「その個性でてめェがヒーローになれるワケねえだろ!」

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手から唐揚げを出す個性の女の子の話

【5歳 幼稚園児】

 

 

「その個性でてめェがヒーローになれるワケねえだろ、現実みやがれ白ブタ」

 

「こらバカッ! 女の子にブタとか言うんじゃないのっ!」

 

 ガツン!

 

 幼稚園の玄関前で、トゲトゲ頭の少年の頭にその母親からの容赦ない拳が落ちる。

 少年の名前は爆豪勝己。【爆破】の個性を持つその少年は、わずか5歳にして周囲の大人が二度見するほどの口の悪さで、同じ園児服を着た女の子を罵っていた。

 

「ごめんなさいね、よーこちゃん。うちのバカ、誰彼構わず暴言吐いちゃって……よーこちゃんはこんなに可愛いのにね」

 

「ううん、いいんです、かっちゃんはいつもこんなだから」

 

 親に頭を殴られ、更には上から押さえつけられ強引に頭を下げられる勝己と、申し訳なさそうに謝罪するその顔立ちのそっくりな母、光己。

 しかし罵られた側の少女、揚子(ようこ)は、いつものことと慣れてしまっているのか、特に気にした様子はない。

 

「いってぇな……可愛いもなにも、実際に白くてチビで丸くて子ブタみてぇだろうが」

 

「私ブタじゃないもん! うちは唐揚げ屋さんだから、豚肉使ってないもん!」

 

 結局、頭を殴られようが、押さえつけられようが、口を塞がねばどうにもならなかった。

 実際のところ、揚子は色が白く、頬は他の女児と比べてもよりぷにっとしている。大人から見れば可愛らしく見えるそれも、同い年の勝己にしてみればただ丸いだけに見えるのだろう。

 勝己は更に暴言を重ね、揚子はそれに対して言い返す。豚ではない、鶏肉だ、と。

 

「揚子ちゃん、そこに怒るのね……」

 

 少々呆れたように子供たち二人のやり取りを眺めながらも、光己は二度目の拳を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ママ、よーこもヒーローになりたいって言ったらね、かっちゃんに無理だって言われちゃったの」

 

 少女の名は手唐(てから)揚子(ようこ)。個性は【唐揚げ】。手から唐揚げを出すことができる。

 揚子は幼稚園から帰ると、その日にあった出来事を両親にお話しするのが日課だった。

 しかし今日は、同じ幼稚園の「かっちゃん」の話題で持ちきりだ。

 

「あらあら、よーこちゃんはヒーローになりたいの?」

 

「よ、揚子っ。ヒーローなんか危険だぞ、もっと平和な職業は駄目かい?」

 

「よーこね、ママの唐揚げでね、お腹をすかせてるいろんな人を助けてあげたいの。ママの唐揚げ、世界で一番大好き!」

 

 

 商店街にある唐揚げ店『じゅーしぃ』。

 この店は揚子の母である手唐測(てからはかり)が経営している小さな唐揚げ店である。

 彼女の個性【温度検知】は、素手で超高温まで正確に測ることが出来る個性だ。その個性を活用した素手で揚げる唐揚げが他では真似できない味わいと評判で、それを目当てに遠方からの客も訪れる程の、隠れた名店として知られている。

 

 そんな店の奥に位置するリビングにて、一人娘の揚子は父親、手唐力(てからりき)に抱き着かれていた。

 

 

「うおぉお! お腹を空かせている人を助けてあげたいだなんて、揚子はもうヒーローじゃないか! 合格だ! パパがヒーロー協会の代わりに認めてやるぞ!」

 

「パパうるさい」

 

 抱きしめて、ほおずりして、泣きながら感動していただけなのに5歳の娘から拒否され、父は灰になった。

 

「うぐっ……まさか、もう反抗期じゃ……」

 

「あなた、本当に声が大きくてうるさかったのよ」

 

「かっちゃんはいいな、強くて、年上の子にも勝てるんだもん」

 

 父親の腕から逃げて、柔らかいソファに移動した揚子は、母が出してくれた牛乳を飲みながらお話を続けている。

 話は先ほどから変わらず、「かっちゃん」の話だ。

 

「かっちゃんて誰だい?」

 

「爆豪さんのところの勝己くん。揚子と同い年なのよ」

 

「ああ、例の爆発の子か……」

 

 揚子と同じ幼稚園に【爆破】という強力な個性を発現させた男の子がいる。

 幼稚園児ながら彼は近所でも有名で、同年代と比べても特出して利発な子供であり、五歳にして既に小学生に勝るとも劣らない身体能力。そして他の子とは一線を画する強力な個性。彼はすでに、近所の子供たちのヒーローとなっていた。

 無論、この場合のヒーローとは職業ではなく、憬れの対象という意味合いだ。

 

「前にね、年上の子にいじめられたときに、かっちゃんが助けてくれたの」

 

「その時はやりすぎちゃってちょっと幼稚園で問題になっちゃったんだけどね、勝己くん」

 

 その話は、力も聞いたことがあった。

 

 勝己は、当然ながら幼稚園では誰よりも強く、いわゆるガキ大将である。

 彼を慕う子供たちは多く、彼もまた自分を慕う子供たちを子分のように従えている。

 揚子も彼を慕う子供たちの一人だが、ある日道端で小学生に絡まれていたところ、勝己が小学生たちを追い払ってくれたのだ。

 もっとも勝己にとっては、自分の子分に因縁をつけるクソ小学生を痛めつけただけなのだが、助けられた揚子にとっては勝己がヒーローに見えたことだろう。

 

 その後の、幼稚園児に泣かされた小学生の親が幼稚園にクレームをつけにくるという珍しい事件は、ママ友の中でも逸話として語り継がれている。

 

「かっちゃんね、何でもできて、すごく強いからね、おとなになったらヒーローになるんだって」

 

「かっちゃんは……うん、ヒーローが向いてるかもしれないね」

 

「パパもそう思うの?」

 

 力は勝己のことはよく知らない。

 しかし、その噂は知っている。豊富な才能に恵まれ、強い身体に恵まれ、非常に強力な……破壊することに特化した個性の子供。

 

「そうだね。かっちゃんの個性なら、きっと強いヒーローになれるよ。そうでなきゃその個性は……」

 

「あなた?」

 

「おっと、ごめんごめん。でも、揚子ちゃんだってすごい個性なんだよ?」

 

 力は、子供に対して言うべきではないことを言いかけた己を反省する。個性で人を判断すべきではないのだ。それがどのような、一般生活には向かない個性だとしても。

 しかしそれはどうでもいい、今は愛娘の話だと、力は娘へと話の矛先を向ける。

 

「よーこの個性、手からママの唐揚げを出すだけだよ? 冷えてべちょべちょのしか出せないし、かっちゃんも食べてくれなかったし……」

 

「またかっちゃんか……」

 

 父親が何か悲し気に呟いたが、揚子は気にしない。

 

「唐揚げは一日にして成らずよ? よーこちゃんも沢山唐揚げを勉強していけば、美味しい唐揚げを出せるようになるわよ」

 

「あつあつで、じゅーしぃにできる?」

 

「モチのロンよ」

 

 揚子は母の言葉に素直に笑顔で喜び、測が口にした死語に苦笑を浮かべるのは、その夫だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【10歳 小学4年生】

 

 

「おばちゃん、唐揚げ四つ。激辛のやつ頼むわ」

 

