少女ちゃん、先輩さん、機械屋さんの3人は王都を出発。
飛行機械に乗って隣国へ。
鉄道を使って雪の世界を走って向かうは温泉郷。
3人でわくわくの温泉旅行。
行く先で出会う温泉は? 豪華な食事は? ……そんなお話。
第20話は「はじまりはじまり」「1日目・初日」「2日目」「3日目」「4日目・最終日」の5回に分けて公開します。
本作は今野隼史(辺境紳士社交場)・アークライトの『のびのびTRPGスチームパンク』の二次創作です。
ソロプレイのルール「カードをもとに物語を書く」に従って記した世界観を使って記した二次創作です。
『のびのびTRPGスチームパンク』のプレイヤーキャラクターの「名前」を「キャラクターの名前」にしているので、
PC「機械屋」→「機械屋さん」
PC「少女」→「少女ちゃん」
等々となっています。
先に記しとく設定、
機械屋(主人公)と先輩は女性、
作中の「ダリル」は通貨単位、1ダリル=1円くらい、
と言うことで。
クレジット
ゲーム名:のびのびTRPG
ゲームデザイン:今野隼史
発売元:株式会社アークライト
© 2021 FRONTIERPUB / Arclight, inc.
1日目・初日。
楽しみにしてる時間はすぐにすぎる。
旅行に行く日が来た。
アタイが朝メシを食ってると、少女ちゃんが来た。食堂に入ってもらう。
コート、手袋、マフラー、しっかり防寒してる。手には大きめのかばん。
空港には10時くらいに行けば良い。
少女ちゃんは「早く来すぎちゃいました」と済まなさそうに言った。
少女ちゃんの気持ちがすっごい分かる。絶対に楽しみにしすぎてる。アタイと同じだ。
「少女ちゃん、昨日は寝られた?」
「えと……、
なかなか眠れなくて、
でも今日は早く起きちゃいました」
少女ちゃんらしい。
「おはよー」
先輩が食堂に入ってきた。
「ん、おはよ」
「おはようございます」
アタイと少女ちゃん、あいさつを返す。
「おお、少女ちゃん、準備完璧だね!」
「……ありがとうございます」
少女ちゃんはうつむいて小さな声で言った。
たぶん照れて顔を赤くしてる。
先輩がメシを食う、と言った。
朝メシ食わない派の先輩。その先輩が朝メシを食う。
今日は特別な日、と言うことだ。
アタイがメシを食い終えて、先輩も食い終わって、自分の部屋に戻る。
荷物、かばんの中身を確認。大丈夫だ。
かばんを持って食堂へ。
先輩とアタイはジャンパー姿。手袋とマフラーを装備。先輩は加えて毛糸の帽子を被ってる。
先輩の荷物はリュックだった。
三人してもう準備は完璧にできてる。
「あのさ、もう空港行かない?」
先輩が提案した。
さすがに早すぎると思う。
けど、工房で時間を潰すよりも空港で時間を潰す方が楽しいだろう。
アタイも少女ちゃんも賛成した。
外に出る。冬の風が冷たい。
シャッターはちゃんと閉まってる。
小さなドアに鍵をかける。鍵を確認。
アタイがドアから離れると、入れ替わりで先輩がドアの前に立った。
何かが書かれてるプラ板をドアに貼り付けた。
プラ板には、
『従業員研修のため、休業致します』
と書かれてた。
何の研修をするんだ?
