全力すぎるからか「謎の男」から「2週間くらい休め」と言われてしまう。
先輩さんと機械屋さんに相談すると先輩さんが「旅行」を提案。
話し合いの末に行き先は「温泉」と言うことに。
3人でわくわくの温泉旅行。
行く先で出会う温泉は? 豪華な食事は? ……そんなお話。
第20話は「はじまりはじまり」「1日目・初日」「2日目」「3日目」「4日目・最終日」の5回に分けて公開します。
本作は今野隼史(辺境紳士社交場)・アークライトの『のびのびTRPGスチームパンク』の二次創作です。
ソロプレイのルール「カードをもとに物語を書く」に従って記した世界観を使って記した二次創作です。
『のびのびTRPGスチームパンク』のプレイヤーキャラクターの「名前」を「キャラクターの名前」にしているので、
PC「機械屋」→「機械屋さん」
PC「少女」→「少女ちゃん」
等々となっています。
先に記しとく設定、
機械屋(主人公)と先輩は女性、
作中の「ダリル」は通貨単位、1ダリル=1円くらい、
と言うことで。
クレジット
ゲーム名:のびのびTRPG
ゲームデザイン:今野隼史
発売元:株式会社アークライト
© 2021 FRONTIERPUB / Arclight, inc.
アタイは機械屋。いろいろあった末に今は先輩の工房で働いてる。
工房は倉庫街にある。工房なんだから工房街に開けば良いのに。働き始めた時はそう思った。
けど、ちょっとしたら、先輩には先輩なりの工房街に関わりたくない理由がある、ってのが分かってきた。
それに工房街よりも倉庫街の方が仕事が楽しいんじゃないか、そんなふうに思うようにもなった。
今じゃもうすっかり倉庫街に馴染んでる。
王国の冬。年を越していちばん寒い季節。王都には時々雪がちらつく。
雪が積もる、と言っても何センチか、のは何年かに一回。
雪が積もると倉庫街は大騒ぎになる。
トラックのタイヤにはもちろんチェーンをつけて、加えて慎重な運転。
どうしても仕事に時間がかかってしまう。
ありがたいことに工房には雪の影響はほとんどない。
荷物が遅れることはあるけど、それほどは困らない。
今日の仕事は腕時計の修理。
昨日の夕方、近所の倉庫の若い男の子、確か半年くらい前から働き始めた男の子、が工房に来た。
わずかに憂鬱っぽい表情だった。
腕時計の修理を頼みたい、とのことだった。
時計を見せてもらった。デジタルの時計、時刻の表示が変になってる。
裏側の型番とロットナンバーを見る。ああ、これか。故障が多いので有名なやつだ。
この時計は正直、そんなに高いのじゃない。修理するよりも新しいのを買った方が良いかもしれない。その子にそう言った。
けど、その子が言うには、初めての給料で買った時計だそうだ。なるほど、大事にした方が良いだろう。
2,000ダリルくらいでどうにかする。そう言ってアタイは仕事を請け負った。
今日の夕方に取りに来てもらう予定だ。
朝から精密作業室で作業。昨日預かった腕時計の修理。
時計の裏蓋を開ける。中に入ってる小さい基板を取り外す。
ここからは拡大鏡の出番。拡大鏡を通して基板を見ていく。
あった。結晶回路のはんだ付けのひとつがはがれてる。有名な話の通りだ。
はんだ付けの準備をする。と言っても、はんだごてとはんだを持ってくる。
はんだごてが十分に熱くなるのを待つ。
もうそろそろか、はんだごてを手に取る。拡大鏡で見ながら、呼吸を整えて、慎重にはんだ付けをした。
念のため基板全体を見直す。他に問題はない。基板を時計に戻す。