 唐揚げ屋『じゅーしぃ』の店頭で、メニューには載っていない裏メニューの激辛唐揚げを注文するのは、10歳に成長した爆豪勝己だった。

 トゲトゲした髪型はそのままに、まだ小学生とはいえやはり幼稚園の頃よりも精悍な顔つきになっている。悪人顔が進んでいる、ともとれるが。

 

「あら勝己くん、いらっしゃい。じゃあ揚げたて準備するから、そこの椅子で待っててちょうだいね」

 

「おう」

 

 勝己の要望通りに激辛の唐揚げを提供してくれるこの店は、勝己のお気に入りの店の一つとなっている。

 料理の腕前も人並み外れた才能を持つ勝己だが、 この店の【温度検知】の個性を活用した唐揚げばかりはさすがに真似をしようがない。

 いくら【爆破】の個性の恩恵として熱に強い身体になっているとはいえ、煮えたぎる油に素手で腕を突っ込むような真似をすれば、勝己とてただでは済まないのだ。

 

 勝己なりにある程度の味の研究は進んでいるが、唐揚げの最重要ポイントである温度管理ばかりはままならない。

 

「あ、かっちゃん久しぶり!」

 

「んだよ白ブタ、てめェ全然成長しねえなぁ、チビ丸のまんまじゃねえか」

 

 店先のベンチで唐揚げが出来上がるのを待っている勝己の元に現れたのは、同じく10歳に成長した揚子だった。

 いや、年齢的には10歳なのだが、身長はまるで幼稚園児のままである。

 というのも、この世界には様々な個性があるのと同時に、時折なぜか身長が幼児のそれのまま伸びない体質の者が現れる。個性の影響ということも考えられるが、しかし必ずしも身体のサイズに関係する個性の持ち主というわけでもないのだ。

 成人しても110cmから120cm程度の身長。

 そのうちの一人が、唐揚げ屋の一人娘である揚子である。

 

 幼稚園は同じだったものの、ちょうど道路を挟んで学区が別れてしまい、小学校に上がってからは別々の学校となってしまった二人だ。しかし時折こうして『じゅーしぃ』の店先で邂逅しては、短いおしゃべりに興じる。

 そのような間柄の幼馴染だった。

 

「唐揚げ屋の娘にブタって言わないで! ねえ、それより私も個性成長したんだよ、ちょっと食べてみてよ」

 

「あァ?! なんで本物の唐揚げ待ってる間にてめェの劣化品を食わなきゃならねぇんだよ」

 

 そして久しぶりに出会って早々、その手から唐揚げを出現させて、勝己に押し付ける揚子。

 幼稚園の頃はただの油の塊で、とても唐揚げと呼べるものではなかったのだが、さすがに小学生ともなれば見た目だけならちゃんとした唐揚げだ。

 

「いいじゃん、かっちゃんが知り合いの中で一番グルメなんだもん。男の子なんだから4つも5つも一緒でしょ? はいっ♪」

 

「チッ……」

 

 そして、舌打ちしながらも唐揚げを受け取る勝己。本気で面倒臭がってはいるものの、一番のグルメと言われて悪い気はしない。勝己は自分の味覚ひとつとっても他者より優れている自覚があるのだ。

 そして、唐揚げに対して忌々しげに、射殺さんばかりの殺意の籠った視線を向けてから、がぶりと食らいつき――。

 

「油がきれてねえ! 肉の旨味もてめェの母ちゃんの唐揚げと比べたら全然偽モンじゃねえかクソが! 論外! 0点じゃボケッ!」

 

 怒りで目が三角形になっていた。

 

「えぇー、厳しすぎない?」

 

「ざけんな、俺の舌は嘘つかねぇんだよ! こんなモンならコンビニのチキンの方がいくらかマシだわボケが!」

 

 手についた油を小規模の爆破で器用に飛ばしながら、引き続き目を三角形にして怒りを叩きつけてくる。

 どうやら、本当に彼の基準には微塵も達していなかったようだ。

 

「いいもん、かっちゃんがトップヒーローになる頃には、私も三ツ星唐揚げ屋さんになってるから」

 

「ケッ、お前の母ちゃんならともかくお前の個性じゃ無理だわ、料理なめんじゃねェぞ」

 

 店先に置いてあったティッシュを一枚とり、最後に指先に残った油をふき取る。

 幼少期から周囲にヒーロー扱いされ、様々な意味で増長してしまっている勝己だが、しかし意外なことだが彼は己より上と認めたものには素直な面を見せるところがある。

 料理もそのうちの1つであり、彼よりも確実にうまい唐揚げを作る揚子の母、測は、勝己が認めた人間の一人であった。

 

 とは言え、母親を認めたからと言って、その娘を認める理由は一ミリたりともない。

 勝己にとって揚子は、幼少期からの自分の子分、あるいは自分を賛美する取り巻きの一人のままだ。その中では多少、口うるさい部類だが。

 

「ふんだ、どうせかっちゃんがトップヒーローになる頃には、辛いもの食べすぎてて舌が馬鹿になってるんだから」

 

「んだとこの白ブタが、カプサイシン馬鹿にすんじゃねえぞ、爆破すっぞコラ!」

 

「きゃっ! もう爆発してんじゃん! お店の前で爆発しないでよっ」

 

 売り言葉に買い言葉。

 目を三角にして怒り散らし、ついでに油を拭いたティッシュを燃やし尽くす勝己と、爆発に文句を言う揚子の声に気付いた測が店先から顔を出す。

 なんだかんだで、勝己の暴言を幼稚園の頃から見ていたので、測もまたこの風景は慣れたものだ。

 

「あらあら、仲良しねえ」

 

 激辛唐揚げを容器に詰めながら、呑気な感想をこぼしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

【13歳 中学1年生】

 

 

「舐めたこと抜かしてんじゃねえぞ、デク。無価値な石コロがよォ、てめェはヒーローオタクだけやってろや!」

 

 

 公園の前で揚子の耳に届いた怒声は、昔から聞きなれたものだった。

 いや、中学生になった最近は声変わりも迎えており、昔よりもっと男らしい声に変化してはいるのだが、それでも今更間違えない声だ。

 

 何かと思い公園を覗いてみると、そこには幼馴染のツンツン頭が、どこかで見たことのあるもじゃもじゃ頭の襟首をつかみ、怒鳴りつけていた。

 いや、怒鳴りつけるどころではない。明らかな暴行である。

 

「ちょ、そこにいるのかっちゃん?! やめなよ! それっていじめだよ!」

 

「あァ? ンだよ白ブタ、どっから湧いてきた。てめェは関係ねえだろうがよ」

 

「通りがかりにいじめ現場見たら止めにはいるの当たり前でしょ!」

 

 勝己は急に現れた第三者に興覚めしたかのように、もじゃもじゃ頭の襟首を手放した。急に襟首から手を離されたもじゃもじゃ頭は、その場で尻餅をつくかのように倒れこむ。

 駆け寄った揚子がそのもじゃもじゃ頭を覗き込むと、それは昔に見慣れた顔だった。

 

「あの、えと……」

 

「あ、やっぱり出久くんだよね? 私、幼稚園で一緒だった、手唐揚子だけど、覚えてない?」

 

「あっ、よーこちゃん!?」

 

 もじゃもじゃ頭は、幼稚園で同じだった少年、緑谷出久。

 当時からクセのある髪型で、そういえば幼稚園の頃から勝己とはよく一緒にいた人物である。

 頻繁に遊んでいたというわけではないが、それでも同じ幼稚園の友達の一人だった。

 