空港に向かう。
空港への行程は、
倉庫街中央のバス停でバスに乗って王都中央のバスターミナルへ、
バスターミナルで空港行きのバスに乗り換えて空港へ、
以上。
バス停まで歩く。
バス停に着くと、ちょっと前にバスが出たところだった。
次のバスまではいくらか時間がある。
「あー、バス出たとこか……」
残念だ。
「次のバスは?」
「15分くらいあと」
先輩の声に答える。
このバス停は倉庫街でいちばん大きい。だから待合室がある。
冷たい風の中で待たなくて良い。まったくもってありがたい。
バスが来た。倉庫街で働いてる人が次々と降りる。入れ替わりでアタイらはバスに乗った。
客はちらほらしかいない。
でも、倉庫街を出て街の中を走り、バスターミナルが近づくにつれて客が増える。
「朝でも結構、人多いんだねー」
「通勤時間に入ったくらいか」
先輩とアタイは工房が家であり職場だ。通勤とは無縁、何か新鮮に感じる。
バスターミナルに着いた。バスを降りる。
先輩が小走りで案内板を見に行く。
戻ってきた。
「17番のりばだって」
3人で17番のりばに向かう。
空港行きのバスは次々と来るらしい。のりばに着いてすぐにバスが来た。
少女ちゃん、先輩、アタイの順でバスに乗る。
少女ちゃんの様子。わくわくしてるのが伝わってくる。
先輩は……、こっちもそわそわしてる。
ふたりとも今からの旅行を楽しみにしてる。
アタイもわくわくしてる。間違いない。
8時半に空港に着いた。
飛行機械の時間は10時半だ。まだ2時間ある。
10時くらいに搭乗口が開くはずだが、それでもまだ1時間半。喫茶店で時間を潰すことにした。
喫茶店に入って店員に注文を告げる。それぞれの飲み物、先輩と少女ちゃんはココア、アタイはコーヒー。
先輩が温泉街のガイドブックを取り出した。
用意してたのか、さすが先輩。
「温泉はいっぱいあるし、他にもいろいろ観光スポットがあるって」
テーブルにガイドブックを置く。いくつも付箋が貼られて、赤ペンのしるしもたくさん。
少女ちゃんのわくわくした声。
「うわー、いっぱいあるんですねー」
「先輩、これ全部まわるつもりか?」
ちょっと難しい顔になる先輩。
「温泉にしっかり入りたいから、全部は無理だね。
考えながら行こう!」
ガイドブックを見ながら3人で盛り上がった。
10時頃、飛行機械の搭乗口が開くアナウンスが流れた。
喫茶店を出て搭乗口へ向かう。
搭乗口、人はまだまばらだった。
それぞれのインフォメーション端末を搭乗口のゲートに同期させる。
そのまま進んで飛行機械に乗る。
座席は客室の後ろの方。窓側から反対の窓まで、2、3、2、と席がある。
少女ちゃんが窓側、先輩がその隣、通路側。通路をはさんでアタイ。
飛行機械の中はしっかりと暖房が効いてる。
少女ちゃんはコートを、先輩とアタイはジャンパーを脱いだ。
少女ちゃんは窓から外を見たり、先輩に話しかけたり、うずうずしてる。
もう楽しみが始まってるんだろう。
離陸までの30分はすぐにすぎた。
離陸のアナウンス。シートベルトを締めるように、と。
シートベルトを締めた。
少しして飛行機械が離陸した。この飛行機械は垂直離着陸機だ。
初めにがくん、と揺れた。その後は特に揺れとかはない。順調に高度を上げてるようだ。
少女ちゃんはずっと窓の外を見てる。
くん、と体がシートに押し付けられる感じ。加速を始めたか。
少女ちゃんは先輩と楽しそうに話をしてる。アタイは時々、そこに入る。
すぐに30分がすぎた。
着陸のアナウンスが流れる。
くん、と今度は前に引っ張られる感覚。減速し始めた。
「あ、もうすぐですね」
「なになに?」
少女ちゃんが外を見て言う。先輩が身を乗り出して見ようとする。
ごとん、と飛行機械が軽く揺れた。着陸した。
飛行機械を降りる客が通路にならぶ。アタイらも列に入った。
のろのろと進んで飛行機械から降りる。
到着口のゲートにインフォメーション端末を同期させる。