表側から見ると時刻はちゃんと表示されてる。基板を時計にきちんと固定して裏蓋を閉じた。
これで大丈夫だと思うが、ちょっとの間、様子を見よう。それで大丈夫だったら直ったと連絡しよう。
午前中、昼まではまだ十分に時間がある。
この部屋に来たついでだ、製図をしてしまおう。三日先が納期の図面をいくらか進めよう。
製図用の机の前に陣取る。
もう半分くらい、大まかなところはできあがってる。後は細かいところを詰めていけば良い。
細かいところふたつを仕上げた。
部屋の時計を見るとちょうど良い時間になってた。昼メシの準備に取り掛かろう。
精密作業室を出て食堂へ。事務室に先輩がいるのがちらりと見えた。
食堂に入る。
冷蔵庫の中を見る。昨日マーケットに行ったばかりだ、食材は十分にある。
その中から適当に見繕って昼メシを作りにかかった。
昼メシは二品、だいたいいつも二品だ。
作り上げた料理をそれぞれふたつに分ける。
先輩の席の前に皿をふたつ、その向かい、アタイの席に皿をふたつ置いた。
ちょっと待つ。先輩が食堂に入ってきた。
「機械屋ちゃんー、
腹減ったー」
先輩はたらーん、とした感じ。
「メシできてるぞ」
「おぅ、機械屋ちゃんは優しいねー。
機械屋ちゃんのおかげで毎日美味いメシが食える」
先輩にほめられるとちょっと嬉しい。
やっぱりアタイは先輩を尊敬してるんだろう。
「「いただきます」」
手を合わせて、メシを食いにかかる。
いくらか食ったところで、
「あ、そだ、
昼から少女ちゃん来るって」
「少女ちゃん?」
午前中、先輩はずっと事務室にいたみたいだった。
電話でもあったのか。
「電話でね、何か困ってる感じだった」
「そっか、何だろ?」
少女ちゃんが困ってるなら、相談にのるし、手伝いもする。
それは先輩もアタイも同じ。
昼メシを食い終えてアタイは後片付け。先輩は事務室に向かった。
後片付けを済ませて製図の続きを、と思ったところで先輩の声がした。
「少女ちゃん、来てくれたんだねー!」
「こんにちは」
少女ちゃんの声も。
声の方に行く。事務室の前に先輩とコートを着た少女ちゃんがいた。
少女ちゃんは表情が沈んでいた。先輩はそれを心配してる。
3人で食堂に入った。少女ちゃんは着ていたコートを脱いだ。
先輩が少女ちゃんを座らせて、自分も少女ちゃんの隣に座った。
とりあえず飲み物だ。先輩はココア、少女ちゃんもココアが良いとのことでココア、アタイはコーヒー。
さて、少女ちゃんの話を聞こう。
先輩はさっきから同じ。少女ちゃんを心配そうに見てる。アタイもたぶん先輩と同じ表情だろう。
少女ちゃんがぽつりぽつりと話し出した。
少女ちゃんの話によると、「謎の男」から「2週間くらい休め」と言われたらしい。
加えて「休みだと言っても部屋にいたら勉強をするだろう」。だから「毎日どこかに遊びに行け」とも。
少女ちゃんは泣きそうになっていた。
「謎の男」の気持ちは分かる。
毎日毎日、勉強と体力トレーニングに打ち込んでる少女ちゃん。たまには休みがいるだろう。
けど、少女ちゃんの気持ちも分かる。
勉強、トレーニング、少女ちゃんは自分のやりたいことを見つけた。だから全力で取り組みたい。
さて、どうしたものか……。
「旅行でもしよっか?」
先輩が突然、提案した。
アタイは一瞬、先輩の提案を把握できない。
「旅行?」
「うん、旅行。
どっかに行って、ぱーっと遊んだら『謎の男』も納得するっしょ」
確かにそうだ。先輩とアタイで少女ちゃんをむりやり遊ばせる。良い方法だ。
「んじゃ、どこに行こっか?」
先輩は旅行で決まったようだが、少女ちゃんはまだ決まってない。
