冒険と探検と日常と ~のびのびTRPG~   作:混沌野郎

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 いよいよ温泉旅行の日が来た!
 少女ちゃん、先輩さん、機械屋さんの3人は王都を出発。
 飛行機械に乗って隣国へ。
 鉄道を使って雪の世界を走って向かうは温泉郷。
 3人でわくわくの温泉旅行。
 行く先で出会う温泉は? 豪華な食事は? ……そんなお話。

 第20話は「はじまりはじまり」「1日目・初日」「2日目」「3日目」「4日目・最終日」の5回に分けて公開します。

 本作は今野隼史(辺境紳士社交場)・アークライトの『のびのびTRPGスチームパンク』の二次創作です。
 ソロプレイのルール「カードをもとに物語を書く」に従って記した世界観を使って記した二次創作です。

 『のびのびTRPGスチームパンク』のプレイヤーキャラクターの「名前」を「キャラクターの名前」にしているので、
PC「機械屋」→「機械屋さん」
PC「少女」→「少女ちゃん」
等々となっています。

先に記しとく設定、
 機械屋(主人公)と先輩は女性、
 作中の「ダリル」は通貨単位、1ダリル=1円くらい、
 と言うことで。

クレジット
ゲーム名:のびのびTRPG
ゲームデザイン:今野隼史
発売元:株式会社アークライト
© 2021 FRONTIERPUB / Arclight, inc.


第20話 雪の温泉郷 (1日目・初日) [2/5] (日常回)

 1日目・初日。

 

 楽しみにしてる時間はすぐにすぎる。

 旅行に行く日が来た。

 アタイが朝メシを食ってると、少女ちゃんが来た。食堂に入ってもらう。

 コート、手袋、マフラー、しっかり防寒してる。手には大きめのかばん。

 空港には10時くらいに行けば良い。

 少女ちゃんは「早く来すぎちゃいました」と済まなさそうに言った。

 少女ちゃんの気持ちがすっごい分かる。絶対に楽しみにしすぎてる。アタイと同じだ。

「少女ちゃん、昨日は寝られた?」

「えと……、

 なかなか眠れなくて、

 でも今日は早く起きちゃいました」

 少女ちゃんらしい。

「おはよー」

 先輩が食堂に入ってきた。

「ん、おはよ」

「おはようございます」

 アタイと少女ちゃん、あいさつを返す。

「おお、少女ちゃん、準備完璧だね!」

「……ありがとうございます」

 少女ちゃんはうつむいて小さな声で言った。

 たぶん照れて顔を赤くしてる。

 先輩がメシを食う、と言った。

 朝メシ食わない派の先輩。その先輩が朝メシを食う。

 今日は特別な日、と言うことだ。

 アタイがメシを食い終えて、先輩も食い終わって、自分の部屋に戻る。

 荷物、かばんの中身を確認。大丈夫だ。

 かばんを持って食堂へ。

 先輩とアタイはジャンパー姿。手袋とマフラーを装備。先輩は加えて毛糸の帽子を被ってる。

 先輩の荷物はリュックだった。

 三人してもう準備は完璧にできてる。

「あのさ、もう空港行かない?」

 先輩が提案した。

 さすがに早すぎると思う。

 けど、工房で時間を潰すよりも空港で時間を潰す方が楽しいだろう。

 アタイも少女ちゃんも賛成した。

 外に出る。冬の風が冷たい。

 シャッターはちゃんと閉まってる。

 小さなドアに鍵をかける。鍵を確認。

 アタイがドアから離れると、入れ替わりで先輩がドアの前に立った。

 何かが書かれてるプラ板をドアに貼り付けた。

 プラ板には、

 『従業員研修のため、休業致します』

 と書かれてた。

 何の研修をするんだ?