隣国の首都空港に着いた。
空港のロビーに出る。
先輩が空港の案内板へ早足で。空港駅への道を確かめる。早足で戻ってきた。
「あっちに連絡通路があるって」
駅があるらしい方向を先輩が指した。
「じゃ、行くか」
「はい」
先輩を先頭にして駅を目指す。
と、先輩が立ち止まった。もうすぐ駅の改札ゲートなのに。
「昼メシ、どうしよ?」
ああ、そう言うことか。
メシをどうするか。今から列車に乗ると昼ごろは列車の中。
アタイは方法を知ってる。
改札の前にそれなりに大きな売店がある。
「改札の前に売店あるだろ。そこで駅弁買や良い」
「『エキベン』?」
先輩も少女ちゃんも頭の上に「?」が浮かぶ。
「何てのかな、列車の中で食うための弁当だ」
「なるほど」
納得してすぐに早足で売店を目指す先輩と、それを追いかける少女ちゃん。
売店の駅弁コーナーにサンプルがならんでる。それを見るふたり。
「おー、いろいろあるねー。
少女ちゃん、どれにする?」
「えと……、えと……、
どれが良いですか?」
ふたりでどれにするか悩んでる。
「んーと、じゃあ私、これにする」
先輩がまず決めた。揚げ物がメインの弁当。
「それじゃ私は……、これにします」
少女ちゃんは焼き魚がメインのを選んだ。
アタイはもう決めてる。
サンプルをざっと見て、肉がメインのにした。
弁当3つとそれぞれの飲み物を買った。
改めて改札ゲートに向かう。ゲートにインフォメーション端末を同期させて改札を通った。
ゲートを通った正面に、列車の行き先と発車時刻、それにホームの案内が大きなパネルに表示されてる。アタイらが乗るのは……。
「7番ホームの特急だね?」
先輩が見つけた。
「ん、ああ、そうだ」
7番ホームに行く。
アタイらが乗るのは指定席、5号車だ。
けど、列車に乗る前に大事なことがある。
「先輩さ、発車までまだ時間あるから、機関車見に行こ」
「そだ、電気なんだよね!」
ちょっと分からない少女ちゃんに一緒に来てもらって、列車のいちばん前、電気機関車を見に行く。
電気機関車のあちこちを見る。蒸気機関車とはぜんぜん違う。
アタイはその姿をしっかりと目に焼き付けた。
発車まであと5分になった。5号車に乗る。
5号車は4人用の個室だ。部屋の番号を見ていく。
あった。チケットの番号の部屋に入った。
列車の中は温かい。部屋に入ると十分すぎるくらい温かい。
先輩と少女ちゃんは窓側で向かい合って座った。アタイは先輩の隣に。
発車の合図、ベルが鳴った。
わずかな後に列車が動き始めた。
列車は初めはゆっくりと、から加速していく。
先輩と少女ちゃんは窓からの景色を見る。
アタイは先輩のガイドブックを読む。
昼前。
腹が減ってきた。先輩と少女ちゃんも同じく、だった。
「そろそろ昼メシかな?」
「だな、食おう」
「はい」
先輩の声にふたりで同意した。
それぞれの手に駅弁。
ふたを開ける。
色とりどりの料理が入っている。
「おー、何かすごい!」
「こんなの初めてです」
先輩と少女ちゃんは少し感動してる。
アタイはだいたい知ってたから感動はちょっとだけ。こんな時はなまじ「知ってる」のが残念だ。
3人で駅弁を食う。おかずの取りかえっこなんかもしながら。
先輩も、アタイも、少女ちゃんも笑顔。こんな楽しいメシはなかなかない。しっかりと覚えとこう。
駅弁の量はちょうど腹八分、満足にぴったり合ってた。
メシを食い終わって、先輩と少女ちゃんはまた窓の外を見る。今度はアタイも一緒に。
雪が少し積もってるのが見えてきた。
積もってる雪が多くなってくる。
もうすぐかな? のところで列車がトンネルに入った。
トンネルの中を走る。時間が長く感じられる。
ぶわっとトンネルから出た。トンネルの中の真っ暗とは対照的。外は真っ白。一面の雪景色だ。
雪の真っ白の向こうには鈍い鉛色の海が見えた。
「すごいです! 雪ってすごいです!」
少女ちゃんのテンションが一気に上がった。
「おー、すごい!