「先輩、話が早すぎる。
少女ちゃんの気持ちを聞いてからだ」
先輩とアタイは少女ちゃんを見る。
「えと……、その……」
困惑してる。
「あのさ、少女ちゃん、
無理にって訳じゃないし、少女ちゃんがしたいことをしたら良い。
何だったら毎日、工房に遊びに来たら良い」
「あの……、
……そうではなくてですね、
『リョコウ』って何ですか?」
なるほど、困惑する訳だ。
先輩が少女ちゃんに「旅行」を説明した。
すごく楽しいことだと少女ちゃんを誘惑する。
少女ちゃんの表情が明らかに良くなる。
「旅行に行ってみたいです」
少女ちゃんの心が旅行に決まった。少女ちゃんが決まれば、先輩もアタイも決まりだ。
「じゃあ、どこに行くか考えよう!」
先輩はそう言ったが、すぐに否定した。
「って言っても決められないね、うん。
明日……、明後日、決めよう!」
先輩はどんどん予定を組み立てる。
「じゃあさ、少女ちゃん、
先輩がああ言ってるし、明後日、決めよっか?」
「はいっ!」
少女ちゃんの心は、旅行が楽しみ、になったみたいだ。良いことだ。
「先輩さん、機械屋さん、ありがとうございます」
少女ちゃんは立ち上がってぺこり、とおじぎをした。
もしかしてもう帰る気か?
先輩もその気配を察した。少女ちゃんの後ろにまわって両肩に手を置く。少女ちゃんを座らせた。
「少女ちゃん、遊びに行け、って言われてるんっしょ。
夜遊びも遊びだよ」
少女ちゃんが、え!? と言う表情になる。
「そうだな、
晩メシ食ってくくらいなら大丈夫だろ?」
「でも……」
少女ちゃんはまたちょっと困る。
あ、そうか。
「アタイは急ぎの仕事はない」
「私も今日はもう大丈夫」
さすが先輩、すぐに話をつないでくれる。
少女ちゃんだ。アタイらの仕事の心配は当然だろう。
「んじゃ、晩メシ決定ー!」
先輩が少女ちゃんの両肩をぽふぽふと叩いた。
少女ちゃんの表情は明るくなった。
けど、まだ陰が少しある。理由は分かる。
「少女ちゃん、護衛の人のこと気にしてるだろ?」
「え!?
……はい」
素直に認めた。
先輩が説得にかかる。
「護衛の人は少女ちゃんを守るのが仕事。
だから、少女ちゃんがあっちこっちに出かけないと仕事にならない、でしょ?」
「は、はい……」
もうひと押しかな? アタイが続ける。
「だから、今日はちょっと夜遊び。
いいよな?」
「はい!」
少女ちゃんは笑顔に戻った。
そこからは何となく楽しいおしゃべり。
3時ちょっと前、アタイは話を抜け出して、精密作業室に腕時計の様子を見に行った。時計は問題なく動いていた。もう大丈夫だろう。
3時を少しすぎている。休憩時間になってるはずだ。事務室から若い子、腕時計の持ち主、が働いている倉庫に電話をかけた。
喜びを隠せない声ですぐに行く、と言った。
5分もせずに工房に来た。アタイは腕時計を渡した。まったく問題なく動いてる。若い子はとてつもなく嬉しそうだった。初めての給料で買った時計だ。たぶんいちばんの宝物だろう。喜ぶのは当然だ。
その子のインフォメーション端末とアタイのインフォメーション端末を同期させて支払いをしてもらった。
もうすぐ休憩時間が終わるから、「ありがとうございます」とアタイに一礼してその子は急いで工房を後にした。
食堂に戻った。
「機械屋ちゃん、仕事?」
「ああ、午前中にしたやつ。
できあがったんで取りに来てもらった」
先輩とアタイの会話。それを聞いて少女ちゃんがちょっと元気をなくす。すぐに先輩がフォローする。
「今、『私も働きたいな』って思ったでしょ?