 

 空港に向かう。

 空港への行程は、

 倉庫街中央のバス停でバスに乗って王都中央のバスターミナルへ、

 バスターミナルで空港行きのバスに乗り換えて空港へ、

 以上。

 バス停まで歩く。

 バス停に着くと、ちょっと前にバスが出たところだった。

 次のバスまではいくらか時間がある。

「あー、バス出たとこか……」

 残念だ。

「次のバスは?」

「15分くらいあと」

 先輩の声に答える。

 このバス停は倉庫街でいちばん大きい。だから待合室がある。

 冷たい風の中で待たなくて良い。まったくもってありがたい。

 バスが来た。倉庫街で働いてる人が次々と降りる。入れ替わりでアタイらはバスに乗った。

 客はちらほらしかいない。

 でも、倉庫街を出て街の中を走り、バスターミナルが近づくにつれて客が増える。

「朝でも結構、人多いんだねー」

「通勤時間に入ったくらいか」

 先輩とアタイは工房が家であり職場だ。通勤とは無縁、何か新鮮に感じる。

 バスターミナルに着いた。バスを降りる。

 先輩が小走りで案内板を見に行く。

 戻ってきた。

「17番のりばだって」

 3人で17番のりばに向かう。

 空港行きのバスは次々と来るらしい。のりばに着いてすぐにバスが来た。

 少女ちゃん、先輩、アタイの順でバスに乗る。

 少女ちゃんの様子。わくわくしてるのが伝わってくる。

 先輩は……、こっちもそわそわしてる。

 ふたりとも今からの旅行を楽しみにしてる。

 アタイもわくわくしてる。間違いない。

 

 8時半に空港に着いた。

 飛行機械の時間は10時半だ。まだ2時間ある。

 10時くらいに搭乗口が開くはずだが、それでもまだ1時間半。喫茶店で時間を潰すことにした。

 喫茶店に入って店員に注文を告げる。それぞれの飲み物、先輩と少女ちゃんはココア、アタイはコーヒー。

 先輩が温泉街のガイドブックを取り出した。

 用意してたのか、さすが先輩。

「温泉はいっぱいあるし、他にもいろいろ観光スポットがあるって」

 テーブルにガイドブックを置く。いくつも付箋が貼られて、赤ペンのしるしもたくさん。

 少女ちゃんのわくわくした声。

「うわー、いっぱいあるんですねー」

「先輩、これ全部まわるつもりか?」

 ちょっと難しい顔になる先輩。

「温泉にしっかり入りたいから、全部は無理だね。

 考えながら行こう!」

 ガイドブックを見ながら3人で盛り上がった。

 

