神社の落成式を翌日に控えた夏のある日。
天子の大暴れはもう新聞の片隅にも話題に上らなくなって、今朝は久しぶりに私のコラムを載せてもらっていた。
名前は『恋色の魔法使い通信』。紅霧の異変が始まる前にしていたアルバイトで、文に「新聞の隙間を埋めるために何か書いてほしい」と言われたことがきっかけで始まったコラムだ。
以前は私の体調不良で原稿を落としてしまい文に迷惑をかけた。気にしないでと言われても、新聞記事に真剣に取り組んでいる文に申し訳なく、私が『文々。新聞』に迷惑をかけたということが当時は結構ショックだった。いや、今も思い返すと落ち込むんだけど。
前からコラムの復活は打診されていて、ちょうど他のアルバイトが無い時期だったので短期間だけまた復活させてもらっているのだ。
香霖やみすちーにも知られているのが少し恥ずかしいけど、霊夢が「人間の視点を妖怪たちが知る良い機会だから」と背中を押してくれて今朝の文々。新聞から掲載されるようになった。
もし今回も反響が少しでもあれば、嬉しいやら恥ずかしいやら。
それはそれとして、私は天人たちの指揮を執っている天子に呼ばれて絶賛建立中の博麗神社を訪れている。
天人たちの技術は天子が胸を張るだけあって凄まじいもので、あっという間に神社が組み上がっていた。まだ十数日しか経っていないのに明日には完成だという。
うんと日差しを浴びて緑が濃い木々の中、額に汗ひとつ浮かべず天子は以前と変わらない元気さで、少しだけ気安くなった態度で迎えてくれた。
「一応ね。お前が異変解決の立役者ってことになってるし、先に見せておこうかなって」
「住むのは霊夢なんだけどなぁ。まあ、秘密にしてほしいって言うから霊夢は家にいるけど」
神社が工事の間、霊夢は私の家で寝泊まりしている。
こんなに長い期間お泊りをしているのは初めてだったけど、なんだか違和感もなくすっかり我が家に馴染んでいた。
「もう元通り、いや、元よりもきれいな神社だなー」
「この程度の規模の工事簡単なんだから、張り合いがないくらいよ」
素人目からはすっかり完成しているように見える。
建築は詳しくないけど、パズルをしているみたいに木材をはめ込んでさっさと作ってしまうのは真似できない技術だ。
すごい早さで大枠の仕事を済ませていて、今は細かな仕事をしている天人だけが残っている。ほとんどはもう帰っていて、神社周辺は工事の時に比べるとずいぶん静かになった。
天女や天人が木材を担いでいる光景はなんだか面白くて、つい様子を見ていたらものの数日で完成したのだから驚きだ。
この程度楽勝だと嘯いているこの天子だけど、朝も夜も一生懸命建て直しに尽力していたことを知っている。私はすこし黙って、つい上がってしまう口角を抑えるのに集中した。
どうせ言ったって、天人は地上人とは違って数日寝なくていいのだとか言われるに決まっている。
「ただ建てるだけじゃ詰まらないからね、地上の拠点としても役立ってもらわないと」
「勝手に掘っていいのか? これって」
天子が縁の下を潜っていくのでその後ろを付いて行くと、すこし下がった場所にさらにぽっかりと穴が見える。
八卦炉で灯りをつけながら背中を追うと、どこからか風の流れる空間に繋がった。
「この神社の地下にね……」
まるで元から存在していたように自然な洞窟。ごつごつとした岩にわずかに光を放つヒカリゴケが幻想的な、四畳半程度の広さの空間。
中心には注連縄の巻かれた大きな岩が据えられており、わずかに魔力とも妖力ともいえる力が立ち上っている。
「なんだ? あんまり怪しいものはさすがに黙っていられないぜ」
「ふふふ、これがうちのご自慢の要石ってわけよ」
要石?
