!」

 

「御札……というより、装束に見えるわね」

 

「そうね、可愛らしいもの……って、だからっ、何当たり前のようにしてるのよ!妖怪が入る場所じゃないわっ!!」

 

やいのやいのやいの……騒ぎ立てる巫女を無視し、中を捜索する。巫女はなおも酒瓶を大事そうに抱えている。

 

角を曲がって襖を開ける。丸机が中心に置かれ、箪笥も他にある。奥に進むと台所のようだ。

なるほど、ここで生活しているらしい。

 

「ふーん、質素なものね」

 

「出ていきなさい!お祓い棒を返して、さっさと消えなさい!」

 

「あら、退治はしないの?」

 

「っ……す、するわよ、そのうち!」

 

「そういえば、美味しい豆があるの。茹でて塩でもまぶしたら、きっとそのお酒に合うんじゃないかしら」

 

手を叩いて、愉しそうに微笑んでやる。

 

「ま、豆……」

 

「噛むとね、ぷちっと薄皮が破けて、その奥から、青々とした香りと豆の甘みがじんわりと口の中に広がって……喉の向こう側まで届いていくの。ほどよい塩味ですこーし乾いたところに、冷えたお酒をくいっと、ね?」

 

「……っ」

 

ゴクリと、巫女は確かに生唾を飲み込んだ。

 

なるほど、そうか。

接敵した時、やけに前より元気がないと思ったが……そういうことね。

 

「貴女最近、ご飯、まともなの食べてないでしょう、顔見れば分かるわよ。食料だったら沢山あるわよ、お肉だって、お米だって……」

 

「……だ、誰が……誰がっ、妖怪と食卓を囲むもんですか!」

 

「あら、一緒に囲んでくれるの?食料だけ受け取って一人で食べるんじゃなくって、ちゃんと二人で食べることまで考えてくれるだなんて!まあ、嬉しい!」

 

首を傾げて笑顔を見せつけた。

 

「ち、違っ!誰がそんなこと!」

 

少しだけ距離を狭めて、酒を大事そうに抱える巫女に、また、囁くように。

 

「……ねぇ、話が戻るけれど……空、また飛びたくないの?」

 

「っ!」

 

「気持ちいいわよね、風を切るあの感覚、爽快感……下を見れば流れゆく地形、大地、それから上を見れば、掴みどころのない雲と太陽がすぐそこに……ほら、おもいだして?」

 

彼女の手から酒瓶を取る。すんなりと、力が入っていなかったのか、容易に奪還できた。

 

スキマからおちょこを取り出し、瓶と共に机に置く。

それから酒瓶の口を縛っていた布をするすると解き、傾け、とくとくと注ぐ。

 

巫女はそれを、猫じゃらしに相対する猫のような瞳で追っていた。

 

 

「ほらぁ、きなさいルーミア、貴女も、ほら」

 

「ええっと……わっ」

 

立ち上がったゆかりんに手を引かれ、私は居間の中へと連れ込まれた。

机の上には旬のお野菜から、数々の刺身に、焼いたお肉まで、豪華なものだった。香ばしくて、思わずお腹の虫が騒ぐ匂い。

 

「あ、その魚、村の近くの川のやつじゃ……」

 

「そうそう、美味しいわよねぇ」

 

二人は向かい合って座っている。

私はゆかりんの隣に、まさに借りてきたルーミアのようにちょこんと座らせられた。

 

「はい、あんたの分」

 

巫女さんがどこからか取り出した硝子の小さな容器に、お酒を注いだ。

 

「ど、どうも……でも私、あんまり飲めないんだけど……」

 

「はぁ?妖怪なら飲めるでしょ」

 

どういう理屈?

 

「……ね、ねぇ、ゆかりん。これ、何がどうなって……」

 

わけがわからない。

 

まったく、なにからなんまで……状況が何一つ理解できない!!

 

私が馬鹿だから!?

馬鹿だから分からないの!?

 

「ほら、まずは呑みなさい、話はそれからよ」

 

そう言って、ゆかりんはお酒がなみなみに注がれている容器を、私の手に持たせた。ひんやりとしている。気を抜くと零してしまいそう。

 

「う、うーん……えっと……その……」

 

二人はニコニコと、私が液体を身体の中へと流し込むのを今か今かと見つめてきた。

アルハラですよ。

 

そもそもこの人達、なんでこんな仲良しさんなの?

 

「そういえばルーミアとお酒を呑んだことなかったわねぇ、子供っぽいしまだはやいかなぁって、そう思ってたんだけれど、ふふ」

 

「……子供じゃないってば」

 

器いっぱいに注がれたお酒、ゆらゆらと、水面には天井の灯篭っぽい照明。

それを見ていると、色んなことが頭の中に入り込んできた。

 

これまでのこと、これからのこと。

 

食欲のこと、人喰いのこと。

 

自分の正体のこと、自分の存在理由のこと。

 

混ざりあって、溶け合って、それからその全部が、この目の前の液体になったような、そんな気がした。

そう考えると、この器の中身が、酷く憎たらしいものに思えてくる。

 

「……んっ」

 

持ち上げ、唇に付けて、そのまま一気に傾けた。ええいっ、ままよ!

 

「んんっ!」

 

熱くないのに熱いような液体が、喉から胃の中へと流し込まれていく。

 

それから少しずつ、身体全体をかき混ぜていくように、指先から額の奥まで駆け抜けていった。

 

ああ、ぼんやりしてきた……。

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