雪、こんなに積もるのかー」
「王都とは別世界だな」
先輩とアタイも驚く。
列車は雪の中を走る。
30分くらい雪の中を走って、目的の駅に着いた。
少女ちゃんはコートを着て、先輩とアタイはジャンパーを着る。
忘れ物がないか確認して、列車から降りた。
駅弁の弁当箱を駅のゴミ箱に捨てて、改札ゲートを出た。駅舎は雪が似合うデザインのように感じる。
駅舎の外へ。雪がちらついていた。
ちらつく雪の中を宿へ向かう。
道はしっかり除雪されてるけど、道のはしには雪が積もってる。先輩と少女ちゃんは雪で遊びながら歩いた。
宿に着いた。
5階建ての温泉宿、アタイの感覚だと、いかにも温泉っぽい。
アタイら3人が荷物を持っていたからか、宿のスタッフ、女性がこっちに来た。隣国の伝統衣装、着物を着ている。
「ようこそ、いらっしゃいませ」
そう言ってしっかりと頭を下げてくれた。
「あ、いや……」
こんなことには慣れてない。どう反応したら良いか分からない。
「どうぞこちらへ」
ロビーのカウンターに案内してくれた。
カウンターにいたスタッフ、男性、がチェックインの手続きをしてくれた。
現金で先払いじゃない宿、最後に泊まったのっていつだったっけ。
アタイのインフォメーション端末とカウンターの端末を同期させる。それでOK。
さっきの女性がアタイらを部屋に案内してくれる。
ロビーからエレベーターで5階へ。廊下を歩いて部屋に着いた。501号室。部屋のドアは引き戸だった。
女性は持っていたインフォメーション端末を引き戸の横にあるリーダーに同期させた。ピッと鳴った。鍵が開いたのだろう。
女性が言うには、アタイのインフォメーション端末も鍵になってる、だからアタイの端末で同じように開けられる、とのことだ。
引き戸を開けると、途中で一段高くなって引き戸がもうひとつ。隣国の作法じゃ確かここで靴を脱ぐんだっけ。
女性が前を行ってくれた。はいていた、草履だったかな、を脱いで、前の引き戸を開けてくれた。
アタイらも靴を脱いで、女性に案内されて部屋に入った。
広い部屋だった。あ、そうか、ベッドがないからだ。
隣国は床に布団を敷いて寝るんだっけ、新鮮だ。
先輩が床を見て女性に尋ねる。
「えと、これが『たたみ』ってのですか?」
「はい、そうです。
お客様は王国からいらっしゃったのでしょうか」
女性が笑顔で答えてくれる。
「王国とこの国は文化がすごく似てるのですけど、
ぜんぜん違うところがたくさんありますから。
初めてご覧になるお客様には驚かれることがよくあります」
なるほど、畳を見るのは初めてだ。
ここで寝るのか、楽しみだ。
3人それぞれ荷物を置いた。
女性は部屋のこと、宿のこと、それと温泉のことを説明してくれた。
一通りの説明の後、
「では、失礼致します」
と言って部屋を後にした。
温泉は宿に大浴場がある。加えて宿の外にも『外湯』と言う温泉がたくさんあるらしい。
宿の宿泊客は外湯に入り放題。入り口でインフォメーション端末を同期させれば良いとのことだ。
さて、とりあえずひと息つこう。
部屋の真ん中にある低い机。畳に座るとちょうど良い高さ。座布団が4つある。
先輩と少女ちゃんがならんで、先輩の前にアタイが座った。
先輩がまず言った。
「あー、何かもうこれで十分って感じだよー」
もう満足してるのか?
「先輩、まだ着いたばっかだろ。
これから温泉に入りまくって、美味いもんしっかり食うんだから」
「あの、私ももう楽しみすぎたかなって思います」
少女ちゃんもか……。
机の上には、湯のみ、ティーバッグ、湯が入ってるであろうポット、それにお茶うけの菓子がある。
湯のみにティーバッグを入れて湯をそそぐ。
隣国の茶の独特の匂いがする。
茶を飲む。味も独特だ。すごい新鮮。
3人で茶を飲んで菓子を食った。
部屋の奥は大きな窓だった。先輩が窓辺に行く。少女ちゃんとアタイが続いた。
窓の外は真っ白。温泉街は街の色だけど、街の外は全部「白」だ。
何も言えない。それは先輩も少女ちゃんも一緒だった。
少しの間、眺めて。
「これ、大当たりだよ!」
まず、先輩。
「こんなにすごいなんて思ってませんでした!」
と、少女ちゃん。
「すごいってしか言えねぇ……」
最後にアタイ。
さらにいくらか外を眺める。
雪がちらほらと降ってる。寒さの中の雪を温かい部屋の中から眺める。これって最高の贅沢だ。
「まだ宿に着いたとこだよ!