石というよりも岩だけど、名前には微かに聞き覚えがある。だけどそれが何なのかはわからないので、私は天子の顔を窺った。
にんまりと笑みを浮かべ、どうだと胸を張る姿に危険な感じはしない。
「ごめん、要石ってなんだ?」
申し訳なくなって頭を掻きながら聞くと、がくっと肩を透かせて呆れたような視線が寄越された。
「はあ? 魔理沙のために置いてやったのに、知らないって?」
「わ、私のため……? まったく身に覚えがないんだけど、これってどういうものなんだ?」
近寄って僅かに光を放つ要石を撫でる。
ごつごつとした岩は冷たく、なんだか厳かな雰囲気が感じられる。だけど、どういう物なのかはさっぱりだ。
「あっきれたぁ」
深いため息と一緒に力の抜けた様子の天子が、ぷんぷんと怒りながらこちらに詰め寄って来る。
「衣玖から聞いていたんだけど、地震のことよ」
地震。
異変の時に聞いた龍宮の使いのお告げ、ここ最近の悩みの種であるその忠告が頭に過る。
衣玖が地上の人間に警告しようと降りてきた、六十年に一度程の大きな地震の存在。私の原作知識にはない出来事。
「地上でどれだけ大きい地震が起こっても私には関係ないんだけど。お前がやけに悲しそうな顔をしていたって聞いたから、わざわざ大きな要石を用意したっていうのに!」
地震と石になんの関係があるんだろう。
首を傾げながら見上げると、察しの悪い奴ねーと再び呆れられてしまう。
「うーん、要石? ってやつ、大きいって言っても普通くらいの大きさに見えるんだけど」
「地表に見えるのは一部分だけだからね。本体は地中深くに刺さっていて、もーっと大きいわ!」
氷山のようなものだろうか。
一角だけが地表に出ていて、地中にはもっと大きな石が突き刺さっているのを想像する。
「これは封じるもの。この要石が抜かれた時には地震も解放されてしまうけど。これから遊びにくる地上が滅茶苦茶になってしまうのも忍びないし、ちょくちょく様子も見てあげる」
そこまで言われて、察しの悪い私でもようやくその意味を理解する。
はっとして石を見て、それからもう一度天子を見る。
「これから地中に全部埋めるんだけど、せっかくだからお前にも一部見せてやろうと思ってね」
衣玖から聞いた地震の話に、私は何も対策が思い浮かばなかった。
紫も慧音先生も自然に起こる災害を止める術がないと言っていて、成り行きに任せて乗り越えていくしかないと覚悟していた。
「ほら、あんたの悩みや懸念なんかも私にとっては小さな出来事。あっという間に解決しちゃうんだから、天人の私をもっと頼ってもいいのよ!」
腕を組んで得意そうな顔で、ふふんと胸をはる天子が勝気な笑顔を浮かべている。
降って湧いた希望に。それを成しえた存在の大きさに。ここが守られて、まだ続いていくということに。
不安が解けて、取り繕うこともできずにその場でみっともなく感情があふれ出してしまった。
*
落成式の前日、半月に薄い雲が掛かる地上の夜。
リンリン鳴く虫の声を聞きながら新築の神社の屋根の上、私は胡坐をかいて座り頭上の月を見上げていた。
「……なんだかなぁ」
要石で地震を封じたのは私自身の為だ。感謝されるだろうとは思っていたけど、まさか泣くほどだなんて。
私も人間の頃はあんなに感情を動かしていたのだろうか。
ワンワン子供みたいに泣いていた魔理沙、一生懸命慰めてしまったことを思い出してため息を零す。
「おかしい」
本当は下手な慰めなんかをする予定ではなく、泣いて感謝する魔理沙にしっかりと私の偉大さや天人との格の違いをわからせてやるつもりだった。
いざその時になってみると動揺が先に走り、慌てて慰めている自分のなんと滑稽なことか。
ぽろぽろと涙を流していた金色の瞳を思い出し、やけに飛び跳ねた心臓を抑える。
「おかしいわ、こんなはずじゃないのに」
ボロボロで、みっともなくて、弱くて惨めな姿の魔理沙。
なんでどうして、その姿が瞼に焼き付いて離れないのだか。
「いや、あいつが私のことを好きなんであって、私は別に……」
まあ少しだけ認めてやってもいい。けど、その想いに応えてやるのはもっと強くなってから!