「なに雑魚同士で仲良ししてんだよクソが! おい白ブタ、テメェもンなクソナードの相手してんじゃねェぞ」

 

 揚子の顔に影が掛かる。

 見上げたら、揚子たちを見下ろすように、勝己がその場で高らかに仁王立ちを見せていた。

 

「あ、あの……よーこちゃん、僕は大丈夫だから……ごめんっ」

 

「え、出久くんっ?!」

 

 揚子がぽかんとした顔で勝己を見上げている間に、しかし出久はすくっと立ち上がり、汚れたズボンを軽くはたくとその場から走り逃げてしまう。

 結局、出久と勝己の間で何があったのかは分からないまま、公園には怒りの表情で仁王立ちする勝己と、見下ろされる揚子だけが残されてしまった。

 

「クソがよ……」

 

「か、かっちゃん、弱い者いじめはやめようよ。かっちゃんメチャクチャ強いんだから、そういうの、シャレにならないよ……?」

 

 正直言って、滅茶苦茶に怖い。

 

 ただでさえ悪人顔の幼馴染で、すぐにキレ散らかすし、なんなら気に入らない相手には暴力的手段に訴えてくることもないわけではない。

 それでも、揚子は勝己による弱い者いじめは見たくなかった。揚子にとって彼は、自分をいじめる上級生を叩きのめしてくれた、ヒーローだったから。

 

「うるせぇぞ白ブタ! 現実が見えてねぇクソナードに現実を教えてやっただけだわ! 無個性がヒーローになれるわきゃねえだろ」

 

「現実って……別に誰がヒーロー目指してもいいじゃん。私だって、なれるものならなりたいもん、ヒーロー」

 

 出久が無個性だということは知っている。幼稚園で、皆で彼を慰めたことがあるから。

 しかし、その無個性の出久がヒーローを目指しているというのは知らなかった。勝己はどうやらそれが許せなかったのだろう。

 そこまで怒り狂う理由は、揚子にはわからないことだけれど。

 

「テメェもだぞ白ブタ。その個性でてめェがヒーローになれるワケねえだろ! てめェの個性はそういうモンじゃねえだろうが!」

 

「そ……そんな言い方……し、しなくてもいいじゃん……」

 

「チッ……」

 

 怒りの矛先を向けられ、揚子は弱気に、涙声になってしまう。

 勝己に怒鳴られることはこの十年近くで幾度となくあったし、泣かされることだって何度もあった。

 

 でも、今日はなんだか違った。

 

 真上から睨みつけてくる勝己が、本当に怒っているのがわかって、それが本当に怖くて、揚子は恐怖を隠せず、涙声になってしまう。

 

 結局、苛立ちを隠さないままの勝己が公園を立ち去るまで、揚子はその場にしゃがみこむことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後。

 

 

「あ、よーこちゃん……じゃなくて、手唐さん」

 

 唐揚げ屋『じゅーしぃ』の前で揚子に声をかけてきたのは、先日のもじゃもじゃ頭。緑谷出久だった。

 どうやら偶然ここで出会ったわけではなく、揚子のことを待ってくれていたようだ。

 揚子の家が唐揚げ屋なことは幼稚園の子たちは皆知るところだったので、調べるまでもなく揚子の家の場所もわかっていたのだろう。

 

「あ……出久くん。よーこちゃんでいいよ? 幼稚園の頃はそう呼んでくれてたでしょ?」

 

「い、いや、僕たちもう中学生だし、そこは、ほら、あの、あ、あ」

 

「出久くん?!」

 

 先に話しかけてきたのは出久だというのに、名前で呼ぶように言った途端にガチガチの挙動不審になってしまった。

 よく分からないが、どうやら人を名前で呼ぶことにトラウマでもあるのだろう。

 揚子は不思議そうに出久を見上げながら、難しいなら苗字でもいいけど、と付け加えるのだった。

 

 

 

「この前はごめんね、かっちゃんから庇ってくれたのに……」

 

「わざわざそれを言いに来てくれたの? 出久くん、生真面目だなあ」

 

 少し歩いたところにある、小さな公園。

 商店街で話し込むのもなんだからと揚子が提案し、公園のベンチまでトコトコと歩いてやってきた。

 揚子が身体が小さすぎるため歩幅の差が大きかったが、出久は当然のようにスピードを合わせてくれた。どこぞのツンツン頭と違い、心の優しい男子だ。

 

「手唐さんは、かっちゃんと仲はいいの?」

 

「どうだろ。今でもたまに唐揚げ買いにくるけど、中学生になってからはあんまり話さなくなっちゃった。なんかどんどんガラも悪くなってきたし、不良っぽいんだもん」

 

「あはは、かっちゃん、粗暴さに磨きがかかってるもんね……」

 

 二人の話題は、やはり先日のこと。共通の幼馴染である、爆豪勝己のこと。

 とはいえ、同じ学校に通っている出久とは違い、揚子のほうは最近は実は疎遠になっている。

 元から勝己が『じゅーしぃ』に訪れた時くらいしか会う機会がなかったのだが、中学に上がってからの勝己はそれ以前にも増して凶悪な佇まいに見えたので、揚子から進んで話しかけることが減ってきたのだ。

 

 実は同じ中学に通う出久にしてみれば、生来の悪人顔と暴言癖と暴力癖が合わさって不良のように見えているだけで、彼が学校では比較的優等生で通していることを知っていたが、口にはしなかった。

 実際に彼に暴力を振るわれているところを目撃されたのだ。その上で彼が優等生だと言っても、説得力もなにもない。

 

「出久くんはヒーロー目指してるの? 個性なくても目指してるの?」

 

「……うん。やっぱり、人から無理だって言われて当然で、身の丈に合わないってわかってるけど。それでも、なりたいんだ。諦められないんだ」

 

 揚子は、先日の二人の諍いの原因をよく知らない。

 勝己の言葉からして、出久がヒーローを目指しているのが原因なようだが、それを出久の口から聞いたわけではなかったから。

 でも、改めて聞いてみたら、彼はそのような夢を今もまだ持ち続けているらしい。

 

 無個性でも、ヒーローになりたい。

 それは例えるなら、身長が1メートルちょっとしかない揚子が女性ファッションモデルになりたいと言うのと同じくらいには、実現の難しい夢なのだろう。

 それが、勝己の言う『現実』だ。

 

 でも、と揚子は思う。夢を諦めない出久は凄いな、と。

 

「出久くんは凄いんだねえ。私も昔はさ、かっちゃんと一緒にヒーローになって、人助けとかしたかったけど……ずっと昔に本人に否定されちゃった。てめーの個性でヒーローになれるわけねえだろー、って」

 

 出久はその現場を目撃したわけではないが、しかし幼い頃の勝己がそのように暴言を吐き散らす姿は容易く想像できた。

 なぜなら、出久もそれ以上の言葉を、幾度となくぶつけられてきたのだから。

 

「手唐さんは、どんな個性なんだっけ?」

 

「私の個性は、手から唐揚げを出す個性なんだよ。幼稚園の頃はベチョっとした油の塊しか出せなかったけど、今はこれくらい出せるんだよー? はいっ」

 

 揚子が、自分の個性を説明しながら、ティッシュを広げた右手のひらを出久に見えやすいように伸ばす。

 なんだろう、と出久が手のひらを見ていると、ポンッと唐揚げがひとつ、ティッシュの上に唐突に出現した。

 そして、その唐揚げを出久へと差し出してきた。

 

