Chapter-42
「警報! 警報! 敵艦隊接近!」
「揚陸作業中止! 物資は投棄しろ!」
深夜。暗闇に雨まで降る中、連合軍兵が緊張と怒声とともに慌ただしく駆け回る。
「灯りを消せ! いいマトになっちまう!!」
篝火の台が蹴り倒される。一瞬、火が地面に広がるが、雨水ですぐに小さくなっていった。
「LCPはどうする!?」
「全部乗り上げさせろ。運が良ければ離岸できる!」
ドゴォオォォンッ
視界が届く範囲で、海面に炎が立ち上がった。
哨戒艦として配置されていた駆逐艦『オバノン』(USS DD-450)が、敵の砲撃を受けて、残骸に変えられたところだった。
──── 新学暦206年、昭和17年、西暦1942年。
9月21日(枢軸軍基準)。
ガダルカナル島周辺の天候が悪化し、航空攻撃が困難になっていた。Re4は雲の上からでも爆撃できないでもなかったが、効果が期待できるか疑問な上に、下手すると味方に誤爆する可能性があった。
この間に連合軍がガダルカナル島に増援を上げる可能性があった。そもそも、枢軸軍(チハーキュ軍・日本軍)側もこれ幸いと輸送船団を向かわせていた。
連合軍の増援を阻止すべく、チハーキュ帝国海軍地球派遣艦隊南太平洋支隊は再びガダルカナル島泊地襲撃を決断。第71任務部隊がラバウルを発った。
今回は、日本艦隊は同道していない。悪天候下の輸送部隊を襲撃する為、電波警戒器による索敵と照準が必須だったからだ。
戦線離脱中の『ヴェンタ・トレドール』に代わり、第72任務部隊に配置されていた重巡洋艦『フォルグリム』が加わった。こちらも、相方の『グラディンホル』が大破し、本国に送り帰らせられている。
超大型巡洋艦1、重巡3、軽巡1、駆逐艦4で殴り込んできた第71任務部隊に対して、アメリカ海軍の輸送隊直掩は第21駆逐隊の8隻。ただし、この他に駆逐艦はもう8隻いた。
頭数では米海軍の方が多くても、巡洋艦、しかも概して大柄なチハーキュ巡洋艦に砲戦ではダメージを与えられない。駆逐艦が格上に対してダメージを与えようとするなら雷撃しかなかった。
そして今、オバノンが沈んだところだ。
駆逐隊旗艦『ニコラス』以下の7隻の駆逐艦が、残りの駆逐艦を隠すかのように、煙幕を展開しながら、チハーキュ艦隊に向かって反航する形で進んでいる
── 気休めだな。
『フレッチャー』艦長、ウィリアム・マーチャント・コール少佐は、口には出さずに呟いた。
先程から、周波数860~890
チハーキュ艦の写真も多くなってきた。そして、多くの艦が檣楼に巨大な八木アンテナを乗せている。八木アンテナは鋭指向性アンテナとして優秀だが、警戒用レーダーのアンテナとしては、エレメント数を増やしすぎて指向性を高めすぎると、かえって反応を拾いにくくなる。それを搭載している、これが意味するところは、チハーキュ艦は照準レーダーを運用している可能性が極めて高いと言うことだ。
チハーキュ艦が索敵・照準の両方にレーダーを使っているとしたら、煙幕には大した効果は期待できない。
──── その直後、コール艦長の意識は永遠に途絶えた。
ドゴッ ドッガァアァァァン!!