地上人のままでは遊んでいられる時間が短すぎるし、あいつも死神をやっつけられるくらい強くなってもらわないといけない。
天人になってもらうことも考えたけど、精神や性格が変わったりしたら詰まらない。
うちは修行を経て天人になったのではないから、天人になる助言なんかもできないし。
それならまずは魔法使いで良い。
魔法使いは仙人みたいな求道者だ、その道は不老不死に繋がるものだ。
あいつは弱いのだから余計な事や小さな悩みなんかで立ち止まらないように、しっかりと強くなってもらわないと。
腕を組み、深く頷く。
そのためには常に近くで目標になるような存在(つまり私)がしっかりと背中を見せてあげないといけない。
私くらいになると今の魔理沙の悩みなんか小さくて、簡単に解決できるのだとしっかりと示さないと。
あいつ、私に憧れている様子だったしそれが一番良いだろう。
私が凄いところを見るとよりあこがれが強くなって、必死に励んでくれるだろう。うむうむ。
神社の再建だってそう。
こうして恩を売っておくことで地上に私の居場所を作り出して、いつでも退屈な天界を抜け出して遊びにいくためなんだから。
全部そう、これは私のためにしていることなのよ。
別に魔理沙のためじゃないんだから。
ふと神社の敷地内に覚えのある気配を察知し、気を抜いていたとはいえ随分近くまで気が付かなかったことに驚く。
同時に、考え事が終わるまで律儀に待っていてくれた様子に笑みが浮かんだ。
屋根から飛び降り境内に降りる。
「お待たせ。なにか用かしら? 神社の落成式は明日だけど」
人気のない境内の石畳に、いつの間にかその気配は現れた。
穏やかで静かな気質。紅白の巫女装束には見覚えがあった。天界に来た最も強い人間のものだ。
「おせっかいな覗き魔妖怪から話を聞いてね。あんたにお礼を言いに来たのと、望みを叶えてやろうと思って」
博麗霊夢はごく自然にその場に立ち、お祓い棒で肩をポンポンと軽く叩きながらこちらを見上げている。
「お礼? なにかしら。神社は私が壊したんだから、建て直してもお礼なんて言われることないと思ってたけど」
「魔理沙の悩みを解決したとかなんとか。要石だっけ? 解決じゃなくて先送りだと思うけど、まあ細かいことは良いのよ」
「そんなことか。別に、お前にお礼を言われる筋合いはないけどね」
私はワクワクと心を躍らせながら、取り上げられてしまった緋想の剣の代わりに、天界の無銘剣を取り出す。
最初は手加減をしていた。すぐにそんな必要がなかったと後悔し、いつか全力で戦いたいと思っていた。
「そう? それならいいかしら。早く戻りたいのよね、こんなことしたくないし」
「ああ、いや! ……こほんっ。お礼は良いとして、そんなに臨戦態勢なのはどういうこと? お礼を言う人の態度じゃないと思うんだけど」
「なにって、あんたが望んでいるんでしょ?」
言って、霊夢はお祓い棒の切っ先をこちらに向けた。
「暴れ足りないらしいじゃない。本気で相手してあげるから、掛かってきなさいよ」
「ふふふ、地上の人間風情が天人の私に傲岸不遜もいいところ! だけど面白い! いいわ、地上って本当に面白くて素敵!」
まさか、まさか!
地上を眺めて夢想していた数々をお披露目できるなんて!
ごっこ遊びではなくなってしまいそうな弾幕の数々をお見舞いできるなんて!