「えっ、あ、ありがとう。これ、食べても?」

 

「うん。昔、ちゃんとしたところで成分の検査したんだよ。そしたら、私が出す唐揚げはうちのママが作った唐揚げと完全に同じ成分で、食用としても全く問題ないんだって」

 

 揚子は小さく、味的な完成度は全然追い付いてないんだけどね、と付け加えたのだが、しかし出久が口に入れたそれは、十分に美味しいものだった。

 揚げたてのような熱も持っており、外はパリパリでも中には十分な肉汁が残っている。普通に、とても美味しかった。

 

 しかし、出久が何より感動したのは、味ではない。

 

「す……」

 

「す?」

 

「すごい個性だよこれは! だって、ゼロからきちんとした栄養価のある食料を作り出せるなら、災害時にどれだけの人を助けられるか考えてみてよ!」

 

 出久が急に饒舌になり、語り始めた。

 

「え? え?」

 

「しかも待てよ。無から有を生み出す個性にも色々あるけど、さっき手唐さんはポンと弾き出すように出していた。ということは、ウォーターホースの水みたいに……いや違う、あれは流体だけど固形の物質を何もない空間に弾き出していたしティッシュを通過していたことからも肌から出ていたわけではないとなるとそれは空間に突然現れたことになるけど物理的にはどうなんだもし他の物質と重なった場合はどちらかが弾き出されるかあるいは破壊が伴うのかもしれないさすがに核融合爆発はないにしてもどちらにしても」

 

「怖い、怖いよ出久くん?!」

 

「あ、あのっ、手唐さん! 手唐さんの個性なんだけど、もしかしたら十全に戦える個性かもしれないんだ、いや、あくまで僕の想像でしかないんだけど、まずちょっと試してみたいことがあるんだけどいいかな?!」

 

「えっ、あ、はい」

 

 出久がものすごい早口になって、怖い。そして、何を言っているのかよく分からなかった。

 しかし勢いのままに、出久の提案する個性実験に付き合うことになる。

 

 

 

「すごーい! 缶が内側から弾け飛んだよ?!」

 

 出久の提案した実験はとても単純。何か他の物体に手を向けて、それと重なるような位置に唐揚げを出してみたらどうなるか、である。

 試しにベンチの横に捨ててあった空の空き缶で試してみたのだが、空き缶が内側から破裂するという驚きの結果だった。

 

「やっぱりだ、手唐さんの唐揚げは何もない空間に出現するから、そこに何かがあったら物理的にその物体に食い込んで破壊を伴うんだ」

 

「えっ、そうなの?! 私いままで何も考えずに出してたけど、それって危険じゃない?」

 

 他の物体と重なるだけで破壊が生じるのならば、今まで気軽に出していた唐揚げが、全て何かを破壊する可能性があったということではないのか。

 もしかして、今まで何も被害がなかったのは、運が良かっただけなのでは? 揚子は自分の個性の危険性に恐怖する。

 

 が、それはすぐに出久のやたら早口な分析で否定される。

 

「危険といえば危険だけど、今までなんの事故も起きていないなら無意識に調整出来てた部分だと思うんだ。それこそかっちゃんだってニトロの汗なんていう危険なものが手から出ているわけだけどでも汗の爆発は自分でオンオフの調整が出来ているわけだしそこはもっと調べる余地があるけど今はそれはそれとしてもうひとつ」

 

「出久くん、個性のことになるとなんか……早口になるね」

 

「手唐さん、あともうひとつ試してみてほしいんだけど、唐揚げは射出は出来るのかな」

 

「しゃ、射出?!」

 

 揚子のツッコミなど聞こえていないかのように続ける出久の次なる提案は、射出。

 つまり、唐揚げを弾丸のように飛ばせないか、ということだった。

 

 

 

「で、出来ちゃった」

 

 結論から言うと、唐揚げは飛んだ。

 3メートルほど離れた木に向かって出してみたところ、意外と簡単に発射できた。

 

 もちろん本体がただの唐揚げなので、木の幹にぶつかってべちゃりと潰れるだけだったが、そこを骨付きの唐揚げで試してみたところ、木の幹に傷をつけ、細い枝ならば折ることも出来た。

 

「すごいよ手唐さん! この唐揚げは、災害時の栄養補給、近接戦闘、遠隔攻撃、全てに適応した万能の個性に成長する可能性があるよ!」

 

「い、出久くん。手、手がベトベトになっちゃうよ」

 

 幾度かの実験で揚子の両手は油でベトベトなのだが、興奮した出久はそれも気にせずに揚子の両の手を掴む。

 おかげで出久の手のひらもベトベトだ。

 

「あっ……! ごごご、ご、ごめんなさい」

 

「い、いや、油つけちゃってごめんなさいなのは私なんだけどな。でも、これなら私もヒーロー目指せるのかな」

 

「うん、まだ粗削りだし、もしかしたら個性を使いすぎた時のデメリットなんかもあるかもしれないから、色々使いなれる必要はあると思うけど……」

 

 聞けば出久は様々なヒーローの個性を研究したノートを制作しているらしく、やはりどの個性にも弱点というものはあるらしい。

 よくあるタイプの弱点といえば、体力なりなんなりで、身体に負荷がかかるもの。勝己の爆破も、出久が言うには両手へのダメージが蓄積しているらしい。また、世の中には自分の身体の脂質を代償として物体を作り出す個性もあるという。

 

 揚子の場合は自分の脂質が減ったわけではないと思うので、またそれとも違う代償があるのだろう。

 そればかりは一度大量に唐揚げを出してみないことにはわかりそうになかった。

 

「でもそっか……そっか……! 私、これでヒーロー目指せるじゃん! ヒーロー科に進学して、かっちゃんに一泡吹かせてやりたい! 出久くんも協力してくれる?」

 

「うん! ぼ、僕でよければ!」

 

 この日から。

 

 揚子は、【唐揚げ】を使った戦闘を研究し、磨いていくことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

【15歳 中学3年生】

 

 

『エヴィバディセイヘイ!!』

 

 壇上では、雄英の教師であり、プロヒーローの一人でもあるプレゼント・マイクによる試験説明が行われていた。

 色々と長い説明ではあったが、要約すると襲ってくるロボットを倒したもの勝ち、という試験内容である。

 

 揚子はこの日のために【唐揚げ】を鍛え上げてきた。

 前日は早い時間からぐっすりと寝たし、試験前にはカフェイン多めのエナジードリンクをガブ飲みしてきたため、心臓もバクバク、目がギンギンである。

 つまりは、万全だ。

 

 周囲を見渡せば、様々な地域から集まったヒーロー志望の受験生たち、ヒーローの卵の、そのまた卵たちが群れをなしている。中には揚子と同じくらいの身長の男子もいた。同じくらいの身長の子がいると、仲間意識で少しだけ安心する。髪型がちょっと気持ち悪かったが。

 そんな折、試験会場へと移動する中でよく見知ったトゲトゲ頭の後姿を発見する。

 

「かっちゃん!」

 

「……あァ? おい、ンでてめェがいやがる白ブタ!」

 

 背後を振り返っても誰もいないので、もしやと思って足元を確認する勝己。

 そこにはそう、幼稚園の頃から見知っている白ブタ、もとい、唐揚げ屋の娘である揚子がギンギンの目つきで勝己を見上げている。

 