感動するのは温泉に入ってからにしよう!」
先輩の言葉にアタイと少女ちゃんははっとした。
そうだ、温泉に入らないと。
「えっと、『ゆかた』に着替えるんですよね?」
「そうそう!」
少女ちゃんが、さっきスタッフの女性が言ってたことを確認するように言った。
それに先輩が同意する。
部屋のはしに浴衣が置かれてた。
浴衣の上に着方の説明とかが書かれた厚紙が乗ってる。
まずはサイズ。LL、L、M、S、SS、があった。
アタイがまずMを手に取った。体に合わせてみる。ちょうど良いくらい。
先輩もMを手にした。先輩にはちょっと裾が長い。Sにする。今度はちょっと短めになるが良いだろう。
と言うことは、少女ちゃんはSSか。体に合わせるとぴったりだった。
浴衣に着替える。
さっそく大浴場に行くことに。
3人で部屋を出て、鍵をかけて、大浴場を目指す。
大浴場は2階。エレベーターで2階へ。
エレベーターから出ると「大浴場 →」と壁に書かれてた。
矢印に従って進む。いくつかの矢印の先にのれんがふたつ。
片方には「女」と、もう片方には「男」と書かれてる。
アタイらはもちろん「女」ののれんをくぐる。
広い脱衣場。
棚がならんでて、棚の上に篭がいくつもならんでる。
3人ならんで浴衣を脱いで、下着を脱いで、篭に入れる。
風呂場への入り口、ガラス張りの引き戸、の横にきれいにたたまれたタオル、小さいのと大きいのが置かれてた。
小さいの一枚を手にして風呂場に入った。
「!?
なにこれ!?」
いちばんに入った先輩が固まった。
先輩に続いて入ってちょっと感動した。広い。大きい風呂がいくつもある。
「うわー、こんなにおっきいんですね!」
少女ちゃんは目をキラキラと輝かせてる。
すぐに湯につかりたいが、まず体を洗おう。
蛇口とシャワーのペア、その前にプラスチックのイスと洗面器がならんでる。
3人でならんで座る。髪を洗って、体を洗って、すっきりとした。
アタイらのほかには何人かしかいなかった。
まずはいちばん大きい風呂に体を沈めた。温泉の温かさが心地良い。それに温泉の独特の匂いも。
「はー」
「あー」
「はふぅー」
先輩、アタイ、少女ちゃん。自然と声が出た。
「これは人をだめにするねー」
「だな、こんな気持ち良いって中毒になる」
「はぅー」
先輩とアタイはいくらか戻ったけど、少女ちゃんは極上の幸せから戻ってこれてない。
何も言えない。3人ならんで体を湯に包まれる。
心地良い温かさ。ぼーっとする。
何分したか、先輩がゆるりと立ち上がった。
「ほかのにも入ろう!」
「OK」
「はい」
アタイと少女ちゃんも立ち上がる。
一旦湯から出て、隣の中くらいの風呂に入った。
「はぁー」
「くぅー」
「あぅー」
また声が出る。
大きい風呂とはちょっと感じが違うように思う。
それはそれとして、とにかく心地良い。
「ん?
あれ何かな?」
「なんだ?」
先輩が指す方を見る。少女ちゃんも見る。
ガラスの引き戸の上に何か書かれてる。
「『ろてんぶろ』?」
少女ちゃんが読んだ。
「行ってみるか」
アタイの声を合図にアタイらは湯から上がって「露天風呂」に行く。
『露天風呂』と書かれてる下の引き戸を開けると小さな空間。その先にもうひとつ引き戸。開ける。ぶわっと冷たい空気が入ってきた。建物の外だ。
冷たい空気が肌に刺さる。ぞくっとする。体が一気に冷える。
「あ、そゆことか」
何かを納得した先輩が外に出た。
ここまで来たんだ、戻れない。先輩の後を着いて外に出た。すぐに風呂がある。
先輩が湯に入った。アタイと少女ちゃんも急いで湯に体を沈める。
冷えた体を湯が包む。すぐに温かくなる。
「ああ、こう言うことか、外にあるから『露天』か。
湯から出てるとこは寒いけど、湯の中は気持ち良い」
アタイは十分に納得した。
「これは面白いね。工房にも作ってみよっか」
「えと……、作るってどんなふうに作るんですか?」
先輩の思いつきに少女ちゃんが質問で言葉を返した。
「ん、そだね。
何か適当なパネルと角材で組んで、目張りしたらどうかな?」
「それ、どこに置くんだ?」
先輩は即答する。
「作業スペースで良いっしょ。シャッター開けたら寒いし」
「工房の前、けっこう人通るぞ」