「地形が壊れたら萃香に直してもらうから。結界の要も紫が何とかしているし、あんたは変な遠慮なんてしなくていいわよ」
頼もしく恐ろしい人間最強の巫女が獰猛な笑みを浮かべた。
「理由はどうあれ。私、幼馴染を泣かせた奴には負けないのよ」
*
うーんっと伸びをして、座ったまま窓の方を眺める。
ランプの明かりがゆらゆらと室内を照らし、ガラスが反射して窓の外は見えない。
窓には簡素な室内と、魔女帽子を脱いだ私の少し疲れた顔が映っていた。
一区切りついたコラムの原稿をそのままに、椅子から立ち上がって窓を開ける。
きいっと軽く軋んだ音を立て窓が開き、ぬるい風が室内に入り込んでくるのを吸い込むと森の匂いと夜露の湿り気。少しだけ気分がすっきりした。
森の瘴気は空気をきれいにする魔法で家の周りに存在しない。おかげで家の窓からでも満点の星空が見えた。
地上に明かりがないから空の星は明るく、月が煌々と夜の森を照らしている。
「お疲れ様。終わったの?」
また伸びをしていると、後ろから声が掛けられる。
振り返ると霊夢がベッドで横になりながら本を読んでいて、その姿勢のまま本から顔を上げてこちらを見上げていた。
我が家のようにくつろいでいる姿はここ最近ですっかり見慣れたものだ。
「うーん、休憩してるだけ」
今書いているコラムは急ぐ必要がないのだけど、最近たくさん色々な事があった。あとで纏めたいので、忘れないうちに書き溜めているのが机の上にいくつも積み重なっている。
ついつい夢中になってしまって、気が付けば外は真っ暗だ。点けた覚えのないランプもきっと霊夢のお陰だろう。
「そ。ご飯食べる?」
「あ、待っててくれたのか? 声掛けてくれたら良かったのに」
「集中しているみたいだったし、私も本を読みたい気分だったのよ」
おかげさまでしっかり集中できた。優しい幼馴染に感謝しつつ、ご飯と聞いて急に空腹を自覚。
きゅーっと鳴るお腹をごほんごほんと空咳で誤魔化してベッドに近寄ると、閉じた本を横に置いた霊夢が、無言で両手を差し出して見上げてくる。
「んー」
まったく、小さい頃よりも今の方がよっぽど甘えん坊だ。
おかしくて浮かぶ笑みと、なんだか心が穏やかな擽ったさを感じている。
ベッドに半分乗り込んで手をぐいーっと引っ張ると、力を抜いた霊夢にそのままぐだーっと寄り掛かられた。
「あー、重いぜー」
半分抱き着かれるような格好でベッドに倒れ込んでいると、ぎゅーっとますますくっ付かれてしまう。
「失礼、ねっ」
少しじゃれ合って笑い、再び鳴ったお腹の音で霊夢が止まり私もばったりと力を抜いた。
「……ご飯にしましょうか」
「う、うう」
おいしそうな匂いがしてきて、体を動かしたからお腹が鳴ったんだ!
これじゃあ食いしん坊みたいでなんだか無性に恥ずかしい。
神社は2度目の倒壊を迎え、霊夢が家にお泊りしている期間は少しだけ延長した。
最初は天子が建て直ししていたのに、今は萃香が「天人なんかより、よっぽど丈夫に造ってやる」となんだか気合を入れて建てている。
「無事に神社の建て直しが終わるといいなー」
「……そうねー」
妖怪が建てた神社だと、本当に妖怪神社になるんじゃないだろうか。
再建の時も霊夢はあっけらかんとしていて、特に悲しんだ様子がなく今も平然としたままだ。
家がないなんてきっと不安だろうと、私は不安がまぎれるようになるべく霊夢と一緒にいた。
「神社が再建したら一緒に住まない?」
「うん? なにか言った?」
「……いや、なんにも」
秋が来る前には工事もすべて終わりそうだ。
今年も秋が来て、また冬になる。
そして私が覚えている限り、一番危ない異変が始まる。
只の人間が挑む中では最も危険な道中。地の底、嫌われ者たちの棲む旧地獄。
紅霧の異変が起きた時のように、私はしっかりと備えていくのだった。
金曜日⁉
まだ水曜日くらいだと思ってた…