 10時頃、飛行機械の搭乗口が開くアナウンスが流れた。

 喫茶店を出て搭乗口へ向かう。

 搭乗口、人はまだまばらだった。

 それぞれのインフォメーション端末を搭乗口のゲートに同期させる。

 そのまま進んで飛行機械に乗る。

 座席は客室の後ろの方。窓側から反対の窓まで、2、3、2、と席がある。

 少女ちゃんが窓側、先輩がその隣、通路側。通路をはさんでアタイ。

 飛行機械の中はしっかりと暖房が効いてる。

 少女ちゃんはコートを、先輩とアタイはジャンパーを脱いだ。

 少女ちゃんは窓から外を見たり、先輩に話しかけたり、うずうずしてる。

 もう楽しみが始まってるんだろう。

 離陸までの30分はすぐにすぎた。

 離陸のアナウンス。シートベルトを締めるように、と。

 シートベルトを締めた。

 少しして飛行機械が離陸した。この飛行機械は垂直離着陸機だ。

 初めにがくん、と揺れた。その後は特に揺れとかはない。順調に高度を上げてるようだ。

 少女ちゃんはずっと窓の外を見てる。

 くん、と体がシートに押し付けられる感じ。加速を始めたか。

 少女ちゃんは先輩と楽しそうに話をしてる。アタイは時々、そこに入る。

 すぐに30分がすぎた。

 着陸のアナウンスが流れる。

 くん、と今度は前に引っ張られる感覚。減速し始めた。

「あ、もうすぐですね」

「なになに?」

 少女ちゃんが外を見て言う。先輩が身を乗り出して見ようとする。

 ごとん、と飛行機械が軽く揺れた。着陸した。

 飛行機械を降りる客が通路にならぶ。アタイらも列に入った。

 のろのろと進んで飛行機械から降りる。

 到着口のゲートにインフォメーション端末を同期させる。

 隣国の首都空港に着いた。

 空港のロビーに出る。

 先輩が空港の案内板へ早足で。空港駅への道を確かめる。早足で戻ってきた。

「あっちに連絡通路があるって」

 駅があるらしい方向を先輩が指した。

「じゃ、行くか」

「はい」

 先輩を先頭にして駅を目指す。

 と、先輩が立ち止まった。もうすぐ駅の改札ゲートなのに。

「昼メシ、どうしよ?」

 ああ、そう言うことか。

 メシをどうするか。今から列車に乗ると昼ごろは列車の中。

 アタイは方法を知ってる。

 改札の前にそれなりに大きな売店がある。

「改札の前に売店あるだろ。そこで駅弁買や良い」

「『エキベン』?」

 先輩も少女ちゃんも頭の上に「?」が浮かぶ。

「何てのかな、列車の中で食うための弁当だ」

「なるほど」

 納得してすぐに早足で売店を目指す先輩と、それを追いかける少女ちゃん。

 売店の駅弁コーナーにサンプルがならんでる。それを見るふたり。

「おー、いろいろあるねー。

 少女ちゃん、どれにする?」

「えと……、えと……、

 どれが良いですか?」

 ふたりでどれにするか悩んでる。

「んーと、じゃあ私、これにする」

 先輩がまず決めた。揚げ物がメインの弁当。

「それじゃ私は……、これにします」

 少女ちゃんは焼き魚がメインのを選んだ。

 アタイはもう決めてる。

 サンプルをざっと見て、肉がメインのにした。

 弁当3つとそれぞれの飲み物を買った。

 改めて改札ゲートに向かう。ゲートにインフォメーション端末を同期させて改札を通った。

 ゲートを通った正面に、列車の行き先と発車時刻、それにホームの案内が大きなパネルに表示されてる。アタイらが乗るのは……。

「7番ホームの特急だね?」

 先輩が見つけた。

「ん、ああ、そうだ」

 7番ホームに行く。

 アタイらが乗るのは指定席、5号車だ。

 けど、列車に乗る前に大事なことがある。

「先輩さ、発車までまだ時間あるから、機関車見に行こ」

「そだ、電気なんだよね!」

 ちょっと分からない少女ちゃんに一緒に来てもらって、列車のいちばん前、電気機関車を見に行く。

 電気機関車のあちこちを見る。蒸気機関車とはぜんぜん違う。

 アタイはその姿をしっかりと目に焼き付けた。

 発車まであと5分になった。5号車に乗る。

 5号車は4人用の個室だ。部屋の番号を見ていく。

 あった。チケットの番号の部屋に入った。

 列車の中は温かい。部屋に入ると十分すぎるくらい温かい。

 先輩と少女ちゃんは窓側で向かい合って座った。アタイは先輩の隣に。

 発車の合図、ベルが鳴った。

 わずかな後に列車が動き始めた。

 列車は初めはゆっくりと、から加速していく。

 先輩と少女ちゃんは窓からの景色を見る。

 アタイは先輩のガイドブックを読む。

 

 昼前。

 腹が減ってきた。先輩と少女ちゃんも同じく、だった。

「そろそろ昼メシかな?」

「だな、食おう」

「はい」

 先輩の声にふたりで同意した。

 それぞれの手に駅弁。

 ふたを開ける。

 色とりどりの料理が入っている。

「おー、何かすごい!」

「こんなの初めてです」

 先輩と少女ちゃんは少し感動してる。

 アタイはだいたい知ってたから感動はちょっとだけ。こんな時はなまじ「知ってる」のが残念だ。

 3人で駅弁を食う。おかずの取りかえっこなんかもしながら。

 先輩も、アタイも、少女ちゃんも笑顔。こんな楽しいメシはなかなかない。しっかりと覚えとこう。

 駅弁の量はちょうど腹八分、満足にぴったり合ってた。

 