「ンでもなにも、私も受験してるんだよ。色々特訓して、ロボットくらい倒せる個性になったんだからね!」

 

「オイゴラ、てめェに要らん入れ知恵しやがったクソ野郎は誰だ? ……まさかあのクソナードか?」

 

 しかし、勝己が驚いた表情を浮かべたのも一瞬だけで、すぐにまたいつもの殺意の籠ったような悪人顔に戻ってしまう。

 彼の察しの良さには感嘆しか出てこない。揚子に個性の使い方を提案したのは、勝己の言うところのクソナード、出久だった。

 とは言っても、受験が近くなってからは出久もなにかと忙しくなってきたようで、ほとんど会うことはなくなってしまったのだが。

 

 しかし、クソナードと口に出した勝己は、その名に何か思うところがあるのか、キレている。何があったのか知らないが、物凄く、めちゃんこにキレている。

 揚子は、気軽に話しかけてしまったことをちょっと後悔した。

 

「ちょ、ちょっと……怖いよかっちゃん。人のことそういう風に言うのやめなよ」

 

「るせェ! 前に言ったよなァ! その個性でてめェがヒーローなんかやれるワケねえだろうがアホタレが」

 

「かっちゃん、声大きいよ……ここ受験会場だからっ」

 

 周囲の目が痛い。

 興奮して声が大きくなる勝己と、小さい身体が余計に小さくなる揚子。

 周囲からどういう風に映っていることだろうか。おそらく、小さな子を恐喝するヴィランのように見えているに違いない。

 

「てめェはその個性で何がしてェんだよ」

 

「そりゃ、ヒーローになって、ヴィランから沢山の人を助けて……」

 

「違ェだろうが。チッ……時間だ、俺ァ行くからな、てめェはもう勝手にしろや」

 

「かっちゃん……」

 

 結局、サプライズは失敗。

 驚かせることこそ出来たものの、勝己はいつもの通りだ。もう十年も変わらない台詞「てめェの個性でヒーローになれるワケねえだろ」である。

 

 揚子は結局、受験生の波に消えていく勝己の後姿を眺めることしか出来ない。

 ただ、最後の「その個性で何がしてェんだ」という問いは、棘のように心に刺さったままだった。

 

 

 

 

 

『標的捕捉! ぶっコロす! ぶっコロす!!』

 

 

「何なのこのロボット! 口悪すぎでしょ、かっちゃんなの?!」

 

 試験が始まると、多くの受験生たちが市街地へと雪崩れ込む。

 揚子は歩幅が小さく最初のうちは他の受験生たちに後れを取ってしまったものの、市街地に入ればやたらと口の悪いロボットが暴れまわっていて、逃げ惑いパニックに陥る受験生の姿も多く見受けられた。

 何かとぶっ殺すぶっ殺すと叫ぶロボットには不思議な愛着を感じてしまうが、今はそんなことはどうでもいい。

 

 とにかく、初の実戦だ。

 

 中学生相手に殺意を持ったロボットを当てる試験には色々と思うことはあるが、これがヒーローの入り口なのだろう。

 小さい体躯を活用し、うまくロボットの死角へと回り込んで、右手をまっすぐにロボットのカメラへと向ける。

 

「このっ、骨付きっ!!!」

 

 バシュッという音と共に骨付き肉が飛び出し、ロボットのカメラ付近へとぶち当たる。

 残念ながら少し逸れてしまいカメラのレンズを割ることは出来なかったが、しかしレンズ周囲に散らばった骨付き唐揚げの破片は、ロボットの視野を狭めることには成功したようだ。

 途端に動きがぎこちなくなったロボの足元に近づいて、その胴体に手を当てる。

 そして――

 

「接触からの……照り焼き!!」

 

 バキャッ

 

 小さな破壊音と共に、ロボットがその動きを止めた。ロボットの内部の構造こそ見えないものの、どうやら内部に現出させた照り焼き唐揚げは、ロボットに致命傷を与えることが出来たようだ。

 恐る恐る距離をとり、ロボの挙動を確認するが、どうやら死んだふりなどというわけでもないらしく、初の実戦は揚子の勝利で終わった。

 

「ふぅ……」

 

 まだ心臓はバクバク言っているが、しかしこれは序盤も序盤。試験で1ポイントを入手しただけに過ぎない。

 これくらいで休んでいては、ヒーロー科なんて夢のまた夢だ。

 

「昨日はたっぷり寝たし、受験前にカフェインもがぶ飲みしたし、行ける!!」

 

 そして、揚子は更に奥へと走りだした。

 

 

 

「こンのぉ! 骨付き! 骨付き! おまけに手羽先!!」

 

「照り焼き! 照り焼き! 壊れちゃえ!!」

 

「きゃっ?! このぉ、カメラに激辛唐揚げ食い込ませてやる!!」

 

「このロボットやろう! ぶっこわしてやる!!」

 

 大量のカフェインの効果か、脳内アドレナリンが大量に分泌されたのか、はたまた粗暴な幼馴染を見続けてきた成果か、揚子は自分でも驚くくらいにロボットと戦うことが出来た。

 後半はあまり覚えていないが、かなり口調も荒々しくなっていた気がする。気分はかっちゃんだった。

 

「いけるいける! これなら、私だってヴィランと戦えるじゃん! かっちゃんだって私の個性に100点つけちゃうね」

 

 しかし流石に集中力が途切れ、頭が半ばぼんやりしてきた頃に、揚子の視線の先で、大きく項垂れる受験生――体格の大きな少年の姿を見つける。

 彼は、まだ試験も数分残っているというのに、すでに絶望的な顔をしていた。

 

「くそ……なんてこった……もうダメだ……」

 

「ねえキミ、どうしたの? それ、なに? ケーキ?」

 

 揚子が少年に近づくと、少年の足元にはケーキのようなもの……いや、無残に潰れ、踏みにじられ、もはやケーキとは呼べない、クリームと土と焼き菓子の残骸が、横たわっていた。

 踞った巨体の少年の横に立てば、ちょうど視線の高さは同じになる。

 

「……俺、砂糖を摂取してパワーを増す個性なんだ。でも制限時間が短いから、ケーキを持ち込んでたんだ……けど」

 

「あー……これは、食べられないね」

 

 世の中には様々な個性がある。

 彼の場合は、砂糖でパワーを増すという、シンプルにして強い個性だったのだろう。

 しかしそれは逆に言えば、砂糖がなければ何の個性もないも同然だ。

 

「……くそっ、くそっ! 俺のケーキを、他の受験生たちが皆踏みつけていって……これじゃあもう……」

 

 目の前で、少年が項垂れている。

 その眼からは、悔しさの涙があふれていた。

 

――その個性で何がしてェんだよ

 

 ふと、揚子の心に引っ掛かっていた声が脳裏に甦る。

 そうだ、自分はこういうときにこそ、やりたいことがあったはずで――。

 

 

「……ねえ! ケーキじゃないけど、照り焼きソースなら、砂糖沢山入ってるよね?」

 

 考えるより先に、言葉が出ていた。右手を差し出した。

 

「え?」

 

「私、手から唐揚げ出せるの! 砂糖そのものじゃないけどさ、これで少しはどうにかならないかな。ちょっと素手で申し訳ないけど……」

 

 その右手に、照り焼きソースがたっぷりかかった唐揚げを出現させた。

 