少女ちゃんは勉強してるんだから、それで十分だよ」
「あ……、そうですね」
少女ちゃんの元気が元に戻った。
また楽しいおしゃべりが始まった。
夕方になって、日が暮れて、シャッターを閉めた。
アタイは晩メシの準備を始めた。
少女ちゃんが、私も料理をしたい、と言った。
断る理由はない。手伝ってもらうことにした。
少女ちゃんに手伝ってもらったこともあって、ちょっと豪華な晩メシになった。
晩メシを食って、腹を落ち着かせて。
「じゃあ、そろそろ帰ります」
少女ちゃんが立ち上がった。
「よし、少女ちゃんを送ろう」
「だな」
先輩とアタイも立ち上がった。
「え?」
少女ちゃんのちょっとびっくりな声。
「あの、護衛の人がいるので、夜でも大丈夫だと思います」
うん、その通りだ。
でも、
「護衛がついてるから少女ちゃんは大丈夫だ。
でも、誰かが少女ちゃんに悪いことしようとしたら、そいつの命が危ない」
「だね、
だから送ってった方が良いね」
少女ちゃんはすぐに分かってくれた。
「そうですね。
じゃあ、お願いします」
ぺこり、とおじぎをしてくれた。
外に出る準備。
少女ちゃんはコートを着て、先輩とアタイはジャンパーを着る。
工房を出る、やっぱり寒い。
小さなドアを閉める。鍵を確認した。
3人で軍の役所に向かう。
倉庫街には街灯がほとんどない。暗がりの方が多い。
「こんなとこ、少女ちゃんひとりで歩かせらんねぇな」
「うん、そだね」
3人で出て正解だ。
倉庫街を出ると街灯がいくらか増える。暗がりが少なくなる。
軍の役所へは大通りを通る。
大通りは夜でも街が動いてる。だから十分に明るい。
役所が集まる街、官庁街へ向かう。
少し歩いて、軍の役所に着いた。
正面玄関で少女ちゃんと別れた。
先輩とふたりで工房に帰る。
「先輩さ、夜の大通りってこんな感じだったんだな」
「だね、夜でも賑やかなんだね」
先輩もアタイも夜にはあまり街に出ない。ちょっと新鮮だ。
街を歩く。街灯が減ってくる。
倉庫街はやっぱり暗い。
暗い中を工房へ向かう。
工房に帰ってきた。
今夜は先輩もアタイも特に急ぐ仕事はない。
いつもよりかなり早く、アタイは自分の部屋に入った。
先輩は食堂に入った。テレビを見るのだろう。
翌朝。
アタイが起きて部屋を出ると、先輩はもう作業を始めてた。
考えてたことは同じだった。持ってる仕事を早く済ませる。
とりあえず朝メシを食って、アタイも作業を始める。
今日の工房はいつもよりちょっと早いスタートだ。
9時をすぎて、倉庫街が活気づく。
先輩はそこで作業をやめた。工具を片付けて自分の部屋に入る。
完全防寒で、ちょっと大きいトートバッグを持って出てきた。
「機械屋ちゃん、ちょっと出かけてくるね」
「ん、どこ行くんだ?」
作業の手を止めて聞く。
先輩は笑顔。つまり「楽しいお出かけ」だ。
「今は言えないねー。
あ、帰ってくるの昼すぎると思うから、昼メシ先に食っといて」
「分かった。
……先輩は昼メシ、帰ってきてから食うのか?」
昼メシをどうするか尋ねる。
先輩は少し考える。
「んーと、
お願いできるかな?」
「了解、メシ置いとく」
ノリノリな気分? で先輩は工房を出て行った。
どこに行くんだ?