2発の24cm砲弾がフレッチャーに飛び込んだ。1発は艦橋を直撃していた。もう1発は、煙突と魚雷発射管の後ろにある第3砲塔に直撃した。砲弾が誘爆し、艦尾が切断されたフレッチャーは、その切断面から一気に海中に引き込まれていった。
「ビクトリア(・アーチャー・ニュートン大佐。ラピス・デル・プエルト艦長)のやつ、全部自分で食っちゃうつもりじゃないでしょーね……」
第71任務部隊旗艦・重巡『キャルヴェロン』、戦闘艦橋。
双眼鏡を手にした、指揮官、アリシア・グレイス・ローレンス少将が、どこか忌々しそうな表情で、艦橋のガラス越しに前方を見ながら、誰にともなくそう言った。
「最初にここに来たときもそうでしたが ────」
日本海軍の武官として同乗していた、大日本帝国海軍、早川幹夫
「ローレンス少将は、御自身も部下も夜戦で滾るようですな」
「ええ、まぁ、夜襲は独立戦争以来の伝統ですから」
アリシアは、僅かに苦笑混じりの笑みで振り返りつつ、そう答える。
ヴォルクスとフィリシス、それにダークエルフも、人間族に比べると夜目の効く種族だ。当然、独立戦争の際は戦力差を埋めるために、夜襲はさんざんやらかした。
「なるほど」
早川は言いつつ、自身も艦橋から前方を見る。
杓子定規な年功序列が特に強い日本海軍にあって、早川の少将昇任は、定例からすれば1年以上早かった。だが、現状、枢軸側で「ソロモン沖海戦」と呼称している8月の急襲作戦に参加した縁で、夜戦キチ◯゙イのエキスパートとして意気投合したアリシアが、
「なぜ早川ほどの闘争心のある人物を巡洋艦戦隊の指揮官にしないのか」
と言ったのが日本側に伝わってしまい、意気投合しているソロモンの英雄同士が階級・ポストが揃わないのは却ってメンツに関わるということで、異例ではあったが早川を昇進させることにした。
現在は第八艦隊司令部付として無任所だが、10月か11月を目処に五藤存知中将の後任として第六戦隊司令はどうかとの話が出ている。
──── まぁ、チハーキュ軍の少将就任が44歳前後なので、日本海軍より5歳以上若いのだが。これは、国とその軍が現在の体を成してから160年程度であることが主な理由だ。ただ、それだけだとアメリカとどっこいなのだが、なんせ科学技術国家として初めての近代軍だから、とにかく新しい技術、新しい戦術が頭に入るうちに昇進させるというのが慣習化している。
ただし、平均年齢と言うと日本軍より高いぐらいだったりする。これは、ダークエルフが混ざるとそれだけでその集合の平均年齢が一気に上がるためだ。 ──── 閑話休題。
「距離、2万切ります!」
「射撃許可する!」
電波警戒器オペレーターの言葉に、キャルヴェロン艦長、ヴァレリア・ヘイスティングス・クーパー大佐が下令する。
ドゴゴゴォッ
キャルヴェロンの前部連装砲塔2基から、4発の20cm砲弾が、闇夜と煙幕の向こうの敵艦に向かって発射される。
「よく海面を見張ってなさい! 煙幕の中から魚雷が飛び出してくるわよ! 他の艦にも通達!」
アリシアが戒める。
現状、電波警戒器でも解決できないのがこれだ。小さく、海中を進む魚雷は、電波警戒器では探知できない。
「了解!」
ヴァレリアはまず返事をし、キャルヴェロンのクルーに下令してから、アリシアに視線を向けた。
「本艦も魚雷戦用意します!」
「煙幕越しで当たる?」
「当てます!」
懐疑的な表情を
「いいわよ! ヴァルヘイム、フォルグリムにも準備させなさい!」
「了解!」
通信オペレーターが、『HHB』と書かれた受話器を手に取る。
ガアァンッ!
丁度、その彼女が通話を終えた時、至近距離から衝撃と閃光が伝わってきた。
「第1主砲塔に敵弾命中!」
「被害は!?」
「ありません! 異常もなし!」
ヴァレリアの声に、部下が答える。
「!」
キャルヴェロンの被弾の直後、先行するラピス・デル・プエルトが、右舷側に向けて探照灯を点灯させた。
外は天候も悪く、しかも相手は煙幕を張っている。それに、チハーキュ艦の強みは電波測距だ。夜間においても光に頼ることなく相手を見つけられる能力により、居場所を光学的に表すことなく戦闘ができる。 ──── もっとも、アメリカ軍相手だと、すでに手の内が向こうに割れている今、そこまで一方的に有利な要素とも言い切れなかったが。
それにもかかわらず、探照灯を
「おおっ」
その光条に気づいた早川が、声を出した。
「さすが御国の誇る超甲巡だ。戦いぶりも強者らしい」
ラピス・デル・プエルトの意図を理解し、早川はそう言った。
敢えて光源を相手に向けることで、相手の攻撃を引き付ける。無論、命を捨てる無謀な行為でないことも、理解したうえで早川はそう言った。
旧式とは言え潜水艦から魚雷3本を受けて、危なげなく帰還できるラピス・デル・プエルト級の防御力の前に、駆逐艦の砲撃は無力に等しかった。
超甲巡、と言うのは、日本海軍の通信符丁で重巡洋艦を “甲巡洋艦”、軽巡洋艦を “乙巡洋艦” と呼んでいることから、海軍軍縮条約における重巡洋艦を越える巡洋艦を慣習的にそう呼んでいるものだ。
「魚雷、行けます」
「任せる!」
「魚雷、発射!」
ヴァレリアの言葉に、アリシアが即座に反応を返すと、ヴァレリアの下令とともに、4本のSSB-55/200魚雷が発射される。
その、直後。
バスウゥゥゥゥン!!