 状況が状況なのでティッシュもなく、決して衛生的とは言えない素手で取り出した照り焼きの唐揚げによって、手がべたべたになってしまう。

 けれどそんなことはどうでもいい。今は、彼にこれを食べて欲しかった。

 

「はい、照り焼きソースたっぷりの唐揚げ、食べてよ。ケーキじゃないけど、少しは足しにならない?」

 

「……でも、いいのか? 俺たちは受験の敵同士だぞ」

 

「敵なんかじゃないでしょ! 敵はロボットだけ! はい、食べて!」

 

 受験生同士だから、確かにここにいる皆はライバルで、蹴落としあう者同士かもしれない。

 けれど、見捨てたくはなかった。自分には、彼を助ける力があるのだから。

 

「そうか、そうだな! あの唐揚げまみれのロボット倒したのってアンタだよな。てっきり、もっとヤバい奴の仕業かと思ってたんだ。ありがたく貰うぜ」

 

「え、唐揚げまみれって……」

 

「うんめー! 糖分だけじゃなくて、普通に肉が美味いな! これはパワーが出てきそうだ!」

 

 目の前の大柄な少年は、素手で掴んでいた唐揚げを受け取ると、その大きな口に放り込んで咀嚼する。

 それは本当に美味しそうで、先ほどまで悔しさの涙を浮かべていた彼が、今は笑顔を浮かべているではないか。

 

「私の唐揚げ、美味しい? もう一個いる?」

 

「ああ、貰う貰う! こんな美味しい唐揚げ初めて食べたぜ! ……よし、糖分も足りてるみたいだ! これでもう少し戦える、ありがとうな!」

 

 二つ目の唐揚げも一気に口に詰め込み、咀嚼する少年。ここに飲み物があれば良かったのだが、しかし彼の大きな口は問題なく2つ目の唐揚げも食べつくした。

 そして見る間に彼の腕には逞しい筋肉が膨れ上がっていく。どうやらこれが、彼の個性のようだった。

 

「う、うん。頑張ってね……」

 

 うおおお! と叫びながら復活していった少年を見送りながら、揚子はその場で立ち尽くす。

 少年の笑顔を見て、揚子はひとつ、昔のことを思い出していた。

 そして、先ほどまで自分が戦っていた場所に目を向けたら、そこには――。

 

「ね、ねえ。俺も唐揚げ、貰っていいかな。力が、底をついちまって」

 

「アタシもいい? 個性がエネルギー必要なんだわー」

 

 しかし、揚子の思考は中断される。

 先ほどの少年とのやり取りを見ていたであろう受験生二人、少年と少女が揚子の元を訪れ、唐揚げを所望しているのだ。

 どうやら彼らもまたエネルギーを使う個性らしく、この激しい試験でそのエネルギーが尽きてしまったようである。

 

「あ……私の唐揚げで良ければ、はい、どうぞどうぞっ」

 

 揚子は先ほどと同じく、カロリーの高そうな照り焼き唐揚げを意識して二つ、その手に現出させる。

 

「ありがとう。ずっと戦ってる人たちは、凄いな……俺、もっとやりたいのに、力がでなくて。でもこれを食えば……!」

 

「アタシ、ヒーロー目指してたケドさ、自分の個性じゃ全然ダメなんだなって、思い知ったっていうかさー」

 

 少年は、まだ諦めてはいないようだ。受け取った唐揚げにかぶりつき、意地でもエネルギーを補給してやる、といった顔をしている。

 少女のほうは残念ながら、すでに心が折れてしまったようだ。自分の個性では無理なのだと、受け入れてしまっている。

 

「アハハ、超ウマイよコレ! 記念受験みたいなもんだけど、いい思い出になりそーだわ」

 

「うん、美味しいなこれ。力が湧いてくる。……なあ、一方的に唐揚げ貰っておいて悪いけど、俺もう少し頑張るよ!」

 

「イイじゃん、アタシの分もがんばれー」

 

 先ほどまで全て諦めた顔をしていた少年と少女が、揚子の唐揚げを食べて笑っていた。

 少年は笑顔で再び試験に立ち向かい、心折れた少女はそれでも笑顔で少年を見送っている。

 

 

 揚子は己に問う。

 

 自分が見たかったのは、こういう光景だったはずじゃなかったか。

 なんでそれを忘れていた?

 

「……私、何してんだろ」

 

 揚子の視線の先には、先ほどまで戦っていたロボット。

 動きを止めたロボットの周囲には、無残に散らばった唐揚げが散乱している。

 揚子が大好きだった『じゅーしぃ』の唐揚げが、叩きつけられて、ロボットに突き刺さって、あるいは誰かに踏みつぶされていた。

 あれは、先ほどの大柄な受験生の踏み潰されたケーキと、何が違うんだ。

 

 自分がやりたかったのは、こんなことじゃない。彼のケーキを踏みつけたいわけじゃない。唐揚げをゴミのようにしたいわけじゃない。

 

 

――てめェの個性でヒーローになれるワケねえだろうが

 

 その通りだった。自分の個性の源は、大好きなママの唐揚げなのだから。ママの唐揚げを、他人を傷つける道具にする? 消耗品のゴミのようなものにする? そんなのは、嫌だ。

 

 

――ママの唐揚げでね、お腹をすかせてるいろんな人を助けてあげたいの。 ママの唐揚げ、世界で一番大好き!

 

 ママの唐揚げが美味しいから、ただ、皆にも食べてもらいたかったのに。美味しいって言って欲しいだけだったのに。

 

 

 自分がやりたかったのは、こんな争いじゃないのに。

 視線の先では、自分が出した唐揚げが、何度も、何度も、受験生たちに踏み潰されていた。

 

 

「私、自分の個性の使い道、間違えてたんだ……あはは、今更気づくなんて、馬鹿だなあ、もう……う……うぅ……」

 

「ちょ、チョイチョイ……泣かないで、大丈夫なの?」

 

 後悔と嗚咽が溢れてくる。

 世界で一番大好きなものを、馬鹿な勘違いで汚してしまった。

 

「うぅ……うぐ……ひっく……」

 

「ああ、よーしよし、頑張ったね。アンタは頑張ったよ、よしよししたげる」

 

 試験が終了する合図も聞こえないまま、見知らぬ少女の胸の中で、揚子は泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

「はいよ、グミお食べ。怪我してる子はいないかい?」

 

 試験が終わり、揚子と大差ない身長のお婆さんがお菓子を配って歩いている。どうやらこのお婆さんも雄英の先生なのだろう。

 先ほどの女子と別れて、ふらふらと歩いていた揚子は、そのお婆さんに声をかけた。

 

「あの、先生……」

 

「どうした、目が真っ赤じゃないか。グミお食べ。どこか痛いのかい?」

 

 お婆さんは揚子にグミを差し出すが、揚子は力なく首を横に振り。

 

「いえ、その……合格したわけでもないのに、烏滸がましいとは思うんですけど。今の受験の辞退って、どうすればいいでしょうか」

 

「なんだい、辞退するのかい? 見たところ、随分頑張ったみたいじゃないか」

 

 きっと、揚子の服はボロボロなのだろう。

 ロボットと戦って、土ぼこりをかぶって、地面に転がって、そして唐揚げの残骸だらけだ。

 

「私、自分の個性の使い方間違えちゃって……私の個性、敵を倒すためのものじゃなかったなって、今更気づいて……」

 

「……そうかい。わかったよ、受験番号見せてみな。あとは私がやっとくからね、ほら、グミお食べ?」

 