 メシを食い終わって、先輩と少女ちゃんはまた窓の外を見る。今度はアタイも一緒に。

 雪が少し積もってるのが見えてきた。

 積もってる雪が多くなってくる。

 もうすぐかな? のところで列車がトンネルに入った。

 トンネルの中を走る。時間が長く感じられる。

 ぶわっとトンネルから出た。トンネルの中の真っ暗とは対照的。外は真っ白。一面の雪景色だ。

 雪の真っ白の向こうには鈍い鉛色の海が見えた。

「すごいです! 雪ってすごいです!」

 少女ちゃんのテンションが一気に上がった。

「おー、すごい!

 雪、こんなに積もるのかー」

「王都とは別世界だな」

 先輩とアタイも驚く。

 列車は雪の中を走る。

 30分くらい雪の中を走って、目的の駅に着いた。

 少女ちゃんはコートを着て、先輩とアタイはジャンパーを着る。

 忘れ物がないか確認して、列車から降りた。

 駅弁の弁当箱を駅のゴミ箱に捨てて、改札ゲートを出た。駅舎は雪が似合うデザインのように感じる。

 駅舎の外へ。雪がちらついていた。

 ちらつく雪の中を宿へ向かう。

 道はしっかり除雪されてるけど、道のはしには雪が積もってる。先輩と少女ちゃんは雪で遊びながら歩いた。

 

 宿に着いた。

 5階建ての温泉宿、アタイの感覚だと、いかにも温泉っぽい。

 アタイら3人が荷物を持っていたからか、宿のスタッフ、女性がこっちに来た。隣国の伝統衣装、着物を着ている。

「ようこそ、いらっしゃいませ」

 そう言ってしっかりと頭を下げてくれた。

「あ、いや……」

 こんなことには慣れてない。どう反応したら良いか分からない。

「どうぞこちらへ」

 ロビーのカウンターに案内してくれた。

 カウンターにいたスタッフ、男性、がチェックインの手続きをしてくれた。

 現金で先払いじゃない宿、最後に泊まったのっていつだったっけ。

 アタイのインフォメーション端末とカウンターの端末を同期させる。それでOK。

 さっきの女性がアタイらを部屋に案内してくれる。

 ロビーからエレベーターで5階へ。廊下を歩いて部屋に着いた。501号室。部屋のドアは引き戸だった。

 女性は持っていたインフォメーション端末を引き戸の横にあるリーダーに同期させた。ピッと鳴った。鍵が開いたのだろう。

 女性が言うには、アタイのインフォメーション端末も鍵になってる、だからアタイの端末で同じように開けられる、とのことだ。

 引き戸を開けると、途中で一段高くなって引き戸がもうひとつ。隣国の作法じゃ確かここで靴を脱ぐんだっけ。

 女性が前を行ってくれた。はいていた、草履だったかな、を脱いで、前の引き戸を開けてくれた。

 アタイらも靴を脱いで、女性に案内されて部屋に入った。

 広い部屋だった。あ、そうか、ベッドがないからだ。

 隣国は床に布団を敷いて寝るんだっけ、新鮮だ。

 先輩が床を見て女性に尋ねる。

「えと、これが『たたみ』ってのですか?」

「はい、そうです。

 お客様は王国からいらっしゃったのでしょうか」

 女性が笑顔で答えてくれる。

「王国とこの国は文化がすごく似てるのですけど、

 ぜんぜん違うところがたくさんありますから。

 初めてご覧になるお客様には驚かれることがよくあります」

 なるほど、畳を見るのは初めてだ。

 ここで寝るのか、楽しみだ。

 3人それぞれ荷物を置いた。

 女性は部屋のこと、宿のこと、それと温泉のことを説明してくれた。

 一通りの説明の後、

「では、失礼致します」

 と言って部屋を後にした。

 温泉は宿に大浴場がある。加えて宿の外にも『外湯』と言う温泉がたくさんあるらしい。

 宿の宿泊客は外湯に入り放題。入り口でインフォメーション端末を同期させれば良いとのことだ。

 さて、とりあえずひと息つこう。

 部屋の真ん中にある低い机。畳に座るとちょうど良い高さ。座布団が4つある。

 先輩と少女ちゃんがならんで、先輩の前にアタイが座った。

 先輩がまず言った。

「あー、何かもうこれで十分って感じだよー」

 もう満足してるのか?