アタイには作業スペースで裸になる度胸はない。
「あ、そっか。
ちょっと無理だね」
そこからまた3人で温泉を堪能する。
体は温いのに肩から上は寒い。このコントラストは面白い。
体がしっかりと温まると肩から上も温まってくる。寒い、と言う感覚がなくなってくる。今度はのぼせそうになってくる。
「あの……、そろそろ出ませんか?」
少女ちゃんはのぼせる直前っぽい。
「そだね、ちょっと熱くなってきた」
アタイも同意。
ほかにもいろんな風呂があったけどそれはまた今度。
タオルで体を拭って脱衣場に戻った。
脱衣場に戻ったところに置かれてるタオル、大きい方を手に取って体を拭く。
浴衣を着直す。
温もりきった体で部屋に戻った。
「はふー」
「おー」
「はやー」
まずたたみに座り込んだ。
先輩もアタイも少女ちゃんも力が抜けた。
3人でたたみに大の字になった。
少しの間そのまま。
体が落ち着いてきた。
「次は何する?」
アタイは何となく言った。
「んー、まだ時間いっぱいあるから、ぼーっとしよう」
「ですね」
先輩と少女ちゃんの答え。
尋ねたアタイも賛成。
「だな、ゆっくりしよう」
3人でぼーっとした。
時間がすぎる。
アタイは体の調子が戻ってきた。よっと体を起こす。窓に寄った。
窓から見える空はどんよりした雪雲。
日の光は見えないけど夕暮れが近い。そう思ってるうちに暗くなってきた。
先輩と少女ちゃんも体を起こした。
先輩がアタイを見て言う。
「機械屋ちゃん、外、どんな感じ?」
「ん、もうすぐ真っ暗」
と言ってから気づいた。
遠くを見るともうすぐ真っ暗だけど、近く、温泉街は逆に明るい。賑やかになってきてる。
「あ、けど、街は盛り上がってきてる」
「どんなの?」
先輩がアタイの横に来る。少女ちゃんも来る。
窓から下、街を見る。
空は真っ暗になった。そのせいもあって、街の明かりがすごく賑やかそう。
「ね、メシ食ったら街に出よ」
「外湯に行ってみたいです」
先輩と少女ちゃんは晩メシの後の予定が決まった。
アタイに異論はない。
「とりあえず外湯ひとつ入って、それからうろうろするか」
そんな話をしてると、部屋のドアがコンコン、とノックされた。
「はーい」
先輩が答えた。
宿のスタッフ、着物を着た女性ふたりが入ってきた。
「失礼致します。
夕食の準備、よろしいでしょうか?」
もちろんだ、メシもいちばん楽しみにしてたひとつだ。
「お願いします」
先輩が言葉を返す。
まだフライングだと思うけど机に向かって座る。先輩と少女ちゃんがならんで、先輩の前にアタイ。
部屋の前までカートで料理を運んできたみたいだ。
ふたりの女性が手際良く皿やら椀やらを机にならべていく。
色鮮やかな料理がならべられていく。その中に刺身があった。
「では、お召し上がりください」
そう言った女性のひとりを先輩が呼び止めた。
「あの、この刺身ってどんな料理なんですか?」
「刺身ですか。生の魚そのままです。
わさびと醤油で食べると美味しいですよ」
これには驚いた。魚を生で食えるとは。よほど新鮮なんだろう。
「となり街に漁港がありますので、新鮮な魚が食べられます」
なるほど、納得できた。
女性は続ける。
「大きな市場もありますので、足をのばすのも良いですよ」
「はー、行ってみたいね」
女性は「では失礼致します」と言って部屋を出た。
先輩はとなり街に興味が出たらしい。
「あのさ、明日は予定変えて、となり街に行こっか?」
「はい、面白そうです」
先輩と少女ちゃん、もう明日の話になってる。
「明日の話はあとにして、
とりあえず食おう」
「そうですね」
アタイの声に少女ちゃんが答えた。
先輩はもう箸を持ってる。
3人で『いただきます』と言う。
さて、どれから食うか。
先輩は迷いなく刺身に箸を伸ばした。
ひとつを取って、わさびと醤油をつけて、口に入れた。
もぐもぐとしかけたところで、手で鼻を押さえた。
「これ、美味いけど強烈だよ」
美味いらしいのは分かる。けど、そのリアクションは何だ?
アタイも刺身に手を出す。わさびと醤油をつけて口へ。すぐに衝撃がきた。鼻の奥がつーん、とする。
一瞬、何も言えない。けど、思ってたよりもはるかに美味い。
「?