「ヴァルヘイム右舷に水柱! 敵の魚雷と思われます!」
「ヴァルヘイムの見張りは何やってたの!?」
「この荒天です、無理もありませんよ」
アリシアが反射的に発した言葉に、ヴァレリアが宥めるように声を出した。
「チッ」
アリシアは、舌打ちをした後、
「代価は払ってもらうわよ!」
と、声を張り上げた。
「当然です!」
「魚雷到達!」
バスゥウゥゥゥン!
バカァアァァァン!
ドスゥウゥゥゥン!
降雨の影響で、想定より早く薄まり始めている煙幕越しに、
『ジェンキンス』(USS DD-447)、『シャヴァリア』(USS DD-451) 、『ストロング』(USS DD-467)の3隻に、4隻の巡洋艦から放たれた魚雷が命中したところだった。2,000トンちょっとの駆逐艦にとっては、チハーキュ帝国海軍の誇るSSB-55/200酸素魚雷はただの1本で致命傷になった。特にジェンキンスとシャヴァリアは爆沈と言ってよかった。
「電波警戒器に感! 海岸から離れる反応があります!」
「輸送部隊ね……そいつらが本命か」
オペレーターの言葉に、アリシアは呟くように言いつつ、僅かに逡巡して、
「ヴァルヘイムの被害は!?」
と、訊ねる。
「艦尾に被雷、右舷側2軸運転不可、2番主発電機巻線過熱で停止中、浸水著しいが復旧可能見込、現在速力12ノット、とのことです!」
チハーキュ艦は偶数軸が標準で、ミネルヴィア級は4軸だから、当て舵を続けることになるが、航行能力自体はまだ失われていない。
「ついては来れないか……」
そう呟き、さらに僅かに逡巡した後、
「ラピス・デル・プエルトと本艦、フォルグリムで敵輸送隊を追撃する! 直ちに両艦に通達!」
「了解!」
「カスティラナと駆逐隊は、敵直掩隊の生き残りを排除! ヴァルヘイムは離脱の準備をしつつ、可能であれば砲撃で支援!」
「了解です!」
「全速で突っ込みます!」
「行け! ドンと行け!!」
ヴァレリアの言葉に、アリシアが艦橋の窓越しに前方を指しながら声を張り上げた。
「全速! 砲術長、射撃は任せる!」
ラピス・デル・プエルトの戦闘艦橋では、ビクトリア艦長が吠える。
「弾を惜しむな! 射程にいるヤツには片っ端から撃ち込んでやれ!!」
「了解!」
ドゴゴゴォッ
それ自体は著しく視界を奪うほどではないが、皮肉にもそれによって煙幕を薄れさせていく雨に濡れながら、ラピス・デル・プエルトの24cm砲から、電波の目に捉えられた敵へと砲弾が撃ち出される。
「畜生、なんで、なんでこんな事になっちまったんだ!!」
米側の輸送駆逐艦『アール』の乗員が、嘆きの声を上げた。
アールは元々、グリーブス級駆逐艦として建造された艦だったが、ほぼ、ガダルカナル島への輸送のために、完成目前で一部が改造された。貨物スペースとその積載量を確保するため、魚雷発射管と爆雷投射機を撤去した。その代わり、ボフォース40mm機関砲の4連装砲座を2基、増設した。
ガダルカナル島上空は、どちらが制空権を握っているとも言い難かったが、零戦の護衛をつけられ、またラバウルに空母を待機させている枢軸側の優勢下にあった。周辺の海上も同じで、威力偵察を兼ねたチハーキュや日本の駆逐隊や軽巡洋艦が夜間に接近し、飛行場北側の海岸に砲撃していく事が何度かあった。連合軍にとっては、もはや、輸送船や武装輸送艦の類は近づけさせる事すら自殺行為と化していた。
輸送駆逐艦についても、
そこで、建造中のグリーブス級駆逐艦の最終グループに目をつけた。これらは、起工前にすでに、新型かつ完全な脱条約型のフレッチャー級の建造が決定していたが、悪化する対日関係や欧州の戦火拡大を鑑みて、敢えて予定通り予算執行となったグループだった。