「先輩、まだ着いたばっかだろ。

 これから温泉に入りまくって、美味いもんしっかり食うんだから」

「あの、私ももう楽しみすぎたかなって思います」

 少女ちゃんもか……。

 机の上には、湯のみ、ティーバッグ、湯が入ってるであろうポット、それにお茶うけの菓子がある。

 湯のみにティーバッグを入れて湯をそそぐ。

 隣国の茶の独特の匂いがする。

 茶を飲む。味も独特だ。すごい新鮮。

 3人で茶を飲んで菓子を食った。

 部屋の奥は大きな窓だった。先輩が窓辺に行く。少女ちゃんとアタイが続いた。

 窓の外は真っ白。温泉街は街の色だけど、街の外は全部「白」だ。

 何も言えない。それは先輩も少女ちゃんも一緒だった。

 少しの間、眺めて。

「これ、大当たりだよ!」

 まず、先輩。

「こんなにすごいなんて思ってませんでした!」

 と、少女ちゃん。

「すごいってしか言えねぇ……」

 最後にアタイ。

 さらにいくらか外を眺める。

 雪がちらほらと降ってる。寒さの中の雪を温かい部屋の中から眺める。これって最高の贅沢だ。

「まだ宿に着いたとこだよ!

 感動するのは温泉に入ってからにしよう!」

 先輩の言葉にアタイと少女ちゃんははっとした。

 そうだ、温泉に入らないと。

「えっと、『ゆかた』に着替えるんですよね?」

「そうそう!」

 少女ちゃんが、さっきスタッフの女性が言ってたことを確認するように言った。

 それに先輩が同意する。

 部屋のはしに浴衣が置かれてた。

 浴衣の上に着方の説明とかが書かれた厚紙が乗ってる。

 まずはサイズ。LL、L、M、S、SS、があった。

 アタイがまずMを手に取った。体に合わせてみる。ちょうど良いくらい。

 先輩もMを手にした。先輩にはちょっと裾が長い。Sにする。今度はちょっと短めになるが良いだろう。

 と言うことは、少女ちゃんはSSか。体に合わせるとぴったりだった。

 浴衣に着替える。

 さっそく大浴場に行くことに。

 3人で部屋を出て、鍵をかけて、大浴場を目指す。

 大浴場は2階。エレベーターで2階へ。

 エレベーターから出ると「大浴場 →」と壁に書かれてた。

 矢印に従って進む。いくつかの矢印の先にのれんがふたつ。

 片方には「女」と、もう片方には「男」と書かれてる。

 アタイらはもちろん「女」ののれんをくぐる。

 広い脱衣場。

 棚がならんでて、棚の上に篭がいくつもならんでる。

 3人ならんで浴衣を脱いで、下着を脱いで、篭に入れる。

 風呂場への入り口、ガラス張りの引き戸、の横にきれいにたたまれたタオル、小さいのと大きいのが置かれてた。

 小さいの一枚を手にして風呂場に入った。

「!?