「はい……」

 

 最後にグミを受け取る揚子を、同じくらいの身長のお婆さんが、優しく撫でてくれた。

 よく頑張ったね、と。

 

 

 

 

 

 

「あ……かっちゃん……」

 

 当然ながら、地元が同じ受験生ならば、帰りの路線も同じものを使う。

 全員が同じタイミングの電車に乗るとは限らないものの、しかしこれは偶然ではなく必然だと、揚子は思った。

 

「チッ、辛気臭ェ顔見せんじゃねぇよ。俺ァ今日は最高の出来だったんだからよ」

 

「うん、かっちゃんなら、トップ合格間違いないもんね。ヒーローにならなきゃ駄目な個性だもん」

 

「ンだよそりゃ」

 

 揚子も今ならわかる。かっちゃんの個性は戦うための個性だ。それも、特別過激な。それを持って生まれたかっちゃんは、ヒーローかヴィランになるしかない。

 一方、自分の個性は戦うためのものじゃなかった。

 

「それに比べて、私ね、自分の個性の使い方を間違えてたよ……」

 

 ホームの椅子で電車を待つ勝己の横に腰を下ろす。

 勝己はとても面倒臭そうに眉を顰めるが、しかし駅のホームで暴言をまき散らすようなことはなかった。

 

「俺ァ最初から言ってやったよなぁ? その個性でてめェがヒーローになれるわけねェ、ってよ。てめェが、てめェの母ちゃんの唐揚げでヴィランをぶっ殺せるワケねェだろうが」

 

「かっちゃん、そこまでわかってたんなら、最初からそう言ってよぉ……言葉が足りないんだよぉこの天才バカぁ! バカ天才ぃ!」

 

 勝己は最初から分かっていた。揚子の個性は、自分のように敵をぶち殺すためのものではない。ただただ、腹を空かせてる奴にものを食わせるための個性だ、と。

 ぽかぽかと、小さな拳が勝己の腿を叩く。これは揚子の八つ当たりだ。その天才的な頭脳でこの結果が見えていたのなら、もっと早く教えろバカ、と。

 ぽかぽか叩かれる勝己はもちろん痛くもなんともないが、しかし当然ながらイラつきは増してくる。目つきが三角になってくる。どうして機嫌が良かったところで、いきなり隣にやってきた辛気臭いチビに八つ当たりされにゃならんのだ、と、顔に書いてある。

 

「ンで俺が文句言われんだよクソがッ!! ……おい、唐揚げ出せ、激辛の奴だ!!」

 

「え?」

 

「え、じゃねえ! 試験で暴れて腹減ってんだよ! 更にどっかのアホのせいでイライラしてきたしなァ! てめェの唐揚げでもねえよりはマシだ! はよ出せや!」

 

 半ギレで勝己は揚子の手を取り力づくで掌を広げさせ、さあ出せ、はよ出せ、と理不尽なクレームをつけてくる。

 体格と同様に小さい手なので、勝己に掴まれたら手が全部入ってしまいそうだった。

 

「わ、わかったよぉ。ちゃんと全部食べてね」

 

「余裕で食うわ!!」

 

 そこに現れたいくつかの唐揚げを奪い取ると、一口で口の中に放り込む。

 

「クソが! 味付けが雑! 50点じゃ!!」

 

 唐揚げを食べるのに「クソが」はないだろうと、揚子はさすがに苦言を呈しようとしたが。

 

「ねえかっちゃん、ヒーローになったら……その口調なおし……ね……」

 

「あァ? 余計な……おいコラ白チビ、ナニ寝てんだ。オイコラ! てめェ起きやがれ!」

 

 睡魔。

 

 揚子の個性の代償は、多大なる睡魔だった。

 個性を使いすぎると身体が動かなくなり、泥のように眠ってしまうのだ。

 

 いくら前日に豊富な睡眠をとり、試験前にカフェインを大量に摂取したところで、あれだけ大量の唐揚げを生産した代償は避けられなかった。

 横で幼馴染が目を吊り上げて何か叫んでいるが、もう駄目だ。

 何も聞こえないし、意識が飛びそうである。

 

「……かっちゃ……」

 

 揚子の意識は、ストン、と落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? なんで私、家にいるの?」

 

 気づいたら見知った天井だった。

 なぜか自分はパジャマに着替えていて、自室のベッドで目覚めた。

 何があったか思い出せないまま、ベッドから降りてリビングへ向かう。

 

「あら、ようやく起きたのね。丸二日寝てたのよ? よーこちゃんたら」

 

「え? 丸二日って……でも受験会場から帰りの電車で……私寝ちゃったの?!」

 

 どうやら、時刻は朝のようだ。東側の窓からは朝日が差し込んでおり、台所では母、測が朝食を準備していた。

 しかし、てっきり次の日まで眠っていたのかと思ったら、丸二日眠っていたという。慌ててテレビをつけてみると、確かに自分の記憶から丸一日分抜けていた。楽しみにしていた番組も見逃してしまったが、しかし続く測の説明でそれどころではなくなった。

 

「勝己くんが連れてきてくれたのよ。こう、米俵みたいに肩に担いで。今度会ったら、しっかりお礼を言っておくのよ?」

 

「こ、米俵……あぅ……」

 

 米俵。

 まさか、雄英の最寄駅から自宅までの距離、ずっと米俵のように担がれていたのだろうか。怒りで三角形になったあの鬼の形相で、キレ散らかしたかっちゃんに。

 揚子はその姿を想像すると、死ぬほど恥ずかしいやら、次に顔を合わせるのが恐ろしいやらで脳内が大パニックである。

 なんにせよ、お礼は言わなくてはならないだろうが。

 会うにしてもせめて、もう少し期間を置いて、勝己の怒りがある程度おさまってからにしたい。それこそそうだ、勝己の合格発表が出る頃に。どうせ彼は合格なんだから。

 

 そしてそんな風に青くなったり赤くなったり忙しい娘の顔色を見て、測はひとり、にんまりと笑みを浮かべる。

 

「あらあら」

 

「え? え?」

 

「来年の春までに、チョコレートの唐揚げでも開発しておこうかしらね」

 

「え、なんで……?」

 

 そんなゲテモノさすがに要らないでしょ?

 揚子には、母の言わんとすることがさっぱり分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 雄英高校。

 

 ヒーロー科入学試験を終えて、職員が集まったモニタルーム。ここでは今回の試験の目ぼしい上位者たちがひとりひとり映し出され、プロヒーローでもある雄英教師たちが意見を交わしあっていた。

 今回の試験で話題の中心となったのは、とにかく突出した戦闘能力を誇った少年と、点数にもならないはずの巨大ロボを、人を助けるためだけに身を挺して撃破した少年の二人。しかし、ヒーローの卵となり得るのは当然その二人だけではない。

 他にもめぼしい結果を残したものたちが、一人ひとり、映し出されていく。

 

 そのうち、これまた特殊な個性を持った少女が映し出された。

 

 身長が伸びない体質なのか、体躯は非常に小柄。大勢の受験生たちと比べれば身体能力的にはどうしても劣ってしまうが、しかしそのマイナスを補うほどのうまい個性の使い方をしている。