どうしたんですか?」
少女ちゃんも刺身に箸を伸ばす。
この衝撃は少女ちゃんにはキツすぎる。絶対。
「少女ちゃん、わさびは本当にちょっとだけだ」
「うん、美味いけど覚悟して食わないと」
アタイと先輩の言葉を聞いて、少女ちゃんはわさびをちょびっとだけつけて食う。
それでも少女ちゃんには衝撃だったみたいだ。鼻を押さえる。
ちょっとして、落ち着いた少女ちゃんが言う。
「強烈、……です」
「うんうん、少女ちゃんはわさびはやめとこう」
先輩の言葉に少女ちゃんはこくこく、とうなずいた。
『海の幸』刺身はとてつもなく美味かった。何種類かあったので食べごたえもあった。
『山の幸』こちらは刺身ほどのインパクトはなかったけど、それでも王国にはない美味い料理だった。
晩メシをしっかりと味わった。
「いやー、こんなすごいメシ、旅行に来て大当たりだね」
「はい、『謎の男』さんが休めって言ってくれて感謝です」
先輩と少女ちゃんに完全に同意だ。
メシを堪能して、このあとどうするか。
もう1回、大浴場に行くか、宿を出て外湯に行くか。
3人で話してると、料理を持ってきてくれた女性ふたりが食器をさげに来てくれた。
わさびについて聞いた。
刺身にいちばん合う薬味だそうだ。
特に土産物と言う訳ではないので土産物屋にはない。街のマーケットに行けばチューブに入ったのが売られてる、とのこと。
マーケットに行くのも予定に入った。
食器を片付けてもらった。
改めて、このあとどうするかを話した。結論、外湯は明日にして、もう1回、大浴場に行くことにした。
先輩と少女ちゃんはノリノリだ。もちろんアタイも。
大浴場、さっき来たときに入らなかった風呂を攻略した。
攻略が終わった時にはのぼせかけてた。
脱衣場に戻ってきて先輩が言った。
「ちょっと欲張りすぎたね」
「まったくだ」
先輩の言葉に答えた。
少女ちゃんはふらふらになってた。
大浴場を出たところに自動販売機があった。
それぞれの好みの飲み物を買った。
部屋に戻ると布団が用意されていた。
たたみの上に3組ならんでる。『川の字』って言うんだっけ。
「おー、これは新鮮だね」
「何かぜんぜん違う感じです」
アタイも何とも言えない不思議さを感じる。
ふかふかの布団。上に座るのは何か悪い気がした。先輩と少女ちゃんもそうらしい。
布団を避けて座る。買ってきた飲み物を飲みながら話をする。
「布団って何か変な感じしないか?」
「変な感じ?」
先輩から言葉が帰ってきた。
「床にそのままあるって言うか、布団が低いって、ちょっと不思議な感じがする」
「そかな、たたみと布団の組み合わせを考えた人はすごく偉いと思うよ。
ベッドみたいに落ちる心配がないんだから」
なるほど、確かにそうだ。
「ふぁ」
少女ちゃんが小さいあくびをした。
先輩とアタイの感覚ではまだ夜の中ごろ。でも少女ちゃんはそろそろ寝る時間らしい。
「さて、誰がどこに寝る?」
「んー、少女ちゃんが真ん中は決まりだね」
これは決まりだ。
「少女ちゃん、良いよね?」
「あ、はい」
アタイの言葉に少女ちゃんは眠たそうな声で答える。
先輩とアタイは……。
「先輩、どっちにする?」
「んじゃ、こっち」
先輩は窓側を指した。
これで決まった。アタイは引き戸側。
「あ、そうそう」
先輩が何かに気づいたか、思いついたか。
自分の布団を引っ張って、少女ちゃんの布団にぴったりとくっつけた。
「?
先輩、何がしたいんだ?」
「何かさ、この方が楽しい感じしない?」
先輩が「楽しい感じ」と言う。こんな時の先輩の言葉は信頼できる。
だからアタイも布団を引っ張って、少女ちゃんの布団にぴったりとくっつけた。
「それじゃ」
先輩が布団に入った。
「えと」
少女ちゃんも布団に入った。
照明のスイッチを切った。部屋が真っ暗になる。窓の外からかすかに光が入ってる。
アタイも布団に入る。
「んじゃ、おやすみー」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
3人それぞれが言って、眠りについた。
続
いよいよ始まった温泉旅行。
まずは大浴場に入って、露天風呂に入って、「刺身」を味わった3人。
もちろん温泉旅行はまだまだ続く訳で……。
次回は 第20話『雪の温泉郷 (2日目)』です。
ご一読いただけると幸い。