 なにこれ!?」

 いちばんに入った先輩が固まった。

 先輩に続いて入ってちょっと感動した。広い。大きい風呂がいくつもある。

「うわー、こんなにおっきいんですね!」

 少女ちゃんは目をキラキラと輝かせてる。

 すぐに湯につかりたいが、まず体を洗おう。

 蛇口とシャワーのペア、その前にプラスチックのイスと洗面器がならんでる。

 3人でならんで座る。髪を洗って、体を洗って、すっきりとした。

 アタイらのほかには何人かしかいなかった。

 まずはいちばん大きい風呂に体を沈めた。温泉の温かさが心地良い。それに温泉の独特の匂いも。

「はー」

「あー」

「はふぅー」

 先輩、アタイ、少女ちゃん。自然と声が出た。

「これは人をだめにするねー」

「だな、こんな気持ち良いって中毒になる」

「はぅー」

 先輩とアタイはいくらか戻ったけど、少女ちゃんは極上の幸せから戻ってこれてない。

 何も言えない。3人ならんで体を湯に包まれる。

 心地良い温かさ。ぼーっとする。

 何分したか、先輩がゆるりと立ち上がった。

「ほかのにも入ろう!」

「OK」

「はい」

 アタイと少女ちゃんも立ち上がる。

 一旦湯から出て、隣の中くらいの風呂に入った。

「はぁー」

「くぅー」

「あぅー」

 また声が出る。

 大きい風呂とはちょっと感じが違うように思う。

 それはそれとして、とにかく心地良い。

「ん?

 あれ何かな?」

「なんだ?」

 先輩が指す方を見る。少女ちゃんも見る。

 ガラスの引き戸の上に何か書かれてる。

「『ろてんぶろ』?」

 少女ちゃんが読んだ。

「行ってみるか」

 アタイの声を合図にアタイらは湯から上がって「露天風呂」に行く。

 『露天風呂』と書かれてる下の引き戸を開けると小さな空間。その先にもうひとつ引き戸。開ける。ぶわっと冷たい空気が入ってきた。建物の外だ。

 冷たい空気が肌に刺さる。ぞくっとする。体が一気に冷える。

「あ、そゆことか」

 何かを納得した先輩が外に出た。

 ここまで来たんだ、戻れない。先輩の後を着いて外に出た。すぐに風呂がある。

 先輩が湯に入った。アタイと少女ちゃんも急いで湯に体を沈める。

 冷えた体を湯が包む。すぐに温かくなる。

「ああ、こう言うことか、外にあるから『露天』か。

 湯から出てるとこは寒いけど、湯の中は気持ち良い」

 アタイは十分に納得した。

「これは面白いね。工房にも作ってみよっか」

「えと……、作るってどんなふうに作るんですか?」

 先輩の思いつきに少女ちゃんが質問で言葉を返した。

「ん、そだね。

 何か適当なパネルと角材で組んで、目張りしたらどうかな?」

「それ、どこに置くんだ?」

 先輩は即答する。

「作業スペースで良いっしょ。シャッター開けたら寒いし」

「工房の前、けっこう人通るぞ」

 アタイには作業スペースで裸になる度胸はない。

「あ、そっか。

 ちょっと無理だね」

 そこからまた3人で温泉を堪能する。

 体は温いのに肩から上は寒い。このコントラストは面白い。

 体がしっかりと温まると肩から上も温まってくる。寒い、と言う感覚がなくなってくる。今度はのぼせそうになってくる。

「あの……、そろそろ出ませんか?」

 少女ちゃんはのぼせる直前っぽい。

「そだね、ちょっと熱くなってきた」

 アタイも同意。

 ほかにもいろんな風呂があったけどそれはまた今度。

 タオルで体を拭って脱衣場に戻った。

 脱衣場に戻ったところに置かれてるタオル、大きい方を手に取って体を拭く。

 浴衣を着直す。

 

 温もりきった体で部屋に戻った。

「はふー」

「おー」

「はやー」

 まずたたみに座り込んだ。

 先輩もアタイも少女ちゃんも力が抜けた。

 3人でたたみに大の字になった。

 少しの間そのまま。

 体が落ち着いてきた。

「次は何する?」

 アタイは何となく言った。

「んー、まだ時間いっぱいあるから、ぼーっとしよう」

「ですね」

 先輩と少女ちゃんの答え。

 尋ねたアタイも賛成。

「だな、ゆっくりしよう」

 3人でぼーっとした。

 