まあ良い。先輩は先輩だ。アタイはアタイの仕事をしよう。作業を再開した。
今日は何となく作業に集中したい気分だ。
考えごとをしながら作業をするんじゃなくて、体を、手を、動かすことだけを考えて作業をしてる。
いつもだったら2回か3回かに分けて、休憩を入れつつする作業を一気に終わらせた。
作業が終わった時、何とも言えない達成感。だけど、体も頭もふらふらになってた。それに時間。もう昼を十分にすぎてた。
先輩に待ってもらうことはないから、てろてろとメシを作って、ぼーっとしながらメシを食った。
食った後はいくらかぼーっとする。腹が落ち着くのを待つ。
メシの後片付けをする。
終わらせたタイミングで先輩が帰ってきた。
「ただいまー」
「おかえりー、
先輩、どこ行ってたんだ?」
トートバッグをぽんぽんと叩いて先輩は言う。
「旅行のパンフレット集めてきた。
ほら、駅とか旅行代理店とかに置いてあるやつ」
「ああ、パンフレット見て旅行決めるのか」
トートバッグはずっしりと重たそうだ。いったい何軒まわってきたんだ?
「詳しいことは明日言うね」
「分かった。
あ、メシ用意してあるから適当に食ってくれ」
先輩はにこにこ笑顔で食堂に入っていった。
午後。
先輩もアタイもそれぞれの仕事をする。
のんびりな仕事の時は軽く話しながら作業をする。
けど、今日は先輩もアタイも真剣。
金属音だけが工房に響いた。
夜。
晩メシを食った後、先輩が集めてきたパンフレットを見せてくれ、と言った。
先輩は、明日のお楽しみ、と見せてくれなかった。
日がかわって、
少女ちゃんが来た日の明後日。
その日は朝から少女ちゃんに来てもらった。
少女ちゃんが出歩いた方が「謎の男」には都合が良いだろう。
だからちょっと無理矢理、少女ちゃんには朝から来てもらった。
外は寒い。シャッターを開けてるから工房の中も寒い。
少女ちゃんにはすぐに食堂に入ってもらう。
食堂はエアコンが効いてる。それに先輩がいる。
「少女ちゃん、来てくれたねー!」
「先輩さん、おはようございます」
少女ちゃんはぺこり、とおじぎをした。
次に、ほうっ、とひと息ついて、着ていたコートを脱いだ。
「少女ちゃん、何飲む?」
「えと、ココアをお願いします」
少女ちゃんにココア、何となく似合う。
「先輩もココアで良いな」
「お願いー」
先輩にココア、笑顔の先輩にはぴったりだ。
アタイはコーヒー。
ココアふたつとコーヒーひとつ。それぞれをマグカップに入れて湯を入れる。
先輩と少女ちゃんにマグカップを渡す。
テーブルの上には、昨日先輩が集めてきたパンフレットがたくさん。
先輩が言うには、
パンフレットがありそうなところは一通りまわってきた。
あと、できれば遠くもなく近くもない旅行にしたいから、それっぽいのを集めてきた。だそうだ。
3人でそれぞれパンフレットを手に取る。
何枚か見て先輩が言った。
「温泉、面白そうだねー、候補に入れよう」
「あ、温泉か、良いな」
アタイは何気なく言った。
その言葉は先輩にとっては驚きだったらしい。
「え!?