 手から出現しているのは唐揚げらしい。それを時には弾丸として打ち出し、時には直接触れてあたかもパイルバンカーのごとくロボの内部へと叩き込む。

 そして更には、どうやら事情があって試験を断念しようとしていた他の受験生に食料を分けあたえた結果、見事にその受験生は個性を復活させて合格をもぎ取っているのだ。

 討伐。救助。どちらも特別に高得点とは言えないものの、安定した能力で合格ラインには達していた。

 

 の、だが。

 

「おーっと、ごめんごめん。この子は合格点だったけど、試験後に自らの意思で受験を辞退しちゃったのさ! だからノーカウントだね!」

 

「受験を自分から辞退したんですか? 合格点なのに?」

 

 校長の付け加えた補足に、面白い個性だと眺めていた教師から質問の声が上がる。

 今年は推薦入試のトップが辞退するという事例が実際にあったものの、しかし雄英のヒーロー科の倍率を考えれば、合格点をもぎ取った生徒が自分から辞退するというのはあまり考えられなかったのだ。

 

「この子の個性は、彼女のお母さんが作った唐揚げの複製を出現させる個性なのさ! しかし、お母さんの唐揚げを戦いに使うわけにはいかないと、この試験で気づいたらしいね!」

 

「遠近に使えて、非常時の補給も出来る個性。確かに惜しいが……まあ、本人が戦う意思を持たないのならば仕方ないですね」

 

「世の中、そういうものさ!」

 

 家庭や、個性に連なる想いの問題。

 これが他人事ならば美談だが、想いという形ないものを理由にして、ヒーローの素質を持ったものが辞退するというのは教師としては複雑だ。

 しかしそれと同時に、いかな強力な個性といえど、それを行使する強い想いがなければヒーローは務まらないことを、彼らはよく知っていた。そういう意味で言えば、この少女はやはり不合格なのだ。

 

 しかし、話題が次の生徒へと移る前に、一人の職員が手をあげ、意見を述べる。

 

「校長、ちょっとよろしいでしょうか――」

 

 

 

 

 

 

 

『ネズミなのか犬なのか熊なのか……その正体は、そう! 僕が雄英高校の校長さ!』

 

 円盤型の機械をテーブルに乗せたら、そこから突如、ネズミが出てきた。

 いや、ネズミはネズミでも、喋るネズミだ。それがホログラムで現れたのだ。現れて、喋りだして、雄英の校長を名乗っている。

 

「ええっ?! 鼠が校長って……それに私、受験辞退をお願いしたのに」

 

『驚いているようだね、何でネズミが校長なのか、受験を辞退したのになぜこんなものが届くのか』

 

「なにこのネズミ、怖っ! え、これ録画だよね? どこかで見てるわけじゃないよね」

 

 リビングを見回すが、後ろで同じく目を丸くしている母以外には誰もいないし、円盤からはコードやアンテナが伸びているわけでもない。どのような仕組みなのかは知らないが、これは録画なのだろう……と思う。

 

 これは試験を終えてしばらく過ぎてから、揚子の自宅へと届いた雄英からの封書に入っていたものだ。ヒーロー科の受験はあのお婆さん先生がうっかり忘れていない限りは辞退したことになっているだろうし、ともに受けた経営科の合格通知がこのような形で届くとは聞いたことがない。

 なんだか分からないが、しかしとりあえずで恐る恐る開いて、取り出してみたのがこれである。

 

『HAHAHA! 安心したまえ、これは本当に録画さ! 君の反応を先読みしているだけなのさ!』

 

「……そ、そうなんだ」

 

『そうさ! さて、時間もないので話を進めると、キミの辞退は受理されたのさ! ただ、試験自体は合格点だったことだけは伝えておこうと思ってね!』

 

 録画にしては、揚子の独り言のような呟きにまで反応が返ってきたので、もう揚子は驚き疲れてしまった。

 そして、試験が合格点だったという情報も、うれしいとも、残念とも思えない、なんだかテレビで他人のエピソードを聞いているような、ふんわりした気分にしかならなかった。

 今更、ヒーロー科の受験について語られても、困る。

 

「……」

 

『そんな顔をしないで欲しい、キミはただ選択をしただけだからね! ヒーローの道を選ばずとも、キミは輝けるはずさ! ……さて、それとは別に、キミは雄英高校経営科にも合格しているのさ!』

 

「え、ああ、経営科もここで合格発表されるんだ」

 

『いいや、キミが特別さ! 単刀直入に言うと、雄英高校の食堂に勤務しているクックヒーロー、ランチラッシュがキミの個性と、それに伴う信念を気に入っていてね。食堂でランチラッシュの補佐に入らないかという提案が出ているのさ! もちろん、あくまで学業の合間にだけどね!』

 

 すでに、録画と会話になっていることは気にならなくなってきた。

 というかあまりに自然すぎて、普通に会話しているような気もしてきた。雄英の技術力なのか、何らかの個性の力によるものなのかは分からないが、実に恐ろしいことだ。

 しかしそんな会話の中で校長が述べた内容は、ようやく脳内がマヒしていた揚子の心を揺さぶった。

 

 クックヒーロー、ランチラッシュ。

 

 飲食店の娘としては当然その名を知っているし、雄英の食堂でヒーローの卵たちに料理を振る舞っているということも、当然把握している。

 ヒーロー科は断念したものの、せめて経営科の生徒としてランチラッシュの姿を生で見るのを楽しみにしていたのだ。

 

「しょ、食堂の、ランチラッシュの補佐……?」

 

『ヒーロー活動でなくとも、キミの個性は人を助けることが出来るのさ! ランチラッシュの元で教わり、特殊免許を申請すれば、救助活動などでキミの個性を存分に活用できるようになる! キミが、人を助けるのさ!』

 

「私の個性で、救助活動……?」

 

『詳しい話は入学後に、ランチラッシュに聞いてみるといいのさ! 良い返答を期待しているよ! PLUS ULTRA!!』

 

 ネズミの校長は、それだけ言い切ると姿を消した。

 いや、本当に録画だったのだとしたら、映像が最後まで再生されただけなのだろうが。

 今のが録画だったのか、リアルタイムの通信だったのかは、結局最後まで揚子には全く判別がつかなかった。全てが先読みだったとしたら、とんでもない先読み能力、その頭脳恐るべしである。

 

 校長の消えた円盤をぼんやりと眺めながら、揚子は、ようやく実感する。

 

「あは……ママ、私、人を助けられるんだって……」

 

「よかったわね、よーこちゃん」

 

「ママ! うん、よかった……!!」

 

 自分の唐揚げに対する気持ちが、信念が、尊敬すべき料理のヒーローに認められたこと。

 そして、そのヒーローの元で学べば、自分の個性で本当に人を助けることが可能になること。

 

 揚子は、愛する母に抱き着いて、実に数か月ぶりの心からの笑顔を浮かべるのだった。

 

 

 

 彼女のヒーローアカデミアは、いま、開幕したばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【15歳 高校一年生】

 

 

「え、私がヒーロー科の林間合宿に、ですか?」

 

「あくまでランチラッシュさんからの推薦で、特例だがな。しかしプロヒーローが推薦する世話役が一人増える程度なら、ヒーロー科としても問題はない」

 

「行きます! 行きます! ぜひお願いします!」

 

「ただし、ランチラッシュさんからは、個性訓練も受けさせるようにと言われている。お前は戦闘訓練こそ参加はしないものの、地獄の訓練は覚悟しておけ。plus ultraだ」

 

「え……あ、はい……」

 

 この時は、その林間学校であんなことやこんなことになるとは、思いもしなかったのだった。

 

 

 

 完。


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