 時間がすぎる。

 アタイは体の調子が戻ってきた。よっと体を起こす。窓に寄った。

 窓から見える空はどんよりした雪雲。

 日の光は見えないけど夕暮れが近い。そう思ってるうちに暗くなってきた。

 先輩と少女ちゃんも体を起こした。

 先輩がアタイを見て言う。

「機械屋ちゃん、外、どんな感じ?」

「ん、もうすぐ真っ暗」

 と言ってから気づいた。

 遠くを見るともうすぐ真っ暗だけど、近く、温泉街は逆に明るい。賑やかになってきてる。

「あ、けど、街は盛り上がってきてる」

「どんなの?」

 先輩がアタイの横に来る。少女ちゃんも来る。

 窓から下、街を見る。

 空は真っ暗になった。そのせいもあって、街の明かりがすごく賑やかそう。

「ね、メシ食ったら街に出よ」

「外湯に行ってみたいです」

 先輩と少女ちゃんは晩メシの後の予定が決まった。

 アタイに異論はない。

「とりあえず外湯ひとつ入って、それからうろうろするか」

 そんな話をしてると、部屋のドアがコンコン、とノックされた。

「はーい」

 先輩が答えた。

 宿のスタッフ、着物を着た女性ふたりが入ってきた。

「失礼致します。

 夕食の準備、よろしいでしょうか?」

 もちろんだ、メシもいちばん楽しみにしてたひとつだ。

「お願いします」

 先輩が言葉を返す。

 まだフライングだと思うけど机に向かって座る。先輩と少女ちゃんがならんで、先輩の前にアタイ。

 部屋の前までカートで料理を運んできたみたいだ。

 ふたりの女性が手際良く皿やら椀やらを机にならべていく。

 色鮮やかな料理がならべられていく。その中に刺身があった。

「では、お召し上がりください」

 そう言った女性のひとりを先輩が呼び止めた。

「あの、この刺身ってどんな料理なんですか?」

「刺身ですか。生の魚そのままです。

 わさびと醤油で食べると美味しいですよ」

 これには驚いた。魚を生で食えるとは。よほど新鮮なんだろう。

「となり街に漁港がありますので、新鮮な魚が食べられます」

 なるほど、納得できた。

 女性は続ける。

「大きな市場もありますので、足をのばすのも良いですよ」

「はー、行ってみたいね」

 女性は「では失礼致します」と言って部屋を出た。

 先輩はとなり街に興味が出たらしい。

「あのさ、明日は予定変えて、となり街に行こっか?」

「はい、面白そうです」

 先輩と少女ちゃん、もう明日の話になってる。

「明日の話はあとにして、

 とりあえず食おう」

「そうですね」

 アタイの声に少女ちゃんが答えた。

 先輩はもう箸を持ってる。

 3人で『いただきます』と言う。

 さて、どれから食うか。

 先輩は迷いなく刺身に箸を伸ばした。

 ひとつを取って、わさびと醤油をつけて、口に入れた。

 もぐもぐとしかけたところで、手で鼻を押さえた。

「これ、美味いけど強烈だよ」

 美味いらしいのは分かる。けど、そのリアクションは何だ?

 アタイも刺身に手を出す。わさびと醤油をつけて口へ。すぐに衝撃がきた。鼻の奥がつーん、とする。

 一瞬、何も言えない。けど、思ってたよりもはるかに美味い。

「?

 どうしたんですか?」

 少女ちゃんも刺身に箸を伸ばす。

 この衝撃は少女ちゃんにはキツすぎる。絶対。

「少女ちゃん、わさびは本当にちょっとだけだ」

「うん、美味いけど覚悟して食わないと」

 アタイと先輩の言葉を聞いて、少女ちゃんはわさびをちょびっとだけつけて食う。

 それでも少女ちゃんには衝撃だったみたいだ。鼻を押さえる。

 ちょっとして、落ち着いた少女ちゃんが言う。

「強烈、……です」

「うんうん、少女ちゃんはわさびはやめとこう」

 先輩の言葉に少女ちゃんはこくこく、とうなずいた。

 『海の幸』刺身はとてつもなく美味かった。何種類かあったので食べごたえもあった。

 『山の幸』こちらは刺身ほどのインパクトはなかったけど、それでも王国にはない美味い料理だった。

 晩メシをしっかりと味わった。

 