アールの他、『バトラー』『ディヴィソン』『ゲラルティ』の4隻が、グリーブス級改造輸送駆逐艦の第1陣とされた。暫定的にドラン級とも呼称されているが、この4隻は突貫工事の為ほぼほぼ現物合わせとなり、変更部に統一性はない。
この他、グリーブス級駆逐艦の『コーウィー』『マーヴィン』『ナイト』『クィック』が輸送隊に参加していた。これらは、バトラー以降のグループと異なり本格的な改造は受けていないが、やはり魚雷発射管と爆雷投射機の撤去が行われた。40mm機関砲の増設も行われたが、これは高射装置との連動のない完全人力のものだった。
彼らは、エスピリトゥサント島ビッグ湾に集結した後、ガダルカナル島周辺の天候悪化に乗じて、第164歩兵連隊の一部と、海兵隊・豪軍部隊向けの補給物資を搭載し、夜間にそれらを陸揚げしていた。兵員は上陸用舟艇のLCPを使用したが、物資については、一部はロープで数珠つなぎにしたドラム缶に詰め込んで、それをLCPで引っ張っていき、最終的に海岸から引き寄せる、事にしていた。
その揚陸作業中に、枢軸軍の艦隊が突入してきた。夜間の悪天候ということもあり、多くの者はそれがチハーキュ艦である事は解らなかった。どちらでも関係なかった。相手はどう見ても巡洋艦主体の艦隊、こちらの護衛は新鋭のフレッチャー級とは言え、駆逐艦が8隻だけ。しかもそのうち1隻は、初っ端敵弾を浴びて炎上しながら沈んでいった。
アールの乗員である彼が嘆いた時、すでに第21駆逐隊は壊滅と言ってよく、『ラドフォード』(USS DD-446)と『ラ・ヴァレット』(USS DD-448)の2隻が、枢軸軍水雷戦隊相手に最後の抵抗をしているところだった。
輸送隊の駆逐艦が、海岸から最低限離れ、多少のリスクを覚悟しつつも全速を出せるようになった頃、その輸送隊に対して、沖合を高速で迫ってくる巡洋艦の砲弾が振り始めた。
「畜生! こんな、こんな馬鹿な、こんな馬鹿な任務で死ぬなんて、あっていいのかよ!!」
彼がそう叫んだ時、アールにフォルグリムが放った20cm砲弾が降り注いできた。
──── 結果。
チハーキュ帝国海軍 損害
大破 重巡洋艦『ヴァルヘイム』
中破 駆逐艦『スコルナ』
アメリカ合衆国海軍 損害
撃沈 駆逐艦 『ニコラス』『オバノン』『フレッチャー』『ラドフォード』『ジェンキンス』『シャヴァリア』『ストロング』『ナイト』『クィック』『アール』『バトラー』
損傷後座礁 『ラ・ヴァレット』
大破 『コーウィー』
中破 『ラドフォード』
ラ・ヴァレットは被弾により第2砲塔を失った後、迷走しクルツ岬付近に座礁、荒天のために対地砲撃の機会を逸し、大日本帝国陸軍に対し降伏した。
ヴァルヘイムに命中した魚雷は、チハーキュ側の確認で3本が命中していた(後世になって4本とされる)が、1本以外は不発だった。そのうち1本のMk.15魚雷がチハーキュ帝国海軍に回収された。
この夜の海戦は、枢軸軍呼称『第二次ソロモン海戦』、連合軍呼称 “Battle of Guadalcanal” とされた。
具体的な感想をいただけると、続きを描くことが捗ります。
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チハーキュ帝国海軍軍装、どちらがいい?(絵のリンクは Chapter-12 あとがき)
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