機械屋ちゃん、もしかして温泉に入ったことあるの!?」
「1回だけな」
先輩は「知識」として温泉を知ってるが、入ったことはないんだそうだ。
先輩とアタイの話に少女ちゃんはきょとん、としていた。
少女ちゃんのひとこと。
「あの『オンセン』って何ですか?」
少女ちゃんは温泉を知らないらしい。
アタイが温泉を説明すると少女ちゃんは目を輝かせた。
先輩が尋ねる。
「少女ちゃん、温泉にする?」
「はい、行きたいです。
あ、でも、先輩さんと機械屋さんは……」
少女ちゃんは先輩とアタイの意見を聞きたいのだろう。
「あのね、少女ちゃん、
旅行に行くのは少女ちゃんがメインなんだから、少女ちゃんの行きたいとこに行かなきゃ」
「だな。
少女ちゃんは温泉に行きたい。
じゃあ、温泉で決まりだ」
先輩とアタイで少女ちゃんを納得させる。
最後に少女ちゃんに確認する。
「少女ちゃん、温泉で良い?」
「はい!」
先輩の問いに少女ちゃんは楽しみを含めた元気な声で答えた。
温泉に行くのは決まった。
次は行き先だ。遠からず近からず。
パンフレットを見ていく。
「ん? これ良い感じじゃないか?」
アタイはパンフレットのひとつをテーブルの真ん中に置いた。
先輩と少女ちゃんが見る。
隣国の海に面した温泉街。
片道3時間くらい。アタイは悪くないと思う。
先輩がそのパンフレットを手に取った。
王国の首都空港を出発して、隣国の首都空港まで30分ほど。隣国の首都空港には鉄道の駅があって、そこから特急列車で2時間強。
「あ、そっか、
隣国の空港、すぐ前に駅ができたんだっけ」
「アタイはそれも見たいなって思ってる。
蒸気じゃなくて電気で走るってやつ」
先輩は驚いた表情になった。
「え!? そんなのがあるの!?」
「ああ、鉄道敷いた時に電気にしたって」
技術者魂に火がついた先輩と、きょとんとして何も言えない少女ちゃん。
そうだ、この旅行は少女ちゃんがメインだ。
先輩もクールダウンして少女ちゃんにパンフレットを渡す。
「どうかな? どうかな?」
「……楽しそうです。
私はこれ、良いと思います」
決まった。
次に日程を決める。
初めは2泊3日を考えてた。
けど、せっかくの旅行だ。それに「謎の男」が2週間休め、と言ってるのを旅行1回で納得させようとしてる。
3泊4日にした。
最後に、旅行に行くのは2週間くらい先と決めた。
工房で請け負ってる仕事、2週間あれば全部片付く。
旅行に行ってる間には仕事が入らないようにする。
これで全部決まった。
決まったけど、先輩はパンフレットを見て悩んでる。
「先輩、これで決まりだろ?
まだ何かあるのか?」
「あ、うん、
この『食事』っての」
パンフレットにある料理の写真を指す。
料理の写真に『海の幸、山の幸』とある。
「『山の幸』ってのは分かるんだけど、『海の幸』って何だろなって」
『海の幸』らしき写真、『刺身』と書かれてる。
「機械屋ちゃん、『刺身』って食べたことある?」
「いや、ねぇな」
初めて聞く料理だ。
「少女ちゃんは……」
「えと……」
知らないよな。
「調べてみるか?」
「あ、それはだめ。
何か知らない方が楽しいっしょ」
確かに前もって知ってると面白くない。
知らない方が楽しいだろう。
今度こそ全部決まった。
『じゃあ、失礼します』そう言って少女ちゃんは立ち上がりかけた。けど、先輩が立ち上がらせなかった。
「少女ちゃん、せっかく来てくれたんだから、
メシくらい食おうよ」
時計に目をやる。
昼メシの準備にはまだちょっと早いけど、作り始めるか。
「ちょっと早いけどメシ作るか。
少女ちゃん、手伝ってくれるよな?」
少女ちゃんを巻き込む。
「んと……、はい!」
少女ちゃんの元気な声。アタイも元気になる。
今日も二品。ちょっと豪華な昼メシになった。
昼メシを食って、さすがにこれ以上少女ちゃんを引き止めるのはかわいそうだろう。
少女ちゃんはあいさつをして、ぺこりとおじぎをして、工房を後にした。
さて、昼からは先輩もアタイも仕事。
先輩は作業スペースで、アタイは精密作業室で、それぞれの作業をした。
旅行の手配は先輩が全部してくれた。
旅行代理店に連絡して、日程をちゃんと決めた。
宿は先輩に決めてもらった。
先輩が言うには、ちょっと豪華な宿で、写真にあった『海の幸』を食えるところにした、そうだ。
続