「いやー、こんなすごいメシ、旅行に来て大当たりだね」

「はい、『謎の男』さんが休めって言ってくれて感謝です」

 先輩と少女ちゃんに完全に同意だ。

 メシを堪能して、このあとどうするか。

 もう1回、大浴場に行くか、宿を出て外湯に行くか。

 3人で話してると、料理を持ってきてくれた女性ふたりが食器をさげに来てくれた。

 わさびについて聞いた。

 刺身にいちばん合う薬味だそうだ。

 特に土産物と言う訳ではないので土産物屋にはない。街のマーケットに行けばチューブに入ったのが売られてる、とのこと。

 マーケットに行くのも予定に入った。

 食器を片付けてもらった。

 改めて、このあとどうするかを話した。結論、外湯は明日にして、もう1回、大浴場に行くことにした。

 先輩と少女ちゃんはノリノリだ。もちろんアタイも。

 大浴場、さっき来たときに入らなかった風呂を攻略した。

 攻略が終わった時にはのぼせかけてた。

 脱衣場に戻ってきて先輩が言った。

「ちょっと欲張りすぎたね」

「まったくだ」

 先輩の言葉に答えた。

 少女ちゃんはふらふらになってた。

 大浴場を出たところに自動販売機があった。

 それぞれの好みの飲み物を買った。

 

 部屋に戻ると布団が用意されていた。

 たたみの上に3組ならんでる。『川の字』って言うんだっけ。

「おー、これは新鮮だね」

「何かぜんぜん違う感じです」

 アタイも何とも言えない不思議さを感じる。

 ふかふかの布団。上に座るのは何か悪い気がした。先輩と少女ちゃんもそうらしい。

 布団を避けて座る。買ってきた飲み物を飲みながら話をする。

「布団って何か変な感じしないか?」

「変な感じ?」

 先輩から言葉が帰ってきた。

「床にそのままあるって言うか、布団が低いって、ちょっと不思議な感じがする」

「そかな、たたみと布団の組み合わせを考えた人はすごく偉いと思うよ。

 ベッドみたいに落ちる心配がないんだから」

 なるほど、確かにそうだ。

「ふぁ」

 少女ちゃんが小さいあくびをした。

 先輩とアタイの感覚ではまだ夜の中ごろ。でも少女ちゃんはそろそろ寝る時間らしい。

「さて、誰がどこに寝る?」

「んー、少女ちゃんが真ん中は決まりだね」

 これは決まりだ。

「少女ちゃん、良いよね?」

「あ、はい」

 アタイの言葉に少女ちゃんは眠たそうな声で答える。

 先輩とアタイは……。

「先輩、どっちにする?」

「んじゃ、こっち」

 先輩は窓側を指した。

 これで決まった。アタイは引き戸側。

「あ、そうそう」

 先輩が何かに気づいたか、思いついたか。

 自分の布団を引っ張って、少女ちゃんの布団にぴったりとくっつけた。

「?

 先輩、何がしたいんだ?」

「何かさ、この方が楽しい感じしない?」

 先輩が「楽しい感じ」と言う。こんな時の先輩の言葉は信頼できる。

 だからアタイも布団を引っ張って、少女ちゃんの布団にぴったりとくっつけた。

「それじゃ」

 先輩が布団に入った。

「えと」

 少女ちゃんも布団に入った。

 照明のスイッチを切った。部屋が真っ暗になる。窓の外からかすかに光が入ってる。

 アタイも布団に入る。

「んじゃ、おやすみー」

「おやすみなさい」

「おやすみ」

 3人それぞれが言って、眠りについた。

 




いよいよ始まった温泉旅行。
まずは大浴場に入って、露天風呂に入って、「刺身」を味わった3人。
もちろん温泉旅行はまだまだ続く訳で……。

次回は 第20話『雪の温泉郷 (2日目)』です。
ご一読いただけると幸い。
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